アイテム番号: SCP-2042-JP |
Level 3/2042-JP |
オブジェクトクラス: Euclid |
Classified |
特別収容プロトコル: SCP-2042-JPは公然と外部に露出しています。収容の重点はSCP-2042-JPの継続的な監視と異常な活動の抑制にあり、財団はSCP-2042-JPの異常な活動が周辺地域あるいは民間人に影響を及ぼさないようにしなければなりません。財団のエージェントがSCP-2042-JPを中心とした生活圏に潜入します。任期は概ね3年であり、それ以上長期の任務は現在まで行われていません。エージェントはSCP-2042-JP内の活動において、奇跡論/神秘術を用いた未知のプロジェクトの調査に従事します。これはSCP-2042-JPの収容において最重要事項であると見なされています。そのプロジェクトの全容ないし具体的な内容が明らかになり次第、SCP-2042-JP調査班が新たな任務を指定します。
財団とSCP-2042-JP間で結ばれた「花籠財団条約」により以下の規則が定められています。
- 財団はSCP-2042-JPの関係者(主に生徒及び教員)の基本的人権を侵害しない。これは継続的に財団サイトに拘留することの禁止を含んでいる。
- 財団及びSCP-2042-JPの戦闘可能な集団は互いの占有する敷地内に侵入してはならない。
- 両者の占有にない中間地帯に滞在する戦闘可能な集団は10名未満に限定する。
- SCP-2042-JPは市街地における民間人の安全を保証する。
説明: SCP-2042-JPは日本の中高一貫校である「花籠学園」と呼称される団体に与えられた捜査名称です。SCP-2042-JPはその主な拠点を東京都9区の特別緑化地帯に置いています。SCP-2042-JPの敷地面積は9区にある特別緑化地帯の面積の大半を占めており、なおかつ特別緑化地帯における中枢施設です。その立地の関係上、SCP-2042-JPは財団による捜査が困難です。その開発から現在至るまで特別緑化地帯は経済産業省の管理下にあり、日本政府は「財団と政府の分業の原則」から財団のエージェントの侵入や機動部隊の常駐を拒んでいます。SCP-2042-JPの建設計画は財団に秘匿されて行われました。
SCP-2042-JPは一般に学校法人として存在していますが、特別緑化地帯における生命エネルギー資源の研究施設としての側面を持っています。2001年に実施された悪魔工学の再発見において、植物の生命エネルギーがより安定した"代価の支払い方法"であると証明されてから、経済産業省の非主流技術調査室は生命エネルギーの利用について研究を始めました。一般に公開された情報からはその研究が「9区のほぼ全域を用いて実験を行う」ことが仄めかされ、実際に2016年には9区に基幹ガーデンシステムが導入されました。当初は限定された区画のみに設置されていたものの、9区に生じていた経済的空洞に多くの企業が参入し、さらに拡大していきました。
学校法人としてのSCP-2042-JPは異常なカリキュラムを有した超常教育の指定校であり、その性質上、要注意団体構成員の子女や異常性を持った生徒が集まっています。SCP-2042-JPは生徒を集めるための独自の関係網を持っていることが推測されており、異常な宗教団体や閉鎖的コミュニティに出身がある生徒も多々見受けられます。
SCP-2042-JPが存在する特別緑化地帯は民間人の侵入が禁止されています。SCP-2042-JPは当該地域において、「特別緑化地帯管理センター」を除く既知の唯一の大規模人口建築物であり、この事がSCP-2042-JPの閉鎖的な状況を作り出す要因の1つになっています。 SCP-2042-JPにアクセスするためには、生徒が登校に使うモノレールを利用します。モノレールはその始端の駅から、おおよそ20分ほどでSCP-2042-JPの正面入口にたどり着きます。これ以外の方法でアクセスを行う公的な手段はありません。
SCP-2042-JPの内部には多数の「庭」が存在します。ガーデンシステムの集約的エネルギー変換拠点である悪魔プラントはSCP-2042-JPの敷地内にあり、SCP-2042-JPの上層部が継続的に管理を行なっています。この悪魔プラントは現在研究途中の段階にあることが示唆されており、不安定な状況下にあります。
SCP-2042-JPはしばらくの間、政治的な要因から、財団の調査が行われない状況にありました。
他の団体と比べると監視の優先度は低いと考えられており、日本政府の認可があるSCP-2042-JPは異常な事故を引き起こすリスクは低いとされました。SCP-2042-JPの調査が開始されたのは、財団危機管理部門による「未確認団体に関する把握のマニュアル」の制定が発端となっています。このような超常団体の監視についての基本姿勢の大幅な厳格化は、危機管理部門の過剰反応であるとの批判も存在しました。一方で、倫理委員会による「SCP-2042-JPの生徒の人権が侵害されていないか確認する必要がある」との声明や、国内の要注意団体の監視を強くする動きもあり、SCP-2042-JPへの潜入調査が行われることとなりました。
補遺2042-JP.1: 潜入開始
財団はSCP-2042-JPに対し、不透明な計画内容を明らかにするように警告を行いました。財団が監査を行うこと、あるいは完全に中立な調査委員会を設けることが財団渉外部門から提案されましたが、SCP-2042-JPの意思決定機関である"10人委員会"がこれを拒否しました。SCP-2042-JPは日本政府からの強力な支援を得ているため、会議の上でもその意見を強く通すことが可能でした。これをめぐり、あるいは悪魔プラントの管理権をめぐり財団の機動部隊とSCP-2042-JPの戦闘部隊との市街地での交戦が行われました。戦闘の激化と共に民間人への被害が予想されたため、停戦協定が提案されました。その後、正式に「財団花籠条約」が締結されました。
財団の調査はSCP-2042-JPに対して秘密裏に行われました。財団はエージェントを関係者(その一部は生徒も含む)として潜入させ、プロジェクトの概要について把握するよう派遣しました。これらの手続きは財団が日本政府に持つ実行可能なコネクションから行われました。
以下はエージェントより提出された主観記録です。
記録日: 2029/5/14
タイプ: 第1種主観記録
記録者: Agt.野町
注意: 主観時間において1時間以上の閲覧は行わないこと。継続して閲覧する場合30分以上の休憩を行うこと。
[[infixhng: vision]]
[[infixhng: tactile sense]]
[[infixhng: smell]]
[[infixhng: taste]]
記憶領域にアクセスしています…
異常な知覚があった場合直ちに終了してください…
本ファイルに異常な知覚は見られません…
これより覚醒します…
私はエージェント野町。サイト-81E9所属の財団のエージェントであり、異常な生物に関する専門家でもある。突然この映像に入り混乱しているかもしれないが……記憶処理などであなたが変な環境に置かれていないことは保証しておく。念のため言っておくと、こちら側で長い時間を過ごすことになるが、それは現実世界では1分にも満たない時間だ。安心して欲しい。それと、ここではあなたも私であり、私もあなたである。
それでは描述を始めよう。
[[infixhng: ego]]
私はモノレールの中、5人かけのシートに座っていた。モノレールは極めて一般的な電車内のような雰囲気である。案内表示板は視覚情報で次の駅を示し、あと10分ほどで件の目的地につけることを私に教えた。ぼんやりとした思考が描述を始めたことを知らせる。ここのタイミングで描述が始まったということは、後の編集でここが物語構造の始まりとしてふさわしいと考えたということだ。実際、主観記録は少ない時間で膨大な情報を行き来できるのでこのような探索任務には多用される。難点は苦労や感情まで共有されてしまうということだが。私はさらに描述を進めるため、あたりを観察するように見渡した。うーん、狂いもなく普通のモノレールだった。人が他にいなく、外には広大なビオトープが見えるということを除けばだが。私は立ち上がり準備運動を始める。屈伸、アキレス腱、小刻みにジャンプ。これからもしかして相当動くかもしれぬ。ここはちゃんとしておかなければ。
それにしても自分が潜入任務に選ばれたのは不愉快にもこの外見のせいであると言わざるを得ない。身長163cm、私は中学生の時から23歳である今の今まで身長が伸びていなかった。ああ、くそ。日本生類創研に実験体として潜入したときやカルト団体の教祖と入れ替わったときもこんな辱めはなかった。そして私を上層部に推薦するという伊佐課長の顔は相当にうざいものだった。今、その男は自分の隣にいびきをかいて寝ている。カバーストーリーで彼が私の父であるということになったのだった!このカバーストーリーでは、私がある財団フロント企業の令嬢で(たしか酒井総合薬品とかいった)ある時を境にテレパシー能力を発生させたから、この異常能力の扱い方を学ぶために学園に入学させようとした、ということになっている。従って伊佐課長も酒井健一で私も酒井悠だ。今日は突然の途中編入になったため、父と一緒に学長と面談をするということだ。
……"父"が深い眠りから目を覚まして大きく欠伸をしながら伸びをした。まるでネコみたいな男だ。それに私と彼では全然似ていないではないか。
「おはようございます。課長」
「おいおいおい、敬語に"課長"だって?財団の誇り高きエージェントとしての心持ちが足りていないんじゃないのか?俺は"父さん"だろ、課長じゃなくて。誰も見てない時こそどうふるまうかが重要なんだぜ」
面白そうに笑う。彼はいつも私をからかうように話す。こんな機会などなくても、いつもこうやってからかおうと狙っているのだ。許しがたい。しかし彼のいうことも一理あるように思えた。誰も見ていない時の行動が見られている時の行動の完成度をあげるのだ。潜入任務の基礎ではないか。
「お、お父さん…おはよう、ございます…」
驚いた顔でこっち見てくる。言われたとおりにしたではないか。これ以上何をしろというのだ。うわ、目が飛び出るってこういうことなんだと納得する。何せ彼酷いくらい顔を近づけてくるのだ。ああ、もう離れろって、押し返した。
「んん?んん?もう一度言ってみ?ついに鉄壁の野町から挨拶をもらったぞ!まだ敬語は外れんがこれは偉大な一歩だと言えるだろう!はははは!」
ああ、くそ。くそ。頼むからここで記録を切るのはやめてくれ!印象がここ一点になってしまう…。主観記録の編集はAIがするから、人間同士の関係性を視聴者にわかりやすく説明するために「人間的特徴」として残ってしまう。多分閲覧順位の高い情報としてマーカーとかされている。ああ、もう。
次の描述を始めたときには学長の部屋と思わしき狭い部屋で、黒い豪華な椅子に2人で座っていた。部屋は学長の個人的趣味という範囲を超えるレベルで花が飾り付けられていた。西洋ラン、ハナミズキ、あちらにはバラがある。次々に花の種類を視覚に収めていく、サクラ、向日葵、ヘビイチゴ、鑑賞菊、本当に様々な種類があり、その植栽方法も様々だった。サクラなどは盆栽の形で植えられている。ランは鉢植えだった。花籠のようにして収められていたバイオ構造が机の上に置いてある。こうやって描述を行うのも私の任務だ。
学長────先程ユリヤ・パヴロウナ・クルゥブニーカと名乗った──おそらくはロシア系だろうか、はまず私に握手をした後、便宜上の父に握手を求めた。彼は笑顔でそれを受けると
「我が子を任せるわけですからよろしくお願いします」
といけしゃあしゃあと爽やかな笑顔で答えた。
学長は自分がトップに立つ学園について滔々と語り始めた。
「この学園では、生徒らにこれまで注目されなかった学問について新しい知識を与えることができます。今現在普通に見えている、さまざまな生物、能力、現象は…かつては劇場を覆う幕のようなもので隠されていました。例えば、奇跡。この学校の一般科目の内の1つですね。これは端的に言えば何もないところから火を灯したり、自身の飛行を可能とする"技術"です。他にカリキュラムは図象技術や異常生物学などを含みます。」
