SCP-1651-JP
評価: +34+x
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SCP-1651-JP

アイテム番号: SCP-1651-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: サイト-86WLは一部区画を自然保護区として指定し、周辺地域への非財団職員の立ち入りを規制します。住民・観光客の猜疑心への対応のため財団が運用する探索済みの経路のみが一般公開されますが、その他の経路はカバーストーリー「落石事故」「希少野生動植物の保護」の適用により非公開とされます。

空間内の探索は機動部隊ガンマ-4("緑の牡鹿")により定期的に実施されます。機動部隊派遣を含めあらゆる探索の試みは保留されています。ナンバリングの煩雑化を防ぐため、確認された生物種は枝番号を付与されず、裸名(nomina nuda)により整理されます。

SCP-1651-JPから基底世界に生物が流入した場合、サイト-86WLは当該個体を確保します。侵入した生物はその分類群と照らし合わせて適切な部門が収容対応に当たり、可能な限り生体飼育による収容を実施します。



説明: SCP-1651-JPは中華人民共和国湖██省███市に位置する時空間異常領域です。SCP-1651-JPと基底世界の明瞭な境界は未確認ですが、SCP-1651-JPの内外には濃霧様の気象条件が成立しており、霧の有無をSCP-1651-JPの存在・位置の指標とすることが可能と見なされています。ただし、非異常の霧と異なり、霧の構成成分の検知には成功していません。

SCP-1651-JPは20██/██/██時点において約█.█km2の範囲に亘って分布します。中国の古文書の記録から古来知られていることが判明していますが、霧の分布から鑑みて従来と比較して加速的に拡大していると見られます。SCP-1651-JPは基底世界と未特定の異世界とを接続する異常空間、あるいは両空間の重複領域と見られ、SCP-1651-JPの拡大は2空間の接近に関連すると推測されます。20██/██/██現在の最大推定拡大速度は1日あたり█.█mです。

SCP-1651-JPの内部環境は温暖湿潤気候に類似し、植物食性動物による下層植生の撹乱を伴う落葉広葉樹林が広がります。確認されている植物相は基底世界と共通し、また生息する昆虫も基底世界のものとの高い一致度を示します。一方で脊椎動物相は爬虫類を主体としており、また未確認分岐群に属する多数種に亘る翼手目の哺乳類と遭遇しています。

以下は確認された脊椎動物群の一例です。

Diablosuchus textilis

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Diablosuchus textilis

  • 全長: 8m
  • 体重: 推定3t
  • 食性: 動物食(肉食)

概要: SCP-1651-JP内の陸上生態系における頂点捕食者と目される。現状の確認個体数が1頭であることから、広範囲に縄張りを領有し単独で行動すると推測される。前肢の鋭利な鉤爪と発達した歯で獲物を襲う。基底世界のワニ目やトカゲ亜目の爬虫類と異なり後肢が骨盤に対し直立しており、高い運動能力を持つ。

語源: 属名は機動部隊ガンマ-4("緑の牡鹿")の隊員5名を殺傷したことと、基底世界におけるノトスクス類の偽鰐類との類似性から。種小名は全身に編み込まれるように分布する緻密な皮骨板にちなむ。


Pseudequus agilis

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Pseudoequus agilis

  • 全長: 3m
  • 体重: 推定500kg
  • 食性: 植物食(グレイザー)

概要: SCP-1651-JP内における中型植物食動物。非選択的に大量の下層植生を摂食する。四肢の先端に蹄が形成され、また指趾も2本に減少しており、高度な走行適応を示す。四肢に体毛が存在する。カメ目のものに類似した外骨格が発達しているが、脚力が闘争-逃走反応の主体となるため、外骨格の用途は不明。

語源: 属名は基底世界のウマ(Equus caballus)との類似性から。種小名はその機敏性にちなむ。


Paranycteris paradoxus

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Paranycteris paradoxus

  • 翼開長: 50cm
  • 体重: 約400g
  • 食性: 動物食(主として昆虫食)

