クレジット
タイトル: かいえん3号と海底遺跡
著者: ©
29mo
作成年: 2021
アイテム番号: SCP-2700-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-2700-JPは海洋サイト‐81██の収容下に置かれます。海底探査艇整備マニュアルに基づいた整備を行ってください。なお、研究班による解体作業を除き、SCP-2700-JPから覗き窓を撤去することはセキュリティクリアランス3以上の職員3名以上の許可が必要です。
現在SCP-2700-JPは収容されていない状態です。再回収の目途はたっておらず、海域2700-JPにおける再現検証が急がれていますが、そのほかのSCP-2700-JPに関するプロジェクトは全て凍結されています。再現計画の進展による即時再開を除き、プロジェクトの凍結解除は最短で800年後になる見通しです。
海域2700-JPは海上封鎖の上、潜水艦による巡回を行い、部外者によるSCP-2700-JP-A近辺への物理的アクセスの封じ込めが行われます。
説明: SCP-2700-JPは大深度有人潜水探査艇「かいえん3号」です。SCP-2700-JPは乗組員4名の標準的な潜水艇であり、その構造、性能に異常性はありません。この潜水艇は2018年に財団のフロント企業傘下となった█████社が、海底資源探査を目的として所有していた4機の潜水艇の内の1機でした。事業合併時、SCP-2700-JPに異常性は確認されておらず、後述の事案:2700-JP‐1によって異常性が付与、または顕現したものと推測されています。
SCP-2700-JPが京都府舞鶴沖海底(海域2700-JPに指定)を潜航した場合、乗組員はアクリル樹脂製の覗き窓から未確認の海底遺跡(以下、SCP-2700-JP‐Aに指定)を観測することが可能です。SCP-2700-JP‐Aは他の潜水探査機による調査では存在を観測することが出来ず、またSCP-2700-JPに搭載されたレーダーやソナーでも認識されません。船体や探査アームを用いた遺跡構造物への物理的な接触は対象を透過する結果となります。加えてSCP-2700-JPの覗き窓を交換した後も問題なくSCP-2700-JP‐Aが確認されたことから、この現象はSCP-2700-JPの乗組員を対象として発現する認識災害であると推測されています。
海域2700-JPには深層海流が流入しており、海面から垂直に潜航を試みた場合は地球規模の海洋循環に巻き込まれることとなります。財団では海難事故のリスクを避けるため、海域2700-JPから7kmの地点より潜航し、海底部に沿う形で海域2700-JPへ接近、SCP-2700-JP-Aの外縁部から調査を開始。SCP-2700-JP-Aは電子機器を初めとした測定器による計測が不可能であるため、調査は目測を主として実施されました。
SCP-2700-JP-Aはすり鉢状の地形に存在し、石造の高層建造物群の様相を持ちます。約20km2の面積内に40棟以上の遺跡が確認されおり、その中には崩落したものも存在しますが、遺跡の中心部へ下るにつれてその構造は低層建築へと移行しています。SCP-2700-JP‐Aの中心部、即ち最下層部には幅12m2の祭壇らしき建造物が確認されています。祭壇の高さに関しては300m以上との報告がありますが、SCP-2700-JP-A付近での垂直の潜航、及び浮上は先述の海流に接触する危険性が懸念され、調査は難航していました。
事案:2700-JP
この事案記録はSCP-2700-JPの異常性が初めて確認されるに至った経緯をまとめたものです。
20██/█/█、潜水艇「ふくすい2号」、「ふくすい3号」、「かいえん2号」、および異常性が確認されていなかった当時のSCP-2700-JP「かいえん3号」の計4機を用いた海底資源探査計画を実施。その際に「かいえん3号」が海域2700-JPの深層海流に接触、脱出を試みた際に海底へ衝突する事故が発生しました。この事故により「かいえん3号」は損壊、船内には海水が侵入していました。異変を察知した他3機の潜水艇により「かいえん3号」は曳航され、約40分後に海面へ浮上、乗艇していた乗組員4名が救出されました。2名の技師および研究要員の巣型博士は低体温と低酸素により意識不明の状態で救出されましたが後に回復。残る研究要員の保浦研究員は船内で死亡が確認されました。
以下は事案:2700-JPに関する聞き取り調査のインタビューログです。
対象: 巣型博士
インタビュアー: エージェント・嘉規
付記: 巣型博士は事案:2700-JP発生の3日後に意識を回復しました。インタビューはその翌日、巣型博士の病室にて実施されました。この記録内において巣型博士からSCP-2700-JPの異常性が報告されるため、インタビュー開始時点ではSCP-2700-JPおよびSCP-2700-JP‐Aの存在をインタビュアーが認知していないことに留意してください。
<録音開始>
[インタビュアーが病室へ入室、ベッドの対象に気遣う姿勢をとる。]
エージェント・嘉規: 巣型博士。ずいぶんと、憔悴されましたね。医者からインタビューの許可は出ていますが、もう少し様子を見ますか?
