以下の文書はヘンリー・██████が所持していた物品から回収されました。彼の死体の横の床には鞄が存在し、内部にはNokia 9110iモデルの携帯電話、█████ █████████のラベルが付けられた業務用メモ帳、ハーシーズのキャンディの包み紙4枚、1958年のプレイボーイ誌1冊、財団標準のフィールドキット、財布2個(1個のみがヘンリー・██████自身の所有物)が含まれていました。回収文書2503-1はメモ帳内で発見された項目を選抜したものです。
補遺: 回収文書2503-1の抜粋
このメモを見つけた全ての人へ。
俺には君がどこの誰だか見当もつかないが、運が君に味方するなら、こんな地獄に閉じ込められる俺のような目に遭っていないことを願おう。
俺はヘンリー・██████。カナダのバンクーバーで生まれ育って、ロザリーヌと結婚した。今年で2歳になる娘、マリアンヌにも恵まれた。住所はバンクーバー、██████通り████番地。もし君が何かの機会にこのメモを入手したなら、これを俺の家族に届けて欲しい――ちょっとした代金を請求してくれても構わない。
正直に言うと、俺はそもそも自分がどうやってこんなところに来たのか確信が持てない。俺は█████ █████████建築事務所で働いていた。仕事はちょうど中流ホワイトカラーと言って君が想像するような類のもので――休む暇もなかったが、充実していた。毎週金曜の夜に俺の部署は、1週間の仕事に精を出した俺達の鬱憤を晴らすためにパブで飲み会を開いてる。だから俺は今週も何人かの別の部署の同僚とその場所にいた。新人が何人かいたからちょっと歓迎会みたいな形になって、それで少し飲み過ぎることになった。ウィルとケビンに家まで送ってくれと言ったところまでは覚えてるんだが、その後のどこかで完全に気を失ってしまった。振り返ってみると、あいつらは頼んだ通りにしてくれなかったみたいだな。
目が覚めると、ちょうどここに――どこにも辿り着かないこの道の上に横たわっていることに気付いた。可笑しなことだが、最初にした事は鞄と財布の確認だった。何も盗まれてはいなかったが、記憶に無いものを見つけた。折り畳まれた紙と、それに添えられた懐中時計だ。手書きだったから最初は自分で書いたのかと思ったが、こんなものを書いた記憶は全く無い。次のページに内容を書いておくから参考にしてくれ……
これを当てつけだとは受け取らないでください。
ヘンリー、あなたは偉大な人間です。仕事を愛し、会社を愛し、自分の人生観を愛し――それが、あなたがここにいる理由です。私は自分自身についてかなり多くのことをあなたから学びましたし、あなたのご指導には心から感謝しています。だから、私は去る前にあなたにちょっとした贈り物を残していこうと考えました。
ここをあなたに相応しい理想郷だと考えてください。あなたはいつも時計の針と競争してきましたが、ここにそんなものはありません。時間はあなたの手中にあり、あなたが進めようとしない限り進むことはないでしょう。これは決してあなたの手を離れることはありませんから、昔のあなたのようにずっと走り続ける必要はありません。歩くのが良いですし、そうすることになるでしょう。
これは喜ぶ価値のあることじゃありませんか?
