SCP-2658-JP
評価: +65+x
blank.png
№: 2658-JP
LEVEL3
収容クラス:
keter
副次クラス:
{$secondary-class}
確保クラス:
vlam
保護クラス:
critical

Frosty.jpg

SCP-2658-JP内の光景。


アイテム番号: SCP-2658-JP

オブジェクトクラス: Keter

特別収容プロトコル: SCP-2658-JPの収容は事実上不可能です。SCP-2658-JPへの転移が確認されている人物の消息に関しては、場合によって適当なカバーストーリーを流布して下さい。

説明: SCP-2658-JPは、不定期に人間が転移していると思われる異常空間です。SCP-2658-JP内部には雪原が広がっており、枯死した木や過去にSCP-2658-JPへ転移したと思われる人間の遺体は存在していますが、生物の存在は確認されていません。また、SCP-2658-JPから帰還する手段は現在判明していません。

SCP-2658-JPへの人間の転移における正確なプロセスは不明です。そのため、様々な装備を用いてのSCP-2658-JP内部の詳細な調査は現状実施されておらず、当報告書は偶発的にSCP-2658-JPに転移した財団職員から送信された2件の記録から得られた情報によって作成されています。しかし、先述の記録や一部の証言から得られた情報から、「特定の条件を満たした人物の近辺にSCP-2658-JPへとアクセスが可能なポータルが出現する」という仮説が有力であると考えられています。この「特定の条件」については、現在調査中です。

補遺: 以下は、先述の2件の記録の書き起こしです。実際の記録を視聴するには一鍵博士へ申請してください。

文書:2658-JP記録-1

付記: 当文書は、2019/02/05にエージェント・深山からエージェント・蓮見に対して行われた通信を書き起こしたものである。

<記録開始>

Agt.蓮見: もしもし?どうした深山。もう今日の業務は始まってるぞ。復帰して結構経つんだ。本調子に戻ってくれよ。

Agt.深山: あー、すまん相棒。俺、今日はサイトの方に行くことはできなさそうだ。

Agt.蓮見: は?どうしてだ。

Agt.深山: いや。その、なんつーかな。[4秒間の沈黙]俺、どっかの異常空間にでも飛ばされちまったみたいなんだ。

Agt.蓮見: [5秒間の沈黙]おい、冗談にしちゃ笑えないぞ。言い訳をするならちゃんとした……。

Agt.深山: いや、ほら。待ってくれ。これ。[Agt.深山がビデオ通話に切り替える]この一面の雪原を見ろよ。確かに今は冬だが、この辺でこんなのあり得ないだろ。寒くてたまんねぇ。それに……あぁ、そうだ。GPS。俺の位置情報を確かめてみろって。そっちからでもできるんじゃなかったか?

Agt.蓮見: 嘘だろ、おい……。

[Agt.蓮見により、サイト-81██本部に報告が行われる。人事管理チームによりAgt.深山が所持している端末の位置情報の解析が行われたが、その信号は消失済みであることが確認された。この時点から、Agt.深山が未知の異常空間に転移したという仮定の下、仮新規オブジェクト調査及びAgt.深山救出チームが設立された。]


Agt.蓮見: ……待たせたな。とりあえず、お前が突如何らかの異常と遭遇したという仮定の下、今後はこちらが指示を送る。お前は一度この通信を切って、本部からの連絡を待つように……。

Agt.深山: ん?これ切るのか?それはマズイんじゃないのか。

Agt.蓮見: え?どういうことだよ。

Agt.深山: いや、もしかしたら今は通信が奇跡的に繋がってるだけで、もう一度そっちにかけ直したりしたらもう繋がらない……なんてことも起こりうるかもしれないと思ってさ。そういうこともあり得るのが異常空間だろ?相棒。

Agt.蓮見: それはそうだが……。[Agt.深山の端末に対する基底空間側からのアクセスの失敗が確認される。チーム内にて、Agt.蓮見を応対担当として当通信を継続することが決定される]……ああ、こっち側からそちらへの通信を行う試みが失敗したらしい。それで一先ず、この通話が継続されることになった。このまま僕が応対を行う。それでいいか?

Agt.深山: オーケーオーケー。相棒が居てくれるんなら心強いぜ。しかしまぁ、異常空間側からはそっちに通話ができたってのが気になるな。偶然か必然か。案外、通信を通して人をこの空間に呼び寄せる……なんて異常性があるかもしれない。あんまそっちに人を呼ばない方が良いんじゃないか?

Agt.蓮見: まぁ、そういった可能性も否定はしない。それに、これは突発的な事態で対応できる人員は限られている。すまないが、お前の救出のためにサイトを挙げてどうこうすることは無理そうだ。

Agt.深山: いやいや。元からそこまでしてもらうつもりはないさ。職員が一人居なくなることなんか日常茶飯事だろ。……じゃ、ここからは本格的に探査任務を開始する。どうにか帰り道が見つかりゃいいんだがな。

[Agt.深山に、周囲を撮影しながら前方へ直進するよう命令が出される。10分間、Agt.深山が無言で歩き続ける。]

Agt.深山: ここまで周りの景色を映してきたが、なんかそっちで分かったことあるか?

