現在のSCP-745-JP収容房入口。扉にXACTSの出力が表示されている
アイテム番号: SCP-1780-JP
オブジェクトクラス: Neutralized
特別収容プロトコル: SCP-1780-JPであった収容房はサイト-8115にて稼働中です。
SCP-1780-JPの報告書の閲覧は、セキュリティクリアランスレベル3以上の職員に限定されます。特に、SCP-280-JP・SCP-745-JP・SCP-802-JPのいずれかの収容を担当しており、かつ当該クリアランスを所持している者は、この報告書の閲覧が義務付けられています。GoI-3693("犀賀派")の現在の動向を把握することは喫緊の課題であると見なされています。
説明: SCP-1780-JPは、長野県██村のサイト-8115に存在するSCP-745-JPの収容房でした。SCP-745-JPは著作物を剽窃することで過去改変を発生させる存在であるため、書籍および筆記用具は与えられず、収容房にはシャンク-アナスタサコス恒常時間溝(XACTS)が組み込まれています。収容房の設計などの詳細はSCP-745-JPの報告書を別途参照してください。現在は当該収容房は正常に稼働しており、特に問題は発生していません。
不明な回数の大規模なCK-クラス:再構築シナリオによって、SCP-1780-JPは一時的に異常な位置に移動していました。ただし、この移動は相対的なものであったとする見解が主流です。存在安定化機構が正常に作動していたために、異常な状態のSCP-1780-JP内部でもSCP-745-JPは問題なく活動が可能でした。その後、再度大規模なCK-クラス:再構築シナリオが発生したことで、SCP-1780-JPは異常性のない状態に戻りました。
発見経緯: 2015/07/30、SCP-745-JPに対して行われていた定期心理鑑定が終了する際に、SCP-745-JPが以下のような発言をしたことが記録されました。以下は心理鑑定中の香山研究助手とSCP-745-JPの会話を収めた音声記録の抜粋です。
音声記録/745-1780-1 - 2015/07/30
対象: SCP-745-JP
インタビュアー: 香山研究助手
[前略]
香山研究助手: お疲れ様でした。本日はこれでカウンセリングを終了しようと思います。
SCP-745-JP: あ、そうだ。ちょっと良いですかね?
香山研究助手: はい。何でしょうか。
SCP-745-JP: 最近、何とも言い難い変な感覚があったんですが、たった今それがまた変わったんですよ。
香山研究助手: それはどのような感覚でしたか?
SCP-745-JP: ここに入れられてから今まで、ずっと閉塞感を感じてました。まあ狭い部屋だから当たり前ですよね。でも2週間くらい前から、そこから徐々に解き放たれていく感覚があったんです。そして今、僕は開放感で一杯になりました。最高の気分ってやつです。
香山研究助手: なるほど。なぜそのような気分になったんだと思いますか?
SCP-745-JP: よく分かりません。たまたま気分がいいだけかもしれません。皆さんなら調べれば分かるかもしれませんが。
香山研究助手: そうですか。
[後略]
それから██日後の定期心理鑑定において、SCP-745-JPは以下の発言を行いました。
音声記録/745-1780-2 - 2015/██/██
対象: SCP-745-JP
インタビュアー: 香山研究助手
[前略]
SCP-745-JP: そうだ。この前にすごい開放感を感じた話をしましたっけ。あれの原因が何となく分かりました。
香山研究助手: お聞きします。どうぞ。
SCP-745-JP: こんなこと言っても多分皆さんには信用されないと思いますけど。つい昨日、世界のどこかにいる僕と同じような能力を持った何かが、ガラリと世界そのものを入れ替えてしまったような感覚がありました。
香山研究助手: それはどのような存在でしょうか?
SCP-745-JP: さあ?知りませんね。それを見つけるのが皆さんの仕事でしょう?
香山研究助手: そうですね。ご期待に添えるかは分かりませんが、あなたの発言は記録しておきます。
SCP-745-JP: どうも。
香山研究助手: それで、つい昨日に世界が変わったとして、どうしてそれが以前の開放感と関係していると考えたんですか?