概要: 翼手目の哺乳類の1種。翼の構造が基底世界の翼手目と類似する一方で、吻部は変形した上顎骨・前上顎骨が嘴を形成し基底世界の鳥類と類似する。超音波による反響定位を用いず、視覚に頼る狩猟行動を採る。翼手目の中で最も個体数が多く、他の翼手目や捕食者の餌食となり、生態ピラミッドを支持している。

語源: 属名は昆虫・小動物を捕食する点で基底世界のミゾコウモリ属(Nycteris)と類似することから。種小名は、基底世界のオオコウモリ科と同様に視覚を主体とする採食行動をしており、ミゾコウモリ属を含む伝統的な「小翼手類」と一致しないことにちなむ。



SCP-1651-JP内の脊椎動物相について特筆すべき基底世界との相違点は以下です。
  • 陸上の大型動物相の大部分を爬虫類が占め、翼手目以外の哺乳類が確認されない。
  • 翼手目の哺乳類の種多様性が高く、鳥類が確認されない。

特に現時点で財団が確認したSCP-1651-JP内の翼手目の固有種は約270種に達します。これは基底世界における全世界の翼手目の約27.8%に相当する種数であり、また1箇所の野鳥観察施設で観察される種数に匹敵します。また嘴の形態や体サイズといったその形態的多様性は翼手目よりも鳥類のものに類似します。翼手目の多様性が高く、また鳥類が観察されていないことから、SCP-1651-JP内では鳥類の生態的地位を完全に翼手目が占めているものと推測されます。

発見経緯: SCP-1651-JPと基底世界との間での動物の流出入は古来低頻度で発生していたと見られます。古くより漢民族は翼手目の哺乳類を縁起の良い動物として取り扱っており、SCP-1651-JPから基底世界に進入した個体に関してもそれは同様であったと推測されます。ただし、第二次世界大戦において大日本帝国がかつての中華民国に侵攻する中、中華民国と同じ同盟国側として参戦したアメリカ合衆国とイギリスは翼手目に対する好感が薄く、旧日本軍への対抗策として動物兵器の運用を立案しました。

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翼手目哺乳類の大量捕獲を目的とした設置型の網

翼手目個体群は1940年代に夥しい個体数が捕獲されました。具体的な捕獲法としては、霞網に代表される捕獲装置の設置、エタノール蒸気を用いた酩酊状態の誘発、捕獲済みの衰弱個体・高齢個体を囮とする誘引が挙げられます。

陸上戦において当該群集は焼夷剤を伴って旧日本軍に向け投下され、1945年の大日本帝国の無条件降伏に至るまで動物兵器として消費されました。旧日本軍側の記録では、燃え盛る翼手目の群れが夜空を赤く彩った様子が記載されています。

大日本帝国の降伏により第二次世界大戦が終結した後、財団は連合国側の動物兵器の供給源がSCP-1651-JPにあること、またSCP-1651-JPが異常領域であることを確認しました。これ以降、SCP-1651-JPはサイト-86WLの管轄下に置かれ、また確保されていた動物の飼育管理が確立されました。



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回収された人骨(頭蓋骨部分)

追記1: 20██/██/██、機動部隊ガンマ-4("緑の牡鹿")はSCP-1651-JP内部探査において花崗岩質の人工物を発見しました。当該物体は石碑・墓碑と見られ、その下部から化石化した人骨が産出・出土しました。当該の人骨の骨格形態は一般に北京原人として知られる化石人類のものと一致しており、Homo erectus pekinensisとして同定されました。

加えて特筆すべき点として、発見された化石は頸椎が滑らかな平面で離断しています。当該の形状はSCP-1651-JP内で生息を確認されている捕食者の食痕と明らかに一致しません。切痕は鋭利な金属製の刃物による損傷と推測されており、すなわち頸部の人為的な切断があったと解釈されます。

これらの状況から、北京原人の化石のタフォノミーについて2つの仮説が考えられています。

仮説1.
内容: SCP-1651-JP内にはかつて哺乳類相が存在していた。Homo erectus pekinensisが生息した後期更新世以降の時代で大規模な生態系シフトが発生した。
課題: 説明にCK-クラス:再構築シナリオあるいはその他の大規模なKクラスシナリオを必要とする。

