
SCP-2049-JPが発見された聖堂(中心)。
特別収容プロトコル: SCP-2049-JPが収容されている部屋内の床は精製水で満たされ、常に1.5cm以上の水位を保つ必要があります。万が一精製水が不足した場合やその他の事例に備え、キリスト教形式での祈りを込めた聖水タンクを配備しなければなりません。
床を満たす精製水は6時間毎に入れ替えられる必要があります。また何らかの要因によって水が汚染された場合も同様に入れ替えてください。汚染の判断指標は別途マニュアルを参照してください。
説明: SCP-2049-JPは全身が腐敗した死体であり、接触した生命体の生物学的機能を停止させる事で即死させる能力を有しています。現状より腐敗が進む様子は確認されていません。
SCP-2049-JPはフランス、プレンテスフォ村の小聖堂に設置された棺に保管されていますが、不定期に覚醒し、棺から脱して周辺の人間を上記の能力を以て無差別に殺害しようとします。この時のSCP-2049-JPは異常な膂力を獲得しており、既存の方法でこれを止めるのは困難です。
しかしながら精製水や聖水はSCP-2049-JPに対して強い効力を発揮し、これらの水を接触させる事で暴走を止める事が可能です。現在のところ、床一面を聖水で覆う事が最も効率的な収容方法であると判明していますが、覆っていたとしてもその中に足を踏み入れて進もうとします。これらの水がSCP-2049-JPに接触すると、接地面から煙が放出されると共に苦しむ様子を見せます。
暴走が止まった後、フランス語で"Il n'existe plus ici.""もう此処には居ないよ。"と話しかける事によってSCP-2049-JPは自身が元いた棺に戻り、扉を閉め、その後は再び覚醒するまで機能を停止した状態になります。
補遺1: SCP-2049-JPはフランス南西部の廃村、プレンテスフォ村で発見されました。
プレンテスフォ村が滅んだ原因は不明ですが、中世後期に蔓延した何らかの"疫病"によって滅んだとされています。
財団に発見されるまで、SCP-2049-JPはプレンテスフォ村の隣町に在住するメロディ・ジェルヴェーズによって管理されていました。ジェルヴェーズ一族は村を滅ぼした疫病から生き延び、疫病によって生じた魔物(SCP-2049-JP)を管理する役目を担っているとメロディ氏は証言しましたが、彼女自身もこれを疑問視していたため、この発言については疑わしい点が多く存在します。
メロディ氏は財団に対して協力的な態度を示し、管理権限の移譲を快諾しました。その際管理方法が伝達され、それらは精査・修正された後に収容プロトコルとして反映されています。
補遺2: メロディ氏の管理形式が充分に収容要件を満たしている事が証明された後、より確実な収容体制への移行を画策して実験が行われました。以下は実験記録の抜粋です。
収容実験1
概要: 機械アームを用いて棺からSCP-2049-JPを取り出し、別の収容ユニットへと移す。
結果: 失敗。SCP-2049-JPは取り出されると突如覚醒し、機械のアームを壊して脱出した。精製水で満たされた床に着地した事によってSCP-2049-JPの動きが鈍ったが、その後近くにいたCクラス職員に飛びつき、その職員は即死した。別の職員による聖水入り放水銃の発砲で更に鈍らせた後、収容担当者が"Il n'existe plus ici.""もう此処には居ないよ。"と話しかけた事によりSCP-2049-JPは暴走を止め、棺まで戻った。以下、同様の行為を"鎮圧話術の実行"と呼称する。
収容実験2
概要: 棺ごとSCP-2049-JPを取り出し、運び出す。
結果: 失敗。棺を鎖で縛って持ち上げた際、SCP-2049-JPが覚醒して鎖を破壊した。その後、精製水で覆われた床に着地し、近くにいた職員に向かってよろめきながら歩いたが、苦しむ様子を見せ、歩くのを止めた。その後鎮圧話術が実行されると、SCP-2049-JPは棺へと戻った。
補遺3: 以下は、財団に管理権限が移譲されてから確認された特筆すべき覚醒イベントの抜粋です。
覚醒イベント1
SCP-2049-JPは未明、棺を開けて立ち上がり、軽く見回した後に歩き出した。周囲が精製水によって覆われていたため、数歩進んだが、最終的に歩みを止めた。その後、隣接サイト-NF65に待機していた収容担当者が鎮圧話術を実行し、イベントが終了した。
覚醒イベント5
精製水の入れ替えがDクラス職員によって実施されていた際に発生。SCP-2049-JPは覚醒して棺を開けると、すぐさま近くで作業していたD-19080の首を掴んで殺害した。その後、振り返ってもう1人の作業員(D-29678)に向かって走り出した。D-29678は慌てながら放水銃を発砲するも、SCP-2049-JPはそれを避けてD-29678の顔を掴み、殺害した。
殺害後、出入口に向かって走り出したが、スプリンクラーから聖水が散布された事によって動きが止められた。その後、部屋に突入した職員によって鎮圧話術が実行され、イベントは終了した。
覚醒イベント12
精製水の入れ替えがDクラス職員によって実施されていた際、覚醒イベントが開始した。SCP-2049-JPは棺から出ると、清掃をしていたD-24507を見つめて"においを嗅ぐような"動作をした。
その後D-24507にゆっくりと近付き、触れようとしたが、スプリンクラーの自動起動によって動きが停止し、D-24507が鎮圧話術を実行した事によりイベントは終了した。特筆すべき点としてD-24507はこの清掃の前に別の場所でラベンダー(L. multifida)に触れる機会があり、微かにラベンダーの匂いがしていた。これらの関係性については調査中。
補遺4: 以下は主任のクロヴィス・ジル博士とメロディ・ジェルヴェーズの間で行われた会話の抜粋です。
[記録開始]
(メロディ氏は聖堂が見える草原に座って遠くを眺めている。ジル博士はメロディ氏に近付き、腰に装着していた録音装置を起動させる。)
メロディ: あら、どうも。休憩中よ。
ジル博士: 隣に座っても?
