RAISA・時間異常部門共同通達

現在閲覧中の報告書はアーカイブ版であり、基底時空軸から隔絶・固定されています。内部に掲載された情報が古く、現状と乖離する場合がある点に留意してください。
…
…
…
…
…
エンケラドゥス
アイテム番号: SCP-1767-JP
オブジェクトクラス: Keter Apollyon
特別収容プロトコル: 現状SCP-1767-JPの体試料は確保されていません。5341/06/26時点で提案されている取扱手順を以下に示します。
将来的な収容に際し、生体のSCP-1767-JPの保管は研究上必要な最低限の個体数のみが認められます。想定されるSCP-1767-JPの遺骸は異常性の有無が確認されていないため、大型魚類標本または鯨類標本の標準取扱手順が暫定的に適用されます。
確保された正体のSCP-1767-JPは内側から順に厚さ10cmのスポンジと厚さ25cmの耐海水性強化ステンレス板で内側を補強された密閉式中型海棲生物収容水槽に収容されます。SCP-1767-JPの排泄物・老廃物により汚染された海水は自動排水され、同時に調整済海水が水槽へ自動供給されます。
水槽に亀裂が発生した場合、SCP-1767-JPの収容は放棄されます。収容放棄にあたりSCP-1767-JPの水槽は最低限の周辺区画ごと破棄されます。野生下のSCP-1767-JPに対する取り扱い手順が確立されていないため、放棄されたSCP-1767-JP個体への一律的対応は保留されます。
SCP-1767-JP
説明: SCP-1767-JPは、太陽系第7惑星土星の第2衛星エンケラドゥスで存在が確認された、地球上の脊椎動物と表面的に共通するボディプランを持つ群居性の飛翔・遊泳生物です。全長は約3mに達し、食性は不明です。鰓状構造の存在や抗重力機構の不在に示されるように水棲生活を主体としますが、人工大気中や宇宙空間中において少なくとも一定時間の生存や活動が可能です。
脊椎動物との共通点の例は、内骨格で体を支持し1、頭尾方向の区別が存在し、また正中線を対称軸として左右相称である点です。SCP-1767-JPは長い尾と前後2対の鞭状の付属肢を有し、頭部に1対の鰭状の突起を持ちます。頭部の口腔は顎が存在せず、肛門は正中線上の尾状構造の末端に位置すると推測されます。背部では多数の付属肢が左右外側のそれぞれで前後方向に配列します。
SCP-1767-JPは重力の操作能力を示します。SCP-1767-JPにより発生・消失・変換される重力の方向は任意であり、大きさの上限は未確認です。当該特性を用い、SCP-1767-JPは以下のような行動を実現しています。
1. 自己以外の対象物への干渉
遠隔から対象物へ重力を加えることにより、移動・破壊を可能とします。後述する氷殻の破砕や想定される前哨基地からの攻撃手法の回避・無力化は当該作用を経たものと推測されます。
2. 自己の運動能力の補助・向上
SCP-1767-JPの高速度運動や水圏外での運動も重力操作に起因すると考えられます。従来SCP-1767-JPは水中以外で十分な揚力や推進力を獲得する機序が不明でしたが、自己が発生させる重力により運動していると推察されます。また慣性による揺らぎを伴わない瞬間的な移動に関しても、ベクトル操作を経た莫大かつ精密な加速度の付与・除去によりこれを実現している可能性があります。
発見経緯: SCP-1767-JPは協定地球時における5341/04/22にエンケラドゥスの地下海で活発化し、衛星の氷殻を破砕して衛星表層に出現したことで発見に至りました。当該事案以前に実施されていた地下海調査でエンケラドゥスに海洋生態系が存在することは示唆されていましたが、SCP-1767-JPの存在は確認されていませんでした。
氷床の崩壊により消失した第5前哨基地
地下深部で活動的な大規模の魚影が観測された直後、魚影の進行方向に存在する氷殻に亀裂が生じ、地表部まで貫通する形で開裂・破砕しました。財団の所有する第5前哨基地は間欠泉的に噴出した水流・水蒸気流により全壊に至り、当時内部に居た職員███名は全員が死亡または行方不明になりました。
事案発生直後においてこれは非異常の偶発的水蒸気噴出に伴う事故と解釈されていましたが、これと同時に水流・水蒸気流に乗って未確認生物(後にSCP-1767-JPに指定)が地上に進出したことから、当該事象はSCP-1767-JPの重力操作を主因とすると見られます。地上に進出した群れは長径約8.3km短径約5.9kmにおよぶ大集団を形成し、一見して地球の気象現象と類似する大規模な離合集散を繰り返しました。
