アイテム番号: SCP-1664-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-1664-JPはサイト-81██の通常ヒト型オブジェクト収容セルに収容されます。SCP-1664-JPに対する給餌及び投薬は、専用のチューブを使用して食道に直接注入する形で行われます。また、SCP-1664-JPの口部にもチューブを接続し、口腔内の廃棄物の排出及び酸素供給等を行ってください。担当職員はSCP-1664-JPに対して定期的に身体検査を実施し、SCP-1664-JP-Aの状態を確認してください。また、SCP-1664-JPの精神状態を安定させる為、1日1度の心理カウンセリングが行われます。
その性質上、SCP-1664-JP-B実例の直接的な収容活動は無意味と判断されています。その為、SCP-1664-JP-Bの収容は、隠蔽措置及び社会的影響の最小化に注力されます。新しいSCP-1664-JP-Bの発生が確認された場合、即座にフィールドエージェントを派遣し、適切な収容体制を構築してください。必要に応じて、周辺住民及び関係者への記憶処理やカバーストーリーの流布等の措置が実施されます。各SCP-1664-JP-B実例の収容状況の概要はSCP-1664-JP-B収容マニュアル(別紙)を参照してください。
収容以前のSCP-1664-JP-B-1(赤枠内)
説明: SCP-1664-JPは初期収容当時26歳の日本人男性(本名: ██ ███)です。SCP-1664-JPの特定の器官及び体内構造(以下、SCP-1664-JP-A)の機能は、特定の物体1(以下、SCP-1664-JP-B)の機能と交換される形で作用します。それに伴い、SCP-1664-JPの身体機能の変質及び異常現象の発生が確認されています。SCP-1664-JP-Bの共通点として、対応するSCP-1664-JP-Aの機能と概ね類似している点、東京都内に存在する点が挙げられます。SCP-1664-JP-A及びSCP-1664-JP-Bの変化は不定期的かつ予測不可能です。
意図的か否かに拘らずSCP-1664-JP-B実例の運用を停止した2場合、SCP-1664-JP-B実例はその異常性を喪失します。しかし、SCP-1664-JP-A実例は依然として影響を受け続け、平均4日後に新たなSCP-1664-JP-B実例が発生します。発生の際、運用停止前のSCP-1664-JP-B実例と同様の機能を有する物体が選出される事は特筆すべき事項です。
現在、8例のSCP-1664-JP-Bが確認されており、その変化により、SCP-1664-JPの身体構造及び身体能力等に悪影響を及ぼします。SCP-1664-JPは先天性無痛無汗症3に罹患している為、前述の影響に対して痛痒感を抱く事はありません。しかし、SCP-1664-JPの触覚は通常的に作用している為、SCP-1664-JPは前述の影響に対して反応を示します。反応の大半は概ね肯定的/受容的なものである事は特筆すべき事項です。
以下は、SCP-1664-JP-A/SCP-1664-JP-Bの概要及びSCP-1664-JP/SCP-1664-JP-Bへの影響の概要等の抜粋です。
#1
SCP-1664-JP-A: 左眼球及び視神経
SCP-1664-JP-B: 世田谷区[編集済]のバレット型カメラ4及び接続コード
SCP-1664-JPへの影響: 外眼筋及び内眼筋の衰弱による眼球運動の抑制及び焦点の固定化が生じる。また、視神経から左眼球へ微弱な電流が流れており、左眼球周辺の器官等が断続的に痙攣している。ただし、涙腺は通常的に機能する。
SCP-1664-JP-Bへの影響: レンズが固定されているのに拘らず、ピント及び画角が断続的に変化している。変化の軌道は、SCP-1664-JPの眼球運動の予測運動モデルに概ね一致している事は特筆すべき事項である。
備考: 20██/04/21、SCP-1664-JP-B-1の管理会社から"カメラ映像が常に動いている"旨の通報があった事により発見され、当初はAO-████-JPとして収容された。カバーストーリー"鉄柱の老朽化"を適用し、SCP-1664-JP-B-1が存在する鉄柱を封鎖している。
#3
SCP-1664-JP-A: 唇
SCP-1664-JP-B: 多摩川清掃工場内のごみ供給ホッパー
SCP-1664-JPへの影響: 廃棄物がSCP-1664-JP-B-3内へ投入された際、SCP-1664-JP-B-3及びSCP-1664-JPの口腔内に空間転移ポータルが生成され、廃棄物が口腔内に移転する。SCP-1664-JPが廃棄物を排出する場合はポータルは出現しない。口腔内に収まる様に廃棄物の体積が大幅に圧縮されているのは特筆すべき事項である。
