SCP-2848-JP
評価: +110+x
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3/2848-JP LEVEL 3/2848-JP
CLASSIFIED
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Item #: SCP-2848-JP
Keter
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エベレスト山 (8,848 m)。


特別収容プロトコル

プロジェクト・パンディット (詳細は補遺を参照) の完遂までの間、ヒマラヤ山脈における以下の行為は各国政府により規制されます。特別指定山 (詳細は別紙に記載) は監視され、以下に反する可能性のある者は警告・拘束されます。

  • 特別指定山への登山
  • ヘリコプターなどによる山頂付近への飛行、着陸

プロジェクト・パンディットの過程で回収されたSCP-2848-JPは、スクラントン現実錨により周囲のヒューム値1を2.0 Hm以下に固定した上で、サイト-36の低危険物収容ロッカー内に保存されます。


説明

SCP-2848-JPは、肉操作魔術カルノマンシー2によって作成された、平均的な半径が10.8 cm、重量が2.8 kgの概ね半球状の肉塊です。通常状態においてSCP-2848-JPは周囲環境のヒューム値を最大4.0 Hm下げます。この影響はオブジェクトから離れるにつれて減衰し、影響半径は最大で120 mです。SCP-2848-JPは通常状態においてそれ以外の異常性を発現させませんが、以下の条件を満たすとSCP-2848-JPは活性化状態に移行します。

  • ヒューム値が6.2 Hm以上の環境にある。
  • 屋根などがなく、直接空が見える環境にある。
  • 周囲数百m以内3に航空機が存在する。

活性化状態のSCP-2848-JPは、自身の一部を航空機に向けて射出します。射出されたSCP-2848-JPの一部は航空機に衝突した直後その質量及び体積を増大させ、機体に付着しようとします。この結果、航空機は飛行能力を喪失し最終的に墜落に至ります。

複数個のSCP-2848-JPがヒマラヤ山脈高峰群の山頂に設置されており、1978年現在までに8個体が回収されています。以下の補遺は、2番目に発見されたSCP-2848-JPに対して行われた最大規模の収容作戦、"オペレーション・サード・ポール"の記録です。


補遺.2848-JP.1 > 作戦立案経緯

SCP-2848-JPが最初に財団により記録されたのは、1953年10月21日のことでした。以下は当時の異常事象報告 (初版) です。

異常事象報告#53-1021-02

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財団製極高地ヘリコプター、"ドモワゼルDemoiselle"


場所: ネパール王国、アイランドIslandピークPeak山 (6,189 m)

状態: 一時的に終息

時刻: 1953年10月20日 02:31 PM (現地時間)

脅威レベル判定:4(暫定)


事象概要: 試験飛行中の財団製極高地ヘリコプター、"ドモワゼル"の墜落。当該機体は、空気が薄く風も激しい極高地における活動に対応した試作機であり、六千メートル峰アイランド・ピーク山頂への離着陸の可否を試験する予定だった。

乗組員とは「山頂から攻撃を受けているようだ」「ピンク色のスライム状物体に機体が覆われてしまい、高度が維持できない」という旨の通信を最後に連絡が途絶。現在探索チームを編成中。

事件発生から13日後、探索チームは"ドモワゼル"の墜落した機体を発見しました。乗組員2名はどちらも死亡しており、機体の一部は肉操作魔術の痕跡のある肉塊に覆われていました。物体が回転翼に付着し、回転速度が低下したことが直接的な墜落原因だとみられています。

同時に回収された映像記録からは、アイランド・ピーク山頂部に設置されてあった半径10 - 20 cmの半球状物体から攻撃が行われたことが分かりました。これはSCP-2848-JPとナンバリングされましたが、既に冬季である11月にヒマラヤ山脈の高峰に登るのはリスクが大きく成功確率も低いと見積もられたため、収容作戦は次年度の春季に行われました。この第1次収容作戦により、SCP-2848-JPの異常性がおおよそ解明され、人間による直接の回収時には危害を及ぼさないことが分かりました。

財団は類似する異常性を持つオブジェクトを把握していなかったため、SCP-2848-JPは当初アイランド・ピーク山頂部に唯一つ存在していた異常物品だと考えられていましたが、約13カ月後に別件で行われた対話内で、SCP-2848-JPに関連すると考えられる物品についての言及がされました。

以下は、人類初のエベレスト山頂到達に成功した登山家、エドモンド・ヒラリーと財団職員との対話記録です。

Record 1954/11/26

酒場、"Theシュル―ShrewインInn"での記録


対象: 登山家 エドモンドEdmundヒラリーHillary

インタビュアー: エージェント アレクサンダーAlexanderヘロンHeron

付記: エージェント・ヘロンはその身分を記者として偽装しており、1年半の親交の末ヒラリーと個人的かつ親密な関係を築いている。

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エドモンド・ヒラリー (左) とテンジン・ノルゲイ (右) 。エベレストに登頂した二人。


ヒラリー: おい、飲みすぎじゃあないか?

Agt. ヘロン: [飲酒音] これぐらいの方が頭も冴えるし良いんだよ。俺が何か功績を上げた時はいつでも酔ってたんだ。

ヒラリー: 僕も同じようなものだからそう言われると何とも言い返しがたいな。

Agt. ヘロン: 登頂の時のか? 何度でも聞かせてくれ! そういや噂だと、空気が薄いのに慣れた状態で酸素缶から新鮮な酸素を吸うと、何にも勝る快感がこみあげ  

ヒラリー: そういう酔いの話じゃあない。ないが、まあ一種の……悪酔いしたときに見る幻覚のような感じだ。

Agt. ヘロン: うん、多分聞いたことが無い話だな? [飲酒音] 俺が毎度酔って忘れてるだけか?

ヒラリー: 妻にも話してないはずだから、これが完全に初めてだな   なあ、52年のスイス隊は登り切れなかったんだ。サウス・コルまでの道のりで体力を使い果たして、それ以上に続かなかった。

Agt. ヘロン: 今更! 俺は「我らイギリス隊が初めて世界の頂点に立った」って記事を書くのを手伝ったんだぞ。

ヒラリー: どうかな。あの時  山の頂上から登頂証明のための写真を撮ったとき  お前の頭ぐらいの半球が、北側、北東稜側の2, 30フィート5下の岩の影に [飲酒音] 影の雪の中に半分埋まって、あったんだよ。

Agt. ヘロン: 何? 俺の頭ぐらいってことは [飲酒音] さぞかし大きかったんだろうな?

ヒラリー: 骨相学か? ともあれ、そいつはこう、生肉の塊みたいな見た目で、ちょっと凍っていたように見えた  あまりに不気味だと思って、テンジンには伝えなかった。彼はカメラを使えなかったし、撮影しなきゃ注意しないような場所だったから気付いてなかっただろうな。

Agt. ヘロン: あー、なるほど。もう少し詳しく聞かせてくれ……ちょっとオカルトっぽいし、記事にはしないでおくぜ? これでも俺は真面目な文章を書くのが専門なんだ。

ヒラリー: そうしてくれると助かるよ。たまに思い出しては怖くなるんだ。ほら、30年前に北東稜側で消息を絶ったマロリーのことなんかと繋げてしまって  

Agt. ヘロン: まあゆっくり飲みながらで構わないからさ。[小声で] やっぱり酔ったほうが功績が増えるな? [飲酒音]


1978年6月8日 注記: 当時は安価で効果的な記憶処理剤が存在せず、使用すれば最悪の場合では人類初のエベレスト登頂者という英雄的人気を持つヒラリーの意識を半永久的に混濁させてしまうという懸念があった。また、写真などの物証もなかったため、本人から噂が広がっても「低温・低酸素及び疲労のための幻覚」などのカバーストーリーの流布が容易であった。

以上のような理由から、エドモンド・ヒラリーへの記憶処理は行われなかった。なお、依然カバーストーリーを必要とする状況には至っていない。

この対話記録から、エベレスト山の頂上にもSCP-2848-JPが存在することが推測されました。収容作戦"オペレーション・サード・ポール"が立案され、天候の安定する次年度の4月以降に計画が実行に移される運びとなりました。

オペレーション・サード・ポール

計画概要抜粋 - 南東稜ルート


ルート概要: エベレストEverest南東稜ルートは、1952年スイス隊が標高8,611 mまで登り、1953年イギリス隊が登頂に成功したルートである。1955年現在、エベレストに登頂したのはこのルートからのみであるため、異常物体の回収を主目的とする財団部隊が取るべきルートと言える。また、高所で起こる様々な問題から装備を置き去りにする必要に迫られた際も、これらは比較的最近の登山隊が登ったルートであるため、それら登山隊が残したものであると偽装しやすいメリットがある。

ルート詳細: 下図右下のクーンブKhumbu氷河に極高地ヘリコプター"ドモワゼル"で人員及び登山に必要な装備を送り込み、氷河の歪曲地点に存在する堆石地帯にベースキャンプを築く。

次にベースキャンプから高度を上げ、クーンブ・アイスフォールを超えてウエスタンWesternクームCwm氷河を通り、世界第4位の高峰ローツェLhotse (8,516 m) の側面を登る。

その後、エベレストとローツェの間の尾根で最も標高が低いサウスSouthコルColに向けてローツェから転進し、以後エベレスト南東稜を頂上まで進む。

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西南西から見たエベレスト山。南東稜ルート点線部は、クレバスなど如何で容易に変わりうることを意味する。


補遺.2848-JP.2 > 人員・装備ほか

人員抜粋

オペレーション・サード・ポール実行部隊は、隊長兼医師のルイスLewisトーマスThomas以下、登攀とうはん部隊6名、料理人1名と荷物運び (ポーター) 12名の計20名で構成されました。特筆すべき登攀部隊員のプロフィールを以下に挙げます。完全かつ詳細な名簿は別紙を参照して下さい。