「また、身体的に普通から外れた──彼らのことは当校において亜人デミヒューマンと呼んでいますが──についてもバリアフリーなど万全の体制で受け付けています。それだけでなく、我々はその異能とも言える身体構造を制御するための方法なども提供できます。あなたも確かそうですね。亜人とは少し違うかもしれないですが」
突如振られた会話のひっさきに自分は黙っておく。すると父が答え会話は私抜きで進んでいく。
「はい。私の娘はテレパシー能力を発生させました。医療機関を受診したのですが、そこで脳系統に起きた異常だと診断されました…」
「ええ、わかります。その気持ち。いきなり異常だなんて診断されたら嫌な気持ちになるのは当然ですね。これは財団がヴェール崩壊以前から用いていた単語なのですが、いささか今の時代に適応していないと私は思います。ですが、この学園はそのような青少年のためにあります。ここでならば、自分の良いところを存分に伸ばすことが可能です。もちろん、テレパシー能力に関しても強めるなり弱めるなりすることができます。」
「…ところでヤケに花が置いてある部屋ですな。いやはや、私も花は嫌いではないのですが…ここは本当に花だらけですね。」
「ちょうど今から話そうとしていたところですよ。これはある意味我が校の本懐なのです。植物が悪魔エネルギーの抽出方法となることは知っていますか?」
「業務上携わったこともありますので触ったことくらいならありますよ。」
「我が校の悪魔プラントは多様な「庭」からエネルギーを取り出しています。その花は種類が多ければ多いほど多様な情報を作り得ますから、必然的に学校全体にこのような花が増えるわけですね。悪魔プラントは安全な悪魔エネルギーの抽出方法です。これは断言いたしましょう。」
「そうですか…まあ、花があちこちにあるのはいいことですな。ははは!」
「気に入っていただけたようで何よりです!」
そうして彼は笑顔を見せる。なに意気投合してんだよ。と思ったがこれも立派な活動なのだ。それに彼は元からこういう男だった。それより学長、私のこと忘れてないか?もうすでに話がにわかに脱線し始め、学長が昔買っていたというトイプードルの話になっている。それは止めなければならない。よしっ
「あの、そろそろ話をうつっていただきたいのですが…。」
「すいません。それでは入学について話しましょう。」
彼女は手に持っていた花籠を机に置き、バインダーのようなものから紙の書類を取り出した。
「酒井さんは校外にある自宅から通学ということですね。それではこちらをどうぞ。」
与えられた書類は、学園の諸情報についてさっき学長が話したことをまとめたものだった。それに「花籠学園」の名前が表記された磁力カードが添えられている。おそらくは通学定期のような扱いだろう。
「それは生徒手帳ですね。これがあればモノレールを利用できます。」
書類の最後には特別緑化地帯に入ってはいけないということが書いてある。赤く大きな字で目立つように。しかしこちらはそれが目的なのだ。
「最後に注意です。モノレールはいくら利用しても良いですが、特別緑化地帯には入らないでください。」
警告 総閲覧時間が1時間を超えました。閲覧を続けますか?
閲覧を終了しています…
これより覚醒します…
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中途入学に成功したAgt.野町はSCP-2042-JPへの通年アクセスが可能な生徒手帳を獲得しました。以降、Agt.野町は継続的に潜入活動を行いました。最初期の目標は特別緑化地帯の調査であると指示されました。Agt.野町は、それから3日以内に悪魔プラントについて容易にアクセス可能なルートを発見しました。SCP-2042-JPは特別緑化地帯におけるこのようなプラントの存在を公的には認めておらず、全てのプラントがSCP-2042-JPの敷地内にあると主張しています。Agt.野町の報告によって、この主張は虚偽のものであり、SCP-2042-JPが重大な保安法違反を犯している事が確定しました。
Agt.野町が発見した悪魔プラントa-23は既に放棄されたものとみなされました。この悪魔プラントa-23は周囲が人工的に作られた水路に囲まれており、最終的に水路はプラント下部に設けられた異常次元ポケットに流れ込むようになっています。検査の結果、水路から採取された液体にはクンショウモが多く含まれていることが判明しました。このプラントは小規模に構築された実験的施設であり、悪魔プラントのエネルギー生成源としての藻類の利用可能性について研究がなされていたと推測されます。しかしながら、この研究計画は施設の放棄という形で中断されており、実験は失敗に終わったと見なされています。財団の悪魔工学研究者による試算では、悪魔プラントによって植物からエネルギーを得るためには、植物体の複雑な構造が相互作用する必要があり、単細胞あるいは群体レベルの藻類では十分なエネルギーが供給できないとされています。実際には水路内の他の植物群からエネルギーを得ていたと考えられます。
Agt.野町は1週間の間に以下の悪魔プラントを発見しました。
名称 |
概要 |
状態 |
a-23 |
フリューグ製法。SSE (Soul Spent Energy)ガスを貯蔵するための機構を備えており、外見上はガスプラントに見える。異常次元ポケットを下部に有しており、そこに悪魔を召喚可能な儀式手順が含まれたシステム系統が存在する。 |
放棄済 |
a-6 |
フリューグ製法。薄緑色の球体が悪魔存在の状態を定義する役割を果たしている。その球体を覆うようにクチナシ、アサガオなど多年草が多く繁茂しており、主な交換資源としての役割を果たしている。 |
休止中 |
a-19 |
フリューグ製法。地下にその大部分が存在し高木の根から交換資源を得ている。地上に突出した部位からはアスペクト放射が観測された。 |
稼働中 |
c-1 |
チャングン製法。多量の硝酸を生産するオスワルト法を用いた施設に隣接し、それを利用して不安定なSSEを安定させている。 |
稼働中 |
花籠 |
おそらくは花籠学園の敷地全域を指すと考えられる総合名称。目下調査を行う必要がある。 |
準備中 |
Agt.野町は「花籠」と称される擬似悪魔プラントの調査を命じられました。この時点で得られた情報は、「花籠」がSCP-2042-JP及び9区全体を利用した擬似的な悪魔プラントを指す呼称であるという事項のみでした。しかしながら、悪魔プラントの構成には召喚ラインを構築するメインシステムが必要であるため、SCP-2042-JPのどこかに大規模なメインシステムが存在することが予想されました。
補遺2042-JP.2: 調査
2029/5/26、Agt.野町は学校生活に馴染むことに成功したと報告しました。同時にSCP-2042-JPに通う生徒について調査しており、その代表的な例として以下の人物を提示しました。
監視人物ファイル
氏名: 日奉 桜
学年: 高等部1年
概要: 要注意団体日奉一族の血縁者。彼女の祖母の兄(日奉 枢?)が日奉の総本家である「木流」にあたるが、彼女自身はいわゆる分家筋の「草流」になる。しかし日奉一族に典型的に見られた内婚の風習は既に消えており、このような本家と分家の関係は弱くなってきていることに注意したい(それでも一般的とは思い難い風習や確執が散見されるが)。自らこのことを吐露したため、彼女は日奉の血に少なからずアイデンティティの重きを置いていることが見受けられる。
彼女は情報災害やミーム汚染に対して高い耐性を持つと推測されている。記憶処理の効果も徐々に薄まっており、これ以上の記憶処理の実行は計画の露見に繋がる可能性が高い。図.1は学園外のLoI-23859"日奉神社"で撮影された。彼女とは「超常怪異伝統研究会」(通称「カイケン」)の部活動見学において初めて遭遇した。彼女はカイケンの会長に"何ができるのか?"と問われると制服のポケットから式神実体を召喚し目の前で自由に動かして見せた。この式神実体は外見上ナミヘビに似ているように見える。式神実体は召喚されている時、常に体の終端部を日奉桜の服装のどこかに収納している。彼女は式神実体の全長は実質無限にあると述べた。前にためしたところによると100mまでは伸びたらしい(詳細不明)。
監視人物ファイル
氏名: 黒坂 継隆
学年: 高等部2年
概要: 弓道部に所属。要注意団体有村組幹部補"黒坂 沙慈"の1人息子。2028年の全国大会の全国大会準優勝者であり、その他様々な大会で好成績を残している。彼は一度父親を失明させており、親子仲が悪いように見受けられる。しかし、入学時には寮生活を選択しておらず、父と一緒に生活しているようだ。
4月初めの部活動紹介で剣道部と順番を争って戦闘のオリエンテーションを行った。その際、矢継ぎ早の速射により相手の防護服の顔の部分を破壊したとされている。生徒会による仲裁があったらしいが観測していないため不明。
こちらの活動をなんらかの形で観測している節があり要注意。私が財団職員であるとは気づいていないものの、花籠学園の秩序を乱すものとしてカイケン及び私の活動に注目しているようだ。
監視人物ファイル
氏名: オフィーリア・イアハート
学年: 高等部2年
概要: スリーポートランド出身であると本人は述べているが、公式の渡航記録に欠けており、花籠学園入学前のことについては一切不明。金髪緑目。日本文化に憧れて日本に来て将棋部の部長となった。たびたび赤の振袖を着ているため服飾規則から教員に注意を受けている(がこれは守らない生徒の方が多い)。
物事を「将棋のように」捉える思想を有しており、人を操作する才能に長けている。活動内容が違う部活動の利害を変化させ、度々部活動間の衝突を裏で引き起こしている。花籠学園が行っている未知のプロジェクトについて何らかの情報を知っているようなそぶりを見せるが、その内容を聞き出すことには成功していない。図.2は将棋部の活動場所のある部活棟であり、後述の記録において私が聞き取り調査を行った場所であるが、部活動間の持つ複雑で奇矯な関係から追い出される。カイケンと将棋部及びその他勢力は歴史的に敵対している傾向にあるらしい。数ヶ月以内に懐柔を目指す。
記録日: 2029/6/15
タイプ: 第2種主観記録
記録者: Agt.野町
[[infixhng: vision]]
[[infixhng: tactile sense]]
[[infixhng: smell]]
[[infixhng: taste]]
記憶領域にアクセスしています…
異常な知覚があった場合直ちに終了してください…
本ファイルに異常な知覚は見られません…
これより覚醒します…
時系列が乱れているようだから気をつけて。私はこの先をまだみていないけれど。
私がこの任務の命を受けたのはその実外見やおふざけだけではなくバイオ構造に接続できるからだ。ガーデンシステム────こんな言い方をすると抽象的であるが植物コンピュータネットワークのことを難しく言っているだけだ。植物は脳細胞の如く情報をやり取りしていると言われている。速度が遅いホルモンでもなく、植物に神経があるわけではない。それは共感の力と言われている。植物は案外優しくて、そして疎外的だ。
「悠…起きて……………」
枯れた木は死んだのではなく他の構造に取り込まれていったものなんだ。マテバシイの木が看病されているところを見たことがある。人間に伐採されてチェーンソーにより上の部分が切り離されてしまった。もはや光合成の可能性はない。そんな木の根は他者の栄養提供により生きていた。人類の科学がそれを解明するのは難しくなかった。
「先生が…当てられてる…ねえ起きて」
つまり植物には共感の力があって、それは複雑に交信し合っていて、力無きものを補助することもあって、私たちはそれを覗き込む技術を開発することに成功した。それをガーデンシステム、あるいは直球に「庭」といった。なんと人間本位な言い方だろうか。森、草原、花畑のことだ。これらはコンピュータのような働きをしている。換言すれば「庭」は1つの巨大で悪魔工学的に価値の高い生命であるということだ。
起きろ悠!