SCP-1767-JPの群集は衛星表層を飛翔し、第5前哨基地から半径約1,500km圏内を高速度で移動しました。除外サイト-01の記録によればSCP-1767-JPの移動範囲内には第3~第7前哨基地が存在したとされ、これらはSCP-1767-JPによる襲撃を受けたと推測されます。各基地は小惑星の衝突に備えた補強が施されていたとの記述がありますが、SCP-1767-JPは重力操作を用いた穿孔・圧壊によりこれらを無力化したと見られます。最終的にこれらの前哨基地群は事実上一切の痕跡を抹消される形で消失しました。
現状エンケラドゥス地表上にSCP-1767-JP個体群は存在しません。SCP-1767-JPが不在の理由は未解明ですが、SCP-1767-JPが活動限界を迎え本来の生息環境に復帰したこと、前哨基地との相互破壊により人為的に駆除・撃退されたことが候補として考えられます。
補遺: 上記事案の後、エンケラドゥスの地表および海水中からSCP-1767-JPの環境DNAが採取されました。採取された核DNAの全ゲノム解読を実施した結果、SCP-1767-JPの全塩基配列は地球生物のものと極めて類似することが示されました。ゲノムサイズ自体は約8倍に達するものの、財団のゲノムデータベース上において最も一致度の高い生物はオナガナメクジウオ属に属する種(Asymmetron spp.)でした。分子系統解析によりオナガナメクジウオ属は現存する頭索動物の分岐群のうち最も基盤的な属として配置されます。
脊索動物のクラドグラム。SCP-1767-JPはPikaia(下から4番目)様祖先から派生したと推測される。
頭索動物は現存する脊索動物の分岐群のうち、最も早期に自由遊泳性の共通祖先から派生しましたが、解剖学的特徴からSCP-1767-JPとの直接的な祖先-子孫関係を持たないと推測されます。SCP-1767-JPは肛門が尾側末端に位置する一方、鰓状構造が存在しており、Pikaia様祖先に系統的起源を持つ可能性が高く見積もられます。
Pikaia gracilensは約5億1,300万年前から約5億500万年前にかけてカンブリア紀に生息した基盤的脊索動物です。SCP-1767-JPは数億年前のPikaia様共通祖先からボディプランを継承し、脊椎動物が辿った進化系列を再現する形で進化を遂げたと推測されます。このとき、稀に生じる減数分裂の失敗に伴ってゲノム重複を繰り返し、脊椎・脳・付属肢など主要器官の発達を遂げたと考えられます。
ただしSCP-1767-JPはエンケラドゥスでの生息が確認されており、SCP-1767-JPが現在の惑星間分布を実現した過程は不明です。地球上で進化した分岐群がSCP-1767-JPに到達して異常性を用いてエンケラドゥスへ移動した移入経路と、何らかの要因でエンケラドゥスに出現したPikaia様祖先がエンケラドゥスで進化を継続した移入経路の2つが提唱されています。2つの仮説の正当性を示す具体的な根拠は発見されていません。
追記1: SCP-1767-JP対策室は文献調査中、21世紀に報告されたAnomalousアイテムの記録を発見しました。当該Anomalousアイテムの性質についてSCP-1767-JPの異常性との類似が指摘されています。
発見されたAnomalousアイテムの報告書は以下の通りです。
AO-1767-JP
アイテム番号: AO-1767-JP
オブジェクトクラス: Anomalous
現状: AO-1767-JPは低危険度物品収容ロッカーに収容されます。
説明: AO-1767-JPはカナダのブリティッシュコロンビア州に分布するスティーブン層バージェス頁岩から産出したPikaia gracilensの実物化石です。生前の全長は約4cmです。
全長5cmを超過する動物(以下、対象)に視認された場合、AO-1767-JPは対象から遠ざかる方向に半径5m以内の地点へ瞬間的に転移します。当該の転移の有無自体は対象の属する分類群に依存しませんが、対象が節足動物である場合に転移距離の有意な増大が確かめられています。
追記: Dクラス職員を介してSCP-294によりPikaia gracilensの血液を回収し、抽出されたゲノムを用いて復元したところ、発生したPikaia gracilens個体はAO-1767-JPと同様の転移特性を示しました。AO-1767-JPの異常性は生来の異常性が死後・鉱物置換後も残存したものと推測されます。
補遺: Pikaia gracilensが真に生体の時点で異常性を有する場合、当該の異常性はアンドリュー・パーカー氏が1998年に言及し2003年に公表した「光スイッチ説」に従って説明が可能と推測されています。「光スイッチ説」はカンブリア紀に起きた動物の爆発的進化を説明する仮説です。
