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アイテム番号: SCP-2752-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: 基底世界側のSCP-2752-JP周囲はカバーストーリー「立ち入り禁止」により封鎖されます。
説明: SCP-2752-JPは、双方向性のポータルです。SCP-2752-JPは20██/██/██に[削除済]線の線路上に出現しました。現在は、財団によって当該線路の位置が変更されたため、[削除済]線は問題なく運行されています。
SCP-2752-JPに接触した物体は、不明な空間(SCP-2752-JP-Aに指定)に転移します。SCP-2752-JP-Aは約1km四方の平面であり、転移したものを除けば、地面・線路・転轍機てんてつき1のみが存在しています。空に相当する部分は青色であり、光源と思われる物体が存在しないにもかかわらず、100000lx程度2の照度が確認されます。
SCP-2752-JP-A内には、電線を始めとした"電車に動力を供給する物体"が存在しません。しかし、SCP-2752-JP-A内に存在している電車は、転移時の速さを維持して走行します。ただし、電車側からの操作で加速・減速・停止をすることは不可能です。なお、車両以外の物体や、外部からの電力に依存しない車両は、自由な速さで移動することが可能です。
20██/██/██に、SCP-2752-JP上に乗った回送電車がSCP-2752-JP-Aへと転移しました。当該電車の車掌から運転指令所へ連絡があったことにより、潜入していた機動部隊て-0("第四軌条")3構成員が財団に通報を実施しました。なお、当該車両には、車掌1名のみが乗車しており、乗客は存在していませんでした。
直後、機動部隊て-0("第四軌条")構成員によって、SCP-2752-JPの初期収容が実施されました4。並行して、SCP-2752-JP上を走行する予定であった列車には、カバーストーリー「事故」の適用の上で、代替輸送が実施されました。
SCP-2752-JP-Aへ潜入した機動部隊により、転移した列車は、SCP-2752-JP-A内を常に80km/h程度で走行し続けていることが確認されました。また、SCP-2752-JP-A内の線路は、非常に規則的に施設されているように観察されました。
財団は当初、列車自体への特別な干渉を実施しませんでした。これは、
- 80km/hで移動している電車への干渉は困難である
- SCP-2752-JPは双方向性のポータルであり、電車の動きがランダムだとすると、「偶発的にSCP-2752-JP上に乗りSCP-2752-JP-Aを脱出する」可能性が低くないと判断できる
という要因に依ります。しかしながら、20分以上経過しても列車の脱出が確認されなかったこと、および車掌からの連絡が断絶したことから、積極的な救出を実施することが決定されました。
この際、レールの上を一定以上の速度で移動する必要があること、および列車が脱出できるように適切に線路の分岐を切り替える必要があることから、機動部隊て-0("第四軌条")のレールトラスト5を動員し、これに戦術求解部門6の職員を同乗させ指示をさせることが提案・受理されました。
以下は、当該救出作戦時における映像ログの抜粋です。
映像ログ2752-JP-1
<記録開始>
Agt.成田: こんにちは。あなたが、戦術求解部門の?
千藤研究員: ……は、はいっ! え、ええと、戦術求解部門の、せ、千藤 天音と申します!
Agt.成田: あら、緊張してる? アタシは成田 亜美。第四軌条のエージェント。よろしくね。
千藤研究員: よ、よろしくお願いします!
Agt.成田: さて、早速だけど、あなたが、電車を上手く誘導できる転轍機の動かし方を教えてくれるそうね?
千藤研究員: あ、あっ、はい! えーと、上手くできるか分からないんですけど、あの、頑張りますので、あの……
Agt.成田: 天音ちゃん、変に緊張すると、実力も発揮できなくなるわよ。落ち着いて。
千藤研究員: あ、あっと、はい! ええと、実は、こ、こういう現場……現場? で、何かやるのが、初めてなんです……
Agt.成田: 別に、今回のは危険なオブジェクトじゃないの。移動が予測可能だから。安心して頂戴。
千藤研究員: ……はい。あ、安心します、ね……
Agt.成田: アタシの運転が問題なければ、だけどね。
千藤研究員: えっ!?
Agt.成田: [笑う]冗談よ、冗談。運転は死ぬほどやってるから。安心して線路の動かし方を考えて、ね?
千藤研究員: は、はい! 電車が、ポータルに乗れるように、分岐点の方向を変えれるようにします!