Agt.蓮見: ……雪と枯れ木しか見当たらないということだけ。深山はどうだ?実際にその場を歩いてるのはお前なんだから、お前の方が分かることは多いんじゃないのか。

Agt.深山: そうだな……。どこみても雪ばっかだが、降雪の勢いはそこまででもないから、俺は問題なく歩けてるってことしか。[4秒間の沈黙]ん?そういやここ、歩きやすいな。

Agt.蓮見: それはどういう意味だ?

Agt.深山: いや、深く雪が積もってるように見えるんだが、雪に足を取られたりは今んとこしてないんだ。案外、ちょっと掘れば地面が出てくるのかもな。……試してみるか?

Agt.蓮見: ああ。空間内の構造の把握の為にも、採掘を行なってみてほしい。

Agt.深山: 了解。最悪、穴掘ってそこで寒さをやり過ごすか……。[Agt.深山が、手足や所持していた筆記用具などを用いて10分間周囲の雪面の採掘を行う]

Agt.深山: ……ああ、クソ。駄目だ。どこも、ちっと掘ったら雪が固まってやがる。碌な道具も無いし、とてもじゃないが雪の下の地面まで掘り進めるのは無理そうだ。そもそも、ここに地面なんてものがちゃんとあるのかどうかも分からんがな。

Agt.蓮見: なるほど。とりあえず、お前がそこを歩きやすいと語った理由に関しては把握できた。一度採掘を止めて、探索に戻ってくれ。

Agt.深山: おう。なんつーか、アレだな。雪の日に、前の奴が雪を踏み固めて出来た足跡。あの上を歩いていた感じだったんだな。それが、ここはずっと広がってる。多分、どこまで行ってもそうなんだろうな。

[Agt.深山が直進を再開する。20分間、特筆すべき事項無し。]


Agt.蓮見: なぁ深山。改めて確認しておくが、お前はサイト-81██に向かう途中の一般道を歩行中に、突如その空間に転移したんだな?

Agt.深山: ああ。周りに俺以外の人間は見当たらなかったから、証人は多分居ないがな。

Agt.蓮見: 転移する直前、何か起らなかったか?

Agt.深山: 別段、おかしなことは何も……[4秒間の沈黙]いや、あったにはあった。正直、これはかなり主観的で曖昧な感覚なんだが、言っていいか?

Agt.蓮見: 勿論だ。今はとにかく情報が足りない。どんなものでもいいから欲しい。

Agt.深山: えっと、今日の通勤で通ったのはいつもと違うルートだったんだ。と言っても、今まで一度も通ったことが無いわけじゃないが。

Agt.蓮見: なぜそのルートを使った?

Agt.深山: いや、特に理由があったわけじゃない。ただ、なんとなくそこを通りたくなったんだ。今思えば、それもオブジェクトの異常性だったのかもしれないが。……それで、路地裏を抜けて角を曲がった瞬間、目の前に広がる景色がこんなことになっていた。

Agt.深山: でも、なんだろうな。改めて思い返してみるとあの時の感覚は、単純に「なんとなくあの道を通りたくなった」ってわけでも無い気がするんだ。普段と違う道を通っていることに由来するものとは別の高揚感と、俺はこっち側に行くべきだっていう使命感みたいなものがあったような。でも、別にそれは強制されているほどでは無かったというか、最終的にそっちに行ったのは俺の意思だったというか……。ああ、すまん。今朝のことなのに、なんだかもう記憶が曖昧だ。

Agt.蓮見: そうか。とりあえず、オブジェクトによる精神影響があるかもしれないことも留意しておくよ。……それで、つい先ほど、お前が今日通過したと思われる全ての地点の調査が完了した。どこにも時空間異常発生痕・現実改変痕などは見つからなかったそうだ。後は、お前自身に何らかの異常の発生痕が残っていないか調べたい所なんだが……。

Agt.深山: おいおい相棒。俺がこの異常空間の発生のトリガーだって言うのか?だとしたら俺も、異常性持ち職員の仲間入りだな。

Agt.蓮見: まだそれは分からない。異常現象には、その痕跡が一切残らないものも存在する。ただ、お前自身がその空間の発生の原因となっている可能性も……[5秒間の沈黙]現時点では否定しきれない。

Agt.深山: そうなると、もし帰れても今まで通り業務が続けられるかは怪しくなってくるな。ま、もう養うべき家族も居ないんだからそれでも……[4秒間の沈黙]ありゃなんだ。

Agt.蓮見: どうした?

Agt.深山: ほら、アレ。見えるか?[Agt.深山が右斜め前を映す]

Agt.蓮見: 遠くに何か黒い……人影?

Agt.深山: ああ。俺と同じようにここに飛ばされた奴か、この空間特有の存在か……。敵対的な存在である可能性もあるが、どうする?接触してみようか?