あなたが、ここをあなたの真の居場所だと思うようになると確信しています。あなたは好きな場所を彷徨うことができます。食料や水については心配しないでください――あなたの心はもっと重要なものに占められるべきです。もし出たくなったなら、道を辿っていけばタイマーがあなたを出口へと導いてくれます――少し長い道のりになりますが、あなたは大丈夫です。
つまるところ、時間はあなたの手中にあるのです。
……これは、俺をこんなところに放り込んだ誰かが残していったものだと推測する。ともかくも誰の仕業かは分からない――いつも入れ替わってるインターン連中だろうか。くそっ、多分先月来たウェスリーの小僧だな。あいつがいつかトラブルを起こすことは分かってた。
俺はもう3日も誰かと連絡を取ろうとし続けているが、携帯の電波は届かないし、何かの生き物がいる気配もない。ここがどこかは知らないが、とにかく地下深くに違いない。ここでは時間も計れない。携帯の時計はおかしくなってるし、腕時計もちょっと前に止まってしまった――と考えたところで、紙に懐中時計が付いていたことを思い出した。だが時間は表示されてないし、少なくとも普通の時計にあるような文字盤はない。ただ電子ディスプレイがあるだけで、今はまだ何も表示されてない。まだこれが何をするものなのかは分からない。とりあえず歩道を歩いてみよう。ここには太陽も月もなく、どこからか分からないぼんやりとした光だけがある。だけど1本のコンクリートの歩道がまっすぐに地平線まで伸びていて、他の方角はすぐに闇の中に消えている。俺の本能は光に沿って進めと告げている。そろそろ筆を置く時が来たようだ。君が俺のようにこの空間で立ち往生しているのなら、君に最高の幸運と、俺が失敗した所で成功することを祈る。これをどこで見つけたとしても、警察と俺の家族に知らせてくれ。今一度、君に感謝する。
署名
ヘンリー・██████
…
ヘンリー・██████だ。前のメモの最後が何か遺書みたいに見えることは分かってるが、別にそんな意図があったわけじゃない。
少しあたりを歩き回ってみて(どのくらい歩いたかは全く分からない)、俺はこの世界に本当に驚いてる。第一に、普通の世界の法則というものがここでは全く適用されないようなんだ。俺の推定では起きてから30時間は経っているが、スタンバイ状態だといつも80時間くらいで切れる携帯の電池はまだ70%も残っている――昨日の夜と同じだ!もっと驚いたことに、俺はパブ以来何も食べてないのにほんの少しの空腹も疲れも感じない。
そして別の話になるが――懐中時計の使い方が分かったと思う。実のところ言うのも恥ずかしいんだが、横に小さなボタンが付いていたんだ(以前に気付かなかったのが信じられない)。これを押してから5秒間、スクリーンに一連の数字が現れる。数字は歩くにつれて変化している。意味する所はまだ分からないが、着実に減っていることは確かだ。今からこれを書き留めておくことにする。今の数字は9927-330だ。
それと、以前に俺は眠ってみようとしたがうまく行かなかった。俺は全く疲れてないし、コンクリートの地面は最高のベッドとは言えないからな。健康状態は本当に大丈夫なのか心配し始めているところだが、今のところ食べも、飲みも、眠りもしない状態は、まだ俺の負担にはなっていない。俺はもう少し歩き続けるだろう。どこにも人間活動の痕跡はなく――1匹の生き物すらいない。だが俺は探し続けるだろう。何か面白いものを見つけたら書き留めておくつもりだ。今から、このメモ帳を俺の探検記録にしよう。
…
[9927-129]
そろそろ次の記録を書く時が来た。以前の8回は実のところ特に何も書くべきことは無かったんだが、今回は違う。今日は 悪い 良い [判読不能]ニュースがある。結構前から、記録をつける時に時計の数字を書き留めていたけれど、その数字の意味する所を理解したと思う。これは……以前からそうだったはずだ。そうだとは思ってたんだけど、なぜか受け入れることができなかったんだ。数字が減少する間隔から判断すると、最後の3つの数字は24時間ごとに1ずつ減っているようだ。もう分かっている。そうだと確信できる。歩きながら意識して時間を計るのもだんだん上手になってきたし。つまり、俺はこれを何らかのカウントダウンだと考える。
それでも……意味が分からないままだった方が良かったかもしれない。君が俺と同じ状況にいるのならアドバイスしておこう。何日、何時間、何分歩いたか数えようとはするな。俺はそうしようとして諦めた。頭がおかしくなるだけだ。君の体は疲れないから時間の流れを感じることはないが、数えることに心を割けばそれを感じるようになるだろう。信じようと信じまいと、俺が最後に時計を見ることを思い出したのはまだ236の時だった。
…
…
[9926-364]
[判読不能、おそらく罵り]、そんなこったろうと思ったよ!