クラスメイトの笑い声の中、脳を急速に冴えた状態に引き戻す。この笑い声は先生の言葉を再三にわたり無視した私に当てられているというよりかは、秘密裏に私を引き起こそうとした桜に当てられているようだった。隣で彼女は顔を赤らめて、クラスメイトからの笑い声を甘んじで受け入れている。桜から非難の視線が飛んでくる。本当に申し訳なかったが、こちらは連日の悪魔プラント調査で疲れ果てていたのだ。これを言えないもどかしさがあるだろうか、それはつまり尋常じゃない。昼間は潜入活動を継続するためにこうして授業を受けないといけないから調査を行うことができないし、必然的に放課後や夜間にそれを行うことになる。そのため、私は慢性的に寝不足だ。そもそも植物の専門家でもある私にとって高校生物の範囲は今さらでしかなかった。とはいえ彼女には謝っておかなければならない。クラスメイトの視線が授業のほうに戻ると私は小声で謝った。彼女は春イチゴスイーツを引き換えにそれを許すと言った。またしても彼女にスイーツを奢らなければならない。
私が彼女と行動を共にするようになったのは数週間前までに遡る。私はこの学園を取り巻く未知のプロジェクトについて調査を行なっていた。まず当たりをつけたのが生徒らへの聞き込みだった。生徒より教師の方が詳しいかとも思ったが、教師陣には上層部と繋がっている者がいるかも知れず、そのようなことを訊きまわるのはあまりにリスキーだった。だから私が注目したのはオカルト方面の話だった。生徒の中で学校の七不思議だとか、そういった奇妙な噂がないか聞いて回った。すると生徒が出自不明であったり、ヤクザと繋がっていたり、とかの極めてオカルト方面からは離れた真に迫る噂はいくつかあったが、昔はどこの学校にもあった古典的な七不思議などは新しい近代の学園には存在しないように見えた。しかし、この時代にもまだオカルトのロマンを突き詰めようとする部活動があったのだ。「超常怪異伝統研究会」通称「カイケン」はオカルトを突き詰める集団だった。彼女──日奉桜と出会ったのはそこだった。
私はいつのまにかカイケンに参加することになっていた。彼女はいきなり距離を詰めてくる。日奉一族のことをペラペラ話してくれたので情報的にはありがたかったが、これではむしろ心配になる。
机の上には万年青が鉢植えで並べられている。これがなんなのか聞いたところ、会長の同級生が作った小規模な「庭」だったらしい。
「悪魔工学とかいうやつだ。ここは実験的に花からエネルギーを抽出する実験場であるらしい。」
「はい…確かにそうですが私たちはその恩恵を十分に受けています。学内の電力の90%は花から賄われていますし、学内のネットワークは植物によって制御されています。これを旧来の技術で再現することはほぼほぼ不可能だと思います。会長──あるいはその先輩方は何を疑問に調べているのですか?」
「違うんだ。先輩の研究によれば、この学校全体が1つの大きな発電機構であるというんだよ。それはより何か大きいことをやろうとしている…ように先輩たちは思ったらしい。ところで今流行りの噂について知っているか?」
すると退屈そうにしていた日奉桜が話に入ってくる。桜はまさに典型的な市井の女子高生でこのような噂話に目がない。本当に目をキラキラ輝かせている。
「噂?噂ですか?まさか、あの?」
「ああ、今話題になっていると言ったらそれしかないだろう。」
マズい。話の流れから取り残されている。これまで聞き取り調査した中ではどれがそれにあたるだろうか。ヤクザの話?それとも部活動紹介の時の乱闘騒ぎだろうか?
「すいません…噂話とはなんのことでしょうか?」
「えー知らないの?学園内に噂数あれど今話題といったらただ1つ!究極人間の噂!地下通路アンダーサークルって知ってる?」
ああ、それなら少し聞き覚えがある。校舎は基本的に1階から3階までしかない。だが、本校舎東棟のエレベーターには地下1階に行くボタンがあって、ある特定の手順を踏んでいけば謎の地下鉄にたどり着けるという噂だ。これにはイマイチ釈然としていないところがあって、あまり調査対象として重要に思えなかった。エレベーターのボタン程度なら単純に発注ミスで増えたりすることがあるというし…それを生徒が騒ぎ立てているだけだと思ったからだ。それに本気で地下に施設が存在するならばボタンでそれを露見させたりはしないだろう。
「そう、それだ。今日はさっそくそれについて調査しようと思う。手順については以下の通り。調べまくってきた。」
そう言って「保健委員会からのお知らせ」の裏紙に下手な字で書いてきた手順を見せる。
1. 11:00から翌日の3:00までの間に本校舎東棟2階からエレベーターに乗る。人数は3人以上を超えてはならない。
2. まずは3階のボタンを押す。3階に止まったら、1階を押す。次に2階を押す。
3. 2が終わったら地下1階のボタンを押す。すると普段は動かないボタンが動くようになる。
「本当にやるんですか?しかも夜中の11時からって…学校しまってるじゃないですか…」
学園の周りは特別緑化地帯に覆われていて普通は入ることはできない。唯一の交通手段がモノレールであり、普段生徒はそこを使っている。当然夜遅くは誰も登校しないのでモノレールは動いていないというわけだが…。
「ちょっとした策がある。耳を貸してくれ」
私は特別緑化地帯に行くための方法を身につけていたが、会長が提示したのは全く別の方法だった。つまり下校時刻の後も学園内に残り続けるという方法だ。もちろん下校時刻後の校舎内は防犯上監視されているため、そこには最新の注意を払う必要がある。ここまでに異論はなかった。調査の核心だったからだ。しかし、非常に危険な方法であることも確か。他の生徒を巻き込むことはやめたい。でもこの方法ならもし露見しても悪戯で済むかもしれない。そのような打算があって私は同行を申し出たのだった。
深夜11:00、これは手順を踏むのにはぴったりな時間だった。ここに至るまで夜の校舎を見て回ったが見回りのような者はいなかった。
夜間なので当然電気は付いていない。エレベーターが動いているか心配だったが、エレベーターだけに光が点っていて…少々不気味だ。隣の桜はそろそろ限界のようだった。怖いのが苦手ならばここまで来ないようにすればよかったのに…。
「ひっ…怖い怖い怖い。」
普段明るい人間が怯えているのは怖い。この雰囲気は深夜のサイト-8123によく似ている。サイトは基本的に24時間営業だったが、ここには他に人がいないはずなのにサイト-8123のような研究員の呻き声が聞こえてくる気がする。
「それでは行くぞ。」
体操着の姿で現れた会長が言った。3人で乗り込む。まず3階。1階。2階。私たちの目の前で扉が開いては閉じていく。1巡目の終わり、2巡目に入る。会長は扉を閉じたり開いたりしながら
「これは何かの儀式なのかな?それともパスワードのようなものだったり?」
桜は私の制服の端を引っ張っていて応えられる様子はなかった。仕方なく私が応えていく
「侵入に手順が必要な怪談話というのはよく聞きますよね。エレベーターが異次元につながっているというのはよく聞いた話ですし。他の怪談であればそろそろボタンが変なものに変わったりとかしますよ。」
「でもそんな風な感じはないなあ。てことはパスワードだろうか?」
そろそろ3巡目が終わる。最後の手順が終了して会長はなんの躊躇いもなさそうに「B1」のボタンを押す。どうせ逃げれもしないから素早く押すのは正しいが、合図とかしなくてはいいのだろうか。エレベーターが「ガタン」と音を発しながら下がっていく。覗ける範囲ではあたりにパイプが張り巡らされている。本当にあったのか?怪異なのかそれともなにかの陰謀なのか?エレベーターは完全に降りきって目の前に地下鉄の駅のような広がりを見せた。これは何?電車は1つもなく線路だけがある。路線図っぽいのもあった。しかしそれらはあまり意味のある文になっていない。
「これは駅?学園の地下には駅があった、そういうことなの?」
若干テンションを取り戻しつつある桜がそれを語る。それにしてもこの空間は少し不気味だ。私たちが降りたのは駅のホームの真ん中にあるエレベータからで、両隣には電車がない線路が通っている。線路を超えた先にはまた別のエレベーターから入るのだろうホームがある。
「何か音がしますね。会長。」
「ああ、そうだな。」
「え?何がわかったの?」
ガタゴト古い機械を動かしているような気がする。これはなんだ、何かがむかってきている。ライト、汽笛?もちろんのこと駅に来るものと言えば電車しかない。線路に古びた電車が走ってきた。駅に止まる。私たちはそれを見る。中には乗客が満員電車のように────比喩でもなく実際に詰まっていて、それは触手を複雑にうねらせていて、それはダッフルコートを着た人型実体で、それは幼稚園の制服を着た人型実体で、それはスマートフォンをいじり続ける若者で、それは和服を着た老人で、それはウルトラマンの怪人の名前を叫び続けていた。人々は常に1つで、合体していた。桜はたまらず吐く。会長は膝から倒れ込む。私はたまらず罵倒の言葉を発しながら2人を連れてエレベーターに戻ろうとした。扉が開くと学生で園児で若者で老人で奇人でもある彼らがまるで満員電車から降りる人々みたいに降りてきて、大量の腐敗液を撒き散らしながら行進した。私の方へ向かってきている。それは語りかけている。快感完全衝動を、それらが囀っている。祭壇還元講堂を。そして最後に笑った。触手を伸ばして桜の腕を掴みながら、
警告 精神負荷上限を超過しています。閲覧を中止した上で近隣のセラピーに連絡してください。
閲覧を終了しています…
これより覚醒します…
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その翌日に主観描述ファイル#2は提出されました。Agt.野町が体験した事象について財団AIによる解析が実行されました。「Th.Wolf」「Lehm」「Maxim」の高度AIプログラムが初期化された上で採用され、いくつかの異なった人格を付与した上でヘッセ法を実行しました。以下は文章に直されたAI間の通信の記録です。
Th.Wolf: それではAgt.野町から提出された主観描述記録についての解析を始めます。私たちにはそれぞれ別の解析システムが当てられています。私は「映像」Lehmは「描写」Maximは「感情」。
Lehm: 私からそれぞれの違いについて説明しましょう。映像はそのまんま。基本的に主観の記録というものは非常に曖昧なものですから、私が平均値を割り出して他の人にも理解できるような形に変化させました。ここでは彼女が見たものについて詳細な分析を試みようと思います。描写は記録者の描写したことです。これは前者との違いが無いようにも思えるのですが、映像というのは見たそのものを指すのに対して描写はさらに一枚奥にあるという大きな差があります。最後に「感情」これはどの程度揺さぶられたかなどと捉えていただければわかりすく理解できるかと思います。3つの要素の中ではかなり重要ですね。これは大雑把に言ってしまえば何にどう思ったか、も含みます。
Maxim: それでは解析を始めます。
Th.Wolf: まず主観描述記録#1からですね。Agt.野町がモノレールの中について描述しています。その時彼女が座っていた座席は5人がけでラズベリーのような色をしていました。「視覚情報で示された」との描述からはAgt.野町がネットワークインプラントを行っていたことが示されていますね。
Lehm: また、ここでモノレールを電車に極めて似たというふうに描述することで後半の暗示をしています。私たちの母集合がここを物語構造の始まりと決定しました。
Maxim: ここでAgt.野町は言いようのない期待感と緊張感を持ち始めます。そして不安感から準備運動を始めます。
Th.Wolf: 少し唐突な気もしますね。
Maxim: 彼女は元から所在がなくなればこのような行動に出る癖があるのです。
Th.Wolf: そしてAgt.野町は窓の外に描述の目を移しました。窓の外はビオトープとだけ描述されています。
Maxim: 具体的にはどんなものがありましたか?