Agt.蓮見: 少し待ってくれ。[1分間の沈黙]今協議が終わった。一先ず、相手の姿が鮮明に観測できるようになるまで接近してみてくれ。

Agt.深山: 了解。

[Agt.深山が10分間人影に接近を続ける。]


Agt.深山: ふう、周りが雪ばっかりだから目立ってたが、実際はこんなに距離があったのか。だがまぁ、アレがどんな格好してるか分かるぐらいの所までは来たぞ。どうやらスーツの男がうずくまってるみたいだ。

Agt.蓮見: ああ、こちらでもそのように観測できる。

Agt.深山: やはり、アレは俺と同じようにここに転移した一般人じゃないか?なら救助に行くべきだ。……さっきから全く動いてない辺り、もう仏さんになってるかもだが。

Agt.蓮見: [20秒間の沈黙]よし、接触を行なってみてくれ。ただ、もし何か危険を感じるようなことがあれば即座に離脱しろよ。いつも言っているが、無茶だけはするな。

Agt.深山: 分かってるよ、相棒。

[Agt.深山が呼びかけを行いながら人影に駆け寄る。]

Agt.深山: 着いた。接触を開始する。しっかし、ここまで全く反応がなかったし、体に薄っすら雪が積もってるし……うわ、体が冷たくて固ぇ。凍ってんのか?とりあえず、生きちゃいなさそうだ。

Agt.蓮見: ……そうか。とりあえず、その遺体の顔を映してみてくれ。後、何か身元が分かりそうなものがあれば……。

Agt.深山: おい、この男の顔、見覚えあるぞ。去年ニュースでやってた、行方不明者だ。会社が潰れてから、妻に一言別れのメッセージを送って失踪したっていう社長じゃなかったか?

Agt.蓮見: [7秒間の沈黙]神田 幹雄氏か。これから照合を行うが、確かに僕も見覚えがあるな。

Agt.深山: お。ポケットに財布があって、免許証も見つかった。ビンゴっぽいぞ。

Agt.蓮見: その遺体が神田氏本人のものだとすると、氏の行方不明の原因はここへの転移だったのか?その空間は無差別に人間を呼び込んでいるのだろうか?転移の発生条件も現状不明であるし、これはかなり危険性が高いオブジェクトである可能性があるな。

Agt.深山: まぁ、まだここのことはよく分かっちゃいないが……。社長失踪事件の真実に異常存在が関わっていたとはな。

Agt.蓮見: 神田氏は、最期に夫人へ別れを告げていたのだろう?この通話のことも踏まえると、その空間内部から外部への通信は問題なく行うことができるようだな。

Agt.深山: いや、それはどうだろう。普通、いつのまにかこんな所に飛ばされたら警察やら消防やらに救助の要請をしたりするもんだろ。でも、社長からそんな要請があったなんてニュースは聞いたことがない。

Agt.蓮見: 確かに……。では、夫人への通信はそこに転移する前に行われたものだったのか?いや、夫人への通信だけが偶然成功した?

Agt.深山: あるいは、ここに来ても救助なんて求めなかったのか……。しかし、まぁ。最期に家族に別れを告げられただけ、このオッサンは羨ましいもんだ。

Agt.蓮見: [4秒間の沈黙]おい。さっきも何か言いかけていたが、私語はなるべく慎めよ。一応、お前も業務中だ。

Agt.深山: ああ、すまん。自分もいよいよあっち側に行けるのかと思うとつい、な。

Agt.蓮見: おい!

Agt.深山: おっと。[深呼吸]申し訳ありませんでした。Agt.深山、異常空間内の探索を再開します。……相棒、また遠くに人影らしいものが見える。次はそっちへ行ってみるってことでいいか?

Agt.蓮見: ああ。[7秒間の沈黙]これは、お前を救出するための任務でもあるんだぞ。

[Agt.深山が、新たに観測された人影に接近を行う。ここから3時間、SCP-2658-JP内に存在する遺体の捜索が続く]


Agt.深山: これで6人目か。今回も身元が分かるようなものは無し。またそっちで照合頑張ってくれ。

Agt.蓮見: ああ。[5秒間の沈黙]そういえば、お前が2番目に発見した遺体の特定が完了した。5年前に行方不明になった中国人女性だったよ。借金のカタに持ってたものを全部奪われ、蒸発していたらしい。

Agt.深山: へぇ。世界の行方不明者の内、一体どれだけがこのオブジェクトに囚われてんだろうな。

Agt.蓮見: さあ。このオブジェクトの存在を明確に認識できたのは今回の事例が初だろうから、それほど甚大な被害をもたらしてきたわけではないのだろうが……。それでも、少なくない死者を出しているオブジェクトであることは間違いないだろう。[4秒間の沈黙]おい深山、何してる?

[Agt.深山がその場に座り込む。]

Agt.深山: いや、少しは休憩させてくれよ。雪の中、4時間は歩き続けてきたんだ。流石にキツい。

Agt.蓮見: ……それもそうか。すまない。お前の体力のことを考慮していなかった。お前はかなりのフィジカルバカだったからな。

Agt.深山: はあ?酷えな相棒。お前はモヤシの癖によう。……そっちも休憩しとけ。ずっとモニターに張り付きっぱなしなのは大変だろ。

Agt.蓮見: お前に比べれば全然さ。

[Agt.深山はその場に座り続けていたが、3分後、急に立ち上がって周囲をうろつきだす。]

Agt.深山: ……ああ!ダメだやっぱ。クソ寒い!

Agt.蓮見: そりゃ雪の上に座り込んでいれば寒いだろうが……。

Agt.深山: いや、そうじゃねぇ。この寒さは尋常じゃない。ああ、見てみろほら。[Agt.深山がカメラを自身の顔に向ける]汗と雪が凍って、髪が固まってやがる!なんならほら、鼻毛だって凍ってるぞ。

Agt.蓮見: そんな!機器の観測じゃ、そっちの気温は大きな変化はしていない!