仮説2.
主旨: SCP-1651-JPは後期更新世の時点で存在しており、動物相の交換が発生していた。

 仮説2.1.
  内容: SCP-1651-JPは種内相互作用で同種による攻撃を受け死亡した。
  課題: SCP-1651-JP内の未確認生物の存在を仮定せずに済む一方、金属器の登場とHomo erectusの生息年代との間に存在する数十万年のギャップを乗り越える必要がある。

 仮説2.2.
 内容: SCP-1651-JPは種間相互作用でSCP-1651-JP内の未確認の生命による攻撃を受け死亡した。
 課題: 基底世界側に仮定を必要としない一方、金属精錬技術と埋葬文化を持つ生命体がSCP-1651-JP内に存在する可能性が高まる。

現在のSCP-1651-JP内の状況から、仮説2.2.が最節約的と推測されています。


追記2: 20██/██/██、SCP-1651-JP内における知的生命体と思われる動物(以下、SoI-1651-JP)との接触が発生しました。以下は機動部隊ガンマ-4による映像記録です。

<抜粋開始>

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SCP-1651-JP内部

G4-1: ガンマ-4-6。組成はどうだ?

G4-6: 変化なし。ほんの微量のH2Oも検出できません。検知管は依然霧の存在を否定しています。

G4-3: いつ来ても変わり映えのしない濃霧だな。

G4-6: 本当に何なんだろうな、この霧。というよりも、この空間は。

G4-1: さあな。異世界、パラレルワールド、文明の荒廃した地続きの未来。この手の絵空事を説明する理屈は幾らでも転がっているが、今の段階で頭を捻っても仕方ない。

G4-6: ごもっともです。

[G5-1が石碑に手を当てる]

G4-1: さて、今回は前回調査で発見したこの石碑と、そこから先の探索だ。今日もこのスティーヴン・キングの世界で歩を進めるぞ。ガンマ-4-6と7は残ってこの一帯の地図作成を進めろ。他は奇数と偶数で二手に分かれ、奇数班は私、偶数班はガンマ-4-2を監督とする。では、私の時計で18時にここで落ち合う。

[簡単のため20分間の内容を省略。]

G4-11: 霧が濃くなってきましたね。

G4-1: ああ、暗視ゴーグルでこの視界とは相当だ。

G4-9: ワン。少しよろしいですか?

G4-1: 何だ?

G4-9: 先ほどシックスとされていた話について1つ疑問があるのです。

G4-1: ガンマ-4-6と?[間] ああ、この空間の正体が何かって話か?

G4-9: そうです。確かに、無暗な断定は避けるべきです。検証に検証を重ねた盤石な土台の上に根差す論理で以て推論しなければならないというのはそうでしょう。とはいえどうしても、私の直感として、ある可能性を除外できるのではないかと考えているのです。

G4-1: それは?具体的に。

G4-9: この場所が私達の未来という可能性です。

G4-5: 根拠は?

G4-9: 1つには、私達がコウモリ以外の哺乳類を一切確認できていないことです。現在の地球は氷河期にあり、顕著な季節変化が生じています。この状態の気候が持続するならば、私達哺乳類の優勢な地位は揺るがないでしょう。しかし我々が探索を続けて早2年、一度もシカやネコを見かけていません。彼らの生態的地位を爬虫類が占めているわけですから。

G4-3: 氷河期を脱した未来という線はどうなんだ?

G4-9: そうであっても、コウモリが命脈を保ちながらネズミが根絶されている理由が見えません。地球上に生息する翼手目は約1000種、対して齧歯目は約2500種。倍以上におよぶ種が居て、コウモリよりも特殊化せず高い繁殖力と素早い世代交代を持つわけです。圧倒的な適応力、遥かに高い進化のポテンシャル。あらゆる生態的地位の中で彼らが1つの分岐群も残さないとは考え難いです。

G4-1: ふむ。[間] つまりはこうなるか?我々は一貫した時間軸上に位置付けられない殺鼠剤の要らない世界に居ると。

G4-9: ええ。特に、パラレルワールドという考え方は最適でしょう。宇宙で生じるあらゆる1つ1つの事象が在り得る別の宇宙を生む。今回のケースはまるで地球史上の固定ポイントが書き換えられたように、世界が大きく分岐した差異を生んでいます。

