オリジナルのシロナガスクジラ模型。
特別収容プロトコル: SCP-2806-JPの飛行高度へ侵入することがないよう、サイト-81UTの建築物には高度制限が設けられています。
意図しないタイミングでの精神影響効果を防ぐため、サイト-81UTを訪れる職員は、制御された環境下でSCP-2806-JPに予め曝露しておく必要があります。特に、同サイトへと新規に割り当てられる職員は、施設オリエンテーションの一環としてSCP-2806-JPを紹介されます。
SCP-2806-JP (認識災害除去済み)
説明: SCP-2806-JPは、SCP-3173-JP 1内を飛行するシロナガスクジラ (Balaenoptera musculus) 型の実体であり、ベースライン現実の国立科学博物館横に展示されているクジラ模型の対応物です。SCP-3173-JP内の高度50~100mの範囲に存在し、遊泳に似た動作を行いながら低速で移動し続けています。
SCP-2806-JPは軽度の認識災害性を有しており、視認した知的存在は、それを漠然と "非常に重要な存在" であると感じるようになります。被影響者は各々の知識・経験に基づいてその重要性を解釈し、典型的には賛美または畏怖の感情として表現します。
この効果の強度と持続時間は個人差が大きいものの、約7割のケースでは30分以内に自然に消失します。加えて、第三者によるSCP-2806-JPに関する客観的な情報の提示や、非影響者の言動の矛盾の指摘は、持続時間を短縮する効果を有します。
SCP-2806-JPが放出した液体の直撃を受ける職員
同一の個体 (以下、対象) がおよそ1時間以上に渡ってこの効果の影響下にあり、かつその対象がSCP-2806-JPの付近に存在するとき、SCP-2806-JPは噴気孔から液体 (海水の組成に近い非異常の水溶液) を噴出させます2。
放出された液体の飛沫は不明なメカニズムにより対象の現在位置に向けて収束するように落下し、遮蔽物や積極的な回避行動がない場合、対象を水浸しにします。これまでの観察では、この液体を浴びることで、上記の精神影響効果が即座に除去されることが確認されています。
一度SCP-2806-JPの認識災害に曝露し、影響を脱するというプロセスを完遂することによって、この効果に対する十分な免疫を獲得することが可能です。
補遺1: 精神影響作用下の対象へのインタビュー
以下はSCP-2806-JP曝露者に対するインタビューの抜粋です。精神影響作用下の典型的な言動の事例として掲載されています。
インタビュー記録
関係者:
- サイト-81UT所属 財団職員
- ██ ██ 研究員3 (研究・開発セクション)
- 梅山うめやま 聡行さとゆき 警備主任 (保安・収容セクション長)
- 朴パク 民秀ミンス 主席技術員 (施設保守セクション長)
<記録開始>
梅山主任: えー、では記録のためにいくつか質問をしていきます。あなたはSCP-2806-JPをどのような存在だと認識していますか?
██研究員: ゲニウス・ロキですよ。この小型現実のね。
梅山主任: 失礼、その手の専門用語にはあまり明るくないもので、もう少し詳しくお願いできますか?
██研究員: 日本語にすると地霊、あるいは土地神でしょうか。空間や土地の性質または存在と根源的に結びついた異常実体を指します。あの鯨は、この異界公園のゲニウス・ロキなんです。
梅山主任: ありがとうございます。それは、何というか 過大評価かもしれないとは思いませんか?
██研究員: そうですか? そう考えると全ての辻褄が合うのですが。
梅山主任: いや、辻褄って何の
██研究員: 全てですって。3173-JPのファイルは読みましたよ。あのときに空間異常が美術館の外に広がったのは、鯨に呼ばれたからに違いないんです。つまり、ここの成り立ち自体が
朴技術員: 一体何の根拠があってそんなことを。
██研究員: お言葉ですが、あれは空飛ぶ鯨ですよ? 特別なことがないはずがないじゃないですか。
朴技術員: 私は、それがただの空飛ぶ鯨ではないかと言いたいのですよ。あなたは何か、不要な先入観を抱いてしまっています。
██研究員: それは⋯⋯そうかも知れませんが、しかし
梅山主任: 何でしょう?
██研究員: あれを見て、ただの鯨などということはとても⋯⋯
梅山主任: 大丈夫です。落ち着いて、深呼吸をしてください。
[呼吸音のみが記録される]
梅山主任: 実際、それは認識災害への曝露の典型的な症状です。実は我々も先日⋯⋯ね?
朴技術員: はい、そうなのです。しかし、回復までの時間には個人差があるようですね。
██研究員: 認識災害ですか、まあそう考えても矛盾はないのは分かりますが⋯⋯
梅山主任: そこまで客観視できるようになれば、もうすぐに影響も抜けるでしょう。朴さん、お願いしても?
