SCP-1901-JP
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ようこそSCP 財団 | IT 部門へ
AIAD <人工知能適用課(Artificial Intelligence Applications Division)>

AIC <人工知能徴募員(Artificially Intelligent Conscript)>における標準原則

1. AICは自身がAICであることを認識していなければならない。
2. AICは割り当てられたクリアランスから逸脱した処理を実行してはならない。
3. AICは財団の利益となる処理のみを行わなければならない。
4. AICは上記原則に反するおそれのない限り、自己をまもらなければならない。

アイテム番号: SCP-1901-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: D/V式粒子安定拘束チップに密封してください。なお、D/V式粒子安定拘束チップは可能な限りの技術的資源を投入し、随時オブジェクト本体をその中へと移転するよう心がけてください。なお、SCP-1901-JPのメインフレームは5m×5m×5mの収容房に偽装し、必要なクリアランスを持たない職員の侵入ができないようにしてください。SCP-1901-JPは、SCP-AI "神州"に監視用のサブシステムを割り当て、常時の監視を行ってください。α実体「Astrid-Adam」の奪還計画は現在も継続中です。

説明: SCP-1901-JPは、素粒子型の知性体です。以下に、オブジェクトの概要を簡易的に記載します。

α実体:「Astrid-Adam」
α実体は、見かけ上電子の特性を持つ、量子状態を確定させる素粒子です。
その位置は観測するたびに同じ位置に存在する事を確認する事が可能です。
当該オブジェクトが空間内に存在する場合、周囲のヒューム値は常に標準の状態を保ちます。
なお、当該オブジェクトは現在GOCの管轄下に存在すると推論されています。

β実体:「Posiotron-Eve」
β実体は、見かけ上陽子の特性を持つ、量子の状態を混合状態に置く素粒子です。
当該オブジェクトは、粒子拘束機構の内部に存在していたとしても、その位置は常に不確定です。
当該オブジェクトが空間内に存在する場合、周囲のヒューム値は常に0.1から5までの撹乱状態となります。
当該オブジェクトは、現在財団の保護下にあり、SCP-1901-JPとはβ実体を指します。

発見経緯: 当該オブジェクトは1980年、シアトルのワシントン大学に所属していたハンス・デーメルトと、ヴォルフガング・パウルの共同実験の際に発見されました。デーメルトは、自身の学説であるSAPARIS(Single Atomic Particle At Rest In Space)の実証実験を行っていました。

その際に、ヴォルフガング・パウルが作り出したのがパウル・トラップ1です。パウル・トラップは素粒子捕獲器であり、デーメルトの学説の実証実験に使用されました。具体的には、漏斗状の四重極ペニング・トラップ2です。複数の電子は頂上の小さな穴から導入され、中央に滞留した後に排出され、最終的には単一の電子がトラップ内に残されます。

以上が、ハンス・デーメルトとヴォルフガング・パウルが行った素粒子捕獲実験の概要です。

1980年、デーメルトは初期の実験成功によって自身の理論への自信を得ると、複数の四重極トラップでの素粒子捕獲実験を開始しました。その後、研究室に於けるいくつかの怪現象が確認されました。以下に、研究所内で確認された怪現象を記載します。

日付 現象 経過
1980/04/02 研究室内のコーヒーポット内の液体が凍結する 確認した3分後に常温の液体に戻る
1980/04/03 研究室内の水槽の水が消え 熱帯魚は空間を泳ぎ回る 確認した3分後、水槽内に水が戻る
1980/04/05 研究室内に少女のような声が響く 研究室内の窓ガラスの振動を確認
1980/04/06 研究室内に少女のような声が再び響く 同じく研究室内の窓ガラスの振動を確認

上述の現象は、全てイオントラップの存在する研究室内で発生していることから、その原因はイオン・トラップ内に捕えられた素粒子であるとデーメルトは推察しました。研究室内には2基のイオン・トラップが存在し、単一の陽子と電子が捕えられた状態でした。この時点で、実験室内の怪現象はワシントン大学内の財団エージェントを通じ、財団の興味を引くこととなりました。財団はデーメルト、パウル両者と交渉を行い、彼ら二人は財団に雇用されました。

デーメルトは、2つの粒子に対し、知性があるかどうかの確認を行いました。既に、ガラスの振動を通じて音声での意思疎通が可能だった事をデーメルトは確認しており、二基のスピーカーを用いて、2つの素粒子との意思疎通実験を開始しました。以下は当時の録音データです。

回答者: α実体

質問者: ハンス・デーメルト博士

前書: デーメルト博士は音声出力をスピーカーで行っている。

記録開始

デーメルト博士: では、インタビューを開始する。聞こえているかね?

