クレジット
タイトル: SCP-1636-JP - 然うして悪夢は雅歌を読む
著者: ©︎amamiel
作成年: 2017
アイテム番号: SCP-1636-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: 移動不可能な性質のため、SCP-1636-JPが存在する███病院のワンフロアは仮設サイト-81██として利用されます。SCP-1636-JPは当該サイトの第4病室内に収容され、看護師に偽装した警備スタッフ1名以上による監視が常時維持されます。
実験時を除き、SCP-1636-JPを覚醒、もしくはベッドから移動させようとする試みは全て禁止されています。不慮の事態によりSCP-1636-JPの影響下へと置かれた場合、各職員は夢の中でSCP-1636-JP-Aとの接触/干渉を避けるとともに、可能な限り自己終了を行うことが推奨されます。
説明: SCP-1636-JPは██ ██として知られていた3█歳の一般的な日本人女性です。収容以前の2013/05/06に自動車事故に巻き込まれて以降、身体的には健康体であるにもかかわらず、現在まで昏睡状態が継続しています。また、後述の異常特性を有する点を除けば、それ以外で通常の同年代女性との差異は確認できません。
SCP-1636-JPの異常特性は、周囲で以下の行動を取った人物(以下、被験者)に対して自動的に発揮されます。
- 身体を揺する、耳元で大声を発するなど、意図的にSCP-1636-JPを目覚めさせようとする。
- 点滴や採血などの医療行為を除き、意図的にSCP-1636-JPへと攻撃/危害を加えようとする。
- SCP-1636-JPをベッドから移動させる、もしくはベッド自体を定位置から移動させようとする。
上記いずれかの条件を満たした場合、被験者は即座に異常性の影響下に置かれ、強い眠気を感じた直後にその場で昏睡します。この状態へと陥った被験者は外部刺激に対する一定の耐性を示し、弱い疼痛刺激程度では覚醒しません。その一方で、昏睡後からの十分な現実時間の経過か、もしくは後述する「夢の中」で死亡することによって被験者は自発的に覚醒可能です。以上の要因もあり、現在までにSCP-1636-JPを病室外へと移送する試みは成功していません。
異常性の影響下に置かれている間、被験者は共通した内容の夢を経験します。被験者の報告より、この夢の中の環境は荒廃した無人の街並みによって大半が構成されており、四方を城壁のような地続きの建築物(以下、城壁)で取り囲まれていることが判明しています。それに加え、街の外縁部より先の領域には液状化した大地が広がっており、この領域を抜けた先の城壁内には、後述するSCP-1636-JP-Aの施設が存在しています。夢の最初、各被験者はこれら環境の不特定な地点において、███病院指定の病衣を身に纏った状態で立ち尽くしていることに気付きます。また、この夢の中での体感時間は現実での経過時間と一致せず、被験者ごとに差異はあるもの大半は現実より延長されていることが確認されています。
SCP-1636-JP-Aは、全長2~4m程度のラブカ(Chlamydoselachus anguineus)に似た外見を有する敵対的なクラスIIIオネイロス型幽体群です。腹部にはタカアシガニ(Macrocheira kaempferi)の脚部に似た部位を多数有しており、それを用いることで陸上での移動や荷物の運搬などを行います。多くの場合は、複数体で隊列を組んで街の中を巡回している他、城壁周辺を警護している姿が確認できます。
SCP-1636-JP-Aが被験者を発見した場合、各幽体は即座に対象の捕獲を試みます。この時に捕獲された被験者は、上記の城壁内の施設へと連行された後で「指名手配中の女性(以下、SCP-1636-JP-B)」の居場所に関する尋問を受けます。なお、尋問時にSCP-1636-JP-Aは男性と思わしき声をエラ部より発することが確認されています。また、尋問への回答内容に関係なく被験者は最終的に処刑され、夢から現実へと覚醒することになります。
SCP-1636-JP-Bは、SCP-1636-JPと完全に同一な外見・記憶・自己同一性を有すると考えられるクラスIオネイロス型幽体です。自身が夢の中に存在していることを理解しており、上記の自動車事故に関する断片的な記憶も持ち合わせています。その一方で、自身がSCP-1636-JP-Aから追われる正確な理由を知らず、常に隠れ潜みながら夢から目覚める手段を探していると説明しています。なお、実験試行での観測/意思疎通の成功例は3例のみに留まっています。これら要因もあり、依然としてこの幽体が夢の中におけるSCP-1636-JPの"投影"存在であるのか、もしくはSCP-1636-JP精神体の"複製"存在であるのか、結論付けるに足る証拠は得られていません。
