アイテム番号: SCP-2219-JP
SCP-2219-JPに関する唯一の映像情報(実験2219-2で撮影、0.001秒)
オブジェクトクラス: Ticonderoga Neutralized
特別収容プロトコル: SCP-2219-JPは、一般には流通していないクラスX記憶補強薬を用いない限り確認されません。SCP-2219-JPを誘発する記憶補強は、同異常の研究に係わるもの以外での使用を禁止されます。クラスXの記憶補強薬を用いる際は、SCP-2219-JPの再発生を警戒してください。
説明: SCP-2219-JPは、対象となるヒト(Homo sapiens)が扉と認識するものを開けて通過した瞬間の脳内で知覚される、時間が停止する現象です。この間、扉を開けたヒトは主観的に思考以外の身体機能の停止を経験します。最低900万年以上の体感時間が経過後、唐突に非活性化したあとSCP-2219-JPに関する記憶は消失します。
SCP-2219-JPは全てのヒトに発生すると推測されますが、体験中の記憶が消失するため認識することは不可能です。当初はクラスXの新型記憶補強薬を用いた実験中、稀に確認されたことから副作用と判断されていました。後に、正常な記憶補強が行われた例との有意な差が見られ、SCP-2219-JPによって遷延性意識障害に陥った対象への聞き取り調査を経て、SCP-2219-JPを思い出したことが原因であると確認されました。この異常は非活性化後に未知の強力な記憶処理がなされるため、事後にSCP-2219-JPを体験した瞬間を標的とする記憶補強を行わない限り想起されません。SCP-2219-JPを思い出した者は、長期間に及ぶ思考を要因とする脳死状態、または遷延性意識障害に陥ります。
SCP-2219-JPの経験は記憶処理で再び消去することが可能ですが、一度思い出せばその体験期間相当の処理を必要とするため容易に致死量を上回り、実質的に対処は不可能です。
補遺1: 以下は、遷延性意識障害に陥った対象のうち最もSCP-2219-JPの詳細を知ることができたDクラス職員、D-221908への聞き取り調査記録です。
対象: D-221908
インタビュアー: 番匠谷博士
付記: 障害により、D-221908は脳スキャナーを通じた質問への「はい」か「いいえ」での応答しかできない状態にあります。
<録音開始>
番匠谷博士: あなたが取り戻したSCP-2219-JPに関する記憶はDクラスになる以前、職場のスイングドアを通過した際のものであるということでよろしいですか?
D-221908: 「はい」
番匠谷博士: わかりました。では、次の質問に移ります。……時間が停止していると感じた期間、呼吸はできましたか?
D-221908: 「いいえ」
[以下、SCP-2219-JP中に心身をどの程度働かせることができたかを特定するための質問が繰り返される。]
番匠谷博士: 肉体のみが全く動かせなかったということですか?
D-221908: 「はい」
番匠谷博士: わかりました。では、次の質問に移ります。……時間が停止していると感じた期間、呼吸をできないことによる苦痛は感じましたか?
D-221908: 「いいえ」
[以下、SCP-2219-JP中の苦痛の程度を特定するための質問が繰り返される。]
番匠谷博士: 思考を働かせることによる苦痛のみがあったということですか?
D-221908: 「はい」
番匠谷博士: わかりました。では、次の質問に移ります。……時間が停止していると感じた期間は、一年より長いですか?
D-221908: 「はい」
[以下、SCP-2219-JPの期間を特定するための質問が繰り返される。]
番匠谷博士: 時間が停止していると感じた期間は、一千万年より長いですか?
D-221908: 「いいえ」
番匠谷博士: わかりました。……では、他に何かお伝えしたいことはありますか?
D-221908: 「はい」「はい」「はい」「はい」「はい」
番匠谷博士: D-221908? こちらの声が届いていますか?
<録音終了>
終了報告書: 以降、D-221908は「はい」を███回繰り返したあと臨床的脳死状態に陥りました。
補遺2: SCP-2219-JPについて、現在判明していることは以下の通りです。
遭遇場所 |
遭遇者が扉と認識できるものを開いて通過した瞬間。人工的な扉ならば種類や状態を問わず、扉を開いて通過したと認識できる程度のものであれば発生する。 |
遭遇中に働かせられる心身 |
思考のみ。肉体的な活動は停止するが、生命維持に支障はない。 脳の働きも停止するはずが思考は発展できる。 |
遭遇中の感覚 |
精神的なもののみ。肉体由来の感覚は失われる。 |
メモ: 全人類がSCP-2219-JPを経験している可能性がある。扉を開けて通過した時を特定しての記憶補強で、SCP-2219-JPが確認されなかった事例は皆無だからだ。これは五分前仮説に通じる。世界が五分以前の記憶や記録も含め全て五分前に作られたとすると誰もそれを否定できないように、扉を開けて通過するたび時間停止を体験していても、そのことを忘れているとすれば現象の有無は把握できない。停止中は心臓の鼓動すら止まり視界も暗転し、無音状態で五感が失われるという。そのまま、一千万年ほども停滞した時間を思考せねばならないらしい。こんな体験を思い出したのが、脳死や遷延性意識障害に陥った要因だろう。わたしも知りたくはなかった気がする。SCP-2219-JPの影響を受けない記憶補強法も開発せねばなるまい。 - 番匠谷博士
