特別収容プロトコル: SCP-2043-JPから半径5km以内のエリアは非居住地域に指定されます。SCP-2043-JPの情報はB種機密情報に指定され、これに関する財団から認可を受けていないメディアの報道は検閲されます。また、探索において使用したDクラス職員は死刑を執行されたものとみなします。
SCP-2043-JP内の居住区にはDクラス職員が常に3人以上滞在しています。これまでの探索の経験から、SCP-2043-JPは財団の派遣した職員を柔軟に受け入れることが判明しています。SCP-2043-JPの敷地内に1度立ち入った人物を回収する方法は判明していないため、その方法が確立されるかSCP-2043-JPが無力化されるまでDクラス職員の回収は延期されます。
説明: SCP-2043-JPはかつて異常性保持者社会復帰センター(サイト名: サイト-81A3)として利用されていた施設です。異常性保持者社会復帰センターは多様化する犯罪に対応するための刑事施設として建設されました。 2013/7/15に生じた特異的な現象により現在の異常性を獲得するにいたりました。終了室の消失、地下部の構造の変化などの建築物の形状的異常の他、後述するイベント-Gallowsを定期的に発生させます。
サイト-81A3は1998年以降、超常技術、奇跡術、現実改変などを利用した犯罪、所謂"超常犯罪"の増加を背景として設立されました。とりわけ、2001年に発生した地下鉄呪殺事件は宗教団体による呪術的な大人数の殺害が行われ、異常性の介入した事件への対策を求める世論の動きが活発化しました。超常犯罪の原因は非常に多岐にわたり、個々の異常性を鑑みた上での対策を講じる必要が生じていました。その一環として、超常犯罪を犯した人物の収容先として設けられたのがサイト-81A3です。サイト-81A3は犯罪を犯した異常性保持者に自由刑を行うための施設です。超常犯罪者の収容を法的に可能にするため、サイト-81A3は財団の施設とは異なった位置づけにあり、多くの刑務所と同様に法務省の矯正局が管轄していました。しかしながら、矯正局には元々財団職員も多く所属しており、実際は財団の管理も十分に行われてきました。
SCP-2043-JPは内部にいる人物に対して一定の規則を強要します。この規則に逸脱した人物は事前に近くのエリアの放送で「執行」が行われることが通告され、その後1〜3分の間に群発生頭痛を経験します。個々の事例によってはそのインターバルには差が見受けられますが、およそ5分後までには頭部が爆発することにより死亡します。
強要される規則はサイト-81A3の受刑者規則に関連が見られます。代表的なものでは以下のような要素を含みますが、各イベント-Gallowsのルール違反においては群発生頭痛の過程を得ない即座の頭部の爆発が実行されます。
- 飲食。水や茶、わずかな量の菓子類を除く。また、食堂はその現象の対象外である。
- 器物の破壊。壁への殴打などもそれに含まれる。損害の程度によっては、発現しないこともある。
- SCP-2043-JP-A、-Bおよび受刑者に対する暴力行為。程度により頭部爆破までのインターバルの時間は異なり、基本的には暴力的な傾向が強くなればなるほど短くなる。とりわけ、ナイフなど相手を即座に致死できるものを凶器に用いると、それが完全に実行される前に頭部が爆発する。
- SCP-2043-JP外への脱出。
- 指定時間外における、個別に割り当てられた自室からの外出。
- 性行為。ただし同性同士は除く。
サイト-81A3の中央講堂には異次元ポータルが出現しています。これは講堂の壇上にある脇に位置する形で存在しており、そこから2種の人型実体(SCP-2043-JP-A/B)が発生します。このポータルは一方通行であり、こちらからは、便宜上存在が想定される異次元の探索は不可能です。探索を試みた人員は単純に壇上の脇に備えられた小部屋に到達しました。この小部屋は元々存在していたものであり、いかなる異常性も有していませんでした。
このポータルは2タイプの人型実体を生じさせます。人型実体はそれぞれSCP-2043-JP-A、SCP-2043-JP-Bと分類されています。SCP-2043-JP-Aは灰色の作業着を着用した人型実体です。SCP-2043-JP-Aは複数存在し、男性型と女性型があります。SCP-2043-JP-Aは一貫した身体的特徴を持ち、性別以外で見られる唯一の個体の判別基準は胸に着けられたネームプレートのみです。ネームプレートには「堕中」「差頭」「不死岡」など名字らしき文字列が記載されていることが確認できます。確認された文字列は全て、一般的に名字として存在しないものです。SCP-2043-JP-Aは暴力的加害に対しては、ほとんど反応を見せません。コミュニケーションはいくつかの成功した事例が存在していますが、基本的には受刑者や財団の派遣した人員に対して興味関心を持っているようには見えません。SCP-2043-JP-Aの主な役割はイベント-Gallows中に生じた受刑者らの死体や破壊された器物などの掃除であると推測されています。
SCP-2043-JP-Bは「煉獄」と呼称する仏僧の姿をした男性人型実体です。その姿や言動からは教誨師を模した存在であると考えられています。SCP-2043-JP-Bはイベント-Gallowsの各種ルールの説明を行います。イベント-Gallowsの発生に伴って放送される音声は彼の声と同一です。しかしながら、SCP-2043-JP-Bはイベント-Gallowsの内容を本質的には十分に説明を行っていません。財団の研究者は、意図的に隠された重要なルールの存在や「執行」の対象になる人物がやや作為的であると指摘しています。
SCP-2043-JPでは定期的にイベント-Gallowsと呼称されるイベントが発生します。イベント-Gallowsが開始されると、多くの場合前述のポータルからSCP-2043-JP-AやSCP-2043-JP-Bの出現を伴い、また、その会場となるSCP-2043-JP内のいずれかの場所が活性化します。イベント-Gallowsの形態は多岐にわたりますが、与えられたルールに従いながら特定の課題を満たすことで進行します。イベント-Gallowsの失敗およびルール違反は、参加者の一部が前述の頭部の爆破によって死亡することにつながります。各イベントの詳細は補遺の探索記録を参照してください。
補遺2043-JP.1: 経緯
サイト-81A3は2001年に引き起こされた地下鉄呪殺事件を契機として成立しました。1998年以降、超常技術の社会的な広まりが進むにつれ、それらの異常性が関与した犯罪も増加していきました。特に2001年にアメリカ合衆国で発生した超常テロ事件である、9.11事件を契機とし超常テロリズムの危険性が世界的に認知されるようになりました。日本国内においても同様に、超常犯罪への社会的危機感が高まっていました。当時、国内で発生した超常犯罪事件の件数は小規模なものも含めて急激に増加しており、財団や警察機関に対し、取り締まりの強化が求められるようになりました。そうした世論が形成される中で発生したのが、東京都地下鉄呪殺事件です。事件の概略については以下を参照してください。
異常事件報告
場所: 東京地下鉄株式会社の一部路線
状態: 終了(関係者の法的な処理済み)
日付: 2005年2月20日
脅威レベル判定: イエロー ●
犯人: (天道の会)大前田旭、馬込亜弓、高木裕也、原田知世、白乃瀬飛沫、煤吹内治
事件概要: 国内の宗教系要注意団体である天道の会(GoI-2559)が東京地下鉄株式会社の地下鉄車両内において、指定封印呪術を用いて引き起こした呪術テロリズム。乗客および乗務員、係員、さらには派遣された財団の機動部隊からも多数の被害者が発生し、最終的には6800人にもおよぶ人数が影響下におかれることになった。事態の収拾に財団の機動部隊癸-3("キセル乗車")が出動したが、完全に地下鉄の安全性が保証されるまでにさらなる時間を要した。
電車内は疑似呪縛症候群に似た症状を示した乗客によって、呪術の影響を免れた他の民間人が襲われる事態が引き起こされた。これらの乗客は、天道の会の制御下には既になく、彼らが制御可能なキャパシティを超過していた。
天道の会は地下鉄の性質を利用してタイムラインの「乗り換え」を試みていたと考えられる。これは財団の研究者からは、地下鉄道という施設の拡大解釈による類感受術の1種であると指摘されている。天道の会のパンフレットによれば、現在のタイムラインは壊された駅に行き着く列車であり、それとは違う運命に乗り換えるためにこの事件を引き起こしたとされている。この「乗り換え」はインタビューにより"不完全に成功"したと証言されているが、財団の大多数の研究者は儀式的に見ても杜撰な箇所が多いとの見解を示しており、実際のところこれがどのように成功したのかは未だ判明していない。
この事件は大小様々なメディアにより取り上げられ、日本に深刻な社会不安をもたらしました。超常技術に対する不安は夏鳥思想勢力の出現を招き、大小様々な異常事件の発生につながることとなりました。この事件は財団の一早い介入により終結しましたが、既存の刑事施設においては収容が困難な犯罪者の処遇についての問題を解決しなければいけませんでした。この事件の首謀者である団体の構成員は、暫時的な措置としてそれぞれ別のサイトに移送されることとなりました。
サイト-81A3は元々人型実体の収容に用いられていた財団のサイトでした。このサイトの名称を「異常性保持者社会復帰センター」に変更し、管轄を日本政府の法務省に移譲することにより、部分的には自由刑を行使する刑事施設として認められました。依然として、財団の高度な収容設備はそのまま維持されていたため、既存の刑事施設では問題のある受刑者を受け入れが可能でした。これらの受刑者は主にタイプ・ブルーなどの異常性保持者が大半で構成されていました。
2013/7/15、サイト-81A3の管理収容房区画で異次元ポータルが構成されました。ポータル形成の主犯格だった受刑者は天道の会の大前田旭、有村組構成員の猪野左海、品川呪詛師事件の犯人である美原久美であり、この3名を含む合計8名の受刑者が、このポータルを利用して現場の管理体制を撹乱し、逃走を試みました。しかし、財団による対策とは別に、自然に生じた異常現象によりそれらの逃走は失敗しました。
美原久美が構成したポータルは本来、異次元との接続を意図しないものでした。これは純粋に逃走者を全員サイト-81A3の外部へ安全に送るためのポータルであり、ごく小規模な1m2ほどの「小部屋」を経由して外に繋げたものでした。しかしながら、不明な理由により現在SCP-2043-JP内に存在するポータルに偶然接続され、結果として侵入不可能なポータルが形成されることとなりました。また、ポータル内の異次元に由来するとみられる人型実体(後にSCP-2043-JP-Aおよび-Bと指定)を多数生じさせました。これらのことは、以下の補遺に見られるようなイベント-Gallowsの連鎖的な多発につながりました。財団はこれを受けて、サイト-81A3が異常な事態に陥ったと判断しました。
補遺2043-JP.2: 探索1日目
事態が引き起こされてから財団はただちに調査隊の派遣を決定しました。事前に得られた情報からは、サイト-81A3の受刑者の脱走事件がある程度関わっていることが判明していましたが、この探索の当初においては、それ以外の情報は殆ど不明であったことに留意してください。以下はDクラスを用いた探索記録です。
日付: 2013/7/15
探索人員: D-1923、D-1924 、D-1925
事前の外部観測から得られた最低限の情報から、SCP-2043-JPの敷地内に安全にアクセスするにはその北部にある正面入り口を利用することがもっとも確度の高い方法であると見なされたため、探索人員らはSCP-2043-JPの正面入り口にまずもって派遣されました。この正面入り口以外にも、アクセス方法の候補は以下のように挙げられていました。
- 南東部にある居住区につながる入り口。車両用の通路が舗装されており、このまま敷地内の運動場と刑務作業のための建物にアクセス可能である。
- ヘリコプターでSCP-2043-JPの運動場から降下を行う。この頃から実体群についての考察がされており、露見のリスクが高いと考えられたため却下された。
- SCP-2043-JPの西部にある外壁から侵入する。SCP-2043-JPの外壁は使用可能な機材で十分に破壊可能であり、一時はこの方法が検討されていた。
「門」には電子的なロックがかけられており、自動ドアによって阻まれていましたが、財団の通常の機材によって十分に解錠が可能なものでした。解錠は5分ほどで完了し、探索人員らはSCP-2043-JP内部に侵入することに成功しました。
音声探索記録-1
探索人員: D-1923、D-1924 、D-1925
監督者: 樹洞博士
[探索人員に割り振られた3名のDクラス職員は明かりがついていない暗いサイト-81A3の廊下を進んでいる。3名は居住区内の待合室-2A内に到着するが、D-1923が何かを視認したようにして足を止める]
D-1923: 本当に行かなきゃだめですか?なんといいますか、前いたときはこんな雰囲気ではなかったと思うんですよ。
樹洞博士: あなた方の来歴については知っています。私たちはあなた方であればここの地形にも慣れていると判断しました。
D-1925: 慣れてるわけないじゃないですか。私たちの行動範囲は制限されていて、自分の房の外に出るだけで目隠しされたりするんですよ。何せこの道を今やってるみたいに自由に歩いたことなんてありませんよ。なんなら、Dクラスじゃない時の方が自由が制限されていましたよ。
[沈黙]
D-1924: 映像には見えてないんですか?あれがあるから先に進みたくないんです。見えません?あの奥のほうにある死体です。
樹洞博士: あれですか──いや、カメラの解像度が悪くてわかりません。電気もついていないので非常に暗いのです。
D-1923: 私たちにははっきりと見えます。あれには近づきたくありません。不気味です。
樹洞博士: であればこそ近づいてください。あなた方の仕事はそれなので。
[3名は出来る限りその場所に近づく]
D-1923: いや、これは…。
樹洞博士: 疑似呪縛症候群…?違いますね。頭部のない男性の死体。この服装はサイト-81A3の受刑者のものですか。わかりました。とりあえずこの死体のネームプレートを探索用パックに入れて先に進んでください。
D-1924: これは頭部が爆発した死体ですよ。何か異常現象で。
樹洞博士: 見覚えがありますか?D-1924。それを確認するのがあなた方の仕事です。
D-1924: いいえ、ありません。まったくもってこんな壊れ方を見たことがない、という意味で言ったんです。
[さらに沈黙]
樹洞博士: エレベーターに乗り込めるか確認してください。
D-1924: 一応電源はついています。しかし壊れかけなようですが。
樹洞博士: 居住区の階数は12階まであります。8階に行ってください。
D-1925: エレベーターのボタンが壊れています。何度も押してますが、反応していません。
樹洞博士: 本当ですか?
D-1923: 嘘つきませんよ。8階になにがあるかすら知らないんですから。
樹洞博士: では仕方がないですね。ここには階段がなかったはずなので、このまま食堂に向かえますか?
D-1925: わかりました。
[しばらく無言で歩き続ける]
D-1925: ここが食堂ですか?
樹洞博士: そのようですね。
D-1924: まださめてない食品が置いてあります。カレーライスですね。
D-1923: ああ、あのあんま美味しくないカレーライス。
D-1924: 美味しかったですよ。
樹洞博士: 美味しかったかどうかはわかりませんが、まださめてないというのは本当ですね?
D-1923: はい。
樹洞博士: 他に受刑者はいますか?あたりを見回してください。
D-1923: いえ、誰もこの部屋にはいません。
樹洞博士: なるほど。念のためカレーライスのルーを探索用パックに入れてください。
D-1924: さっきから一体何に使うんです?
樹洞博士: カレーライスは中に薬物などが入ってないか調べるためですね。それでは先に…。
D-1923: 博士。さっき通った道って部屋が何個あるんでしたっけ。
樹洞博士: それがどうしたんですか?
D-1923: 部屋が一個足りないです。さっきの1階のまったく人のいない居住区ですよ。
樹洞博士: 確認してください。
[しばらくの無言]
D-1923: ここです。ここに101号室があるはずじゃないですか?