Agt.深山: 気温とは関係なく、俺の体が凍り付いてきたってのか?……ああ、ちょっと確かめたいことがある。またしばらく俺はここに座り込んでみるから、そっちで時間を計測してみてくれないか。

Agt.蓮見: ああ。……一体、どうなっているんだ。

[Agt.深山が氷を払い落とし、カメラを自身に向け、再びその場に座り込む。4分後、立ち上がる。]

Agt.深山: ああ、もう限界だ!今何分?

Agt.蓮見: お前が座り込んでから、ちょうど4分が経過したぐらいだ。信じられない。2分が経過した辺りから、確かにお前の体に霜が付き始めてきた。3分が経過した時には、さっき見た時と同じような状況になっていたよ。

Agt.深山: クソ、思った通りかよ。これまでにも度々、急な肌寒さを感じることはあったがこれでハッキリした。ここは、じっとしてちゃいけないんだ。

Agt.蓮見: どういうことだよ。

Agt.深山: この空間内で立ち止まっていると、自分の体が凍り付いてくるんだよ。だから、死にたくなければずっと歩き続けなきゃならない。寒さで奪われる体力のことも考えると……休憩時間は3分が限界か?

Agt.蓮見: なんだよ、それ。極寒の中、休憩すら許されずに雪の上を歩き続けさせられるのかよ。そんなの、まるで[4秒間の沈黙]……生き地獄じゃないか。残忍すぎる。

Agt.深山: 地獄、ねぇ。いやまぁ、歩いてさえいれば極寒なんて程ではないけどな。しかし、オッサンの足腰には応えるねぇ。

Agt.蓮見: お前、体力は大丈夫そうか。

Agt.深山: フィジカルバカ舐めんな相棒。休憩も全くできないってわけじゃない。あと半日ぐらいは持つさ。それまでに、どうにかしてみせるよ。

Agt.蓮見: [5秒間の沈黙]どうにか、してくれよ。

[Agt.深山がSCP-2658-JP内に存在する遺体の捜索を再開する。]


Agt.深山: 10人目だ。やっぱり死んでる。

Agt.蓮見: ああ。ここまで、生存者との遭遇は無しか。

Agt.深山: 景色はずっと変わらない。脱出のヒントも全く得られていない。見つかるのは死体だけ。……やっぱ、ここに来た時点で終わってたのかねぇ。

Agt.蓮見: ……それでも、お前は財団のエージェントだ。最後まで、その空間内の調査を行う必要がある。諦めなんてするなよ。

Agt.深山: へいへい。クソ、まだ罰を受けなきゃなんないのかよ。

Agt.蓮見: ん?おい、待ってくれ。この遺体の顔、僕は見覚えがある。

Agt.深山: ほう?照合無しで身元が分かるなんて、最初の社長以来だな。

Agt.蓮見: これはあくまで僕の主観だし、その遺体は身元を正確に証明できる物を持っていなかったのだから、結局照合は必要になるが……彼は恐らく、マルセル・クリプト。十数年前、「人生における最高傑作」として描いた絵画を完成させたのち、行方不明になった画家だ。

Agt.深山: へぇ。そういや芸術品とか好きだったな、相棒。一緒に芸術雑誌も読んだりしてな。

Agt.蓮見: 一緒に?僕が雑誌を読んでる時、お前が一方的にちょっかいを出してきただけだろう。ああいう作品はお前なんかに酷評されていいようなもんじゃ無くてだな……。いや、そもそもこんな業務に関係ない話は!

Agt.深山: [Agt.蓮見の発言を遮るように]しかしまぁ、こいつが芸術家だったってんなら納得だ。こんな雪の中で、ゆったり昼寝でもしてるみたいな恰好と表情で死んでるんだから。常人とは感性違うんだな、やっぱ。

Agt.蓮見: 彼はかつてインタビューで、「この作品が完成した以上、自分が描くべき物はもうこの世に残っちゃいない」と答えたそうだ。未練は、無かったんだろうな。

Agt.深山: へぇ。満たされて死んでったのか。なんか、ここまでに見つけてきた奴らの話を聞くと、どいつもこいつも酷い人生だったみたいだからさ。まだ照合が終わってない奴らも多いから一概には言えんが……こんな奴もここに来てたんだな。

Agt.蓮見: ん?ああ……なんか。えっと。

Agt.深山: おい。次の遺体のとこ行っていいか。

Agt.蓮見: えっ。[7秒間の沈黙]ああ。必要な情報は得られたから先に進め、だそうだ。

Agt.深山: あいよ。にしても、ずいぶん奥まで来たもんだ。

Agt.蓮見: でもまだ、その空間の性質を解明するには至っていないんだ。だからまだ……頼む。

[ここから10時間、SCP-2658-JP内に存在する遺体の捜索が続く。]


Agt.深山: ……なぁ相棒。そっちはどうだ。

Agt.蓮見: 6人目と8人目。同時進行中。身体的特徴しか分かってない人間の身元特定なんて、そう易々とできるもんじゃないんだ。どいつもこいつも、身分証の一枚ぐらい持ち歩いたらどうなんだ。

Agt.深山: はは、世捨て人ばっかりなのかねぇ。[10秒間の沈黙]……それだけか?

Agt.蓮見: ……何がだよ。

Agt.深山: いや、どうせならもっと話したいと思ってさ。ここ数時間、遺体発見の報告以外会話してこなかったじゃねぇか。

Agt.蓮見: だから、業務に関係の無い話はするべきじゃないし……。それに、お前は余計な会話ができる程の気力が残ってるのかよ。

Agt.深山: はは。違いないな。

Agt.蓮見: だろ?いつものバカ騒ぎは、帰ってきてからでいい。

Agt.深山: [5秒間の沈黙]……ああ。そうこうしてる内に着いたぞ。これで30……何人目だ?