補遺3: 以下は、SCP-2219-JP中の体感時間を測定すべく行われた実験の記録です。
実験ログ2219-1
日付: ██-██-██
実施方法: Dクラス職員に扉をはずした枠だけをくぐらせ、クラスX記憶補強薬を処方。
結果: 記憶が鮮明になった。
メモ: 枠だけの場合はSCP-2219-JPが発生しないようだ。半壊した自動ドア程度だと結果が分かれる、異常がなかった者も脳死した者も遷延性意識障害に陥った者もいた。これまでの調査から、扉を通過する当人がそれを扉と認識できることが発生の条件として間違いなさそうだ。次からは確実に異常が起きるだろう実験に移る、意識障害で済むのは稀だし非献体の消耗は抑えたいが。 - 番匠谷博士
実験ログ2219-2
日付: ██-██-██
実施方法: 臨床的脳死状態に陥ったD-221908の眼球にカメラを、耳にはマイクを埋め込み、遠隔操作可能なアシストスーツで身体に扉を通過させてクラスX記憶補強薬を処方。
結果: 直前まで何も録音録画されていなかったD-221908からの受信情報を記録するHDDの容量が、一瞬で限界に達した。収録されていたのは暗闇無音の60時間59分59.999秒と、0.001秒の光る人影のような映像だった。
メモ: スーツにも肉体に食い込む観測機器を装着していたが、そちらにはSCP-2219-JPの形跡がなかった。どうやらこの現象は脳付近で経験しており、記憶補強薬を用いるとそこに埋め込んだ機械も思い出したように反応するらしい。確認できた情報はほぼ暗闇無音、あとは終了間際の映像1000分の1秒とタイマーによる時間経過のみだが、外での一瞬のうちに61時間が記録されていた。この方法で確かめられたのも成果だろう。D-221908にはまだ意識があるのか、あるいはバッテリーが60時間も持たなかったはずがそれを超えて収録されていたことから、思考のような記録だけが脳内の機器にも影響するのかもしれない。電力の消耗がないのならば助かる。特に映像は聞き取りで得られなかった情報だけに興味深いが、まずは時間だけを測定してみよう。 - 番匠谷博士
実験ログ2219-3
日付: ██-██-██
実施方法: 臨床的脳死状態に陥ったD-221908の脳に時間計測器を埋め込み、アシストスーツで身体を遠隔操作した上で扉を通過させてクラスX記憶補強薬を処方。
結果: 時間計測器は237億6809万42年98日23時間37分58秒を記録した。
メモ: 宇宙の歴史より長い!! ジャネの法則を考慮して、体感時間の一千万年よりは長いと踏んでいたが。我々は扉を通過するたびそんな時を過ごしているのか!? - 番匠谷博士
実験ログ2219-4
日付: ██-██-██
実施方法: 臨床的脳死状態に陥ったD-221908の脳に時間計測器を埋め込み、アシストスーツで身体を遠隔操作した上で扉を通過させてクラスX記憶補強薬を処方。
結果: 時間計測器は9900万84年205日15時間43分55秒を記録した。
メモ: 前よりは短いが、その時間を遡れば恐竜のいた白亜紀になるほど長い。もしや聞き取り調査で体感時間が一千万年以下だったのは、過ごした時が比較的短い者が遷延性意識障害で済むからか? もしSCP-2219-JPの記憶消去が機能しなかったら……。いや、もしかしたら他の要因による脳死と判断された人々の中には……。 - 番匠谷博士
実験ログ2219-5
[削除済み]
結果: 時間計測器は██████████9856垓282京1205兆5708億3924万7435年64日8時間59分2秒を記録した。
メモ: 事案2219-JPが発生。
事案2219-JP: 実験2219-5後、番匠谷博士はサイト-81██内の扉を█個破壊したあと扉の破片で頸動脈を切断し、自殺をはかりました。
直後、D-221908が覚醒。番匠谷博士を追うようにサイト-81██内を歩き、そばを通るだけで破壊された各扉を逆回し映像のように復元し始めました。D-221908を現実改変者と判断した機動部隊による拘束の試みは、対象を透過するのみで失敗しました。全ての扉を修復後にD-221908は番匠谷博士のもとを訪れ、傍らに立つだけで瞬時に傷を回復させて蘇生。同時にD-221908は消滅し、現在も発見されていません。
筆記:番匠谷博士
実験2219-5についてはログに残されている以上の記憶はありません。わたしがなぜあのような蛮行に及んだのかもわかりません。憶えているのは、死んだと思った直後に意識を取り戻したわたしの目前で、D-221908が何処かへと消える姿のみです。……ここからは推測になります。
旧約聖書の創世記はご存知でしょうか。人類の始祖アダムとイヴは禁じられていた知恵の木の実を食べて知性を得、楽園エデンを追放されたといいます。一説によると、エデンには他に生命の木の実もあり、それも食べれば永遠の命を得た人が自らを超えうると神が危惧したためともされるとか。つまり、知恵を持った者が永遠に思考し続けることができれば、それだけでいずれ神をも超えうるのかもしれません。仏教やヨーガ、その他の信仰でも悟りを得る瞑想の最も単純な方法は静かに思考を巡らすものです。D-221908は無限のような時での思考の果てに、神のごとき何かに変化したのではないでしょうか。不思議と、あの現象から人類を解放してくれたように感じるのです。
補遺4: 事案2219-JP以降、SCP-2219-JPは確認されていません。従来の記憶補強では観測できなくなったのか、異常自体が消滅したのかは不明です。現段階ではNeutralizedに再分類されることになりました。