G4-1: 地球史上のポイントか。

G4-9: ええ、生物史上に聳える1点の事象です。鳥類と翼手目、哺乳類と爬虫類。この生態系シフトを説明できる候補として考えられるのは ⸺

G4-3: 白亜紀末か?恐竜の絶滅しなかった世界。

G4-9: ううん、どうでしょう。確かに爬虫類優勢の陸上動物相ではありますが、恐竜と似たボディプランの爬虫類はまだ ⸺

[枝葉の揺れる音]

G4-1: 何かいる。近い ⸺

G4-9: [絶叫]

[G4-9の体が宙に浮く。胴部に太い紐状の構造が巻き付いており、これに駆動される形でG4-9の体が高速で上方へ運動し、林冠の中に消失する。]

G4-11: ナイン!

G4-5: 敵対生物、上です!

G4-1: 林冠だ!撃て!どのみち助からん!

[連続する銃声]

<抜粋終了>

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SoI-1651-JP

映像中で機動部隊ガンマ-4を襲撃した動物は当初樹上性の捕食動物と解釈されていましたが、映像解析からヒューマノイドに類する動物であることが確認されています。当該動物は金属製の防具を着用しており、頭部・頸部・腹部を頑強な金属の板で、関節部を可動性の維持された金属の網で被覆しています。これらが金属精錬技術の存在を示唆し仮説2.2の成立に必要な前提を提供することから、当該生物は要注意種族:SoI-1651-JPに指定されました。

SoI-1651-JPは概形がヒューマノイドに類似する一方、移動様式が一時的な二足歩行を交えた四足歩行を主体とします。四足による移動速度は地上・樹上ともに訓練されたヒトのものを超過しており、また樹上では発達した尾を5本目の外肢として利用して複雑な運動を可能としています。尾は自切の特性を持ち、緊急時に胴部から離断して自律運動を行います。

SoI-1651-JPは機動部隊ガンマ-4と約3時間に亘って交戦しました。SoI-1651-JP追討作戦の最中、石碑付近で散策中であったガンマ-4-6および7が増援要請に応答せず、既にSoI-1651-JPにより暗殺されていたことが判明しました。ガンマ-4-6および7は殺害の上解剖を受けており、これはSoI-1651-JPが解剖学的特徴を含むヒトの理解を試みたものと推測されます。

その後SoI-1651-JPは約3時間のうちにガンマ-4-9を含む機動部隊員6名を殺害しました。暗殺された6名の隊員は背後から頸動脈や心臓といった生命維持に重要な部位を的確に鋭利な刃物状の物体で切開されており、これは上述した解剖行為により得られた知見に基づく処理と推測されます。またSoI-1651-JPは高い索敵能力を持つと目され、交戦中においてガンマ-4本隊に対し基本的に優位な立場を維持していました。ガンマ-4の本隊は追討作戦を打ち切り、基底世界に帰還しました。


追記3: 機動部隊ガンマ-4の帰還後、48時間以内にサイト-86WLに所属する職員が連続的に失踪しました。これについてSoI-1651-JPあるいは他の有害生物の流入が疑われ、ガンマ-4の存命の隊員に対する事情聴取が行われました。結果として生物が侵入した確たる証拠や兆候は得られませんでしたが、特にSoI-1651-JPが高い隠密性を持つこと、およびヒトに対し敵対的であることから、暫定的にSoI-1651-JPが主因と推定されています。

会話記録1651-JP

日時: 20██/██/██ ██:██

場所: サイト-86WL

インタビュアー: 呂博士、ガンマ-4-1



<抜粋開始>

呂博士: 先日はお疲れ様でした、ガンマ-4-1。どうぞ掛けてください。

[ガンマ-4-1が着席]

G4-1: 今回私を呼んだのは、48時間で4人消えた件か?