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リカルド・カシン、1951年

名前: リカルドRiccardoカシンCassin

年齢: 39歳

身長・体重: 178 cm, 68 kg

出身: イギリス

略歴: イタリア人の父とイギリス人の母の間に生まれる。両親の影響のため、幼いころから長期休暇中などにスコットランドのハイランド地方で山に親しみ過ごす。第二次世界大戦中には軍籍にあり、英領インド帝国のカシミール地方で航空兵に登山技術を指導していた。大戦終結後も数年の間インドに残留し、ヒマラヤ山脈のあるガルワール地方などで六千メートル峰の登頂を次々に成功させる。軍属時の高い身体能力と、一時求職中であったことを一因として、1949年にSCP財団により接触を受け、エージェントとして雇用された。第1次SCP-2848-JP収容作戦に参加している。

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デイビッド・ブラウワー、1953年

名前: デイビッドDavidブラウワーBrower

年齢: 34歳

身長・体重: 188 cm, 84 kg

出身: アメリカ

略歴: 16歳のときのハイキングから登山に没頭し、20代でカナディアン・ロッキーの主要峰を制覇。1951年、30歳で恋人との破局を切っ掛けとしてヨーロッパに渡り、スイスを拠点に短期労働をしながら登山活動を続ける。1952年にアイガー山北東稜ルートを挑戦中、重力に逆らって幾度も登山者に攻撃をする異常な石つぶて (現在はAO-4808fに指定) を発見し個人的に確保する。2カ月後、異常物品の噂から財団の注目を受け、結果的に身体能力、登山技術と異常物品への対応能力を評価されSCP財団アルプス山脈即応機動部隊の登攀要員として雇用された。第1次SCP-2848-JP収容作戦に参加している。

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ミンマ・ドルジ、1954年

名前: ミンマMingmaドルジDoriji

年齢: 33歳

身長・体重: 163 cm, 60 kg

出身: ネパール

略歴: ネパール東部、ソルクーンブ地方のシェルパ族として生まれる。1933年から36年にかけてイギリスの第4次~第6次エベレスト遠征に付き添い、高所まで荷物を運ぶポーターとしての役割を十全に果たす。20代までは登山を純粋に仕事として捉えていたが、1952年スイス隊の高所ポーターとしての活動を経て山頂に立つことに強い興味を抱く。1953年のイギリス隊にも参加し、エベレストのサウス・コル (標高7,906 m) までテントや酸素シリンダーなど多くの物品を引き上げた。エベレストへの挑戦経験のある個人として、オペレーション・サード・ポールのためにSCP財団に雇用された。


装備抜粋

オペレーション・サード・ポールは秘匿作戦であるため装備は可能な限り全て回収して撤収すべきでしたが、体力的・天候的な問題などで不可能な場合もあると考えられました。モンスーンの激しい季節である夏が終わり、冬季に入るまでの間に装備回収作戦を行うという提案もありましたが、費用対効果的観点から棄却され、装備は同じルートを通ったイギリス隊・スイス隊のものに偽装されることになりました。

このため、財団が独自に開発した繊維を使った高所用テント・寝袋のような物品を使用することは制限され、基本的にはイギリス隊が使ったものと同型の装備が手配されました。

以下は、基本的に全て回収したうえで撤収することを前提とした、財団の開発した特殊装備の抜粋です。完全かつ詳細な装備一覧は別紙を参照して下さい。


  • VD-51酸素シリンダー

高高度では気圧が下がり、エベレスト山頂での酸素分圧は海面高の約3分の1になる。この環境で登山という激しい運動をするために、酸素シリンダーに高圧で詰めた酸素をマスクを通して吸気する。VD-51の重量は、大気圧状態で900 Lの酸素が充填された状態で4.92 kgであり、これは先年にイギリス隊の使用した軽合金製酸素シリンダーと比べ約20%の軽量化となっている。

山頂付近での回収作業が長時間にわたる場合を鑑みて、より優れた酸素補給用装備の使用はリターンが大きいと判断された。

  • PTC-8000通信機

作戦中は全隊の密な連携が不可欠であり、かつ小グループに分かれて行動することが多いと計画されていたため、取り回しの良い通信機が必要であった。PTC-8000は-30℃の極低温にも耐え、かつ電池を入れた状態でも0.88 kgという軽量であるように設計されている。

録音機能も付いており、一部は以下の音声記録に使用されている。

  • 試作ヒューム値観測装置「カント計数機」

場の現実性の強度を示す値である「ヒューム値」を測定する装置。5.6 kgの重さがあるが、サウス・コルまでは運搬する計画が立てられていた。オペレーション・サード・ポールには高いコストがかかっているため、実行部隊にはサブ・ターゲットとしてヒマラヤ山脈の現実性強度の実測が割り当てられた。

半径5 mの平均ヒューム値を測ることができる。低圧・低温環境でも動作するように改造されている。


補遺.2848-JP.3 > ベースキャンプ設立

ヘリコプター"ドモワゼル"の定員は最大4人であり、荷物を1,000 kgまで吊り下げることが可能でした。SCP-2848-JPの攻撃範囲がどの程度なのか正確に分からないこと、他の山の頂上にSCP-2848-JPが無いとは限らないこと、往復の必要性、そして最大航続距離的な問題から、人員及び装備の積み下ろしはクーンブ氷河上のベースキャンプ (以下、適宜BCと略記) から2.1 km離れた地点で行われました。

また、空気の薄い高所での運動に慣れるため、BC設置後に高度順応期間が設けられました。隊は2班に分かれ、それぞれBCから僅かに北方にあるクンブツェKhumbutse山 (6,636 m) の登頂をしました。この山からはSCP-2848-JPは発見されませんでした。

次表はこの期間の日誌抜粋です。

日付 出来事
03/28 ヘリコプター2機でのべ4回の物資輸送。人員11名でBC予定地まで物資の一部を運び、大型テントを2張り立てる。
03/29 先日に引き続き物資を運ぶ。ポーター9名が到着し、数往復で物資運搬が終わる。低酸素状態での睡眠が困難だと訴える者が多く出たので、睡眠剤が処方された。
03/30 以降3日に渡り、30 cm積もる程度の雪が降る。装備の点検などBCでの各種作業を行う。不調の続く隊員1名が肋膜炎と診断されたが、数日後には治った。
04/02 カシンとブラウワーをそれぞれ隊長として2班に分かれ、高度順応を目的とした登山を開始する。
04/03 カシン班がクンブツェ山に登頂する。
04/04 ブラウワー班がクンブツェ山に登頂する。登山中、班員1名が倦怠感と立ちくらみの症状を訴えたため、もう1名が付き添って途中でBCに戻った。
04/05 天候が悪化したため、BCのテント内で酸素補給機の最終訓練をする。全員が問題なく使用できることを確認。
04/07 天候が安定。アイスフォールを攻略するための先発隊が編成され、BCを出発する。

    

◇用語説明◇

クーンブ・アイスフォール


アイスフォールとは、氷塊や氷の裂け目であるクレバス、塔状の氷塊であるセラックが無数に存在する氷河上の地帯のことです。急勾配の影響で氷河が通常よりも速い速度で流れるために、氷が砕けて前述の地形が形成されます。砕けた氷塊の中には高さが数十mに達するものも数多く存在し、かつ氷河が1日に数十cm以上動くこともあるため、雪崩・倒壊が非常に頻繁に起こります。

クーンブ・アイスフォールは幅約500 m、長さ約2 kmのアイスフォールです。その左右はエベレストとヌプツェNuptseの断崖に挟まれているため、壁面で起きた雪崩がアイスフォール内に流れ込むことによる大規模な地形の崩壊もしばしば起こります。

このため、できる限り素早くアイスフォール上部まで続くルートを確立することが肝要です。クレバスを乗り越えるためのアルミ製梯子はしご、氷塊を登りやすくするために取り付ける縄梯子などを駆使し、迅速にアイスフォール上部に装備を運搬してキャンプを設置することが求められます。

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クーンブ・アイスフォール。左はエベレスト西尾根、右はヌプツェ断崖。横幅は約500 mある。


補遺.2848-JP.4 > アイスフォール突破

1955年4月7日、アイスフォール攻略隊は3名ずつA, B班の2班に分かれてアイスフォール上部へのルート探索に出発しました。以下はA班所属メンバー、ウルリッヒUlrichインダービネンInderbinenの個人日誌の抜粋です。

4月7日の調査で北側からルート工作を始めたB班は、アイスフォール下部から直線距離で約600 m地点で幅20 m以上の巨大クレバスに進路を塞がれました。クレバス底に降り、反対側の壁を登るというU字型の経路を通る案の検討中、エベレスト南西壁で起きた雪崩がクレバス対岸の地形を大きく崩したため、同じ地点に留まるのは危険であると判断され撤退が選択されました。

B班メンバーのデイビッド・ブラウワーは撤退中、後にAO-5504dに指定される異常物品を発見しました。これは偶然によるものであり、ブラウワーは当初AO-5504dが異常物品だと認識していませんでした。

4月8日未明の02:30から約2時間、B班のメンバーのジョンJohnマッケイMcKayが激しい腹痛を訴え断続的に嘔吐を繰り返したため、高度順応が十分でなかったとしてBCで療養につきました。他のB班メンバーもBCでの1日の休養を義務付けられ、翌日のルート工作は引き続きA班が担当することになりました。

2日間で順調にキャンプ2 (以下、適宜C2などと略記) が建設され、アイスフォール帯攻略が予定よりも早く完了する見込みが立ったため、A班はBCで休養し、ルート工作をマッケイを除いたB班と交代することになりました。B班はC2を利用しつつ数日間活動できる装備を持って出発しました。以下はB班所属メンバー、デイビッド・ブラウワーの個人日誌の抜粋です。

Record 1955/04/09

通信機PTC-8000による対話記録


メンバー:

  • B班班長 デイビッド・ブラウワー
  • B班班員 ジョセフJosephウォーカーWalker
  • 医師 ルイス・トーマス

付記: ルイス・トーマス医師はベースキャンプに居た。激しいノイズのために聞き取りにくい発言や聞き返しなどは、書き起こしの際に適宜補完・省略をしている。


ブラウワー班長: あー、こちらB班班長、デイビッド・ブラウワーだ。聞こえるか?