SCP-1636-JPは2017/08/19、京都府██市███病院で発生した異常な昏睡事案を調査した際に発見、確保されました。調査より、前日となる2017/08/18までSCP-1636-JPは異常特性を有していなかったことが確認されており、昏睡状態に置かれてから約4年の間、異常な事象/事柄の兆候も一切報告されていませんでした。また、息子(██ ██, 当時9歳)と娘(██ ███, 当時7歳)は同事故の際に死亡しており、夫(██ ███, 当時3█歳)も2017/06/20に病死していることが確認されたものの、各身辺調査の結果から家族の死にも異常な点は見受けられませんでした。
なお、収容以前に異常性の影響下へと置かれた病院スタッフに対するインタビューから、夢の中の環境は現在のような城壁と液状化した大地で囲まれた街並みではなく、日本の田舎町を思わせる景観であったという証言が得られています。更に、夢の中でSCP-1636-JP-Bを目撃、会話を行ったと主張する被験者が複数確認された一方、SCP-1636-JP-Aの姿を目撃した被験者は一人も確認できませんでした。これが覚醒後における記憶の混乱や錯誤であったのか、もしくは収容後に夢の中の環境が実際に変化したのかについては、判断材料に欠くこともあり依然として不明のままです。
付録: 2017/09/12、夢の中での幽体との意思疎通試行が申請、承認されました。また、報告内容の信頼性を重視した結果、意思疎通試行はDクラス職員を利用せず、担当職員の一人である看得研究員により実施されました。以下は夢からの覚醒後に転写された、各幽体とのインタビューログ抜粋です。
インタビューログ1636-JP-1 - 日付 2017/09/15
<記録開始>
SCP-1636-JPの影響下に置かれた直後、研究員は街の外縁部近くの場所に立っていることに気付く。しばらく周辺の散策を行っていると、突然5体のSCP-1636-JP-Aが姿を現す。この際、研究員は意思疎通試行のために抵抗することなく城壁内施設へと連行を受け、拘束下に置かれた状態でSCP-1636-JP-Aと以下の会話が交わされる。
SCP-1636-JP-A: この女の居場所を知っているか。
SCP-1636-JP-Aは、研究員の目の前にSCP-1636-JP-Bの顔写真を突き付ける。
研究員: 心当たりはありません。ですが、彼女について何か教えていただければ、探すお手伝いをできるかもしれません。
SCP-1636-JP-A: なんだと。
研究員: まず、彼女は何者ですか?
30秒間ほど沈黙が続く。
SCP-1636-JP-A: この女は、捕まえなければならない。
研究員: なぜです?
SCP-1636-JP-A: 捕まえて、忘れさせる。
研究員: 何を忘れさせるのですか?
SCP-1636-JP-A: 目覚めようと考えていることを。目覚めるための目的を──
SCP-1636-JP-Aは急に仰け反ると、身体を痙攣させ始める。
研究員: どうしました?
他の2体が痙攣するSCP-1636-JP-Aを運び出し、別の1体が尋問を再開する。
SCP-1636-JP-A: この女の居場所を知っているか。
研究員: ですから、心当たりはありません。貴方たちのお手伝いするためにも、彼女について──
SCP-1636-JP-Aが研究員を殴打する。
SCP-1636-JP-A: この女の居場所を知っているか。
研究員: 心当たりはありません。
以下、似た内容の繰り返しのために省略。
上記のやり取りが14回続いた後で研究員は処刑され、現実へと覚醒した。
<記録終了>
終了報告: 今回のインタビュー以降、SCP-1636-JP-Aは尋問の際、明らかに研究員からの問い掛けを無視するようになったことが報告された。このため、SCP-1636-JP-Aとの更なる意思疎通試行は不可能と判断。今後はSCP-1636-JP-Bとの接触、意思疎通に重点が置かれる。
インタビューログ1636-JP-5 - 日付 2017/09/23
<記録開始>
研究員は破壊された住居内で立ち尽くしていることに気付く。建物の内部探索を開始するが、窓から離れた地点にSCP-1636-JP-Aの集団を発見。隠れ場所を探している最中に研究員はSCP-1636-JP-Bと遭遇する。その後、通された地下の隠れ家にてSCP-1636-JP-Bと以下の会話が交わされる。
研究員: では、いくつか質問させていただきます。
SCP-1636-JP-B: 分かりました。
研究員: まず、貴方はご自身の現状、つまりは現実での貴方について、どこまでご存じなのでしょう?