呂博士: そうです。勿論、原因はいくらでも考えられます。例えば……2空間の衝突で砕け散った突発的な亜空間に呑み込まれたとか、SCP-1651-JPが非典型的な変形・拡大を見せたとか。ですが、蓋然性の高い候補としてやはり、SCP-1651-JPの生物の侵入というものがありえます。あなた方を追ってくる何かだとか、あるいはそれを可能にする何かと、出会ったことはありますか?

G4-1: 2日前の映像記録は見たのか?

呂博士: はい。

G4-1: なら、もう察しはついてるんじゃないのか?

呂博士: [間] ということは、先日のヒューマノイドに原因があるとお考えですか?あれが基底世界に入り込んだと?

G4-1: 気配が全く無かった。勿論野生動物を相手にしてればそんなのはいくらでも居るが、ありゃ別格だ。俺たちが掌で転がされるように、敗走を余儀なくされたわけだからな。いつも俺たちの2手3手先を読んでいた。本能と技術の複合的な振る舞いだ。

呂博士: ずいぶんと高く評価していらっしゃるようで。

G4-1: あいつの群れがこの世界に入り込んだら人類の終わり、少なくともそれを予期して良いだろう。より進化した種に殺し尽くされて滅びるってな。

呂博士: なるほど。より進化した、ですか。

G4-1: [間] 何だ?

呂博士: 存外そうでもないかもしれませんよ。私たちと彼らはむしろ対等かもしれません。

G4-1: どういう意味だ?

呂博士: 記録映像を拝見したところ、実は私の思弁に近い領域に居た隊員が居ましてね。ガンマ-4-9です。非常に興味深い会話だと思いましたよ。SCP-1651-JPと基底世界との生命の進化史の差異。無数に枝分かれした平行世界の1つとしてSCP-1651-JPを解釈する、ありうる話です。

G4-1: ああ、そのことか。で、学士様のお眼鏡に叶う話だったのか?

呂博士: 博士です。ガンマ-4-3は6,600万年前のK-Pg境界に分岐点を求めていましたが……両者が平行世界の関係にあるならば、私見では分岐点はもっと前の時代でしょう。おそらくはT-J境界にかけての後期三畳紀。外宇宙の死神にもたらされたのでなく、地球の奥底から湧き上った破壊。約2億年前のことです。

G4-1: [間] それは、何が起きた?

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中央大西洋マグマ分布域

呂博士: 大規模な火成活動です。三畳紀の地球は群雄割拠の時代にあったと言って良いでしょう。偽鰐類の複数系統が乱立して陸上生態系の大型動物相を占め、大型の基盤的単弓類……いわゆる哺乳類型爬虫類の系譜もまだ命脈を保っていました。後期三畳紀に発生した火成活動を主因とする複数回の気候変動は、こうした主要な構成要素を悉く絶滅に追い込みました。単弓類と主竜類に見られた数多の形態学的革新が灰燼に帰したのです。

G4-1: 要は白亜紀と同じか?

呂博士: 生命世界の有様が再構築されたという意味では同じですが、その情勢は真逆と呼んでよいかもしれません。

G4-1: 真逆。どう真逆なんだ?

呂博士: 約1億3,500万年後に地上から一掃された恐竜は、後期三畳紀から歴史の表舞台に乗り出していました。幸運に恵まれた恐竜が大変動を潜り抜け、一掃された世界で覇権を握る地位に立ちました。恐竜の主観に立てば、この2つの大量絶滅事象による生物相の転換はまさに真逆というわけです。

G4-1: なるほどな。恐竜時代の幕開けの出来事というわけか。それで、それが今回のとどう関係する?

呂博士: 私が思うに、SCP-1651-JPは恐竜が存在しなかった世界です。

G4-1: どういうことだ?

呂博士: あるいはもう少し控えめに、恐竜が覇権を取れなかった世界と見ても良いでしょう。我々の世界から恐竜の存在を除外すればSCP-1651-JPに近似できるかもしれませんね。

G4-1: [間] 恐竜が不在だったとして、一体全体どうしてあんなことになる?むしろあいつらの姿は恐竜そっくりだぞ。

呂博士: 恐竜が存在しない場合、三畳紀以降の地上生態系で何が優占したか?1つの候補はワニです。基盤的なワニ形類は初期の恐竜と同じように二足歩行をしていましたし、実際その後の子孫にも陸上に適応したものが居ました。[間] ですがおそらく、SCP-1651-JPの世界では別の候補が日和見的に進出しています。

G4-1: それは?