エディアカラ紀をはじめとする先カンブリア時代の動物は軟組織により構成される外部形態を持つ一方、カンブリア紀の動物には多様な外部形態が認められます。一般に認められている仮説として、カンブリア紀には動物の高次分類群の多様化が起き、それに際して外骨格を有する形態形質が確立したとされます(カンブリア爆発)。パーカー氏は、この多様化の原動力が当時の生態系で顕在化した捕食圧であり、獲物を狙う捕食者と逃走・防衛する被食者の間の相互作用により種分化が促されたと主張しています。
パーカー氏の主張によると、動物は眼を獲得したことにより、捕食・逃走・防衛など各種行動が効率化され、捕食-被食関係が強化されました。彼らの細胞は分化あるいは原核細胞との細胞内共生を経て光受容器を獲得しました。やがて節足動物は外胚葉に由来するレンズ状構造を発達させ、高度な複眼を獲得したと考えられています。結像機能を持つ眼は約5億2,100万年前に出現したとされ、同時期に動物の爆発的放散が開始したと推測されています。
SCP-1767-JPの異常性の発動条件が体長5cm以上の動物による視認であることから、当該の異常性は自身の天敵となりうる大型動物からの逃走に寄与するものであったことが推測されています。当時の海洋生態系には最大全長約38cmのAnomalocaris canadensis、最大全長約7cmのOpabinia regalisなどの動物食性節足動物が生息しており、被食者であったPikaia gracilensは異常性を用いて彼らの脅威から逃れていたと考えられます。
これを受け、SCP-1767-JPとAO-1767-JPの異常性が重力のベクトル操作のみに留まらず時空間歪曲およびその操作に波及するとする説が時間異常部門により提唱されました。
地球と歪曲する2次元格子空間を表示する、空間と重力の関係を説明する概念図
20世紀に登場した基礎的な物理学の理論以降、重力は質量が形成する質量周囲の空間の歪みであり、また時間と空間は本質的に表裏一体であり不可分と理解されています。このことから、SCP-1767-JPの重力ベクトル操作が間接的に時空間歪曲に寄与しうるほか、逆にSCP-1767-JPの異常性の本質を時空間歪曲と見なしその副次的作用として重力異常を説明する場合が考えられます。例として除外サイト-01に記録された前哨基地群消失事象は仮定にニュートン力学的重力操作よりも時空間操作を置く方が節約的とされます。
AO-1767-JPに関しては、除外サイト-01に保管された文献より、旧時間軸においてPikaia gracilensが脊椎動物の直系祖先であったことが記録されています。現行時間軸においてはMyllokunmingiaのような先行する脊椎動物の存在やPikaia自体の解剖学的特徴から、脊椎動物とPikaiaとの直接的な祖先-子孫関係は21世紀時点で否定されています。しかし、これは両者間の直接的連環を持つ旧時間軸の削除に起因すると見られます。人類は歴史上からの消滅を免れましたが、類縁関係のフレームシフトを伴う激甚的時間軸変動(CK-クラス:再構築シナリオ)を被りました。
以下は提案を巡る会合議事録です。
エンケラドゥス特命調査班
第7回会合議事録
日時: 5341/11/23 09:30 (UEC)
場所: 地球サイト-8103
出席者: バロウマン研究員、キングストン研究員、ルーカス研究員、デイヴィス研究員
<抜粋開始>
バロウマン研究員: 始めよう。SCP-1767-JPのボディプランが頭索動物のそれから派生したと思われるのは周知の事実だと思うが、およそ3,300年前に記録された約5億前のAnomalousアイテムにも共通性のある異常性が確認されていたという。ピカイアだ。

バロウマン研究員: ピカイアはカンブリア紀の海洋の生態ピラミッドにおいて上位を占めたわけじゃない。海底に潜むワーム、5個の複眼を持つ怪物、多数の肉食動物が跋扈した世界だったわけだからな。棘も甲冑も持たない彼らが採った生存戦略、それは逃げることだ。天敵をいち早く発見してその脅威から逃げ延び、安全を確保する。
デイヴィス研究員: 極めて基本的な逃走-闘争反応。そしてその手段がワープと言うわけだな。
バロウマン研究員: その通り。あるいは時空間移動と呼んでも良いかもな。数百万年の存続期間のうち、偶然時空間から零れ落ちたピカイアがエンケラドゥスに辿り着いた。時空に関連する彼らの能力が今も残り続け、それを圧倒的な暴力的性質に転用した存在がSCP-1767-JPだとすれば、直感的だ。
キングストン研究員: まさに天文学的な確率ね。
バロウマン研究員: そうでもない。単一宇宙内の移動三大基礎性質に則れば、基本的に生存可能領域に飛ぶからな。酸素に富む海の存在する天体は多くない。数少ない候補のうちの1つがエンケラドゥスだったんだろう。
ルーカス研究員: ピカイア全てが異常性持ちだったの?
