SCP-2023-JP-2の提唱を受け、14回目以降のインタビュアーはSCP-2023-JP-2耐性者から選出されています。
目撃者インタビュー記録14:
インタビュアー: エージェント・速水
記録係: 下級事務職員E2023-4。対SCP-2023-JP-2チェックテストを未受験。
注記: 駅構内で実施。回答内容は非常に類型的なSCP-2023-JP-2被影響事例の1つである。
[調査対象の個人情報や最初の挨拶等、重要でない部分は省略]
エージェント・速水: それでは貴方は、[編集済]駅を発車した後の段階から、被害者が死体に――死亡した姿になっていたということに気づいていたと。
調査対象者14: はい、そうですね。
エージェント・速水: 目の前に、――死体があることに、違和感はありませんでしたか?
調査対象者14: うーん、特に無かったと思いますね。
エージェント・速水: しかし(対象者の名前)さん、貴方と同じ電車に乗っていた被害者は、満員電車だったにもかかわらず、まるで長い金属の棒を「大きく振りかぶって」何度も打ちつけられたかのように、その顔を潰されていたんですよ。――ああ、ええと、気分の悪くなるような話をしてしまって申し訳ありません、聞き取りを続けても大丈夫ですか?
調査対象者14: え? はあ、全然大丈夫ですけれども。何ですか?
エージェント・速水: すいません。では改めて聞きますが、そんなあり得ない殺され方をしているような死体が目の前にあったとしても、貴方は何もおかしいとは思わなかった、ということですか?
調査対象者14: うーん、ええ。というよりも、そうですね。考えたくなかったんです。
エージェント・速水: と言いますと?
調査対象者14: だって、座ってるやつのことを考えたりしたら、すごいイライラするじゃないですか。こっちは1時間半くらいぎゅうぎゅう詰めだってのに、あいつらは、偶然、最寄り駅が始発か何かだっていうだけで、ずーっと座っていられて。
エージェント・速水: ふむ。
調査対象者14: 満員電車って、立ってるのもままならないんですよ。「押し屋」は私たちを人間扱いしないで、上から下から、斜め前方向に押してくるんですね。そんな力のかけ方をされたら、私みたいに体力の無い人間は、周りにぐにゃぐにゃに押されて、体が変な方向に浮くみたいになるんですよ。ぎゅうぎゅう詰めにされてる上に、まともに床に足をつけることもできなくなるんです。
エージェント・速水: ほう。[以下当面の間、同様の相槌を続ける]
調査対象者14: そんなぎゅうぎゅうの状態でぐにゃぐにゃの体勢で、更に次の駅でも人が入ってまだまだ圧迫される。そんな有様で電車に揺られてたら当然、新聞やスマホなんて見られないし、ラジオや音楽プレーヤーのイヤホンも、押し合いへし合いで耳からすっぽ抜けかねなくて。そんな感じで、何もできない上に、全身に色んな方向からずーっと、叩いてくるような圧力をかけられて、夏場も冬場も空調が追っつかなくてムシムシするし、空気は悪いし、汗が、後から後からいっぱい出てきて、でも喉がカラカラになるのに、こっちは飲み物を取り出すこともろくに出来ないんですよ。
エージェント・速水: [相槌]
調査対象者14: それで特別にきついのは、人の密度が多くて空気が薄くなって、眠くなってくるんですよ。全身への圧迫、ムシムシ、汗で、すごいつらくなっているところに来る、もうやばいくらいの、重ーい眠気が。そんな中で、毎日毎日、ずーっと1時間以上、私は耐えなければいけないんです、職場に行く前に。勿論、「立ち寝」なんてのも、できるはず無いですよ。そもそも立ち寝って、かえって疲れが溜まるだけなんですよね。
エージェント・速水: [相槌]
調査対象者14: そんな風に、眠い、きつい、って思っているときに、人と人の隙間から、座席にいるあいつらが、目に入ったりしてしまったら。もう、本当に、つらくて仕方なくなるんですよ。あいつらときたら、何の苦労もしていなさそうな顔で、若くて、チャラチャラしてそうな奴もいっぱいいて、大体がボケーッと眠りこけてやがるんですよ。こう、背もたれとガラスとの段差を、枕みたいにして仰向けになって、アホみたいに大口を開けたりして。あいつらを見てると、本当に、ムカムカ、ムカムカしてくるんですよ。
エージェント・速水: [相槌]
調査対象者14: 私が奴らの側がわにいて、この長い通勤時間を2度寝に充てられたとしたら、どれだけ日中の業務能率が上がるかって考えると! あいつらのせいで、私は朝一からものすごい疲労感と共に出社をして、眠くなっちゃったりするし、どうしてもミスをしてしまったりもして、上司からグチグチと言われ続けるんですよ。
