クレジット
タイトル: SCP-1666-JP - 鋏が二人を分かつまで
著者: ©︎amamiel
作成年: 2016
アイテム番号: SCP-1666-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: 現在、SCP-1666-JPは日本沿岸部から300km以上離れた海上に位置する、保管サイト-81██の収容ロッカー内に保管されています。新たにSCP-1666-JPの活性化が確認された場合、日本国内で発生した「鋏が凶器として使用された殺人事件/事故」の情報を基に、対応チームによるSCP-1666-JPの回収が行われます。また、事件/事故の関係者に対してはプロトコル”断ち鋏”に従い、専用の記憶処理と情報統制が実施されます。
説明: SCP-1666-JPは鋼材を用いて造られた、全長230mmほどの一般的な洋裁鋏です。外見的な特徴として、経年劣化による錆びや破損に加え、資料画像のように片刃を喪失している点が挙げられます。それ以外の点においては、後述する異常性を有する点を除き、通常の洋裁鋏の構成部品として使用することも可能です。
SCP-1666-JPは不定期に活性化し、即座にその場から消失します。その後、自身の周囲148km圏内の不特定位置へと再出現します。現在までの観測記録から、この際の転移地点として「たった今、自殺を試みようとする人物(以下、SCP-1666-JP-A)が存在する場所」を選定する傾向が確認されています。その一方で、検証実験時の転移再現には成功しておらず、依然として詳細な活性化/転移条件は不明のままです。なお、消失の際、SCP-1666-JPに接着/接合されていた物体は消失することなく、その場に取り残されます。このため、GPS装置などを用いた追跡・回収の試みは成功しません。
転移地点への再出現時、SCP-1666-JPは身元不明な人物の遺体(以下、SCP-1666-JP-B)の胸部に突き刺さった状態で出現します。また、このSCP-1666-JP-B出現の際には、上述したSCP-1666-JP-Aが必ずその現場に居合わせます。多くの場合、SCP-1666-JP-Aは動揺や錯乱の様子を示しますが、これはSCP-1666-JP-Bの出現に起因するものではなく、後述するSCP-1666-JP由来の記憶影響作用による反応であると考えられています。
SCP-1666-JP-Aに対して尋問を行うと、ほぼ全てのケースでSCP-1666-JP-Aに共通する以下のような供述を行います。
- SCP-1666-JP-Bは自らの家族あるいは恋人などの親しい間柄の人物であった
- 何らかの理由で自分とSCP-1666-JP-Bは心中を試みようとしていた
- 心中の手段として、自分とSCP-1666-JP-Bは分解した鋏の刃をそれぞれ持ち合い、互いに刺し合った
- 刺し合う瞬間、SCP-1666-JP-Bが持っていた方の鋏の刃が突如消失し、自分は助かってしまった
これらの供述内で、SCP-1666-JP-Aは「自らとSCP-1666-JP-Bの関係性」及び「心中を試みた理由」について、明確な説明を行うことが可能です。一方で「なぜ、分解した鋏を用いて心中を試みたのか」について質問を行った場合、「この鋏で刺し合えば、また一緒になれる気がした」という旨の曖昧な回答を行うとともに、その手段を実行したことへの明らかな後悔や喪失感といった感情を示します。
それに加え、全てのSCP-1666-JP-Bに対する身元調査の結果は、SCP-1666-JP-Aの主張する人物が存在しないこと、そして現在までにSCP-1666-JP-Bが日本国内に存在していた痕跡が一切ないことを証明しています。同様に、SCP-1666-JPのもう片方の刃も現在まで未確認であり、SCP-1666-JP-Aの証言以外で言及されたケースはありません。