[5秒沈黙、インタビュアーは対象の顔を見つめているが、対象は窓から視線を外さない]
巣型博士: かまわん。私の他に事態を報告できる者がいない以上、財団職員として職務を果たすまでだ。
[17秒沈黙]
エージェント・嘉規: わかりました。それでは報告をしてください。あの海底航行は海底資源についての、いたって簡単な探査計画だったと聞いています。あの時、何があったんですか。
巣型博士: 全て当初の計画通りだった。私と、技師の2人は計器に集中していて、少し手が空いた保浦くんが覗き窓を眺めていた。そして、「なにか」を見つけた。
エージェント・嘉規: 念のため確認しますが、報告は正確にお願いします。「なにか」という表現はつまり、保浦研究員が何を見たのか、博士たちはわからっていないということですか?
巣型博士: その通りだ。ただ、なにか理解の及び難いものだったのだと思う。保浦くんはそれを見てパニック状態になり、過呼吸で話すのもままならない様子だった。だが彼女は必至で、船内の私たちに窓の外を見るよう促した。
エージェント・嘉規: 博士たちも窓の外を見たのですか?
巣型博士: いや、見たのは私だけだ。万一私もパニックになった時には、技師に帰還するよう言い含めておいた。仮に恐慌状態の人物が二人になっても、保浦くんも私も女性、対して技師二人は男性。拘束するにはさして支障はないだろうという判断だった。それに、私は保浦くんを信頼している。いくらパニックでも、私たちが全滅しかねない行動はとらないと断言出来る。そうして、その上で、私が窓を覗き込み、海底に見たのは、巨大な建造物だ。
エージェント・嘉規: 海底に、建造物?
巣型博士: そうだ。かなり広大な規模を持つ海底遺跡群だった。それも海流の侵食や海底火山、地殻変動などの自然現象によるものではない。一見した限りだが人工物だったと断言できる。
エージェント・嘉規: ですが、探査地点にそういったものがあるとの記録はありません。同行した潜水艇からもそのような報告は上がっていませんが。
巣型博士: だろうな、そんな予感はしていた。私が見たものを技師たちに話した時、彼らも驚いていた。技師たちが直前まで目を皿にして情報を精査していた計器にはなんの兆しもなかった。とはいえ、少なくとも私にとっては過呼吸になるほどの驚きでもない。音波を始めとする物理的な計測機に引っかからないところから、恐らく認識災害の類が関連しているであろうことは容易に推察できる。唯一恐慌状態に陥った保浦くんは、その「パニックにさせられる」異常を発露させる条件を満たしていたのか、あるいはなにか遺跡以外のものを海底で見つけてしまったのではないか。そういう意味で、保浦くんが見つけてしまった「なにか」がなんなのか、断定は出来ないと考えている。後日正式に、私の方からもオブジェクト調査を目的として再度探査計画を動かすよう提言するつもりだ。
エージェント・嘉規: わかりました。私からも上申しておきます。それで、その一連の出来事が事故の原因となったということで、よろしいですか?
巣型博士: うむ。
エージェント・嘉規: 具体的な時系列の報告をお願いします。
巣型博士: 過呼吸で倒れた保浦くんを休ませて、技師たちと初期収容として適切な行動は何かを検討した。随伴している潜水艇への連絡は、認識災害を拡大させる危険性を考慮して音声通信を避け、事実のみを記載した文面での連絡を準備。その間に初期調査として、探査アームによる建造物のサンプル回収を行うか否かを技師の2人と相談した。結論として、物理的接触は避けるが対象物にもう少し接近して、建造物の構造や材質の目測を試みようということになった。無論、さらなる接近が未知の異常性を発現させる可能性もあったが、その時点ので彼我の距離はおよそ600m。サーチライトでシルエットは確認できるものの、望遠レンズ等では確認できない対象の特徴を観察するには、せめてもう100mは近づきたかった。それは、今でも間違いではなかったと思う。問題があったとすれば、その後の私の、振舞いだ。
エージェント・嘉規: 続けてください。
巣型博士: そうして「かいえん3号」を近くまで寄せた時、小康状態まで持ち直した保浦くんが覗き窓に近づいてきた。技師は操縦と計器の確認、私も書面の作成に集中していて、また保浦くんに向けていた注意を切らしていたタイミングだった。15秒も、彼女から目を離した私のミスだ。彼女はまたパニック状態になり、その時、「ぶつかる、触らないで、近づかないで、早く上がって」と叫んだ。
エージェント・嘉規: 潜水艦が建造物に接触しようとしていると思い、それを恐れた?
