アイテム番号: SCP-2622-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-2622-JPは「使用不可」を示すシートで覆い、カバーストーリー「破損」を適用してください。後述のSCP-2622-JP-A発生期間中は付近の建造物の職員を装った財団職員によって常時監視下におかれ、使用を試みた人物は即座に拘束されます。
説明: SCP-2622-JPはJR新宿駅付近の広場に設置されている木製ベンチです。SCP-2622-JPには一定の劣化がみられますが、現在は破壊及び移動が不可能となっています。
毎年12月31日の23時から23時50分までの期間に何者かがSCP-2622-JPに着席した場合、20代男性とみられる人物と音楽機材群の幻覚(以下SCP-2622-JP-A)が発生します。SCP-2622-JP-Aは発生中あらゆる人物に知覚されますが、コミュニケーションや物理的接触は不可能です。財団による調査の結果、SCP-2622-JP-Aに登場する人物は2012年に死亡した不破 剛ふわつよしという名の日本人男性であり、幻覚の内容は2011年にSCP-2622-JP付近で行われた路上ライブと全く同じであることが判明しています。SCP-2622-JP-Aは「短い自己紹介1を行った上で歌唱を開始する。」という内容であり、この内容は毎年同一です。この時歌唱される楽曲は1曲のみであり、曲名は「Precursor」2です。歌唱終了後、SCP-2622-JP-Aはゆっくりと消失します。
SCP-2622-JP-Aは2012年の12月31日に初めて発生が確認されました。当時SCP-2622-JP-Aの周囲には14人の一般人が集まっており、駆けつけた財団エージェントによって記憶処理が施されました。この時の一時的な拘束において、SCP-2622-JPの着席者である三村 康正みむらこうせい氏からSCP-2622-JP-Aに関する有用な証言を得ることに成功しました。
以下は三村氏へのインタビュー記録です。
インタビュー記録2622-JP
インタビュアー: エージェント・██
対象: 三村 康正
付記: 拘束直後、三村氏は不破氏のミュージシャン仲間だったと話しており、SCP-2622-JP-Aの出現に対しやや興奮状態であった。
<録画開始>
エージェント・██: それでは、あの幻覚に登場する人物は「不破 剛」というミュージシャンなのですね。
三村氏: はい、間違いありません。
エージェント・██: 失礼ながら、先程不破氏について簡単に調べたものの今年事故で亡くなられたこと以外情報が入手できなかったため、三村さんから少しお話を伺ってもよろしいでしょうか。
三村氏: ええ、まあそうでしょうね。はっきり言ってあいつは……不破は全くの無名歌手でしたから。歌手になるために18で上京して、街頭ライブとかライブハウス出演とかやってたんですけど全然ダメだったみたいで。本当に運の悪い奴なんでしょうね、アイツは。でも当人は一切諦める様子がなくて、顔の真剣さだけはいつも一丁前でした。
エージェント・██: なるほど、貴重なお話ありがとうございます。ところで、三村さんは不破氏と長らく交流されていたのでしょうか。
三村氏: 交流……というより一時期ほとんど一緒に活動してました。きっかけは確か2010年の春頃だったかな。渋谷の狭い居酒屋で一緒に飲んだのが不破との初めての出会いだったと思います。実は私も18で家を出たので、お互い共感できる部分がありまして。そんな身の上話で意気投合した私たちは、一度ライブハウスに出てみることにしました。そしたら初めて一緒にライブをしたとは思えないほど気持ちよく演奏できまして、お客さんからの反響も凄く良かったんです。
エージェント・██: なるほど、それがきっかけでお二人は組むようになったのですね。