また、SCP-1666-JP及びSCP-1666-JP-B出現の瞬間を監視カメラが捉えていたケースでは、録画データにSCP-1666-JP-Aの供述するような映像は残されておらず、SCP-1666-JP-Aの傍へと瞬時にSCP-1666-JP-Bが出現した様子が記録されているのみでした。以上のことから、SCP-1666-JPは自身の転移/出現に際し、SCP-1666-JP-Aに対して限定的な記憶影響作用を及ぼしていると考えられています。この記憶影響作用は、クラスA記憶処理で容易に取り除くことが可能です。
一方で198█/██/██から検査手順に追加されたDNA型鑑定の結果、一部のSCP-1666-JP-AとSCP-1666-JP-Bの組において、遺伝子学上では兄弟姉妹あるいは親子関係に当たるケースが確認されています。この結果に対して、一部では消去/抹消型の現実改変が行われた可能性を疑う主張も挙がっていますが、判断材料に乏しく、その主張を確証付けるまでには至っていません。
SCP-1666-JPは196█/04/27から197█/09/12に亘って発生した、█件の「同じ鋏が凶器として使用された殺人事件」について調査を行った際に発見されました。当時、SCP-1666-JPは他の遺留品とともに回収されましたが、回収から一定期間は活性化することがなかったために、Anomalousアイテムとして保管されていました。その後、活性化からの消失により異常性が判明、数度に亘る観測結果からその転移傾向と転移限界範囲の存在が確認されました。なお、現在の保管サイトに移されてから10年以上の期間、SCP-1666-JPの活性化は確認されていません。
付録1666-JP-A: 以下はSCP-1666-JP活性化記録の抜粋です(記録内ではSCP-1666-JP-A/-BそれぞれをA/Bと略記)。
記録1666-JP-21 - 日付198█/██/██
A/B: ██ ██(男性 2█歳) / Aと同年齢程度の女性遺体
転移距離: 消失後、保管場所から107km離れた地点(広島県██市███町)に再出現。
概要: 再出現後、Aは警察へと自首を行い、Bは身元不明者として遺体安置所へと送られた。同日中に対応チームによってSCP-1666-JPは回収され、問題なく専用プロトコルが実行された。
詳細: Aは「自身とBは恋人関係であったが、借金を苦に心中を試みた」と証言。SCP-1666-JPを心中に用いた理由に関しては「なぜだか、一番良い方法だと思ったから」と回答。それ以外については、その他のA群と大きな差異は見られなかった。
分析: 調査の結果、Aが多額の負債を抱えていた事実は確認できたものの、Bが実在したという痕跡は一切発見できなかった。他のケース同様に、Aの状況に合わせて植え付けられる記憶の筋書きが決定されているとも考えられる。
記録1666-JP-15 - 日付197█/██/██
A/B: ██ ███(3█歳 女性) / 外見上40歳前後の男性遺体
転移距離: 消失後、保管場所から43km離れた地点(兵庫県██市███)に再出現。
概要: A/Bともに活性化から5日後に警察官によって発見された。その際、Aは首を吊った状態で死亡しており、Bに言及する文章を含む遺書を残していた。警察により心中事件として処理された後、対応チームがSCP-1666-JPの回収を行った。
詳細: 回収されたAの遺書から、AはBを自身の夫と誤認識していたことが判明。他のA群のケース同様に「鋏でお互いに刺し合ったが、Bの持っていた鋏が突然消えてしまった」という旨の記述に加え、Bを殺害してしまったことへの後悔や罪悪感に関する記述も確認できたことから、後追い自殺であると判断された。
分析: Aが錯乱や罪悪感から自殺を試みたケースは、この記録を含めて7例確認されている。Aは元々自殺を試みようとしていたこともあり、明らかに異常な行動であるとは判断しかねる。
記録1666-JP-8 - 日付196█/██/██
A/B: ███ ██(5█歳 女性) / 80歳前後の女性遺体
転移距離: 財団による収容以前に発生した記録のため不明。
概要: Aは近隣住民の通報で駆け付けた警察により逮捕されたが、その証言から精神に異常ありと判断されていた。SCP-1666-JPは凶器として回収されるも、回収から4年後に証拠品保管庫から消失し、他の事件の凶器として再び警察に回収された。
