誤伝達部門より通達
当該文書の編集は禁止されています。
本報告書を閲覧する全ての財団職員は、SCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しないことに留意してください。
— エリ・フォークレイ、誤伝達部門主任

川田 恵美子(享年21)
アイテム番号: SCP-2179-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-2179-JPの肉片は、サイト-8139の高秘匿性チャンバーにて冷凍保存されます。如何なる状況にあっても、使用中のチャンバーを開放する試みは許可されません。
説明: SCP-2179-JPは、21歳の日本人女性である川田 恵美子と同義でした。SCP-2179-JPの異常性は、自身を認知した人物に対して致死性の情報災害を発生させるものだったと推測されます。しかし、SCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しない為、当該実体が引き起こしたとされる死亡事案の全てが虚偽、もしくは観測者の程度によって曖昧に変化する異常な曲解現象である可能性が指摘されています。詳細は補遺の映像記録2179-JPを参照してください。
SCP-2179-JPは生前1、強い希死念慮を訴えていました2。また、SCP-2179-JPはその不安定な心的状態に付随して抑鬱の症状を呈しており、その根本的な原因はSCP-2179-JPを取り巻く劣悪な家庭環境に起因していたものと仮定されています3。これは本報告書の作成者である私、倉敷 孝史4研究員と、SCP-2179-JPの降霊5を担当した外部協力者の████氏との共同で行われた非公式な検証実験の結果から、概ね真実であると証明されています。
検証実験: 2016/11/24、倉敷研究員と████氏の両名がSCP-2179-JP収容室内部で倒れている所を巡回中の警備員6が発見しました。事態の収束後、████氏の関係者にはカバーストーリー「交通事故」を適用し、同氏の残された遺体の一部を遺族に返還しています。収容室内に設置された監視カメラの映像記録を解析した結果、倉敷研究員は████氏の死亡から凡そ15分間ほど生存しており、SCP-2179-JPの異常性によって意識を喪失する直前まで、予め持参したノートパソコンを用いて本報告書の編集作業を行っていたことが判明しています7。
私が本報告書内に追記した文章は、その大部分を箇条書きで記述しています。これらの情報は、████氏の肉体を依り代に降霊させたSCP-2179-JPとの対話から得られたもので、当該実体が異常性を発現させるに至った起源として一定の信頼性が担保されています。
以下に、その内容を示します。
- 川田 恵美子は高機能自閉症の患者であり、周囲との人間関係に多大な困難が生じていた。
- 川田 恵美子は13歳の時に両親の離婚を経験し、母方の実家に引き取られて以降、慢性的な経済的困窮に苦しめられていた。
- 誰にも望まれていない。
- 本村 英治8は本来、強制性交等致傷罪に問われるべき人物であり、川田 恵美子の配偶者となるには不適当である。
- 彼女も望んでいない。
- [SCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しない前提と矛盾する為、データ削除済み]
今回、私が引き起こした一連の行動は、私個人がSCP-2179-JPに対して抱えていた、純粋な知的好奇心に端を発する背信行為ではあります。しかし、この突飛な行動は当人の知覚が不可能な深層意識下に於いて、SCP-2179-JPの持つ未知の異常性によって影響を受けていた為である可能性も、完全には排除できません。よって、当該文章を含めて、本報告書を無闇に編集する行為が意図しないSCP-2179-JPの活性化に繋がる危険性を考慮し、私自らが事前に選任していた誤伝達部門のSCP-2179-JP担当職員のみ、本報告書に対する必要最低限の編集作業が許可されます。
ここからが最も重要な伝達事項です。私がこれらの後始末を頼んだ彼9は恐らく、私の最後の仕上げとなる[データ削除済]の使用によって“私”の存在を忘却している事でしょう。そうした場合は、本報告書に関する取り扱い方法の最終的な判断をプロフェッショナルである貴方達に一任します。当然、貴方達はこの手の理不尽にも問題なく対応できると信じていますが、くれぐれもSCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しないことには留意してください。
補遺:1 瀬戸博士の提言
まず初めに、SCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しません。これは我々が行ったSCP-2179-JPに対する包括的な調査の末に導き出した結論であり、上述した前提条件が撤回される事はありません。
このような収容措置を施すに至った経緯として具体例を1つ挙げるとするならば、川田 恵美子の最も身近な人物であった本村 英治氏は、SCP-2179-JPの存在を認知していなかったことが挙げられます。その他にも、彼女の同僚、親類、友人に至るまで、少なくとも我々の調査した限りではSCP-2179-JPを認知していた人物は1人も存在していませんでした。だからこそ、我々自身もまた、安易にSCP-2179-JPの実在性を認めるべきではないと判断されたのです。
そして、このような純然たる事実は勿論、存在しない筈のSCP-2179-JPを収容する我々自身にとってもまた、全くもって例外などではないと言うことです。確かにSCP-2179-JPの持つ特異性の影響は無視できない程の大きな脅威であり、初期収容の時点でさえ当該実体の安全な確保は困難な状況にあるとされていましたが、それでも我々は多くの犠牲を払いながらも現時点で取れるだけの有効な手段を講じました。
即ち、我々は依然としてSCP-2179-JPの存在を認知する事こそ出来ないものの、“倉敷 孝史”なる人物が執筆したとされる当該文章を通じてのみ、SCP-2179-JPと呼称されるオブジェクトが過去に存在した“可能性”を間接的に観測することが可能となりました。ここで“可能性”と表記したのは、本報告書の内容はあくまで倉敷研究員の主観的な推論に過ぎない為ですが、SCP-2179-JPに対する収容施行の観点からは殆ど問題視されていません。そうした“彼”の財団に対する献身によって、今日までのSCP-2179-JPの安定した収容に繋がっています。