メロディ: お好きにどうぞ。
(ジル博士はメロディ氏の隣に座り、2人で聖堂を眺める。)
メロディ: 管理…いや、収容の担当がそっちに移されて早1年か。生活はだいぶ楽になったよ。
ジル博士: それは良かった。
メロディ: 初めて君らに会った時、ちょうど私が彼…SCP-2049-JPだっけか。まぁ、彼のお世話をしている最中だったね。
ジル博士: はい。今思えば、1人でSCP-2049-JPを封じ込めていたなんて信じがたい事です。
メロディ: 封じこめていた?私のはとても"封じ込め"なんて呼べるものじゃなかったよ。毎日決まった時間にこんな遠い村まで行って、汚れた水を拭いて、町で買ってきた蒸留水に文字通り祈りを込めながら、それを床に撒いてた。
ジル博士: 随分苦労されてきましたね。
メロディ: …掃除してる時に彼が目を醒まして私を殺しにくるんじゃないかっていつも怖かった。一応水鉄砲は持ってたけど、オモチャだったからね。私は運が良かったよ。
(メロディ氏は俯く。)
メロディ: 何より、私は悲しかった。
ジル博士: 悲しかった?
メロディ: 決まった時間にこの聖堂を訪れていたって言ったけど、それはつまり、私がいない間に彼が棺から出てた事もあるって事よ。聖堂に行くと、床の聖水によって動けなくなった彼と会う事が何度かあった。可哀想だよね。足から煙を出して、苦しみながら、水の外へ脱しようとする。
(沈黙。)
メロディ: "もう此処には居ないよ"って言わなきゃいけなかったのが、何より悲しかった。
ジル博士: …なぜ悲しいのですか?
メロディ: "誰"がもう居ないのか分からないけどさ。彼はこの言葉を投げかけられると、落胆して棺の中へ帰っていくように見えるの。
ジル博士: なるほど。
メロディ: …ジェルヴェーズ一族が代々彼を封じ込め続けてたって話をしたけど、私がこれを知ったのは15の頃。誰にも言っちゃいけないと釘を刺されて、触れたら死ぬって言われて、毎日お世話をしなきゃならないって、その年でこんなにも大きな秘密を抱える事になった。
(沈黙。)
メロディ: 私の前は両親がこれをやっていたらしいけど、これを伝えた3か月後に事故に遭って死んだ。私は華々しい学生生活のほとんどを捨てて、彼のお世話に従事しなくちゃいけなくなった。不気味だったよ、臭いし、グロいし。
(沈黙。)
メロディ: "彼"と呼べるくらい許容できるようになるまで長い時間がかかった。だから…今、彼から解放されて、凄く有難く思ってるよ。ジェルヴェーズの呪いからも解放されたんだから。
ジル博士: …ジェルヴェーズ一族とは何なのでしょう。それにSCP-2049-JPの起源とか…なぜこんなことをするのかも、何も分からないままです。何か知っている事はありませんか?
メロディ: 全ての物事に必ずしも意味があるわけじゃないよ。むしろ世の中は不合理ばかりで、意味あるものなんてたかが知れてる。…でも私達って、不合理なものに合理性を求め、意味の無いものに意味を見出そうとするのよね。ほんと愚かだと思う。
(ため息。)
メロディ: だから、今からする話は先祖の言い伝えと私の空想。12年も1人で彼のお世話をしてきた私が、彼を理解するために作り上げた…不合理を合理にするための、何の証拠も無い話。それでもいい?