Agt.蓮見: 34人目だ。またいつも通りチェック頼む。

Agt.深山: おう。ん?こいつ、首にカードぶら下げてるな。……おい!これ見てみろ![Agt.深山が遺体の首に掛かっていたカードを撮影する]

Agt.蓮見: それは……デザインはかなり古いが、財団の職員身分証明書か?その遺体は、財団職員のものだってのか!?

Agt.深山: エドガー……ヘイグ、って言うのか?Drって書いてある辺り、博士やってたみたいだが。

Agt.蓮見: 聞き覚えは無いな……他支部にも当たってみよう。しかし、お前以前にも財団関係者が犠牲になっていたとはな。

Agt.深山: ああ。それでも、ここのことを今まで財団は気づけなかったのか。まぁ、昔は通信機器なんか気軽に持ち運ぶようなものじゃなかった、って事情もあるかもだが。

Agt.蓮見: ああ。[7秒間の沈黙]それじゃあ、また捜索を続けて……。[Agt.深山がカメラを雪面に置く]おい。どうした深山。また休憩か?

Agt.深山: [5秒間の沈黙]まぁ、そんなとこだ。

[Agt.深山が休憩を開始してから4分が経過する。]

Agt.蓮見: おい、3分はもうとっくに過ぎてるぞ。そろそろ危ないんじゃなかったのか?……なあ!そこに居るんだろ!?応答しろ、深山!

Agt.深山: [4秒間の沈黙]……分かってるよ。まだ歩けってんだろ。もう、見える範囲じゃ遺体も見つからないし、これ以上の収穫は無さそうなもんだけどな。

[Agt.深山がカメラを持ち上げ、進行を再開する。]

Agt.蓮見: 全く……この任務にはお前の帰還だって含まれてるんだ。今後同様の事例が発生した時の為にも、そこからの脱出手段はなんとしても見つけ出さなきゃならないんだよ。

Agt.深山: お前もご苦労なもんだな。情報を整理しながらの通信応対だって楽なもんじゃないだろ。そっちで交代とか、提案されてないのか?

Agt.蓮見: うるさい。僕はまだ大丈夫だ。そう判断されている。お前の方がよっぽど危ういぞ。いつもの、豪胆に任務を遂行するお前はどこに行ったんだ。

Agt.深山: さてな。

Agt.蓮見: 未知の異常の脅威にできる限り対抗するため、死力を尽くすのが僕らだろうが。そんな所で立ち止まってるんじゃないぞ。

Agt.深山: 異常?脅威?[乾いた笑い]ああ、そうだっけな。……じゃ、もう少しだけ、進んでみるとするか。

[ここから2時間SCP-2658-JP内に存在する遺体の捜索が続くが遺体は発見されず、特筆すべき事項も発生しない。]


Agt.蓮見: ……そういえば、さっきのエドガー博士について色々分かったぞ。

Agt.深山: へえ。

Agt.蓮見: 彼は、行方不明になる前はとあるオブジェクトの研究チームのリーダーを務めていたそうだ。なんでも、そのオブジェクトの異常性の性質を完璧に解明できれば、あらゆるオブジェクトの研究が大いに進展する可能性があったそうだ。

Agt.深山: ほう。

Agt.蓮見: そんな訳で、彼はその研究に随分と……20年以上も心血を注いでいたらしいが、そのオブジェクトは他のオブジェクトの収容違反に巻き込まれて破壊されてしまった。

Agt.深山: [乾いた笑い]ああ。

Agt.蓮見: それで彼は生涯の目標を失い、意気消沈してロクに業務もこなせなくなった。財団が組織として、彼の処遇をどうしたものかと決めあぐねていた所……彼は忽然と居なくなった。

Agt.深山: なるほどなぁ。

Agt.蓮見: 当時は自棄になって逃げ出したのかと思われていたそうだが、まあ、事実はこうだったってことだ。随分な話だな。

Agt.深山: ああ。酷え。例に漏れず、酷え話だなあ。

Agt.蓮見: うん。そこで見つかった遺体の経歴について調べていくと、こんな話ばっかりだ。気が滅入る。

Agt.深山: おう。それじゃ、すまんがそんな話をもう一つ聞いてくれないか。ここにいるやつの話だ。

Agt.蓮見: ああ?それはどういう……。

Agt.深山: [Agt.蓮見の発言を遮るように]そいつはさ、人には言えない仕事をしてたんだ。その癖、昔からの女友達とは付き合いを止めず、休みの日には必ずと言っていいほど会いに行っていた。

Agt.蓮見: おいお前、それは。

Agt.深山: [Agt.蓮見の発言を遮るように]やがて、そいつは流れで結婚までしちまった。勿論、仕事仲間……特に同僚の一人からは随分と反対されたが、一応最低限のプライバシーの自由はあったからな。仕事についてはバレないように色々細工をしてもらった上で、一般人との結婚を認めてもらった。

Agt.蓮見: なあ、そんな話はいい。早く先に進んで……。

Agt.深山: [Agt.蓮見の発言を遮るように]やがて、そいつと妻の間には子供が産まれた。だが、そいつの仕事は随分と忙しい上、カモフラージュありでも妻子にはかなり心配をかけた。普段は大して家族サービスもできず、家のことは妻に任せっきり。そいつは世間からしてみりゃ、最低の父親だった。

Agt.蓮見: もういい。私語はよせ。お前がするべきなのはそこの探索だ。

Agt.深山: [Agt.蓮見の発言を遮るように]でもな、たまの休みに家に帰ってくるそいつを、妻と子供はいつも温かく迎え入れてくれた。仕事について、何も深入りしないでおいてくれた。それどころか、過剰なほどに労いの言葉をかけてくれるんだ。本当に、そいつには釣り合わないほどに良い妻と子供だった。

Agt.蓮見: そこで止めろ。今は任務中なんだ。後でどんな処罰が下されるか!

