アイテム番号: SCP-2206-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-2206-JPの異常性が及ぶ範囲の土地は、財団フロント団体「ひまわりクリーンプロジェクト」が所有し、カバーストーリー「湖水浄化実験」によって封鎖しています。被験者以外は範囲内で就寝しないで下さい。SCP-2206-JPの研究は機動部隊オミクロン-ロー("ドリームチーム")1と考古学部門・中央アジア研究室の協同で進められています。
説明: SCP-2206-JPは長野県軽井沢町に位置する██湖です。面積0.14km2、周囲長2.2km、貯水量0.00008 km3、平均水深5.7m、最大水深12.0mの淡水湖であり、日本の湖では最小の部類です。
SCP-2206-JPから約30m以内の範囲で就寝した人間(以下、対象)は、必ず以下のような内容の夢を見ます。より詳細な内容は別紙SCP-2206-JP夢報告を参照して下さい。
1. やや曖昧ながら五感を伴い、対象は夢内で自律的な行動が可能。
2. ヤルダン2が点在する砂漠、あるいはステップ気候の草原が登場する。
3. 「広大で美しい」と形容される湖が登場する。
4. 湖の畔に築かれた「壮麗で活気に満ちた」と形容される都市が登場する。文明レベルはおそらく古代で、官僚による高度な政治体制、仏教の影響が強く寺院や仏塔が多い、漢字やカローシュティー文字3の使用などの特徴が見られる。
5. 都市の住人の容貌はコーカソイド系で、農耕民族と遊牧民族の文化を併せ持つ。主にガンダーラ語4で会話していると推測されるが、対象にガンダーラ語の知識がなくても大まかには意思疎通できる。対象に対する態度は概ね友好的。
以上の特徴と後述のインタビューログの内容から、中央アジア研究室は湖はロプノール湖5、都市は楼蘭ろうらん王国6がモデルになっていると考えています。
オミクロン-ロー隊員から脳情報デコーディングによって抽出したイメージ例(クリックで拡大)
補遺・発見経緯: SCP-2206-JP発見の契機になったのは、都市伝説・超常現象系のオンラインウェブフォーラムであるパラウォッチに201█/█/██に投稿された「古代都市の夢を見る湖」に関するコメントでした。その内容を元に検証した結果、異常性が確認され収容が決定しました。コメントにはSCP-2206-JPの場所を特定できる情報は含まれておらず、パラウォッチ内で特定を試みる動きも見られないことから、事後処理は投稿者への記憶処理のみで十分と判断されました。
補遺・土谷教授に関して: SCP-2206-JPの周辺はリゾート地として開発されましたが、バブル崩壊によって現在はほとんどの物件が売却、あるいは放棄されています。唯一残存しているのは、早稲田大学の元教授である土谷 明憲つちや あきのり氏の別荘です。土谷氏の専門は中国考古学であり、特に楼蘭研究の権威であることから、SCP-2206-JPとの何らかの関連が想定されました。以下は土谷氏へのインタビューの記録です。
インタビューログ・SCP-2206-JP
対象: 土谷 明憲氏
インタビュアー: 三国みくに技師(学生時代に土谷氏の講義を受講しており、古代中国にも造詣が深い点から採用)
ロケーション: 東京都、港区、██████病院の病室
前記: インタビューの円滑化のため、土谷氏には財団の目的など最低限の情報を開示済み
三国技師: 先生、お久しぶりです。覚えておいででしょうか、三国です。
土谷氏: おお、懐かしい。勿論覚えておるよ。技術系なのに、あんなに熱心に私の講義を聞いてくれたのは、君くらいのものだ。
三国技師: いやあ、どちらに進もうか悩みましたけどね。先生のご偉業を知って諦めましたよ。自分にはとても真似出来ないと。
土谷氏: [ため息]偉業か。私はただ、自分がやりたいことをやっただけさ。おまけに大きな代償を払うことになった。あの湖はその象徴だよ。
三国技師: 話して頂けるのでしょうか。
土谷氏: 話しておくべきなのだろうな、歴史を学ぶ者の端くれとしては。私が楼蘭の発掘に関わったことは?
三国技師: 無論、存じております。██年の日中共同調査ですよね。発掘担当者では唯一の日本人だったとか。
土谷氏: ああ、中国政府が特別に認めてくれてね。楼蘭は学生時代からの憧れだった。砂漠に消えた幻の王国……ヘディン7の『さまよえる湖』を読んだり、博物館に楼蘭の美女8を見に行ったりして、想像を逞しくしたものだ。
土谷氏: だから、現地に立った時は本当に嬉しかったよ。"空に一飛鳥なく、地に一走獣なし。旅人はただ沙上に暴露された人骨獣骨の類を以て、行路の道標となすのみ"。玄奘三蔵が書いた通り、一面の砂漠だったがね。それでも、目を閉じると、往時の繁栄がありありと浮かんだものだ。まあ、発掘の内容については、本に書かれているから省略しよう。
土谷氏: 発掘を終え、現地で過ごした最後の夜、私は不思議な夢を見た。小さな、枯れかけたような水溜まりの畔で、美しい女性に出会うんだ。コーカソイド系の容貌で、鳥の羽をあしらった帽子に、毛織物の服を着ていた。
三国技師: それは。
土谷氏: ああ、生前の楼蘭の美女だよ。漠然と想像していた通りのね。今思うと、どことなく妻の面影もあったかな。彼女は水溜まりの水を瓶に汲んで、私に差し出すんだ。これを受け継いで欲しいと。言葉を交わした訳じゃないが、彼女がそう願っているのは分かった。そこで目が覚めたんだが[沈黙]。
三国技師: 先生?
