To: 鳴蝉博士
From: アドリアーノ・サントス室長
Subject: 見本を送る
異動手続きご苦労。科学部門超常昆虫課 ツノゼミ類特命対策室を統括するアドリアーノ・サントスだ。異動にあたって、既に日本で簡単な説明を受けたと思うが、我々の報告書についてはまだ触れていなかったはずだ。さしあたり、比較的分かりやすいのを一つ取り寄せ、日本語に翻訳しておいた。前哨サイトへ着くまでに、さっと目を通してもらいたい。
アイテム番号: SCP-2155-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-2155-JPは現在、サイト-PT10の昆虫研究区画に設けられた専用の収容室にて飼育されています。オブジェクトが収容違反を起こさないよう、壁面および天井には防虫剤を塗布し、センサーと監視カメラによるモニタリングが常時行われています。収容室内は発見地点の密林が非有機的な素材で擬似的に再現されており、異常性によって破壊された構造物は定期的に取り替えられています。

SCP-2155-JP
説明: SCP-2155-JPは異常なツノゼミ科(Membracidae)昆虫の一種です。多くのツノゼミと同様、胸部背面から角状の突起構造が伸長していますが、先端には突起の代わりに、直径5ミリメートルほどの空間異常が発生しています。当空間からは不明な原理かつ猛烈な重力が生じており、気体以外の物質が空間表面に触れた場合、中心に向かって平均280.1m/s2の重力で引張されることになります。中心の黒円は何らかの異空間に接続しているとみられ、吸引された物質は円に進入した部分から順次消失していきます。この際、サイズの大きい物体は円の外縁部に引っ掛かり、形状を崩壊させながら吸い込まれます。異空間を探索する試みは、黒円を破損無しに通過できる通信装置を確保できないことから、現時点では見送られています。
SCP-2155-JPは1997年、ブラジル連邦共和国・アラグアイア川流域の熱帯雨林より発見されました。当時、近隣集落の部族から「悪しき神虫が聖なる森を脅かしている」との警告が当局や旅行者に寄せられており、不審に思った財団が探索部隊を組織し、ジャングルの調査に向かわせていました。現場に到達した際、付近一帯は複数の倒木で覆われており、オブジェクトは不規則に飛行し、周囲の植物に異常由来の穴を開けていました。オブジェクトの性質上、捕獲活動は困難な様相を見せたものの、虫除け成分を塗布したパネルで取り囲むことで、オブジェクトを安定して収容することに成功しました。
SCP-2155-JPは一切の摂食行動をとらないにもかかわらず、収容から23年経った2020年現在においても、健康体のツノゼミと同様の活動性を維持しています。オブジェクトは不定期に糞尿を排出しており、これには長年摂取していないはずの樹液が混じっていることから、研究チームは突起先端の異空間が栄養補給に何らかの作用を果たしているとの推察を行っています。
インシデントログ-2155-JP
2025年6月12日 午前3時頃、SCP-2155-JPの空間異常において、平常時とは異なる挙動が確認されました。以下は収容室の監視カメラに記録されたインシデントの一部始終です。
[記録開始]
プラスチック製の丸太の上に止まるSCP-2155-JP。突起先端の異常空間が脈動を始め、散発的に青白い光を発している。オブジェクトは軽微な呼吸動作を繰り返すのみで、目立った反応を示していない。
不明な実体: よいしょっとupsy-yoisyo。
黒円より極小の人型実体が顔を出す。対象は複数の言語が入り乱れた複雑な混合言語を用いており、時折掛け声を発しながら、少しずつ身体を引き出していく。背部には成虫前のエゾゼミの一種(Neotibicen linnei)に類似した白い羽根が2対付属している。
実体A: はあ疲れた。ジェニファー、次、来る?頑張れ。
実体B: わあ、とてもきついです。
実体Aに続き、実体Bが黒円を抜け出す。いずれの個体も背部を中心に青白く発光しており、観測の結果、実体群は羽根の模様を魔法陣代わりに用いることで、原始的な奇跡論を発動していることが確認された。実体の脱出が7回続いた後、実体Hが外縁部に引っ掛かり、身動きが取れなくなる。
実体H: なにくそ、なにくそ……出れません!助け求める。
実体I: お一人でやれ。
実体E: 馬鹿野郎、我ら助ける。個は連関することで脆弱な叡智を発揮する。
実体群は不明な原理で空中を浮遊し、黒円の周囲を取り囲む。発光が一段と強くなり、実体Hが勢いよく飛び出す。
実体H: かたじけない。骨身に染みる。
実体C: はい次の方。
実体A-H: [黒円に手をかざしながら] うんとこしょ。どっこいしょ。
実体Hに続き、次の実体を奇跡論で引き出そうとする実体群。しかし上手く行かず、5分以上かけてようやく実体Jが脱出する。実体Jは実体群の中で一回り大きい個体となっている。
実体B: ジェーン頑張った、とても立派。
実体F: さあ、祈りを捧げよう。
実体J: [無言]
実体Jは突如嘔吐すると、吐瀉物の中から粘度の高い琥珀色の液体を掬い上げ、SCP-2155-JPの前に差し出す。
実体A-J: [流暢なスコットランド・ゲール語で] ……我が新しき母エルマ、遍あまねく世界のきざはし階たるエルマ神よ。かつてあなたは、悪しき蝉神より一族を導き、世界大樹の下に聖遷させ給うた。我らはこれより主に向かい、その義に相応しき感謝を捧げる。神の使いたる虫洞蝉よ、大樹の霊血を何卒ご堪能くだされ!