トーマス医師: こちらベースキャンプ、聞こえるがノイズが酷い。雪のせいだろう。そちらは大丈夫か? 今どこにいる?

ブラウワー班長: 今はキャンプ2のテントの中にいる。天候が良くなるまでここで休息する予定だ。

トーマス医師: 了解。食料は十分あると思うが、激しい風雪に備えるように。

ウォーカー: 天候はこれ以上悪くなりそうですか。

トーマス医師: 備えるに越したことはない  こちらも風の音が強くなってきた。こっちのテントはデカくて丈夫だが、そちらの方は心配だな。

[天候悪化のためノイズ音が大きくなる]

トーマス医師: ノイズではっきりしないな…… 1つ言っておかないといけないことがあるんだ  2日前に君たちが見つけた毛の話だ。

ブラウワー班長: 結局、あれは何だったんだ? 豚の毛でもないんだろう、まさかヒマラヤの雪男か?

トーマス医師: 40分ほど前にサイトの方から更に詳しい調査結果が届いた。それによると恐らくあの毛は、SCP-2848-JPと同じ由来のものだ。ある種雪男と言ってもいいな。

ブラウワー班長: それはつまり  

[ノイズ音が激しくなり、双方聞き返す回数が多くなる]

ウォーカー: SCiPを山頂に取り付けた奴がいて、この道を通ったって訳ですか?

トーマス医師: そういうことになるな  それで、そいつに関わりそうな痕跡を探すことも今回のミッションに含まれることになった。偶然に頼るくらいしかできないだろうが、幸運を祈る  通信を切るぞ。悪天候が続くようだったらまた連絡する。今はノイズでほとんど聞き取れないんだ。

[通信終了。以下は通信機PTC-8000に録音されていた二名の会話である]

ウォーカー: ううん、ここは障害物も多いし、雪だと通信はなかなか厳しいですね。

ブラウワー班長: 確かにな。アイスフォールを抜けた先同士なら比較的大丈夫だろうが……悪天候時のベースキャンプとの通信は難しいかもしれない。

ウォーカー: もう少し性能がいいやつが欲しいんですがね。

ブラウワー班長: 重くなったり寒さに耐えられなかったりするんだろう。

ウォーカー: ならしょうがないか……  ところで、SCiPの話なんですが。

ブラウワー班長: うん。

ウォーカー: 何年の話だと思いますか? ヒラリーより前なんでしょう。そいつがこの山に登ったのは。

ブラウワー班長: 50年まではイギリスやらスイスやらがこのルートで偵察や挑戦をしているから、少なくともそれより前になるだろうな。

ウォーカー: となると、どの国も北側ルートから攻めていた頃ですね…… 一体どんな奴らが登ったんでしょう。何らかの魔術的? 要素を使う集団が。

ブラウワー班長: どうかな、案外個人かもしれないぞ。

ウォーカー: まさか。いくら超常技術を使えたとしても、1人でこんな山を登るなんて考えられません。

ブラウワー班長: 僕だったら登るさ。財団に所属していなかったら、そして初登頂の報を聞いたら、いてもたってもいられなくなっただろう。全世界の登山家たちと一緒だ  君はいつから財団に?

ウォーカー: 18で新人機動部隊員になって、もう10年になりますね。

ブラウワー班長: そうか、そうだな……あの報を聞いて、全世界の登山家がこう思ったはずだ  先を越された! なら自分はどうする?

ウォーカー: どうする、とは?

ブラウワー班長: 装備を必要最小限に抑えたアルパインスタイルでの登頂。ジェット気流の間隙を突いた冬季登頂。未踏の北東稜ルート、西稜ルート、南壁ルートからの登頂。そして、単独無酸素。

ウォーカー: しかし、PoI-2848-JP……肉の魔術集団は、そんなことお構いなしでしょう。真の初登頂者が彼らだというなら、縛りを設ける必要はない……しかも、その理屈で言うとヒラリーとノルゲイはどうなるんですか。彼らは偉大な登山家ではないと?

ブラウワー班長: 紛れもなく偉大な登山家だ! いや、すまない、僕が言いたかったのは……つまりだな、あー、何となく気持ちが分かるんだよ。その、PoI-2848-JPの痕跡は今のところ、1人分しか見つかっていないんだろ?

ウォーカー: そうらしいですね。詳しいことは分かりませんが……

ブラウワー班長: とにかくだ、そいつは山を登って、ヘリを攻撃するSCiPを頂上に残していく。強い思想の持ち主だな……山頂には自分の足で登れってことだろう。

ウォーカー: ええ、分かります。

ブラウワー班長: そういう確信犯は、自分が登るときにだけ都合よく肉の魔術を使わない  僕はそう信じたい。だからこそ、逆説的に、単独で山に挑むんだ。誰も魔術の不使用を証明できない、そこに意味がある。

ウォーカー: ごめんなさい、それはどういう?

ブラウワー班長: あー、理由はほかにもあるぞ。単純に、複数だと目立つ。僕たちだって55年スイス隊に偽装しつつヘリを飛ばしているんだ。人力で装備を運ぼうと思うと大量に人が必要だが、聞き取り調査でそういう話は無かったらしい。それに、自分が登頂した証を山頂に残しこそすれ大々的に吹聴しない、ということもだ。大人数だとそうはいかなくなるだろう。

ウォーカー: なるほど、そういった話であればよく分かります。

ブラウワー班長: いや、すごく個人的な性向の話を熱弁して申し訳ない。少し一般化が過ぎたような気もする。

ウォーカー: いえいえ、ああ、ところでカードでもやりますか? 実はバッグの底に忍ばせておいたんです9

ブラウワー班長: そうだな……やりたい気持ちはやまやまだが、今日はもう寝たほうがいい。君はクレバスに落ちて疲れているだろうし、明日も作業がある。悪いな……まあ、休養日の前なら付き合おう。

ウォーカー: いえ、そうですね。ありがとうございます。


補遺.2848-JP.5 > ローツェ基部へ

4月9日にアイスフォールのルート工作が終わりました。この成功は予定よりも大幅に早いものでしたが、天候急変のリスクとアイスフォール地帯の危険性から、キャンプ3への迅速な物資輸送が求められました。

同時に、ウエスタン・クーム氷河のルート工作とキャンプ設置も行われることになりました。ローツェ峰の基部まで約3 km続く氷河の登路を築くため、療養中のジョン・マッケイを除いた登攀部隊の5名と12名のポーターはウエスタン・クーム氷河偵察班・物資輸送部隊A, Bの3部隊に別れ、活動を開始しました。

以下は、4月10日から27日までの期間の日誌摘要です。

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ウエスタン・クーム氷河上のC4付近から見たエベレスト山 (中央左) とローツェ山 (奥)。

日付 出来事
04/10 昨晩から続いた風雪は午後には穏やかになり、ブラウワーとウォーカーがBCに帰還する。C2以降の登路の詳細情報が共有される。
04/11 好天。ウォーカーが第1陣として物資輸送部隊Aを率い午後3時にC3に到着、時間をおいて出発した偵察班も午後3時半にC3に到着する。偵察班はC3で、物資輸送部隊は拡張されたC2で、それぞれ睡眠をとる。
04/12 午前中までは好天が続き、回復したマッケイを加えた物資輸送部隊はのべ2往復をする。偵察班は氷河上の巨大段差を左に迂回するルートを取り約1 km進むが、午後から僅かに雪が降りだしたためC3に戻る。
04/13 午前中は晴れ午後は驟雪snow shower、という天候が以降3日続く。この期間中は前日に積もった雪を掻き分ける作業に時間を取られたため、1日につき2往復が物資輸送の限度となる。
04/14 偵察班がC3から直線距離で1.9 km、エベレスト南西壁直下の風雪を凌げる地点にキャンプ4を建設する。このキャンプまでの物資輸送の予定が組まれた。
04/15 以降4日間、激しい風雪のため全ての作業は中断される。天候が比較的穏やかなうちに全員がBCに戻ることができた。若干名の隊員が喉の軽い痛みを訴えたが、これは寒さと乾燥からくるものだろうと診断された。
04/19 一日中好天。前日までの激しい天候のためBCからC4までのルートには最大で1 mほど雪が積もっており、掻き分けて道を復元する作業に全隊の時間が費やされた。C3まで計4名が物資を引き上げるにとどまる。
04/20 未明に起きた大規模な雪崩によりC4が完全に埋まる。幸い人的損失は無く、2人用テント2張りが失われたのみであった。氷河上のルートは変更され、氷河中央部を抜けるルートの開拓が始まる。
04/22 この時偵察班だったブラウワーとドルジ、マッケイの功績で巨大段差を直登するルートが繋がり、C4が改めて建てられる。
04/23 アイスフォールで氷塔が大きく崩れ、通過中の物資輸送部隊に所属していたポーター1名が顔に擦過傷、1名が複数個所の骨折を負う。重傷を負った隊員は、荷物にあったテントの支柱で即席に作られた担架に乗せられてBCまで運ばれた。同隊員は命にこそ別状はなかったがこれ以上作戦にかかわることは難しいと判断され、次の定期対面連絡の際にヘリコプターでサイト-36へ移送されることが決定された。
04/24 カント計数機がC4に運び込まれる。現実性強度は3.48 Hmを示した。
04/25 偵察班のカシンとマッケイにより、ローツェ峰基部にキャンプ5が建てられる。
04/26 C4までの物資輸送中、ポーターの1名が激しい咳と胸の痛みを訴えたためにインダービネンが付き添って下る。荷物は他の隊員に分散され、一人マッケイが部隊を先導した。
04/27 装備の大部分がC3まで運ばれ、ウエスタン・クーム氷河上での活動が主要になる。C4が拡張され、大型テントなどが建てられる。