SCP-1664-JP-Bへの影響: SCP-1664-JPが食物等をSCP-1664-JP-A-3を介して摂取した際、口腔内に空間転移ポータルが生成され、食物等がSCP-1664-JP-B-3内に転移する。ただし、口腔内で生成される唾液等はこの影響を受けない。
備考: 20██/05/03、同工場に勤務する職員が"廃棄物の投入量に対して焼却量が少な過ぎる"と報告した事により発見され、当初はAO-████-JPとして収容された。同工場内の職員に記憶処理を施した後、カバーストーリー"焼却炉の不調による運用縮小"を適用し、同工場における焼却量を制限している。
#7
SCP-1664-JP-A: ブローカ野5
SCP-1664-JP-B: "叢雲"6
SCP-1664-JPへの影響: SCP-1664-JP-A-7が断続的に膨大な情報量を処理する為、SCP-1664-JPは慢性的な頭痛を訴えている。また、SCP-1664-JP-B-7に言語処理を実質的に委任している為、SCP-1664-JP自体は言語処理能力及び発話能力を有していない。
SCP-1664-JP-Bへの影響: 以前まで構築されていたプログラムが改変され、代替的にSCP-1664-JP-B-7の言語処理アルゴリズムがプログラミング言語"Perl7"で出力される。前述のアルゴリズムのソースコードには、未完成又は理論的に破綻しているものも含まれる。
備考: 20██/06/02、試運転時にプログラム改変が突発的に発生した事により発見され、SCP-1664-JP-B-7として収容された。現在、脳科学部門の管轄下でデータ学習の抑制及び解析が行われている。尚、当プログラムの解析が、認知言語学分野の発展に寄与している事は特筆すべき事項である。
#8
SCP-1664-JP-A: 腎動脈内の赤血球
SCP-1664-JP-B: 代々木パーキングエリア駐車場内の車両
SCP-1664-JPへの影響: SCP-1664-JP-A-8が異常な硬性を発揮する事により、腎動脈の血管が損傷する。体内の免疫細胞がSCP-1664-JP-A-8に対して抗原抗体反応を示しているが、完全な分解は確認されていない。また、一部のSCP-1664-JP-A-8は排気ガスに類似した二酸化炭素を放出しながら血液を循環する為、SCP-1664-JPには呼吸困難及び複数の臓器の損傷等の症候が確認されている。
SCP-1664-JP-Bへの影響: SCP-1664-JP-B-8の構造は液体化し、円盤型に類似した形状に変化する。SCP-1664-JP-B-8は断続的に酸素の放出及び二酸化炭素の吸収を行いながら、首都高速道路に進入する。しかし、SCP-1664-JP-B-8は摩擦力に対する耐性を有していない為、代々木パーキングエリア出口から平均30m程度で停止し、蒸発する。車内に人員が乗車していない車両がSCP-1664-JP-B-8に変化している事は特筆すべき事項である。
備考: 20██/06/18、"駐車したはずの車が消えた"旨の通報が相次いだ事により発見され、SCP-1664-JP-B-8として捕捉された。カバーストーリー"点検中"を適用し、代々木パーキングエリア内における駐車車両数を制限している。また、SCP-1664-JP-B-8の消失に関しては、記憶処理の後偽装記憶の挿入を行う事で対処している。
収容経緯: 20██/05/02、"夫がゴミを吐き出した"旨の119番通報を受けた事により、SCP-1664-JPは財団に認知されました。また初期収容時の検査の際、当時確認された3例の身体構造が、過去収容されたAnomalousアイテムと強い相関性を有する事が示された為、両者をSCP-1664-JP-A及びSCP-1664-JP-Bとして収容する事が決定されました。尚、通報者及び担当した通信員には事情聴取の後記憶処理が施され、カバーストーリー"緊急検査による入院"が適用されました。
補遺1.インタビュー記録: 以下は、関係者及びSCP-1664-JPに対して実施されたインタビュー記録の抜粋です。
インタビュー記録.1664-JP-1(20██/05/04)
対象: ██ █(SCP-1664-JPの配偶者)
インタビュアー: Agt.█
備考: 当インタビューは医療関係者による病状の確認という名目で実施された。円滑にインタビューを進行させる為、インタビュアーは都立██病院の外科医を偽称している。
<記録開始>
インタビュアー: それでは、旦那様の症状について、分かる範囲で十分ですので、お心当たりはないでしょうか。勿論、無理にとは言いませんので。
対象: ええ、分かりました。実は、少し前から、夫は何らかの病気を患っていました。そして…[沈黙の後、俯く]…私はその事を誰にも言わずにいました。
インタビュアー: まず、質問したいのは…[沈黙]…少し前と言いますと、具体的にはいつ頃からですか?