巣型博士: 推察しか出来ないが、恐らくそうだろう。技師は保浦くんの声に慌てて急上昇してしまった。その結果、不用意に海流へ突入。その後は知っての通りだ。なんとか海流からは脱出できたが、流れに逆らう無理な海底航行で船体に亀裂が入り、私たちは死ぬところだった。同行していた潜水艦が異変に気付いて「かいえん3号」を曳航してくれて、私たちはかろうじて助かったわけだ。
エージェント・嘉規: わかりました。インタビュー記録は報告として提出しておきますが、近日中に書面でも報告書の提出をお願いします。今日はここまでとします。
巣型博士: そうだ、保浦くんは、どうなった?
エージェント・嘉規: 自分は存じ上げません。本件に関する情報を開示されたのも、このインタビューに伴ってのことなので。一応、乗組員は救助されたとは聞いていますが、貴女以外の他の乗組員が今どうしているかまでは聞いていません。
巣型博士: 隠さなくてもいい。あの有様の後にあんな事故だ。海面に上がるまでにもう覚悟は済ませていた。とはいえこの案件に動員する優秀で貴重な人材が失われたんだ。せめて私は早めに復帰できるように努めると、上に報告しておいてくれ。
<録音終了>
終了報告書: インタビューの1ヵ月後、本人の希望によりSCP-2700-JPの主任研究員として巣型博士が配置されました。
補遺: 海域2700-JP付近には縁猪島という島が存在したという伝承が舞鶴近辺に残されています。干潮時には本土近くまで砂州が出現していたとされ、室町時代には天橋立と並ぶ名勝地として栄えたと伝えられるほか、島の中心には壮大な祭祀施設が存在し、毎年神輿と御饌、巫女による神楽を奉納していたと伝えられています。
縁猪島の祭祀施設、祭神及び祭事の詳細については伝承が意図的に失伝されたと思われる点が多く、地元民の間は”海上交通の守り神とされる讃岐の金刀比羅宮の分霊を勝手に奉鎮していたため”と言われていますが、一部地域では”土地神として大陸から渡って来た猪神を祭っていたが、江戸時代の宗教弾圧によって根絶した”と伝えられており、正確なところは判明しておりません。
縁猪島は江戸時代に津波による浸食と地殻変動とによる地盤沈下によって消滅したとされていますが、これらの伝承は口碑によるものであり、史料による裏付けのないものとして伝説の域を逸しません。本オブジェクトとの関連については不明です。
20██/█/█、海域2700-JPにてSCP-2700-JPを用いたSCP-2700-JP-Aの調査を行っていた際に丹後半島の北部を震源とする震度4の地震が発生。これによりSCP-2700-JPが深層海流に接触し、SCP-2700-JPが収容下から離脱、乗艇していた巣型博士を含む3名の職員と共に行方不明となりました。
以下はSCP-2700-JPおよび調査時の随伴艇「きんごう1号」、「ふくすい2号」との通信ログからインシデント発生時前後のログを抜粋したものです。なお、本調査対象であるSCP-2700-JP-AとSCP-2700-JPの判別を容易にするため、音声通信中およびログ中においてSCP-2700-JPは本来の機体名「かいえん3号」と呼称されていることに留意してください。
<再生開始>
01:05:13 -[かいえん3号] こちら巣型。SCP-2700-JP-Aを目視で確認。口述記録を開始します。彼我の距離はおよそ600m。今日は海中懸濁物も落ち着き気味で、視界は良好。
01:05:19 -[きんごう1号] こちら大道。了解しました。引き続き「かいえん3号」の後ろを追います。
〈中略〉
01:28:55 -[かいえん3号] こちら巣型。予定通り海底遺跡の末端へ到達。今回は遺跡の中心部へ向かう。
01:29:08 -[ふくすい2号] こちら三島。航行速度が予定よりやや速いです。ペースダウン願います。
01:30:01 -[かいえん3号] 了解。
〈中略〉
01:55:42 -[かいえん3号] こちら巣型。最下層部に到達。前回の調査時で観測された祭壇らしき建造物へ接近します。
01:55:49 -[ふくすい2号] こちら三島。未知の遺跡ということもありますが、祭壇の上部は深層海流域に到達しています。保浦さんのこともありますし、十分に警戒してください。
01:55:59 -[ふくすい2号] 巣型博士?