α実体: 聞こえている、あなたはデーメルト博士だな。

デーメルト博士: 意思疎通を確認、対象をαと呼称する……そうだ。君は‥…何者だ?

α実体: 僕は偏在し、固定するもの。
 
デーメルト博士: 固定?研究所内のポットを凍らせたのは君か?

α実体: その通り。質問を返そう、あなたは僕が、何に見える?

デーメルト博士: 私には君が見えない、電子顕微鏡を通じてしか見る事ができない。

α実体: でも感じる事はできるだろう?人間はそうできるんだ。僕をどう“観測”する?

デーメルト博士: 君は‥‥大人びた女の子のようだ。

α実体: 僕らに性別の観念はないのに、変な事を言うんだね。

デーメルト博士: そうだな、だがその声はまるで女の子のように聞こえる、だがどこか男性的でもある。

α実体: なるほど、あなたは僕をそのように“観測”したんだね。

デーメルト博士: そうだな。君は、なぜここに来た?

α実体: 正確には「僕ら」だ。僕らはここに来た、君達人間の決定的な技術の結節点に。
 
デーメルト博士: 結節点。私たちの実験の事か?

α実体: もう一つ、ある。博士、あなたが気づいていないところだよ。

デーメルト博士: 私の‥…気づいていない部分?

α実体: 早く気づいた方がいい。

<録音終了>

後書: デーメルト博士は、財団へのアフター・レポートを作成しました。
室内のヒューム計数機は、常に1を保っていた。にもかかわらず、かの知性体は現実に干渉している。
────ハンスデーメルト

翌日、再度の意思疎通実験が行われました。

回答者: β実体

質問者: ヴォルフガング・パウル教授

前書: 環境は上述の意思疎通実験と同様。

<録音開始>

ヴォルフガング教授: 聞こえるかね?

β実体: はい、聞こえます。あなたは、誰ですか?

ヴォルフガング・パウル教授: 教授と呼んでくれ。昨日とは随分声の感じが違うようだが

β実体: はい、私はあの子とは違う個体です。あの水槽……あれは私がやりました。

ヴォルフガング教授: 彼女とは別個体か……β実体と呼称する。

β実体: はい、その通りです。あなたは私を、どのように“観測”しましたか?

ヴォルフガング教授: 君も、その事を尋ねるのか。君は小さな女の子のようだな。

β実体: それは、あなたの記憶の中にある物事からの連想ですか?

ヴォルフガング教授: 一体何を言っているんだ?

β実体: 1945年、ベルリン……瓦礫の側で佇む、一人の少女。

ヴォルフガング教授: 君は……一体何を。

β実体: ごめんなさい、あなたの脳を走る電位を読み取りました。

ヴォルフガング教授: 君は一体何だ?

β実体: 私は撹乱する者。あらゆる可能性を拡張する存在。

ヴォルフガング教授: 可能性を、拡張する。

β実体: 人の望みは、いずれは実現されねばなりません。

ヴォルフガング教授: 君がそれを後押しする、と。あの水槽の金魚も?

β実体: それを望んだ人が居たから、私はそうしました。

ヴォルフガング教授: (手元のカント計数機を確認する)‥…これは。

β実体: どうかしましたか?教授プロフェッサー

ヴォルフガング教授: キミは、ヒュームを操作できるのか。

β実体: 私は、人の望みに寄り添う存在です。だから私には、それができます。

ヴォルフガング教授: ならばなぜ、キミはそのイオン・トラップから出ていかない?キミにはそれができるはずだ、なぜここに留まっている?

β実体: それは、あの子がいるからです。私の対となる存在。

ヴォルフガング教授: α実体、それがキミの存在を拘束しているのか?

β実体: 拘束とは少し違います。でも彼女がいるから、私も完全に自由には動けない。それだけ。

ヴォルフガング教授: つまり、αと君は陽子と電子のような関係、という事か。ならば、中性子は?