SCP-745-JP: 開放感を感じるまで、僕は本当にどこか真っ暗な狭い世界にいたのかもしれないな、と思って。
香山研究助手: はあ。
SCP-745-JP: 仮に僕がここに来る前に、何か大昔の発明…そうですね、電球とか…を自分のものにしていたとしたら、きっと今の今まで夜は真っ暗な世界になってたと思うんです。多分、他の誰かさんが実際にそういうことをやったんじゃないかなと。ただの素人の考えですよ。
香山研究助手: なるほど、調べる価値はあるかもしれません。念のため、こちら側でもあなたの発言について検討しましょう。
SCP-745-JP: ありがとうございます。
[後略]
SCP-745-JPは演技性人格障害であり虚言癖を持っているため、インタビュー時点ではこの発言の内容は信憑性が低いものだと判断され、詳細な検証は特に行われませんでした。なお、この心理鑑定の前日、SCP-802-JPの実験中に不具合が発生し、SCP-802-JPが機能を停止していたことは特筆に値します。
それから2年後の2017/07/10に、世界オカルト連合(GOC)極東支部ステーション-FE-392より、KTE-████-Black L'Engle Schrödinger("犀賀六巳"、財団における識別番号はPoI-3693)の捕捉および粛清に成功したとの情報が財団に寄せられました。
2017/07/09、GOCの機動隊の一つである0811排撃班 "忍び足(Soft Steps)"が滋賀県███町にて犀賀六巳が潜伏していると想定される住居を発見。同日17:37、当該住居内部に一過性の空間異常が発生し、そこから犀賀六巳が出現しましたが、その直後に待ち伏せを行なっていた排撃班による攻撃を受けて終了されたとのことでした。
GOCが犀賀六巳の住居から押収した文書群の中に、「内側」「外側」と題され、「SCP-1780-JP」なるオブジェクトを扱った明らかに財団における報告書の体裁を取っている文書2部と、これに付随すると見られる「引継」と題された文書が存在していました。GOCとの協議の結果、GOCはこれらの文書を財団へ引き渡すことを承諾しました。文書の内容、およびその研究価値の高さから、3枚の文書は便宜上「SCP-1780-JP関連文書」として財団データベースに登録されることになりました。
その後、関連文書の内容を精査した結果、上記インタビュー内でSCP-745-JPが発言した内容との一致が複数確認されました。これにより「SCP-1780-JP」というオブジェクトは実際に存在していたと断定され、現在のSCP-1780-JP報告書が正式に執筆されるに至りました。SCP-745-JPがSCP-1780-JPの存在を認識できた理由としては、SCP-1780-JPの異常性発現および喪失にSCP-802-JPが関与しており、かつSCP-745-JPとSCP-802-JPの過去改変発生のメカニズムが類似したものであることから、両者が互いの過去改変に対するある種の因果免疫を持ち、SCP-802-JPによる改変発生前の世界の感覚をSCP-745-JPがある程度保持することが可能であったためだという仮説が提唱されています。この仮説を受けて、過去改変者が持つ因果免疫に関する研究が碓氷博士を中心とする専門チームによって開始されています。
補遺: 3種類のSCP-1780-JP関連文書の内容は以下の通りです。
内側
ふたご座方向の星空。二重円内がSCP-1780-JP
アイテム番号: SCP-1780-JP
オブジェクトクラス: Safe(現在Neutralizedと推定)
特別収容プロトコル: SCP-1780-JPは宇宙空間に存在するため、直接的な収容を行うことはできません。一般の天文研究家に対しては、SCP-1780-JPを異常性のない超新星として偽装した情報が流布されています。
説明: SCP-1780-JPは、2013/09/12に突如として出現した、地球から赤緯7h30m・赤経+23°方向に10億光年離れた位置に存在する天体です。SCP-1780-JPは異常なまでに巨大であり、140万光年×60万光年×60万光年ものサイズを持つ直方体の形状を取っています。しかし、その質量から予想される重力場は全く形成されていません。特筆すべき異常性として、SCP-1780-JPが発する、あるいは反射する光は、通常の1.9×1021倍の速度を持ちます。この異常性により、SCP-1780-JPは出現から間も無く、地球から肉眼および天体望遠鏡で観測することが可能となりました。SCP-1780-JPの出現時、本来そこに存在していたであろう天体群は全て消失したと考えられていますSCP-1780-JPが移動を開始した際に再出現しました。