樹洞博士: ない。確かにここには101号室があったはずだ。ちょっとすいません。今から確認してきます。
[樹洞博士が研究メンバーと短い議論を交わした。この間Dクラスは終始無言である]
樹洞博士: 確かにそこには101号室があったはずです。しかし壁が続いています。
D-1923: 叫び声が聞こえるんです。101号室から。あなたたちには聞こえませんか?こう男女が拷問されてるような苦痛に満ち溢れた哀願の声が。
樹洞博士: いや、そのような声はこちらで確認できていませんね。
D-1924: 私も、私も聞こえます。私が聞いたのは2+2がなんかとかそういった男の声でしたが。
D-1923: 私が聞いたのはもっと別の何かでした。あれは拷問なんかではありませんでした。
樹洞博士: この件について把握しました。現状何も分からないので先に進んでください。
[足音が聞こえて来る]
樹洞博士: D-1923、スピーカーモードにしてください。
D-1923: はい。
樹洞博士: [スピーカーで]彼らは財団から派遣された職員です。生存者の方ですか?
[奥から4人のSCP-2043-JP-A集団が現れる。その実体らはモップやバケツといった清掃用具を所持していた。実体の顔はマスクによって隠れている]
SCP-2043-JP-A: 掃除人です。
樹洞博士: すいません。私の言い方が悪かったかもしれませんね。あなたはサイト-81A3の受刑者ですか?
SCP-2043-JP-A: いえ、私たちはそこの死体を掃除しにきたこの「監獄」の職員ですよ。私たちに言わせればあなたが何の職員なのかわかりません。生存者にお会いになられたいのであれば、中央講堂の方へ行った方がよろしいですよ。今、煉獄様が受刑者にお話になられるとのことですから。あなたも何か罪があるというならば是非とも聞いて欲しいです。私は失礼します。煉獄様の話を聞こうとしなかったあの人間を掃除しなければいけないのですから。
樹洞博士: 最後に1ついいですか。何故頭部なんですか?
SCP-2043-JP-A: それが人間の個性だからです。頭部にはまるっきりの個性が宿っています。それを剥奪するのです。それでは失礼します。
探索人員らは中央講堂で騒ぎが起こっていることを認識しました。そこにはサイト-81A3の受刑者が100名ほど集まっており、壇上には僧衣を着用した人型実体が出現していました。壇上の人型実体は受刑者らに演説を行っているようでした。以下はその音声記録です。
どうもこんにちは。私は「煉獄」という名前を名乗っております。短い間になりますがどうかお見知り置きください。
私がやってきたのはあなた方罪人が罪人のまま死なぬようにするためです。あなた方は何かの罪を犯し、その結果としてここにいます。その罪は何にせよ誠に慚愧に耐えない思いです….。
私はあなた方を救済します。どうしようもなく生きて最悪な人生を過ごしたあなた方を救済します。なぜならば、それが私に与えられた使命だからです。それではどのような方法で救済を行うのでしょうか?それはある種の中間的な哲学を挟んで行われます。限界状況をあなた方の世界に生み出します。あなた方は超越者の提示する暗号を解読するのです。そのためにはあなた方には壁を超えて貰わなければなりません。もちろんこれは簡単なことではありません。人死には確実に出るでしょう。死によって限界状況は生み出されます。例えあなた方が死んだとしてもその過程で真理に至ることができればこれ幸いです。
これはあなた方にとって果たして本当に理不尽な出来事であるとは言えるでしょうか?私はそうは思いません。もちろんこれは福音であるとともに、救済でもありますから当然なことに理不尽な出来事ではないのですが、あなた方に起きる出来事が仮に不幸なことだとして、それは本当に理不尽なことと言えるでしょうか?あなた方は被害者から見れば理不尽に人を殺し犯しそして奪いました。それと比べれば私がこれからやることの正義というのは理解できるでしょう。
繰り返しになりますが、これは理不尽なのではなく福音であり、救済です。もし、これであなたが死ぬようなことになってもそれはあなた自身の報いであるということについても理解してください。それは因果応報ということもできますが、そうではなく被害者の無念を果たす私の責務です。
ここまで色々述べてきましたが、私が言いたいことの大意は以下のようなありふれた文言で伝わるかと思います。
「今から、あなた方には殺し合いをしてもらいます。」
演説が確認された後、探索人員のD-1924がその内容に対して反感を示しました。D-1924は壇上の人型実体に罵詈雑言を浴びせた後、飛びかかってつかもうとしました。人型実体はこれに反応し、小さな声で何かの呪文を唱えるとD-1924の頭部が爆発しました。この頭部の爆発は居住区の待合室で見られた死体との関連性が指摘されています。
残りの探索人員らは即座に撤退を行いました。司令部はこれ以上の介入は実体の敵対的な感情を招くことが高いと考え、この時点で既に撤退を決定していました。
補遺2043-JP.3: 探索2日目
さらなるSCP-2043-JPの理解と救助のために次のDクラス職員を派遣することが決められました。また、今回の探索ではサイト-81A3の人員の救助も視野に入れて行われましたが、それらの人員は見つかりませんでした。この探索においては、SCP-2043-JPで反復するイベントについての詳細が判明しました。
記録ファイル
被害者
事件当時に居たサイト-81A3の人員から推定。
A級収容困難者 53名
B級収容困難者 103名
C級収容困難者 201名
管理職員(看守) 235名
研究員 224名
調査により判明した内容からは、受刑者は居住区での生活を強制されていた。コンクリートで埋められていた101号室を除けば、居住区の部屋の数は131部屋である。各部屋の定員は6名であるため、現在サイト-81A3の居住区に収容を行えば明らかに過剰収容である。受刑者およびサイト-81A3の職員は5:00〜21:00までの厳密に定められたスケージュールの元で生活している。これに違反することによる罰則も存在し、故意にスケージュールから逸脱した事例ではトラウマ的経験を伴う幻覚を認識している。
2013/7/16に行われた2回目の探索ではイベント-Gallowsの詳細な内容が確認されました。以下はその概略です。
日付: 2013/7/16
探索人員: D-1926、D-1927、D-2031
探索はAM7:00の早朝から実施されました。侵入方法は探索記録#1と同じです。Dクラス職員の探索により得られた情報を以下のようにまとめます。
場所 |
特筆すべき点 |
第一食堂 |
食事は放置されていなかった。第一食堂から直接つながる運動場には巨大な物見櫓らしき木造物体が確認された。しかし、第一食堂から直接行くトビラには鍵がかけられていたため移動による物見櫓の調査は保留された。 |
居住区 101号室 |
存在しないことについては変化がないが、壁面に若干のヒビが認められた。これは以前の探索では見受けられなかったものであり、1日の間に新しく生じたものである可能性が高い。D-1927は101号室からの叫び声を認識したと主張した。これらを録音するための試みが行われたが、現在の録音技術ではこれらの"叫び声"が実際に存在したと確認できなかった。 |
屋上 運動場 |
受刑者の脱出防止柵の一部が破壊されていた。 |
談話室 |
イベント-Gallowsで用いられた。詳しくはその記録を参照。 |
既存のサイト-81A3との構造的な差異を調べるために探索人員らは正確な地図を作成するよう指示されていました。以下に示すのは音声記録です。
音声探索記録-2
探索人員: D-1926、D-1927、D-2031
監督者: 樋上研究助手
D-2031: 階段を確認しました。これはおそらく職員用です。
樋上研究助手: それでは登ってください。8階まで行ってもらいます。
D-1926: いや、天道の皆は一体どうなって…。[中断]
樋上研究助手: どうしましたか?
D-1927: いや、何でもないです。彼の独り言です。
D-2031: よく見ると窓の外にカラスが集まってます。何か問題があるわけではないのですが、細かいところまで報告せよということなので。
樋上研究助手: 了解です。窓の外にカラス。
D-1926: ここは居住区なのですか?
樋上研究助手: ええそうです。あなたは知ってるはずですが。
D-1926: 階段は使ったことがなかったのでわからないです。
D-1926: 8階です。生存者を確認するんですよね?
樋上研究助手: はい。いやしかしおそらくはいるとは思うのですが。
[3名の人員は居住区8階のエリアに踏み込む。 想定通りこの階に存在する収容房には受刑者が確認された。D-1926は収容房の鍵を丁寧に確認する]
D-1926: 鍵がかかってます。
樋上研究助手: 事前に提供した801号室の鍵を試してみてください。
D-1926: だめです。全然開きません。
樋上研究助手: わかりました。ではD-1927、スピーカーモードにしてください。
D-1927: 了解です。
樋上研究助手: [スピーカーで]皆さん。彼らは財団から派遣された人員です。ご安心ください。現在のところ、状況を確認している段階にあります。ご存知かもしれませんが、救助は非常に困難です。未知の異常性により外部へ出ることができないということが既に判明しています。したがって、あなたたちにはこのゲームを生き延びてもらうしかありません。
[この勧告が樋上研究助手によりされると809号室の受刑者がD-1926に呼びかけを行った]
D-1926: あなたは…誰ですか?
朱円: しゅまとかりぜんだ。ちょっと珍しい名前だ。書き方は朱色の「朱」と日本円の「円」でしゅまとかりと読む。ぜんは善人の「善」。まあ善人じゃあなかったからここにいるんだがな。あんたら財団から派遣されてきたんだよな。ちょっとこっちのこと見てくれないか。
[809号室のベッドにはもう1人男性が寝そべっている。この男性は腹部からひどく出血をしており、非常に苦しんだ表情をしている]
朱円: あいつが俺の相棒だ。昨日のゲームでここまでやられてしまった。あったんだよ。あんな。くそが。俺は呼ばれなかったから見てないけど、こいつ終わったらボロボロになって帰ってきてさ。なんていったか「覆面ポーカー」だったか。人から聞いた話じゃ銃を持った覆面と戦うゲームだってよ。まあそんなはいいんだ。とにかく助けてくれよ。なあ。アイツが死んじまう。
D-1926: 私たちは…。
樋上研究助手: 私たちには助けられないものです。生存者の数を確認する作業に入りましょう。これから死にそうな人は別途記述してください。
D-1926: あなたのような人はいつもそこに閉じ込められてるんですか?
朱円: え?ああそうだよ。時間割があるんだ。それに違反すると頭部が爆発して死ぬ。何いってるかわかんねえと思うけど実際そうなんだ。爆発の瞬間は見たことないが煉獄の話を聞かなかった奴らの頭部のない死体は見た。それに灰色の服着た「職員」がその死体を掃除するところもな。じゃあ今度はこっちが逆に質問するがあんたらは何しにきたんだ?助けに来たわけじゃないんだろ?
D-1926: さっきスピーカーマイクで言っていたでしょう。単なる確認作業、いや、研究と言ったほうがよろしいですかね。それが財団の仕事ですから。
朱円: 俺たちを見捨てて研究するのが仕事なのかよ。なあお前は医療用キットとかもらってないのか?
D-1926: いえ、私もまたあなたと同じなので。運が良ければ生き残るかもしれませんが、私になんちゃらキットを持たせるわけがないですよ。あなたはさっき時間割があると言いましたが、それ以外に頭部が爆発する要件はあるのでしょうか?
朱円: そりゃ時間割がどうのこうのってのは元々はサイト-81A3の規則なんだよ。時間に従って行動するってのはかなり上の方に書かれた規則だよ。それ以外にも暴力を振るったり備品を壊したりもそうだ。あと噂だとセックスも禁止らしい。それも驚きだが、さっそくしっぽりやってる奴がいるのも驚きだよな。
D-1926: そうですか。じゃあ教えてくれたお礼にこちらを…。
[檻の隙間から小袋を手渡す]
朱円: なんだよ!これは薬か?持ってるじゃないか。なんだなんだ。ありがとうな。
D-1926: いや、それは自決用です。財団が私たちに渡した唯一の人道的なものですよ。相棒がこれ以上苦しみたくない時に使ってください。
探索の開始から2時間が経過した9時ごろに、音声放送が開始されました。これは以下のような内容でした。
通達です。これより「ゲーム」を開始します。選ばれた受刑者は中央講堂に集合してください。これに従わない場合は即座に死刑が執行されます。今から選ばれた受刑者の名前を列挙します。2回繰り返しますが、それ以上の放送を行わないので留意してください。[50名の受刑者の名前が挙げられた。これにはD-1926、D-1927、D-2031の本名が含まれた]
この短い放送の後、これまで施錠されていた(解錠を試みたがいかなる手段によっても開くことがなかった)収容房のトビラが自動的に開きました。受刑者の会話は、この探索までの間に2度別の「ゲーム」が行われたことを示唆していました。
中央講堂では前回の記録通りの姿であったSCP-2043-JP-Bが存在しました。以下は受刑者に紹介された「ゲーム」の内容です。隠されたルールもあることに留意してください。
#001
名称: 狂人さがし
場所: 談話室
難易度: ☆☆
ルール: (放送より引用)このゲームは4人1組で行われます。主な目的は「狂人」をチームの中から見つけることです。「狂人」はメンバーの中で1番人を殺した人です。話し合いの時間は30分間、その後投票フェーズに移行します。投票で1番票が多かった人が「狂人」ならゲームクリア。「狂人」は死刑されて世界に平和が戻ります。「狂人」でないなら、ゲームオーバー。「狂人」だけが生き残ります。なお、「狂人」は話し合って決めること。暴力、洗脳、その他の手段はルール違反とします。それではみんなで協力して世界に平和を取り戻しましょう。
#001記録
参加者:
D-1926
島氏永裕樹
黒坂沙慈
総角ひかり
黒坂: こんにちは。黒坂沙慈というものだ。ここに来る前は有村組に所属していた。とにかく「ルール」に従って答えを出さなければ、俺たちには死があるのみ。まずは最初に口を開けた俺が司会進行を務めさせていただこうか。ヤクザものといってもこういうことには慣れてるんだ。インテリヤクザだったからな。異議はないか?
総角: 私はまとめ役になる気はないよ。
島氏永: あんたが「狂人」じゃないって保証は?
黒坂: 無い。だがそれは勝負の趨勢にはなんの関係もないことだ。もし俺が「狂人」なら俺とその他3人の戦いになるだけだ。これは誰が司会をやろうが変わらない。そもそもお互いに何もわかってないんだから、そして俺自身も「狂人」なのかわかってないんだから、そんなことを考えるのは無駄だろう。それより貴重な時間を割いて揉める方がもったいない。わかったか?