詳細: 当時の供述書によると、AはBを自身の母親と誤認識しており、介護疲れのために無理心中を試みたと証言を行っていた。また、本来の母親が実在するにもかかわらず、Bが母親であると完全に認識しており、むしろ本来の母親を「知らない人物」であると証言していたことも分かっている。
分析: 辻褄の合わない形であっても、記憶の改変が行われるようだ。一方で、後に追加実施されたDNA型鑑定から、AとBは遺伝子学上では親子関係にあることが証明された。Aに植え付けられた記憶に最適といえる形でBが生成されたとも取れるが、現状では憶測の域を出ない。
記録1666-JP-1 - 日付194█/██/██
A/B: 当時発見されず / 10代程度の女性遺体
転移距離: 財団による収容以前に発生した記録のため不明。
概要: 記録上では最も古い、SCP-1666-JPが凶器として用いられた事案。この時点から、現在と同じ異常特性を有していたのかは不明。SCP-1666-JP及びBの出現は██県南部に存在した孤児院で発生。当時、Bは忍び込んだ身元不明の孤児と見なされ、孤児院内で同日に発生した殺人事件の犯人として処理された。この際、SCP-1666-JPも凶器として回収されていたが、その後の足跡は不明。
詳細: 事件当時、Aとなる人物の存在は確認されていなかった。後述の追記及び付録1666-JP-Bを参照のこと。
分析: 更なる調査により、同孤児院にて「分解した鋏の刃」を用いての心中事案が2件発生していた事実が確認された。その手段はSCP-1666-JP-Aが共通して主張する「分解した鋏の刃で互いに刺し合う」という心中方法とほぼ一致しているものの、SCP-1666-JP同様の異常性は見受けられず、正確な関連性については不明。
追記: 199█/██/██に追加実施されたDNA型鑑定から、記録1666-JP-1発生時に出現したSCP-1666-JP-Bと「遺伝子学上では両親を同じくする人物」である江夏 ███氏の存在が明らかになりました。それに加え、194█年時に江夏氏が上記の孤児院に在籍していた記録も確認され、当時未発見であったSCP-1666-JP-Aと同一人物である可能性が示唆されました。
付録1666-JP-B: 後日に行われた江夏氏に対する聴取から、江夏氏は当時出現したSCP-1666-JP-Bを「実の姉」と認識していた事実が判明しました。以下の文章は、聴取時に取られたインタビュー記録からの抜粋です。
インタビュー記録1666-JP - 日付199█/██/██
対象: 江夏 ███氏(女性 7█歳)
インタビュアー: エージェント・初谷
追記: 当時、インタビュー対象の江夏氏は肺水腫を患い入院しており、「未解決事件の調査」の名目のもと、担当医から30分間の面会許可を得た上で行われました。なお、文章化に際して、江夏氏との会話は標準語に変換して記録されています。
<録音開始, 199█/██/██>
エージェント: それでは194█年の当時、孤児院で実際に起こった出来事をお聞かせください。
江夏氏: どこから話しましょう……[4秒間沈黙]当時は戦争で親を亡くした孤児が沢山いました。同じように、私と姉も両親を戦争で亡くして孤児となり、親戚をたらい回しにされた揚げ句に行き着いたのが件の孤児院です……もっとも、鑑別所と大差のないような場所でしたが。
エージェント: 私たちが調べた限りでは、院長をはじめとした職員による、児童への虐待や行き過ぎた指導が日常化していたとか。
江夏氏: ええ……当時では、国の助成金目当ての悪質な孤児院も沢山造られていたそうですので。[5秒間沈黙]そんな孤児院の中、特に酷かったのが院長の娘による横暴でした。彼女は自分が院長の娘であることを良いことに、いつも自分以外の子どもを虐めていまして、時には職員へと出任せの告げ口までしたりと、酷い有様でした。
エージェント: 院長の娘……お姉さんが犯人とされた殺人事件の被害者ですか。
江夏氏: あれは……姉がやったわけではありません。[4秒間沈黙]全ては、私のせいだったのです。
エージェント: どういうことでしょうか?