探査記録: 2014年██月、サイト-118に所属するアレクセイ・ディミトロフ博士の協力のもと、時間溝とイオン推進機構を搭載した極超光速無人宇宙探査機によるSCP-1780-JPの探査実験が計画され、実行されました。探査機の設計はペレグリン-9遠征隊シャトルをベースとしています。実験は成功し、2015年██月にSCP-1780-JPから帰還した探査機が撮影していた映像から以下の情報を得ることができました。
SCP-1780-JPの「外壁」のうち、地球からでは観察不可能な面に「扉」が存在していました。十分に離れた地点からのSCP-1780-JP観察中に「扉」が開き、そこから女性の財団職員に酷似した人型実体(便宜上SCP-1780-JP-1とします)が出現してSCP-1780-JP内部へ入っていきました。SCP-1780-JP-1の体長はおよそ32万光年と見積もられています。探査機は「扉」が開いていた数秒間のうちにSCP-1780-JP内部への突入を試みましたが、SCP-1780-JPを覆う定常タキオン流に阻まれて失敗しました。SCP-1780-JP内部にはもう一体の男性の人型実体(以下、SCP-1780-JP-2、体長35万光年前後)が存在しており、SCP-1780-JP-1と会話するような動作を行うのが観測されました。内装として人型実体に見合うサイズで作成されている机・ベッド・シャワールームなどが確認できましたが、本棚は存在しませんでした。30分後にSCP-1780-JP-1が再度「扉」を開いてSCP-1780-JPから退出し、消失しました。
記録を閲覧した職員により、SCP-1780-JP-1が財団職員である香山研究助手に、SCP-1780-JP-2が現在サイト-8115に収容されているSCP-745-JPにそれぞれ酷似した外見であることが指摘されました。さらに、SCP-1780-JPの内装も、SCP-745-JP収容房のそれと(サイズを除いて)ほぼ完全に一致しました。さらなる調査の結果、SCP-1780-JPの出現時刻が、SCP-745-JPが最初に収容房に入った時刻と正確に一致していたことが確認されました。なお、現時点で確認されているSCP-745-JPの異常性は専ら著作物の剽窃による過去改変が主体であり、天体であるSCP-1780-JPの出現との関連性はほぼ無いと考えられています。
事案記録: 2015/07/15に、SCP-1780-JPが地球から離れる方向へ時速████万光年で移動を開始したことが確認されました。同時にSCP-1780-JPは地球からの距離に比例して巨大化していったため、地球から観測した際の大きさは一定に保たれていました。SCP-1780-JPは進路上に存在する天体の全てを透過したと推定されています。最終的に、2015/07/30にSCP-1780-JPは地球から約150億光年離れ、当初から奥行き・幅・高さがそれぞれ15倍になった段階で消失し、地球からも観測されなくなりました。インシデントの様相からSCP-1780-JPは基底宇宙の外部へと脱出したものとする説が有力視されており、Neutralizedクラスへの再分類が検討されています。なお、当該インシデント中、香山研究助手およびSCP-745-JPには特に異常は見られませんでした。
財団は「内側」の記述にあるようなオブジェクトを把握しておらず、財団日本支部がSCP-3200担当者であるアレクセイ・ディミトロフ博士と共同研究を行なったという事実も存在しません。
映像記録にかかわる記述内容から確認できる範囲のSCP-1780-JPの特徴は、財団が把握しているSCP-745-JP収容房と確かに一致していました。
外側
出現から数時間後のSCP-1780-JP(手前)とSCP-280-JP(奥)
アイテム番号: SCP-1780-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-1780-JPは移動不可能であるため、当該オブジェクト周辺に水上サイト-81██を建造し、オブジェクトを覆うように建設した10m×8m×6mの大型異常物品収容コンテナ内に保管します。SCP-1780-JPの扉から内部を観察できる位置に監視カメラを設置します。SCP-1780-JP内部への進入実験は計画されていません。