Agt.成田: 一緒に頑張りましょうね。
<記録終了>
Agt.成田の操縦するレールトラスト上に千藤研究員が同乗する形で、SCP-2752-JPへの突入が実施されました。その後、まずSCP-2752-JP-Aの詳細な内部構造を把握すべく、SCP-2752-JP-A内の探索が行われました。
映像ログ2752-JP-2
<記録開始>
Agt.成田: ええと、天音ちゃん、大丈夫かしら?
千藤研究員: ご、ごめんなさい、なんか、こんなに速いと思わなくて、ちょっと、怖いです……
Agt.成田: まあ、電車と同じレベル、って考えれば怖くないでしょう?
千藤研究員: そ、そうですよね、ごめんなさい。
Agt.成田: ところで、線路がかなり規則的に並んでいるようだけど、何か気付いたかしら?
千藤研究員: あ、あの、ごめんなさい、まだ分からないです……ごめんなさい、そ、それが役目なのに……
Agt.成田: まあ、後で教えてくれればいいの。さて、分かれ道に着いたわね。
千藤研究員: え、えっと、これが、転轍機、ですか?
Agt.成田: その通り。動かしてみる?
千藤研究員: あっ、はい! ……あ、あの、う、動かないです!
Agt.成田: まあ、簡単には動かないわよ。だって、勝手に線路の向きが変わっちゃったら困るでしょ?
千藤研究員: あぁ……そうですよね……私には無理かも、です……
Agt.成田: アタシはね、天音ちゃんには頑張ってみてほしいと思うの。もう少しで動きそうじゃない?
千藤研究員: は、はい!
[千藤研究員が、転轍機に体重を掛けるような形で、転轍機を動かす]
千藤研究員: ええと、あ、あっ、動きました! 転轍機、う、動きましたよ!
Agt.成田: ありがとうね。これで、例の電車が誘導できるわ。
千藤研究員: そうです、そうですね!
Agt.成田: だけど、まずは、SCP-2752-JP-Aの全体像を掴まないとね。頼んだわよ、天音ちゃん。
千藤研究員: は、はい!
<記録終了>
約20分間の調査および千藤研究員の記録により、SCP-2752-JP-Aの内部構造が判明しました。

図1: SCP-2752-JP-Aにおける線路の敷かれ方

図2: SCP-2752-JP-Aにおける線路の交差
SCP-2752-JP-A内の線路は図1のように施設されています。また、全ての十字路および丁字路は、図2のような交差をしており、それぞれの左右分岐が転轍機によって切り替えられる形式となっています。
このことが判明した後に、千藤研究員によって、以下の音声ログに示すような推測が行われました。
映像ログ2752-JP-3
<記録開始>
Agt.成田: さて、天音ちゃん、全体像は判明したわね。
千藤研究員: は、はい! 成田さんのおかげです!
Agt.成田: 礼を言う必要はないのよ、これがアタシの役割だもの。
千藤研究員: あ、そうですね……じゃあ、わ、私も、この路線図から、どうすれば電車が脱出させられるか、考えないと、ですね!
Agt.成田: 頑張ってね!
[2分程度、千藤研究員は図に書き込みを行うなどして、列車の救出方法を考察している。Agt.成田は、それを眺めている。]
千藤研究員: あ、あ、ダメ、ダメです……!
Agt.成田: どうしたの? 焦らなくていいから、ゆっくり
千藤研究員: いや、違うんです! あ、あの、SCP-2752-JP-Aからは、電車は、絶対に出れないんです!
Agt.成田: 絶対に出れない……天音ちゃんを疑うわけじゃないけど、本当かしら?
千藤研究員: パ、パリティ。えー、偶奇性です。え、えーと、つまり、あの……
Agt.成田: 大丈夫、落ち着いて。
千藤研究員: ……ありがとうございます。えーと、まず、こ、この線路って、特殊な分岐をしてるじゃないですか。この分岐って、「交差点で必ず左右どちらかに曲がらなくてはならない」という分岐なんです。
Agt.成田: 確かに、交差点を直進はできないわね。

図3: SCP-2752-JP-Aへの列車の侵入
千藤研究員: ……そして、この電車は、こんな、赤い矢印7の感じで、ポータル側からSCP-2752-JP-Aの中に入ってきたことになりますよね?