三村氏: はい。それからというもの私たちは毎日取りつかれたように演奏を重ねていきました。毎月のようにライブハウスに繰り出し、そうでない日も練習や路上ライブをひたすら重ねていました。特に年末年始は他の音楽仲間と年越しライブを開いて、一日中演奏し続けたりもしました。あの頃の記憶は熱にやられたようなぼんやりしたものになっていますが、ただただ不破との演奏がたまらなく楽しかったことだけは鮮明に覚えてます。
エージェント・██: では、幻覚内にて歌われていた曲はその頃生まれたものなのでしょうか。
三村氏: いえ違います。あれは、私が不破とのコンビを解消する時に贈ってもらった歌なんです。
エージェント・██: 何があったのですか。
三村氏: 簡単に言ってしまえば、不安に負けたんです。……実は演奏を終えて一人になるたびに、それまで私の心を満たしていた高揚感はいつも漠然とした不安感に換わっていました。しばらくは次の日の演奏のことを考えて不安を払拭できていたのですが、徐々にその不安はお客さんの人数とか自分の能力の限界という形で目に見えるようになっていって……。
エージェント・██: それで音楽をお辞めになられたのですね。
三村氏: 演奏への情熱と楽しむ心は最後まで失っていませんでした。でも、それだけで音楽を続けることは不可能でした。そして2011年の夏頃、ついに私は不破に自分の決断を伝えました。意外にもあっさり受け入れてくれましたよ。もちろん、いつも通りの表情で、音楽への覚悟と情熱をまとっていましたが。
エージェント・██: 例の曲はその時演奏されたのでしょうか。
三村氏: いえ、言い忘れてましたが、あれは私が音楽を辞めてからしばらく経った時のものなんです。音楽を辞めて以降不破と連絡を取り合うことはなくなり、私の音楽漬けの日々は就活やバイトに変わっていました。そして数年ぶりに迎えた演奏のない年越しの日、不破から「新宿駅前で路上ライブをやるから来てほしい」というLINEが送られてきました。そう、ちょうどあのベンチの前がライブ場所だったと思います。
エージェント・██: それがあの幻覚で歌われた曲だったと……。
三村氏: そうです。不破はいつものライブのように短い自己紹介をすると、曲名を叫び、歌い出しました。こちらがその映像なのですが……。
エージェント・██: 拝見します。
[三村氏がスマートフォンを取り出し、映像を再生する。映像内の不破氏の動きはSCP-2622-JP-Aと同一である。]
三村氏: 正直言葉を失いました。あいつの歌は何度も聞いてきましたが、これほどまでに力強く惹きつけられるのは初めてでした。少しかすれるように、時折叫ぶように響くこの歌が、寒風吹き付ける新宿駅前を支配し、熱を発していました。また、この時は気づきませんでしたが、途中から何人もの通行人が足を止めていたようです。
[映像内の不破氏が歌唱を終了する。複数人の拍手の音がしばらく流れ、再生が終了する。]
三村氏: その後あいつとは定期的に会うようになり、互いの人生を応援しあうことになりました。あいつは相変わらず売れる気配がないまま日々を過ごしていき、私は何とか飲食店で働き始めることができました。まさかあんな事故が起きるなんて夢にも思いませんでしたよ。
エージェント・██: 不破氏が遭った交通事故のことですね。
三村氏: ……今年の春のことです。バイクに乗ってる時に、目の前に飛び出したネコを避けてそのまま。あいつは本当に運の悪い奴でしたから、どうしようもない運命だったのでしょう。でも、誰よりも歌は良いあいつが、こんなことで死ぬなんて……悔しくて、悔しくて悔しくてたまりません。
[30秒の沈黙]
三村氏: 今日あのベンチに来たのはあいつを偲ぶためであり、昔を思い返すためでした。まさかあいつと、あいつの突き刺さるような熱唱に再会できるとは思いませんでしたが。
[三村氏がゆっくり目元を拭う]
三村氏: ……あの幻覚を見せてくれたということは、きっと広場はあいつのことを覚えてくれていたのでしょうね。最後まで売れることはできなかったものの、誰よりも叫び、熱い歌を歌った不破 剛という男のことを。
<録画終了>