島氏永: わかったよ。
黒坂: それじゃあ俺から順番に自己紹介をしてくれ。自分の名前と職業を。もちろん職業を伏せたい理由があるならそれでもいいが、伏せたという事実は残るぞ。
島氏永: 島氏永裕樹だ。ここに来る前は銀行員やってた。
総角: 総角ひかり。役者兼哲学者。自分で哲学者なんて言う奴のことは信じなくていいよ。私もあんまり信じてないから。
D-1926: 白乃瀬飛沫です。見ての通り財団のDクラスです。目が濁っているでしょう?目が見えていません。これについては長くなるのですが、簡単に言えば私が会の中で活躍したという証拠です。
総角: 何それ。きな臭い。
島氏永: Dクラスって死刑囚相当?日本の法律だと大体3人から死刑だって聞くぜ。
黒坂: それは条件によりけりだな。再犯なら1人でも死刑になりうる。
島氏永: でもこいつが「狂人」だって可能性は高いと思うぜ。わかんねえんだから一か八かこいつに投票するってのも…。
D-1926: 「財団」のことです。一部では自殺者を募っているとも聞きます。もしかしたら私はクローンかもしれませんよ?[短い笑い]
島氏永: やっぱり誤魔化そうとしてるじゃないか。俺はこいつに投票する。もう決めた。
黒坂: その可能性はあるがまだ決められない。それは浅慮というものだろう。慎重に考えねばならない。
総角: それにしたってこのゲーム、趣味の悪さ極まれりね。何が狂人よ。人の殺した数で狂人が決まるなら人を殺さない狂人なんていなくなるじゃない。
島氏永: 煉獄のやつが言ってた限界状況というのも気になるな。やたらと示唆的ではあるが、今考えることでもないだろう。
総角: そう、それが気になってたの。煉獄の奴の見た目はまるっきりお坊さんでしょ。で名前が「煉獄」ときた。煉獄っていうのは一般的に膾炙した宗教用語ではもっともコノテーションが勘違いされてると言ってもいいわね。煉獄は地獄よりも辛い場所として捉えられていることも多いけれど、実は罪を浄化して天国へ行く過程を指しているのよ。ダンテの「神曲」では地獄の反対側にある山ってなってるわね。とにかく、あいつは外見が仏教で言ってることは西洋哲学で名前はキリスト教なのよ。めちゃくちゃじゃない。超越者っていうのは実存主義の単語なのよ。あれは何?
黒坂: あー、君は哲学者なのかもしれないがもっと切実な状況に置かれていることを理解してくれ。煉獄のいうところの「限界状況」なんだ。
総角: 限界状況も哲学用語よ。ヤスパース。知ってる?
黒坂: そうか、知らんな。ともあれ俺たちは誰が「狂人」なのか決めなければいけない。この「1番人を殺した人」というのがかなりやっかいな条件だ。この類のゲームは自分が狂人であることがわかっていることが前提にあるように思えるのだが、これはそれに従わない。だから提案が有るんだが、まず最初に1人以上殺した人を共有しないか?
島氏永: 誰かは嘘つくかもしれないぜ。それはどうやって証明すんだ?
黒坂: では「手を上げなかったものは自分の罪歴について話す」このルールで行こう。自分の生い立ちについては嘘をつくのは難しい、とも言われる。もちろんこの言葉にすら信頼性はないのだが、ここはなるべく本当に近いことを推測するための話し合いであるため、なるべく近い回答を出すことに注力しよう。では「1人でも殺人をしたことがある人」は手を上げてくれ。
[全員挙手]
島氏永: お前は少なくとも1人以上殺したってことだな。自殺者って線は消えた。
D-1926: [沈黙]はい。
黒坂: わかった。わかった。全員が誠実に答えた。それじゃあまず俺が何人殺したかについて語ろうと思う。
総角: って、それでいいの?このゲームは自身に関する情報を出した方が多分不利なのよ。
黒坂: 違うんだ。誰も話さなければ時間切れになるだろう。そうなれば、仕切り直しとか全員生還なんてことはありえない。それは全滅への道でしかない。だから話を進めるためにまず基準をつくる。とりあえず俺が人を殺した話を聞いてくれ。俺は2人殺した。
総角: インテリヤクザなのに?
黒坂: ああ、そうだ。インテリヤクザなのにだ。君たちにはわかないかもしれないが、これは仁義の問題とも言えるんだ。抗争っていうのは小さな諍いがやがて大きな事件に発展していく、まるでタバコのゴミが火事になるかのようなものなんだ。上が人を殺したら当然下も燃え上がる。そうやって、つまりは「仁義」で組織が動いてるんだ。子分は親分のため、親分は子分のために。でもこれを俺は自分で決めたことだと思っている。命令はあったかもしれないがそれはあくまでも付随的な要素の1つにしかすぎない。最後には、自分で人を殺したんだ。これから目を逸らしていくつもりはない。だからこれで俺は狂人じゃないとかそんなことは言わない。
総角: あなたは多分「狂人」じゃなさそうね。
[沈黙]
総角: これって次は私が話さなきゃいけないパターン?
島氏永: どうした。2人より上だったか?
総角: ここから先は嘘ついてるかわかんないってことか。そういう意味があったわけね。先手を取られたわ。私には今嘘をつく理由があるんだもんね。
黒坂: 俺には初手から嘘をつく理由がない。2人という数字はだいぶリスキーだが、まだ同値も含めて許容範囲。煉獄の言ってることが本当なら、確実にわかりやすい解答がチームごとに配置されている…と俺は思う。
総角: 私が殺したのは後にも先にも1人だけ。いわゆる痴情のもつれとかいうやつ。いや、純情のもつれと言ってもいいかもしれないわ。少なくとも自分ではそう思ってる。もちろん泣いたわ。でもそれが必要だったの。私の相手は…。
総角: ごめん。思い出したら泣けてきたね。でもちゃんと言うわ。動機は彼女が劇の世界を作ったからよ。支離滅裂かもしれないけどよく聞いて。私は劇中で愛する人を殺されたの。
島氏永: もしかして現実と役の区別がついてないんじゃないか?
総角: その通りなの。愛する人を殺した世界が許せなくなった。ならこんな世界はいらない。そういう破茶滅茶な論理展開して今に至るわけ。常軌を逸してるとは思うのだけど、こんなことが2度とないように反省してる。
島氏永: あんたもイカれてるじゃねえか。
総角: あなたのことは知らないけど、ここにいる限りみんな同じ穴の狢であることは間違いないわ。それともあなたが「狂人」なの?
島氏永: ふふ、じゃあ次は俺が話そうか。聞いて驚くなよ。俺は人を殺したことがない。じゃあなんでこんなところにって顔してるな。いいだろう。いいだろう。別に人死にだけが死刑になる要件じゃない。他にもやりようはあるんだぜ。例えば放火とか外患誘致とかな。
黒坂: 放火をやったのか?普通に考えてただの銀行員がやれることはそれくらいしかないぞ。
島氏永: それとも違う。でもはっきりしてるのは誰も死んでないってことだ。もしかしたらそれの関係で自殺した奴はいるかもしれないが、俺はお前らみたいに直接手を下してないってだけだ。俺は銀行員だったんだよ。
黒坂: なんとなくお前の言いたいことはわかった。ハルコロ乳業集団中毒事件。一斉にYakushiの株価が下がったのをよく覚えてるよ。だが、それで人を1人も殺してないってのは高飛車がすぎるな。傲慢だ。
島氏永: おっさん詳しいね。ヤクザ、ヤクザか。つまりおっさんは俺たちと同じ戦いの世界に身を置いていたってわけか。なら俺たちのことも知ってるか?
黒坂: 知ってるもなにも商売敵だよ。あんたらは。
総角: ちょっと待って。なに話してるのか全然わかんないんだけど。島氏永がなんだっていうの?ヤクザの商売敵って何よ。
黒坂: 鷹丸不信用金庫。これが島氏永の所属する組織の名前だ。大した名前つけちゃあいるが、その実は詐欺師の集団とかよくてブローカーとかの名前がふさわしいゲスな集団さ。俺たちのようなヤクザものの間では有名な団体だよ。関わったら最後名誉という名誉を剥ぎ取られて死ぬってな。ヤクザがそこまで言うんだから間違い無いよ。
総角: 私にはなんでそんなことするのかさっぱりわかんない。乳業メーカーが被害を被ったから何?
黒坂: つまりあいつらは不祥事を捏造することて儲けを出してんだよ。株価を下げて買って後からあげる。そんな作戦をまかり通す集団だ。
島氏永: 俺がやったのは「殺菌装置を使えば十分に黄色ブドウ球菌を無害化できると判断した」だけだ。これが人を殺したと言えるのか?事件の影響で辞職を迫られた上層部もいるかもしれない。もしかしたらクビを、比喩ではなく本当に切らなければいけなかった人もいるかもしれない。だが、それは人を殺した数にカウントできるのか?
黒坂: お前は俺より人を殺したかもしれない。そんなやつが…人を殺したことがないなんてまかり通ると思うなよ。
総角: でもコイツ結局捕まってるわけで考えようによってはダサいね。
島氏永: それには色々あったんだよ。手に汗握るような戦いが。それよりもまだ自分の生い立ちが明かされてないやつがいるじゃねえか。
黒坂: そうだな。じゃあ白乃瀬、話してくれ。
D-1926: 私は人を殺しました。信じることに従ってたくさん殺しました。地下鉄呪殺事件。皆さんもご存知でしょう?あれに参加していた私はたくさんの人を巻き込んで事件を起こした。数えてはいないけれど、いや数えるべきだったのかもしれませんが、とにかくこの事故で死んだ人は10人は下らないはずです。
総角: ああ、あの。彼がそういうこと?私も昔ニュースで聞いたことがあるけど。
黒坂: そうみたいだな。
島氏永: 多分こいつが「狂人」だぜ?俺は結局10人も殺してないんだ。
黒坂: それで本当にいいんだな?お前は「狂人」ってことでいいんだな?1番人を殺したのはお前なのか?
総角: まってまだ動機が聞けてないわ。
D-1926: なんでだろう…。ああそうでしたタイムラインの「乗り換え」ですよ。あなたも多分知っているとは思いますが、私たちはその世界の壊された駅を避けなければいけなかったんですよ。
総角: [沈黙]そうじゃなくてアンタがなんで人を殺したかって聞いてるの。組織の目的とか私たちにはどうでもいいんだよ。例えば黒坂さんは使命に殉じた。島氏永は利益に殉じた。あなたは何のためにそれをやった?もしかして本当に楽土がもたらされると信じてたの?
D-1926: それは…。あなたこそなんてことを言うんですか?それに私は人を殺したとは言えないのかもしれない。必要なことであったのはもちろんですが、私たちの目的はずっと乗り換えで乗客を狙うことはしませんでした。そう!事故だったんです。
総角: 現にたくさんの人が死んでるじゃない。つまりあんたはそれが事故で故意によって人を殺したことはないって主張をするわけね。私が言えたことじゃないのはわかってるけど、そんなの普通に考えて通るはずのない意見よ。
[SCP-2043-JP-Bとよく似た声が放送される。その内容は制限時間が後5分であることを警告したものだった。]
島氏永: 時間経つのはええな。でもやっぱり曲げねえよ。俺はこいつに投票するぜ。
総角: 私も。
黒坂: そうか。だが俺はそうは思わない。
[一同は沈黙する。]
総角: は?
黒坂: いや、考えてみたらそうなんだ。煉獄の言ったことを思い出してみてくれ。というか煉獄の名前そのものがやはり性質を表している。同じくらい人を殺した人間が、間接的であるか事故であるかによってどのような変化を受けるのか?それを合理的に考えるとやっぱ島氏永なんだ。もし白乃瀬の言っていることが本当であればな。
総角: でもそんなことはなさそうよ。あいつのことを見る限り。
白乃瀬: いや、私が殺したのかもしれません。
総角: あんたはもう、どっちなのよ。
黒坂: どちらにせよもう時間だ。準備はいいか?俺は島氏永を選ぶ。白乃瀬、お前は誰に投票する?
D-1926: 私はどうしたらいいのかわかりません。
総角: 決めなきゃダメなの。はっきりとして。
D-1926: 私は。
[机の引き出しから電子画面が現れる。その中から投票の対象を自由に選択できるようになっている]
得票数
D-1926: 2
島氏永: 2 (狂人)
総角: 0
黒坂: 0
結果
同票であったため騙し切ることの出来なかった「狂人」の敗北で終了しました。受刑者番号A-286746、島氏永裕樹の頭部はゲームの終了とともに爆発しました。これは初めて「頭部の爆発」について直接的に確認できた事例です。
このゲームの過程で成された「意図的ではあるが間接的にしか手を加えていない殺人」と「意図的ではなく事故的な要素を有していた殺人」のどちらが優先されるかという問題についての判断の妥当性は現在財団の記録部門が検討しています。また、D-1926が実際に殺害した人数についても様々な仮説が存在します。これは現実の殺害が複数人の共犯関係によって行われたものに深く関係していますが、おおよそ10〜15人ではないかと見積もられています。しかし、極端な仮説ではD-1926は主体的な意識の欠如によって自律的に犯罪を行なっていない、または殺害人数は関係者全員に共有されるという意見も存在します。どちらにせよSCP-2043-JPの判断のメカニズムに依存するため、詳しくはさらなる研究を行う必要があります。
D-1926は「ゲーム」をクリアすることに成功しました。D-1926は黒坂と総角とSCP-2043-JPへの示唆的な内容を含む短い会話を交わした後、D-2031と合流しました。D-2031からD-1927の死亡が伝えられると、D-1926は強い悲しみの結果として拾ったガラス片で顔に傷をつけました。2人は居住区の空室である405号室を利用することができました。他の受刑者への聞き取りによれば、この部屋を利用していた受刑者は「ロングウォーク」によって全員死亡したということでした。D-1926とD-2031の2人は次回からの探索までの間そこに滞在することを指示されました。
補遺2043-JP.4: 関連資料
SCP-2043-JPの挙動に被験者の来歴が強く関わっていることが判明しました。さらなる異常性の理解のためにD-1926に関連する過去の資料を以下に記載します。
閲覧区分: セキュリティクリアランスレベル2
ファイルコード: 459636-A
概要: GoI-2559は仏教、キリスト教、日本の古代思想の3つの要素を含む思想を持った異常宗教団体です。団体名である「天道」はしばし運命論的な天道思想と関係があるとみなされてきました。天道とは太陽が規則に従い天空を運行する様子を指していますが、のちに天の節理、天理と関連づけられています。
GoI-2599は物事に決定された運命が内在すると考えており、それから逸脱する事象を存在するものとしては認めません。これは信者が前述の偶然やエラーがまったく存在しない世界観を持つことと同義です。この思想を要因としていくつかの殺人や暴行事件が引き起こされています。信者は最終的に新天地へ向かうことを信じているため、これらの無謬的本質主義はGoI-2599の思想の中心であり、信者の精神的支柱です。GoI-2599は具体的な神や崇拝対象を持たないことを標榜していますが、明らかに教祖を崇拝しています。
GoI-2599は信者に呪術的な改造を施すことがあります。この改造は背中に紋様を彫ることで効果が得られるタイプのものですが、有効な効果の発揮に自身を触媒とする必要があるために身体的な負担がかかります。この被害は大きなもので視力の喪失、半身麻痺などにつながります。この改造を受けた人物の半径10m以内の領域に5分以上滞在した人物は、疑似呪縛症候群の症状をまもなくして呈し始めます。これらの改造には当然信者にも精神的な抵抗がありますが、これを緩和するため、会の中心教義である無謬的本質主義が利用されます。この自己犠牲的な改造を、本質的な運命であると解釈することにより信者の抵抗感を減らします。あるいは、自発的に立候補するような状況を作り出します。この改造の結果死亡した信者の数は判明しているだけでも10名、実際にはそれ以上存在するとみられています。
資料.2 月刊クリオネの記者に実施されたインタビュー
閲覧区分: セキュリティクリアランスレベル1
ファイルコード: 467686-C
前説: オカルト雑誌月刊クリオネは2001年に天道の会の呪術的能力を紹介する記事を掲載しました。以下は地下鉄呪殺事件後に、当時月刊クリオネの記者であった井伊村創時に対し行われた、財団によるインタビューの記録です。
<記録開始>
井伊村: 世間の誰しもがあんなことを起こすなんては思っていなかったと思います。私もそうでしたし、多分ニュースキャスターも芸能人も新聞記者も子供も大人もそうだったと思います。もちろんその一部には真実に気付いていた人もいるかもしれませんが、そんなのは所詮ごく一部であり、やっぱり大半の人はあの大前田旭のことをテレビにたまに出てくる変なおじさんとしか思っていなかったと思います。誰しもがそうですよね?ドリフを怪しもうとする人はいないわけですから。自分でこんな記事を書いといてなんですが、いや、つまりは娯楽の提供側であった私だからこそ言えるかもしれないことなのですが、人間には本来的に恐ろしいものを娯楽にしてしまうという本能があるのです。
Agt.蒲原: あなたは「天道の会」が娯楽化されていた、とはっきり申し上げるわけですか?