ああ、何て甘い考えだったんだろう。俺はどこかの時点で、また時間を数え始めた。そして時計のことを思うたびにそれを確認し続けた。1が0になる瞬間に全ての希望を託して。意図的に左の4桁を無視して……
俺は間違ってた。飢えも疲れも存在しないなら、これを瞬きしている間に乗り切ることができると思ってた。だが俺は神じゃない!ここには人との交流がない。家族も友人もいない!なんでこんなことをやり通さなければならないんだ!?……こんなに激しく泣いたのは父が死んだ時以来だ。だがもう終わりにする時が来た。行かなければ。そうしない理由はない。今しがた、俺はハーシーがまだ残ってないか確かめてみようと探してる間に、財布の中のロザリーヌの写真を見てたところだった。それに可哀想なマリアンヌ……彼女はもう4歳に、父を失った4歳になってるはずだ。例え彼女のためだけだとしても、俺は進み続けるだろう。
…
…
[9892-63]
今日はひどい過ちを犯してしまった。人生で二番目にひどい過ちだ。[判読不能]……あれは何かの機械で、小さくて空を飛んでた。自分では見たことはないんだが、あれはいわゆる「ドローン」というやつだ。ジ ダ 大学の二年次に同居していたある男(ずいぶん長い間会っていない)が言ってたやつの一つだ――彼は工学畑だから、これを見たら感激しただろう。彼がここにいなくて残念だ。誰かが連れ添ってくれるなら俺は本当に感謝しただろう。たとえこんなドローンでも。だが、ただ長年の孤独で俺は酷く怯えてたんだと思う。俺は反射的に手を振り上げて鞄を叩き付けた。あの物体は[判読不能]……ここに残していく他にないことだけは分かった。
土産に部品を持って行こうかと思ったが、そうするとそれを見るたびに俺の失敗について思い出すことになる……例えば 外の誰かと接触できる可能性を逃した もう止めよう。もうああいうものにどう対処したらいいかは学んだし、俺はそうすることができる。
…
[9744-306]
最後の記録から7年も経ったなんて信じられない。俺は無気力になってしまった。人間の年齢なら俺はもう死んでるべきだ。だけど俺はまだ若い。知識も経験も無いまま、考え方だけが老人になってしまった。
思考を止めると時は矢のように流れていく。急流の流れのように――妨げられず、気付かれず、乱されず。俺は賢くないが、それを学ぶ必要がある、というのが俺の証明したことだった。そのやり方をここに書き留めておく:[編集済]
…
[9725-350]
一筋の光が空を照らした。一瞬だけ明るく輝いたけれど、次の瞬間にはもう消えていた。
…
…
[9308-144]
俺に心が戻り、174年ぶりに座ることにした。前の記録を見てるとどこか懐かしい気持ちになる。長く忘れていたいくつかの感情が頭を過ぎった。気付かない内に頬を涙が流れていた……これ以上考え続けることは許されない。そうしたら俺は破滅するだろう。別の話になるが、いつかの昔に俺は地面にかなり珍しいものが落ちてるのを見つけた。1958年のプレイボーイ誌だ。10代の頃に好きだった映画に出ていたラリ・レイン (Lari Laine) 以外は誰か分からなかった。この先の道程でまた心細くなった時に備えて、これを持っていくことにした。
…
[9217-31]
今日、人間を見つけた。
だが嬉しいのか悲しいのか分からない。
多分、俺は嬉しく思うべきなんだろう。もう自分以外のどんなものでも孤独に慰めを与えてくれるのだから。でも彼と会話はできなかった。彼は地面に突っ伏していて、側頭部には風穴が空いてた。この可哀想な奴は銃で自殺したんだ。彼も俺と同じようにここに閉じ込められたんだと思う。でもある種の警官みたいに、全身の装備が行き届いてるように見えた。
ああ、俺は自身の最初の反応にむかつくような思いがした。悲しみでも不安でもなく、[編集済]だった……その後で、俺は彼の身体検査をした。所持品は次の通りだった。拳銃1丁、懐中電灯と細々した装置の入った道具一式、1包装のガム、無線機(壊れてるようだ)、そして何かの組織の職員IDカード。これら全てを彼の財布と一緒に鞄に詰め込んだ――金が欲しかったからじゃない。そして、俺は去る前に彼に略式の賛辞を述べた。彼の最期を見て、俺の心は少しばかり整理された。俺は脱出しなければならない――どれほどの時間がかかろうとも。
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[9216-172?]