4月28日、酸素補給機の実地テストを兼ねてC5までリカルド・カシンとジョン・マッケイが物資輸送を行いました。行程では2.5 L/min の酸素が吸入されていました。テスト中は、補給機の詳細なデータ・感想を得るため、2時間ごとに定時連絡が行われていました。

この時、午後4時以降に強い風雪となるという予報が入ったため、午後2時3分からの定時連絡の際に2名にはC4に早急に戻るよう指示がされました。以下は当時の音声記録です。

Record 1954/04/27

通信機PTC-8000による音声記録


メンバー:

  • リカルド・カシン
  • ジョン・マッケイ
  • デイビッド・ブラウワー

付記: C5近辺での軽いスリップでアイゼンの刃が折れてしまったため、マッケイは右足にアイゼンを着けていない。また、デイビッド・ブラウワーは当時C4に居た。

なお書き起こしには、当時の証言をもとに細かい状況が補足として挿入されている。


ブラウワー: こちらC4のデイビッド・ブラウワー。そちらの天気はどうだ?

カシン: 少し雪がチラついているね。歩みは遅いが日暮れまでにはC4に戻れるだろう。

ブラウワー: そんなにかかるか? まずいな。このままだと2時間後には吹雪になるという予報だ。

マッケイ: 自分のアイゼンが壊れてしまって、安全のために片方ずつ動く尺取虫方式で下っているんです。それで時間が……

カシン: ともあれ少し急ごう。積もれば更に進みが遅くなる。

[1時間46分が経過する。降り続ける雪を掻き分ける作業は重労働であり、2名は幾度も先頭を交代する]

マッケイ: [少し先を進むカシンに呼び掛けて] 予報よりは早いですが、大分いてきましたね! 目印は見えますか?

カシン: 何とかまだ見えるが  ああっ!

マッケイ: どうしました!? 大丈夫ですか! [急ぎカシンの下へ行く]

カシン: いや、問題ない。雪に足を取られただけだよ。[左足を雪から引き抜いて] 少し柔らかくなっている部分がある。気を付けて。

マッケイ: 分かりました。キャンプまではあとどのくらいでしょう? 視界が悪く何とも……

カシン: そうだね、もう数百メートルで着くだろう。

マッケイ: 了解です。あとすこしで [激しい咳とえずき]

カシン: 大丈夫か!? どうした!

マッケイ: [咳をしながら] 急に呼吸が……

カシン: 呼吸? [マッケイの後ろに回り] ええと……ああ、酸素シリンダーが空になったんだ! 急に薄い空気を吸ったのが原因だろう。

マッケイ: なるほど、それが…… すみません、時間をかけすぎたのが原因で [激しい咳] あなたのは?

カシン: 僕のもそろそろ切れるだろうな、流量を調節しよう。

マッケイ: ああ、すっかり時間を忘れていました。吹雪に気を取られて……

カシン: こちらこそ、気づかなかった…… 何か聞こえたか? [ノイズ除去をすると、僅かに重低音が響いていることが分かる]

マッケイ: いえ、風の音でしょうか?

カシン: いや……荷物を降ろせ、早く!

マッケイ: は、はい、分かりました  まさか、

[2名の掻き分けた雪道の横を、チリ雪塊が転がり落ちていく]

カシン: 雪崩だ!

4月27日午後4時過ぎにC4の上部で発生した表層雪崩は、C4へ帰還中だったリカルド・カシンとジョン・マッケイを襲いました。吹雪のために視界が悪く音もほとんど聞こえなかったために、C4のテント内で待機中のデイビッド・ブラウワーは当初雪崩に気づきませんでした。

2時間ごとの定期連絡がなかったことを不審に思いポーター2名と共にC5への道を登ったブラウワーは、C4出発から約10分後に、ただ一人降りてくるカシンと出会いました。

吹雪はさらに強まることが予報されていたため、4名は即座にC4に戻りました。以下はテント内で行われたカシンとブラウワーの会話です。

Record 1954/04/27

C4での会話の書き起こし


メンバー:

  • リカルド・カシン
  • デイビッド・ブラウワー

ブラウワー: ジョンが亡くなったと言っていたが……どういう状況だったんだ?

カシン: 雪崩だった。表層の、ここ数日で積もった分が崩れてきたのだと思う。

ブラウワー: それは……よく君は助かったな。

カシン: たまたま、一時的に酸素補給機を降ろしていたんだ  残量をみて、流量を調節するためだったが少しだけ身軽だった。雪を押しのけやすかった…… 下半身は埋まったが、幸運にも結局は抜け出せた。

ブラウワー: ジョンは右のアイゼンを壊していたと聞いたな……

カシン: そうだね。しかも直前に、酸素の補給が急に無くなったことでバテていた。総じて彼は全く疲れていたんだ。やっとの思いで雪上に立ったが、彼の姿は見えなかった。繋がっていたロープを頼りに、埋まっているとしたらこの辺だろうという地点を幾らか掘り起こしもした。

ブラウワー: その……もう、こと切れていたのか。

カシン: 何度目かの挑戦で、やっとピッケルが当たったのはバッグにだった  雪の中に全身がうつぶせで埋まってたんだ。内心もう駄目だと思ったけれど、顔辺りを何とか掘り起こした。しかし、呼吸は完全に止まっていたさ。

ブラウワー: 彼はその場に?

カシン: そうだ。何とか全身を雪から出して人工呼吸もしたが無駄に終わった。これ以上吹雪の中にいるのは危険だし、彼を背負って帰るのも難しかったんだ。一応近くに目印の旗は立てている。

ブラウワー: なら、次に晴れたらまずは遺体の回収をしなければな…… それに他の装備もなるべく回収したい。君も来てくれ。

カシン: ああ、もちろん……分かっている。いくよ。

[ポーターのバージルVirgilグリソムGrissomが、二名に食事の準備が整ったことを知らせる] 

ブラウワー: [グリソムに] ありがとう。……食事にしよう。雪崩で疲れているだろう。

カシン: ああ、そうだな…… 


補遺.2848-JP.6 > ローツェ・フェイス登攀

ローツェ西壁はローツェ・フェイスと呼ばれており、その平均傾斜角は45度、急な地点では80度ほどです。C5からサウス・コルまでの垂直距離は約1100 mほどであり、中継キャンプを設ける必要があると計画されていました。

キャンプはフェイス右方の段差が数多くあるローツェ氷河上に作られる予定でした。氷河上部からは、黄色みがかった断層のイエロー・バンド地帯を左に転進しサウス・コルに至る、イギリス隊と同じルートが取られる予定で、同隊の残置した荷物を利用することも考えられていました。

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ローツェ・フェイス。右にローツェ氷河、その上端にイエロー・バンド。

C4やC5への荷運びはまだ中途でしたが、天候の安定した4月31日にローツェ・フェイスの攻略が開始されました。第1次偵察班はリカルド・カシン、デイビッド・ブラウワー、ミンマ・ドルジの3名から構成されました。

以下は、4月31日から5月4日までの期間の日誌摘要です。

日付 出来事
04/31 薄く雪の降る午前10時に3名が出発する。5時間の登攀で標高7,300 mまで高度を上げ、ピッケルで雪棚を作ってテントを張り、難所にロープを固定した。ここはキャンプ6と呼ばれたが、収容人数が少ないため臨時のキャンプ地として利用されることになった。
05/01 前日に引き続き3名がC5を出発する。デイビッド・ブラウワーの使用していた酸素シリンダーの1本の目盛りが故障し途中で残量が不明になったため、ブラウワーは自身の酸素補給機をC6に置いて登攀を続けた。
05/02 第1次偵察隊は休養のためC4まで戻る。同日にルイス・トーマス医師もC4に到着し、メンバーの健康観察を行った。
05/03 高所では非常に強い風が吹いていたためルート工作は中断され、もっぱらC5までの物資輸送が行われた。C5からの双眼鏡による観察で、C6に設置されていたテントの支柱の折損が確認された。
05/04 C3以上では非常に強い風が吹き、降雪もあったため、ウエスタン・クーム氷河上でのあらゆる移動は行われなかった。

5月5日、ミンマ・ドルジ、ウルリッヒ・インダービネン、リカルド・カシン、ジョセフ・ウォーカーの4名からなる第2次偵察隊がC5を出発しました。このうちドルジとウォーカーはC6以降のルート工作をする予定で、カシンとインダービネンはC6のテントの補修資材やその他登攀用物資、またカント計数機などを運び、C6に荷物を置いてC4まで引き返す予定でした。

10時32分、C6直下を移動していた第2次偵察隊からC4への通信がありました。以下はその記録です。

Record 1955/05/05

通信機PTC-8000による対話記録


メンバー:

  • リカルド・カシン
  • ジョセフ・ウォーカー
  • ミンマ・ドルジ
  • ルイス・トーマス

付記: ルイス・トーマスは当時C4に居た。


ウォーカー: こちら第2次偵察班です。キャンプ4、聞こえますか?

トーマス: とてもクリアに聞こえるよ。何かあったのか?

ウォーカー: はい。僕が持っていたカント計数機が、急にヒューム値の低下を訴えたんです。

トーマス: 低下? 登っている途中に低下したのか?