井伊村: 娯楽化とは本意ではないのですが、はっきり言う必要があるのですね。はい。あれが事件を起こした時──私もそうですがあなたも、なんとなく飼い犬に手を噛まれたと思ったのではないですか?
Agt.蒲原: それは比喩的な言い方です。まあ確かにその傾向はあったと言えるのでしょうね。
井伊村: はっきりとその傾向が現れたのはあれですね。実際に、テレビに大前田旭が出てきた時のことですよ。なんて言ってたのか忘れてしまいましたが、その番組のあるコメンテーターの発言は的を射ているように思えます。天道の会という団体のおかしさを一言で表したような言葉でした。あれの教義は徹頭徹尾選ばない、究極の運命主義だというのですから、これは誰だっておかしいように見えますよね?しかしその当時の天道の会は肯定的な捉え方をされることも珍しくはありませんでした。やはり私たちは彼らのことを甘く見ていたという事実は否定できない。
Agt.蒲原: 「異常」に関する興味が盛り上がっていたのも確かその時でしたよね。ショパンが現れて、異常な存在が確かにそこにあることがわかってしまった。あの時はいやに「異常」に傾倒した若者がいたのを覚えていますよ。別になんてことはないのに表だけでるコインとか、それを自慢げに見せつける人々。財団職員としてはひたすらに虚しい思いでしたが、確かに異常が受け入れられていたということですね。
井伊村: つまり異常なものを肯定するか肯定しないかという判断ゲームを我々は失敗してきたんですよ。夏鳥思想なんてもそう、彼らは異常な何もかもを全てを否定すると選んだ集団です。私たちが失敗したのは、アニマリーを否定し、そして運命論を肯定してしまったことです。まるっきり逆であるべきでした。人間の定義に迷い、本質を見ていない。人間は人間であるし、危険な存在は危険な存在であるということを見失っていたのですね。財団がやたらめったら異常を収容していたのは、危険な存在と安全な存在の区別がつかないという以上に、自身で判断をするのには手にあまり過ぎていたからだと思います。[沈黙]問題ありませんか?今の発言は。
Agt.蒲原: 概ねそうです。無害なものでも危険なことがあります。また、それを隠すためという目的もありましたが。
井伊村: そうですね。[苦笑]しかしヴェールが消えれば選択をしなければなりません。すなわち、どれが本質的に有害であり、どれが無害であるかということについて。それはまさしく天道の会の教義とは真逆のことになります。
Agt.蒲原: それはつまり選ばない。運命は決定されている。ということですか。
井伊村: 本当に。現実には運命なんてものは存在しない。故に判断をしなければならない。判断をしない人間は騙されます。
Agt.蒲原: 急に話が飛んだかと思いますが。
井伊村: すいません。ただ、騙されてしまうことについては思い入れがありましてね。選ばない人間は騙されるんですよ。私たちが天道の会を信じていた時のように。世の中には罠を張り巡らされています。これは注意深くあたりを観察して気をつけていれば、なんてことはないのですが、社会経験に未熟な若者や学の足りない人間がよく騙されます。
Agt.蒲原: なるほど。その話ですか。それについてもかなり報道されていましたね。
井伊村: 異常というのはどうも即物的で即座に世界すら変えうる能力を持っているように思えますが、殆どの人間はその異常性を持っていないわけです。だからこそ錯覚する。力のない人間は力があるように錯覚する。それが第一段階。第二段階では悪が定められます。それは財団であったり、また別の何かだったりします。それを変えるために、なにかをしようとする。しかしそれは有効ではない。選ぶためにはまず立場も知識も必要ですからね。ほとんどの人間が現実改変能力を持っていないように…
Agt.蒲原: [沈黙]
井伊村: 多くの人はそれを変える立場や学を持っていないわけです。世界はそう簡単に変わらない。いかんせん、ショパンやらなんやらでそれが簡単なことであるように思えてきますが、それは間違いです。
Agt.蒲原: なるほど。テロを起こした人にとってはそれが正義のことなわけで、それで世界がとは言わないまでも財団が変わると思っている。しかしそんなことでは財団は変わらないし、変わるにはもっと途方もない努力がいる。
井伊村: そういうことです。社会との接点がないままに世界が変わるなんてことは、それこそマンガの中にしかないわけです。今回の地下鉄呪殺事件についても、それが運命のもとに新天地に導かれることである、と思っていたわけでしょう?新天地の存在が空想であれ、真実であれ、効果のないことであることは間違いない。宗教だけではない問題であるのですが、宗教についてのみ話を絞りますと、これは無力な若者が大人の権威の中に不正があると信じ込み、そしてそれを標榜するなんらかの集団──これは天道の会のことになりますが、その集団は新天地へと向かうことができると力説します。それはできない。あるいは失敗に終わる。適切な選択ではないからです。
<記録終了>
閲覧区分: セキュリティクリアランスレベル1
ファイルコード: 467676-A
前説: 天道の会の旧拠点の1つである東京都7区の法楽ビルから発見された音声記録。天道の会が会の勧誘のために実施した一連の説明会のものであると思われ、その当時行方不明になっていた神田倫子の描写がある最後の記録です。
<記録開始>
[しばらく拍手の音が続いている。音の反響から考えるとそれほど大きなホールで話しているとは思われない。]
こんにちは。私がこの会の長をやらせてもらっている大前田旭というものです。あえて長と申したのは、この会には特定の教祖などはおらず誰もが運命のもとで平等にあることを強調するためです。私は便宜上の取りまとめ役であって偉くはないのです。この会の教えについて話しましょう。詳しくは「星々の誓願」に書いてあるので適宜参照してください。この会は運命が実在するという考えの者たちが集まった奇跡のような団体なのです。では運命とは何か。運命とは最終的にどこに行き着くかということです。運命の至る場所には運命を信じる者だけが辿り着けます。しかしそれは私たちだけの話ではありません。私たちの他にも運命を信じる者はいますから。この世界は不安に溢れています。そして不平等に溢れています…。知っていますか?アメリカ人は1週間でおよそ18kgのゴミを出します。しかしアフガニスタンに住む人々の出すゴミはその7分の1にも満たないのです。栄養失調にあるアフリカの子供達、干上がる河川、殺される動物ら…。その一方で潤沢に生きている人々もいます。それは運命なんて言葉で片付きません。まったく。では何が運命なのか、それとも運命は実在しないのか。いいえ。運命はあります。それも平等に。
私たちが回帰する場所、そして最後にたどり着く終着点が運命です。私たちは普段あまり意識していませんが、運命によって世界が選択をされているということは事実です。あなたが今日ここに足を運んだのも運命であり、なんなら玄関を出る時左足から踏み出したのも運命です。それはおそらく神の導きだとか、大層な名前がついているかも知れませんが、単純にそうあると決められているからです。だから、あなたがやったことについて責任を取る必要はありません。運命はいずれ終着するので、最後には全て大団円が迎えられます。あるいは、もうその序章が始まっています。早ければ数年後に私たちは「新天地」に向かうことができるでしょう。いや、それは明らかです。運命のお導きなのですから。
[司会から"質問タイム"に入ることが告げられた]
はい。そこの背の高い男性どうぞ。
"私は数年前に妻を亡くしました。実は私、最近までポーランドの大使館で働いてまして。しばらく妻とは別々に暮らしていたのですが、ようやく仕事も落ち着いてきたと思い思い切って妻もポーランドに誘ったんですね。はい。ここまで言えばもう分かると思うのですが、妻が死んだのはあのショパンによる大規模な災害なのです。しかしあれはどちらかと言えばショパンが妻を殺したというよりかは、財団のショパンへの攻撃が原因で死んだとネットでは聞きました。これは運命なのでしょうか?この世の苦しみも同様に、運命のもとにあるのでしょうか?"
なるほど。私からもお悔やみ申し上げます。それが運命かについてですが、この世の苦しみは運命と別のものです。運命がもたらすのは新天地のみで、悪はまた別個のものとして存在します。これについては 「想起」アナムネーシスを参照してください。その悪を退けるためには、運命に新天地をもたらしてもらうしかないのです。そしてそのことについてあなたが気を病むことはありません。新天地で妻と会うことができるからです。また、人はあらゆる責任を持つ媒体としての能力を有しません。なぜなら、運命がそれを決めているのですから。
それでは次の質問にいきましょう。ではそこの小さい女性どうぞ。制服着ている人です。はい。あなたです。若いのに殊勝ですね。
"私はある種この会の哲学的思考に興味があるのですが、どうやら話を聞くあたりこの会は人間の本質を信じているようです。本質主義には批判も多く、例えば先程の運命が全てを決めていると言った発言は、神の死によって明らかに否定されるとは思うのですがどうでしょうか。"
[笑い]あなたのような方がここにくるのを歓迎します。あなたの今の発言は明らかに会の趣旨に反していますし、本来であれば今すぐ退出を願うべきところなのですが、今回は特別に回答しましょう。運命は実在します。それはキリスト教徒と無神論者が対立するような必然です。そもそもがおかしい。それを証明するために手品じみたことはしたくはありませんが、いたしかありません。あなたには壇上に上がってもらいましょう。
[足音]
それでは自己紹介をしてもらえますか?会の皆さんに。
"神田倫子です。私はここの話を聞いていてとても感動しました。素晴らしいです。ここまで原始的な本質主義を真面目に話せるなんて。紀元前何世紀の話をしてるのかと思いましたよ。話の最中何度も吹き出しそうになりました…。特にアフガニスタンのくだりは本当に面白かったです。これって要は神を運命に置き換えただけですよね。私に全然神を否定するつもりはないんです。ニーチェは神は死んだって言いました。これはニヒリストが所謂ただ悲観的な連中であるということを示すからではなく、「人間は神によって作られていない、だからこそ責任がある」という意味なんですよ。あなたの言ってることはそれ以前の哲学です。"
[長い沈黙]
あー私はあなたと全然喧嘩するつもりはないんですよ。ええ、天道の会は思想の多様性も認めていますから。要は運命が有れば…全然いいんです。それで?あなたは結局何をいいにきたんですか?そうです。キリスト教徒はわざわざニヒリストの前に行くことはありません。興味があっただけではないですよね。それとも私と哲学的な議論を交わしにきたんですか?
"あなたに反論する余地はありませんよね[笑い]実は私はお母さんを探しにきたんです。昨日の晩からお母さんがいなくなっていまして、ここにやっとたどり着いたんです。あなたは信者の前ではいい顔をしておいて、もっと重要なことを隠している…[中断]"
[大前田旭が小声で何か発言するが該当部分は記録されていない]
仕方ない。
[ポン!となるような音が発生する。しばらく聴衆のざわめき声が続いた]
見ましたか?これが運命という正体です。ええ手品じみたことはやりたくありませんでしたとも。本来ならばこれは正会員にしか見せないのですが、ここまできたんならば仕方ありませんよね。しかしこれが運命は実在するという確固たる証拠です。そして我々の使命はこれを使って運命に現実を導くことです!
[聴衆のざわめきは誰かがまばらに拍手を始めるとそれに合わせて段々と拍手に変化していく]
<記録終了>
閲覧区分: セキュリティクリアランスレベル2
ファイルコード: 36265-D
氏名: 白乃瀬飛沫
活動状況: Dクラス職員として雇用
概要: PoI-5368は神奈川県出身の日本人男性です。天道の会が施した呪術的改造の結果、緑内障で左目の視力が完全にありません。天道の会の幹部として2000年ごろから活動していました。呪術用の和彫、または後述の異常性は天道の会で施されたものであると考えられます。
PoI-5368は1976年の神奈川県綾瀬市で出生しました。日本の要注意団体"日奉一族"の日奉葱の息子です。しかしながら、幼少期に行われた一斉検診で若干視力に問題があるとされたこと以外は、特筆すべき性質を示すことはありませんでした。
天道の会とのつながりは大学時代のサークルの関係者からのものであると考えられています。いくつかのサークルは天道の会の勧誘とつながっていると見られましたが、直接的には無関係な慈善サークルの体をとっていました。関係者へのインタビューでは、PoI-5368の素行はむしろ良好であったと述べられています。いわゆる好青年であり、特定のサークルに入るまでは人間関係も健全でした。ただし、いくつかの傾向としては、PoI-5368は優柔不断であり、何かを選ぶことが苦手な人間であったとされています。
地下鉄呪殺事件においては実行犯の役割を果たしました。天道の会が施した呪術的改造が彼の背中に見られます。現在では有効に機能していないものの、事件当時はこれを用いて乗客らを疑似呪縛症候群にしました。しかしながら、これが不完全なものであったため、本来自由に操作できるはずの乗客が暴走しました。
閲覧区分: セキュリティクリアランスレベル3
ファイルコード: 252599-Q
概要: 疑似呪縛症候群(Pseudo spell syndrome)は呪術的な作用により身体の形状を歪ませられた異常な疾患の症状です。「擬似」と呼称されているのは、その受ける呪術の種別により真正呪縛症候群と別れるからです。擬似呪縛症候群は身体的、精神的、あるいはその両方の自由が剥奪され、呪術的チャネルを介した操作の影響を受けることが非常に特徴的です。体は歪に変形し、外奇形や内奇形を多数生じさせます。この過程において、身体の部分的な生命活動は保たれていますが、全体としての機能は著しく破壊されるため、疑似呪縛症候群はおおよそ不可逆的であると言えるでしょう。ごく一部の事例では、先天的な症例も確認されていますが、これまでに確認された症例の9割は後天的なものです。
治療方法は確認されていません。精神的な自由を縛り付けるという性質から、患者との意思疎通は非常に困難です。会話の試みは、単調な内容を繰り返すのみで終わっています。財団医療部門の研究では、これが何か呪術的な「縛り」であることを明確にした上で、治療の方針を研究しています。
地下鉄呪殺事件において主力の武力として行使されました。これは呪術の実行者の背中に彫られた儀式的紋様が行使した、広い範囲(半径15m)での発生です。乗客のうち半分が擬似呪縛症候群の症状を示し、それ以外は頭痛や嘔吐など軽度な症状に終わりました。また、この呪術の実行者は代償として視力を失っていることが明らかになっています。これが疑似呪縛症候群とどのように関係しているかは不明です。
補遺2043-JP.5: 探索3日目
D-1926とD-2031が初めてSCP-2043-JPの中で生存したことにより、SCP-2043-JPは元から存在した受刑者でなくともイベント-Gallowsおよび関連する異常現象の対象にすることが判明しました。このことから、以降の探索はSCP-2043-JP内で滞在するDクラス職員が継続して実行することに決まりました。
日付: 2013/7/17
探索人員: D-1926、D-2031、D-3269
探索記録#2で生存し一夜を明かしたD-1926、D-2031、そして新しく追加され合流したD-3269の探索記録です。財団から派遣されたのにも関わらず、SCP-2043-JPの機構に問題なく参加できました。
場所 |
特筆すべき点 |
第一食堂 |
財団の派遣したDクラス職員にも他の受刑者らと同様に食事が提供された。 |
運動場 |
木造物体の探索が行われた。高さ5mほどの櫓であり、頂上部には受刑者であると考えられる女性の死体が安置されていた。頭部は爆発により消失しているが、指紋やその他の身体的な特徴から「ロングウォーク」で死亡した坂田由依であると判明した。 |
居住区 101号室 |
壁面のヒビが以前より明らかに拡大していた。壁面のヒビに聴診器を用いると確かに男女の若干の叫び声が認められた。この音声の記録は、その男女が拷問ないし苦痛を生じさせる状況に置かれていることを示している。哀願の声がしばらく継続した後、観察の開始から3分ほどで沈黙した。 |
管理区画 面会室 |
詳しくは下の記録を参照。 |
探索人員D-1926、D-2031、D-3269の3名はイベント-Gallowsに遭遇しました。またしても放送の開始とともに受刑者が解放され、居住区から渡り廊下を通して繋がっている面会室に集合しました。
#002
名称: 解答明かし
場所: 面会室
難易度: ☆☆
ルール: (放送より引用)このゲームの参加者には1人ずつ面会室に入っていただきます。面会室はご存知の通り面会者が入る場所とこちら側で区切られております。あなた方から見て向こう側にクイズの出題者がいらっしゃいますので、あなたはそのクイズに回答してください。
クイズが全て出題されてもなおあなたが生き残っていたら「ゲームクリア」途中で問題の回答が不可能な状況になれば「ゲームオーバー」、このゲームは正解率によらず全ての問題に回答できるだけでクリアとなる大変良心的なゲームです。
D-1926は面会室-2に入ることをSCP-2043-JP-Aに促されました。面会室-2は透明な壁によって仕切られており、床には1cmごとの床の横幅の長さを示した目盛りが表示されていました。これによれば面会室-2の横幅の長さは丁度1mです。
入室から4分ほど立つと、面会室の奥から男性の人型実体が出現しました。実体はD-1926の大学時代の恩師である平澤寛至氏の姿と似ていました。以下はクイズの内容です。
質問: イタリア語で黒はどっち?