対象: [思案]…1、2週間くらい前だと思います。私が仕事を終えて帰って来た時に、夫が左目に眼帯を付けていて。"視力に関しては誰にも負けない"と前に言っていたので、不思議に思って尋ねてみたんです。そうしたら、"仕事先で派手に転んだ"と、申し訳なさそうに笑っていました。
インタビュアー: 成程。確かに、お会いした時に旦那様は眼帯を付けていましたね…[沈黙]…話が逸れました、続けてください。
対象: はい。彼、高校生の時から嘘が下手でした。そもそも、リストカットと違って意図的でない限り、転んだ時に目だけ傷付いたというのはあり得ないですし。なので、眼帯だけを買った購入履歴を見せたら、とても慌てふためいていました。正直に話す様促したら、"君には見せたくなかった"と、諦めた様に眼帯を外してきて。それで、彼の左目が、異様に震えてて…[嗚咽]…私は。
[対象が、両手で顔を覆って号泣する。]
[インタビュアーが、インタビューを一時中断する。15分の休憩時間が設けられた。]
インタビュアー: それでは、インタビューを再開しますが…[沈黙]…ご気分の方はいかがでしょうか。
対象: 大丈夫です。すみません、取り乱してしまって。
インタビュアー: いえ、無理もないと思います。それで、旦那様は眼疾を患ったという事でしょうか?
対象: ええ、恐らく。それで、"病院に行って、お医者さんに診てもらおう"と説得して、近所の眼科で診断してもらいましたが、初めての症例だったそうです。それで、より専門的な病院に行こうと説得したのですが…[沈黙]。
インタビュアー: 頑なに説得を聞かなかったと…[沈黙]…その理由に何かお心当たりは?
対象: [思案]…多分、迷惑をかけたくなかったんでしょう。
インタビュアー: 迷惑、ですか。
対象: 人一倍優しいんですよ、夫は。いや、自分を蔑ろにし過ぎるの方が正しいですね。"新人研修の指導が板についてきた、中途半端に投げ出す訳にはいかない"とか、"僕が今休んだら、また君に迷惑をかけるでしょ?"とか、…[沈黙の後、俯く]…全く、そんな理由で一緒になった訳ないんですが。
インタビュアー: 成程。つまり、原因不明の病気を患っている事を黙認していた、と。
対象: 悪い事だというのは重々承知しています。"無理矢理にでも連れて行こう"と何度も考えました。ですが…[沈黙]…縋り付いて懇願する彼の思いを、私は結局無下にする事ができませんでした。なので、異状を全て話す代わりに、彼の事を黙っていようと決めました。"痛み"を共有して、少しでも和らげたかった。それが、あの人のしてくれた事だから。
インタビュアー: 成程…[沈黙]…しかし、先日貴女はその異状を通報しました。その経緯をお聞かせ願えないでしょうか。
対象: [沈黙]…一昨日の夕食の事です。夫が突然口元を押さえて、勢いよく席を立ちました。"料理が喉に詰まったのかな"と思って、水を差し出したんですが、どうも違うようで。それで、トイレへと夫を連れて行き、軽く背中をさすりました。そしたら…[沈黙]…苦しそうに悶える夫の口から、出てきたんですよ、ごみ袋が沢山。
インタビュアー: [沈黙]
[対象が右手首を押さえる。]
対象: [俯く]…想像できますか、先生。自傷癖から救ってくれた愛する人が、訳も分からず病に苦しむ姿を。散々頼りっぱなしな癖に、何もできずに傍にいるだけの奴の無力感を。もう、彼が傷付くのを黙って見ていられませんでした…[沈黙]…あ、すみません。また興奮してしまって。
インタビュアー: いえ、構いませんよ…[沈黙]…お話ししていただきありがとうございました。後で担当者が参りますので、別室にてお待ちください。
対象: 分かりました…[沈黙]…あの、先生。
インタビュアー: 何でしょうか。
対象: 夫は、ちゃんと治るのでしょうか。また、元の生活に、人間らしい生活に、一緒に戻れるのでしょうか。
インタビュアー: [沈黙]…現状では何も言えませんが、我々も最善を尽くします。
<記録終了>
インタビュー記録.1664-JP-26(20██/06/12)
対象: SCP-1664-JP
インタビュアー: ██研究員
備考: 当インタビューはSCP-1664-JP-B-8を介して行われており、SCP-1664-JPの発言はインタビュアーとの会話に適した部分を抜粋している。
<記録開始>
インタビュアー: こんにちは、SCP-1664-JP。気分はいかがでしょうか?