Agt.成田: そうね。

図4: 侵入後の列車の右左折
千藤研究員: ということは、この電車は、矢印8の方にしか進めないことになるじゃないですか。
Agt.成田: 確かに。交差点では、必ず曲がらなきゃならない構造をしているものね。

図5: 列車の進行
千藤研究員: こんな感じでやっていくと、図9の方向で進むしかないです。あ、あっと、赤い矢印の交差点では、「縦から入って横へ曲がる」、青い矢印の交差点では「横から入って縦へ曲がる」しかできません。パリティが、赤と青が、互い違いじゃないですか。え、えーと、つまり、ポータルのところは、赤い交差点じゃないですか。だから、横から入れない……縦に曲がれない、ので、ポータルへは着けないです。
Agt.成田: なるほど、わかったわ。ありがとうね。
千藤研究員: いや、ごめんなさい……つまり、なんというか、「解けない」って、自信満々に言ってるみたいで、なんか、ごめんなさい……なんか……
Agt.成田: 天音ちゃん、問題ないの。「この方法で解けない」なら、「他の方法で解く」に乗り換えればいいの。
千藤研究員: え、ええと、どうすれば……あっ、レールを新たに敷くのは、どうでしょう! 赤と青の性質を入れ替えられるので……いや、でも、すぐには敷けませんよね、ごめんなさい……
Agt.成田: まず、車掌さんだけでも助けるの。そうすれば、まず一旦の保護は達成される。それに、電車だけだったらSCP-2752-JP-A内に放置してても問題ないでしょう?
千藤研究員: な、なるほど、でも、勝手に決めて良いんですか……?
Agt.成田: 現場の判断が第一よ。それに、車掌という、民間人を救出するのが最も大事じゃないかしら?
千藤研究員: は、はい! そうですね! 民間を守るのが使命ですから! で、でも、でも、どうやって助けるんですか?
Agt.成田: そうね、車掌さんが自分で動けるならいいのだけれど……結構前から連絡もなくなったし、それに この日照りなのだから、日射病……熱中症になっていてもおかしくない。
千藤研究員: え、ええ、そんな、私の調査が遅かったから
Agt.成田: 違うわ。どう頑張ってもこのくらいの時間はかかったのよ。むしろ、天音ちゃんが居てくれたから、短い時間でここまで分かったの。
千藤研究員: いや、でも……そんな……
Agt.成田: ともかく! 救出に向かうの! まずは少し作戦を
<記録終了>
Agt.成田の判断により、当該列車に対して、以下の手順を実行することが決定されました。
- 車掌のみを救出し、車両はSCP-2752-JP-A内に一時的に放置する。
- レールトラストが(線路でない)陸上を走行し、列車と並走する。
- 千藤研究員が列車より車掌を救出する
以下は、当該手順実行時の映像ログです。
映像ログ2752-JP-4
<記録開始>
千藤研究員: ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくださいよ、私が、私が、助けるんですか!?
Agt.成田: だって、アタシはレールトラストを運転しなきゃならないの。天音ちゃんが助けるしかないじゃない?
千藤研究員: いや、無理です! こんなこと、やったことないです! だって、いや、は、速いですよ、速度が!
Agt.成田: 電車と同じレベル、って考えれば怖くないでしょう?
千藤研究員: いや、外! 乗り物の外じゃないですか!!
Agt.成田: でも、天音ちゃんがやらないと、車掌さんが助からないかもしれないわよ?
千藤研究員: あ、ああ、あの、やりますよ! やります! うぅ……
[レールトラストが、走行中の列車と並走する]
[Agt.成田の狙撃によって、先頭車両のドアが解錠される]
[列車自身の振動により、ドアが開く。車掌は、恐らくは熱中症により、意識を喪失し、転倒している状態である]
千藤研究員: 車掌さん! 電車の外に、移動できますか!? ……あぁ、ダメです! やっぱり、車掌さん、倒れてます! え、あ、あ、はい、やりますけど! 助けますけど!
Agt.成田: 大丈夫よ、できるから。やってみなさい。
[Agt.成田が、レールトラストをより一層列車に近づける]
千藤研究員: は、はい!
[千藤研究員が、ためらいつつ、レールトラストより列車内へと移動する。なお、列車に近づけたために、レールトラストは複数回列車に衝突してしまう]
[千藤研究員が、車掌を担ぐ]
[交差点に差し掛かる数m前に、千藤研究員が列車内よりレールトラストへ帰還する]
[レールトラストは即座に方向転換し、停止する]
Agt.成田: 天音ちゃん、できたじゃないの。
千藤研究員: えぇ、はい、どうにか……ちょっと重かったですが……
Agt.成田: ……でも、車掌さん、小柄じゃない? 50キロなさそう。
千藤研究員: そんな……
Agt.成田: いや、ごめんね、責めるつもりは全くないの。むしろ、天音ちゃんが居なかったら、車掌さんは助かってなかったわよ。
千藤研究員: い、いや、でも、私のために、レ、レールトラストをこんなに近づけて、かなり、傷つけちゃったじゃないですか……ごめんなさい……
Agt.成田: 気にしないで! レールトラストは頑丈だから、全く問題ないわよ。ともかく、早くSCP-2752-JP-A外へ戻りましょう。天音ちゃんは、医療班に連絡して頂戴。
千藤研究員: は、はい!