江夏氏: あの日、私は運悪く、彼女の虐め……暴力の標的となっていました。私は、そんな彼女から逃れようとして、ただ軽く払い除けただけのつもりでした。そうしたら、彼女はいつの間にか、階段から落ち……[額を両手で覆う]
エージェント: 死亡事故の真相について無理に話す必要はありません。私はただ、その後に起きた出来事についてお聞きしたいだけです。
江夏氏: ……その後、姉と私は彼女の遺体を隠しました。ですが、見つかるのも時間の問題。院長の娘の殺害です。もしも見つかればどんな目に合うのか、想像することすら躊躇われました。
エージェント: そこで行き当たった考えがお姉さんとの心中だった、ということですか。
江夏氏: 今思えば間違った考えであったと、はっきり分かります。悔やんでも悔やみきれません……。ですが、当時の私と姉は日々の出来事に疲れ果て、死んで楽になりたいと何度も思ったほどでした。
エージェント: しかし、なぜ心中の手段として「分解した鋏の刃で互いに刺し合う」など選ばれたのですか? 変な言い方になりますが、もっと確実かつ楽な手段もあったはずですよ。
江夏氏: 孤児院の子どもたちの間で流れた、一種のまじないのようなものでした。「分解した鋏の2枚の刃それぞれを使ってお互いに刺し合えば、次に生まれ変わってもまた一緒になれる」……時代や環境背景があったとはいえ、実際にこの手段で2組が心中を図ったとも噂で耳にしていました。
エージェント: それほどまでに異常な状況であった、ということですか[資料をめくる]失礼、続きをお願いします。
江夏氏: 私と姉は用意した鋏を壊し、2枚の刃の部品に分解しました。その後はそれぞれの刃を互いに持ち、向かい合った状態で何を喋るでもなく、しばらくは姉と見つめ合った状態が続きました。きっかけは私のたった一言でした。その一言の後に、私と姉は互いの胸に鋏の刃を突き立てました。[4秒間沈黙]ですが、姉が持っていた方の刃は……私の身体に触れるその一瞬前に消え失せたのです。まるで手品のように忽然と……でも、そのことに気付く前に、私の持っていた刃は……姉の身体に深く突き刺さり[軽く咳き込む]
エージェント: 江夏さん、大丈夫ですか?
江夏氏: どうぞお構いなく……[息を整える]姉が床に倒れて動かなくなっても、しばらくは何が起きたか分かりませんでした。ようやく状況を理解したところで、気付けば私はその場から逃げ出し、別の部屋の隅でいつ来るかも分からぬ職員たちに怯えていました。いつの間にか、外では騒動になっていました。しかし、なぜだか皆は私を探している風ではありませんでした。
エージェント: お姉さんが「身元不明の孤児」として、犯人にされたためですね。
江夏氏: はい……不思議なことに、なぜだか姉のことを誰も覚えてはいませんでした。まるで、最初からいなかったもののように扱われていたのです。そして、わけが分からぬうちに……「身元不明の孤児」が犯人となっていて、私は誰に罪を咎められることもなく終わりました。[6秒間沈黙]今思えば、それは姉が私の罪を全て持って行ってくれているようでした。
エージェント: 奇妙なことを聞くようですが、お姉さんに何か変わったところや、他の子どもたちとは何か違うと感じるようなことはありませんでしたか?
江夏氏: ……分かりません。ただ、強いて他人と違うところを挙げるとすれば、それは誰よりも心の強い人だったということです。そして……私を誰よりも愛してくれていた。だから、時々思うのです。姉はそもそも心中などしたくなかった、私を殺したくなかったのではないかと[咳き込む]
エージェント: 少し、休憩しましょう。
江夏氏: いえ、いいんです[ベッドにもたれ掛かる]思い返せば、私が姉に無理を言ったことが発端でした。あの時、私はただただ楽になりたいだけだった……。そして、それは姉も同じであると思い込んでいました。だからその時は、お互いに相手を楽にしてあげられる、一番の解決策のようにすら感じていたのです。
エージェント: 江夏さん……貴方はあの日の出来事について、どのようにお考えですか?
江夏氏: 共に逝けなかったことよりも、私に姉を殺すことへの葛藤や迷いがなかったこと……それが、ただただ心残りでなりません。もしあの時、私が姉を殺したくないと少しでも思っていたのなら……もしかすると、私が持っていた刃も消え去り、互いに死ぬことなく少しでもまた一緒に居られたのではないだろうか。なぜだか今でも、つい、そんなことを夢想してしまうのです。あの日に戻り、再びやり直すことができたらなんて、馬鹿げた夢想を。
<録音終了, 19██/██/██>
終了報告書: インタビュー後、江夏氏は財団管轄の病院へと移送され、精密な調査/検証が実施されました。しかし、検証結果に異常性は見受けられず、江夏氏とSCP-1666-JPの明確な因果関係は示されませんでした。この半年後、江夏氏は肺水腫のために死亡しました。現在、SCP-1666-JP起源の調査については、一部活動を除いて凍結されています。