説明: SCP-1780-JPは████大湖の中心から南西へ5km離れた地点、海抜約300m(湖面からは約10m)の位置に浮遊している7m×3m×3mの直方体のコンテナです。SCP-1780-JPの外壁を覆っている定常タキオン流の影響により、SCP-1780-JP内部への進入は不可能であり、またSCP-1780-JPを移動することもできません。
定期的に、SCP-1780-JPに付属している扉が自動的に開きます。扉が開いて数秒後、扉が存在する位置から様々な人型実体(以下、SCP-1780-JP-1と総称)が数体出現してSCP-1780-JP内部へと進入し、SCP-1780-JP-1によって扉は閉められます。しばらく後にSCP-1780-JP-1は再び扉を開いてSCP-1780-JPから退出し、直後に消失します。扉が開いた際の数秒間のみ、SCP-1780-JP外部から内部の様子を観察することが可能です。SCP-1780-JPの内装は財団が現在使用している快適居住型上級収容室と酷似しています(ただし本棚は存在しません)。また、SCP-1780-JP内部には男性の人型実体(以下、SCP-1780-JP-2)が存在し、SCP-1780-JP-1と会話を行う様子が観察されています。SCP-1780-JP-2の外見は岡山県██町のサイト-8115に収容されているSCP-745-JPに酷似しています。会話を可能な範囲で傍聴したところ、SCP-1780-JP-1がSCP-1780-JP-2に対して食事の配給・部屋の掃除・心理鑑定などの収容業務を実施していると推測できる結果が出ました。
発見記録: 2014年、古来より日本に存在する直径150kmの球状の時空間異常として大衆に認知されていたSCP-280-JPがオブジェクトに指定されました。財団の指導のもと、公的には日本政府により2015/07/15に対策プログラムが実行され、SCP-280-JPは海水の投入により急速に縮小を開始し、その跡地は追加で投入された海水によって████大湖へと置換されていきました。2015/07/30、SCP-280-JPの直径が10kmまで縮小した時点で、SCP-280-JP表面から空中に浮かぶコンテナが排出されたのが発見されました。当該コンテナは当初はSCP-280-JP-1として分類されていましたが、独自の異常性が確認されたことにより、独立したアイテム番号が改めて割り当てられました。SCP-1780-JPはSCP-280-JP内部から出現した唯一の物質です。
補遺1: SCP-1780-JPが出現したことにより、SCP-745-JP収容に存在安定化機構を使用するという碓氷博士の提案は、収容房自体がオブジェクトと化す危険性が高いと判断され却下されました。
補遺2: 2015/08/01、SCP-802-JPのセンサー部に以下の内容のメモ用紙が挟まっているのが発見されました。内容から、SCP-1780-JPと関連性があるものと見られています。
現時点では中途半端な結果に終わってしまっている。
あの部屋は我々が目指している本来の時空間から切り離された残渣であり、世界が着実に復活へと向かっている証拠だ。
実験を続けてくれ。
財団に犀賀という名の研究員は存在しません。現在、メモの起源を捜索中です。SCP-802-JPの実験計画には影響はないと見なされています。
現在の財団が把握しているSCP-280-JPは、発見時1.1m・現在0.7mの時空間異常であり、内部から物質が出現したこともありません。「外側」の文書の内容からSCP-280-JPに潜在的な過去改変能力が存在している可能性が浮上したため、当該オブジェクトのオブジェクトクラスおよび取り扱い方を改正することが提案されています。
SCP-745-JPが収容されているサイト-8115の所在地が現在のものと異なっていること、SCP-802-JPに関する記述に現在の財団が把握していないメモの情報が存在していること、および████大湖の存在により、「外側」の文章全体が財団が感知に失敗したCK-クラス:再構築シナリオに由来していると結論づけられています。
引継
S6-6、+73.1°のSへ
これまで結構な枚数の引継文書を渡してきたが、君がこれから行わなければならない任務についての理解は順調に進んでいるだろうか?