土谷氏: 君たちは、その、超常現象を研究していると?
三国技師: その通りです。何をおっしゃっても、笑ったりはしませんよ。
土谷氏: すまない、この歳になっても笑われるのが嫌なんて、人間は本当に見栄っ張りだな。ああ、では言うが、その、目を覚ましたら、枕元に置いてあったんだよ。水の入った瓶が。
三国技師: ほう、もう少し詳しく外見を伺っても?
土谷氏: ペルシア風の……ササンガラス9に様式が近かったかな。はっきりとは覚えていないが、夢で渡されたものと似ていたと思う。傷一つなくピカピカだったから、出土品ではなかったのは確かだ。同僚たちも見覚えはないと言う。まあ、不思議なこともあるもんだと思ったが、せっかくだから妻への土産にと持ち帰ったんだ。
土谷氏: だが、ああ、結局、その瓶は妻の手に渡ることはなかった。日本に凱旋した私を待っていたのは、[ため息]妻の病死の知らせだった。
三国技師: ああ、心中お察し致します。事前に連絡はなかったのですか?
土谷氏: 妻が止めさせていたらしい。知ったら、私が途中で帰国してしまうと思ったのだろう。私は自分を責めた。自分の夢にばかりかまけて、妻を一人で死なせてしまったと。研究も手に付かなくなり、軽井沢の別荘に引きこもった。
三国技師: 瓶はどうなさったのですか?
土谷氏: 別荘の前にある██湖に投げ捨てた10。あのまま何も起きなかったら、私は妻の後を追っていたかもしれない。だが……。
三国技師: あの夢を見るようになったのですね。
土谷氏: ああ、瓶を捨てたきっちり翌日からね。
三国技師: やはり、あの夢の舞台は楼蘭なのでしょうか。
土谷氏: 少なくとも、今までの研究と矛盾する点はない。それで私は、ああ、浅ましい限りだが、生きる気力を取り戻したよ。夢とは言え、生きていた頃の楼蘭を、この眼で見られるようになったのだから。妻の命と引き換えになったというのに。
三国技師: いや、まあ、それは無理もないのでは。私だって孔明や劉備に会えたら、どんな悩みも吹き飛びますよ。
土谷氏: [笑う]全く、研究者は業が深いな。
三国技師: 先生は一連の出来事をどうお考えですか?
土谷氏: 色々考えたが、どれも想像の域を出ないな。あの瓶に入っていたのは、夢の世界のロプノール湖の水だったのではとか、██湖と一体化したおかげで、楼蘭の記憶を取り戻したのではとか。しかし、桜蘭の美女も、日本にまで運ばれるとは予想外だったかな。
三国技師: まさしく、さまよえる湖ですなあ。
土谷氏: その後、私は拠点を別荘に移した。ちょっとずるい気もしたが、最高の研究資料が手に入ったんだ。使わない手はないだろう。それでまあ、この歳までだらだらと生き続けてしまった訳だが[咳き込む]。
三国技師: 無理をさせて申し訳ありません、本日はここまでに?
土谷氏: いやいや、明日逝ってもおかしくないんだ、続けさせてくれ。██湖は君たちの好きにしてくれていい。そもそも私のものじゃないしな。ただ、一つだけお願いがある。
三国技師: どうぞ何なりと。
土谷氏: 私が死んだら、遺灰は██湖に撒いてくれないか。実は、妻の遺灰もそうしたんだ。彼女にも楼蘭の夢を見せてやりたくてね。
三国技師: 善処します。
土谷氏: 何度か、夢で妻らしき人影を見たような気がするんだ。桜蘭の美女と同じ服装をした彼女を。だが、声を掛けようとすると、いつもそこで目が覚めてしまう。妻は私に会いたくないのかもしれない。無理もない。私はずっと楼蘭に浮気していた。
土谷氏: [目を閉じて]それでも、私は妻に謝りたい。昔のように、一緒に湖を見たい。
[後略]
追記・201█/█/██: インタビューから7日後に土谷氏は病死しました。財団医師の再診断でも、異常な要因は発見されませんでした。遺灰の散骨に関しては「SCP-2206-JPに何らかの影響を及ぼす可能性は否定出来ないものの、遺言を無視する方がリスクは高い11」と判断され、三国技師が親族の同意を得た上で実施しました。
追記・201█/█/██: オミクロン-ロー隊員からの夢報告に「国王夫妻の容貌が若い頃の土谷夫妻に似ている」という内容が増加しています。国王夫妻にアプローチするべきか、現在検討中です。