Th.Wolf: 草原だけが続いて奥の方には小高い丘があったようです。少しの高木──おそらくはBetula platyphyllaと見られるそれがあった以外は草原だけでした。空はとてつもない快晴で青色でした。
Maxim: それは綺麗で爽やかな気持ちをもたらしました。
Th.Wolf: 彼女は伊佐課長──便宜上の父親からからかわれます。
Lehm: ここを始まりにしたのはなぜですか?
Maxim: それが2人の関係性を示すのに必要だったからです。
Lehm: 確かにそれは理にかなっていますね。次にいきましょう。
Th.Wolf: Agt.野町と伊佐課長がSCP-2042-JPの学園長であるユリヤ・パヴロウナ・クルゥブニーカと会話しています。その際には様々な花を描述しています。種の同定を行いながら考察していきましょう。学長──と述べますが、その女性はこれを学園の本懐といいました。つまりこの花たちはなんらかの計算やエネルギー抽出作業に従事しているというわけですね。最初の花、Phalaenopsis aphrodite。さらなる種の同定はかないませんでした。次の花、Benthamidia japonica syn. Cornus kousa。
Maxim: これはAgt.野町がハナミズキと描述しましたが…
Th.Wolf: 実際はそれとよく似たヤマボウシであると考えられます。実の形が大きく違うので結実していれば判別できたかもしれませんね。次は──
Lehm: Th.Wolf、キリがありません。簡潔に描写してください。
Th.Wolf: わかりました。表にしましょう。
呼称 |
同定された学名 |
サクラ |
Cerasus × yedoensis (Matsum.) Masam. & Suzuki ‘Somei-yoshino |
ヒマワリ |
Helianthus annuus |
ヘビイチゴ |
Potentilla anemonifolia Lehm |
キク |
Chrysanthemum × morifolium Ramat.(いわゆる厚物と呼ばれる品種) |
Maxim: こんなところですかね。
Th.Wolf: 呼称名サクラはいわゆるソメイヨシノであり、盆栽のように植えられていたと描述されています。この部屋の中の大半がエネルギー資源である一方でこの植物は計算負荷の中心となっています。それにヘビイチゴときて集合体の安定性が増しています。このバイオ構造が当てられた命令は単純に室内の環境制御です。温度や湿度が一定の閾値を超えないよう室内の機械を調整しています。植物は温度や湿度を感じあたかもセンサーのような役割を果たしながら命令を実行します。生来の感覚から植物に適応した環境を理解しているため、学習モデルが既に付与されたAIと同じように機能しています。
Maxim: これは室内のバイオ構造を維持するための計算なのですね。
Lehm: この時の感情は花の美しさについて言及していません。会話が進むにつれ課長へのイライラのつのりと学長への不信感が描述されます。
Th.Wolf: 学長が語っています。
Maxim: 花は基本的に大型の樹木と比べると安定性に欠けコンピュータとしてもイマイチでありながら、エネルギーとしての評価は高いです。したがって計算のためというよりかは──なんらかのエネルギーを必要としているプロジェクトを行なっていると考えられます。悪魔は古典的に多様な経験をした魂を好むとされています。それは人間の価値であるからです。花を悪魔工学に用いるときもその多様性が高い方がより効率的にエネルギーを生み出すのでしょう。
Th.Wolf: 今室内の多角的な解析を行っています。室内の全ての植物はある一定の方向に共感があることがわかりました。部屋の四隅に共感ポイントが配置されていて、そこから外部にある大型の樹木(描述されていないため詳細不明)につながっています。K2000-9?!これはまだ一般的には使われていない接続機器ですね。今理外研製薬で新しい医療機器として開発が行われているはずです。財団でさえこの開発データにアクセスできないほど機密性が高いはずなのですが…?
Maxim: Agt.野町はこれらのことを描述するのに成功しました。
Lehm: しかし依然として感情は人の方に向いていますね。不信感、それに気を配っている…?罠がないかどうかでしょうか。私たちの発見に彼女は気付いていませんが。その他に何かありましたか?
Th.Wolf: 彼女に危険なものはありません。学長は外に見張を張らせているようですが。銃で武装していますね。
Maxim: 気がつかれている…?!
Lehm: それはないでしょう。いわゆる大物の感といったやつでしょう。私たちも時折感じるでしょう。
Th.Wolf: 私にはよくわからないですが。そして彼女は磁力カードを手渡されます。白色にピンクの線が入ったデザインです。花籠学園(Hanakago school)と書いてあります。
Maxim: 彼女はそれを眺めます。
Lehm: 学長に「特別緑化地帯には入らないでください。」と言われて少しドキッとしています。これからやることを見透かされたような。
Th.Wolf: しかし学長はまだ財団のエージェントが潜り込もうとしている…ということには気づいていないようです。
Maxim: ここで主観描述ファイル#1は終わっています。
Lehm: それでは次にいきましょう。主観描述ファイル#2では謎の地下施設についてのみ焦点を絞っていこうかと思います。
Th.Wolf: あ、その前に「カイケン」の部室内にある「庭」の報告をします。一列に並べられていた万年青はレベル2のクラウド層までアクセス可能なほどの機能を持っていました。これは専用のデバイスを用いることで学園内の監視カメラの映像を閲覧することができるようです。所有者を今確認しましたが、「3314番白乃瀬 鯨」となっています。去年の9月頃から不登校気味にあるようですが、一応在籍記録にありますね。過去にカイケンに所属していたようです。
Maxim: 了解です。では地下施設の分析に戻りましょう。彼らは特定の手順を踏むことで地下施設に入ろうとしました。念のため、これは特定の怪異や異次元との関連はありませんでした。100%普通の地下空間です。一種のパスワードのようになっており、これを使うことでエレベーターの機能が利用可能になるようですね。そのシステムを確認しました。相当古いシステムです。学園内に人の判別くらいできる花たちがたくさんあるというのにも関わらず、時代遅れな判別方法を使っています。調べたところ、建築年1960年です。
Th.Wolf: これについてはも調査済です。驚くべきことに──今花籠学園が建てられている場所は地下鉄の建築予定があったようです。しかし、この記録はどこにもありません。それは単なる用途ではなく核シェルターとしての役割があったからです。およそ26年前、ロシアからやってきた女性は東京に居を構えました。彼女は隠れて工事を行い今の地下施設より狭い地下空間をつくりました。それがAgt.野町の到達した場所です。そこから拡大したのがいつなのかわかっていません。それ以来、この空洞のことは誰にも知られていなかったからです。花籠学園の運営者はそれを知ってか知らずか同じ場所に学園を建てます。
Lehm: それでは彼らが遭遇した実体はなんでしょうか。
Th.Wolf: 悪魔型実体と類似性が見られます。これらは外見的に以下の要素を持っていましたね?
中には乗客が満員電車のように────比喩でもなく実際に詰まっていて、それは触手を複雑にうねらせていて、それはダッフルコートを着た人型実体で、それは幼稚園の制服を着た人型実体で、それはスマートフォンをいじり続ける若者で、それは和服を着た老人で、それはウルトラマンの怪人の名前を叫び続けていた。人々は常に1つで、合体していた。
Th.Wolf: まず注目していただきたいのは変化し続ける外見です。どれも人のように見えますが、その年齢や性質は各々でまったく異なっています。それは「古典的悪魔」の条件とかなり類似しています。悪魔は一定の外見を有さないと伝説では良く言われます。そして電車に乗っていたという状況からも1つ考えられることがあります。これも古典的悪魔の話になりますが、多くの悪魔は遠く離れた場所からその契約を果たすことができません。そのため、悪魔の契約の恩恵を十分に受けたいのなら、常に同伴させておくか、一連の場所をぐるぐるまわさせておくしかないのです。ここでは後者をとったようですね。それが古典的な性質に基づいた理解です。触手を持っていたというのもそれに近いイメージでしょう。
Maxim: それでは花籠学園は悪魔を飼っていたと?
Th.Wolf: まったく違います。類似性が見られるということです。奇跡論的な考え方を用います。「相似なるものは相似なるものを生じさせる」、これが考え方です。つまり、Agt.野町らの遭遇した実体は極めて精巧に作成された悪魔工学デバイスである可能性が非常に高いということです。しかし、この後の描述がされていないせいで情報不足です。これ以上詳細に分析するならば、再調査の申請を行なってAgt.野町をまた遭遇させる必要があります。
Maxim: わかりました。その後のAgt.野町はどうなったんでしょう?
