アイテム番号: SCP-2485-JP
オブジェクトクラス: Uya1
特別収容プロトコル: その性質から当該オブジェクトは未収容です。関連情報・関連物品の捜索とオブジェクトの実在証明の試みを継続してください。
説明: SCP-2485-JPは喫茶《虹霓》こうげいの実在とその収容の可能性を仮定するナンバーです。以下にSCP-2485-JP定義の起源であるAnomalousアイテム、超常現象記録の一部の概要を記載します。
説明: 擦ると不明な虹色の炎色反応を示す炎が出現するマッチの箱。表面には喫茶《虹霓》の名称とコーヒーを飲むイヌの絵が描かれている。同名の喫茶店は現在まで確認されていない。
回収日: 20██/5/31
回収場所: 東京都██区のペット葬儀場「████」
現状: 低危険度収容物ロッカーにて保管。
追記: マッチを擦ったエージェント・██は「炎からコーヒーの香りがする」と証言した。
概要紹介: 任意の愛玩動物を飼育し、留守番をさせていた居間のテレビに15秒間の未知の映像が放送される現象。AnomalousアイテムNo.█████のマッチ箱のイラストをそのまま動かした、イヌがコーヒーを飲み窓の外を眺めるアニメーションで構成されており、「いつかその時が来たって、ここがあるから安心ネ」「ホッと一息ひとやすみ、喫茶《虹霓》で待ち合わせ」の字幕が流れる。
発生日時: 20██/7/25 14:25 (JST)
場所: 日本各地
追跡調査措置: ペットカメラ等を設置していた家庭には非異常映像への置き換えを実施。AnomalousアイテムNo.█████との関連が見られるものとして調査が行われたが、同様に同名の喫茶店は現在まで確認されていない。
概要紹介: 白血病により死去した██ ██氏(享年16歳)が所持していた全てのSNSアカウントに、██氏の死後同一の内容が投稿された現象。喫茶《虹霓》の看板、テーブルの上に並んだクリームソーダとプリン・ア・ラ・モード、席に座り笑顔でカメラにピースサインを向ける██氏を撮影した3枚の写真と、「待っててくれた!」という文章で構成されている。
発生日時: 20██/4/14 11:25(JST)
場所: WEB上
追跡調査措置: 全ての投稿を削除、及び関係者に記憶処理済み。投稿に付随する位置情報は破損していた。また、テーブルの上を映した写真には、ネコのものと思われる脚が映り込んでおりテーブルの向かいに着席しているものと見られる。模様の特徴は██氏の家庭でかつて飼育されていたネコと一致する。
喫茶《虹霓》について現在まで財団が得られたのは断片的な情報のみです。当該オブジェクトが別次元に起源を有し直接の接触及び調査の実行が困難である可能性も鑑み、実在の証明は現時点で不可能でありあくまで仮定に留まるものと判断され、Uyaクラスが割り当てられました。
補遺: 20██年1月27日、サイト-81██所属██研究員から、SCP-2485-JP概念との接触を主張する証言が担当職員会議に提出されました。██研究員はサイト-81██収容違反事案に巻き込まれ意識不明の重体でしたが、回復後「自分は喫茶《虹霓》に行った」「忘れてはいけない」と発言し、自身の記憶を基にした文書を作成しました。
██研究員の証言及び文書について、██研究員が前述のAnomalousアイテム及び超常現象記録に関する知識を事案発生以前から有していたことからその想起の可能性、意識不明時の混濁した記憶を基にした不確実性、また麻酔等投与された薬品の影響で起こった幻覚症状の疑いなど、複数の要因を考慮し、喫茶《虹霓》の実在の根拠とするには信憑性及び再現性に乏しいと結論づけられました。
現時点で完全な根拠としては扱えず、██研究員の主観が大いに入った状態ではあるものの、収容の手掛かりとなる可能性を鑑み、以下に██研究員の記述した文書の内容を記載します。
どこかで列車の走る音が聞こえる。虹の意匠のステンドグラスが嵌まった木製の扉。ドアノブを握る。ドアチャイムの音。場に漂うコーヒーの香りから、自らの立つ場所を喫茶店と認識する。飴色、琥珀色の木製家具が並ぶ店内。アーチ状に弧を描く天井。乳白色をした鈴蘭型のランプシェード。赤いベルベット張りの椅子と、白糸刺繍のテーブルクロス。
はい、どうも。いらっしゃい。お客さん、カウンター席が空いてますよ。さ、こちらへどうぞ。
カウンターへと進む。店内の客は、犬、猫、兎、その他主に愛玩動物。人間の姿も確認出来る。カウンターで一人で隣の席を空けて、或いは二人がけのテーブル席に一人で着席している。自分の靴の音と、「Over the Rainbow」のレコードが響く中進み、椅子を引き柔らかな座面の上に腰掛ける。カウンター越しに、眼鏡と蝶ネクタイ、ベストを着用した、店主と思われる犬と向かい合う。おそらく犬種は秋田犬。
どうぞ、メニュー表です。ご注文がお決まりでしたら教えてください。