SCP-2155-JP: [樹液を啜る]
実体A: あのさ、ここクソったれに暑いね。帰ろ?
実体F: いけません。
[記録終了]
補遺: インシデントの直後、財団は収容チームを投入し、実体群の確保を試みました。当初、実体群は職員との接触に肯定的な態度を示していましたが、研究員の一人が着けていたロザリオを見た瞬間、ほとんどの個体が悲鳴を上げ、空気に溶け込むようにしてその場から消失しました。一方で、一部の個体は職員を珍しがり、再び現れた別の個体に引き離されるまでの間、短時間のインタビューに応じました。
聞き取りの結果、SCP-2155-JPの黒円はワームホールの役割を果たしており、円の先にはセミ系人型実体による社会が存在することが判明しました。彼らはアニミズムにGoI-101("エルマ外教")の神格と思しき存在を取り込んだ独自の宗教体系を構築しており、SCP-2155-JPを用いた次元移動に関しては、成人に向けた儀式の一環として捉えているようです。
SCP-2155-JPについては「聖遷以前の時代、一族が南の大地へ放浪していた時に見つかった」「女神エルマの囁きが聞こえ、道なき森を分け入っているうちに辿り着いた」としていますが、これらは伝承としての供述であり、オブジェクトの発生経緯については未だ不明瞭です。次元移動の際、SCP-2155-JPに対しては"世界大樹"より抽出した未知の樹液を捧げ、故郷の恵みを神に還元するという慣習があり、オブジェクトはこれを摂取することで、異常な長命を獲得したものとみられています。
To: 鳴蝉博士
From: アドリアーノ・サントス室長
Subject: Re: Re: 見本を送る
これは対策室によって生態がある程度解明されたツノゼミの一例だ。知っての通り、ツノゼミには不思議な形状の"角"を持つ種が数多く存在しており、中にはコイツのような、一目でアノマリーと分かる個体まで存在する。いや、正確には存在しすぎていると言ってよい。人類は宇宙にまで進出したというが、南極や深海、地底など、地球には未だ全容の掴めぬ地域がごまんと広がっている。財団は近年、そうした未踏地域に調査隊を送り込み、積極的な研究を行っているが、そのうちの一つである密林奥地において、我々をいたく困らせているのがコイツらの存在だ。
通常種のツノゼミも相当だが、異常種の角も一見、用途の判然としないものばかりであり、どうにかして調査を進めても、予想の遥か斜めを行く真相に辿り着くことが多い。2155-JPの場合、事情を知り、伝えてくれる者がいたから良かったものの、当初の説明だけを見たら、恐らく君は「異空間に吸い込んだ物を栄養源にしている」等と考えるはずだ。「角が平行世界を繋いでおり、そこから出る妖精に世話をしてもらっている」だなんて、誰が思い至るだろうか。あまりにも回りくどい話であろう。
さらに最悪なのは、昆虫というものは豊富な種類に派生して分布しており、異常なツノゼミについても、各地の秘境にうじゃうじゃ住みついているという事実だ。アマゾンの奥深くで漁網を投げれば、Safeクラスが2~3匹、Euclidが1匹は捕れることだろう。これこそが近年、ナントカ探検隊等といった番組がさっぱり作られなくなった理由である。
一つ幸運なのは、個体数が計り知れないにもかかわらず、深刻な人的被害は未だ発生していないという点だ。社会に害を成すセミはいくつか存在する一方、ツノゼミは不気味なほどに目立たず、呑気に枝の周りを飛び回っている。だがそれでも、オブジェクトの予測不可能性と膨大な数は、彼らを確保しなければならない明白な理由であり、ツノゼミ対策室なんてものをわざわざ立ち上げた要因なのだ。
我がチームへようこそ、ミセス・ナルセミ。こんな名前だが、決してここは人材の掃き溜め、閑職ではない。君はセミ研究で素晴らしい成果を収めた、前途有望な専門家だ。実際の所、ツノゼミとセミは別の科に属している。だがしかし、ツノゼミに特化したような人材は財団を見渡しても一握りしか存在せず、大量に見つかる新種への対応にはまるで追いつけないのが現状だ。近縁種の知識を活かして、異常ツノゼミの全容解明に少しでも寄与してもらえることを望んでいる。
……おっと、今日もさっそく、メールボックスにはち切れんばかりの発見報告が届いている。いくつか写真を送っておくから、今後の研究構想に役立ててもらいたい。