朴技術員: はい。では、説明しますね。
[朴技術員は██研究員に資料を手渡す]
朴技術員: 私たちが最初にあの鯨に出会ったときも、あなたと同じく存在感に呑まれてしまいました。それで、どれだけ凄いか見てやろうと思いまして、測定ドローンを飛ばして深妙パラメータを測ってみたのですよ。結果がそれです。
██研究員: [資料を見ながら] うーん、何ですかこれは。どれもバックグラウンドと変わらないなんて。
朴技術員: 実際、変わらなかったのです。あれが持つ異常性質は、自律的に動いていることと、実態以上に強大な何かだと思わせる精神影響性だけだ、というのが初期調査の結論です。
梅山主任: ええ。もちろん2806-JPは、その大きさも含めて十分に驚くに値する存在です。しかしながら、あなたの言うような神や精霊のような存在ではないようでした。
[記録上の沈黙]
梅山主任: 大丈夫ですか?
██研究員: [天井を見上げ] ああ、鯨は空を思うがままに泳ぐだけ 私が勝手に夢を見てしまっただけ、のようですね。
<記録終了>
補遺2: オブジェクトの非公式名称に関する通告
サイト-81UT職員の間で、SCP-2806-JPを非公式なニックネーム「ホセフィーナ」4を用いて呼称する動きが広がっていることを受け、内部管理セクションはサイト全体に向けて通告を発し、公式文書上で非公式の名称を使用しないよう要請しました。
補遺3: アノマリー間相互作用の記録
SCP-2806-JPの異常性は人間以外の知的存在に対しても効果を及ぼすため、SCP-3173-JP内の異常実体もまた、影響を受け得る対象です。サイト-81UTの研究・開発セクションは、アノマリー間の相互作用に関する研究資料として、これらに関する記録をまとめています。以下は記録からの一部抜粋です。
『考える人』
対象: 国立西洋美術館前庭の『考える人』に対応する実体。通常、同エリアに存在する『地獄の門』の正面を向き、考えるポーズを取っている。
影響: SCP-2806-JPを向き続けるようになった。方向を変えるための移動を除き、依然として考えるポーズを取り続けていた。
解決: およそ1時間後、SCP-2806-JPが放出した液体を受けて通常状態に復帰した。材質の劣化を防ぐため、保安・収容セクションが身体表面の拭き取りを実施した。
『埴輪 挂甲武人』
対象: 東京国立博物館内の『埴輪 挂甲武人』に対応する実体。通常、博物館内を徒歩で巡回し続けている。時折、保安スタッフの動作を真似ることが記録されている。
影響: 窓越しにSCP-2806-JPを視認した直後、博物館を退出。不明な音声を発しながら、SCP-2806-JPを追跡し続けた。
解決: およそ37分後に追跡を自発的に終了、自然に影響を脱したものと見られた。その後、徒歩で東京国立博物館へと戻り、通常の行動を再開した。
SCP-3334-JP
対象: SCP-3334-JP。上野動物園内に存在するフクロウ型 (当時) の思念体実体であり、人間との会話を好む。
影響: 会話内容の大部分が、SCP-2806-JPに関するもの、特に肯定的感情の表明になった。
解決: 職員が説き伏せた。問題なく通常状態に復帰。
補遺4: 標準行動からの逸脱に関する報告
2023/12/06、異常芸術セクションでの事故に起因して発生した収容違反において、SCP-2806-JPがこれまで観察されていたものとは大きく異なる行動を見せました。認識災害性の絵画に暴露した2名の研究員が錯乱状態で屋外に出た際、SCP-2806-JPが放出した液体を浴びて鎮静化し、その後の検査で精神影響効果が消失していることが確認されました。
この件を受け、SCP-2806-JPの放水が有する精神影響除去作用は、それ自身の異常効果以外にも及び得ると理論立てられました。研究・開発セクションがこの効果の有効利用可能性に関する研究を担当しています。
もし十分に実用化可能そうであれば、うちのサイトを認識災害治療のための施設として、関東圏の財団医療ネットワークに組み込むこともできるかも知れません。
供給・物流セクション長 羽佐間
これまでの研究では、条件を特定できていません。同じアノマリーの効果であっても、反応するときもあれば、しないときもあるのです。もしかすると、これはただ、鯨の気まぐれなのかもしれません。
研究・開発セクション長 岡田
補遺5: 異常芸術コンサルタントへのインタビュー
SCP-2806-JPが芸術作品としての意味を持つか、仮に持つとすればどのようなものなのかを考察するため、異常芸術セクションはコンサルタントの羽柴 竜洋氏5へのインタビューを行いました。
インタビュー記録
主要関係者:
- サイト-81UT所属 財団職員
- 安藤あんどう 龍介りゅうすけ 主任研究員 (異常芸術セクション長)
- 羽柴はしば 竜洋たつひろ コンサルタント (異常芸術セクション)
<記録開始>
安藤研究員: SCP-3173-JPについての最初の報告によれば、科博横のクジラ模型は『ハコ』の初期探索時点で元の場所から消えていた。だから、SCP-2806-JPはあの事件の際に、歪んだ⋯⋯もしくは、あー、下手くそな意図を以て生み出された複製アナートと考えられる。