A. bianca
B. nero
D-1926の回答: A
正解: B
D-1926はこの回答を外すと面会室全体の揺れを感じ取りました。面会室の左右の壁が縮小し部屋の横幅が90cmに狭まりました。
質問: 実存主義はどっち?
A. サルトル
B. アリストテレス
D-1926の回答: B
正解: A
この問題の回答直後、D-1926は人型実体が偽物であることを述べました。実体は完全に笑みを見せたままで硬直しており、D-1926の呼びかけに応えることはありませんでした。部屋の横幅が80cmに狭まりました。
質問: ネイピア数、近いのはどっち?
A. 2
B. 3
D-1926の回答: B
正解: B
D-1926は面会室の透明な仕切りを叩いて壊そうと試みました。D-1926には前もって探索用途にナイフが与えられており、それを仕切りに叩きつけました。仕切りは壊れることはありませんでした。
質問: "0.9520"、有効数字は何桁?
A. 4
B. 5
D-1926の回答: A
正解: A
D-1926はハリガネを用いて音声を通すための穴から実体を刺激しようとしました。ハリガネは実体に届きませんでした。
質問: フランスの18代大統領はどっち?
A. シャルル・ドゴール
B. アントナン・カーレム
D-1926の回答: B
正解: A
部屋の横幅がさらに狭くなりました。残り70cm。
質問: 天道の会に紛れ込んでいた裏切り者は?
A. 大前田旭
B. 煤吹内治
D-1926の回答: A
正解: B
部屋の横幅がさらに狭くなりました。残り50cm。
質問: 2001年3月20日、あなたは何をしていた?
A. テロ
B. 読書
D-1926の回答: B
正解: A
部屋の横幅がさらに狭くなりました。残り30cm。
質問: 人をたくさん殺したのはどっち?
A. 島氏永裕樹
B. 白乃瀬飛沫
D-1926の回答: A
正解: A
D-1926は面会室の仕切りにヒビを入れました。
質問: あなたの名前は?
A. 煤吹内地
B. 白乃瀬飛沫
D-1926の回答: A
正解: B
部屋の横幅がさらに狭くなりました。D-1926の体が部屋の壁に挟まれ、声が出せなくなりました。
質問: あなたは何がしたかった?
A. 他者の救済
B. 自身の救済
D-1926の回答: N/A
正解: 不明
D-1926はその問題に回答することはありませんでした。
D-1926はこのイベント-Gallowsをクリアすることに成功しました。面会室-2から出たD-1926はSCP-2043-JP-Aに遭遇し、グラスに入ったトマトジュースを受け取りました。このゲームで財団が派遣したDクラスに死者は出ませんでした。
この探索が終えられると関西一帯に大規模な低気圧が発達しました。これはその後地域の集中豪雨につながりました。この集中豪雨について、サイト-81A3の受刑者の異常性が関連していると推測されました。
探索人員: D-1926、D-2031、D-3269
監督者: 東海林研究員
[強い雨の中D-1926は屋上にある運動場に立っている。D-1926の数メートル先には傘をさした受刑者の日奉蔡と思われる女性がいる]
D-1926: 蔡さん。探したんですよ。
日奉: お前が…?お前が探すってことを考えるのか?知ってるさ、財団の命なんだろ。それならあんたにとって十分に動く理由になるもんな。俺はあんたが人間の形してることが嫌で仕方ないよ。そして同じ血が流れてることもな。どうか死んでくれないか?
D-1926: 酷いことを言わないでください。私はいつだって自分の意思で動いていますよ。この雨はあなたが降らしたんですね?それを聞き取り調査に来ました。財団の方からおそらく原因がこちらだと伝えられたものでして。
日奉: 空虚だ。この監獄ではどうだか知らないが。実際、罪の重い人間の方が生き残っている。現実に。選ばないということは凡人に許された最大の罪だ…。あんたは凡人だ。だから恐ろしい。お前は通常の範疇の身体能力と精神力と運を持っている。だが、それは天候改変能力や凶暴な怪物にも匹敵する。
D-1926: そうですか。そんなひどいことを言わないでください。私とあなたは兄弟なんですから。
日奉: 腹違いだろ。そもそも私には1人を除いて…本当の意味での「家族」なんてものはいないよ。全てが敵だった。日奉の「雑」として生まれた私は使用人以下の立場だった。あなたの母が出て行ったせいでね。卑しい人間だと一族の者どもから何度も言われたよ。
D-1926: あなたは今この天候改変を起こしていますね?
日奉: そうだ。それがどうした。
D-1926: いや、何でこんなことしてるのか問いたくて。確かにそうやって命じられていますからね。私としてはあなたが雨を降らそうが槍を降らそうが興味はありません。
日奉: 雨はマシな気分にさせてくれる。雨音もここちよい。言ってしまえばそんな理由だが、あんたのお上の人はもっとマシな解答を探してるんだろ。残念だがこれ以上の理由はない。
D-1926: そうですか。
日奉: お前には常々死んでほしいと思ってるよ。俺より恵まれていたのに、今は俺以下の人間だ。そんなやつが今俺の目の前にいる。
D-1926: お気持ち察し入ります。
日奉: 嘘をつくな。
補遺2043-JP.6: 会議議事録
出席者:
- 異常災害部門部門長 エイレーン・ホワイト
- 財団倫理委員会 半夏生 憂羅
- 終了スペシャリスト ゴドー バルバストル
- 財団哲学研究者 ベンジャミン・セネカ
- 要注意人物管理係 国木田 都築
- 財団異常次元部門 副部門長 辻君 至布
<記録開始>
ホワイト部門長: こんにちは。本日はこれまでに明らかになった研究成果とその倫理的な問題についてお話ししましょう。また、この会議の顔ぶれを見て奇妙に思った方もいますでしょう。これは現在我々が直面している問題について様々な点からアプローチすることを意図したものです。倫理的な問題もその側面の1つですが、これはその他と違った重大な問題を孕んでいますので、特別に後述するとします。まだ事態の発生から大した時間が経っていないのにも関わらず、これだけ迅速な対応ができているのは財団故と言えるでしょう。本日の議題はSCP-2043-JPの解決についてです。
辻君副部門長: 異常次元部門はSCP-2043-JP-B、サイト-81A3の受刑者が呼ぶところの煉獄についての研究を行ってきました。事前に配布された報告書にはさらに詳細な記述がありますが、記録のためここでは簡単に述べておきます。結論から言えば、SCP-2043-JP内のポータルは異次元につながっています。アクセスは終始一貫して不可能であったものの、外部からの観測によりいくつかの知見が得られています。おそらくは…ポータルの先に存在する次元のことですが、それは私たちのように人が住んでいることは間違いがありません。何をもって異常とするのか、あるいは我々のようなヴェールをめくった世界線もあるでしょうが、この世界線について特筆すべき点は社会構造にあります。ポータルの先の社会構造は何といいますでしょうか…「全てが平等に行われている」というような私たちとは異なった価値観のもとに動かされています。それがどのような意味を持つのかについては次の発言者に譲ります。
セネカ研究員: 私が論理的な構造について考察しました。煉獄についてですが…。
国木田博士: ええ、と。この会議ではSCP-2043-JP-Bの呼称として「煉獄」が用いられるということでよろしいですか?
ホワイト部門長: 呼称は重要な問題ですがささいな問題です。問題はないでしょう。
セネカ研究員: それでは煉獄で続けさせていただきますね。煉獄はいくつかの西洋哲学を採用しています。間違いなく。例えば最初の探索記録に見られた発言の「限界状況」というのはドイツの哲学者カール・ヤスパースの言葉です。命をかけたものではないと彼の言うところの「暗号」を解読するに至らないということなのですが、これにはおそらくデス・ゲーム的な状況と関連づけられます。デスゲームはイベント-Gallowsの表現として使っています。すいません。あまりにも適切だったものなのでつい。つまり、彼の──煉獄の主張はそういったことなのです。ヤスパースは自身の著書「哲学」の第2巻「実存解明」で3つの概念を説明しています。《交わり》《限界状況》《絶対的意識》です。交わりは自己開示であり、イベント-Gallows「狂人さがし」と関わりがあるかと思われます。受刑者らは自らの罪について語って、ある意味では必死に「狂人」を探しています。この言い方は多少露悪的であるとは言え、「存在の意識への変革」を行うためには必要な要素を満たしていたのです。絶対的意識は名前の意味するところの通り、絶対的な意識であり、自分の存在に確信して超越的な存在に面していることです。煉獄はこれを目指していると考えられます。ここで翻って私たちが派遣したDクラスの来歴を見てみましょう。
国木田博士: 高木裕也、原田知世、白乃瀬飛沫、煤吹内治…などが1番最初に派遣されました。これは数年前に日本で起きた地下鉄呪殺事件の主犯格であるメンバーです。彼らは全員死刑でした。もちろん日本の法律に照らした上でのことです。財団はDクラスの不足のためにそんなことはしていません。教祖の大前田旭以外は、Dクラスとしての雇用が行われてきました。これまでの統計から言えば、日本で死刑判決を受けた人間はほぼ財団のDクラス職員に雇用されています。歴史的に正規の手順で死刑された人物は10人にも満たないでしょう。奇しくもそれはヴェールが剥がれた年と同じですが1998年まで日本政府は「年間の死刑執行数だけ」を公開していました。死刑囚の名前が公開されたのはそこからさらに7年後の2005年です。まあ日本政府と財団の関係は蜜月でしたからね。すいません。話が脱線しました。で、彼らがどんなふうにSCP-2043-JPと関係しているかと言いますと、彼らの所属していた宗教団体の教義です。報告書は読みましたか?
半夏生研究員: ええ、読みましたよ。運命論ですよね。私の個人的な哲学から言えば、自分の行動に責任を持たないことはもっとも唾棄すべきことです。彼らは責任を持てなかったのでしょう。
国木田博士: はい。ならば話は早いです。つまりは…対立しているんですよね。先程セネカ研究員はSCP-2043-JP-B、煉獄のことをヤスパースと関連があると説明しました。ヤスパースは実存主義者です。間違いないですね。
セネカ研究員: はい。運命論、ここでは本質主義と言い換えてもよいでしょう。この換言は、哲学的な論争について深く突っ込んでいます。
国木田博士: 天道の会は運命が導いていくために自分たちには何も責任がなく何も「選ぶ」必要がないということを考えています。煉獄は彼らにやはり「選ばせる」ようなゲームばかりを当ててきます。それ以外の受刑者は「サバゲー」とか「ロングウォーク」とかやらせているのにも関わらず。これは彼が財団に注目しているのか、それとも受刑者ごとに適切な哲学的含意のあるゲームを選択させているかはわかりませんが、やはり何らかの指向性があることは間違いないです。実存主義と本質主義、その対立が行われていたのです。
半夏生研究員: なるほど。しかし実存主義と本質主義の戦いならば、本質主義は敗北したようなものではないですか?やはり彼らは死刑台の上に最初から立っていたのですか?
ゴドー: 私から予想できることが1つあります。これは無根拠であることに留意してください。
半夏生研究員: どうぞ。
ゴドー: サイト-81A3の地下には死刑の執行室がありますよね。あれが最終的にイベント-Gallowsが決着をつける場所ではないかと思うのです。あまりにも異常な事態に我々は忘れてしまいましたが、これは見方によっては比喩的な用法として捉えてもよいのでしょう。私は今まで人を殺してきた…その内いくつかは死刑ですらないような状況であったのですが、死刑囚が行き着く先はもちろん死刑台。普通の受刑者は労働と不自由を持ってして罪を償います。死刑囚は死を持って償います。あれが本当に拘置所やそういった類の建物であれば、彼らが最終的にたどり着くのは死刑台 Gallowsであるのだと思います。それがゲームであっても、勝っても負けても関係ありません。なぜなら、彼らは罪を犯したのですから。
セネカ研究員: 意味のない殺しは憎んでいるとあなたは言いますが、煉獄は意味のある殺しをしているのでしょうか?あの見た目、分析するまでもなく教誨師ですよね。もし教誨師が悪役の小説なんて書かれたら世界中からの非難は必至だとは思いますが、彼は一体何をやってるのでしょうか?