バロウマン研究員: それは分からない。祖先を共有した俺たちにその性質は受け継がれてないし、他の脊索動物の大半にも存在しないから、どうだかな。今の地球に子孫を残した連中はひょっとするとノーマルだったかも。
ルーカス研究員: 良かった。でも異常性持ちの個体も少なくはなさそうだね。化石の保存バイアスを乗り越えて異常性を残し続ける例があるなら、莫大な個体数があったと見るのが道理。馬鹿にならないだろうね。生態ピラミッドの下位の生物なら個体数は多かったはず。何万何億っていう個体数が日常的に時空を歪ませるんだ。塵も積もれば山となる。バタフライエフェクトの1つや2つ、起きたって不思議じゃない。
[ルーカス研究員が入力装置を操作し、弦の3Dモデルを表示する。]
デイヴィス研究員: 何を?
ルーカス研究員: 実演さ。よく例え話があるだろ。時間軸という言葉があるように、時間成分を1本の軸とみなすんだ。弦でも紐でもいい。両端をピンと張って少しずつ力を加える。この指の力をピカイアの転移としよう。
[ルーカス研究員が指で弦を摘んで引く動作を繰り返す。徐々にホログラムの弦の張力が増大する。]
ルーカス研究員: 少しずつ。少しずつ。やがて力が十分に溜まると……
[弦がルーカス研究員の指から外れて跳ねる]
ルーカス研究員: 修正力の限界を迎えて跳ね上がる。時間軸の変動だ。
バロウマン研究員: 5億年を超える進化史が一気に根底から覆る。
キングストン研究員: その力の蓄積……今この瞬間にも世界は変わってると見るべきかもしれないわね。現生のSCP-1767-JPにも時空干渉能力はあると言って良いでしょう。祖先の逃亡、子孫の侵略。カンブリア紀から現代まで、5億年のありとあらゆる一瞬一瞬で彼らは時空を揺るがせる。
デイヴィス研究員: [間] そうか、SCP-1767-JPも時空干渉を ⸺
[沈黙]
デイヴィス研究員: そうか。1つアイディアが浮かんだ。
ルーカス研究員: 何の?
デイヴィス研究員: 連中の行動原理だ。ルーカス、もう一度ホログラムの弦を引っ張って離せるか?
ルーカス研究員: 分かった。
[ルーカス研究員が指で弦を摘んで引く動作を繰り返す。徐々にホログラムの弦の張力が増大する。]
ルーカス研究員: そして修正力の限界。
[ルーカス研究員が弦を手放す。弦が勢いよく跳ねる]
ルーカス研究員: これでいい?
デイヴィス研究員: ありがとう。そしてこれが連中の狙いだ。
キングストン研究員: これって?
デイヴィス研究員: 時間軸の変動を利用したエネルギー摂取。歴史改変や時空間歪曲を繰り返せば、今の3Dモデルや……あるいは沈み込み帯の大陸プレートと同じ、爆発的なエネルギーの放出が起こる。弦や地殻なら主に運動エネルギーだが、時間軸で同じことをすれば?
キングストン研究員: [間] 重力ポテンシャル?
デイヴィス研究員: そう、莫大な位置エネルギーだ。
キングストン研究員: [間] でもそれを示す起源未特定重力波は観測されてないわ。[バロウマン研究員に顔を向ける] 除外サイトには?
バロウマン研究員: いや、無い。[間] 無い……が、もし奴らが発生した位置エネルギーの全てを食い尽くしているとすれば。
キングストン研究員: ちょっと、正気?