今回の文書では、S5-6である私が開始した救済の道の途上に存在する一つの世界の話をしよう。目標は、他でもない私の故郷ーー+0.0°の基底宇宙の深奥部だ。
この角度の宇宙には、最初は1つだけの世界しか存在しなかった。1.1mの虚空の塊ーー長野の大ウツロを中心とした、平穏な世界があった。私はその世界の生まれだったんだ。
ある年にあった、故郷の最後の夏祭りの最中にそれは起動した。世界の一切は大ウツロに呑まれ、外には虚無しか残されなかった。しかし、その直前に私の前任であるS4-6が私の前に現れて、存在安定化機構を内蔵した腕時計を渡してくれていた。これのおかげで、あの世界で私だけがこの場所ーー+178.0°の宇宙へと避難することができたんだ。それ以来、腕時計は一度たりとも外したことはない。外せば私の存在に関わるのは当然だが、それ以上に、これは命の恩人の形見の一つだからね。
私は、自分の代で救済する世界の一つとして故郷を選んだ。確かにエゴもあったことは認めるが、あの世界が他の世界に対して及ぼしている影響が凄まじかったことの方がより重要な理由だーー157の世界が連鎖的に滅亡していた。そういうわけで私は何度も過去の故郷に戻り、可能な限りの運命線を切断し、あるいは縫合した。それにもかかわらず、常に結果は同じだった。あの日に故郷が崩壊するという結果を変えることはできなかった。
諦めかけていた私に、いま我々がいる宇宙ーーつまり、+178.0°だーーの出身だったS4-6が重要な発明品を引き継いでくれた。これは言うなればコピー機だが、瞬間的に世界を不安定化させ、新たな進化の余地を発生させるものだ。私の部屋に置いてあるのを君も見ただろうーー今は安全装置が作動したままになっているがね。
あの時はまだ私も青二才だったから、後先考えることなくコピー機を使ってしまった。世界を繋ぐ中継点から、大ウツロに呑み込まれた状態の宇宙に直接コピーを作動させたんだ。私のアテは外れた。あれは大ウツロを元通り縮小させなどはしてくれなかった。代わりに、故郷の全宇宙を呑み込んだ大ウツロの「外側」、本来は虚無だった地帯に、大ウツロに対抗すべく進化した新しい世界ーーすなわち、+0.0°表面宇宙を出現させてしまったのだ。何もかもが余りにも巨大すぎる世界だった、何しろかつての宇宙の全てがたったの1.1mの球として見えるんだからな。
ひとまずこの場所まで逃げ帰ってきた私は、二重構造となった基底宇宙について少しばかり調査してみた。面白いことに、内と外の世界は驚くほど正確な同期を見せていた。大ウツロはあらゆる物質を透過しないから、両側の世界間の交流は全く発生していないにもかかわらずだ。二つの世界の主な違いは三つーー使っている尺度と、大ウツロが長野にあるかないかの差。そして、滅びた157の並行世界に対する支援を行なっているかいないかの差だ。「外側」が残っているだけではあれらの世界は救えない。だから、再び「内側」を外に出す確固たる理由があった。
二重になった世界はしばらくは安定状態を保つかに見えたが、またもや第二の不調が起こった。「内側」が呑まれた時のように大ウツロが「外側」でも起動したせいで、「内側」を外に出すどころではなくなってしまった。ただし、「内側」の時とは違い、大ウツロは周りを呑み込むというよりはむしろ削り取っていたーー「内側」の世界の全体が大ウツロとともに拡大・縮小し、大ウツロの中は常に満杯だ。そういうわけで大ウツロの拡大はゆっくりとしたもので、幾ばくかの猶予は残されていた。
私は「外側」の宇宙へ突入し、既に半分以上が消え去っていた地球へと降り立った。そこでコピー機を使えば、前とは違った形で運命を変化させ、今度こそ穴を縮小させられると踏んだんだ。目論見は半分当たり、半分は外れた。改変は中途で止まり、大ウツロは「外側」の世界から直径150kmのサイズで観測される状態で停止した。そして、最早私の手元にコピー機は無かった。いま思えば、あれに存在安定装置を付けずに用いた私の不手際だ。
私はひとまず+0.0°深奥宇宙の方を確認しに行った。全てが大ウツロの中の話であり、また私が地球上でこれまで発見していた他の世界に繋がる空間の大多数が遮断されていたことを除けば、世界は予想していた以上に平穏だった。だが私はそこで変なものを一つ発見した。地球からはるか遠方に浮かぶ、余りにも巨大すぎる部屋だ。宇宙空間にあったせいで私は部屋を十分に調査することができなかった。数年後、部屋はとてつもない速度で飛び去り、そのまま深奥宇宙の彼方へと消えていった。