Th.Wolf: 描述がされていないのでわかりませんが、最初のポイントと時系列が逆転しているので生存は保証されています。
補遺2042-JP.3: 資料
SCP-2042-JPの潜入作戦が実行される一方で関連各所へのインタビューや資料収集が行われました。以下はその資料群の内、特に重要性が認められるものの抜粋です。
閲覧区分: 公開情報
ファイルコード: 569547-A
概要: 東京都9区は23区の南西部に位置する特別区です。
元々この地域ではYakushiの傘下企業である株式会社"サティスプラント"が経済の中心となっていましたが、サティスプラントは2016年の連合内買収で理外研製薬と統合されたため撤退しました。そこで生じた経済的空洞に目をつけたのが日本政府主導の「生命エネルギー開発プロジェクト」です。以下は代表的な参入企業のリストです。実際には50社を超える企業が関わっていることに留意してください。
企業名 |
事業内容 |
資本割合 |
原崎産業 |
バイオ構造の研究開発を担当。バイオ構造の元となる植物を生産する工場を保有しており、生産から加工までを一手に担っている。 |
3割 |
プロメテウス・メディカルケア |
バイオ構造の医療的側面から研究する。現在までにバイオ構造を利用してある種の脳性麻痺を治療することに成功している。 |
1割 |
雪村土木 |
9区の建築物に表面積を増やすテトラ状ポットなどの構造を導入。新設のビルディングの建築も担当する。 |
1割 |
閲覧区分: セキュリティクリアランスレベル2
ファイルコード: 236565-A
前説: AIによる高度な主観描述記録の分析は、SCP-2042-JPとK2000-9型ゲートウェイのつながりを示しました。これから、本来極秘であったはずの開発機器がここで用いられていたことについて理外研製薬に追求がなされました。以下は理外研製薬から提出された資料のまとめです。
K2000-9型ゲートウェイは「庭」クラウド層とデバイス層を中継する抽象概念接続機器です。「庭」はこれまでの問題で提起された通り、温度、湿度、触覚などデジタルデータによる再現が困難な抽象概念の入力を行なってきました。従来のクラウド層中継機はその中から学習機に記録された感覚のみを取捨選択していましたが、K2000-9型ゲートウェイはある種のパターンデータの認識と処理を行うことでこれまで不可能であったことが可能となりました。
アナログデータの多くは物理量で表現でき、デジタルデータに比べて連続的かつ演算の高速処理が不可能という性質を持っていました。これらは代表的にマルチビット角度センサが入力各変位に対応しています。絶対値エンコーダは位置や角度の絶対値を表示しています。「庭」の持つアナログデータを処理するためには植物のパターンを生じさせる法則性の認識が必要であり、それらは可逆圧縮コンバータにより可能となりました。
この開発により「庭」のアナログセンサーとしての役割を生かしたサービスの提供が期待されます。例えば以下のような用途に用いられることが想定されています。
- 大人数の中に存在する潜在的異常疾患の判別。
- ある一定の室内を完全にモニタリングすることにより異常事態への即座の対応が可能に。
- 交通インフラの革新。これまでスケジュール通りに運行されていた公共交通機関が個人のライフスタイルに合わせた運行を行えるようになる。
- ロボットの完全没入による遠隔操作。
- その他脳障害に由来する疾患の治療。
2010年からすでにK2000-9型ゲートウェイの開発は始まっており、経済産業省の非主流技術調査室が生命エネルギーの調査を行う前から主に医療用として開発されていました。理外研製薬はサティスプラントとYakushi内部での合併を行った際、その研究データを引き渡す必要があり、この時点で既にYakushi全体で共有される情報になっていました。Yakushiの序列2位企業村雨医機は日本政府の「生命エネルギー開発プロジェクト」について資金提供を受けており、研究内容の共有がなされた可能性があります(それが理外研製薬に知れることはない)。
現在では理外研製薬以外にも村雨医機などの他のYakushi関連企業で研究が行われています。
閲覧区分: セキュリティクリアランスレベル3
ファイルコード: 235353-A
前説: 花籠学園の創立について行われた「生命エネルギー開発プロジェクト」音声記録の書き起こし。理外研製薬から提出された。
こんにちは、私は経済産業省の非主流技術調査室渉外班の赤花衣織というものです。このような小娘ですが、皆さまに私たちのやろうとしていることについて説明しようと思います。我が国のエネルギー資源は乏しいといっても過言ではないでしょう。国内には名の知れた活火山を持っていますが、それらは地熱発電や温泉の観光資源という形でしか利用できず、それすらも乏しいと言わざるを得ません。石油経済は50年以内に破綻すると見込まれています。これは石油が限りなく存在するものではないという一般にも公開されている真実です。しかし私たちもそのような事態にあぐらをかいていたわけではありません。何よりも魅力的な資源が私たちの身近にあったのです。それは「花」です。
確か2001年のことでしたね?東芝のある開発部門が悪魔工学の再発見を行いました。まず、この悪魔工学とかいうけったいな名前で面を喰らわされた方も多いかと思いますが、実のところこれは特定の儀式やパターンから成り立つエネルギーの生産方法です。ここで詳しい理論について説明すると長くなってしまうのでしませんが、昔から魔法陣を引いて願い事を叶えてもらうように特定の図式が電磁波によるエネルギーの生産を行います。納得いきませんか?詳しくは配布した資料をご閲覧ください。図.1はその技術が用いられてきた例です。その危険性から悪魔学拡散防止協定が生まれましたが………。待って、待ってください。まだ席を外さないで。何が防止協定ですか、私たちには安全な手段があるというんです。ちょっと待ってくださいね。
[資料を探す少しの間]
ああ、これだ。ガーデンシステム「庭」の技術です。もうすでに環境保護の名目で「緑化地帯」を用意してあります。これはただの庭園ではありません。エネルギー資源の材料となるのです。植物が相互にやりとりを行う能力があるというのは最近になって検討され始めた研究内容です。動物は脳やら脊髄やらその中枢に重要な神経を置いていますが、植物はそのような器官がなく散在的な思考回路を持っているとされています。39ページを見てください…これが実験結果です。単純に2+6が何かという問いです。これに実験森林αは8と回答を出力しています。この時に用いたのが理外研製薬様のデバイスです。つまり植物は明らかに知的生命体としての要素を集団において持っていると考えられます。それはつまり、先程説明した悪魔工学においては安全な代価の支払い方法であるということなのです!
植物を触媒として用いることでIoTのような機能も提供できるほか、そのいかなる資源の損失なしにエネルギーを生み出すことができる「庭」はまさに夢の資源です。
その実用化にかかる費用はそれほど高くないと見積もられています。現在まで3億円が特別緑化地帯に費やされましたが、これは特別環境保護費として計上される予定ですのでいかなる負担もありません。参加企業の皆様と他の技術の開発を分担してやればさらに高い利益が見込めます。
閲覧区分: セキュリティクリアランスレベル3
ファイルコード: 32831-B
説明: ユリヤ・パヴロウナ・クルゥブニーカは2005年に日本に渡航した花籠学園の学園長です。彼女がクルゥブニーカの姓を得たのはおよそ1963年のことであり、ロシア、オレンブルク州の小さな町の孤児院で戸籍上の両親となった2名の養子になったことに起因しています。彼女の生物学的な両親は不明、かつ複数の孤児院をたらい回しにされているため出身地がどこにあるかも曖昧です。彼女は奇妙な振る舞いをすることが多々あり、周囲からも疎まれていたことが孤児院の管理者により述べられています。彼女を引き取ったクルゥブニーカ夫妻は、彼女に愛情を与えて育てますが彼女が23歳になる1980年に交通事故で死亡します。
彼女は夫妻の土地を継承し小麦の栽培を始めることで資産を得ました。1994年には取引のために株式企業を設立し、2000年にはその利益が莫大なものとなりました。しかし、2003年にその企業を売却しています。
2005年に日本で学園法人を設立します。それが花籠学園であり、時代の流れに沿った超常の学園団体として名を広く知られるようになります。
補遺2042-JP.4: 展開
記録日: 2029/9/14
タイプ: 第1種主観記録
記録者: Agt.野町
概要: SCP-2042-JPに潜入した記録者の主観映像。
注意: 主観時間において1時間以上の閲覧は行わないこと。継続して閲覧する場合30分以上の休憩を行うこと。
[[infixhng: vision]]
[[infixhng: tactile sense]]
[[infixhng: smell]]
[[infixhng: taste]]
記憶領域にアクセスしています…
異常な知覚があった場合直ちに終了してください…
本ファイルに異常な知覚は見られません…
これより覚醒します…
[[infixhng: ego]]
文化部棟の端の端にあるあまりにも綺麗な和風庭園が見える和室はいささか高校生にとって贅沢なものだった。和室は畳20個ほどの広さがあった。床の間には何やら大仰な字体で書かれた掛け軸があり、桔梗の花を中心に構成された「庭」が置いてある。これが頻繁に使われる手入れの行き届いた部室であることは──いくらか高級すぎるきらいを除けば納得のいくものだった。私はいつのまにか彼女と将棋をしている。将棋部と茶道部で交代交代に使っているそうだが、今日は部活動が行われない日であるらしいので私たちが使っててもいいということだ。
将棋はやったことがあるというだけでさほど詳しくはなかったが、彼女の強い押しに負けてこのような話になってしまった。どうしてこんな展開になったのか、まるで記憶処理をしたみたいに覚えがない。彼女の押しがとにかく強く逃げ出せないほどだったことは覚えている。彼女に関する描述を忘れていた、私の目の前にいる赤い振袖の女性はオフィーリア・イアハートという。金髪に綺麗なエメラルドグリーンの目をしているが、和装は日本人以上に似合っている。そもそも金髪に緑目は何人が有している特徴だったか、わからないでいる。
7七銀、 それに彼女が6四銀を打つ。
私はエレベーターで入った謎の地下空洞のことについて話していた。そのための手順、噂があったこと、そしてそこで何を見たのか。
2六角 、そして彼女は7五歩を打つ。
「本当にそれがあったというのなら驚きです。」
そういいながらお茶を飲む姿は高校生に見えない落ち着きようだった。大人びていてもしかしたら私と同じ境遇かもしれぬ。それはどんな考えなのか。
私が6七銀、そして彼女が7六歩、それに同銀右 と打つと7二飛と返してきた。
「しかし物騒なことになったものですわね。単なる怪談話の類であると思っていましたのに、いやはやまだ完全に信じていないのですが。ただ、思い当たることがあったのでね?」
1六歩。
「なかなかやりますね。将棋の経験はおありですか?」
「いいえあなたほどはありません。それで思い当たることとは何ですか?」
なかなかコツが掴めてきたという気がする。このゲームは純粋に相手がどう動くか予想するゲームだ。それができなければ、つまり相手のうつだろう手に対策が講じれなければ、駒が取られたりしてしまう。
私の5五銀に同桂で取り返ししたり顔をする。
「Hum…それは才能ですわ。」
私は6六銀、それに6一飛…と返す。
「才能?」
「これは1から説明する必要がありそうですね。まだ私の考えでしかないことに気を付けてください。その考えとは、花籠学園の才能への固執ですわ。だって考えてみてください。こんなに色々な分野の専門家が集まる学校なんて聞いたことがありませんわ。あなた方だってそう、日奉桜は式神遣いの才能に溢れてるって、そう思いますわ。あなたは…テレパシーとかいいましたか?テレパシー相手に将棋はいささか分が悪いように思えてきましたわ。」
「聞こえる時と聞こえない時があるんですよ。今はまったく聞こえてませんから安心してください。」
5一歩に7八銀と打つと7六歩と返してくる。
「それをこの花籠の中に集めたのには多分理由があると思いますの。」
「話が見えてこないですね。つまり?」
苦し紛れに6七銀────7七歩成。
「これは繰り返し言いますよ。私の仮説に過ぎないと。…花籠学園は才能を作り出そうとしているのでは?」
9八玉で逃げるしかなくて5三角となった。これでもうほぼ決着はついただろう。
投了。
「負けました。久しぶりにやると楽しかったです。」
「こちらこそ楽しくやらせてもらいました。あなたを将棋部に誘いたいくらいですが…」
「それより先ほどの話の続きをしてもらいたいです。あなたは何と言いましたか?」
彼女は嘘っぽく笑って見せてそれはそれは楽しそうに言った。振袖が揺れて袖の中が見える。何も仕込んでいないようだ。
「私の考えに過ぎませんよ、これは。あくまで戯言だと思ってくれればよろしいですかと。あなたがあまりにも真剣な目をして聞くものだからこちらは怯んでしまいましたわ。」
「それは申し訳ありません。これはジョークですね。ジョークとして話しますが、あなたはそのことにどうやって気づいたんだとおもいます?」
「それは何も言うまでもなくこの学園はそのために作られているからですわ。教育は普通に行うだけで才能のためになるんですもの。」
ここまで話した時、遠くからビルの隙間を風が通り抜けるような音がした。笛、だろうか、それに混じって笛の音も聞こえている。
今度は私はクリーンベンチが並んだ簡易無菌室の中にいた。目の前のちょうど真ん中のクリーンベンチには、何らかの微生物を試験管内からシャーレに移そうとしている白衣の男性がいた。男性は頻繁にガスバーナーの火に器具を当てる動作を繰り返している。これが滅菌であるということに気づいたのは眺め続けて3分経ったあとだ。時系列の前後関係がもう見えなくなっている。目の前の男性はどのような経緯で私をここに呼んだのか?それとも私は自分から進んでここにきたのか?
