インタビューログ2772-JP-I3
対象: 麗翔学園初等部教員 夏木氏
インタビュアー: 歌川博士
付記: 夏木氏へのインタビューはカウンセリングという名目のもと行われました。
<記録開始(2025/1/30)>
歌川博士: 今回の事件について、お聞かせ願えますか。
夏木氏: はい。私自身とても動揺していて、まだ気持ちの整理がついていないというのが正直なところです。あの日は雨でした。雨の日に傘をさすというのは、当たり前のことですよね。
歌川博士: はい。
夏木氏: よかった。そこまで狂ってなくて。
歌川博士: どういうことですか。
夏木氏: なんとなく違和感があったんです。生徒が遅刻をした時、忘れ物をした時、傘で目を突く同僚がいたこと。
歌川博士: 我々の調査では本事案と関わりのない生徒にも、目に重篤な障害が認められました。これは外傷による後遺症であると推定されています。こうした状況が常態化していた。誰か問題視する人はいなかったのですか。
夏木氏: いいえ。保護者も含めて、特に苦言を呈する人はいませんでした。私も少しやり過ぎじゃないかと、疑問に思ったくらいでしたし。
歌川博士: 眼窩底骨折や眼球破裂が、少しやり過ぎですか。
夏木氏: そう言われると、はい。恐ろしいことをしていました。ただ……。
歌川博士: ただ?
夏木氏: ビニール傘ならいいかなって、みんな思っていたんです。
[少しの間 沈黙。]
歌川博士: それは、体罰を許容しているということでしょうか。
夏木氏: とんでもないです。私も教育者ですから。体罰が許されないというのは今の時代では常識です。特に最近は世間の目もありますし、昔と違って暴力的な教員もすっかり見かけなくなりましたね。
歌川博士: それではなぜ、ビニール傘で殴打することは許されると考えたのですか。
夏木氏: ええと、説明が難しいのですが、ほら、ビニール傘って盗んでしまっても構わないでしょう?コンビニとか、学校でもそうですが。たぶんそれの延長で、叩いたり突いたりすることも、少しずつこう、大丈夫なんじゃないかって、なってしまったのかな。もちろん、傘で遊んだら危ないというのは子どもたちにもよく、指導をしていたのですけれど。
歌川博士: ビニール傘による暴行だけが許されるというのは明らかに矛盾しています。それに、ビニール傘を盗むことは犯罪です。
夏木氏: ああ……、そうですか。そう、そこから間違ってしまっているんですね。どうして私、こんなことに気付けなかったんだろう。
[夏木氏が激しく動揺し、インタビューが一時中断される。同氏が落ち着くのを待って、記録は再開されました。]
歌川博士: 事件当日のことを、教えていただけますか。
夏木氏: はい。あの日は集会がありました。前の時間に体育だったクラスが遅れてきて、それで、それで他の教員たちと一緒に、そのクラスの生徒と担任を傘で何度も……。もっと早く気付くべきでした。いつの間にかみんな、ビニール傘を持って仕事をすることが当たり前になっていましたから。
歌川博士: 何のためにそんなものを?
夏木氏: もちろん、いつでも指導できるようにです。
歌川博士: なるほど。それは……。
夏木氏: 異常ですよね。今なら、よく分かります。
歌川博士: 今回の事件には、ええと、集団ヒステリーのようなものが関わっています。あまりご自身を責めないでください。
夏木氏: でも、やったのは私です。その事に変わりはありません。あの、私。私は、やり直せるでしょうか。もう一度、子どもたちの前に立つことができるでしょうか。
[夏木氏は涙を流しながら、声を荒らげる。]
歌川博士: 夏木さん。私たちは正義の使者ではありません。しかし今回の事件を検証し、あなた方が元の生活に戻る手助けをしたいと考えています。今あなたに必要なものは休息のようです。今日のカウンセリングは、ここまでにしましょう。
夏木氏: ありがとうございます。少し休ませていただきます。ここしばらく、まともに眠れていませんでしたから。
歌川博士: 子どもたちに会った時、先生に元気がなかったら、教室の雰囲気まで暗くなってしまいますよ。
夏木氏: そうですね。元気、出さないと。
[夏木氏がうつ向き、自身の手を見る。]
夏木氏: そうだ。お休みをいただく前にひとつだけ、質問があるのですが。
歌川博士: なんですか。
夏木氏: これから私は、何で子どもを殴ればいいんでしょうか。
<記録終了>
終了報告書: 同校に在籍する生徒を調査した結果、およそ60%の児童に身体的虐待を受けていた形跡が確認されました。学校関係者にクラスC記憶処理を施し、教育活動は現在再開されています。なお、現場で押収されたビニール傘からSCP-2772-JPは発見されませんでした。
現在まで犯罪発生率および刑法犯認知件数に、有意な増加傾向は確認されていません。