SCP-1636-JP-B: 私が自動車事故に遭い、そのせいで今も寝たままだということは知っています。当然、ここが私の夢の中であるということも。
研究員: そのことには、いつ気付かれたのですか?
SCP-1636-JP-B: ほんの少し前、まだこの夢の中が今のような見た目ではなかった頃です。私は、貴方のように「夢の外」から来た人と何度か会い、その中には私を見つけて話しかけて来る人も何人かいました。その時です、私が現実ではなく夢の中に居ることを知ったのは。
研究員: 少しよろしいでしょうか。「夢の中が今のような見た目でなかった」というのは?
SCP-1636-JP-B: えっと、自分が夢の中に居ると気付く前、ここは私の故郷の町と瓜二つでした。今思えば偽物だったわけですが、夫や子どもたちもいて、何もかもが普段と同じ光景でした。でも、私が本当のことに気付いた途端、あの悪夢たちがやって来ました。そして、わけが分からない内に周囲を壁で囲まれ、街の外へ繋がる地面もドロドロに溶けて、気付けば私はこの街の中に閉じ込められていました。
研究員: 悪夢とは、先ほどの奇妙な生物のことですね。どうやら、貴方のことを探し回っているようですが、何か心当たりはありませんか?
SCP-1636-JP-B: なぜ追われているのかは、私も知りません。ただ、思うのですが、悪夢たちは私をこの夢の中に閉じ込め続けていたいのではないでしょうか。だって、私が夢から醒めれば、夢の中の自分たちも死んでしまうわけですし。だから、私を偽物の故郷に住まわせ、それが偽物だと気付かれるとすぐに私を捕まえに来たのでは。
研究員: なるほど、分かりました。
SCP-1636-JP-B: あの、すみません。私も聞きたいことがあるのですが。
研究員: 何でしょう?
SCP-1636-JP-B: 夫や子どもたちは私が居なくても元気にしていますか? 私が入院しているせいで、夫も苦労していたり、それにお金の問題や、子どもたちの学校のこととかは──
話の途中で研究員が遮る。
研究員: そのことでしたら何も心配する必要はありませんよ。今は、ご自身のことだけを考えていただければ大丈夫です。
SCP-1636-JP-B: ありがとうございます。そうですね。家族たちとまた再会するためにも、今は一刻でも早く、あの壁の向こう側へと抜け出して夢から目覚める方法を見つけないと。
以下、重要度の低い会話のために省略。
SCP-1636-JPの影響下に置かれてから現実時間で約9時間が経過した際、夢の中で研究員は軽い眩暈を感じると、その数秒後に現実へと覚醒した。
<記録終了>
終了報告: この報告後、SCP-1636-JP-Bとの意思疎通試行を実施する上で、家族がすでに死亡している事実を伝える必要性はないと結論付けられた。また、より円滑な対話を行うため、隠匿/偽装用のカバーストーリーが作成された。
インタビューログ1636-JP-6 - 日付 2017/09/25
<記録開始>
研究員は城壁近辺の大地に埋没したビルの屋上に居ることに気付く。その直後、10体以上のSCP-1636-JP-Aから奇襲を受け、即座に捕獲・連行されると施設内の講堂のような部屋に通される。奥の檀上には巨大な水槽が設置されており、その中で全長6mほどのSCP-1636-JP-Aが水の中を漂っている。SCP-1636-JP-Aは研究員に軽く会釈し、その後に以下の会話が交わされる。
研究員: 貴方は他の個体とは違うようですね。一体、何者なのですか?