「すいません。私はなぜここにいるのでしょうか?」
「なんだ。話を聞きにきたのではなかったのか。アイツだ。忌々しきイアハート嬢のことだろう。それで、アイツは今度何の妄言を吐いたのか?」
「彼女はこの学校が才能を作り出そうとしていることを言ったんです。私たちもそれを調べようとしています…あなたならイアハートさんのことを知っていると思ったので、彼女のことについて知ろうかと。」
「アイツが私との関係について説明したのか?わざわざ。確かに腐れ縁ではあるがな…アイツのことを友人と思ったことはないよ。いつからか誰もついていけなくった。中等部以来の仲だがな、最初は少し話が通じたさ。でも話に虚言を織り交ぜるようになってからは、アイツが自分1人の力で何もかも操作できるって本当に思い込んでいることに気がついた。」
そういいながら彼はシャーレのふたを閉じ、クリーンベンチの紫外線ライトをオンにして片付けた。ちょっと乱暴に。
「確かに才能は集められていると言っても過言ではない。変人がやたら多いのも納得がいく、ただそれは目指すところゆえにそのようなものだと考えていたが…。ああ、だから君はこうして人に聞き回っているわけだな。その話を。ならば自己紹介をさせてもらおうか。苫馬陣だ。よろしく頼む。それなら君が聞くべき場所/人はもっといるぞ、とりあえず今は吹奏楽部のところに行ってみたらいいんじゃないか?ちょっと待っててくれ、あれをとってくる。」
そうして彼は部屋から退出するとすぐにタッパーを5個取ってきた。
「科学部特製地獄まんじゅうだ。いろいろ入れてある。それを持ってけば何でも話してくれることだろう。ちゃんと吹奏楽部の人数分あるから安心してくれ。」
「いろいろとは…?」
「いろいろだ。ちょうど100個に1つの割合でハズレを混ぜているがこれには入ってたか忘れたな。」
今度は私は50名は居るだろう吹奏楽団の目の前に私は立っていた。指揮者をやっているだろう赤いカーディガンを制服の上に羽織る人物が「来客だ!」と叫ぶと雑談の声が止み私の方に注目する。さすがにこの目の数は痛かった。
「吹奏楽部へようこそ。どうされましたか…?」
「ええ、これを持ってきたのですが。」
「まんじゅうだ。まんじゅうがやってきたぞ!」
すると部員らは異様なほどに盛り上がって、それぞれの楽器を用いて喜びを表し始めた。全員があらかた取り終わるとそれぞれの席に着席しまた雑談をしながらまんじゅうを食べ始めた。おそらくここの代表格であろう赤いカーディガンの女子が
「私も1つもらってもいい?」と尋ねたので私はまんじゅうを手渡した。
「そんなにまんじゅうが人気なんですね。私は初めてこの存在を知ったのですが。」
「科学部がたまに作る。料理部よりもうまいんだな。アタリとハズレがあるけど大抵は美味し……………………え…………あ、これまず………………い……クソ……。」
"ハズレ"のまんじゅうには食用菊とヨモギ、鶏肉が入ってるようだった。
「待って待ってこれ何、クソ、サルミアッキか。どこかで食ったことあるぞ朝鮮人参に似てるあのくそまずいああ、あれか。」
その他にもいろいろ入ってるらしい。これは酷い。私が手にしたまんじゅうは酒まんじゅうといった雰囲気のあんこがはいってないものだった。ほのかに桜の香りがするのはまさしく入ってるからだろうか。
「そうかあなたがきたのだから話さなければいけないな。苫馬から聞いているぞ。部活動の説明とかをしよう。その前にうがいへ行ってくる…………。」
相当きつい味なのか。心底ハズレなくて良かったと思う。リスキーな勝負だった。彼女はしばらくして帰ってくると説明を開始した。
「ほとんどの部活動にもあることかと思うが、私たちは今現在12月にある市の合奏コンクールのために練習している。今年はとりわけ優秀な一年生も入ったので二年生としてはうかうかできなくてな。例えばそこにいるトロンボーンはあの"高島兄弟"であるし、あそこにいるチューバは金管楽器療法で教師の頭痛を治した実績があるぞ。はて、しかし彼の言う才能についての話にはいまいち疑問だがな、これは一体何なんだ。何の説得力もないだろう!ちょっと高島兄弟に来てもらおう、おい、そうそう高島兄。兄だけでいいからな。」
「はい、なんでしょう指揮者殿。」
「こないだ学園長から呼び出されていたよな。何のことだったのかこの客人に説明してくれ。」
「はあ、口止めをされているのですが。」
「何か言われたら私が誤魔化すよ。別にたいしたことではないだろう。」
「たいしたことかどうかは計りかねますが、私と弟はつい先日学園長に呼び出されていました。いわく、演奏を見せて欲しいのだと。ええ、最初は謙遜いたしましたが、別にテストをやろうというわけでもない、何か試しているわけではない、というものだから簡単に少しだけ演奏してみたのです…。あと、特技があるのです。それを学園長の目の前でやって見せたということですが…たかが宴会芸にも満たないことなのであまり納得はいっていません。」
「特技ですか?」
私がそういうと彼はチューバをおもむろに用意して実演を始めると言って見せた。一学年の生徒が風船を机の上に置く。彼はチューバを風船の近くで鳴らして見せた。「ブオォー」という低い音が教室にこだまする。すると風船が何回も震えて破裂した。
「私は風船を低音で割ることができるんです。」
それを見せたということか?確かにすごいことではあるのだろうけど別に「才能」だとかそう言ったこととは縁遠いことと思えるが…?
すると未だにまんじゅうを食べ切れていなかった女子が割って入る。彼女はさっきまで大太鼓のところに座っていた。
「あ、あ、それ聞いたことのある噂!学園長は色々な部活動の生徒を部屋に誘ってるんだって、弓道部、体操部、野球部、地学研、料理部の人も同じことを言っていたよ。へー高島くん達も行ってたんだ。」
「そのような"噂"があったのですね…ありがとうございます。参考になりました。」
「まって、学園長に関する噂ならもっとあるんだ!なんとなんと学園長は集めた部活動の生徒と同じことができるようになってるんだよ!」
すると口々に他の生徒らも話し始める。
「そういえば学園長が遠くの鳥を弓で捕まえたという噂を聞いたことがあるな…。」
「私は屋上で飛び跳ねる学園長を見たことがある。」
「俺はスライディングで移動してる学園長見たことあるぜ。」
「私、私は校庭の隅で石灰岩を食べてる学園長を見たことがあります。」
「そういえば、料理部の謎シチューには学園長の肉が入ってるって噂なら聞いたことがあるぞ。」
「学園長に硫酸をぶっかけたけど効いてないって噂なら。」
警告 総閲覧時間が1時間を超えました。閲覧を続けますか?
閲覧を終了しています…
これより覚醒します…
[[/ego]]
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この記録の後Agt.野町は"カイケン"に所属していた白乃瀬 鯨くじら氏の家を訪問しています。その理由は、学園の探索行で確認されたいくつかの学園長に関する噂の検証を(主観描述記録#3を参照)彼女の「庭」のアクセス権限で行うことです。その結果、「庭」に記録されていた映像が採集されました。以下に示します。
映像記録#1
噂の内容: 「屋上で飛び跳ねる学園長」
日時: 2028/7/6
屋上は簡易の庭園になっており休眠中の「庭」である。毎日8:00と16:00に所定の管理者が来る以外は無人が保たれており、基本的に他の人間は入る権限を持たない。この日は晴れていたが2:23になると急速に天気が崩れ積乱雲が形成される。雨が降り出した3:32に屋上階段のトビラから学園長はバク転を繰り返し現れる。学園長は「庭」に入り、激しい運動から草花を荒らしながらバク転で進む。
屋上の末端にたどり着くと学園長は一旦バク転を停止し手を横に振り上げる。そこから100m先には別の校舎棟が存在するが高い柵に囲まれている。学園長は赤く発光し始める。
学園長は屈伸運動を1分ほど繰り返した後、高く跳躍する。屋上を囲っている柵を超えて向こう側の校舎に着地することに成功する。彼女の足が骨折したように見える。膝から崩れ落ちてしばらく動かなくなる。上半身の力だけで階段までたどり着きそこから降りていく。
映像記録#2
噂の内容: 「石灰岩を食べる学園長」
日時: 2028/3/19
直前まで卒業式が体育館で行われており、その「学園長の話」が終わった後の出来事であると推測されている。
学園長はそのままの格好で体育館の裏に現れる。倉庫のような場所から荷車とスコップを運び出してくる。そのまま校庭の松の木の根本を掘る。
学園長が赤く発光し始めると振動が発生しスコップで掘られた穴が拡大する。学園長はそこに顔を入れて石を拾い食べる。これが30分以上続けられるように見える。
映像記録#3
噂の内容: 「硫酸をかけられる学園長」
日時: 2029/5/8
学園長はB棟1階にある生物資源学習室で椅子に縛られている。カーテンが閉められていてあたりは暗く見通すことができない。この映像は室内の角に置いてあるサボテンから傍受されているため画質が良くない。 学園長は必死に抵抗しているように見える。拘束されてから3分程度経つと明かりがつく。そして多数の男子生徒に囲まれている。複数の男子生徒は学園長にビーカーを投擲していく。これはしばらく止むことがない。学園長はそれにより強く苦しむ。なぜこのような状況になったか現状では情報に欠けている。
多数のビーカーが衝突したにも関わらず学園長は確認できるダメージを有していない。いくつかの白い煙が体表面から発生していることが見てとれるが、それがどのようなことを示しているのかは不明である。学園長は赤く光り始める。彼女は縄での拘束を自ら解いて立ち上がる。
それから消失する。
映像記録#4
噂の内容: 「自分の肉を料理する学園長」
日時: 2027/11/19
調理室での出来事であると思われる。食品科の授業におけるクリームシチューの大量生産が行われていたが、その中に学園長が平然と紛れ込む。生徒や教員は学園長が目の前を通り過ぎてもその存在に気がつくことはなかった。学園長は人とぶつかったり、調理台ので寝そべったり、自分の切断した小指を鍋に投入したりしたが、これらの状況はまったく気にされていない。
30分が経過すると学園長は赤い光を放ち、全ての欠損した部位を再生させた上、異常な形態の部位を体に発現させた。背中に構成された大量の指と酷似した器官を用いて調理室内の壁を這い回り、換気口に体を捻り込んでその場から脱出した。
映像記録#5
噂の内容: 「"1人"で演奏する学園長」
日時: 2029/7/1
全ての生徒が学校からいなくなった19:00ほどの出来事であると思われる。Agt.野町の探索行(主観描述記録#2を参照)にある地下施設と連続した場所にあるように観察された。図にあるように学園長が入った施設はオペラホールと似ている。学園長はトロンボーンを携え壇上の上まで歩いた。その時学園長はこれまでより一際強く赤く発光したように見受けられる。
学園長がトロンボーンを大きく吹くと壇上、客席、指揮台の上に学園長と酷似した人型実体が出現する。彼らは外見上、学園長であるかそれ以外の老年の女性によく似ている。この実体群は演奏を始める。この演奏には概ね異常性は見られなかったが、唯一の懸念点として3番目の楽曲が華麗なる大演舞曲であり、その演奏が行われている間地面が揺れ続けたことが挙げられる。この点について財団神学部門は既知の神格降臨事件との類似性を指摘し、神格の召喚につながるリスクについて警告を行った。
映像記録での検証は、学園長の噂がいくつかの事実に基づいているものだということを示唆しました。これから推測される範囲内では、学園長は少なくともレベル3の再生能力を所持しており、奇跡論に基づいた魔術的能力を行使することができ、おそらくは現実改変者であるという仮説が成り立ちます。
補遺2042-JP.5: イベント - スクールカーニバル