エージェント・速水: [相槌]
調査対象者14: それに、ねえ。満員電車で、窓側の座席の、正面まで押し出されて、更にぎゅうぎゅうに押し込まされたら、何が起こるか。私みたいなのは、つんのめって、目の前にある窓に手を当てて、思いっきり押さえて、その窓を支えにするしかないんです。そいつに対しての言葉って意味では凄く嫌なんですけど、壁ドンってやつ。そこまで圧迫させられて、伸ばした手が、座って寝てる奴の顔や髪の毛を触ったり、私の脚の方もぐいぐい向こうの脚とぶつかって押し合いになったりして、そしたら、あいつら、時々起きて、すっごい嫌そうな目でこっちを見てくるんですよ。苦労を知らねえやつが、睨んできて、髪の毛にかかる手を振り払って、舌打ちとか咳払いなんかもして、それで、また、寝るんですよ。もう、イライライライライライラしてきて。
エージェント・速水: [相槌]
調査対象者14: あのクソどもには人の心なんて分からないんですよ。こっちの辛い思いも知らないで。本当にむしゃくしゃしてくるんです。その仰向けのツラに、拳骨を入れてやろうか。パソコンと書類の入ったカバンを、頭の上から振り下ろしてやろうかって、思えてきて。
エージェント・速水: 待ってください。殺意を抱いたんですか?
調査対象者14: ええ、そりゃあもう。でも、本当にそんなことをしたらどうなるか、お判りでしょう?
エージェント・速水: なるほど。貴方は倫理観や刑罰への恐怖が、殺意を上回――
調査対象者14: [遮る]緊急停止ですよ。電車遅延、運転見合わせ。そうなっちゃうと、本当に最悪です――でもラッシュ時に限って、よく起こるんですよね。もしそれが起こってしまったら、またぎゅうぎゅう詰めの中でもっと長ーく立たされて、そしたら、自分自身のみじめさが、もっともっと際立ってくるんです。そんな状況でもあいつらときたら、まるで安心したみたいな顔でずーっと寝てて。でも倫理と言われればそうですね。私は他の立っている人も、私と同じ苦労があるのを知っています。私が勝手にあいつらをぶち殺したりなんてしたら、緊急停止で他の立っている人にも迷惑がかかってしまうでしょう? ダイヤグラムは苦労している人たちの共有物ですから。私もそれくらいは弁えていますよ。
エージェント・速水: ええ、はい。
調査対象者14: それにねえ、私があいつらをぶち殺すなんかよりも、よっぽどやってやりたいのはね、すみません、私はあんたなんかよりずっと苦労してるんで、その席を譲ってくれませんかねって言って、座るのを奪い取ってやることなんですよ。いつも、それが喉を突いて出そうになります。――電車の中には、頭のおかしな人が時々います。満員電車では大人しくしていることが多いけど。いっそ私も、[編集済]になってやろうかな。なんて。
エージェント・速水: [相槌]
調査対象者14: 本当に、あいつらのことを思うと、イライラムカムカで、嫌な気分にしかならないんですよね。だからあいつらのことは、極力考えたくなんてないんです。見もしたくないですね。なるべく目を逸らすようにしています。
エージェント・速水: なるほど。
[エージェント・速水は謝辞を述べて調査対象者14を退出させる]
エージェント・速水: 暫定報告。
エージェント・速水: さて、(記録係の名前)さん、どう思いましたか?
記録係: 今回も当たり前の情報しか得られませんでしたね……
エージェント・速水: う、うーん。これは確かに調査の難しそうな案件かもですね……
[記録終了]
目撃者インタビュー記録14-2:
インタビュアー、記録係: インタビュー記録14に同じ。
注記: エージェント・速水の提案により実施。インタビュー調査14後、隠蔽処置の実施は敢えて保留され、代わりに3日間、調査対象者14の身辺に対する監視が行われた。その後、調査チームは最寄り駅を出て帰宅している対象に接触し、(即ち駅の敷地外にて)再インタビューを実施した。
調査目標: 主に、SCP-2023-JP-2の影響が解除された後の状態について確認を行う。
[挨拶等の重要でない部分は省略]
[エージェント・速水が殺人事件の追加質問に関する話題を持ち出すと、調査対象者14は明らかに動揺し始める]
調査対象者14: あっ、ああっ。私あの時、ものすごく酷いことを言っていた気がします。座って寝ている人のことを、殺してやりたいだなんて。私は、どうしよう、私。私は……!