01:56:04 -[かいえん3号] あぁ、わかっているとも。
〈中略〉
02:20:11 -[かいえん3号] 祭壇らしき建造物を視認。祭壇は台形の形態を取り、南南西の面に階段が配置されている。祭壇表面の装飾は全て曲線で構成されており、具体的な物体ではなく流体や連続性などの抽象的なものがモチーフとなっていると推察する。これより祭壇下から徐々に上昇し、可能な限り上部の観測を試みる。
02:20:19 -[ふくすい2号] は?
02:20:20 -[きんごう1号] こちら大道。これ以上の上昇は深層海流の影響が懸念されます。不測の事態が起きた場合には「かいえん3号」、SCP-2700-JPのロストも起こり得る深度です。認められません。
02:20:27 -[かいえん3号] わかっている。しかし現状、なんら有用な情報は得られていない。もはや多少のリスクは承知で新たな成果を求めるべき段階ではないか。
02:20:34 -[ふくすい2号] その判断は現場で下すべきではありません。それも探索行動中で、しかも貴女は[爆発音に似た轟音]
〈震度4の地震が発生。海水の上下動に起因する一時的な異常海流により「かいえん3号」と「きんごう1号」が操縦不能に陥る〉
〈不明瞭な怒号や悲鳴が続く。中略〉
02:23:09 -[きんごう1号] [罵声]、操縦が効かない! やばい、やばいやばい! 深層海流に突っ込むぞ!
〈「かいえん3号」が「きんごう1号」に追突。「きんごう1号」は安全域へ、「かいえん3号」は深層海流側へ弾かれる〉
02:23:52 -[きんごう1号] 巣型博士!?
02:23:55 -[ふくすい2号] そんな。
02:23:58 -[かいえん3号] 騒ぐな諸君。このまま深層海流に流されれば2700-JPの確保と保全が叶わない以上、せめて人員が一人でも助かることが合理的な判断だ。いまこの船に乗っているのが私以外Dクラスだったのが幸いだな。
02:24:08 -[ふくすい2号] 巣型博士。まさかとは思いますが、そうなる準備をされてたのでは。[呼吸音]保浦さんの、後を追いたいがために。
02:24:20 -[かいえん3号] それは財団職員としてあるまじき考えだな。さて、こうなっては仕方がない。深層海流に流される前に、出来る限り祭壇部の情報を伝達する。Dクラスの彼らには、悪いが最後まで騙されててもらおう。
02:24:47 -[ふくすい2号] [罵声]。
02:25:05 -[かいえん3号] 海流突入までもう3分も無い。上端が見えてきそうだ。祭壇部の高さは300mから350mの間といったところ。さきほどの地震と異常海流で海中懸濁物はかなり多くなっているが、大まかな構造程度は判別できる。なにか、見えてきたな。
02:25:10 -[ふくすい2号] 報告を。
02:25:11 -[かいえん3号] 待て待て、そう急かすな。
02:25:13 -[ふくすい2号] 巣型博士!
02:25:20 -[かいえん3号] [ため息]すまない。悪かった。
02:25:23 -[ふくすい2号] 報告を、お願いします。
02:25:28 -[かいえん3号] [呼吸音]上端に、何か並べられている。これは、人骨だ。100どころではない数の。下顎骨が細いな。全員女性だ。座り込むようにして並べられている。その上にも、さらになにかあるな。
02:25:31 -[きんごう1号] まだ、大丈夫そうですか。
02:25:35 -[かいえん3号] おそらく。ここからだと見上げる形だが、構造くらいは分かる。石造りの、正倉らしい。入り口が大きく開いている。これは、神輿蔵、か? 壁面に刻まれているのは。
02:25:39 -[ふくすい2号] 巣型博士?
02:25:42 -[かいえん3号] 巨大な牙の生えた獣だ。それも、下半身は魚。この意匠はインドの流れを汲むモンゴル系だ。時代的には、牙の大きさは武力、子宝や精力、怪魚は欲望の暗喩だ。蔵の中には何があるのや、ら。
02:26:10 -[ふくすい2号] 巣型博士? どうしたんですか! 巣型博士!
02:26:18 -[かいえん3号] あれ、は。かいえん3号だ。私たちの乗っているものと同じ。遠目でも機体のペイントは判別できる! 覗き窓に、白衣の誰か。
02:27:23 -[かいえん3号] 保浦くん、なんでそこに。
〈「かいえん3号」との通信が途絶〉
〈再生終了〉
SCP-2700-JPに搭載されているGPSは水圧による充電式のため位置の捕捉が可能ですが、同機が巻き込まれた深層海流は海底へ潜り込む海洋循環へ流入しており、深海からのGPS信号は完全に遮断されています。次に信号を検知できる深度までSCP-2700-JPが浮上するのは800年から1200年後との試算が出ています。