Agt.深山: いやいや。一応、このオブジェクトの調査にも関係する話なんだ。最後まで聞けよ相棒。……それでまあ、そいつは愚かにも、調子に乗って今まで以上に仕事に精を出すようになった。家族のことを軽んじてたんだな。

Agt.蓮見: おい、僕も含めて、本当に怒られるだけじゃ済まなくなるぞ。帰ってきたら……。

Agt.深山: [Agt.蓮見の発言を遮るように]だから、罰が下ったんだ。そいつの妻と子供は、一緒に車に轢かれて死んだ。その時、そいつは何をしていた?仕事で化け物を追っかけていた!そんなんだから事故の連絡にすぐ応えることができなかったし、顔を見ることができた頃にゃ二人はとっくに冷たくなっていた!

Agt.蓮見: なあ、お前だって辛いだろ?だから、もう……。

Agt.深山: [Agt.蓮見の発言を遮るように]事故は結局、「歩行者側の信号無視が最大の原因」で片づけられた!ああそうか。クズな夫のせいで、子供の送り迎えはいつも妻がやっていたもんなあ。疲れてたんだろうなあ!

Agt.蓮見: もうお前の思い出話はどうでもいいんだよ!今はお前の命が最優先だ!分かってんだよ、なんでそんな話をしだしたのか!生存を諦める口実か?そんなの下らない!無駄口叩いて、無駄な体力と時間を使うんじゃない!

Agt.深山: [5秒間の沈黙]「異常」に目を向けてばっかで、大切にするべき「日常」と向き合うことを疎かにしていた男の末路がこれだ。

Agt.蓮見: [4秒間の沈黙]でも、お前が何か悪いことをしたわけじゃない。むしろ、お前はお前なりに、家族と上手くやろうと努力していた。あの事故は、悪い偶然だ。

Agt.深山: いいや、悪いことはしたさ。こうなることを考えず、下手に「日常」なんてもんと関わりを持とうとしたこと自体、財団職員としちゃ駄目だった。結局、妻子を不幸にしただけだった。なあ相棒、あの時お前が言ってたこと、結局正しかったんだな。

[Agt.深山がその場に座り込む。]

Agt.蓮見: ……おい、休憩か?それならいい。でも、そうじゃないなら許さない。立て。立って歩け。

Agt.深山: 体力的にも限界なんだ。目印になる遺体も見当たらなくなって、同じところをグルグル歩いているような気がする。

Agt.蓮見: 馬鹿、やめろ。諦めるな。遺体が見当たらなくなったってことは、そこから先に行けば帰れるのかもしれないじゃないか。

Agt.深山: どうだか。もう少し進んだら、また別の遺体が見つかるだけかもしれないぞ?

Agt.蓮見: これは任務なんだよ。お前は全力を尽くす必要がある。そこから先に進め。これはチーム全体からの命令だ。

Agt.深山: 駄目だ。もう、足が動いちゃくれない。

Agt.蓮見: ふざけるな。お前の体力ならまだ持つだろ。お前は、それしか自慢できる所がないんだから!

Agt.深山: ははは。面目ない。

Agt.蓮見: なんだよ。いつもみたいに怒れよ。そんなんじゃなかっただろ、深山。

Agt.深山: お前こそ、今日は変に感情的になることが多くなかったか?俺のクールな相棒はどこいったんだよ。

Agt.蓮見: そんな、人を茶化す気力があるなら歩けってんだよ!指示に従え!こっちじゃ、お前の処分についてさっきから会議がな……。

Agt.深山: [Agt.蓮見の発言を遮るように]嘘だろ、それ。そっちじゃ、もう俺を見捨てるよう言われてんじゃないのか?

Agt.蓮見: [5秒間の沈黙]……職員を見捨てるようになんて、わざわざ指示が出る訳ないだろ。

Agt.深山: はは。まぁそうだが、「実質」ってやつだ。

Agt.蓮見: [4秒間の沈黙]まだ、あの事故からは1ヵ月と少ししか経っていないじゃないか。お前の心の傷は、時間が癒していってくれるはずだ。全部、これからじゃないか。

Agt.深山: どうだろな。

Agt.蓮見: 僕は、深山が職場に復帰してくれて嬉しかった。お前はまだ、折れずに僕と一緒に仕事をしてくれるって、そう思った。

Agt.深山: そうかい。嬉しいねえ。

Agt.蓮見: これは、僕への裏切りだ。初めての任務で、お前に無理矢理ペアを組まされて、お前が僕のことを一方的に「相棒」なんてふざけて呼んできて。……それからだ。それから僕は、お前とずっと一緒にやっていかなきゃならなくなった。お前とじゃなきゃ、ここでの仕事はやってこれなかった。それで、それで!