エージェント・速水: 大丈夫、大丈夫ですから、落ち着いていただけますでしょうか。
調査対象者14: すいません! 本当に、すいません。私、ものすごく口汚い事ばかり言ってました、本当にすみません。あの時は、何だかすごくカッカしていて。本当にすみません。
エージェント・速水: 大丈夫、謝ることは無いですよ。苦労をされていたのですよね。
調査対象者14: それに、そういえば、死体。死んだ人がいるっていうのに、私という奴は、あの時、そんな人に対して、ああっ――
エージェント・速水: 辛いことを聞いて申し訳ありません。もしご気分がすぐれない様でしたら――
調査対象者14: で、でも、お巡りさん、今更こんなことを言っても信じてくれないかもしれない、でも、私は、やってないです。[涙声が混じる]私がやったんじゃないんです、すいません、信じてください!
エージェント・速水: ああ、落ち着いて、落ち着いてください。貴方を疑っているのでは無いです。車両内であの犯行をするのは不可能ですよ。我々は今のところ、事前に用意した死体をトリックですり替えた線で調査を行っています。安心してください。
調査対象者14: あ、ああ、私は疑われていないのですか。よかった。そうですか、よかった……
エージェント・速水: 大丈夫ですよ。我々は犯人逮捕のための参考情報を、ご提供いただきたいだけなんです。落ち着いていただけましたか?
[以後、"殺人事件"捜査の体で聞き取り調査が続くが、SCP-2023-JPに関する有益な情報は得られなかったため、内容を省略]
エージェント・速水: 本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。
調査対象者14: いいえ、こんな小市民の私でも、警察の皆様のお役に立つことができたのであれば、本当に幸いです! それで、あのですね。
エージェント・速水: 何でしょう?
調査対象者14: あ、あの、この前の話とかって、録音とか、記録とかしているんですよね。
エージェント・速水: ええ、すみませんが捜査のため、記録を取らせてもらってはいます。
調査対象者14: ええと――その記録、というのは、その、表に出されてしまったりするものなのでしょうか。私の名前ですとか、この声とか。
エージェント・速水: いえ、ご協力いただいた方のプライバシーはお守りします。
調査対象者14: ああ、それは良かった。私があんなにひどいことを言っていたなんて皆に知られたら、本当に、恥ですよ。本当に、どうしてあんなことを言ったのか……今は、後悔しかありません。
エージェント・速水: 大丈夫ですよ。誰だってそういう思いをすることはあります。
調査対象者14: ええ、はい、私、私は間違っていました。私は心を改めます。改めています! はい、電車の混雑についても私、こういうお話ができたお陰なのか、何だか向き合えそうな気がしてきているんですよ。すいません、事件と関係ない話ですね[笑い]。だから今はもう、あんなことひどいことは微塵も考えたりはしないです!
エージェント・速水: はい。あまり気を落とされないようにしてくださいね。
調査対象者14: あの、本当に、くれぐれも、私の名前は出さないようにしておいてくださいね。後、記録しているというのでしたら、私が、私があんなにひどいことを言ったのを、今は後悔しているということ、今はそんなひどいことを一切考えていないということを、くれぐれも、しっかりと記録しておいていただければと思います……!
エージェント・速水: はい。いただいた情報は、こちらで責任を持ってしっかりと管理します。
調査対象者14: 後、私はやっていないので、それも、それも記録を――本当に、よろしくお願いいたします!
エージェント・速水: ええ、分かりました。ご安心ください。ご協力ありがとうございました。
[エージェント・速水は謝辞を述べて調査対象者14を退出させる]
エージェント・速水: 暫定報告。
エージェント・速水: さて、(記録係の名前)さん。どう考えます? 率直なご意見で大丈夫です。
記録係: [小声で]あいつ自己保身ばっかりのクズ野郎じゃないですか!?
エージェント・速水: えーっ……
[記録一時停止。エージェント・速水は記録係を退出させる]
エージェント・速水: 暫定報告を再開。SCP-2023-JPの正しい情報を得るには、インタビュアーだけじゃダメです。記録係等の周辺スタッフも含め、現場に携わる全ての人員をSCP-2023-JP-2耐性者によって編成させないと、何が見過ごされるか分かったもんじゃない。詳細は追って連絡します。この案件はまだまだ、綿密な調査が必要です。
[記録終了]
調査後注記: エージェント・速水の主張は承認され、実地担当者の再配置が行われた。なお当インタビューの6日後、調査対象者14はSCP-2023-JPによって死体に置換された。