対象: ええ、薬のおかげで、昨日よりかはずっと。ところで、私の症状はいつ快復する見込みでしょうか?
インタビュアー: [思案]…正確には答えられませんが、少なくとも1年は
対象: [遮る様に]先生、嘘はいけませんよ。
インタビュアー: [沈黙]
対象: 嘘が下手な私でも、流石に分かります。日に日に増えていく身体の違和感を、貴方達は根本から取り除いてくれたでしょうか?定期的に私の症状を聞き出し、必要に応じて薬を出す。それで、快復の見込みが立つとは、到底私には思えません。
インタビュアー: [俯く]…それには、お答えできません。
対象: 別に、貴方を責めたい訳ではありません。むしろ、延命処置をしていただいている事に感謝したいくらいです…[頭を下げる]…ありがとうございます。
[対象が過呼吸気味になる。]
インタビュアー: [沈黙]…ところで、貴方の異常性の原因について何か心当たりはありませんか?
対象: いえ、全く……いや、無くは無い、かな。しかし、お役に立てるとは思えません。
インタビュアー: 構いません、聞かせてください。
対象: 分かりました……先日言った通り、私は無痛症を患っており、傷に対して痛みを感じません。その為、小さい頃は同級生に羨望の視線を向けられていました。それに優越感を覚えると同時に、どこか疎外感を抱きました。
インタビュアー: 疎外感、と言いますと。
対象: 例えば同級生が転んだ時、"痛そう"というのは泣き顔や、擦り剥けた皮膚から漠然と分かります。しかし、それが具体的にどんな感覚なのかは正確に理解できません。"どんな痛みだろうか"と幾度と考えを巡らせても、それが正解なのかは分からない。友達に尋ねても、"ずきずき"とか"ひりひり"とか擬音語で返されるばかりでした。つまる所、誰とも"痛み"を共有できなかったのです。
対象: 随分前に、子供は他の子に共感をする事で人間関係を築くと、本で読んだ事があります。勿論、私に友達がいなかった訳ではありません。しかし、他の子は"痛み"を共有できる。"転ぶのって痛いし、嫌だよね"とか"口を噛んだ時、じーんと痛くなるよね"とか、共感できる事が一つ増える訳です。私には、それがどうしようもなく羨ましかった。
インタビュアー: 成程、続けてください。
対象: そうして私は、孤独感を悶々と抱いたまま高校生になりました。そこでも、色んな人と出会いました。リストカットで余命を先延ばしにする人、親に日常的に殴られる人……焦燥感と不安で自ら命を絶った人。"辛そう"、"苦しそう"というのは分かっている、分かっているんですよ。でも、駄目なんですよ。何度も悩みを打ち明けられても、彼等が嗚咽を漏らしながら呻いていても、彼等の気持ちを分かろうと何発殴っても、手首を切っても……私は、彼等の"痛み"に共感できないんです。なので、これは一種の贈り物なのでしょう、私が彼等により共感できる為の。
[対象が右手首を押さえ、俯く。]
インタビュアー: [沈黙]…成程。異常性に対しては比較的肯定的に受け止めている、と。しかし、何故そこまでして貴方は他者と共感したいのですか?共感したい気持ちは分かりますが、自分を傷付けるのは過剰だと思います。
対象: 何故か?それは、私自身が共感されたい為です。
インタビュアー: 共感されたい?
対象: ええ。結局、私も彼等と同様、共感されたかったのです。羨望されるのではなく、ただ傍に居てくれるだけで良かった。同じ境遇に立つ事で、少しでも深く理解したかった。だから、妻を選んだのです。無痛症の事を打ち明けた後に、"辛いのは一緒なんだ"と言って寄り添ってくれた、あの人を。……でも、それももう無理ですね。
インタビュアー: どういう事でしょうか?
[SCP-1664-JPが身をよじり始める。]
インタビュアー: SCP-1664-JP?大丈夫で
[SCP-1664-JPがSCP-1664-JP-A-3から廃棄物を嘔吐する。]
対象: だって、私はもう、真面な人間じゃない。他の人とは共有できない事が増えすぎた。きっと、貴方にも、彼女にも、誰にも共感できはしないでしょう。だから、これは私一人で抱えていく。
対象: きっとこれも、誰か……或いは何かの痛みだ。共有しなきゃ、可哀想でしょう?
<記録終了>









