対象: レイ・フォッカー氏
インタビュアー: エージェント・テッド
付記: POI-2443-JPの人間関係を調査する中で、恋人であった同氏との接触に成功。インタビュアーは株式会社Soul ComPlexの社員に偽装し、幾度かの接触を重ね、対象の警戒を解くことに成功した。インタビューは、POI-2443-JPがSCP-2443-JP-1を創造した動機やその目的について聞き取ることを主目的として実施された。対象の言語能力に配慮して、コミュニケーションは英語で行われた。尚、対象への記憶処理措置は行われていない。
<録音開始, 2020/3/3>
(前略)
エージェント・テッド(以下Agt): では、田中さんとの交流は交換留学直後から始まっていたのですね?
レイ・フォッカー氏(以下対象): はい。私は昔から日本のアニメやマンガが好きで、いつか日本に行ってみたいという思いで交換留学生に応募しました。運良く選出されたはいいものの、日本語のレベルはお聞きになった通りでして……なかなかネイティブの同級生達に馴染めずにいたところ、英語で声をかけてくれたのが彼でした。
Agt: 十分お上手だと思いましたけどね。それで、次第に田中さんと仲良くなっていったと。
対象: ええ。サブカルチャーの話で意気投合して、ステイ先そっちのけで彼の家に泊めさせてもらったりとか。二人で地元の夏祭りに出かけたりもしました。そうして過ごすうちに、私と彼が深い仲になるのに、それほど時間はかかりませんでした。
Agt: 友人から恋人同士になったわけですね。
対象: あの、貴方は疑問に思われないんですか? 私と彼が、客観的に見て[間]同性愛の関係であったことについて。
Agt: 私は人種や国籍や思想や性別を理由として他人を侵害しません。この会社で一番最初に教えられたことの一つですよ。
対象: ありがとうございます。色々とご迷惑をおかけしているようですが、貴方のような方々と関われて彼も喜んでいるかもしれません。
Agt: なぜそう思ったのですか?
対象: 私も含めてですが、所謂セクシャルマイノリティにありがちな事で、彼は自分のジェンダー・アイデンティティに深刻な問題を抱えていました。心と現実の間に、簡単には埋められない大きなギャップを背負っていたんです。
Agt: それは、自身が思い描く自己の性と、客観的な性が一致しない状態ということですかね?
対象: そうですが、より複雑な状態とも言えます。ただ、この認知には彼の中でも幾分かの迷いと混乱があったようで、彼は心に合わせて不可逆的に肉体を変える試みよりも、よりバーチャルなアプローチに強く興味を引かれていたようです。
Agt: それでVRや仮想現実の世界に興味を持ったと言うことでしょうか。
対象: ええ、自分で言っていました。よく覚えています。二人でストリーム配信を見て笑いながら、この人達は自由だ、思い描いた自己を生きていると。自分もそうなりたいと、そう言っていたんです。
Agt: 11月に弊社の元請けである株式会社████████のオーディションに合格したようですが、後に合格取り消しとなった理由について、貴方はご存じですか?
対象: [沈黙]
Agt: フォッカーさん?
対象: すみません、大丈夫です。ええ、知っていますよ。あいつらのせいで、彼は夢を絶たれてしまったんです。
Agt: あいつらとは、田中さんを虐めていたグループのことでしょうか。
対象: そうです。学校も教育委員会ももみ消しましたけどね。でも、私も対処を間違えた。優しい彼が何と言おうと、あのクズどもを警察に突き出すべきだったんです。こんな事が起きる前に。
Agt: お辛いこととは思いますが、彼の身に何があったのか、具体的にお話しいただきますか?
