インタビュー対象: 楸 早子(ヒサギ ハヤコ) - SCP-2035-JPの母親
インタビュアー: エージェント・三峰
付記: 楸早子氏に対するインタビューは警察関係者による聞き取り調査という名目で行われました。そのため、SCP-2035-JPの呼称は収容以前の氏名が用いられています。また、インタビュアーのエージェント・三峰は[編集済]警察署の刑事であると名乗っています。
<記録開始, 20██/3/5>
エージェント・三峰: それでは、楸さん。火災の際のご自身の状況と、ご家族について知り得る範囲でお教えください。
楸早子: はい。…[数秒の沈黙]…その、私はその時は家にはおらず、██(早子氏の友人の名前)と一緒に██████(早子氏が訪れていたショッピングモール名)で買い物をしていました。それは刑事さんが██に聞いてみれば証明してくれると思います。まさか、帰ったら家が全焼してたなんて……。
エージェント・三峰: ああいえ、お気を悪くさせてしまったなら申し訳ございません。別に楸さんを疑っているわけではありませんよ。ただ事実確認のためにいくつか質問しているだけです。
楸早子: そ、そうですか。……その、主人は普段は家に帰ることは稀でして。その日はたまたまお仕事が非番で、たまの休みだと言って家でゆっくり過ごしていたんです。もっとも、うちの息子がずっと家にいるので、休めていたとは言えなかったかもしれませんが。
エージェント・三峰: ほう、ご主人は何のお仕事を? それに息子さんは。
楸早子: 主人は近場にある自立支援施設、名前はそう……「かがやき青少年支援センター」の職員をしていました。体力も精神力も使う大変なお仕事だと聞いています。それなのに、うちの息子ときたら、そんな父の苦労を気に掛けもせず…[早子氏が嗚咽する]。
エージェント・三峰: 大丈夫ですか? 落ち着いて、ゆっくりお話しくださればいいですよ。
楸早子: はい、すみません。それでその、これはとてもお恥ずかしい話ではありますが…[数秒の沈黙]…。その、息子は……裕介は、主人がお仕事でいつも担当している、無職やニートと呼ばれる人だったんです。中学も高校も登校拒否気味で、いつも家に籠もってばかりの息子でして、卒業してからも散々言ってるのに就職もせず、ずっと部屋に籠もりっぱなし。どうしようもない馬鹿息子でした。
エージェント・三峰: なるほど。となると、おそらく父親との関係も良好とは言えなかったんですね。
楸早子: そうですね。主人はいつも裕介の部屋に怒鳴り散らしていました。火事で家が焼けたあの日も、早く働け、いつまで怠けてばかりでいるんだ、次に帰るまでに仕事を見つけてないと、うちの施設に預けてやるぞ、と主人は朝から息子に叫んでいました。[沈黙]…当の本人はどう思っているのか、分かりませんでしたけどね。
エージェント・三峰: そうですか。父親がそういった、いわゆる引きこもりの更生施設に勤めている職員ということもあれば、息子さんを何とかしてあげたいという思いがあったんでしょうね。
楸早子: はい。主人は昔からあの子のために、できることをしてあげようと必死でした。もちろん、母親である私もです。小学校も中学校も、地元の印象の悪いところではなく、最高の教育を受けられる私立の学校を受験させたり、将来あの子が困らないように毎日勉強を教えてあげたりしていたんです。主人が仕事で忙しいときは、いつも私が面倒を見ていました。それなのに、裕介は。
エージェント・三峰: どうかされたんですか?
楸早子: ええ、その…[沈黙]…よく学校で問題を起こすようになったんです。中学の頃のことなんですが、あの子が教室で火遊びをしていたと、先生から連絡がありまして。聞いてみると、クラスメイトの前で、しかも教室で隠し持ってたライターで火を付けて遊んでたそうでして。私も主人も、その話を聞いたときに息子に対して本気で怒りましたもの、ええ。まさかうちの子に限って非行に走るなんて、考えてもいませんでしたから。
エージェント・三峰: 教室で火遊びを? それはまたすごいことをしましたね。
楸早子: 本当ですよね。教室でそんなことをするなんて、信じられないことです。……思えばそのくらいの頃からですね。息子が登校拒否をし始めたのは。きっと学校での一件が相当響いたんだと思います。
エージェント・三峰: かもしれませんね。それからはずっと引きこもり生活を?
楸早子: いえ、そういうわけではなく。主人や私が強く言い聞かせて、部屋から引っ張り出して学校に行かせたことも頻繁にあります。けれど、次第にそれでも学校に行かなくなりましたね。しまいには学校に向かわず喫茶店やゲームセンターに入り浸ったりも……そのたびに主人は息子に対して怒鳴っていました。…[沈黙]…私たち夫婦はあの頃、本当に裕介の将来が心配でならなかったんです。このままではろくな大人にならないだろう、と。まあ実際ろくな大人にならなかったんですが。
エージェント・三峰: 楸さんの心中お察しいたします。あー、またお気を悪くさせてしまうかもしれないことをお伺いいたしますが、そのですね……これまでの話を聞く限り、楸さんはあまり息子さんに対して今も快く思っていない、もしくは何か別の感情を抱いているような気がしますね。
楸早子: ん、失礼な刑事さんですね。…[数秒の沈黙]…でも、確かにそうだとも言えるかも知れません。今の私の気持ちとしては、主人を亡くしたことのほうが心苦しい、と言えるかも知れません。…[俯いてすすり泣きつつ]…母親として失格ですよね、実の息子を亡くしていながら、息子よりも主人を気に掛ける母親なんて。
エージェント・三峰: そんなことはありません。火事があってすぐで、混乱状態なのもあるでしょうし。
楸早子: そんな簡単に片付く感情なんかじゃありません! 私は息子を、裕介を愛していました。でも、あの子が引きこもりになってから今に至るまで一度も口を利かなかったし、部屋に籠もって何をしているのかも分からないままで……そのくせやっと顔を合わせたと思えば逃げるようにどこかへ消えていく息子なんて、あれだけあの子のためにできる限りのことを尽くしてあげたのに……そんな態度ばかりでは、どう頑張ったって愛しきれません。働きもせずご飯と水道と電気ばかり食い潰す息子になんて、育って欲しくなかった。そしてなによりそんな息子と一緒に主人が火事で逝ってしまったのが、私は本当に悲しいのです。
エージェント・三峰: ご家族を亡くされたことも含め、ですものね。
楸早子: [早子氏は俯いたまま、しばらく沈黙が続く]…すみません、刑事さん。そろそろお暇させていただいてもよろしいでしょうか。私の実家のほうにも、この件について連絡をしたいので。
エージェント・三峰: ああ、すみません。長い間お時間を頂きましたね。ご協力ありがとうございました、楸さん。
<記録終了, 20██/3/5>
記録終了報告: 当該インタビューの後、SCP-2035-JPが在籍していたとされる中学・高校および当時の学生に対して追加調査が実施されました。その結果、SCP-2035-JPは在籍当時、クラスメイトから度重なる暴行や金銭的要求などを受けていたこと、それによる衝動的感情からSCP-2035-JPは教室の床面を発火させたことがあったとの証言を入手しました。当時の事案は学校側がSCP-2035-JPおよびクラスメイトによる非行行為と認定して処理したため、財団による事態の把握には至らなかったものと思われます。