ゴドー: 第一に私は煉獄が間違ったことをやってるとは思いません。第二に煉獄が正しいことをやってるとは思いません。第三にDクラスは犯罪者です。
セネカ研究員: ええ、1と2はともかく、最後に関しては事実です。
ゴドー: 誰しもが死刑の執行は嫌でしょう。人を殺したくはない。私も。東京拘置所の執行室にはボタンが3個あって、それぞれ誰が押したかわからないようなシステムになっています。誰も殺したくはないが…誰かが殺さなければいけない。煉獄はそういったことをやっているのだと思います。
セネカ研究員: それを持ってして実存主義が勝利する。あなたが言うと説得力がありますよ。なんといっても責任を持つそれと責任なしのそれは全然違うのですから。
ゴドー: かと言って責任を持ったからと言っても罪はなくなりません。私も犯罪者です。
セネカ研究員: それでは私も犯罪者です。毎日、この財団で研究に勤しんでいます。それは死の上に間違いなく成り立っています。
ゴドー: そう言うことではなく──
半夏生研究員: では私も犯罪者なのでしょう。倫理委員会として赤子を誘拐することを何度も正当化しようと試みてきました。
ゴドー: 全員が犯罪者であればいいということではないのですが。
国木田博士: わかりました。財団職員である以上罪から逃れられないということなのでしょう。受刑者と財団職員の区別をすることは難しい。それは同じく犯罪者であるから。
ゴドー: [沈黙]
辻君副部門長: 皆さん落ち着いてください。ゴドーさんも混乱していますよ。
ゴドー: いえ、すいません。あなた方の言う通りです。選んだ上で、たしかに私たちは犯罪者でした。だからといってどうという話かもしれませんが。
<記録終了>
補遺2043-JP.7: 探索4日目
地形データが十分に蓄積され、SCP-2043-JPは拡張されていたような空間があるものの、基本的には通常の線形空間から逸脱していないことが完全に証明されました。
日付: 2013/7/18
探索人員: D-1926、D-2031、D-3269
場所 |
特筆すべき点 |
第一食堂 |
ウェディングドレスを着用した人型実体が食事を行っていた。その人型実体の集団は、「花嫁選び」と呼称されるイベント-Gallowsに使用されるものであるとの説明がされた。 |
図書室 |
本が散乱していた。どれも破かれた形跡が見られる。 |
医務室 |
受刑者がベッドに倒れ込んでいた。その受刑者は左足が失われており、大量の出血が認められる様子であった。現場の状況も相まって、完全に救命が不可能であった。 |
居住区 101号室 |
これまで確認されていたひび割れが完全な穴に移行した。これは1m大の人が入れる程度には拡大した穴である。中は空洞であり、下に向かう階段が続いていた。十分な光量がないためにその奥を見通すことはできなかったが、以前にも確認されていた男女の叫び声が同様に観測された。 |
探索人員: D-1926、D-2031、D-3269
監督者: ジェイコブ研究員
[一晩をSCP-2043-JPで過ごしたためD-1926とD-2031には規則の違反による頭部爆破の対象になると考えられた。そのため、SCP-2043-JPの探索はD-3269のみで行われることとなった]
東海林研究員: [スピーカーで]そこに誰かいますか?
鍛治: こんにちは。
D-3269: おいっ。お前は一体誰なんだ。この時間はまだ受刑者が出歩けないはずなんだが。
鍛治: あなたこそどうしたんですか?
D-3269: おう。見てわかんねーかよ。財団のDクラスだ。見るからにDクラスのナリしてんじゃないかよ。このオレンジ色が目に入らないのか。じゃあお前は一体なんなんだ?
鍛治: 見てわかりませんか?
D-3269: わかんねーよ。俺の目は節穴だ。
鍛治: 私はここに取材に来たんですよ。自由に出歩けてる理由はそんな感じです。まだ私は「受刑者ではない」んですよね。これがトリックですよ。時間になるまでに逃げようと思います。
D-3269: で、結局誰なんだよお前は。
鍛治: すいません。申し遅れました。私は恋昏崎新聞社の鍛治美波と申します。財団の監獄の実態を暴くために潜入調査中です。財団はDクラスの存在を頑なに否定していますが、実際にはこのようなサイト-81A3などのサイトから秘密裏に調達されているのが事実です。その現実をこの機に乗じて調査です。あなたはここからDクラスとして徴用されたのですか?
D-3269: おう。
鍛治: ではなぜDクラスの制度がおかしいとは思わないのですか?
D-3269: そりゃ死ぬのはいやだぞ。今だって足が震えてるし、こんな口調で喋ってるけど本心は怯えてんだ。
鍛治: では私たちに協力してください!財団をぶっ壊しましょう。
D-3269: 俺は人殺しだ。とんでもねえな。でもDクラスで実験をしてるうちに…。わかったんだ。財団は財団で必死にやってるってのをさ。おい博士。急に黙ってるけどどうした?
東海林研究員: 私は博士ではないと何度もいいました。
D-3269: Dクラスの利用についてどう思う?
東海林研究員: どう…と?答えられません。
鍛治: やはり答えられないのではないですか。
D-3269: 普通の財団職員と俺たちDクラス職員には違いがないんだよ。財団職員も一般市民の犠牲であるっていうのは同じだ。俺は罪人だけども世界ための犠牲になれるってのは、すごくねえか。
鍛治: やっぱりあなたの目は節穴ですよ。節穴もいいところです。現実にあなたがこれからどんな目に遭うのか理解できていないし、理解する気持ちもないんでしょう。それは人権的に見ても絶対に許されません。ここの受刑者もみんな同じことを思ってると思います。あなたはつまり財団に騙されているんですよ!
D-3269: そうか。まあ俺には関係ないからいいけどな。
鍛治: そういうことを言うから馬鹿なんですよ。無知というのは人を騙される存在にするのです。だからこそ私たちは知識を得て、そして財団やその他の組織に反抗していかねばならないのです。
D-3269: 若い子にしてはなんか意見がしっかりしてるな。あんた何歳だ?
鍛治: 19歳です。もういい歳ですよ。
D-3269: 19って言えばもっといい年齢なんじゃねえかな。まだそんなことは考えなくていい。俺が19って何してたかな。まだ暴走族してた頃だな。つまりもっと安全なところで遊んでろってか。
鍛治: あなたに言われても説得力ないです。そういうあなたの態度が今の状況を作り出したのではないですか?子供の頃からきちんとした意見を持つことが大事だと、島の大人らは私に言って聞かせました。まったくその通りだと思います。
D-3269: なんか特殊な環境で育ったみたいな子だな。もっと価値観ってやつを広めたほうがいいと思うぜ。俺の価値観だったら、話してやれるんだがな。
鍛治: そんなもの入りません。私は私の価値観で十分です。第一、あなたのような人に耳を貸す気はありません。
[発砲音]
D-3269: ありゃ。今のは何の音だ。
鍛治: 発砲音ですよ。銃なんてここで使ったら頭が爆発しちゃうかもですから、またゲームが始まったかもしれません。
D-3269: まだ放送はしてないぞ。
鍛治: では…。
[鍛治美波は発砲した方に向き直るとスーツ服の男性人型実体を視認する。鍛治は腹部に2発の銃弾を発砲され、血を吹き出してその場に倒れた。D-3269がしばらく混乱してわめく様子が録音される。]
この会話が終了した時点で、新たなイベント-Gallowsである「花嫁選び」が開始されることが放送により告げられました。このイベント-Gallowsの内容は中央講堂では以下のように述べられました。
#003
名称: 花嫁選び
場所: サイト-81A3全体
難易度: ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ルール: (放送より引用)このゲームでは会場内にたくさんおります花嫁の中から本当の「花嫁」を選んでいただきます。花嫁というのはメタファーであり、端的に申して仕舞えば本当の花嫁こそが真実であるというものです。しかしそれでは簡単すぎてつまらないですよね。大丈夫です。花嫁には花婿がつきものと思いますが、今回のゲームにゲームでもそれは例外ではありません。花婿は花嫁を探すために、そして花嫁を連れ去ろうとしている不埒者のために重装備です。[間]花嫁は偽物でも1ポイント与えてくれます。本物の花嫁は10ポイントです。そして花婿を殺せば5ポイント。
#003記録
参加者:
D-1926
鞍止坂左奈
鬼塚完誠
斎藤邦文
能見縷縷
鬼塚: あ、あんたは誰だ?
D-1926: 私は白乃瀬飛沫といいます。財団の職員ですよ。
鬼塚: じゃあもしかしてここの構造に詳しいのか?
D-1926: いや、私はそれほど詳しくはないんですよ。あなたの方が詳しいと思います。Dクラスなので。
鬼塚: そうか。じゃあしょーがねーな。もしかして白乃瀬ってあの白乃瀬かよ。
D-1926: まあそういうことになりますね。
鬼塚: うお、本物だ。まあそんなことはいいんだ。ここにいる時点でみんな同じことだ。
D-1926: あなたも放送は聞きましたよね?
鬼塚: ああ。このゲームは本物の花嫁がなんだかわからない上に別に本物の花嫁が見つかったって10ポイントしかもらえないということがクソだ。
D-1926: 花婿を殺してしまうという手がありますが。
鬼塚: 残念ながらそれはだめだ。俺たちの決心で人を殺さないってことにした。まあお前は別に自由だけどそう何度も人を殺したくはないだろ?
D-1926: しかし彼は襲ってくると。
鬼塚: 逃げの一手だ。どちらにせよ「重装備」の人間に勝てないよ。
D-1926: 彼は、花婿は、人ではないと思うのですが。
鬼塚: 形が人だ。何もベジタリアンになりたいとかそういうことを言ってるんじゃなくて、もう人を殺すような感触を味わいたくない。
D-1926: 人を騙すのには抵抗がないんですよね。
鬼塚: 俺のことを知ってるのか?
D-1926: まあ人並みには。
鬼塚: 人並みの人は俺のことを知らないさ。
鞍止坂: 鬼塚?そこにもしかして誰かいるの?
鬼塚: 帰ってきた。彼は…いや彼女の性自認は女性なんだが、なんというか説明しづらいな。
鬼塚: 鞍止坂、彼は白乃瀬という財団職員らしい。
鞍止坂: マジ?財団職員ってあたしらの敵じゃん。言うなれば。
鬼塚: 間違いなく敵は財団職員じゃなく煉獄だよ。そこは勘違いしてはいけない。
D-1926: どうもこんにちは。
鞍止坂: 右目が濁ってるね。
D-1926: はい。チャームポイントです。
鬼塚: 同じ場所に居続けると花婿が襲ってくるから移動しながら話そう。本物の花嫁はどうやら地下にいるらしい。本当かどうかはわからないが。
D-1926: 誰から聴いたんですか?
鬼塚: 根も葉もない根拠もない勘でしかない推測だよ。花嫁と花婿は普通、尋常に考えてみてどこにいるんだと思う?
鞍止坂: 結婚式場でしょ。
鬼塚: そう。俺の言いたいことを言ってくれるな。じゃあ結婚式場はどんな場所だ。
鞍止坂: それは人によるんじゃない?ホテルの会場を借り切るとか、まあ神社とかもあるけど。
D-1926: もしかしてその神社ですか?
鬼塚: そうさ。神社。というよりかは結婚のメタファーが成立する、あるいは情緒が徹底的に廃されたこの監獄で唯一感情に寄り添う場所、それはどこだと思う?これは宗教ということだ。
D-1926: なるほど。教誨室?
鬼塚: このサイト-81A3には地下に死刑台が存在する。そこには仏壇が確かあったはずだ。結婚は人生の墓場だとも言うしな。
鞍止坂: まって、そこにいくの?死の場所じゃん。怖いんだけどさ。言っておくけど私は死刑囚じゃないのよ。
鬼塚: 知ってるさ。でもここにいる時点でやはり皆死刑囚なんだ。頭が爆発するのは死刑の執行がされたというだけなんだ。
鞍止坂: 完誠…。
D-1926: なら私が行きましょうか?私なら掛け値なく本当に死刑囚ですし、どうせ行かせられるかもしれないのでどっちもどっちですよ。
鬼塚: いや、それは認めない。行くならば俺も行く。これは白乃瀬、お前だけの問題ではないからな。
鞍止坂: ねえ…見て。
D-1926: これがもしかして花嫁ではないのでしょうか?さっき見たウェディングドレスのいかにもと言った服装とは違いますが。これは中国?なんですかね。
鞍止坂: 想像していたものと違うけど、私もぜひこうありたかった。
D-1926: これは「本物」なのでしょうか?
花嫁-1: 私は…本物ではありません。
鬼塚: まさか彼女が口を聞けると思ってなかったな。
鞍止坂: あなたが私たちに1ポイントくれるの?
花嫁-1: ええ、もうすでにポイントの授受は実行されています。
花嫁-1: それよりも私に話しかけると花婿が来ますよ。
[発砲音]
鬼塚: 花婿が?
鞍止坂: まってまって、なんか足止めできないの?白乃瀬、あんたたくさん人を殺したんでしょ。できないの?
鬼塚: まて、殺人教唆も認めない。
鞍止坂: そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。ねえ殺人鬼ならいくらでもやってくれるって。
[スーツ姿の頭部のない男性人型実体(以降、単に花婿と呼称)はM16自動小銃と類似するアサルトライフルを投げ捨てる。スーツの胸ポケットから明らかに逸脱したサイズのノコギリを取り出して3m離れた場所から跳躍して飛びかかる。D-1926と花婿の戦闘が行われる。D-1926はガラスの破片で花婿の胸に表面的には致命傷に見えるダメージを与える。血の噴出の後、花婿はひざまずいて一時停止する]
鞍止坂: 馬鹿みたい。馬鹿!馬鹿!死ね!
鬼塚: 戻れ白乃瀬。こっちだ。こっちに来い。
[3名はエレベーターに逃走する。先程短い会話を交わした実体(以降、同様の実体を花嫁と呼称)は首から血液を出しながら「干からびて」いく。しばらくして花婿は起き上がるが、先程より緩慢な動きである。しかしエレベーターは10階にあったために早く来ない]
鬼塚: なんで自分の花嫁を殺したんだ。アイツの花嫁じゃなかったのかよ。
D-1926: 10階は死刑囚の部屋ですね。
鞍止坂: そんなこと言ってないでアレを早くなんとかしてよ。血流しながらきてる。めっちゃ遅いけど。白乃瀬さん?
鬼塚: まて。倒れた。消えていくぞ。
[花婿は死体を残さずに消失する]
鞍止坂: やっと殺したわ。
放送: ワンキルおめでとうございます。
鬼塚: 煉獄の放送だ。ワンキルってなんだ…。これ以上のダブルキルがあるって言うのか?
放送: 花婿は復活しますのでお気をつけください。とどめを刺した人間に5ポイント入ります。
D-1926: なるほど。私に5ポイント。
鬼塚: [沈黙]すまない。人を殺させてしまった。
D-1926: 私はアレを人と思っていません。大丈夫です。あなた方の仰るとおりですから。
鞍止坂: うん。ごめんね…。
D-1926: さあエレベーターが来ましたよ。乗りましょう。
鞍止坂: ええ、乗りましょう。
[3名はエレベーターに乗る]
鞍止坂: 教誨室はどこにあるの?
D-1926: 地下3階にあると聞いています。死刑台も確か同じ場所にあります。
鬼塚: でもこのエレベーターのボタンにはB2しかないぞ。
D-1926: では地下2階に行きましょうか?
鬼塚: そこには何があるんだ?
D-1926: 職員のいる管理室──ということにはなっていますね。しかし誰も受刑者の中に行ったことのある人はいないと思いますが。地下2階にはまず調理場、そして研究員のオフィスなど。
鞍止坂: B1は?
D-1926: あなたは知らないのですか。独房ですよ。
鞍止坂: そこには用がなかったから仕方ないわ。
D-1926: じゃあ地下2階にしましょうか。
鬼塚: わかったよ。
[10秒ほど経過してエレベーターが地下2階に到着する]
鬼塚: おいおい…。こりゃひどいぞ。
[職員のオフィスのある空間の床には乱雑に木製の棒が突き刺さっている。そのいくつかの棒の中には花嫁らが貫通した状態で刺さっているものがある]
鞍止坂: これは花嫁でしょ。煉獄がやったのかな。
鬼塚: いや、これはポイントを狙ったプレイヤー側の犯行じゃないのか。煉獄がやるとはどうにも思えない。
鞍止坂: 殺して点数が入るのは花婿だけであとは話しかけたら点数がもらえるんじゃなかったの?
D-1926: 聞く暇を惜しんで殺戮。そういうことではないのですか?
[複数の花嫁の死体を引き連れてオフィスの扉から斎藤邦文が現れる]
斎藤: うおおお。お前らもプレイヤーか?悪いな。ここら辺の花嫁は全部かたしてしまったよ。まあ全部で4ポイント。まだダメだな。
[オフィスの扉が開け放たれると大量の屍肉を加えたカラスが飛び出して出現した。カラスは他の花嫁にも群がったあと、大量の羽を残して消失した]
鞍止坂: どうしてこんなことしたの?別に殺さなくたってポイントなら貰えたのよ。もしかしたら一度もらえた花嫁でも他の人が頼んだらもうひとつポイントが貰えたのかもしれないのに。
斎藤: もっともらしく言い訳させてくれるんなら俺の殺害動機は「他の人にポイントを与えたくなかったから」じゃないのか?