対象: 彼は、私が言うのも何ですが、可愛い人でした。本当はよく喋るし、自己顕示欲も強いのに、人前ではそれを隠していた。他人と目を合わせて話せない、極度にシャイな性格だったんです。私が話しかけてもらえたのは奇跡みたいなものですね。自殺する前に全て消してしまったはずですが、彼のSNSアカウントを見たらきっと驚いたはずですよ。
対象: 当然のことですが、彼は私を除いて、家族や身の回りの人間に対して自身の夢を語りませんでした。お母様にさえ、高校卒業後は近所で就職すると説明して、内定も貰っていました。でも、それはストリーマーとして成功するまでのいわば保険に過ぎませんでした。彼のプランでは、来年にはある程度の貯金を作って、一人暮らしを始めるつもりだったようですから。私も、彼の成人を待って日本に再度訪れるつもりでした。
Agt: ストリーマーとしての自分に、よほど自信があったのですね。
対象: 内緒にしていたようですが、彼は中学時代から一般的なストリーマーとして経験を積んでいて、ボイストレーニング教室にも通っていました。苦手な話術も、ずいぶん勉強していたようです。何より、絵が描けて歌も歌えるというのが大きかった。今はマルチタレントが求められている時代ですから。オーディションに合格したときは信じられないという様子でしたが、私は当然の結果だと見ていました。彼には志と、それに相応しい才能があった。目標に向かって努力も積み重ねていた。輝かしい未来が彼を待っているはずでした。私も彼も、そのことを疑ってなんかいなかったのに。
対象: [間]すみません。思い出すとつい、辛くなってしまって。ある日のことでした。連中は昼休みに、彼を根城にしていた空き教室へ閉じ込めて、執拗にリンチを加えました。何が原因だったのかは分かりませんし、おそらく原因などないのでしょう。その時、彼はスマートフォンを奪われ、指の跡から暗証を解除されてしまった。そして連中は、彼がオーディションに合格していたことを知り、SNSを使ってその情報をばら撒いたのです。彼本人のふりをして。
対象: 連中がリンチに飽きた後、彼はすぐに家に帰って情報を削除しようとしました。でも、パスワードが変更されていて、必要な処理までに時間が掛ってしまった。連中はその間も、彼のアカウントを使って秘匿すべき企業の情報をばら撒き続けました。ネットメディアが一番恐れているのは情報漏洩による炎上リスクです。必死の弁明にもかかわらず、企業はわずか半日後に、彼の合格通知を取り消すという措置を行いました。彼の絶望は、私には想像も出来ません。
対象: [嗚咽]すみません。彼との、最後のコミュニケーションはDiscordでの通話でした。パソコンからかけてきたのでしょう。既に深夜でしたし、一緒にゲームをするとき以外は使わなかったので、何かあったのかと尋ねたら、彼は子供のように泣きじゃくっていました。事情を聞いて、私は必死に彼を宥めようとしました。でも、[嗚咽]すみません。今でも思うんです。何故あの時、彼のそばに行って抱きしめてやらなかったのかと。何故あの時、生きている彼をもう見ることが出来ないと気づけなかったのかと。
対象: 翌日からのことは、記憶が混濁していて、正直よく覚えていません。お母様から電話があって、彼が飛び降り自殺をしたと。最初はひどいジョークか何かだと思いました。数日後に形だけの全校集会があって、犯人は名指されるどころか、何が起きたか説明さえされずに終わりました。私は彼の葬儀に出かけました。教師連中とクラスメートは、私以外に一人も来ませんでした。彼の従姉妹だというひとりの女性が、人目を憚らずに泣いていました。私は泣きませんでした。彼を永遠に喪ったという現実を、まだ受け入れることが出来なかったのです。
対象: 彼を喪ってからの私は、抜け殻のように日々を過ごしました。卒業までに取ろうと思っていた日本語検定も受けず、ただ帰国して両親の元に帰りたいと思っていました。日本で過ごした日々と一緒に、彼のことを忘れようとしていました。そうしなければ、きっと私も彼の後を追っていたでしょう。
Agt: しかし、彼は戻ってきました。彼は我々に、自分のことを忘れさせまいとしているように見えます。
対象: テッドさん、私に協力していただけませんか。奇妙な確信があるんです。彼を止めることができるのは私だけだと。
Agt: それは我々にとっても望むところですが、何故そう思ったのですか。
対象: 彼の好きだった歌を知っているのは、世界に私ただ一人だからです。
<録音終了, 2020/3/3>
終了報告書: インタビューの結果を受けて、財団霊的実体部門はフォッカー氏の協力の下、SCP-2443-JP-1への直接接触を試みる実験の実施を提言しました。約一週間に及ぶ議論の末、日本支部理事会は提言を承認し、SCP-2443-JP現象の再出現を待ってSCP-2443-JP-1とのコミュニケーションが試みられることとなりました。実験に際しては、財団IT部門の協力並びに同部門が保有するフルダイブ型仮想現実技術が利用される予定です。