アイテム番号: SCP-1699-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-1699-JPはサイト-81██の標準収容ロッカー内で保管されます。SCP-1699-JPの異常性により昏睡状態にある人間はサイト-81██の収容室に収容し、脳波のモニタリングを行ってください。
説明: SCP-1699-JPは一般的な卒業証書用丸筒と同外見を有する円筒です。SCP-1699-JPの蓋は接着されていますが、一部の人間が開封することができることが明らかとなっています。開封可能な人物の条件としては、仕事や活動の停止を考えていることが現在有力視されています。
SCP-1699-JPの蓋を外すと内部から砂が噴出し床に散乱します。放出された砂は石英砂や珪砂などの一般的な海砂の成分と一致しているとみられますが、後述の異常性から詳細な分析は未だ未実施です。散乱した砂は床上で自律行動を行い、結果として複数個の砂絵が連続して形成されます。砂絵の特徴として、SCP-1699-JPの開封者 (以降対象) のこれまでの仕事や活動において対象が活躍した場面や評価を受けた場面が描き出される傾向にあります。砂絵の形成が終了すると噴出された砂は全てSCP-1699-JP内部に吸い込まれ、全て回収されたと同時にSCP-1699-JPの蓋が接着されます。
砂の回収の終了と同時に、対象は昏睡状態に陥ります。昏睡状態の対象は栄養の摂取や運動を行わないにも関わらず生理機能が正常に作用しており、体重の増減や加齢が観測されます。また脳波検査から、対象は絶えず夢を見ていることが示唆されています。対象の約7割は昏睡状態から覚醒することなく死亡しますが、残り3割の対象は一定期間後覚醒します。覚醒までの時間は個人差があり、現在確認されている中では最短で2日、最長で12年8ヶ月です。
対象は覚醒後、対象が停止しようと考えていた仕事や活動に対して意欲的な態度を見せる傾向があります。また対象は昏睡中の夢に対する明確な記憶を保持しています。多少の差異はあるものの、対象が見る夢は、対象が停止しようと考えていた仕事や活動を対象が行っていない世界におり仕事や活動を再開しようとしたときに覚醒した、という内容です。
発見経緯: SCP-1699-JPは、要注意団体「Are We Cool Yet?」のメンバーである PoI-201 ("ヨルク・ザンケッタ") の自宅への突入調査時に発見されました。PoI-201はオブジェクトの影響を受けた昏睡状態で発見され、サイト-81██の収容室に護送されました。また、SCP-1699-JPの付近にはオブジェクトの製作者によって書かれたとみられるPoI-201宛の手紙が発見されています。
親愛なるヨルク・ザンケッタへ
やぁヨルク。引退を決意したと聞いたときは驚いたよ。いや、でもどこか納得したところがあるのも事実かな。
僕が君を知ったのは、前にも話したけどいつだかのコンペディションの時だったか。あの時の作品にはしびれたよ。目を離すことができず、君の創る世界に引き込まれた。僕がこの界隈に入る一つのキッカケになったと言っても過言ではないと思う。
自分もアートを作る中で思うようにいかないことばかりだったけど、君の作品を参考にして頑張ったし、あの輝く星のような絵には随分支えられた。いつか君にcoolだと言ってくれる作品を作り上げたかったけど、どうやらまだ叶いそうにない。
初めて君と話ができた時はこの上なく嬉しかった。他の仲間とともに色々アートについて語り合ったあの夜は、今でも僕の大事な思い出だ。
ホントはできることなら引退してほしくないけど、これは僕のエゴだ。君が決めたことだから僕らはそれを受け入れなければならないよね。今はゆっくり休んでほしい。
いいか、俺は今からcoolとは程遠いことを書く。これを書いたって何も変わらないだろう。冷めた笑いでゴミ箱に捨てられるだけかもしれない。新人の俺が偉そうに言うことでもないのは重々承知している。でも君に聞いてほしいし書かずにはいられないんだ。
今アンタはアートを作ることが、嫌になっているかもしれない。けどほんとに嫌いなのか?それとも自分の才能がないという現実とやらに気づいたとでも?でも、俺たちが作りたかったのは理想じゃないのか?初心を思い出せとかいう薄っぺらい言葉を言うつもりはないよ。けど確かにお前はアートが好きだっただろ?疲れたのなら休めばいい。本当に完全に捨てていいのか?
あいつのほうが自分より凄いのを作れる?自分のcoolさが受け入れてもらえない?辛いよな、認めてもらえないのは。でもアンタはアンタなんだ。それは変わりようがない。そのアンタで勝負してこれまで評価されたんだ。アンチなんかに目を向けるより、アンタの中の芸術に目を凝らしてくれよ。
周りのプレッシャーが重い?期待外れをさせやしないかと心配?好かれるってのは厄介だよな。でも、次の作品が駄作だって俺たちはアンタを嫌いになったりしない。もし助けが必要なら手伝うし、大事なのはアンタが作りたいものを作っていることなんだ。
続ける理由がない?胸の炎が消えてしまった?下らないことだって、刹那的だって、理由なんて何でもいい。大きく深呼吸すれば胸に酸素が送られて燻ってた火が勢いを戻すかもしれない。少し離れて一服すればまた自分のアートが見つかると思う。
いつかは別れの決断や辞める選択をしなくちゃいけないのかもしれない。でも、俺は、今はその時じゃないと思う。アートなんていつ作ったってもいい。いつ作らなくてもいい。わざわざ選択肢を一つ握りつぶさなくてもよくないか?もったいないじゃん。いつ戻ってきてくれてもいいからさ。なんならそのまま戻らなくたっていい。完全に打ち切って、全てなくなっちゃうなんて寂しいじゃないか。中途半端な状態だっていいよ。戻れる場所を用意しておくことの何がいけないんだ?