SCP-1636-JP-A: 私は、もはや誰でもありません。ただ彼女の夢の中に居座り続けるだけの存在です。
研究員: では、どうやって貴方はこの夢の中に?
SCP-1636-JP-A: 私は自らの死とともに純粋な夢写しの身へと降下し、気付けばここで水に浮かんでいました。
研究員: つまり、貴方も元は現実に実在した存在であると?
SCP-1636-JP-Aは顔を水槽の壁面に近づける。
SCP-1636-JP-A: 分かってほしいのですが、別に私は貴方の質問に応えるため、こうしてお会いしたというわけではありません。ただ、私は貴方に警告をしたかった。
研究員: 警告とは、一体どのような。
SCP-1636-JP-A: これ以上、我々に構わないでいただきたいのです。私が今まで積み上げてきたもの全てを、貴方たちが台無しにしてしまうのではないかと、ただただ不安に思えてなりません。そして、これから私が為すべきことの妨げとならないか、とも。
研究員: 貴方が積み上げてきたものとは、あの女性を夢の中に閉じ込め続けることですか?
SCP-1636-JP-A: その通りです。私は、現実の彼女の肉体が死を迎えるまで、この夢見を維持し続けなければならない。そのためには間違っても、彼女が目覚めてしまうようなことがあってはならないのです。しかし、貴方との会話で、彼女はより強い目覚めへの希求を抱いてしまいました。私には、もはやこの状況を看過することができません。
研究員: 貴方はなぜ──
言葉の途中でSCP-1636-JP-Aが遮る。
SCP-1636-JP-A: 繰り返すようですが、私は貴方とお喋りをするつもりはありません。子を亡くしたことも知らず、希望の目覚めを夢見続ける彼女のことが哀れと思うのであれば、ただ、もう彼女に関わらないでいただきたい。夢から目覚めるだけのことが、彼女にとってはどれだけ残酷な出来事か、良くお分かりでしょう。
研究員: それが貴方の目的、願望ですか。
SCP-1636-JP-A: 私はただ、彼女を悲惨な現実から遠ざけ続けたい。そして、せめてそれが夢であったとしても、彼女には終わりの日まで幸せでいて欲しい。それだけが、それこそが、私の為すべき務めだから。
他のSCP-1636-JP-Aが入室し、研究員を部屋から連れ出す。
以下、重要度の低い内容のために省略。
SCP-1636-JPの影響下に置かれてから現実時間で約4時間半が経過した際、夢の中で研究員は軽い動悸を感じると、その数秒後に現実へと覚醒した。
<記録終了>
終了報告: 前回のSCP-1636-JP-Bとの対話以降、巡回を行うSCP-1636-JP-Aの数が明らかに増加していると報告が行われた。この要因のため、現在は夢の中を調査/探索することが困難となっている。また、SCP-1636-JP-Aが被験者を確保した場合、前述したような尋問は行わず、即座に処刑するという行動形式の大きな変化も確認されている。以上のこともあり、意思疎通試行は暫定的に凍結が決定している。
付記: 収容後に実施されたSCP-1636-JP及びその家族に対する身辺調査の結果、夫であった██ ███氏は事故後に自宅や家具を売り払う等、金策に走っていた事実が確認されました。この行動に関し、すでに入院・医療費の免除申請が受理されていたことに加え、行動期間が同氏の死因となる病巣が発見されるより以前であったことに留意すべきです。それに加え、同氏が利用していた銀行口座からは一切の引き落としが確認されておらず、病気治療に際しては自身の延命を拒否していた事実も判明しています。その一方で、以上の事柄とSCP-1636-JPへの異常性付与との関連性自体は依然として不明のままです。
事案1636-JP: 2017/10/17、SCP-1636-JPの脳波モニタリングにおいて、ストレスレベルの異常な減少反応と、短期間内でのセロトニンの過剰分泌が確認されました。この状況を受け、原因究明を目的として夢の中へと調査担当者が派遣されました。夢からの覚醒後、担当者は夢の中の環境が従来の荒廃した街並みではなく、詳細不明な田舎町の景観へと変化していたことを報告しました。また、複数回の調査が行われたにもかかわらず、夢の中でSCP-1636-JP-A/-Bどちらの幽体の姿も発見することができませんでした。現在、更なる調査は予定されていません。