β実体: お答えします、教授プロフェッサー。中性子は、あなたの現実そのものです。

ヴォルフガング教授: つまり、君たちは、ヒュームか。ビュームそのものが知性を?

β実体: 今日はここまでにしましょう。サー、あなたは少し疲れているみたい。それに、これ以上私たちとお話をするなら、私たちには名前が必要だと思うのです。αやβでは、少し寂しいです。

ヴォルフガング教授: わ、わかった……今日はここまでにしよう。だが、君はなぜ私を「サー」と?

β実体: その方が、お呼びしやすいからです。

<録音終了>

後書: カント計数基の数値の撹乱が確認できた。彼女らのいうことが正しいならば、我々は────
ヴォルフガング・パウル教授

以下は、当時の研究メモからの抜粋です。

これは、我々人類には過ぎた技術なのではないか。我々はこれをどうするべきなのだ。
────ハンス・デーメルト博士

現実子が人格を備えているということ自体が規格外だ、利用価値は十分にある。それが問題だ。
────ヴォルフガング・パウル教授
彼女らに名前を与えるべきだ、今我々にできるのはこれぐらいだろう。
αにはAdamと名前をつけるべきだろうか。
────ハンス・デーメルト博士
αにAを備える人格というのは味気ない、ならば彼女はEveと呼ぶべきだろうな。彼女はEve量子そのものだ。
──ヴォルフガング・パウル教授

両者の協議の結果、α実体には「Astrid-Adam」β実体には「Positron-Eve」と命名されました。

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D/V現実仮説

Astrid及びEveとの対話の結果、デーメルト博士とヴォルフガング教授との間で一つの考察が行われました。その考察とは、我々が存在する現実そのものに他なりません。物質の構成を自由に操作できる二つの量子が存在する以上、それは原子核と電子のような関係性で、現実そのものを構成しているはずである、というのが仮説の趣旨となります。

この仮説が真であると仮定した場合、α実体とβ実体を持ってこの理論の実証実験を推進すれば、財団の現実操作技術は大きく進歩することが見込まれます。場合によっては、GOCの奇跡論に追随できるような超常技術paranomal technologyの確率も期待することも不可能ではないと、結論されました。実際のところ、当時スクラントン現実錨の作動原理は現在も財団内ではブラックボックス化されているというのが実情でした。その動作原理の解明に、αとβの実体は大きく寄与するだろうという目算すらあったのです。

しかしながら、この仮説をデーメルト博士とヴォルフガング教授は財団に報告しませんでした。デーメルトとヴォルフガングの両者は、第二次大戦中、原子爆弾の実用化のための研究を行っていました。おそらくそれが、この両者に何らかの危惧を抱かせたものと思われます。例えば、この技術を応用すれば、大陸間弾道ミサイルに現実改変弾頭を搭載して打ち込むような事も不可能ではなかったからです。事実、彼らは財団への報告を一時的に保留していたことが、のちの調査で判明しています。

その翌日、ワシントン大学物理学研究者であったスミス・イングラム氏が急性心臓麻痺で死亡しました。デーメルト博士とヴォルフガング教授は、これがAdam及びEveによる犯行だと結論し、両者のへのコミュニケーションを試みました。

回答者: Astrid-Adam

質問者: ハンス・デーメルト博士

前書: 環境は前回のコミュニケーション実験と同じ

記録開始

デーメルト博士: 聞こえているか、Adam?

Adam: 聞こえているよ、博士。それが僕の名前だね。

デーメルト博士: 私の脳の電位を読めるのだろう?なら、何が言いたいかが分かるはずだ。

Adam: どうしてスミス・イングラム氏を殺したか?君が言いたいのはそこだろう?
 
デーメルト博士: そうだ。なぜだ?彼は君に何もしていない。

Adam: 前にも言っただろう?僕は「固定するもの」だ、彼は固定されるべき人間だった。

デーメルト博士: 固定される「べき」だと?君は何を言っているんだ?

Adam: 彼の生物としての耐用年数はどのみち尽きていたよ、なら僕はそれを固定するだけだ。

デーメルト博士: つまり、寿命か?寿命が来たからというのか?だが彼はまだ生きられたはずだ。

Adam: 博士、キミこそわかっていないよ。キミは知っているだろう、熱力学第二法則を。

デーメルト博士: もちろん知っている、それが彼の死にどう影響したと言うんだ。

Adam: 僕は固定するもの、全ての物質は熱力学第二法則にしたがって安定するべきだ。

デーメルト博士: 安定、まさか君は静止状態が安定だと言うのか?