羽柴氏: 概ね同意です。私が美術館でくつろいでいる頃、その外ではコントロールから外れた、意図を欠く創作力だけが暴れ回っていました。認めましょう。
安藤研究員: もう何度も確認していることだろ。別に責任を追及しようとしてるわけじゃないし、むしろ君の力が必要なんだよ。
羽柴氏: 分かっています。
安藤研究員: で、君があれをアートとして見るなら、どう解釈する? 恐らく、余り面白いものとは思わないだろうが。
羽柴氏: まあ⋯⋯それは、そうですね、空飛ぶ鯨なんてものは一般の表現の世界でもクリシェでしょうし。それでも流石に、実物を目にすると中々の驚きがありました。
安藤研究員: ほう。
羽柴氏: そこが重要です。もし、あれをアート それもアナートとして捉えるとしたら、それは文学や映像ではやり尽くされたもの、陳腐化したものを、実際に現実にして観客に見せるというコンセプトになるのではないかと。
安藤研究員: なるほど? それなら認識災害は余りにも余計だ。そこが下手くそだ。
羽柴氏: その通りです。クリシェだ何だと口では言おうと、人間はデカくて飛ぶものに畏怖を感じるんだと見せつけてやる 空飛ぶ鯨を通して己の内にある「力」とか「自由」とか、そういうものへの憧れを見つめ直す、という意図だと一旦仮定しましょう。その場合、それを強制してしまえば台無しです。
安藤研究員: 全くだ。そんなものを好きになるやつはいないね。
羽柴氏: そして恐らく、それは彼女自身も例外じゃありません。自分の異常性を快く思っておらず、そのためにそれを打ち消すような行動をしているのではないかと疑っています。
安藤研究員: なるほど、面白いアイデアだ。どういう理由が考えられるだろうか。例えば、そうだな、迷惑をかけて申し訳ないという感情があるとか、作品としての不出来を自覚して改善しようとしているとか? もしくは、単に意識を向け続けられるのが鬱陶しいなんて可能性もあり得るかもしれん。
羽柴氏: その案の中だと、二番目が私の考えと一番合いますね。これは完全な妄想ですが、彼女は自分をあるべき形で見てほしいのではないか、と思います。1時間待つのも、可能なら自分の力で見出してほしいという願望があるのかもしれません。
安藤研究員: だとすると、どうなんだろうな。あのマッチポンプ的な活動は側から見るとコミカルなところがないか? その、あるべき形というものにとっては不純物では?
羽柴氏: それも含めて、でしょう。結局のところ、ここでの彼女は、超然としつつも親しみのある存在に収まっています。そして恐らく、それが最もフィットしているのではないでしょうかね。
安藤研究員: ふむ、一旦その線で考えてみるか。
羽柴氏: ところで、ええと⋯⋯
安藤研究員: どうした?
羽柴氏: いえ、盛り上がってきたところでつい、「彼女」と呼んでしまいましたが⋯⋯
安藤研究員: まさかとは思うが、オブジェクトの呼び方がどうとかを気にしてるのか? アーティストがそんなこと気にしてどうする、って言いたいところだが。
羽柴氏: 私はここではニュービーで、言葉を選ばずに言えば囚われの身ですよ。「財団のスタイル」とやらが気になって当然です。
安藤研究員: そんな大したスタイルなんてもん⋯⋯ [溜息] じゃあ、一応、自分から問い合わせておくよ。他の新人も気にしてたら困るしな。
<記録終了>
補遺6: 内部管理セクションによる覚書
サイト-81UT 内部管理セクション主任の鈴川麻美です。SCP-2806-JPの呼称に関する問い合わせがいくつかありましたので、こちらに当セクションの見解を明記しておきたいと思います。
我々が報告書やその他の公的書類においてSCPオブジェクトのナンバリング呼称を求めているのは、主にSCiPnetデータベース内における相互参照のためです。それ以外の点で何らの制限をかけようとは意図していませんし、それはむしろ研究者や芸術家の自由かつ柔軟な仕事にとって有害でさえあり得ると考えています。起源の探求から応用的な利用法の考察に至るまで、本当に精力的な活動がなされていることは素晴らしく、できる限りその邪魔をしたくないのです。
したがって、職員同士の情報交換であるとかその他の日常会話の中で皆さんが用いる語彙を逐一確認してなどいませんし、ましてやそれを理由として何らかの措置を行うことはありません。その点はご安心ください。
財団を成立させている官僚制は巨大で強力なシステムですが、人智の及ばぬ怪物でも、ましてや神でもありません。それらを構成するのはあくまで人間です。しかし、階層構造の中を情報が行き来する中で、人間性は剥ぎ取られ、それが忘れらがちになることは把握しています。なので、時々こうして確認することにしましょう。
とにかく、「財団」をあまり畏れすぎないでください。(もちろん、甘く見過ぎるのもやめてください。) それに、これはあくまで予想に過ぎませんが、アノマリー自身も数字コードよりも与えられた名で呼ばれる方が嬉しいでしょう。私からは以上です。