Agt.深山: ああ、今まですまなかったな。

Agt.蓮見: 違う!まだ謝るな!お前はまだやるべきことが残ってる!

Agt.深山: なんだよ。俺は歩けるだけ歩いて、俺の身の上話もした。俺は馬鹿だから、今考えてることを纏めて言葉にはできないけどさ。これで得られた情報で、相棒なら答えに辿り着けるんじゃないか?

Agt.蓮見: そういうことじゃない!お前はまだ、僕と一緒に色んな任務をずっとやり遂げなきゃならない!だから![息切れ]帰って来てくれよ……。

Agt.深山: ……ごめんな。

Agt.蓮見: いきなり部屋に押しかけられるのも、童顔だと馬鹿にされるのも、嫌というほど惚気話を聞かされるのも、もういい。もういいから。……だから、頼むよ。なあ、相棒……。

Agt.深山: [一度言葉に詰まる]……はは。最後にそれはズルいな。でも、ごめん。[6秒間の沈黙]じゃあな、相棒。

[以降、Agt.深山からの返答は一切無くなる。]

<記録終了>

文書:2658-JP記録-2

付記: 当文書は、2019/02/14にエージェント・蓮見の端末から財団データベースへ送信された記録を書き起こしたものである。エージェント・蓮見は、前回任務時の命令違反に対する懲戒処分と精神療養を兼ねて自室で謹慎中であったが、2019/02/13に消息不明となった。

<記録開始>

Agt.蓮見: えっと、こちら蓮見。まだ僕も状況をハッキリと把握できてはいないのですが……僕はさっきまで部屋にいたはずなんですが、例の異常空間、ああ、SCP-2658-JPに指定されたんだっけ?とにかく、そこに僕も転移してしまったようです。

Agt.蓮見: 間違いなく、さっきまで部屋にいたんです。監視カメラで分かると思いますが。でも、部屋のドアを開けた瞬間ここにいて……あ。深山が言ってたのと同じです。なんか、一回部屋の外に出たくなったんです。さらに正直に言うと、深山からそういう話を聞いていたからか、今すぐに部屋から出ればここに来れるような気さえしていました。本当に、そうなってしまいましたが。

Agt.蓮見: そっちは僕が突然居なくなって混乱しているかもしれませんが、「今、そちらへすぐに通信を行わない」という選択を取ることを許していただきたいです。少し、僕一人でこの中を探索してみたい。どうせ僕はもう帰れません。なので、大目に見てください。その代わり、この記録は僕が死ぬ前にはそっちに送りますから。まあ、この記録をあなた方が今こうして閲覧できているのなら、全部上手くいったってことです。

Agt.蓮見: ああ、でももしかしたら、急にそちらへの連絡手段がダメになるかもしれませんね。今のところ、通信環境は安定していますが……。まあ、深山の事例では最後まで通信できてましたし、多分大丈夫でしょう。

Agt.蓮見: じゃあ、早速進んでいきます。今立ち止まって話していただけでも、滅茶苦茶寒くなってきました。なるほど、深山はこんな寒さを味わってたんだ。

[Agt.蓮見が周囲を撮影しながら前方へ直進する。]


Agt.蓮見: それにしても、なんで僕までここに来てしまったんでしょう。ああ、そういや深山が「これは通信を通して人を呼び寄せる異常性があるオブジェクトかも」なんて言ってましたね。そうだとしたら納得だ。皆さんも気を付けてください。この記録を閲覧してる時点で手遅れかもですが。

Agt.蓮見: でも、もしそれ以外に要因があるのだとしたら……なんだろう。何か、ある気はするんですけどね。あと少しで答えが分かりそうな……。

[25秒間の沈黙。]

Agt.蓮見: やっぱりここ、随分寂しい景色ですね。僕、雪国の景色とか結構好きなんですけど、ここを眺めても全然ワクワクしません。ただただ胸が締め付けられるような感覚になります。命を感じさせるものが、一つもない。

Agt.蓮見: でも、なんだか怖さとかは不思議と感じませんね。もう自分はここで死ぬって、分かり切ってるのに。なんというか、安心感?いや、納得感かな。一つの命が行き着く果てとしては、それっぽい感じがしませんか、ここ?[笑い]あっ、アレ。

[Agt.深山が右斜め前を映す。]

Agt.蓮見: アレ、神田氏の遺体ですよね。多分。ああ、ちょっと行ってみようかな。

[Agt.蓮見が遺体に接近を続ける。]

Agt.蓮見: やっぱりだ。なるほどなるほど。こうやって深山は進んできたんだな。いや、まだ探索を始めてから少ししか経ってないのに、結構疲れました。アイツの体力、やっぱり凄かったんだなあ。[7秒間の沈黙]あー、とりあえず行く当てもないんで、このまま深山が通ったルートをなぞっていこうと思います。いや、そっちからすれば、違うルートで探索してほしいんでしょうけどね。すいません。

[ここから8時間、SCP-2658-JP内に存在する遺体の捜索が続く。その間、特筆すべき事項・発言無し。]


Agt.蓮見: [溜息]これでアイツの半分……いや3分の1ぐらいは歩きましたかね。もう、ヘトヘトです。

[Agt.蓮見が雪面に倒れこむ。]