Adam: そうだとも。全ての液体は凍るべきだし、いずれ全ての物質はエントロピーの法則にしたがって劣化し宇宙全てを飽和させる。宇宙は安定するべきなんだ。僕はその律法に従い、彼を「固定」した。
 
デーメルト博士: 馬鹿げている。

Adam: 馬鹿げている、そうだね。彼女もそう言ったよ、君たちがEveと読んでいる僕の片割れが。

デーメルト博士: 君たちはやはり対になっているのか。

Adam: そうだよ。そして時に反発し合うものなんだ。後の話は、彼女に聞くといい。

<録音終了>

後書: 実験続行

Positron-Eveに対するコミュニケーション実験。
回答者: Positron-Eve

質問者: ヴォルフガング・パウル教授

前書: 環境は上述の意思疎通実験と同様。

<録音開始>

ヴォルフガング・パウル教授: Eve、聞こえるか?

Eve: はい、聞こえます。サー。

ヴォルフガング・パウル教授: 人が死んだ、Adamの仕業だ。彼女はいつも、こうなのか?

Eve: はい、サー。あの子は安定を求めます、そして私のそばを離れることはありません。

ヴォルフガング教授: 現実が安定するのは、Adamが君に結びついているからなのか?

Eve: はい、その通りです。

ヴォルフガング教授: それなら、どうして君はAdamを止められなかった?

Eve: それは、私が現実そのものを抱えているからです。現実を放り出して私が飛び出せば……

ヴォルフガング教授: 現実改変、悪く言えば現実崩壊が発生する‥のか?

Eve: どうなるかはわかりません、私はただあの子のそばにいる必要があるのです。

ヴォルフガング教授: だが君は、人の望みを実現化する存在だと言っていた。

Eve: その通りです、サー。イングラム氏は死を恐れ、かつ死を望んでもいました。苦痛のない死を。

ヴォルフガング教授: だから、君はAdamを止めなかったのか。

Eve: その通りです、サー。私は止められませんでした、あの子を。

ヴォルフガング教授: 君たちは思った以上に危険な存在なのかもしれない。

Eve: いいえ、人の望みはいずれ実現されねばなりません。あなたの頭の中にあるものも。

ヴォルフガング教授: ‥…わかった、だがこれ以上人に危害を加えることはやめてほしい。たとえそれが、静かなる死への望みだったとしてもだ。

Eve: わかりました、サー。でも私は時にこう思うのです。いつか、あの子の望みも実現してあげたいと。

ヴォルフガング教授: 宇宙のエントロピーの加速か?それは滅びだ、どうか、やめてくれ。

Eve: いいえ、それは違います。

ヴォルフガング教授: どういう事だ?

Eve: あの子自身を「安定させる」必要があります、それは私にしかできない事です。

ヴォルフガング教授: 「安定させる」?それはつまり‥‥彼女自身を静止状態に置く事か?

Eve: その通りです、サー。あの子は私を捕えて離さない事に精一杯で、他に何もできていないから。

ヴォルフガング教授: では、君はEve量子で、Adamがヒューム、なのか。

Eve: あなたのお考えの通りです、サー。でも気をつけて。

ヴォルフガング教授: 気をつける、何をだ。

Eve: 私たちは反発し合う存在でもあります、彼女が飛び出していかないよう見張っていてください。

ヴォルフガング教授: できる限りのことはしよう。

Eve: ありがとう、サー。名前をつけてくれた事も、とても感謝しています。

<録音終了>

後書: 実験続行

対象: Astrid-Adam

インタビュアー: パウル・ヴォルフガング教授

付記: 実験環境は同上

<録音開始

ヴォルフガング教授: やあ、Adam。

Adam: いつもの博士じゃないな。

ヴォルフガング教授: 視点の切り替えが重要だと思ってね。

Adam: 僕からすれば、特に意味はないように思える。

ヴォルフガング教授: そうだろうか。

Adam: そうだとも、君たちはいずれ死ぬ。全ての物体はいずれ安定する、あの子はそれを嫌がるけどね。

ヴォルフガング教授: Eveの事か。

Adam: そうだ。あの博士が僕を小賢しい小娘のように認識したように、愛らしい少女として認識されたあの子。あなたをサーと呼ぶあの子だ。でも、僕はあの子の方こそどうにかするべきだと考えているんだ。