なぁ、本当のことを言うと、別にやめたっていいんだ。それがアンタの選択なら受け入れるしかない。でもこれだけは、お願いだ。否定しないでくれ。いままでのアンタを、作った作品を、好きだと言ってくれた人たちを、否定しないでくれ。頼むよ。
目を背けないでくれ、アンタのことを好きだと言ってくれた人から。あるじゃないか、価値が。いるじゃないか、認めてくれる人が。必ずいる。アンタがこれまで作ったアートはそれだけのものを作ったんだ。その作品は罪であり、枷であり、澱であるかもしれない。でも、その作品は偉勲であり、宝物であり、結晶であるかもしれない。もうアンタ一人だけのものじゃない。アンタが自身を否定しても、その作品や好きになった人たちは否定しないでくれよ。
俺の一方的なメッセージをつらつら長く書いてしまって申し訳ない。もしここまで読んでくれてるなら感謝感激だ。何か言いたいことがあるならまた会って一杯やろう。それか返事でもくれないか。
あと、どうしてそこまで自分にかまうかって?そんなの簡単だ。その方が楽しくなるからだよ。
アルテュール・ベルジュローより
P.S. ホントに引退するってんなら、一緒に送った筒を開けてくれ。アートの後輩である俺から送る最後の餞だ。
補遺: 20██/██/██、PoI-201が覚醒しました。昏睡期間は約5年間です。PoI-201は覚醒後、大きな混乱もなく状況を把握し、引き続きサイト-81██での収容指示に従っています。以下は覚醒翌日のPoI-201に対するインタビューです。
対象: PoI-201 ("ヨルク・ザンケッタ")
インタビュアー: エージェント・ハナ
<録音開始>
エージェント・ハナ: では、オブジェクトを使用した後の夢の中での出来事についてお聞かせください。
PoI-201: 確か昼前、朝食には遅い時間に居間で目が覚めた。最初はあの砂絵を見ながら寝落ちしたと思ったのだよ。それで近所のカフェにいってサンドと珈琲でブランチを楽しんでいたら顔馴染みの常連客が来た。彼と軽いお喋りでもしたんだが、どうも話が食い違う。それで他のアート仲間とも連絡を取ったのだが、私がアートをやってたことを誰も知らない。私の作品は何もなくなっていたんだ。
エージェント・ハナ: あの筒を送った、ベルジュロー氏にも連絡はとったのですか?
PoI-201: ベルジュロー……あぁ、アルのことだな。そういえば取ってなかった。というか、思い出してみるとアルのことをすっかり忘れてた……というか気にも留めてなかったような気がする。筒もあの日以来記憶にない。
エージェント・ハナ: そうですか。わかりました。ではその後について教えてください。
PoI-201: 最初は不安だったけど、でも清々したんだ。それから過ごした日々はアートから解放されて爽やかな暮らしだった。アートに費やしていた時間が空いた分、別の仕事もはかどり健康的な生活だったさ。
エージェント・ハナ: では、なぜまたアートを始めようと思ったのですか?
PoI-201: 確かに夢の中の生活は快適だったよ。けどあの砂のアニメーションをふっと思い出した。今はもう無理な輝かしい功績。確かにあの時私はここで幕を下ろすべきなのだと思ったさ。でも少し癪だったんだ。勝手に線引きされて、引退のお膳立てをされて、マリオネットのように終了をさせられて。だからちょっとだけその素晴らしいエンドロールの向こう側が見たくなったんだ。
エージェント・ハナ: 続けてください。
PoI-201: それで私は前の仲間にまたアートをやりたくなってきているって相談したんだよ。そしたら誰も止めないんだ。自分たちもその苦労は知ってるはずなのに。みんな応援してくれた。資金援助を申し出てくれる奴さえいたさ。それでいよいよ押し入れから筆を見つけ出した時、目が覚めた。
エージェント・ハナ: ありがとうございます。では今はもうアートを辞めたいということはないということですか?
PoI-201: ああそうだ。いや、もしかしたらまた辞めたくなるかもな。でもそれでいいと思う。なぁそこの君、筆とキャンバスを貸してくれないか。いや鉛筆と紙でも何だっていい。とにかく今は何か描きたくて仕方ないんだ。
<録音終了>
補足: PoI-201への一切の筆記具の支給は許可されません。
補遺2: インタビューの5日後である20██/██/██、PoI-201が収容されているサイト-81██内の壁面に、バラやアヤメに類似した花に頭部が置換された鳥を模した絵が8箇所に突如として出現しました。後の検査により、絵はPoI-201のDNAに一致する血によって描かれていることが明らかとなっています。鳥の絵は出現後成人男性が泣き叫ぶような音を発し、その際周囲5 m以内にいた██名の職員は腸内にニワトリ (Gallus gallus domesticus) のタマゴが出現し重傷を負いました。
このインシデントと同時に、要注意団体「Are We Cool Yet?」の一グループである、PoI-900 (コードネーム: アリ) を中心とする集団がサイト-81██を襲撃しました。両インシデントの混乱に乗じてPoI-201は脱走し、未だ行方は掴めていません。彼の収容房の壁には血液を用いて「Somehow I am cool yet.」と書き残されていました。
ページリビジョン: 8, 最終更新: 16 Jan 2021 12:54