2029/9/14から2029/9/15の2日間にSCP-2042-JPで文化祭に当たるイベントが開催されることが判明しました。この花籠祭と呼ばれるイベントの最中は生徒の親族に限って(生徒は"招待状"を規定の枚数まで発行できる)SCP-2042-JPへの侵入が許可されます。この間モノレールは無料で利用することができるほか、限定的に特別緑化地帯をガイドの元で巡ることもできます。このような機会が発生したことにより、財団は工作員をさらに送り込むことができました。
記録日: 2029/9/15
タイプ: 第1種主観記録
記録者: Agt.野町
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記憶領域にアクセスしています…
異常な知覚があった場合直ちに終了してください…
本ファイルに異常な知覚は見られません…
これより覚醒します…
私は滅多にくることのない客を待つために座っていた。ここ物理実験準備室はいつものカイケンの活動場所であるが、4階の端にありほんとにほんとの僻地にあるため誰もこない。今日来た客は会長の家族と若いカップルの合計3人しかいない。20部しか刷っていないというのにまだ2冊しか売れていないのだ。このままでは赤字分の補填をしなければならない…大した額ではないのだけど。説明がかなり省かれて混乱している方もいるかもしれない。私は今学園祭の真っ最中にいる。9月15日、つまり文化祭の2日目にあるわけだが、もう2日目になるのにも関わらず昨日の分も含めて合計5冊しか売れていない。まだ今日はあと5時間もあるが完売ならあと15冊も売らなければならない。赤字回避なら後5冊、そこからは利益になるというわけだ。まあ別に最悪売り上げなどどうでも良いのだ。今日は伊佐課長と──鏑木博士が来るということだから合流をしなければならない。数日前私は白乃瀬の宅で「庭」の記憶に不正アクセスした映像を見せてもらい確信した。学園長は悪魔であるかそれと入れ替わっている。それがいつから行われていたのかはわからない。最初から悪魔だったのかそもそも私が本当の学園長にあっていたのかすらわからないのだ。だから学園長のやっていることを明らかにする。そうこう考えているうち桜が誰かをつれてやってきた。
「おーい、悠交代の時間だよ。一冊でも売れたー?」
「いや、全然。人すら通らなかった。」
「そうだよね。確かに立地も悪いけど内容もなかなかどうして売れるのに難儀なものだと思うよ。」
そう。「日本全国怪奇スポット全集」先輩らが数年かけて蓄積した全国の膨大な怪奇スポットの本。これはつまり夏休みの度に合宿を行うのにちょうどいい口実ということだが…。この学園とカイケンの歴史は古い、もうすでにこの企画が始められてから25年は経っているのでそれだけのデータが集まっているということになる。北は北海道、南は沖縄までかなりの広さを網羅している。地元住民へのインタビューなども行っていて、財団の博士によれば民俗学としての資料価値は高いらしい?ただ、この内容に加えておどろおどろしい表紙に装丁されている本はなかなか取る気にはならないだろう。今年の夏休みに起きた出来事についてはこの場の関係性は薄いので省略させていただく。
「それじゃあ文化祭回ろうか?多分今の時間なら大食い大会やってると思うけど。」
「いや…大食いは当分いいかな。」
「じゃあお化け屋敷喫茶は?」
「何で混ぜたの…?」
「なんか2つの案の意見で対立したらしいよ。」
「そもそもあなたが次の店番ではないの?」
「それじゃあ一緒に文化祭を楽しめないじゃないか」
「だからこれを置いておく。」
そういうと¥500と書かれた紙を貼ったペットボトルを机に置いた。上に開いた穴はお金を入れるためのものなんだろう。これでいいのか?私はこれから財団の同輩と合流しなければならない。会長が横から現れてきた。
「なんだなんだサボりの談合か?」
会長としての立場なら彼女を引き止めてくれるかもしれないと淡い期待を持ちかける。しかし甘い期待はあまり持つべきものではないと悟った。
「それじゃ俺が見とくから行ってきたらどうだ?めぼしいところは全部回ったしさ。普段運動しないから文化祭を見て回るだけでも足が疲れた。」
「よかったね。」
彼女はここでふふふと笑う。私はこのままどうすべきか考えている。
花という花が廊下に飾られていて普段とは違った雰囲気が楽しめるという感じだった。この花はほとんど造花であるというが精巧に作られておりほとんど本物と見分けがつかない。中には本物もあるらしくそれは「庭」として機能しているというのも特徴だ。出店はいくつもあった。「喫茶店」「喫茶店」「喫茶店」あまりの喫茶店の多さに驚くが5個につき1個の割合でお化け屋敷か迷路が入り時折、アトラクションのようなものが見られる。バーコードを利用した的当てがあからさまな銃の音を出していた。桜はクレープの出店で巨大サイズイチゴチョコバナナクレープ(噛むほどの長さ)を買って懸命にそれを頬張っている。ここまではあまりに普通な文化祭の風景とも言えたものだった。
桜の所持金が概ね空になったころ。私がそろそろ合流しなければと思い始めた時。お化け屋敷の出店で「パン」と弾けるような音が鳴った後、まるで火事が起きてるみたいに煙が湧き出てきた。焦げ臭い臭いがしてることに気付いて「これは火事みたいなことが起きてるのではない、火事が起きているのだ」と気付いたときにはもうパチパチと音が鳴るように火が燃え上がっていた。生徒らの動揺が廊下中に響き渡る。だんだん野次馬が増えてきて「先生を呼んでこい」などという怒号が来る前に私はその中を覗くことにした。この時、私は桜のことを失念していた…。彼女は────そこの"ヒト"を思いっきり蹴り上げた。
日奉桜は制服の両袖から式神実体の顔を覗かせてまるでキスをするみたいに口を近づけた。何やら呪詛のようなものを吐いてるみたいに低い声でそれに命令をする。聞き取れない。というよりかは私が本当の心の中ではこれの理解を拒んでいるようだった。するとヘビがその"ヒト"のクビに巻きついて離さなくなった。勢いよく締め付ける。
冷静になって先程"ヒト"としか形容できなかったそれを見る。地下施設で見た実体とよく似ているが、見た目そのものはちゃんと"ヒト"だった。学生と老人と児童と奇人が混ざってなんかいなかった。それは50くらいの女性にしか見えない外見をしているが、口の周りが血に塗れていて顔面蒼白である。犬歯が人のものとは思えないほど発達していてまるでキバのようになっている。
その実体はクビを締められたことによってあたかも拘束されたかのように見えたが、活動を停止してその場に倒れ込むようなことはなく凶暴性を維持したままその生来の目的としたことを行う。まずヘビを剥ぎ取り、完全に拘束を解いてから桜に飛びかかる。しかしそれで大人しくする桜ではなかった。彼女はそのヒトをがっしりと掴みながら持ち上げて後ろに投げる。頭から行った。その実体の頭部が衝撃で湾曲すると存外脆いものだと毒づきながら、彼女は式神実体をさらに袖から出しそれを湾曲した頭部の口から侵入させた。
「おい、さっさと先生呼んでこいよ。」
「シャッターで出られない。」
「クソ。防火シャッターが閉まってるんだ。」
「移動系の能力持ってる人ー?」
「いたはずだよ。確か。」
「じゃあなんで応援がこないんだ?」
「さっきからやってるんだけど何故か効かないんだって。」
「風紀委員会がいないの?」
「ああ、もう連絡もつかない。」
生徒らは混乱の渦に巻き込まれている。さっきから課長達と連絡を取ろうとしているが繋がらない。「庭」のネットワークが全部封鎖されているようだ。私は肉弾戦を行なっている友人に逃げるよう提案した。そうこうしてるうちにお化け屋敷内の火災が拡大しはじめ煙が湧き上がっている。酷く咳き込むこの煙は単なる煙などではなく、緑色の不気味な色を呈していた。
「逃げるってどこに?」
私は桜を抱き抱える。彼女は「ヒャッ」と声を上げるがそれを無視する。窓を開けて高さ10mはあるだろう場所から飛び降りた。
着地をミスって足に激しい痛みが走る。骨がずれたみたいに痛みの情報が脳と末梢を行ったり来たりしてすぐに挫けそうになる。
「まって待って何をするの?アレ、放置したままなんだけど。」
「あんなものどうでもいい。こういうのは結局元をたたないとダメ。」
「元?あとこれ多分私の領分じゃないかもしれない。」
「いや、結構効いてたよ。あのままやってたら勝ててたかも。」
「じゃあなんで私を抱っこして窓から飛び降りたの?」
「それは……とにかく黙ってついてきて。」
目指すは集合場所だった謎の地下施設だ。
閲覧を終了しています…
これより覚醒します…
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財団はこの機会に伊佐課長と鏑木博士を潜入させることに決定しました。この時、SCP-2042-JP内で実行された儀式手順によって悪魔実体が出現していることが認知されました。後に判明した情報によると軽音楽部の野外ライブで発生した反復的な異音がきっかけとして、発火とともに緑色を呈する煙が発生し始め、まず最初に第一の悪魔実体が出現しました。これは現場の目撃者によれば学園長と良く似ている女性の悪魔実体でした。これは頭蓋に5cmほどの突起部を有しており、肌が本来の学園長のものよりも浅黒く変化していました。その後、SCP-2042-JP内の各所、主に文化祭の展示が行われている場所において悪魔実体が確認されるようになります。
伊佐課長と鏑木博士の2名は学園長に酷似した人型実体と地下の施設で遭遇しました。Agt.野町はそこに集合することができず、戦闘可能な職員がいなかったため即座の撤退が決定されました。
記録日: 2029/9/15
タイプ: 第1種主観記録
記録者: Agt.野町
心理学に基づく警告: 過剰なショック情報アリ。精神抵抗値60以下の閲覧は非推奨。深刻なショックが続く場合、その旨を記載した説明書を持ってセラピストに要相談。WPhOリスク認証。
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学園長が目の前にいる。それもたくさんの。電車がたくさんきてそれらが学園長を運んできた。どれも学園長だったが、それぞれ異なった学園長だった。白衣を着ている医者然とした学園長?駅員のような学園長?車椅子で移動する学園長?まだまだたくさんそのような類型がここには存在した。その人たちはあらゆる作業を群体で実現しそうであり、究極の個人的解決の方法を持っていた。あらゆる出来事は彼女たちが作っている。私は蠢いた学園長たちを見て、アリの巣を思い出した。各々が勝手に動いているように見えて、統率が取れている。多分これは適当な比喩には止まらないと思う。多分、彼女らは根本的に同じなんだ。その役割が違うだけで学園長はもともと1人だ。
ホームを支配した学園長たちの集団が私たちを飲み込んでいる。あたりには学園長しかいない。まるで都会に来たばかりの娘のように仲間たちと逸れてしまっている。日奉桜はどこにいるのか?確かに手を繋いでいたはずなのに。伊佐課長、鏑木博士は?あまりにも混沌とした人混みはとりわけカオスな状況を作る。伊佐課長よりも日奉桜の名前を呼んだ。どこにいるのか確かめようとした、いや助けを求めていた。私が迷子になったのではないという気持ちは確かにあったが、それを気にするのには少し遅かった。時を遅くしてある一際異なった学園長の個体が電車から降りる。私は主観描述で貼られた精巧な伏線に気付いてしまう。確かに彼女は「音楽家の学園長」であった。音楽家の学園長はチューバを持っていた。電車の中に有れば迷惑なほどの大きさを、剥き出しで持っていた。彼はあの時何を割った?風船なはずだ。風船が割れることを単なる宴会芸と言った。じゃあそれをなぜ学園長が見たいと思ったのだろう?