呂博士: 哺乳類です。恐竜の誕生とほぼ同時期、この地球には哺乳形類が出現しました。正史において哺乳形類は後期三畳紀以降概して小型動物の枠に収まり、夜行性という新たな生態に活路を見出したわけですが……向こうの世界では約1億3500万年も早くに彼らの時代が到来したのでしょう。元々ペルム紀にあれほどの繁栄を極めた単弓類です。再びそういう賽の目が出たという話ですよ。

呂博士: しかし、もしあの平行世界と我々の世界が類似した時間軸に沿って進行するならば、大陸分裂、隕石衝突、草原の拡大、氷河時代の到来……地形・環境の変化は同様に発生したはずです。基底世界でいうジュラ紀と白亜紀に栄えた哺乳類は6,600万年前の隕石衝突で壊滅したのでしょう。T-JとK-Pgの裏返しはここでも成立します。

G4-1: つまり……今SCP-X1651-JP内に居る爬虫類どもは、隕石を乗り越えた系統だと?

呂博士: その通りです。哺乳類の絶滅後、空位の発生した生態的地位に進出したのは主竜類のワニと鱗竜類だったことでしょう。繁栄の火種を持ち続けた爬虫類は、1億3,500万年ぶりに爆発的な放散を遂げました。我々の世界の哺乳類がそうだったように。

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呂博士: 無数に派生した1本1本の枝の中から、やがて知性も出現したのでしょう。勿論進化の終着点でなく試行錯誤の1つに過ぎませんが、北京原人がこの地を歩いている頃には、既に基底世界と鏡写しになる形で知的種族が体現していました。脳の巨大化や、協調性の強化に伴う歯の矮小化をはじめとするヒトと同様の進化も辿ったのかもしれませんが……その基部系統はカメやワニほど特殊化していない有鱗目のトカゲだったことでしょう。

G4-1: [間] 森で一度、アイツを仕留めかけた。即席の罠を仕掛けて7人がかりで取りに行ったが、アイツは尻尾を切り落として脱出しやがった。鞭みたくのた打ち回る尻尾に翻弄される俺たちを横目に、すり抜けざまに部下の2人の首を飛ばして逃げていったが……言われてみればトカゲの尻尾切りか。なるほどな。合点がいくぜ。

呂博士: あの個体が常にあなた方の先を行っていたのも、有鱗目の感覚器官のなせる業の1つだとすれば……ヘビにあるピット器官を独立に獲得したのかもしれません。あなた方が装着する熱感知ゴーグルと同様の仕組みを、既に生体機構として体内に組み込んでいるのかも。

G4-1: 道理で霧の中を動き回れるわけだ。

[沈黙]

G4-1: 待て、哺乳類が既に滅んでいるなら、コウモリはどうなる?あの森には腐るほどのコウモリの群れが生息してる。説明が付かないんじゃないのか?

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基底世界のコウモリは唯一完全な飛翔性を持つ哺乳類である

呂博士: 我々の世界では恐竜が既に淘汰されていますが、そのほんの僅かな系統が鳥類として生き延びています。前肢を翼に変え、歯を捨てて嘴を持ち、1万種近い多様性を誇ります。それと同じことがSCP-1651-JP内でも起きたのでしょう。ほぼ全ての哺乳類が隕石衝突に伴って死滅する中で、一握りのコウモリだけが天変地異を生き延びた。

G4-1: 見てくれだけじゃなく……コウモリが、歴史上でもあの世界での鳥だったと?