鬼塚: 合理的に考えればそうだが。
鞍止坂: 何か別の理由が?
D-1926: あーすいません。別にそういうことが言いたいわけではないのですよね。多分あなたは花嫁が煩わしかっただけなんだ。
斎藤: お、わかってくれるのか?
D-1926: 花嫁は一見したところ素直。話せばポイントをくれる。だけど本物かそうでないかを判断するのは難しい。
鞍止坂: 普通に話したら教えてくれたじゃない。
D-1926: それが煩わしかったんですよ。もちろん嘘を述べている可能性もあるし、そうでなくともたくさんいたら面倒だ。だから偽物の花嫁を一体殺してみてポイントをもらえるか実験した。そうであったみたいなのであとはあなたのカラスで皆殺しだ。
斎藤: カラス。しばらく没収されてたんだがな。いつのまにか戻ってきてて嬉しかったのかもしれん。これは俺の式神でよお。まあありがたく使わせてもらおうってそんな感じだ。
D-1926: 私たちを殺したいとは思いますか?
斎藤: いや、思わない。あんたら殺してもポイントは手に入らないし。それよりあんた…。
[発砲音]
鬼塚: [叫び]
[前回と同じ武装の花婿が暗闇の奥から出現する。今回の頭部にはカラスが止まっている]
D-1926: 信じること。
[鬼塚の手が背後から引かれる。3人は階段の暗闇の中に隠れ花婿から逃れることに成功する。また発砲音が何回も続いた後、大量のカラスが再度出現し花婿の体を覆うようにして隠した。3人は階段を上りさらなる逃走を試みるが、あらゆる銃器を捨てた花婿は先程より速い速度で追跡する。花婿は首から肉質の球体を多数出現させる。その球体はまもなくして破裂し、あたりに円形の血の紋様を構成した。その時、花婿は3人の目の前に瞬間移動を行い出現した。花婿は3人の存在を認めると1mはあるであろう鋭利な凶器を出現させ、横に乱雑に振り始める。3人は屈んでそれを回避しようとするが、鞍止坂はそれを失敗する。鬼塚は鞍止坂の頭部をもってさらなる逃走を試みるが、途中で階段につまづいて花婿に拘束された。能見縷縷と思われる女性とD-1926は逃げることに成功した]
能見: 殺した人の異常性を奪ってるんだ。よく見ろ。捕まるとああなる。
[鞍止坂の頭部が花婿の周囲で浮遊している。それはまもなくして溶け始めると大量の穀物が下に落ちていく。また、鬼塚の肉体は徐々に花婿に吸収されていく]
能見: 別の場所に転移するつもりだ。
[花婿はそのままSCP-2043-JPの上空に再出現。頭部から枝分かれした水銀の樹木が形成され始める。天候状態の著しい悪化が確認された。SCP-2043-JPの周囲には大規模な低気圧が発達した。ただちに降雨が発生する。花婿は一瞬発光し、その光を視認した人物は死亡した。カラスは空中に浮かぶ花婿を支えている。そこからさらに19秒後、花婿は居住区の建物に移動。その過程で7階の外壁が破壊される。居住区7階の受刑者に多数の死亡が確認された。清水正孝、ドロシー・カーライル、羽生太陽の異常性が獲得されたのを確認。7階は強烈な熱波で融解した。この時からSCP-2043-JPで灰褐色の人型実体が出現し始める。この実体群は人を捕食する。続いて花婿は東棟に移動しながら熱波を放つ。さらに死亡者数の増加が確認される]
D-1926: あれ、あれが。
能見: ただ真似するだけじゃなくて強化されたみたいだね。私たちの中には単なる病気としてしか捕らえられなかった「異常性」を持つ人がたくさんいたけど、うん、それも立派に強化されているみたいだね。なるべく離れた方がいい。あと見るだけで被害がありそうだ。私たちの中には見るだけでやばいやつとかいたからね。花婿、ほっとけばほっとくほど強くなっていくよ。
D-1926: 頭が痛いです。
[D-1926と能見の目の前に花婿が再出現。花婿の周囲には23個の眼球が浮遊している。著しい温度の上昇が確認された。途中で投げられた消火器は花婿の半径2m以内に近づいた瞬間消失した。熱波を避けて2名は避難を試みる。花婿は異常な音声を発生させる。探索の音声を聞いていた職員が死亡する。2名は耳栓と思わしき何かを使用している。まもなくして2名のいた3階の全壊も確認された。2名は階段を下り、1階にたどり着いた]
D-1926: なんで私たちのことを助けたんですか?
能見: あなたのことは私でも知ってるからさ。あとの2人はいわばおまけだね。あなたは白乃瀬飛沫だろう?
D-1926: それがどうしたというんですか?
能見: あなたは答えを知っている。だけど聞かれなかったから答えないだけさ。つまりそもそもが解決する気なんてはなはなないんだ。だから私はいつまで経っても話さないあなたに、そして聞こうとしない鬼塚に苛立ちを覚えていたのさ。私だからね。まあ鬼塚と彼の彼女の鞍止坂の名前くらいは知っている。というか、私はこのサイト-81A3の収監者全員の名前を知っているよ。セキュリティクリアランスとかで秘匿されてる人もね。調べたのさ。
D-1926: 財団の機密を掻い潜れるあなたが私に何を聞きたいと?
能見: 最初は1つだったんだけどね。あなたの性格に少し興味ができてしまったようだよ。両方を聞いていいかい?
D-1926: いいですよ。
能見: さすが噂に違えない男だよ。まあこれは質問というか確認なんだが、あなた、一度も本気で死ぬほど何か…なんでもいい、要は自分にとって重要なことを何ひとつ選んでこなかっただろ。
D-1926: そんなことはありません。
能見: いや、そうだろう。
D-1926: そうですか?
能見: そうだよ。
D-1926: それを認めたとして何ですか?
能見: ハッハッ。やっと感情らしきものが見えた。じゃあもうひとつ今度は実利的な質問をするよ。本当の花嫁なんて存在はいないんだろ?
D-1926: 何でわかったんですか?
能見: なんでも知ってるよ。調べたからね。いやはや、知っているとは言っても確証が持てなかった。花嫁はメタファー、人と結婚する女の方。でもこれでやっとわかった。このゲームには花嫁なんていないんだ。いや、厳密にはいるんだけどね。それはつまり自分のことだろ。じゃあそれを君はなんで知っていたのか教えてくれるかな?
D-1926: だって…花婿は私たちの方に近づいてくるじゃないですか。
能見: ふん。そうだね。その通りだよ。花婿は私たちから花嫁を守ろうとしてるんじゃなくて、私たちと結婚しようとしていたんだ。その結婚が何を意味するのかはもちろん「死」だけどね。ほら、結婚は人生の墓場というじゃないか。じゃあ自分で死んだ人には点数がもらえるのかな?
D-1926: もらえませんよ。自殺も罪ですから。
能見: わかってるじゃないか。そうだよ。西洋哲学者の「煉獄」そして仏僧でもある彼は自殺が嫌いなんだろう。私も自殺は罪に問えないだけで、最大級の罪の1つだと思うよ。まあ実際には死者は罪が問えない存在だからこそ、点があっても無意味なんだということだとは思うけどね。比喩としては抜群さ。 そして1番の罪は他人を殺すことだが、2番の罪は自分を殺すことだ。
D-1926: その理論は成り立ちません。日本の法律だと1人殺したくらいでは死刑になりませんが、それより上の罪がありますから。
能見: そうだね。法律は個人の正義に依存しない。国の正義だね。だからこそ外患誘致は最大の罪なんだね。あんまり使われないけど。さすがに長話ししすぎたよ。でも安心して欲しい。今、もちろん生きてる人間に限っての話だが、最大得点の保持者は私。そして2位が君だ。君には最初に殺せた分の5点がある。合計6点かな?私には地道に花嫁に聞き込みをした9点があるから、私を殺せば君が一位さ。
D-1926: あなたは他人を殺すのは1番の罪と仰いました。私に罪をなすりつけようとしているのですか?2番目の罪を犯すつもりはない。私に殺させてその罪を回避しようとして…。
能見: ああそうだね。でも君には罪がないんだろう?これも私からの命令であると捉えてればいい。正直言って私はもうだめでね。まともな神経ならこんなところごめんだって思うよ。このゲームは死刑台Gallowsだね。やってくれるかい?
D-1926: いいですよ。遺言はありますか?
能見: もし君が生きてればでいい。もし君が生きてここを出れたんなら、長野県の大桑村って場所に住んでるハンナ・チェンバレンにこれを渡してくれないかな?
[能見の手から木箱が渡される]
D-1926: これは…?
能見: ハンナが見たらわかるよ。じゃあ殺してくれ。
D-1926: わかりました。いきます。
最終得点
1位. D-1926: 6点
2位. 崎谷志節: 5点
同点2位. 黒坂沙慈: 5点
同点2位. 安斎詩歌: 5点
他多数
3位. フィール・グレイシー: 4点
同点3位. コク・シユン: 4点
同点3位. 青森巡: 4点
他多数
4位. 羽生太陽(死亡): 11点
同点4位. 左神唯一(死亡): 12点
同点4位. 内島潤香(死亡): 12点
他多数
5位. 能見縷縷(死亡): 11点
同点5位. 総角ひかり(死亡): 11点
同点5位. 内島紗雪(死亡): 11点
他多数
生存者29名、死者191名
結果
花婿は途中から受刑者の異常な性質を獲得したような挙動を見せた。最初期の段階での死亡者数は非常に緩やかであり、10〜15名が最初の2時間で死亡した。花婿が初めて獲得した異常性を明らかに示し始めたのは開始から5時間経過した時点である。この時点で死亡者数は100名程度まで増大した。この時から自殺者が増加している。運動場に水銀の枝を示した状態で出現すると、視認性の認識災害が引き起こされ、これだけで50名あまりが死亡したと考えられる。また、音声による認識災害も確認されており、記録していた財団職員にも影響があった。また、日奉蔡の異常性と類似した天候改変能力は付近のエリアで大規模な洪水を引き起こした。
D-2031、D-3269は両者とも花婿の放った熱波により死亡したと確認されています。この中で生存したD-1926は中央講堂に向かって歩き始めました。中央講堂では29名の受刑者が確認されました。壇上の脇から出現したSCP-2043-JP-Bはそれらの生存者を「失格」とみなし、唯一の死刑対象者はD-1926であると述べました。これがどのような意味を持つのかは判明していません。しかしながら、D-1926は次のイベント-Gallowsに参加する権利を有していました。この時点でSCP-2043-JPの構造の大半は破壊されていました。
音声探索記録-5
探索人員: D-1926
監督者: ジェイコブ上級研究員
SCP-2043-JP-B: 次のゲームはまさしくあなたにふさわしいものとなっております。あなた以外を「失格」に致しましたのはもとよりその予定だったからです。もちろん最初の時点ではこの結果は不明でした。皆様全員が死んでしまう可能性もありましたし、それよりもっとたくさんの人間が生き残るという結末も予想しておりました。それではあなたが何故これからのゲームにふさわしいか説明しましょうか。
D-1926: [沈黙]
[2名はSCP-2043-JPの瓦礫の中を進んでいく。雨は既に止んでおり、ところどころ水溜りができている。D-1926は水溜りを踏み抜く]
SCP-2043-JP-B: まずなぜ彼ら生存者が「失格」であるかについて。彼らは非常に勤勉な人であると…私は考えます。私が与えました限界状況において懸命に命を守ろうと努力しました。これはつまり暗号を解いたといいましょうか、ともかく彼らは死が迫る空間の中で生き残り、そしてそれぞれの解答を見つけ出すに至りました。それぞれの解答とは何か、という点についてはここでは詳細に語りはしません。しかしながら、比喩的に曖昧にさしてメタフィクションの雰囲気を醸し出しながら述べるとすれば、ある者は「答えなんてそれほど大したものではない」と答えを見つけ、また別の者は「目的のための友情は必要である」と結論し、また別の者は「嘘ではなく真実こそが有効な解答である」と判定しました。それは私がまさしく求めていたことであります。このように各々の解答を見つけていく姿は、私にとって1番の喜ばしいことです。そしてあなたは…。
D-1926: [沈黙]
[2名は101号室のあった場所で立ち止まる。浸水による被害は比較的軽微である]
SCP-2043-JP-B: あなたは何も見つけていません。今こそお聞きします。あなたは何か得るものがあったと思いますか?
D-1926: [沈黙]
[2名は101号室の奥に階段を視認する。SCP-2043-JP-Bは先立って階段を進みD-1926もそれに追随する。SCP-2043-JP-Bは手元に出現させたランプに火を灯した。]
SCP-2043-JP-B: 私が今から始めるのはそんなあなたにふさわしいゲームです。本当にどうしようもない、そして救いようがない、選ばない人間を選んだゲームです。こんな機会は一生に一度しかありません。未曾有の大チャンスでございます。普通は「選ばない人間は選ばれない」のです。そういう当たり前の常識というのを、物理法則すらねじ曲げてしまう「異常」な場所において、人生に一度でも良い、こんなに被害を出しても良い、そんな多大なる犠牲を払いまして、こんな奇妙なことをやったのです。また、あなたが起こした事件にしてもそれはあなたが本当に必要だから選ばれたわけではございません。あなたでなくとも別の誰かで良かったわけです。むしろ、あなたはそれでも騙されている。あなたは自分の選択肢すら…選んでいないのですから。
D-1926: [沈黙]
SCP-2043-JP-B: あなたには死んでもらいます。それでも、あなたは多分良いのでしょう。私が頭を爆発させる能力を有していなくても、財団がこんなにも強制的な組織でなくともです。
D-1926: [沈黙]
[2名は仏壇のある教誨室に入る。D-1926は執行室に近い側に座り、SCP-2043-JP-Bはその反対側に座る]
SCP-2043-JP-B: 実を言えば、私はあなたのことを信じています。私はこんな人間が実在しないと考えて、一連のゲームがこの結末に至るまでに全員死刑で死んでしまう、またはかなりの人間が生き残り、その上で最後のゲームに誰も参加しない。つまりは見事なエンディングを迎えられることを願っていました。そうなれば、私は単なる悪役にしかすぎません。こうして今話していることはまったくもって無意味な戯言になってしまうところでした。無論、こんな異常現象の主は悪役であったほうがよいのかもしれません。精神病質者、サイコパスであれば納得できたのかもしれません。しかしそうはなりませんでした。
D-1926: [沈黙]
SCP-2043-JP-B: 繰り返しますが、私は心底あなたのことを信じています。あなたが正しい結論を出すことを願っています。失敬、結論は出るやもしれませんね。しかし大事なのはその過程。当て推量のランダムな答えならば、あなたでもできます。その答えが、もし最悪な結果をもたらすならば絶望的になるのかもしれませんし、それが正しくそして次の解答に挑まねばならないというのであれば、熱狂的になれたのでしょう。しかし選択のない人間には一通りしかありません。結論しかないのですから最終的と呼ぶしかありません。あなたは、過程にこだわることはありませんでした。
D-1926: [沈黙]
SCP-2043-JP-B: 最終的に何があるのか?ここではことさらそれは「死」でしかありませんよね。
D-1926: [沈黙]
SCP-2043-JP-B: さて、話しすぎましたね。あまり語りすぎるのも良くありません。最終ゲームに行きましょう。
[階段を降りると長い廊下に到達する。廊下のD-1926から見た左側には、横一列に並んだSCP-2043-JP-Aが並んでいる。SCP-2043-JP-Aが一斉に頭を下げると2名はその中を進んでいく]
#004
名称: 自分さがし
場所: 死刑場
難易度: ☆
ルール: 不明
参加者:
D-1926
SCP-2043-JP-B
<記録開始>
[D-1926は前室に立っている。SCP-2043-JP-Bは先に執行室の赤い線の内側に立った。]
SCP-2043-JP-B: こっちへ来てください。あちらにボタン室があるでしょう。まずはあなたから先行です。つまり最初にあなたがボタンを押すのです。ルールはさっき説明した通りです。何も怖くありませんから。そんなに震えなくても。
D-1926: [沈黙]
SCP-2043-JP-B: そうですかそうですか。しかしゲームの内容はきちんとこなしてきたじゃないですか。そういう意味でもあなたのことをとても信頼しているんですよ。
[D-1926は執行室から脇にあるボタン室を見る]
SCP-2043-JP-B: それでは私の方も準備しますね。
[SCP-2043-JP-Bは踏み板の上に乗る。D-1926はなるべく遅く結果をもたらすように動いた。途中でSCP-2043-JP-Bから咎められる]
SCP-2043-JP-B: 私の方は準備できましたよ。あなたは?