視線を机へ落とす。几帳面なペン字で書かれたメニュー表。『喫茶《虹霓》オリジナルブレンド ほろ苦く澄んだ優しいお味です』『星辰旅行のクリームソーダ 夜空から降って弾けた星を散らしました』『あかね空の鉄板ナポリタン 店主が夕暮れの街で修行した努力の一品』『綿雲乗せチーズケーキ お口の中でふわりと解ける、ご婦人方に人気のひと品です』
おすすめですか? やっぱりまずは虹霓ブレンドでしょうかね。何と言ってもこの店の代表作ですから。こちらでよろしいですか? お砂糖とミルクはご入り用で? ブラックで。承知しました。今から淹れますから少し時間がかかりますけど、どうぞご勘弁を。
秋田犬はサイフォンを操作し、コーヒーを抽出し始める。前脚の構造は通常のイヌと変わりないが、不便になる様子は無い。
へへ。こんなおじさんの前脚ですが、なかなか器用なもんでしょう。あたしゃ東京が地元なんですがね、都内だけじゃない、津々浦々のあの店この店で修行を積みましたからね。へい、どうも、ありがとうございます。落ち着く店だって褒めていただけると、何より嬉しい気持ちになるもんです。ここを始めて随分経ちますが、何度いただいてもありがたい言葉ですよ。
秋田犬は窓の外を前脚で指す。レースのカーテンが揺れる向こうに、七色に輝く巨大な橋が遥か遠くまで伸びているのが見える。
ほら、あそこ。大きな橋でしょう。あの橋が出来てから、この一帯は通行量がどんと増えましてね。そうなると、徒歩じゃあ輸送が間に合わなくなって列車が走る。虹の橋を駆ける鉄道ですよ。それでこんな立派な駅が出来てね。で、待ち合わせに良い場所が必要だっていうんで、ならひとつ皆のためにやってみようじゃないかって、うちのお父ちゃんにも背中を押してもらってね。駅舎に喫茶店を開かせてもらったわけです。どうせ人を待つんなら、美味しい珈琲の一杯でも飲みながら、悠々気長にしていたいもんですからね。
お客さんも、誰かを遺してきましたか。
そりゃ存じております、ここに来られるのは、そういう事情の方だけですよ。この喫茶は、待ち合わせのための止まり木です。でも、永遠ってわけじゃあございません。いつか旅立つためにある場所です。あたしゃ何人も見送ってきましたからね。
いつもの席で、いつものメニューを頼んでいたお客さんの顔が。窓の外を眺めていた顔がね、とうとう待ち合わせの相手がやってきたのを見つけて、ぱっと明るく変わる瞬間が、本当に好きなんですよ。積もりに積もった思い出話に花を咲かせて、お互い本当に大好きだって気持ちが溢れていてね。横で見ているだけで暖かい気持ちになりますよ。それで「じゃあねマスターありがとう、ごちそうさまでした」ってね、本当に綺麗な顔で、改札の方へ去って行く。空いた席が、また別の誰かのいつもの場所になる。そうやって、この店は続いていくんです。待つってのは、不安なもんですよ。信じているけど、分かっているけど、このままずうっと待ち人が来なかったらどうしようって、ね。心がちくんと痛むもんだって、あたしはよく知っていますから。なら美味しいものを召し上がっていただいて、少しでも寂しくないように、楽しい時になるように。「待ってたよ」って一言を言うまでの長い長い時間を素敵な思い出に出来るんなら、こんな幸せで誇らしいこたぁない。この店の全てが、あたしの精いっぱいの祈りなんです。
あたし自身が。
あたしの待ち合わせこそが、楽しいものであってほしかったのかもしれませんね。
ははは、どうもすみませんね、おじさんったらちょっと話し過ぎちゃったかしら。湿っぽくなっていけねえや。どうぞ、入りましたよ。こちら、ご注文の虹霓ブレンドでございます。
コーヒーのカップが差し出される。凪いだ黒い水面に、青白く褪めた私の顔が映っている。
さて、お客さん。
飲みますか。飲みませんか。
ええ。ええ、そうでしょう。お気付きでしょうね、ここでは、そういう決まりですのでね。お客さん、あなたはまだ若い。ちょいと早すぎますよ。あなたの帰りを待ってる子がいるんですから。あ、珈琲のことならご心配なく。へへ、あたしが飲んでしまいますので。
秋田犬は柔らかに笑う。体から意識が抜ける。目の前が、虹色の霞に包まれ揺らぎ薄れていく。
さてと、そろそろ店じまいの時間です。ほら、もう席にいらっしゃるのもあなただけ。お気をつけてお帰んなさい。今度本当にいらしたときは、おまけの一皿をつけてあげますよ。これは夢。幸せな夢。きっとお客さんも、この店のことはすぐに忘れてしまうでしょう。ふふ、渋谷の駅前なんかに来てくださったら、朧げに思い出すのかもしれませんけどね。
あはは、実はバーでもやって夜通し店を開けてみようかと思ったこともあったんですがね、そうもいかなくって。あの人、ちゃんとあたしを毎日迎えに来てくれるんだから。
扉の軋みとドアチャイムの音。振り返り、ぼやけた視界に飛び込む夕陽の光と、帽子をかぶった背広姿の男性と思われる人影。
あぁ。待ってたよ、お父ちゃん。
暗転。
文書を提出した後、██研究員は2週間の休暇を申請しました。申請は承認され、その日数の殆どが██研究員が自宅にて飼育するイヌと過ごす余暇に充てられました。
"死後の世界"の実在証明の試みは継続されます。