ただし、本報告書を閲覧する全ての財団職員は、倉敷研究員が財団日本支部に所属する職員として認知された事実は存在しないことに留意してください。不本意ながら、我々には過去現在未来を通して、功労者たる“彼”の存在を正しい形で認知する瞬間は訪れないでしょう。
— 瀬戸博士 誤伝達部門日本支部
補遺:2 映像記録2179-JP 日付2016/11/22
以下は、████市民病院の待合室に設置された監視カメラ映像の抜粋です。映像内に記録されたSCP-2179-JPによるインシデントの結果、完全な収容が完了するまでに財団のフィールドエージェント3名を含む計11人が、SCP-2179-JPの異常性に暴露した事で死亡しました10。
また、件の映像記録に対しては誤伝達部門の主導で私自らが転写作業を行い、SCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しないという前提に反していると判断した情報を逐一除去しています。
私はこの転写作業に先んじて、クラスH記憶処理剤を服用しています。これにはクラスHの主要な効果である持続的な前行性健忘を利用し、SCP-2179-JPの認知的悪影響を最小限に抑える目的がありました。
[重要度の低い場面を割愛]
川田 恵美子が、母親である川田 久美恵に付き添われながら病院の待合室に到着する。それから30分程、2人は並んでソファに座り、その場に待機している。
看護師: 113番の方、E-6診察室にお入りください。
久美恵氏: あっ、はい。……ほら、呼ばれたよ。恵美子。
川田 恵美子: うん、分かった。
2人は目の前にある診察室の中に進んでいき、監視カメラの撮影範囲から外れる。続く45分間は、これらの映像に目立った変化は見られない。
川田 恵美子: わ……私のせいじゃない、私のせいじゃないでしょ。
暫くして診察室の扉が開き、そこから川田 恵美子が這い出てくる。彼女の下腹部からは少量の出血が見られるものの、それ以外に異常は見当たらない。
これに続いて、久美恵氏が両目と喉元から出血した状態で診察室から飛び出してくる。久美恵氏は騒然とする待合室の人々に対して、必死に何かを伝えようとしているが、彼女の声は周囲の雑音によって搔き消されている。
川田 恵美子: ごめんなさい、お母さん。ごめんなさい、ごめんなさい。
診察室から、医師である福地氏が現れる。両目と両耳、喉元から多量の出血があり、その右手には不明瞭ながら女性の下腹部のものと思われるレントゲン写真が握られている。同時に、監視カメラの映像には冒頭の看護師が診察室の中で血を流して倒れている姿が映っている。
川田 恵美子: だって……断れなかった、私。怖くて、本当に体が動かなくなって。
久美恵氏と福地氏が、川田 恵美子の方にゆっくりと振り向く。
福地氏: 川田さん、[SCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しない前提と矛盾する為、データ削除済み]
久美恵氏: 恵美子、アンタは[SCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しない前提と矛盾する為、データ削除済み]
川田 恵美子: ……え? 嘘。そんなの、嘘に決まってる。やめて、適当なこと言わないでよ。
川田 恵美子の下腹部からの出血は未だに収まらない。久美恵氏が心配するような素振りをして側に寄り添うものの、川田 恵美子は彼女に対して恐怖の表情を浮かべている。
川田 恵美子: いや! 来ないで! 誰か、助けて! 誰か!
福地氏がこの声に反応し、川田 恵美子の下まで歩み寄る。そして、おもむろにその両足を掴み上げ、左右に無理やり開かせる。川田 恵美子は悲鳴を上げるが、それとは対照的に福地氏と久美恵氏は笑っているように見える。
川田 恵美子: え、何で。
[以降の映像は、SCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しない前提と矛盾する為、データ削除済み]
その後、福地氏と久美恵氏は出血性ショックにより死亡する。この待合室に居合わせた人々は両目と両耳から出血しながら、横たわる川田 恵美子を取り囲んでいる。これにより、川田 恵美子の姿は監視カメラの映像に殆ど映っていない。
川田 恵美子: は、ははは……。
川田 恵美子を取り囲む人々は皆、一様に笑っているように見える。次第に、周囲の人間が出血性ショックによって次々と倒れ込み始める。川田 恵美子の隠れていた姿が徐々に露になる。ここで初めて、川田 恵美子と同義であるSCP-2179-JPが確認できる。
SCP-2179-JP: [SCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しない前提と矛盾する為、データ削除済み]
川田 恵美子: ふふ、ふふふふふ。あはっ、本当に可愛いじゃん……。
SCP-2179-JP: [SCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しない前提と矛盾する為、データ削除済み]
川田恵美子の笑い声と、同義だったSCP-2179-JPの[データ削除済み]は鳴り止まない。
川田 恵美子: もう、ほら。そんなに泣かないの。よしよし、よしよし。ふふふ。私の。私の……可愛い、[SCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しない前提と矛盾する為、データ削除済み]
川田 恵美子と、同義だったSCP-2179-JPは出血性ショックによって死亡する。
映像記録2179-JPは、SCP-2179-JPが社会構成体に属する生命として認知された事実は存在しない前提と矛盾する為、現在では何らかの超常的要因により置換されたフェイク映像であると考えられています。また、本件に於ける映像記録の再転写、更なる追加調査の実施等は承認されません。
本報告書の閲覧者は、SCP-2179-JPが一貫して、自身の存在が誰にも望まれない現実を望んでいた事実に留意してください11。