D-1926: こんなところに来るべきではありませんでした。
SCP-2043-JP-B: そうですか。
SCP-2043-JP-B: 3つのボタンの中に1つだけ正解があります。
[D-1926は5つのボタンを前にして沈黙する]
SCP-2043-JP-B: 1個押しても何個押しても構いませんが、必ず1個は押してください。正解を押すことができれば、踏み板は開き階下の部屋とつながります。私は今から縄に首をかけますので、当然のことながら踏み板が外れれば絞首刑の成功と相成ります。奇怪なことが起こるのであらかじめルールの担保として述べておきますと、私はこの方法で死にます。[沈黙]それではどうぞ。
[D-1926は悩んでいる]
D-1926: あなたは死ぬのが怖くないんですか?
SCP-2043-JP-B: 怖いですよ。あなたは?
D-1926: 怖い。
SCP-2043-JP-B: "どうでもよい"のではなかったのですか?
D-1926: いざ目の前に死があると当然怖い。当たり前に怖い。
SCP-2043-JP-B: あなたが殺した人もそんな気持ちだったんですよ?
D-1926: それは…。
SCP-2043-JP-B: 選んでください。
[D-1926は62秒かけて悩んだ後1番左のボタンのみを選択した。踏み板は外れない。それを確認したSCP-2043-JP-Bは縄から首を外した]
SCP-2043-JP-B: ふー。緊張しました。適当に選びましたか?それでは次はあなたの番です。そこに立ったら、私が首をかけましょうか?
D-1926: いや、大丈夫です。
[D-1926はためらいながら、68秒をかけて首に縄をかけた。SCP-2043-JP-Bはボタン室に向かう。SCP-2043-JP-Bが何のボタンを押したかは判明していないが、踏み板は外れることはなかった]
D-1926: まって、私の過程を非難したお前が適当に選ぶわけない。なぜ3個ボタンを押さなかった。
SCP-2043-JP-B: 次は私の番です。
[SCP-2043-JP-Bは首に縄をかける。動きにためらいは全くみられない。D-1926は左から2番目のボタンを押したが、また踏み板は外れない]
SCP-2043-JP-B: もし私があなたを殺さなければあなたはさらに後悔するのでしょう。それでは次をどうぞ。
D-1926: 後悔しています。被害者の方にも謝ります。私には懺悔が足りていませんでした。[啜り泣く]
SCP-2043-JP-B: 今は泣くタイミングではありませんよ。それではどうぞ。
[D-1926は81秒かけながら首に縄をかける]
D-1926: ちょっと待ってください。あれ、あそこに人がいます。あれはなんですか。ちょっと待ってください。あそこに人がいます。ちょっと待ってください。ちょっと。あの。
SCP-2043-JP-B: あれは立会人ですよ。
[ガラス張りの向こう側にある立会室には多数の人型実体が生じていた。おそらくはD-1926の半生で関わりがあった人物であり、親類などもそれに含まれる。それらの人型実体らは、パイプ椅子に着席してD-1926のことを見ているだけである。とりわけ目立つような動きはみられない]
D-1926: 旭さんがいます。一度あの人に話させてください。
SCP-2043-JP-B: あそこは私たちと違う世界です。監獄の内側にはシャバとは違う世界がありますが、そのさらなる内側にはまた別の違いがあります。監獄が罪を犯した人間による世界だとすれば、つまりはまっとうな人間として扱われない世界であるとすれば、さらなる内側に存在するこの世界は生物であると認められない世界なのです。そう、死人。あのガラスの向こう側に行くことは死者が生者になることくらい無理があります。
D-1926: 違う。そんなことが聞きたいわけじゃない。
SCP-2043-JP-B: 人類は死人の世界をここに押しやることに成功しました。もっともまだ別の場所には、例えば病院とかは死人の世界につながっていますが、ここは明確な殺人の意図がある世界です。他人を殺すことが認められた場所。おっと、気を抜けば話してしまいますね。あなたがこれで生き残ればまた別のことを話しますか。
[SCP-2043-JP-Bはボタンを押す。踏み板は外れない]
SCP-2043-JP-B: なかなか長生きします。それでは話しましょうか[中断]
D-1926: 私は…もう選びたくない。
D-1926: そんなことはない。そんなことはない。ちょっと待ってください。ちょっと待ってください。何か無視できない問題があります。
SCP-2043-JP-B: 特に時間制限は設けていないのでゆっくり選んでください。
[D-1926は息を整える]
D-1926: ありがとうございます。
[ボタンの表面をさすりながら選んでいるように見えるが、D-1926はよろめいた瞬間ボタンを押してしまった。左から3番目のボタンだった]
D-1926: [沈黙]
[一瞬SCP-2043-JP-Bが笑顔を見せる。踏み板が外れる。立会室の人型実体が消失する。SCP-2043-JP-Bの肉体は重量に従って懸垂する。著しい重心が首にかけられたため、(もしあるとすれば)頸動脈と両椎骨動脈が圧迫される。5秒経過して彼は気を失う]
<記録終了>
D-1926は全てのイベント-Gallowsを完遂しました。この「自分探し」が終わった後、財団の会議が行われている間、D-1926は地上に向けて移動し続けました。その12分後、D-1926はSCP-2043-JPの最初の侵入地点に倒れた状態で発見されました。D-1926の命に別状はありませんでした。
D-1926以外の受刑者は中央講堂で発見されました。事後のインタビューでは、それぞれが有形の資産の他に無形のとりわけ精神的な資産を手に入れたと述べました。
氏名 |
有形の資産 |
無形の資産 |
崎谷志節 |
菓子類 |
自身の抱える矛盾の解消 |
黒坂沙慈 |
200万円 |
彼の息子との"つながり" |
安斎詩歌 |
結婚指輪 |
"自分のため"という生きる理由 |
桟橋二身 |
自身の著書の文庫本版数冊 |
社会との接点 |
補遺2043-JP.8: 結論
D-1926が正面入り口で回収されるとSCP-2043-JPはただちに崩壊し始めました。元から花婿実体の被害によりかなりの損害が確認されていましたが、その中でも残存していたいくつかの建物も構成に必要な基盤がすみやかに失われていきました。また、これまでに見られていた異常性も確認されず、これ以降イベント-Gallowsの再発生はありませんでした。以下に示すのは事後調査として行われた機動部隊甲-9("おわり")の探索記録です。
探索記録の書き起こし
日付: 2013/7/18
探索部隊: 機動部隊甲-9("おわり")
対象: SCP-2043-JP 執行室
部隊長: 赤柳
部隊員: 矢板、草薙
[簡略化のために記録は割愛されている]
赤柳: 誰もこんなところには来たくないと思う。矢板はどうだ?
矢板: 同意見です。個人的な私感になりますが、ここはこれまで探索したどの場所よりも死の香りが漂っていると思います。
[機動部隊甲-9は暗い階段を下っている。階段は明らかに激しく劣化しているが、完全に降りた先には整えられた廊下が続いている]
赤柳: 人間は…ほとんど病院で死ぬ。それは当然のことだが、逆にそれが病院に怖さを感じさせるようになったんだ。子供の頃友人のお見舞いに行ったことがある、そこが何故か怖かった。5歳かそれくらいの頃だったからその友人の名前も顔も覚えていないんだが、その病院の緑色の光が怖いってことはよく思い出せるんだ。この場所は、そこによく似ている。
矢板: あー…、私は地元の学校思い出しますね。
赤柳: それはなんでだ?
矢板: 閉鎖的な雰囲気というか、ルールで人のことを律してやろうって気持ちが目に見えてるんですよ。そうしたら、多分先輩の言ってる病院とも関係あると思いますよ。病院にもルールがありますし、学校にもルールがありますし、監獄にもルールがあります。フーコーの監獄ってやつですかね。人間はルールに縛られてこそ人間らしくなるという。もしかしてSCP-2043-JPの異常性はそこから来たのかもしれないですね。ルールを破れば頭部が爆発するというのは。
赤柳: なるほどな。確かにそれなら色々納得がいく。
矢板: 見てください。あれはもしかして。
[矢板と草薙が立会室に立つ。そこには大前田旭の死体が置いてある。死体には打ち覆いが被せられている]
赤柳: 間違いない。これは天道の会の大前田旭だ。腐敗が進んでいるな。通りで酷い臭いがすると思った。
矢板: 死の香りは死体の臭いでしたか。
赤柳: そうだな。まあ腐っている分幸せかもしれない。
[機動部隊甲-9のメンバーは人型実体の出現を警戒しながら廊下を進んでいくが、人型実体はどこにも存在しない]
赤柳: そして前室。死の前だ。あれが今回の探索対象だ。
矢板: SCP-2043-JP-B、煉獄ですね。これは教誨師の見た目ってことでいいんでしょうか?
赤柳: そうだな。俺たちは気づくことはなかったが、彼は最初から教誨師の目的にふさわしいことをしてたってわけだ。つまり死ぬ前の人間を導いてやるという…彼の職務にしてはごく当たり前のことを。
矢板: じゃあなんでSCP-2043-JP-Bが死んでるんですかね?教誨が行われたら、死ぬのは死刑囚であるべきですよ。それなのに財団が派遣した死刑囚であるところのD-1926は生き残って、教誨師であるところのSCP-2043-JP-Bが死ぬなんておかしいじゃないですか。
赤柳: まあ死刑が失敗した事例がないわけじゃないが。それを表してるって感じでもないしな。教誨師が死ぬなんてことはメタファーでは説明できないな。
矢板: 我々が悪の強敵を打ち倒した!って考え方はダメですかね?
赤柳: おいおい。それは短絡的すぎるだろうよ。被害が出過ぎているしな。それに…あまり前向きにはなれない。
[沈黙]
矢板: それではこれを持ち帰るんでいいですね?じゃあ草薙。
草薙: [縄に手をかける]
矢板: どうしたんです?草薙。
赤柳: 肉が縄から外れんそうだ。
矢板: あーそういうやつでしたか。たまにありますよね。状態を維持するやつ。どうしましょうか?
赤柳: 動かせないならしょうがないな。
矢板: じゃあここを封鎖する感じですか。
赤柳: まあそうするしかないだろうな。他の異常性の調査はまた別の機会にやるだろう。俺たちはこれでいい。
SCP-2043-JPに関する全ての探索が終わった後、D-1926が心神喪失状態に陥ったことが確認されました。インタビューを試みた際は、同じ文言を繰り返すのみで話が成立しませんでした。以下に示すのは、D-1926の娘にあたる"白乃瀬霞"へのインタビュー記録です。
インタビュアー: 東海林研究員
対象: 白乃瀬霞
[事の顛末について伊藤研究員が説明する。この情報には機密情報は含まれていない]
インタビュアー: 以上が機密保持に違反しないままで話せる分の情報です。これ以上の情報の開示は、記憶処理に同意していただくことになります。
対象: いえ、もう全てわかりましたから。もう何もかもいらないんです。ここまでで十分です。
インタビュアー: あなたの父方についてもう少しお聞きしてもいいでしょうか。まず彼の人間性の要点について、そしてあなたがどのような教育を受けたかについて再度お聞かせ願いたいのです。
対象: 別に何ひとつ話すことはありません。あの人は結局私のことを見ていなかったんですから。私はあの人が死刑にふさわしいことをしたと思っています。それくらいのことを大義のためにしたんです。でもまだ殺されてないんですよね。
インタビュアー: 財団内でも今は意見が分かれていまして、今のところ保留となっています。また死刑執行が行われるとしても、ずいぶん後になるでしょう。
対象: そもそも死刑というのは罪の償いかたじゃないですか。
インタビュアー: そうですよ。
対象: あなたはDクラスと呼ばれる人々が本当にその罪を償うことに成功していると思いますか。
インタビュアー: それについては私の一存では答えかねます。その件についての回答が必要であれば、必要な書類を役所に提出してください。一次書類審査に通過すれば、その質問の妥当性が検討される会議が行われます。その後、倫理委員会の査問を挟んだ三者会議が行われますので、あなたもそこに参加してください。指定のエリアのサイト管理官と話し合うことになります。ちなみに、この手続きを完遂し情報が開示されたのはヴェール崩壊後から1件のみです。
対象: 別に私は父のことが大事だとも思ってない。彼に同情もしてない。むしろ憎んでいる。振り返ってみればいいことなど私の人生に1つもありませんでした。選択肢など何1つありませんでした。彼のせいで小学校の頃いじめられました。私はあの人のことを許すことはないでしょう。
インタビュアー: そうですか。
対象: 私が頼むのは父の死刑です。それ以上は望みません。
インタビュアー: その件についても答えかねます。
対象: なぜですか?
インタビュアー: その質問に解答するのには会議での合意が必要です。先程も申した通り、書類審査と会議での合意を得ていただく必要が…。
対象: [息を荒げている]
インタビュアー: 私個人の意見ではDクラス職員の必要性はあると思っています。また、あなたの場合特例でDクラス職員の存在が知らされていることに留意してください。といっても、要注意団体の手によりうすらぼんやりした真実は知られてしまっていますが。そのため、民間におけるDクラスの知名度は低いです。
対象: あなたのやってることは白日の元に晒されれば、非難を浴びることなのですよね。
インタビュアー: 財団はそれを隠してこれまで活動してきたのです。それこそ、人類を守るために。そこをなんとかご理解していただきますようお願いします。
対象: 人類を守るために父は死んだと?
インタビュアー: ええそうです。そうです。
対象: あの人が人類を救えるはずがないじゃない。娘を救うことのできない人間が人類とは大言壮語にもほどがある。
インタビュアー: それは言い方の問題で単に彼は私たちの役に立っていたのです。
対象: 何か後ろめたいことがあるんですね。きちんと本音で言ってみたらどうですか?Dクラス職員は財団の「資源」であると。
インタビュアー: 私たちはその倫理的正当性については独自の基準を持っています。そもそも「資源」であるのはDクラスも私も同じです。それはあなたとあなた以外の正しい人を守るためです。
対象: 私は諦めません。父を殺してもらうため何度も嘆願します。あの1人の人間をどうか終わらせてください。そして、私の父のような人間に人類の命運を託すのはやめてください。もう2度とこんなことがないように。