SCP-2766-JP
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アイテム番号: SCP-2766-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: オブジェクトの異常性のため、財団による積極的な記憶処理などは実施されません。当該オブジェクトに関連する、電子媒体上の記述はWebクローラーによって自動的に検知され、削除されます。

クロード・モネに関する調査は継続されます。

説明: SCP-2766-JPは一種の認知的な介入です。これらの介入はフランス・ウール県内によってのみ確認されています。オブジェクトの影響者は凡そ一か月の間、その内容を明確に想起することが可能ですが、時間の経過とともに通常の認知と同様に、自然的に忘却することが確認されています。以下はその影響を受けた人物らの証言によって得られた、SCP-2766-JPを構成する要素の一覧です。下記のものほど、オブジェクトの発生後、早期のインタビューにより確認された要素となっています。

・森林を主体とした自然風景。
・時間的、季節的な概念。確認された限り正午・昼、そして夏季である。
・上記の要素内に関連する構造物。殆どの場合、緑色の架け橋。
・全体が白い素材で建築された家屋。
・自然風景を構成しているいくつかの詳細な要素1

SCP-2766-JPの発生が最初に確認されたのは、当地域内で活動を行っていたフィールドエージェント・ゴーフィーからでした。存在しない記憶の認知、といった報告を受け財団による調査が実施されましたが、当初は影響下にあった人物も上記の異常性のために健忘が進行し、詳細を知ることは困難でした。その後の調査により同様の認知を保有していた形跡の見られる人物の複数の発見、並びに認知強化処置を施された調査員がSCP-2766-JPの影響を受けたことによってこれらは正式な異常としてナンバリングされることとなりました。以下はその際に調査員より財団に対して行われた報告の抜粋です。報告当初、調査員には若干の混乱が見られたことは留意すべき点です。

正式な日付は思い出せないのですが、それはとても暑い、太陽が照り付ける昼間であったと思います。ただ、私はその風景におぼろげながら見覚えがあるような気がします。ただ同時に、致命的に何かが違っていることも思い出すことができるのです。

私は森林沿いの道を歩いていました。湿気を孕んだ不快な風が、ほほの汗を撫ぜていました。道の端には、垂れた柳の木が木陰を作り、そこで休憩をしたように思えます。柳の下から覗いた風景は一面の森林風景と、ああ、いや、池、池?2 を映し出していました。その池、には橋が架かっていたように思えます。その橋は鮮やかなグリーンカラーをしていました。

池には花が咲いていたように思えます。それが何の花なのかを思い出すことは難しかったですが、少なくとも、複数の色のものが咲いていたことだけは覚えています。そして同時にその花の葉も浮かんでいて、それが、くそ、思い出せません。認知が消え始めています。今、言えることだけを端的に伝えます。白い家がありました。それは全てが白く、その池を覗き込むようにして建っています。その中に、何か、あれは、人? いや、誰もいない、いません。家の中には誰もいませんでした。報告を終わります。

これらのような複数の報告の後、さらに複数の認知強化処置を施したエージェントを実地に派遣する形式で長期調査が行われました。その最大の目的は彼らが想起した風景のスケッチであり、その結果得られたいくつかの断片的なスケッチから以下のようなイラストレーションの作成に成功しました。ただこれらのスケッチの獲得の際に、調査に協力的であった数人の職員が、その描写を拒否したという点は考慮されるべきです。

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獲得されたイラストレーション

特筆すべき点としてこのイラストレーションはかつてのフランスの画家、クロード・モネによって製作された「睡蓮」絵画群の構図、並びに描画物が酷似しており、当人物はオブジェクトの関連人物としてPoI-0034に指定されることが決定されました。ただし、調査によって得られる全ての証拠は彼が既に存命でない事実を明確に示しており、PoI-0034自身が現在のタイムラインに直接影響を与えている可能性は低いと考えられています。

PoI-0034の作成した絵画における調査の過程で、彼はSCP財団フランス支部の前身の一つである"Climacus"のメンバーであったアルフェリオ調査官と交友があり、文通を行っていた事実が明らかとなりました。文通の際に用いられた便箋そのものは、財団の結成による複数機関の合併過程で紛失したと推測されていますが、調査官自身によって執筆された覚書の一部、並びに調査官によって回収されたと推測される、作者によるコメントの残された数枚の画像データが大深度貯蔵庫より発見されています。以下はその覚書と画像データの一部の写しとなります。

……「結局のところ、何故君は睡蓮で部屋を埋め尽くそうと考えたんだい」と私が問うと彼は引き裂かれたいくつもの「睡蓮」のラフを踏み潰して首を振った。「違うんだよ、アルフェリオ。埋め尽くそうとしたわけではない、結果として埋め尽くしてしまうんだよ」彼は今にも泣きだしそうな、童のような表情で私に告げた。額には脂汗が滲んでいる。「それはどういう意味だい?」その回答が帰ってきたのは、それから数分が経った後だった。

「信じられないかもしれないけれど」私たちにとっては"あまりにもありきたりな"前置きをして彼は語り出した。それは夏の日の話、緑の橋、睡蓮の浮かぶ、そこまで話して彼は口をつぐんだ。長年の直感が告げていた。その先こそ、私たちの探していた異常がそこにあるのだと。いくつもの睡蓮を描き続けた男の異常が、そこにあるのだと。「睡蓮の浮かぶ、なんだい?」

だがそこで彼の声色が沈んでいく様子を私は聞いた。「わからないんだ」首を振ったクロードは確かにそう言った。自信のないような、だが何かしらの確信を得たような表情のまま、静かに続ける。「睡蓮は」「浮かんでいる」「でも」「何に?」誰に問うでもない疑問が、蒸し暑い室内へと吸い込まれた。「何に?」クロードは繰り返した。その視線は、窓下に広がる睡蓮の浮かぶ泉へと注がれている。

「そのために、この邸宅を作ったのかい」私が問うと彼はこちらを向き直して頷いた。クロードは続ける。「自分の覚えている限りの風景を、ここに再現した」と。同時に、「しかし致命的に違う何かがある」とも。先ほどまで濁り切っていた男の双眸はキャンパスから照り返す光のように燃えていた。

……結局のところ、彼が何を抱え、何のために睡蓮を描き続けているのか、それは私にはわからなかった。晩年に白内障を患い、眼が見えぬとも尚、絵を、睡蓮を描き続けたその彼が亡くなってしまっていたからだ。それから彼の邸宅を調査したところ、私はその地下室で、14枚の睡蓮を見つけた。ただそれは完成と呼ぶには疎ましく、私の理解を拒むものであった。


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Water lily


初めはそれ自身が何を意味しているのかが分からなかった。それが私の精神状態を示しているのか、はたまた記憶の片隅に追いやられた幻想を見せているのか。急に脳内に浮かんできたその風景は、私の思考を犯していった。艶めかしい感触と情報の奔流が、私の筆を突き動かした。そして出来上がったのがこの作品であった。しかし、これに私は満足ができなかった。ごちゃごちゃとしたその鮮やかな光に騙くらかされて、その本質を見失っているようにしか思えなかったからだ。少なくとも私は、この鮮明に残った緑はステンドグラスの破片でしかないと考えている。

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