呂博士: ええ、そしてあの世界の哺乳類は我々の世界で言う恐竜。基底世界の哺乳類ほど夜行性に特化する必要が無かったのでしょう。フクロウにも似た例外も居るかもしれませんが、エコーロケーションに頼る種がほぼ存在せず、視覚を主体として活動しているのだと思われます。

G4-1: そんなことが ⸺

呂博士: 思い出してみてください。鳥が恐竜の子孫だと、いえ、鳥が恐竜そのものだと聞かされてにわかには信じがたかったのではないでしょうか。現在の鳥類だけを見て他の恐竜を想起することはできない。それと同じことがあの世界では哺乳類を対象にしてあるのでしょう。

G4-1: つまり何だ……哺乳類と恐竜が同じ、過去に滅びた古代生物だってのか。

呂博士: 少なくとも彼らにとって、我々はそうなのでしょう。SCP-1651-JPの向こう側は約2億年と数千万年前に我々の世界と袂を分かった平行世界。そして石炭紀から続く有羊膜類の二大分岐群の競合もまたそれぞれに繰り広げられてきたようですね。

[沈黙]

呂博士: そう思うと、SoI-1651-JPが我々に対して敵対的な理由もいくつか思いつきます。

G4-1: 何?

呂博士: 彼らが我々に仇をなす理由です。[間] どうです、予想はできますか?

G4-1: [間] 第二次世界大戦期の人間による動物資源の搾取、とかか。

呂博士: ええ。SoI-1651-JPと翼手目との間の直接の類縁関係が無いにせよ、空を埋めて大地を彩る、ありふれていた動物の群れが忽然と消えたわけです。生態系を分かち合う、同じ星に暮らす生き物が、幾度も繰り返し連れ去られたなら、我々も恐怖心と警戒心を覚えても不思議ではありません。

G4-1: アタリなのか?[間] ああ、それに、生存競争もあるか。北京原人が入り込んでいたなら、縄張りや食料を巡る争いもあったとか、そのあたりじゃないか?

呂博士: ええ。偶然にも時空間異常へ迷い込んだ北京原人は、彼らにとってひどく異様で、脅威になりうる存在に見えたはずです。2本の脚、2本の腕、不釣り合いなほどに肥大した頭。彼らにとってホモ・サピエンスは1個の生物系統として邪魔者極まりないのかもしれません。[間] ああ、それから、そうした心理状況が整いやすい土壌というものもあったのでしょう。

G4-1: 土壌?

呂博士: 爬虫類と哺乳類は互いに3億年にも亘る熾烈な競合を繰り広げてきました。我々にとっての彼らは中生代を支配した爬虫の仲間であり、彼らにとっての我々は1億3,500万年に亘って巨体ひしめく世界を牛耳った古代種なのです。かつて祖先が恐怖した捕食者への対抗。瞳孔の拡大、心拍数の増大、血流量の上昇を促す、祖先が確立した厳戒態勢のモジュールが脳に備わっているとすれば。

G4-1: ヤツらは根源的恐怖を感じていると?我々に?

呂博士: やがて時が経つにつれて嫌悪感に変容した可能性はあるでしょう。民衆が逞しく想像力を働かせ、政府の陰にレプティリアンを据えるように、鱗を欠く、湿った皮膚を持つ奇妙な獣たちに気味の悪い生物の役割を押し付けてきたのかもしれません。[間] そのような土壌の上で、人類は向こうの世界に足を踏み入れてしまったのです。拡大する時空間異常は動物資源で戦時下の人間を駆り立て、その性質で戦後の財団の興味を惹きました。度重なる回収班と調査班の派遣があったわけです。

G4-1: 戦時下の行いは我々の責任ではないし、我々の踏査は果たさねばらならない任務だ。

呂博士: 勿論そうです。しかし ⸺

G4-1: しかし?

呂博士: 霧の中で活動するホモ・サピエンスを目にするたび、途方もない危機感を組み上げてきたのではないでしょうか。疑念が確信へ、嫌悪が敵意へ、定向的に先鋭化していく。石炭紀から幾重にも積み重なった歯車が回り、北京原人が第一歩を踏み出した時から ⸺ いえ、2つの世界が会合したその瞬間から、決定づけられた運命に向かって回り始めたのです。全ては不可抗力であり、時流です。古代の魔物がやって来る、武器を手に取り立ち上がれ、人類が来ると。

<抜粋終了>

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