ウォーカー: そうです。これまでは標高が上がるにつれヒューム値も高くなっていたのに、急に下がり始めました。何かの異常事態かと思って連絡をしています。特に他に変化はないように見えますが……

トーマス: 今はキャンプ6付近か?

ウォーカー: そうです。あと10分もすれば着く予定です。

トーマス: となると、SCP-2848-JPの影響圏内に入ったわけでもなさそうだな。まだ山頂までは十分に遠い。

カシン: ……もしかしたらなんだが、この近くにもその、PoI-2848-JPが残した異常物品があるのではないかな。

トーマス: 十分ありうる。またあの時の毛みたいなものかも知れないな。

ドルジ: どうしますか? 捜索をしますか?

トーマス: そうだな……うん、元からキャンプ6以後のルート工作をする予定だったドルジとインダービネンは予定通りに上に登り、引き返す予定だったカシンとウォーカーはそこで捜索をしてほしい。

[一同が了承の声を上げる]

トーマス: ただし、その異常物品が先ほどの毛のように小さい場合もありうる。時間がかかりそうな場合は、日没までに少なくともキャンプ5まで帰れるように適当なところで切り上げてくれ。

ウォーカー: 分かりました。それでは一度通信を終了してスタンバイモードにします。見つけたり他に何かあったりしたら、また連絡しますね。

[通信機がスタンバイモードになる]

カシン: では、一旦みんなでキャンプ6に向かって、荷物を下ろしてから二手に別れよう。

ドルジ: 了解です。捜索の方も頑張ってください。

[第2時偵察班は移動を再開し、C6に着く。荷物の整理後4名は二手に分かれる。カシンとウォーカーはカント計数機を用い、ヒューム値がより低くなっている場所を探す]

[20分が経過し、カシンとウォーカーはC6から水平距離でおよそ30 m離れた地点に移動する]

カシン: この辺りが一番低いな。雪を少し掘ってみようか。

ウォーカー: 意外と近かったんですね。

[2名はピッケルで雪面を掘る。5分ほどの試行の後、ウォーカーのピッケルが何らかの物体に突き当たる]

ウォーカー: うわっ、何かにぶつかりました。おそらく異常物品です。

カシン: やったな、とても幸運だ。掘り起こすぞ。

[この後30分かけて2名は異常物品を完全に雪の中から掘り出す。この物品は半径が平均7.4 cm、重量4.1 kgの歪な球形をした肉塊である]

ウォーカー: これは……報告にあったSCP-2848-JPに似ていますが、多少形が違いますね。

カシン: ああ。あちらは半球だったはずだが、こちらは歪な球形だし大きさも幾分小さい。

ウォーカー: うん、こちら側に何か模様があります。これは……文字?

カシン: どれ、見せてくれ。[覗き込んで] これは……うん、チベットの真言マントラ、つまり呪文のようなものじゃないかな。ヒマラヤを登る時に、あちこちの村で見聞きしたことがある。

ウォーカー: 呪文ですか、よく分かりませんが……とりあえずこれを持って帰りましょう。今日持ってきた荷物の中にSCiP回収用の袋があったと思います、あれを使えませんか?

カシン: なるほど、確か予備があったはずだ。それでいこう。

異常物品はカシンとウォーカーによりC4に持ち帰られ、暫定的にSCP-2848-JP-a (以後、適宜Obj-aと略記) とナンバリングされました。

同日中にC4に戻ったドルジのチベット文字の知識により、Obj-aの表面に書かれていた文字は「ཨོཾ་མ་ཎི་པདྨེ་ཧཱུྃ」であることが分かりました。これは「オムommanipeː`me:フムhum」と音訳される、チベット仏教徒が頻繁に唱える観音菩薩の真言です。また、「ཨོཾ་མ་ཎི་པདྨེ་ཧཱུྃ」の下部にもチベット文字が小さく書かれていましたが、こちらは文法・文字表記の規則が一般のものから大きくずれていたため、ドルジには解読不能でした。

更なる調査のためObj-aのサイト-36への輸送が求められましたが、その形質がSCP-2848-JPと似ていたために航空機への攻撃を始めることが懸念されたので、輸送は陸路でなされました。

以下は、5月5日から5月9日までの期間の日誌摘要です。

05/05 ドルジの経験により、1953年イギリス隊の設置した第7キャンプが発見される。少量の缶詰や嗜好品、残量が僅かにある酸素シリンダーが入手された。また、同隊の設置した固定ロープの一部が見つかったため、サウス・コルへのルートがほとんどつながった。
05/06 ポーターの1名がC5への荷上げの最中に転び左足を挫いたので、同行していたカシンが支えてC4まで戻った。高所は雲に覆われていたため、ルート工作は行われなかった。
05/07 強風と豪雪のため、BCとC4で全員が休息した。C4のテント1張りのフレームが折れたため、隊員2名が他のテントに詰め入ることになった。
05/08 ルート工作の役割をウォーカーとインダービネンが交代する。深く積もった雪のためこの日はC6までしか進めず、2名はそこで睡眠をとった。
05/09 イギリス隊第7キャンプ以降は斜面が急で風も強かったため雪があまり積もっていなかったので、イエロー・バンドを横切るサウス・コルまでのルートが完全に整備された。複数本の40 mロープが固定され、難所にはステップが刻まれた。サウス・コルには財団隊のキャンプ7が仮設置された。

サウス・コルへのルート工作完了の報を受け、同地点への荷上げ作業が開始されました。登頂時に使用される予定の食料、酸素補給装置、燃料、SCP-2848-JP確保用の容器、そしてそれらを入れるテントなどの運送が必須でした。

以下は5月7日、豪雪のためC4で休息中の登攀部隊のメンバーによる対話の書き起こしです。

Record 1954/05/07

C4での会話の書き起こし


ドルジ: 狭いでしょう、申し訳ない。

カシン: 気にすることじゃないよ  ああ、丁度お湯が沸いた。紅茶でも飲もう。コップは……

ブラウワー: ほら、ここに予備のやつがある。

ドルジ: ありがとう。

カシン: 予備といえば、予備のシリンダーは本当に重たいな。

ドルジ: ええ。流石に8000を超えると俺も酸素は欲しいですが、それにしたって運搬作業は大変でしょうね。

ブラウワー: ここで生まれ育った君もそう思うのか。僕は6日前、キャンプ6で装置を下ろしたからな、軽くなった分で差し引きあまり変わらなかったような気もする。

カシン: [ドルジに] 8,000はどうなんだ? 君しか経験がない。

ドルジ: 俺が登ったのはイギリス隊のキャンプ9、つまり最高で8,400 mほどまでなので、それ以上のことは分からないけれど……まさに死の領域death zoneでしたね。一息ごとに体から血が抜けていくような感覚でした  あの時は酸素補給がなかったから。

カシン: 恐ろしいね。高所では思考力が鈍る。酸素残量が計算できなくなると困ったことになるな。

ブラウワー: 時間感覚が狂うかもしれない。随時腕時計を見て、確認し合う必要があるだろうな。

ドルジ: そういえば、マッケイのことは残念でした。そうならないように、酸素切れには気をつけないといけないですね。

カシン: ああ……本当に、そうだ。申し訳ないことをした。ちゃんと気づいていれば  

ブラウワー: 君だけの責任じゃあない。彼は少し焦っていたのだろう。

カシン: 焦っていた?

ドルジ: ええ、分かります。彼は確かに焦っていた。高山病で最初にダウンしてから、自分はエベレストに登れないんじゃないかと。

ブラウワー: ミッションはSCP-2848-JPの確保だから登頂できるのは2人1組が限度。そこに選ばれたいがために、遅れを取り戻したいがために、少し過剰に働いているきらいがあった。

カシン: 財団職員としてよりも、元登山家としての気持ちを優先してしまった……ということか。いや、そこまで二者択一的なものではないが、何というか……

ブラウワー: 君はそれを分かっていると思っていたが。

カシン: 今の今まで気づいていなかった。ただ、思い返してみると……昔の自分にもそういう面があった、かもしれない。

ドルジ: 大なり小なり、皆が抱えている思いでしょう。

カシン: 君たちはどうなん……いや、申し訳ない。不躾だった。

ブラウワー: 別にいい。勿論上まで登りたい気持ちはある。しかし、これでも財団の一員としての自覚は弁えているつもりだ。もし今回頂上まで行けなかったとしても、いつか長期休暇を取れた時に個人的に登るさ。

ドルジ: 俺は……そうですね、同じシェルパ族として、登頂したテンジンのことを羨ましく思う気持ちはありますが……俺はもともとポーターです、ええ。スイス隊でもイギリス隊でも財団隊でも、同じように隊のために働く。その結果頂上アタックの役割を任せられたら、勿論ありがたく任務につきます。

カシン: ああ、ありがとう。話してくれて。きっと  きっと、マッケイも、私たちが登頂して、そしてSCP-2848-JPを無事確保することを願っているだろう。

以下はオペレーション・サード・ポール実行部隊隊長のルイス・トーマスが後年まとめた同作戦の個人的記録「回想のエベレスト」の一部抜粋です。5月9日、任務の達成に有用な情報が得られたことについて記されています。

「回想のエベレスト」より一部抜粋

ルイス・トーマス


 五月九日、キャンプIVで早めの夕食を取っていると、ローツェ・フェイスにいる二人からの通信が届いた。

「こちらローツェ・フェイスルート工作隊、ウルリッヒ・インダービネンとジョセフ・ウォーカー。サウス・コルまでのルートの整備が完了した。いつでも荷揚げを始められるぞ」

 イギリス隊が同じ地点に到着した日付よりも十日以上早い。モンスーンが吹き荒れ始める六月に急かされることもなく悠々と頂上アタックを敢行することができる公算が高くなる、とても嬉しい知らせだった。