きっとこれが最後の記録になるだろう。俺はもう死人と変わらない。
昨日のことだ……多分。どれくらい前のことかは全く分からないが、俺はついに最後の自制心を失ってしまっていた。俺はまた考え始めた。仕方がない。もう気を紛らわし続けることなどできない。高い場所にいると飛び降りたくなるようなものだ。最初は大丈夫だが、長い間崖の縁に立ち続けていると、そこから一歩踏み出したくなるんだ。俺は全て大丈夫だと自分を偽ろうとした。だができなかった。そしてどれだけの時間が流れたか振り返った――ほぼ800年。もう8世紀も歩き続けて……最終的にどこに行き着くのかも分からない。俺がこんな仕打ちを受けなきゃならないほどの何をしたって言うんだ?!俺はかっとなって懐中時計を投げ捨てた。すぐに気付いて己を取り戻したが、時計はもう背後の暗闇の中に吸い込まれていた。戻って探そうとしたが、それはただ消えただけだった。音すらも聞こえなかった。一息おいて、俺は自分が何をしてしまったかに気付いた。
後どのくらい耐えられるかは分からない。もう引き返しても行き場はない。今、俺はただ答えが欲しい。鞄の中の拳銃が呼んでいるけれど、俺はその声に好き勝手にさせるつもりはない。まだできることはある。ゆっくり進もう。時間は俺の手中にあるんだ。
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[????]
声が聞こえたような気がする。どこからかは分からない。
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[????]
寒い。
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[????]
ぼんやりしていた。ふと気がついて歩き始めた。
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[????]
ここはどこだ?
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[-? 夜明けまで]
この悪夢のような長過ぎた道のりも、そろそろ終わりに近づいてきたように感じる。考えてきたことはあまりにも多く、その中身はあまりにも少ない。俺は自分自身とこの道とに折り合いをつけてきた。全ての記憶が霞んでいるようにも感じるが、こう書くにはあまりにも現実味があり過ぎる。この日誌も、この旅も終わりに近いようだ……見る限りでは。俺がどのくらい進み続けてきたかはもう分からないが、太陽――とにかく、地平線の下で輝く何かが昇ってきているようだ。そろそろ朝焼けが見える。
[悔いは無い]
済まない。
文書2503-1終了
後書: 日誌は良好な状態で回収され、SCP-2503に対する貴重な直接観察資料となりました。ヘンリー・██████は内部空間から脱出したおそらく唯一の個人であることは特筆すべきです。このため、彼の消失から再出現までの時間(80時間未満)がSCP-2503-2を介してSCP-2503から脱出するために必要な時間であると受け止められています。文書2503-1の情報と相互参照する形で彼とその家族、同僚に対する大規模な背景調査が行われ、潜在的に注意を要する人物が特定されました。現在、著しい相違点が調査対象となっています。例として、█████ █████████におけるヘンリーの同僚からは、ヘンリーは失踪以前に仕事から極度のストレスを感じていたこと、常軌を逸した振る舞いを始めていたことが報告され、彼らの多くは彼が毎回違った振る舞いと話し方をしていたことを思い出しました。ヘンリーが失踪した金曜夜の飲み会の参加者は、いつもは頻繁に参加していたヘンリーが、その夜は「自分のための時間」が必要と言って招待を辞退したことに言及しました。ロザリーヌ・██████と彼らの主治医は、ヘンリーが最近大声で独り言を言うようになっており、頻繁に不眠の症状に苦しんでいたとコメントしました。また██████女史は██████一家の世帯に子供は1名しか登録されていないことを明かし、13歳の息子であるマーティ・██████を紹介しました。