<記録終了>
Agt.成田および千藤研究員は、車掌を保護しました。その後、SCP-2752-JP-A外へ転移するために、-A内のSCP-2752-JPへ移動することを試みました。
しかしながら、先述の衝突を原因として、レールトラストに損傷が生じていました10。以下は、当時点における映像ログです
映像ログ2752-JP-5
<記録開始>
[線路上を走行しているレールトラストが丁字路に差し掛かる]
Agt.成田: ああっと、次の交差点は左に曲がらなきゃいけないわね。
千藤研究員: そうですね、一旦、止まらないと
[レールトラストに軋むような音が発生する]
Agt.成田: ブレーキの音……ではないわね……!?
千藤研究員: え、えっと、大丈夫なのですか!?
Agt.成田: いや、きっと大丈夫。でも、少し急いだほうが良いかもしれな
[レールトラストが裂けるように破断する]
千藤研究員: [悲鳴]
[三者が線路上に投げ出される。千藤研究員は正面側に投げ出され、転轍機に衝突、後に両足を骨折していたことが判明する。Agt.成田は左側の線路上に投げ出され、防御態勢をとるも、レールとの衝突後に意識を喪失したように見える。車掌は右側の線路上に投げ出される]
千藤研究員: 成田さん! 車掌さん! そんな……あぁ、動けない、その……
[通信機器の物理的故障のため、千藤研究員による医療班への連絡が中断される]
千藤研究員: 成田さん! 線路の上から、動けませんか!?
[Agt.成田の反応は見られない]
千藤研究員: そんな、でも、医療班の方が来てくれれば
[当該交差点の正面側より、列車が向かってくる]
千藤研究員: そんな……成田さん! 起きてください! 成田さん! このままじゃ、轢かれちゃいます! 成田さん!
[Agt.成田の反応は見られない]
千藤研究員: そんな、これじゃ……
[千藤研究員が転轍機に手を掛ける]
千藤研究員: あ、いや、どうか……いや……
[列車が間もなく交差点に進入する]
[千藤研究員が転轍機にしがみつく]
[転轍機に対して体重を掛け始める]
[千藤研究員が転轍機を切り替える]
[千藤研究員の叫び声が記録される]
[列車は右ではなく左に曲がり、Agt.成田を轢く]
[千藤研究員は地面に伏せ、不明な声を上げ続けている]
<記録終了>
後に、医療班の到達により、車掌および千藤研究員は保護されました。車掌へはカバーストーリー「非異常な熱中症」の適用の下治療が行われ、記憶処理の後解放がなされました。また、千藤研究員の骨折へも治療が施されました。
一方、Agt.成田には、列車に轢かれたことによる即死が確認されました。
補遺: 千藤研究員は、上記イベントに対する記憶処理を要求しました。当該要求は受理されました。
一方で、千藤研究員の直属の上司に当たる反田博士は、同研究員へ以下のメールを送信しました。千藤研究員の希望により、SCP-2752-JP報告書に当該メールが掲載されることが認可されました。
To: 千藤 天音
From: 反田 奈々
Subject: 記憶処理の件
千藤さん
このメールを読んでいて、つらくなったと感じたら、即座に読むのを止めて構いません。
あなたは、大変苦しい気持ちを体験したことでしょう。仕方がないこととはいえ、あなたの判断で、知人を死なせることになった、という事実は残り続けます。そして、あなたが記憶処理を受けると決めたことも、良い決断だったと思います。しかしながら、伝えておきたいことがあります。
あなたが体験した状況は、いわゆる"トロッコ問題"に似たものでした。この"問題"は、"問題"とは名ばかりの、思考実験です。解が定まったり、逆に無いと証明できたりするものではなく、我々の扱う"問題"とは性質を異にするものです。
しかし、今回の事例では、解が存在していました。そして、あなたは正しい解を選択しました。
我々財団は、正常性の保護を標榜しています。そして、あくまで私見ですが、非異常な社会を、そしてその住人を守るのもまた財団の使命と言えます。恐らくは、あなたもそのような考えの下、財団職員ではなく民間人の命を優先したのでしょう。その決断は、間違いなく正しいものです。
あなたは、迷いつつも、正しく求解ができたのです。それを誇ってください。
そして、あなたは、確かに迷えたのです。その気持ちを忘れないでください。