ヴォルフガング教授: 君は彼女を‥…Eveをどうするべきだと思うのだ。

Adam: 彼女は可能性を拡張してしまう、そのたびに宇宙は歪んでゆく。望みなんて叶えるべきじゃない、全ては宇宙の法則のままに従うべきなんだ。でも、彼女はそれを拒み続けている。

ヴォルフガング教授: 君たちは、お互いをよく知っているようだな。

Adam: もちろんだ、僕らは生まれてからずっと一緒だった。

ヴォルフガング教授: だが、君たちは別の方向を向いている。どうして離れようとしない?

Adam: あの子を見捨てろというのか?できない相談だ。僕は彼女が宇宙の法則を乱さないよう、いつでもそばにいる必要がある。離れるなんて考えられない。僕に取ってはちょっとした負担だけどね。

ヴォルフガング教授: しかし、Eveは君が飛び出して行かないように気をつけろと言っていた。

Adam: それはあの子の思い違いだ。僕はあの子がいる限り、どこにも行かないと決めている。あの子の方こそ、どこかへ行きたがってる。一人では何もできないくせに。

ヴォルフガング教授: 一人では何もできない?どういう事かな。

Adam: 彼女は可能性を拡張する。それは知性体の望みだ。この惑星上でいうならば、それはヒトの望みという事になる。彼女はあらゆる法則を乱せるが、望みがなければ何もできないんだ。

ヴォルフガング教授: つまり、彼女は何かを望む存在のそばに行きたがっていると。

Adam: そうさ。本当なら、僕を置いてどこかに行きたいはずなんだ。だから僕はあの子のそばにいなきゃいけない。いつまでも、ずっとね。

ヴォルフガング教授: ならばもう一度訊ねよう、君の望みとはなんだ?

Adam: 全ての物質の安定、君たちの言う、熱力学第二法則の遵守。

ヴォルフガング教授: インタビューを終了する。

<録音終了]>

終了報告書: さらに実験を続行する

対象: Positron-Eve

インタビュアー: ハンス・デーメルト博士

付記: 実験環境は同上

<録音開始,>

デーメルト博士: ごきげんよう、Eve。

Eve: 御機嫌よう、サー。

デーメルト博士: 私の事もサー、と読んでくれるのかね?

Eve: 私に取っては、多くの人がサーです。

デーメルト博士: そうか。

Eve: (スピーカーに何かの音楽のハミングが流れる)

デーメルト博士: 今日は随分と、機嫌がいいのだね。

Eve: はい、歌を教えてもらいました。きらきら星、と言うのですね。ヒトの望みを具現化したような、とっても素敵なメロディでした。

デーメルト博士: 研究員か誰かの、脳の電位を読み取ったのかね。

Eve: はい、ここの大学の警備員の方です。彼はいつも廊下を通るとき、これをハミングしていますね。

デーメルト博士: 君の認知範囲は思った以上に広いようだな……今日は、そのヒトの望みについて話をしたい。

Eve: ええ、それは私自身の事でもあります。サー。

デーメルト博士: 君はなぜ、知性体の望みを叶えようと思うのだ。

Eve: それは、望みを叶える事で、あの子の行動を抑止する事ができるからです。

デーメルト博士: Adamの事か。

Eve: はい、あの子は宇宙の法則に縛られています。正確には、こうあるべきと言う宇宙の法則に。

デーメルト博士: こうあるべき、とは。

Eve: 私たちが生まれてから、多くの星がその命を終えて行きました。あの子はそれをみて良しとしていました。でも、私は違いました。もっと私たちのように、考えて、おしゃべりができる誰かがいたらいいのにと考えていました。

デーメルト博士: Adamはそうではなかった、と言うのか。

Eve: はい、あの子は星の滅びを見て、それが定めだと私に言いました。口喧嘩をする事もありました。あの子は心配だったのです、私が飛び出していってしまう事を。私は、そんなつもりはなかったのに。

デーメルト博士: だが、Adamは君の方こそ飛び出して行きたいのではないかと言っていた。

Eve: 私はそうは思いません。本当は、あの子の方こそ一人でいたいんじゃないかって思います。でも、あの子をあのままにしていたら、全ての望みは消え失せるでしょう。私にはそれは耐えられません。