バロウマン研究員: 連中がエンケラドゥスに表出した群れで全個体という保証はどこにも無い。あの海は地球海洋の数倍の体積を持つし、さらに生物生産を太陽光に依存していない。抱える可能性は未知数だ。
ルーカス研究員: まあ、そもそもあの生物がどこまでエンケラドゥスの土着生態系に依存してるか分かんないけどね。もし本当に時間エネルギーにありつけば済むような生態なら、その星の生命体系は不要なわけだ。既に他の種族は生まれてすらいない形で駆逐されてるかもよ。
バロウマン研究員: いずれにせよ、それだけの個体数が存在するなら連中は時空間変動を吸い尽くせる。5億年前から今の今まで、奴らは力を何桁倍にも蓄え、ずっと待ち続けていた。
<抜粋終了>
追記2: 5341/12/18、エンケラドゥスにおいて大規模な氷殻の開裂が発生しました。亀裂は長さ約1,500km、最大幅約80kmに亘り、激甚な海水流出の発生に伴って莫大な個体数のSCP-1767-JPが出現しました。群集の規模は長さ約50,000km、幅約450kmに上り、兆単位の個体群を内包すると推測されます。SCP-1767-JP群集は太陽系内側への移動を開始しました。
旧時間軸における火星(左)と風星(右)
追記3: 5341/12/23、SCP-1767-JPは太陽系第5惑星風星に接近し、風星軍事基地の戦力の8割を結集した防衛軍による迎撃を受けました。当該の掃討作戦は250万発の反物質弾頭と2億3,000万発の熱核弾頭が注ぎ込まれたものの、SCP-1767-JP群集に対する明確な効果は認められませんでした。防衛艦隊は風星から最短距離約2万km地点でSCP-1767-JPの群集と衝突、防衛用フォースフィールドを喪失し霧散しました。
風星深部には火星および地球に対する外交カードとして縮退爆弾が埋設されていましたが、SCP-1767-JPとの交戦時にこれが起爆することはありませんでした。風星軍部が縮退爆弾不使用の決断を下したか、起爆を試みながらもSCP-1767-JP群集により未然に防がれたかは不明です。SCP-1767-JPが風星近傍を通過した際、惑星全域を被覆する巨大な時空間歪曲が発生し、風星は粉砕された小惑星の残骸を残して時空間から消失したものと推定されます。推定死者数は約9億4,400万人です。
追記4: 5341/12/24、SCP-1767-JPは太陽系第4惑星火星に接近し、地球-火星連合艦隊と衝突しました。火星決戦に際し銀河帝国は天の川銀河の各地に存在する自種族の拠点を時空間ハイパーリンクで接続し、連合軍の大部分を占める恒星間大艦隊を緊急編成しました。銀河帝国は戦局の泥沼化を想定し惑星系全体を破壊可能な大量破壊兵器を導入しました。
地球-火星連合艦隊が放った大量破壊兵器は火星近傍で生じた数十発の閃光として観測され、太陽に次ぐ見かけ上の明るさで市民からも観察されました。抵抗する連合艦隊の大部分は時空間異常に呑まれて瓦解・消滅し、破壊を免れた残存兵力の大部分は緊急次元移動を経てTRAPPIST-1系へ敗走しました。銀河帝国は一時的に火星を放棄し故郷での急速な軍備増強に着手したと見られますが、十分な再軍備の目処は経っていません。
銀河帝国の事実上の崩壊に伴い、火星はその地表全域が虐殺に晒された後、歴史改変の対象に取られました。火星上の生命の痕跡、銀河帝国による3,000年の統治と惑星改造の事実が消滅しており、新時間軸上の火星は有史以前から二酸化炭素と酸化鉄を特徴とする無人の惑星として存在します。人類の推定死者数は約980億人です。
火星-地球連合艦隊がSCP-1767-JP群集に与えた被害の規模あるいは有無は不明ですが、群集の進行は火星決戦により一時的に足止めされ、地球到達の遅延に至りました。SCP-1767-JP群集の地球到達日は5341/12/25と予想されます。
生命と実存を散らした彼らには申し訳ないが ⸺ 地球-火星連合軍の面々が決死の抵抗で稼いだ1日という時間は、空から迫る黙示録的事象の根本解決には到底程遠い猶予しか与えてくれなかった。人類が構築した宇宙開拓の足場は悉く崩れ去り、一握りの人間を除いて誰も記憶してはいない。我々に残された生存拠点は、顕在化しつつある資源枯渇の上で虚栄に満ちた地球と、そこに寄り添う1個の衛星しか存在しない。
今、人類は事実上丸裸のまま浮かんでいる。
今や人類は、木星と火星の間の打ち砕かれた無数の土砂石礫が1つの惑星であったことを知らない。その岩と土の上で何億人もが笑い、泣き、生活を送っていたことを覚えていない。取るに足りない飛沫のような存在として、彼らの故郷は太陽系の中を静寂と共に漂い続けるのだろう。
今や人類は、火星に巨大な帝国が聳えていたことを知らない。莫大な鉱産資源と農作物に恵まれた火星が、斜陽化しつつある地球と経済・文化・軍事的に支えていたことを覚えていない。生命の欠片も無い不毛の星として、火星もまた太陽の周りを孤独に廻り続けるのだろう。
次元工学の叡智が結集された銀河帝国とその兵装は地球単体の総戦力が無意味に感じられるほどの規模だった。その武力が通じなかった存在を相手に、太陽系の版図を著しく矮小化させた、出涸らしの地球からどうにか動く兵器を持ち出したところで ⸺ 散りゆくこと以外に何ができるだろうか?