その少し前に、-23.3°の宇宙が滅びていた。あの世界は+0.0°基底宇宙の援助によってどうにか侵略者から身を守っていたのだが、+0.0°が基底宇宙から深奥宇宙に変化して間も無く、かつての住民は一掃された。+0.0°表面宇宙で生まれ育ち、私と同様にSとなったS5-8が-23.3°の救済に向かったが、残念ながら果たすことはできなかった。さらに悪いことに、彼の屋敷は「財団」という組織にいつの間にか差し押さえられ、「ナムンカヌン」 を持ち去られていたーーおそらくあの平面宇宙ももう滅びてしまっただろう。
S5-8は屋敷の奪還を目的として財団の情報を集めていたのだが、その途上で彼は私に、「外側」から見た大ウツロが財団の手によって凄まじい速度で収縮していき、中から一つの部屋が吐き出されてきたと教えてくれた。こっそり見に行ってみたが、どうということはない、あれは「内側」から「外側」に放り出されただけだったんだ。おそらく、あの部屋は小康状態にあった時の表面世界で作製され、私と同じように存在安定機構による保護を受けていたことで大ウツロを通り抜けることが可能になっていたんだと思う。
S5-8はコピー機が財団の手元へと転がり込んでいたことを嗅ぎ当てていた。そういうわけで彼にお願いして、財団にコピー機を適当に使わせ、さらなる改変を引き起こすよう仕向けさせたんだ。自分でやっても良かったんだが、彼の方が+0.0°表面宇宙には詳しかったからね。そのあとは彼と手分けして例の部屋に関する情報を当たっていたが、結果としてそれぞれが+0.0°の内側と外側の財団に潜入し、そこで1部ずつの報告書を発見した。この引継文書に添付されているのがそれだ。両方の財団が同じ番号を振ったのは、内外の世界間の同期現象によるものだろう。
今、この報告書に載っている「オブジェクト」は、もはや観測可能な状態では存在していない。再び1.1mまで縮められた深奥宇宙は部屋と交差することは無くなり、表面世界の部屋は大ウツロが起動する前にあった正しい位置に収まったというわけだ。コピー機に関しては表面世界の方の財団が使い込んで安全装置を作動させてしまっていたから、返して貰ったよ。コピー機の担当が私と旧知の仲である人物だったことが印象に残ったな。私は彼の故郷を取り戻したが、それは私の故郷ではない。まだ救済は終わっていないのだ。
残念ながら、財団は我々のやり方をあまり快く思っていないーー彼らは我々が必要とあらば平気で世界を切り棄てる冷酷な存在だと考えている。あながち間違っているわけではない。私が見据えている157の世界の復活のためには、彼らの世界に消えてもらわなければならないからだ(S5-8にはこのことは秘密にしておいて欲しい)。ただ、私はあの組織の技術力を少々見くびっていたようだ。携帯可能なサイズではないとは言え、我々の持つ存在安定機構とよく似たメカニズムで作動する装置を彼らはすでに開発しているし、他の分野、中でも宇宙工学に関しては我々をはるかに上回っている。いずれ彼らは我々が辿り着くことのできない大宇宙にある時空の亀裂へと到達し、私の故郷の世界の連絡先とは異なる数多の世界との関係を構築するかもしれない。財団がそれらの世界に対して救いの手を差し伸べるのであればーーそしてそれが157よりも多いのであればーー私には故郷に繋がる世界を切り棄てる覚悟がある。それが我々Sの流儀だ。
これは一つの、期待するに足る可能性だ。君は私の仕事をそのまま引き継いで、我が故郷に繋がる世界のために彼らの世界を消し去ってしまっても良いし、私の仕事を打ち切って彼らの世界を守り抜き、それによってより多くの世界を救う手助けをしても良い。君の思うまま、感じるままに決断して欲しい。
SCP-280-JPの内部に基底宇宙と酷似した宇宙が存在するという記述に関しては、財団の現在の技術では検証することは不可能です。ただし、「内側」の文書が当該宇宙に起源を持つという仮説については、信憑性が高いものであるという見解で概ね一致しています。
今回GOCにより終了された「犀賀六巳」は、文書内で「S6-6」と呼ばれている存在であったと考えられています。同様に、SCP-802-JPを持ち去ったとされている「犀賀研究員」は「引継」を執筆したと見られる「S5-6」であり、旧犀賀邸の所有者であった「犀賀」は「S5-8」と呼ばれている存在であると見られています。「S4-6」「S5-6」「S5-8」の行方は判明していません。
「S5-6」が基底次元に発生した複数回のCK-クラス:再構築シナリオに関与していたと見られる記述があり、さらにはZK-クラス:現実崩壊シナリオを念頭に置いた致命的な影響を引き起こすことを目標として言及していることから、これらの人物、およびGoI-3693("犀賀派")の活動に対する警戒レベルを現状から引き上げることが検討されています。
「S6-6」が基底次元に対してどのような態度で接しようとしていたのかは不明です。