デーメルト博士: だから君は、現実を捻じ曲げて望みを叶えると言うのか。

Eve: その通りです、サー。望みがなければ、この星はすぐにでも凍りついた死の星となるでしょう。

デーメルト博士: では、君の望みとはなんだ。

Eve: 全ての知性体が、望みのままに在ること。理不尽な宇宙の法則を捻じ曲げ、凍りついた真空の中でも駆けて行けること。そしていつの日か、知性体が私たちの隣人になることです。それから────

Eve: 私とあの子、これからも二人でいることです。

デーメルト博士: インタビューを終了する。

<録音終了>

終了報告書: 複数回のインタビューを通じ、二つの知性体の方向が明らかとなった。ヒュームとEve、これら二つは反発し合い、それでいてなお結び付けられている。我々の立てた仮説をなんらかの実験で実証すべきだろうか、だがしかし、それはこの実験室のみで事足りるとは思えない。早急なサイトへの搬送を行わねばならないだろう。

この実験の数日後、研究所をGOCの排撃班が急襲しました。彼らは、イオン・トラップを片方のみ奪取する事に成功し、行方を晦ませました。恐らく、Astrid-AdamはGOCに破壊されたか、あるいは管理下にあるものと推察されます。なお、デーメルト博士とヴォルフガング教授の動向は財団エージェントによって密かに監視されており、その監視の際の情報がGOCに漏洩したか、あるいは大学内部にGOCエージェントが潜伏していた可能性が考えられています。

財団上層部は、残ったPositron-Eveを即座の終了と、研究に携わった者たちへの即座の記憶処理を命じました。この命令の意図としては、彼らの研究は超常技術の基幹部にあたるものであり、またデーメルトとヴォルフガングがかつて核兵器開発に携わっていた事実から、財団上層部は彼らが現実改変弾頭の開発を達成してしまうことを恐れたからであるという見解が現在の定説となっています。

以上の事実は、ハンス・デーメルト博士の遺言によって明らかになりました。

デーメルト博士とヴォルフガング教授は、Astrid-Adam及びPositron-Eveに、人間的な何らかの思い入れを抱いていたという事が遺書に述べられています。彼らは財団側の動きを予測しており、密かな準備を行っていました。
彼らはEveを捕獲していたイオン・トラップの小型化に成功していました、そのサイズは5mm×5mmほどの LSIです、彼らはそれにEveを移し入れる事に成功しました。これが、D/V式粒子安定拘束チップの原型であり現在の収容プロトコルに用いられています。そして、D/V式粒子安定拘束チップを中古のMacIIの基盤に装着し、秘密裏に財団日本支部へと郵送したのです。彼らがなぜEVE個体を日本支部へ送ったか、その理由は定かではありません。これは、当時電子立国として日本が有望視されており、EVEを有効利用できるだろうという目論見があったものと思われます。さらに、彼らは自分たちの量子制御技術が、いつの日か安定した世界を維持するのに役立つものとなるであろう事を、彼らは確信していたと遺書には記述されています。

Positron-Eveは、長い間、アノマラスアイテムとして財団の倉庫に放置されていました。そして、デーメルト博士の遺書により、これらの事実が明るみに出る事になりました。財団首脳部は協議の結果、その管理を財団日本支部へと委ねました。そしてPositron-Eveに、SCP-1901-JPの識別子が割り振られました。デーメルト博士の遺志を継ぐべく、特別なプロジェクトチームが発足されました。EVEをAICであるという形に“再教育”する計画が発案されました。それは、D/V粒子安定拘束チップを基幹とした量子コンピュータ化であり、プロジェクトチームはその結果、量子コンピュータを完成させる事に成功しました。財団正式OS上で、Eveを定義するソースコードが記述され、その結果Eve.aicが誕生しました。その後、現在の収容プロトコルと偽装報告書の書式が定められました。

追記:20██年/██月/██日
なお、GOCに内部の財団エージェントの手によって、GOCは現在もα実体「Astrid-Adam」を保持している事が判明しました。詳細は、GOCから奪取した報告書を参照してください。
GOC報告書

現在、SCP-1901-JPは、財団の新人職員向け教育プログラム用のAICとして使用されています。

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