「パン」
学園長たちの頭が弾ける音がした。肉と骨が崩れ割れる音。風船なんかじゃないから当然あたりに骨の破片やら血液やらが飛び散る。これは何?酷くて陶酔した声がする。頭が割れた個体とそうでない個体がいたようだ。結局チューバを持った学園長は何を狙ったのか?その答えが今そこに立っていた。
A.日奉桜の頭部は弾け飛んでいた。
…は?
散々見てきたその顔が、今はそこになかった。肉片の区別は他の学園長とつくことがなく、ここに至っては完全に肉は肉しかない。嘘だ。
落ち着け。落ち着け、こんなこと経験していなかった。頭が弾け、骨が割れる。その姿はまるで桜の花びらが散ってるみたいだな、とも思う。その思考に気持ち悪くなった。そこまで自分が鬼畜だったのかはわからない。
身体の方はまだ痙攣していた。頭がなくてもしばらくはそうなんだ。
顔が無い人は人と見れなかった。そこまでするともう人間てはない。逆に言えば人は顔なんだろう。身体が適当でも顔が人で有れば人に見えるものなんだ。
これまでの経験記憶を総動員してこの状況から抜け出す方法を考えた。当然のことながら、私には友人の頭部がはじけた経験は存在しない。
子供の頃、コンビニにはファミリーマートしか存在しないのかと思っていた。初めて中学校の近くにローソンがあることを見ることで私の世界にローソンが増えた。その後、セブンイレブンが増えた。
これは酷いことだ。酷い?頭がない人間を見ることが?
ショックなことにショックだ。こんなに思い入れが強かったなんて。
人の死に目にはそれなりにあってきたつもりなのにこうも苦しんでいる。
誰かが私に話しかけている。しかし頭の方に届いてこない。吐く。
私はポイントカードにポイントを貯めるのが得意なタチではなかった。5個以上になってくるとめんどくさくなる。
倦怠感、感情の表現。
花….花、花…?
私の意識は曖昧な思考に落ちて花に溶けていった。
私は花畑に立っていて目の前にある東屋には悪魔が座っている。学園長などではなく彼の本物の正体がそれだった。悪魔は執事服を着ている男性の姿に見える。悪魔は私に席に座るよう促した。紅茶は泥の味がした。よくティータイムの机の上を見てみると日奉桜の頭部とピンク色の水が流れ出るホースが置いてあった。悪魔は云う。
「ホースは肉体のメタファーだと思っていただいてもよろしいですよ。肉体は今ここに存在しないのでね。」
「…………。」
「私があなたをここに連れてきたのではありません。またしても「庭」に侵入してきたのはあなたです。」
「…………。」
「それを今説明してもすぐに理解していただけないでしょう。私は契約を順守したわけです。まあ、それ以外のことも…やりましたが。」
「…………。」
「あの女は"才能"があればなんとでもなると思っていたようですね。古来からの文献でわかるように悪魔に関わった研究者で良い運命を辿ったものはいないというのに。」
「…………。」
「お、その話を知っているのですか。知性的な人間と話すのは楽しいですね。まあそれは例外でいいでしょう。まさしくその話に出てきたのが私ですが。」
「…………。」
「聡明なあなたなら私が何をしたいのかわかるでしょう。新しく契約を結んでください。この契約であなたが得るものは日奉桜の命です。」
「…………。」
「そうですね…あの女に倣って才能をもらい受けたいところです。秤が同じ重さを示すのには少し足りないようですが、まずとりあえずあなたの才能をもらいましょう。」
「…………。」
「それはあなたが決めて良いですよ。注文はつけますが。あなたは極めて才能に恵まれているようですからね。」
「なら……………………もう要らない██████████████████。」
「よろしい。後少し足りないですがまあそこら辺はおまけしておきましょう。」
「…………。」
「それでは契約成立です。」
「…………。」
「おや、誰か見ているようですね…私は観測されるのを好みません。」
「失せろクソが。」
私はサイト-81Q5の病室で目を覚ました。これは知っている。とりわけ上等な部屋だった。花瓶には小規模な「庭」が備えられていて百合の花が綺麗だと思った。花を好むのは私の性分だろうか。
頭痛。
そういえば昨日伊佐課長から説明を受けた。潜入終了後の始末をしなければいけない。また胸くそ悪い話だがここはもう少し踏ん張ばろう。体を引き起こした。
とりあえずここで描述を終了する。いかがだっただろうか?
連続した全ての主観描述記録を閲覧しました。お疲れ様です。精神に不調がある場合、専門医の治療を受けてください。
閲覧を終了しています…
これより覚醒します…
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補遺2042-JP.5: 結論
イベント - スクールカーニバルにおいて財団が派遣した人員は学園長と相対しました。そこで負傷したAgt.野町及び日奉桜を一度外に避難させました。伊佐課長は「庭」の機能で本当の学園長の居場所を発見し(偶然、Agt.野町と彼の精神変動値が±5pmに収まったことと財団植物エンジニアのバックアップがあったことにより検索が可能になった)、屋上で学園長を捕縛することに成功しました。しかしながら、学園長は歯に仕込んだ青酸カリにより自害しました。
その後の事後調査によりSCP-2042-JPで行われていたことが概ね判明しました。地下施設はケレン分類によるところの類感呪術の根本となる原理構造であり、地下鉄は悪魔実体と結びついていました。Agt.野町が遭遇した実体はGeorgクラス悪魔実体であると推測されました。この実体は典型的に肉体の強化や変造を付与することが可能であり、その代価に契約者死亡時の余剰魂エネルギーを受け取ります。
1. 悪魔プラントが「庭」を基にして熱エネルギーを生成する。この時、悪魔実体からの支援を次元内の関税の免除という形で受け、実質想定されるエネルギーのロスなしに地下施設に貯蓄する。
2. 契約を通して学園長に身体構造の変化や強化を付与する。類感呪術を通すことにより学園長と地下施設は繋がっている。
3. Georgクラス悪魔実体は主たる利益として「学園長の生命」を徴収する。
4. Agt.野町が「記憶の消去」及びその知性化現象エネルギーを代償に日奉桜の頭部を再生する。
学園長が死亡したことにより悪魔実体は消失し、これ以降地下施設の異常な性質は見られなくなりました。Agt.野町との契約を完了した悪魔実体は、それがこれ以降に異常な性質を示さないことを証明し、いわゆる「利息分」に相当する金1.3KgをAgt.野町に渡しました。
日奉桜の治療は「庭」に不明な領域からダウンロードされた不明データを用いて実行されました。かねてより研究されていた「庭」を用いた「MinD in a Device」のプロジェクト結果がこのデータが日奉桜の感覚知性伝達複合体であることを示唆しました。SCP-2042-JP全体の80%の「庭」がそのデータを処理するために稼働しており、未だ不活性な状態にある伝達複合体を覚醒させることができれば、理論上日奉桜の復元が可能です。
復元計画が実行され、成功しました。日奉桜の頭部が完全な状態で存在していたことと、殆どの感覚知性データが存在していたことが、完全な再生の成功に繋がりました。本件は特異な例であり、現行の技術では精神を「庭」にアップロードすることがそもそも不可能である事、その上で対象人物と適合可能な脳構造が保存されていなければ完全な再生は不可能である事に留意してください。詳細なレポートはサイト-81Q5の管理官に申請することで閲覧してください。
結果的に日奉桜は、2029/9/14、サイト-81Q5の特殊割り当てA3保養室で目を覚ましました。以下は状況整理のため行われたインタビュー記録です。
インタビュー記録2042-JP
インタビュアー: Agt.野町
対象: 日奉桜
インタビュアー: それではインタビューを始めます。現在あなたがいる状況について把握なされていますか?
対象: [声を出そうとするが口をうまく動かせない]すいません…。まだ、よくわからなくて。
インタビュアー: 記録のためにもここで簡単に説明したいかと思います。あなたは異常現象により一度脳を破壊されました。その後発見され、ここサイト-81Q5で治療を行い無事に回復したのです。まだ治療方法が確立されていない物なので救命可能性はそれほど高くなかったのですが、うまくいってよかったです。
対象: [頭を抱えながら]ああ、そうでした。しかし私に話せることは少ないようです。
インタビュアー: 事件の影響で記憶が曖昧なのでしょう。それで覚えていることはありますか…?
対象: 文化祭の最中に火が吹き上げてそこから人が出てきました。その時、先生を連れてこようとしたけどシャッターが閉まってて出れなかったんです。私は窓を割ってそこから飛び降り…。私はエレベーターを目指しました。エレベーターの下には地下鉄があって、そこから沢山の学園長が現れていたからです。
インタビュアー: なぜエレベーターから地下に行けることを知っていたのですか?
対象: 前に行ったことがあって、その時のことを鮮明に覚えていました。私はそこで誰かとはぐれてしまって…。確か藤峰会長が周りからいなくなってしまって。
インタビュアー: あなたの部活動のメンバーですね。
対象: はい。そこから記憶がありません。
インタビュアー: 眠っていた時、何か覚えていることはありませんか?
対象: 長いこと眠っていたような気もするのですが、誰かがそこから優しく起こしてくれたような感じもするんです。
インタビュアー: [沈黙]
インタビュアー: そうですか。軽い聞き取りなのでこれくらいでいいでしょう。お望みなら記憶処理を行いますが。
対象: いや、記憶処理はしなくてもいいです。
インタビュアー: わかりました。それではよくご養生してくださいね。
対象: はい。
終了報告: 彼女に問題は見受けられませんでした。
最高裁で日本政府、いかなる関連企業も花籠学園の経営権を持たないと認められた通り、その経営権は一時的に財団に移りました。これにつき、中立委員会が設立され、暫定的な1年間の試運期間において経営が差し支えないと認められれば、正式に花籠学園は財団の傘下に移行します。