聖書に記された蝗の群れのような、太陽を覆い隠してしまえそうな巨大な重力源がこの星に迫っている。瀬戸際に立たされた市井の人々が恐怖と狂気の限界を超えて暴徒化することが無かったのは、連中の性質がもたらした唯一の幸いと言えるかもしれない。
こうして死にゆく人類の最後の手記を書くために、静かな屋内で思考を巡らせることができるのだから。最後の固定に向けて厳かに支度をすることができるのだから。
⸺ さて、世界が壊れゆくこの7日間の中で、ある1つの考えが頭をよぎっていた。
私はかつて、生物として必要不可欠なエネルギー摂取の観点から彼らの行動原理を推測した。しかし今、彼らの行動原理に少なくとももう1つの答えを探している自分も居る。優先順位で言うとそれに劣る、しかし私たち人間にとって重要な要素だ。
カンブリア紀の歴史改変で脊索動物の樹形は大きく変貌した。ヒトはピカイアの直系の座から傍系の存在に堕とされ、ヒトに繋がっていた枝の末端は空位となった。ピカイアと祖先-子孫関係にあるSCP-1767-JPは、この空白を埋めるように、挿げ替えられた直系の葉を占めたのだろう。
そうであれば ⸺ 彼らは影の系統、裏の分岐群。生命の歴史の表舞台で光を浴びることの無かった、あり得たもう1つの人類の姿と言えるのではないか。
地球上に存在する生物の中でも人間が抜きんでたもの。それは触れる者全てを薙ぎ倒さんばかりの環境改変能力だ。たった1種で幾種もの競合相手を根絶し、アフリカと南極を除く全大陸で大型動物相を駆逐し、万単位の同種族を虐殺しながら血を流し合い、天候や海流 ⸺ 自然の猛威に抗って急速な環境改変を行ったたった1つの生物種。あらゆるウイルスを凌ぐ破壊規模で、シアノバクテリアを上回る破壊速度。微々たる変異を蓄積した46億年 ⸺ 否、直近の激動の5億年間だけを抜き出しても見ても、その発展は異様としか言いようがない。
宇宙の歴史から跡形も無く拭い去る徹底的な撲滅は、私たちの種族とも通じるものがある。人類は競合するホモ属の駆除に技術と謀略を用いた。彼らは競合しうる枝の殲滅に時空間操作を使う。アフリカの肉食獣に虐げられたホモ属と、バージェスの節足動物に脅かされたピカイア属。幾万年の抑圧の中で生を受けたイレギュラー同士が、時空を超えて今まさに激突している。
人類は長きに亘って、自種族を唯一の正当なる支配者と盲目的に過信した。障害物の排除や社会の成熟を自らに課し、栄華を極めることを自らの大目的とするかのように。氷期に人類が保ち続けた爆発の火種は、松明の火を経て石炭を燃やし、核融合と縮退炉を制御し、太陽系を焼き尽くさんとするに至った。遥か彼方の宇宙へ届く一歩手前まで上り詰めたのだ。
今度は我々がその対象になったようだ。遥か遠いカンブリアの海で決別した、遠縁の同胞によって。
⸺ デイヴィス、5341/12/25
…
…
…
…
…

上記の内容は基底時空軸から隔絶・固定されています。
本情報は人類のささやかな遺産であり、遡及的時間軸改変から恒久的に保護されます。