Agt.蓮見: ああいや、でも、まだ立ち止まれないんですよ。ぶっちゃけ、僕がこのルートで探索を続けてるのは、この先で深山と会えるかもしれないからなんですよね。

Agt.蓮見: アイツなら、あの通信が切れた後、ひょっこり立ち上がってまた歩き始めてるかもしれません。なんならもう、出口を見つけて僕と入れ違いにそっちへ帰ってるかもですね。アイツは、そういう凄い奴でしたから。なんでもできる、凄い奴です。僕なんかじゃ到底及ばない。

Agt.蓮見: アイツがあそこでそのまま死んでるとしても、僕は声をかけに行ってやらなくちゃならない。だって、ほら。こんなんでも、僕はアイツの相棒だったので。最期にそばにいてやれないのは、申し訳ない。

[15秒間の沈黙。]

Agt.蓮見: ああ、そろそろ立ち上がらなきゃな。凍り付いて、ここで終わってしまう。それは、駄目なんだ。

[Agt.蓮見が立ち上がる。]

Agt.蓮見: じゃあ、探索を再開します。

[ここから12時間、SCP-2658-JP内に存在する遺体の捜索が続く。その間、特筆すべき事項・発言無し。]


Agt.蓮見: お、エドガー博士の遺体だ。こんなモヤシの僕でも、ここまで歩いてこれたんだなあ。

Agt.蓮見: でも、ああ。ここから深山の姿は見えない。どっちの方向に行ったのかも分かんないな。変な方向に行ったらもう戻ってくることができなくなりそうだし、そもそも、もう一方通行分の体力しか残ってない。どうしたもんかな。

[13秒間の沈黙。]

Agt.蓮見: 仕方ない。もう勘だ。アイツが行きそうだと思う方に賭けてみる。財団としてはアイツが通ったルート以外の情報が欲しいでしょうし、どっちに転んでも悪いようにはなりません。ああ、うん。なんだ、全部大丈夫ですね。[笑い]

Agt.蓮見: なんというか、これ以上悪いことになる気はしないんですよ。ここは別に、いたずらに人を苦しませる場所じゃない。それぞれの異常性も、そういうもんなんでしょう。なんでか分かんないんですけど、そんな気がするんです。

Agt.蓮見: ちょっと前まで、このオブジェクトのことは本当に恨んでたんですけどね。きっと、僕がここに呼ばれるような人間になったから、考えも変わったんだ。みんなの気持ちが、分かるようになったから。

[ここから2時間、SCP-2658-JP内に存在する遺体の捜索が続く。その間、特筆すべき事項・発言無し。]


Agt.蓮見: それにしても、ここまで色んな人の遺体がありましたね。結局まだ、半分くらいの人数しか身元が分かってないんですけど……彼らの経歴を調べて、そして、僕自身がこの空間を歩き回って、見えてきたものがありました。

Agt.蓮見: 会社が潰れた社長。描くべきものが無くなった画家。研究対象を破壊された博士。不器用ながらも愛していた家族を喪った父親……みんな、己の生きる意味と呼べるものを失っている。きっとここは、そういった人間に「もうここで終わってもいい」「ここで足を止めていい」と、ある意味慈悲のようなものを与えてくれる場所なんだ。

Agt.蓮見: ああ、通信ができるのも、最期にそっちへ言葉を遺したい奴のためかもな。なんて良心的なんだ。あはは!本当のことは何も分からないけれど、僕は随分ここのことが気に入ってしまったようです。……あ。

[映像が激しく乱れる。Agt.蓮見が走りだしたものと思われる。]

Agt.蓮見: いた!いた!やっぱりこっちだったんだ!おい!深山!

[8分後、映像の乱れが収まる。]

Agt.蓮見: あはは……。なあ、おい。来たよ、深山。僕が、相棒がここまで来てやったんだ。よう。なにか言えよ。言えってば。

[Agt.蓮見がAgt.深山のそばで立ち止まる。]

Agt.蓮見: なあ、おい。おい……。ああクソ、こんなに冷たくなっちまって。

[Agt.蓮見が、Agt.深山の遺体と背を合わせるように座り込む。]

Agt.蓮見: 僕たち、何年財団で頑張ってきたんだろうな。先輩たちに比べりゃまだまだだけど、結構色々やってきたよな。

Agt.蓮見: ずっと、ずっと一緒だったよな僕たち。いつもお前が危ない場面に突っ込んでいって、そこに僕が指示を出して、それで上手くやってきた。ああ、今までなんやかんや言ってきたけどさ、僕らは良いコンビだったよ。間違いなく。

Agt.蓮見: 足りないものを補い合って、辛い時には支え合って。この仕事を終える時が来るまで、ずっと、ずっと僕らはこうして二人でやっていくんだって。やっていけるって信じてた。

Agt.蓮見: それで、お前だって内心そう思ってるって、僕は考えてたよ。そもそも、「相棒」なんて呼び方はお前からの一方的なものだった。気恥ずかしくて僕はそう呼び返すことはできなかったけどさ。いつも、嬉しかったよ。お前が僕をそう呼んでくれるの。お前が、僕を頼ってくれるの。

Agt.蓮見: ちゃんと、お前の力になれてると思ってたんだ。だから、だからさ。もう、分かんないんだよ。

[7秒間の沈黙。]

Agt.蓮見: 僕は、お前が歩みを続ける理由になれなかったのかよ。

<記録終了>

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。