 ヨーロッパからインドのサイト-36へ、そしてエベレストまで来るここ二、三カ月間に議論した幾つかの日程パターンから、最も現状にあったものを再検討にかける。この作業は結局夜半までかかったが、おおよその整理はできた。

 サウス・コルから頂上へと至るには、高低差一千メートル弱、水平距離で約二キロメートルのルートを踏破しなければいけない。ハイキングでそのあたりの山を歩くのとはわけが違い、八千メートル以上の高度では一歩を踏み出すことが全力疾走に値する。

 標高七千九百メートルのサウス・コルからエベレスト南東稜に沿って登って行くと、少し右手に比較的平たい地点がある。これはミンマ・ドルジが二年前、イギリス隊のポーターとして荷物を運びあげた最高点であり、標高は八千四百メートル程度。

 そこからさらに進むと標高八千七百五十メートル地点にエベレストの南峰、小さなピークがある。少しの下りを経た僅かに先には、高低差約十二メートルの垂直な岩壁が待ち受けている。これはヒラリー・ステップと呼ばれ、このルート中で最大にして最後の難関だ。この岩壁は避けて通れず、登山家がその力を遺憾なく発揮して登りきるしかない。

 これを超えれば、後は頂上までの稜線を辿ればよい。ただ、我々のメインミッションはエベレストへの登頂それそのものではない。一般の登山隊のように写真を撮って成功の証拠を収めることは無く、ましてや頂上に財団旗を立てるようなことなどは全く持ってあり得ない。登頂後は、このオペレーション・サード・ポールの第一目標である、SCP-2848-JPを確保する段階に移るのだ。

 エドモンド・ヒラリーの言によれば頂上から北東稜側に僅かに下った先、岩の影にあるはずのSCP-2848-JPを回収用袋に入れ、バッグに結わえ付けて下り、回収ミッションは終了となる。

 以上に記したような長いルートをたった一日で往復するのは全くの困難が伴うことは容易に予想された。さらに頂上付近でSCP-2848-JPの捜索に時間を多く費やすことになれば、帰還は絶望的になってしまう。このため、ルート上の八千四百メートル近辺に一つのキャンプを作り、ここを中継地点とする計画が取られた。

 頂上アタックを行う日程の第一候補は、一週間後の五月十六日。月齢は二十四、僅かに痩せた半月の日である。

 この前日に頂上アタック要員以外が八千四百メートル地点まで登り、そこに最終キャンプを建設する。そしてアタック隊はこのキャンプで宿泊し、夜中の一時半に登頂を開始する。これは丁度月がエベレストを照らし始める時間帯であり、天候が良ければヘッドランプと合わせて一定の灯りが確保できる。

 イギリス隊と同じペースで進めば朝の七時には頂上に着く。もちろん夜間の登攀なのでそれよりは時間がかかるだろう。頂上に着けば、SCP-2848-JPの捜索に入る。この日の日没は六時四十分ごろだが、最近のエベレストの天候からして午後には軽い雪が降りがちであるので、できる限り早くキャンプに戻ることが必要になる。

 日程や行程は凡そこういったものであるが、果たして誰を第一次アタック隊にするか、という決定は中々に難しいものであった。もし何らかの不調やアクシデントがあり作戦が成功しなければ、直ぐに第二次アタック隊を繰り出さなければいけない。そのバックアップの役割は必然的に、最終キャンプを建てたメンバーが担うことになる。

 アタック隊は二人一組。誰と誰の組み合わせにするか……と悩み、私は結局もう寝ようとしていた。明日からのサウス・コルへの物資輸送の際のパフォーマンスを見て、低酸素の高所にも負けずに頑強な体を維持している者を、医者として見定めよう、と考えていた丁度そのときであった。

 丁度私の入っていた、医療用の大テントの外から登攀隊員の一人であるミンマ・ドルジの声が聞こえた。「入っていいですか?」

 外はもう全く暗かったが、私は直ぐに「もちろん。寒いだろう」と言って彼を中に受けいれた。一瞬吹き込んだ風が幾枚かの書類を揺すった。

 入ってきた彼は私の顔を見るなり言った。「もう、アタック隊のメンバーは決まりましたか?」

 この時私は、なんと返答するか少し迷っていた。正直に荷揚げの期間を見て決める、と言えばドルジが無理に張り切ってしまうかも知れない。彼が財団に雇われる前に行われた身辺調査では、彼はエベレストに登りたいという強い欲望を抱いていることが分かっていたからだった。

「ああ……そうだね、ただ、まだ発表はしない。明日か明後日頃、みんなが集まった時に話そうと思っている」

「分かりました  ところで、お伝えしたいことがあるのですが」そう言って彼は少し顔をうつむけ、毅然とした顔を作って言った。「俺は、二年前のイギリス隊と一緒に八千四百メートルまで登ったとき。そこに満杯の酸素シリンダーを二本埋めてきました。今も残っているはずです」

 その言葉を聞いた瞬間直感的に、今わたしは脅されている、とさえ思われた。彼のみが知っている任務成功に大きく貢献するであろう情報をチップにして、自分をアタック隊に入れろと強弁されるのではないか、とさえ感じられたのだ。

 私が言葉に詰まり、一言二言もごもごとつぶやいていると、彼はまた話をつづけた。

「その、登攀部隊は俺含めてほとんど全員が八千四百まで登りますよね。……だから、その時に掘り出そうと思います。テントの張り網を使って近くの岩に結んであるので、まだ残っているはずです」

 その言葉は先ほど私が抱いた頑迷な、そして全く偏見に満ちた思考を拭い去ってくれた。彼は隊のサポートのために伝えてくれているのだと分かって、私は怯えたことを恥じた。

「あれらがちゃんと残っていれば、千六百リットル分の酸素があるはずです。最終キャンプまでの荷運びも楽になるでしょうし、アタックの強い味方になると思います」

 ドルジの言うことは非常に確かであった。そこでようやく私は幾らかの疑問を訪ねることに成功した。「どうやってそんなところまで運んだんだ? イギリス隊の報告では、使わなかったシリンダーはサウス・コル以上には無いと」

「荷揚げの時です。最終キャンプまでの荷揚げの時はみんな酸素補給機を使っていました。その中で俺は、酸素を背負ったまま、弁を閉じて使わなかったんです  いつかまた、俺がエベレストに登るときに、他の隊員を出し抜いて登頂するために」

「しかし、君はそれを私に伝えた」

「はい。財団に、今回の作戦のためにと言ってスカウトされた時は、俺が登頂することばかりを考えていました。ただ  カシンとブラウワーの話を聞いて、うーん……そうですね、ブラウワーの、今回登れなくとも休暇を取るなりしてまた挑戦するという話を聞いて  かなり見栄を張っているな、とは俺にも簡単に分かりましたがそれでも  なんというか、俺も見栄を張る気分になってしまったんです」

 そうやってドルジは照れながら話し、この日はそのあたりで会話を切り上げた。彼は自分のテントに戻り、私も寝ることにしたが、妙に寝苦しかった。彼の教えてくれた情報のおかげで作戦の成功率が優位に増加したことも一因のように思われる。結局久々に、睡眠剤に頼ることになった。

この後、5月10日から5月14日にかけて必要物資がサウス・コルのキャンプ7まで運び込まれました。過程でポーターの1名とウルリッヒ・インダービネンが手指に軽い凍傷を負いましたが、ルイス・トーマス医師の対処で悪化はしませんでした。

この期間中にカント計数機もC7に運ばれました。標高7,906 mにおける現実性強度は5.80 Hmでした。

頂上アタック隊は以下のように編成されました。

頂上アタック隊編成
第1次 デイビッド・ブラウワー
ミンマ・ドルジ
第2次 リカルド・カシン
ジョセフ・ウォーカー

補遺.2848-JP.7 > 頂上

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サウス・コルから見あげた頂上。

以下は、登頂に成功した登攀隊員であるデイビッド・ブラウワーの個人日誌です。

Op. サード・ポール 個人日誌

デイビッド・ブラウワー


 サウス・コルのキャンプVIIを後にしたのは頂上アタック前日の十五日、その朝四時のことだった。太陽こそ登っていないものの既に十分明るく、反射光による雪盲対策のサングラスをかけるべき時間帯だ。

 三時に起きてから一時間たっぷりを使って紅茶を飲み、体を温め、そして酸素補給機の最終チェックをして登り始める。重たい荷物を背負えばしゃきっと目が覚めた。

 前を進むカシンとウォーカーの刻んだステップをアイゼンで踏みしめながら、一歩一歩呼吸を整えつつ歩いていく。ドルジの記憶を頼りに、最終キャンプを建てるべき位置に向かっていく。

 結局昼前には、比較的平坦なスノー・ショルダーについた。高度計が示すのは八千四百二十メートル。この辺りかとドルジに目線で問うと、意図を察したのか彼は一度大きく頷き、ピッケルで前方右を指した。

 カシンとウォーカーはテントを立てる準備をしている。ドルジの先導で二、三十メートルほど進み、彼が指示した辺りの雪を一緒に掘る。程なくしてテント用の張り網があり、その繋がった先には酸素のシリンダーが見つかった。

 それらは確かにイギリス隊の使用していた軽合金製のもので、確かに酸素が入っている重さをしていた。わずかに漏れていたのかどちらのシリンダーも目盛は二千九百重量ポンド毎平方インチを指しており、すなわち一本あたりに入っている酸素はおよそ七百リットルだったが、依然非常に役立つものに変わりはなかった。

 テントの設営が終わると、カシンとウォーカーはサウス・コルまで下って行った。時刻は昼の一時。日付が変わる頃には起きて出発の準備を整えなければいけないため、昼食後はもう睡眠を取るという予定だった。