ジル博士: ええ、構いません。
メロディ: この村は疫病で滅んだらしい。おばあちゃんの話では、それは"触れた者を全て殺してしまう"悪疫だったってさ。それは何かを媒介として人へと感染するそうで、瞬く間に村全体へと感染した。
(沈黙。)
メロディ: 村の外に蔓延するのも時間の問題だった。状況窮まった頃、村に住む若い医者の男が、自己犠牲になる事をみんなに提案した。村の外に蔓延する前に、この疫病をここで全て断ち切ろうと。みんな生きる希望を失っていたから、このような"死に意味を持たせる"提案に対して賛成した。
(メロディ氏は聖堂を眺める。)
メロディ: ではどう死ぬかという議論が行われるようになって、じゃあこれを提案した男に触れてもらおう、となった。"介錯"のようなものね。…その後は早かった。彼を弔うための棺が作られて聖堂に置かれると、村の人間が皆そこへ集まって、祈りを捧げながら、彼に触れて殺された。彼は救世主メシアのように聖職者のヴェールを被って、ひとりひとり救っていった。…彼は死んだ村人を近くの集団墓地に運び埋め、彼が最後に残された。
(嘲笑するような笑い。)
メロディ: 後は彼が死ねば"悪疫"はこの世から消える。それで、村の中でジェルヴェーズ一族だけはなぜかその疫病に罹らなかったから、当時のジェルヴェーズさんは最後に彼を殺す役目を担った。でも彼は1人で死を待つ事を選び、自ら棺に入り、そして扉を閉じた。ジェルヴェーズさんは彼の意志を尊重して、村から去った…と。めでたしめでたし。
ジル博士: …でもそれじゃ、彼が今になっても棺から出て人を殺し続ける理由が分からないじゃないですか。
メロディ: 彼は1人、感染者を殺し損ねたの。彼の小さな弟を。どうして殺し損ねたのか?…彼は他の人の遺言を聞いたり、この手で沢山の人を殺める事に気を取られて、弟が聖堂にいない事に気付かなかったのでしょう。彼は棺の中で死ぬ間際にそれに気付き、棺から出て弟を殺しに行こうとした。でもそれをジェルヴェーズさんは見ていた。まだ村にいて、彼の安らかな死をずっと近くで祈っていたらしい。
(沈黙。)
メロディ: それで、彼は執念で弟を殺しに行こうとユラユラ歩いて、ジェルヴェーズさんもそれを探し回ったらしいけど、結局弟は見つからなかった。その時のジェルヴェーズさんが彼に言った言葉が…
ジル博士: "Il n'existe plus ici.""もう此処には居ないよ。"?
メロディ: うん。その言葉を聞いて彼は力尽きたらしい。ジェルヴェーズさんは彼を棺に入れて丁重に弔った。それでも彼は諦められないようで、死体になっても時々起き上がって、弟を殺しに歩き出す。彼の記憶は無く、ただ弟を殺すという執念で一心不乱に突き進んでいる。だから…彼が水によって動けなくなった時に話しかけないと、声が彼に届かないの。
ジル博士: …なるほど。
メロディ: 納得いかない?そうよね、自己犠牲になったり、彼が神のように振舞ったり、愛する弟を忘れたり、ジェルヴェーズ一族だけ疫病に耐性がついてたり、そんなのあり得ない、不合理な事だと思うでしょう?
(ジル博士は頷く。)
メロディ: でもね、それが人間ってものだと思うよ。私達は合理的な存在ではないのだから。…さて、納得できた?
ジル博士: はい、概ね。ですが弟が逃げたのなら、今頃世界中にこの悪疫が蔓延してるはずでは?
メロディ: さあね。それについては単に村特有の風習が関係してて、ジェルヴェーズ一族だけその風習をしてなかっただけとかだと思ってる。
ジル博士: それでは自己犠牲になる必要なんて無くなる気がするのですが。
メロディ: 劇的な物語の背後にあるものが、必ずしもその物語に見合うものだとは限らないよ。それに私は血族の特別性なんて信じてないし、この話も、真実である保証はないから。
(嘲笑するような笑い。)
メロディ: もしかしたら、彼は単に時々目を醒まして無差別に殺し回るだけのただの怪物かもしれない。そう、分かんないのよ、真実なんて。だから、彼らの過去と未来を考えるのは自由だと思うよ、私も貴方も。
ジル博士: なるほど。面白い考え方です。
メロディ: そう?じゃあ一緒に考えてみましょうよ。問答法みたいな…それは違うかな?まぁその、貴方には彼がどんな風に見える?
ジル博士: 聖堂の奥に置かれた棺から後光を受けて立ち上がる彼は、どれほど姿が醜くても救世主メシアのように神々しく見えてしまいます。
メロディ: 貴方にはそう見えるんだ。じゃ、今度は貴方が私に訊く番よ。
ジル博士: 私が?じゃあそうですね…そうだ、彼の弟ってどんな姿だったと思いますか?
メロディ: …彼の弟は、彼と同じ医者を志していたらしい。そして中世といえば、少しズレるけどペストが蔓延った時期でもあった。だから、ペスト感染者のように肌が黒くなった姿か…
(メロディ氏は微笑む。)
メロディ: "ペスト医師"のような姿をしているんじゃないかな、なんて思うよ。
[記録終了]