 私たち二人が昼食に食べたのは、ペミカンや果物やらの缶詰、結局ここまで持ってきた蜂蜜の瓶と紅茶、そしてシェルパたちの常食する、大麦粉と水・バターを混ぜて作ったツァンパ。食べ終わったところですぐには寝れないため、酸素マスクをつけて流入量を睡眠時用の一リットル毎分にしながら、手持ち無沙汰にドルジとあれやこれやについて話した。

 会話の内容は覚えていない。思考がぼんやりとしていて、何度も同じことを繰り返し話題に挙げたような気がする。とにかくその日は三時過ぎ頃には寝ていたと思う。明るくて寝づらかったのでサングラスをかけた記憶がある。


 二人ともきっかり、十六日の零時に目覚めた。気温は零下二十五度ほどで、何枚着込んでいても寒さがこたえる。あらゆる行動が緩慢になってしまい、火をつけて雪を溶かしお湯を沸かす、というだけでほとんど一時間は消費してしまった。それから幾らかものを食べ、三本ずつ背負ったシリンダーを含めた装備の最終確認をし、二時前にテントを後にする。月は眼下にエベレストの影を落とし、風は凪いでいた。

 キャンプから二百メートルほど登るまでは比較的単純な道のりであった。稜線から僅かに左側の南西壁には硬くしまった雪が幾らか残っていたので、そこを辿って行った。朝の四時頃までかかった登攀中、日はまだ昇らずとも辺りはどんどん明るくなってきたのでサングラスをかけた。

 高度八千メートルの空は黒い。空気の層が薄いからなのか、宇宙の色が透けて見えているのだ。それでも紫外線の量は凄まじく、サングラス無しには目が潰れてしまうだろう。

 南峰に着いたのは、太陽が完全に顔を出してから三十分ほど経った頃だった。一歩一歩大きなステップを刻みながらの移動は難しいものでこそなかったが、僅かに風が吹き始めた中柔らかい雪を踏みしめていくのは緊張感のあるものだった  もし足を取られて転倒すれば最悪の場合三、四千メートルの落下につながるからだ。

 標高八千七百五十メートル。振り返ればおよそ四十日の間我々を厳めしく睨んでいたローツェの頂が遥か下方に見え、前を向けばまさに我々が目標とする雪冠が見えた。最後の関門たるヒラリー・ステップはその右側を張り出した雪に覆われ、左側は全くの垂直な岩壁のように感じられた。

 南峰の上で雪を軽く削り、座れるようにして一度荷物を降ろし、行動食を口に含む。食べるために酸素マスクを外すと途端に息苦しかったので、ドルジが飲み物で流し込むように急いで食べているのを見て真似をした。まだ使っていないイギリス隊のシリンダー二本はここに置いていくことにした。背負っていくにはあまりに重たすぎ、失ってもイギリス隊のものなので偽装は楽であり、そして帰るときに丁度この辺りでシリンダーを交換すると余裕があるだろうと考えたからだ。

 食べ終わったころ、マスクを着けて曇った声で彼が言った。「ヒラリー・ステップは俺が登ります  あそこを超えるにはアイス・クライミングをするしかない……しかし、あの張り出した雪がいつ東壁の方にずり落ちてしまうやもしれません。小柄な俺の方が安全です」

「ヒラリー・ステップを迂回できないか? 左手の下方には雪の層がある」

「迂回した後が問題でしょう。殆ど垂直の雪壁を、五十メートルは登らないと頂上稜線に戻ってこれません」

「なら、君にお願いするよ。確保belayは任せておけ」

 実際、体重の重い私は確保にうってつけだった。ヒラリー・ステップの直下でピッケルを雪に深く深く刺し、ドルジにつながったロープを何重にも巻き付け、そこに体重をかける。いつ彼が手足を滑らせたとしても奈落の底まで落ちていかないようにするために。

 雪壁の垂直登攀、それも標高八千七百六十メートルで。まさに超人的な技術と体力を必要とするものであった。バッグを置いて酸素補給機のみを背負い、四肢を踏ん張って一歩、また一歩と登って行く。進みに合わせて私はロープを繰り出しつつも、私は彼の一挙手一投足をつぶさに見つめた。僅かにでも転落の危険性が無いか、より傾斜がゆるいのはどの方向か、そういったことをサングラス越しに捉え、マスク越しに伝える。

 奮闘の末、遂にドルジは登り切った。ヒラリー・ステップの上の岩棚に倒れこむようにして彼の姿が見えなくなり、歓喜の声が聞こえた。今度は私が登る番で、岩壁の方に垂らされたロープを頼りに十二メートルを超えた。それすらも全身に激しい負担がかかる行為で、登り切った後は芋虫のように寝転がってしまった。

 そこで息を整え、酸素シリンダーを交換した後は最早一直線だった。風が多少強くなってきたので細かい雪が飛ばされて顔にかかることもあったが、ただ無心に硬い雪にステップを刻み、幾度かの隆起を乗り越える。

 そして、午前八時三十八分、我々はエベレストの山頂を踏みしめた。

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頂上からの眺め。


補遺.2848-JP.8 > 回収

Record 1955/05/16

通信機PTC-8000による音声記録


メンバー:

  • 第1次アタック隊 デイビッド・ブラウワー
  • 第1次アタック隊 ミンマ・ドルジ
  • 第2次アタック隊 リカルド・カシン

付記: デイビッド・ブラウワーは当時、ジョセフ・ウォーカーと共にC7に居た。


ブラウワー: こちら第1次アタック隊。午前8時38分、山頂に到着した。これよりSCP-2848-JPの捜索を開始する。

カシン: おめでとう! 良かった。

ウォーカー: おめでとうございます。

ドルジ: ありがとう。……うーん、頂上から一見しただけではSCiPがどこにあるかは分かりませんね。

ブラウワー: また確保をやるから、北側に少し降りてみてもらえるか? [サウス・コルの2名に] 通信機の電池残量は十分あるが、一応スタンバイモードにしておくよ。

カシン: 了解。また何かあったら連絡しよう。

[通信機がスタンバイモードになる]

ドルジ: うわっ。[風に飛ばされた雪がドルジの顔に当たる]

ブラウワー: 大丈夫か。……少し風が強まっているか? ちゃんと確保するから安心してくれ。

ドルジ: いえ、急だったので。ただ僕も注意します。

[SCP-2848-JPの捜索のためドルジはブラウワーから離れ北東陵側に降りる。約20分の間、会話はない]

ブラウワー: [幾分声を張って。以下同] まだ見つからないか?

ドルジ: まだです。雪に覆われていて、いくらか掘らないといけないかもしれません。

ブラウワー: なら、一旦戻れ。そろそろ休憩したほうがいいんじゃないか。

[ドルジが山頂付近に戻る]

ブラウワー: 次は僕が降りてみよう。ただ、埋まっている場所によっては大変だな。カント計数機をここまで持って来られれば早く見つかったかもしれない。

ドルジ: 酸素シリンダー3本にカント計数機まで運ぶと動けなくなってしまいますからね。とりあえずは楽なところから雪を軽く掘ってみてください。

ブラウワー: ああ。……そうだ、君の体調に問題がなければ、酸素の流入量を少し下げてもいいかもしれない。あまり動かないからそんなには必要ないだろうし、節約になる。

ドルジ: なるほど、そうしておきます。

[ブラウワーが交代して降りる。ピッケルを雪面に差し込み、SCP-2848-JPが雪に埋まっていないか確認する]

[作業を始めて約30分が経つ。SCP-2848-JPは見つからず、風が強くなる]

ドルジ: [幾分声を張って。以下同] まだ見つかりませんか?

ブラウワー: ダメだ。これだといよいよ、岩壁の方に行かなきゃいけないか。

ドルジ: 酸素はまだ十分あると思いますが、この高度です。疲れ切ってしまう前に交代しましょう。

ブラウワー: 分かった。一旦そちらに戻ろ  おっと。

[強い風により、ブラウワーの足元付近にあった雪の一部が流れ落ち、体勢が僅かに崩れる。ドルジはピッケルを強く押さえ、ブラウワーの墜落防止を図る]

ドルジ: 大丈夫ですか!

ブラウワー: ああ、問題ない! 少しだけよろめいたが何とか大丈夫だった。

ドルジ: よかった  待って、ブラウワー、左手の方を!

ブラウワー: なんだ? ……これは!

[表面の雪が剥がれ落ちたことで、SCP-2848-JPが一部露出していることが判明する]

ドルジ: 目標のSCiPです!

ブラウワー: よし、掘り出すぞ。

ドルジ: 回収袋は持っていますよね?

ブラウワー: 勿論。ただ、その前にSCiPを落とさないようにしつつ雪から掘り出さないと。

ドルジ: お気を付けて。

[約15分が経過する。ブラウワーはSCP-2848-JPを概ね雪から掘り出すが、SCP-2848-JPはその底部が岩と癒着しており、容易に持ち上げることができない。僅かに雪が降り始める]

ブラウワー: ダメだ。ピッケルで岩を削らないと難しいだろう。いったん戻らせてくれ、流石に疲れてきた。

ドルジ: 分かりました。もう一時間半以上山頂にいます、疲れるのも当然でしょう。

[ブラウワーが戻る]

ブラウワー: 酸素は残りいくらぐらいだったかな。

ドルジ: えーと [腕時計を見る。時刻は9時20分] えー、あと3時間分はあるでしょう。南峰まで戻る時間を除いても、十分大丈夫な範囲です。

ブラウワー: よかった。……そろそろしっかり水分を取ったほうがいいかな。前飲んでから何分経った? 感覚が麻痺してしまって。

ドルジ: もしかしたら、ヒラリー・ステップからこの方飲んでいないかもしれません。

ブラウワー: それはまずい。少し休憩をしよう。幸い酸素はまだあるんだ。

[2名は水分補給をし、チョコレートを口に含む。小休止を経て、SCP-2848-JPの回収作業が再開される]

ドルジ: 本当だ、結構大変ですね……

ブラウワー: 気をつけてくれよ。足場まで崩しちゃあ大変だ。

[ドルジはピッケルで岩を削り、癒着したSCP-2848-JPを剥がそうと試みる。約15分が経過する。雪は少々強まる]

ドルジ: できました、後は袋に入れるだけです!

ブラウワー: でかした! 最後こそ慎重に。

ドルジ: はい。[SCP-2848-JPを回収袋に入れ、腰にくくりつけて岩棚を登る] よし、任務完了です。

ブラウワー: おめでとう。成功して良かった。

ドルジ: ええ、向こうに通信を入れましょうか?

ブラウワー: そうだな、そうしよう。

[ブラウワーが通信機をスタンバイモードから戻す]

ブラウワー: 聞こえるか? こちら第1次アタック隊! 午前10時40分、SCP-2848-JPの回収に成功した。今から戻るところだ。

カシン: よくやった! 素晴らしい。しかしあまり喜んでいる時間は無いな。こちらでは風が強くなってきた。できる限り早く戻ったほうがいい。

ドルジ: もちろんです。ありがとう。

ブラウワー: よし、彼の言う通りだ……急いで帰ろう。

ドルジ: はい。……ああ、行きしなに刻んだステップが全く消えていますね。

ブラウワー: この風に雪まで降り始めているんだ、しょうがない。酸素はまだ持つが、できる限り早く南峰のシリンダーまで戻るぞ。

[2名は南東稜を引き返すが、長時間の行動及びステップの刻み直しのために速度は遅い。風雪はだんだん強くなる。約40分が経過するが、まだヒラリー・ステップには到着しない]

ドルジ: 風が酷く危険です! 1人ずつ歩くことにしましょう、倒れたら危ない。

ブラウワー: しかし、このままだと天候はさらに悪くなるだろう。そうなる前に南峰まで戻らないと酸素が無くなってしまう。

ドルジ: 多少は大丈夫でしょう、酸素が無くなっても。今は流量を抑え目にしつつゆっくり、安全に進むべきです。

ブラウワー: 分かった。なに、もう少しでヒラリー・ステップだろう。そこまでくればすぐに南峰だ。

[さらに25分間かけて2名はヒラリー・ステップに着き、慎重にこの段差を降りる。その後も新しくステップを切りながら進むが、この地点から南峰までの道は上りに転じており、20分の努力の末酸素シリンダーに辿り着く]

ドルジ: 良かった。後何分で酸素が切れていたんでしょう。

ブラウワー:……20分ほどだ。勿体無いから使い切ってしまおう。

ドルジ: 雲に包まれる前にここに来れて良かったです。視界がまだあったから簡単に見つかった。

ブラウワー: そうだな……しかし、依然状況は非常に悪い。とにかく急いで最終キャンプまで戻ろう。

ドルジ: もちろんです。ああ、一応第2次アタック隊に救援要請を入れるべきではないでしょうか。

ブラウワー: 確かにそうだ。よし…… [通信機でC7を呼び出そうとする] こちら第1次アタック隊。聞こえるか?

[約1分が経過する。応答はない]

ブラウワー: クソ、反応がない。

ドルジ: 通信機無しで、これから吹雪になると……まずいかもしれません。

ブラウワー: 大丈夫だ。とにかく最終キャンプに戻ることだけを考えよう。

[風雪は一層激しくなり、ホワイトアウトに至る。2名の視界は半径約10 mほどに狭まり、風が積もった表面の雪を飛ばして吹き付ける。2名は最終キャンプに向かい歩き続けるが、その速度は非常に遅い。約80分が経過する]

ブラウワー: まだまだだろうな。

ドルジ: 行きは南峰まで3時間以上かかりました。下りでもこの吹雪では……

ブラウワー: ああ、無理矢理歩き続けてもやたら体力を消費するだけだ。この近くに風と雪を凌げそうな岩場はあるかな。

ドルジ: 探しつつ進みましょう。

ブラウワー: そうだな、見つかったらそこで吹雪が弱まるまで休憩だ。最悪の場合は不時泊bivouacもありうる。

ドルジ: ええ。動かなければ酸素もある程度持つでしょう。

ブラウワー: とにかく、遭難死などは絶対にダメだ。今は……1時30分か。

ドルジ: まだ日が落ちるまで十分時間はあります。それまでのどこかで、吹雪が収まることもあると思いますよ。


補遺.2848-JP.9 > 帰還

Op. サード・ポール 個人日誌 05/16

ジョセフ・ウォーカー


 カシンと私は前日の最終キャンプまでの物資輸送で疲れ切ってしまい、サウス・コルのキャンプVIIの中で休んでいた。起きたのは五時頃、日の出と同じくらいのことで、食事をとりつつも待機状態に入った。

 最初の問題が発生したのは八時過ぎのことだった。予報では今日は一日中好天のはずだったが、風がひどく吹き始めてキャンプVIIの小テントが一つ壊れてしまった。フレームが折れてしまったのだが、イギリス隊の残していったテントの残骸を転用して応急的に修復はした。別に二人用テントと言っても詰めに詰めれば五、六人は入れるものなので、帰ってくるアタック隊を迎え入れるのに不足は無かったが、一応のことだ。

 午前八時三十八分には、アタック隊が頂上に着いたという連絡があった。遂に! カシンも私も一緒になって喜んで、SCP-2848-JPの回収成功を重ねて祈った。

 しかしその直後、キャンプVIIでは小雪が降り始めた。これが一時的なものであれば良かったのだが。我々は回収成功の報を待ち侘びていたが、中々通信は届かなかった。向こうの通信機が壊れてしまったのではと疑いもしたほどだ。

 結局SCP-2848-JPが回収されたと分かった時刻は午前十時四十分だった。彼らは山頂付近に二時間もの間いたことになる。体力の消耗が心配されたが、事態は悪化の一途をたどった。

 二つ目の問題は午前十一時に発生した。スタンバイモードにしていた通信機の電源が突如切れたのだ。電池が切れたのかと思い予備のものと入れ替えてみたが、全く動かなかった。これは後から分かったことだが、寒さで電池がやられていたらしい。本来ならば夜は電池を寝袋の中に入れて体温で暖めておかなければいけないところを、最終キャンプへの荷揚げ中テント内に放置してしまったことが原因の一つであったようだ。

 今日中にキャンプVIIまで登ってくる予定のあるものはおらず、カシンと私は第二次アタック隊であるので通信機を求め下に降りるなどするべくもない。

 そして、最後にして最大の問題はやはり天候だった。通信を終了してから天候はただひたすらに悪くなり、これから一、二時間もすれば吹雪になって視界が封じられてしまうだろうことは明白だった。

 私たちはどうするべきか? 助けに出れば、私たちまでもが遭難してしまう危険性もある。そうなれば登攀部隊は手に軽い凍傷を負ったインダービネン一人だけ。しかし助けに行かなければ二人の命が失われるかもしれず、そうなればSCP-2848-JPの回収もまた難しくなる。

 どうしたものかとテントの中で悩んでいる私に、カシンが手袋をはめながら言葉をかけた。「準備をしよう。迎えに行くぞ」

 その言葉を聞いてつい反駁はんばくしてしまった。カシンは二十日ほど前、当時一緒に行動していたマッケイを失っている。その負い目から無茶を押し通して救出作戦を主張しているのではないか、と思ってしまったのだ。「もうしばらくも立たないうちに吹雪になるでしょう! 全員が未帰還となるのはまずい!」

 しかし、彼の返す言葉は冷静だった。「今からでも最終キャンプまではすぐに着ける。昨日も通った道だ、吹雪が強くなる前に行けるだろうし、あそこには第二次アタック隊のための食糧がある程度運び込まれている」

「そこからの道は?」

「日没までには十分時間がある。それまでに吹雪が弱まれば、更にある程度登ることも可能だ」

「しかし、通信機は使えません! 大問題です、彼らが具体的にどこにいるのかが分からないんです。吹雪で視界が悪くなれば、すれ違ってしまうことすらありうる。吹雪の中をあてどもなく彷徨さまようのは非常に危険です!」

「大丈夫だ、通信機の代わりになるものがある」

「替えの電池を持っていたんですか? それならなぜ先ほど……

「いいや、電池じゃあない  カント計数機だ。SCP-2848-JPは周囲のヒューム値を下げる。二人の近くの空間はヒューム値が低くなっているんだ。それを、こいつは見つけられる」

5月16日の午前11時24分、リカルド・カシンとジョセフ・ウォーカーからなる第2次アタック隊はキャンプ7を出発し、第1次アタック隊の救助に向かいました。軽装の同隊は午後1時16分に最終キャンプに到着し、吹雪が比較的収まった午後3時22分に最終キャンプを出発しました。

同日午後4時52分、カシンはSCP-2848-JPが周囲にもたらす現実性強度変動をカント計数機で観測し、第1次アタック隊と合流しました。第1次アタック隊は岩陰に溜まった雪を利用してピッケルで簡易的な雪洞を作り、その中で休憩していましたが、2名は節約のため酸素補給をしておらず、ブラウワーは右足と頬に、ドルジは左手に軽度の凍傷を負っていました。

午後6時13分、4名は最終キャンプに戻り、ブラウワーの凍傷には応急処置がされました。2人用テント1つに全員が入りましたが、大きな問題は起こりませんでした。

翌5月17日、天候は安定していたので4名は最終キャンプを撤収してサウス・コルを経由し、キャンプ4まで降りました。これにより、オペレーション・サード・ポールの最終目標が達成されたことが確認されました。


補遺.2848-JP.10 > 作戦終了

「回想のエベレスト」より一部抜粋

ルイス・トーマス


 五月の十七日に四つの点がローツェ・フェイスを下っているところを最初に見つけたのは、キャンプIVのテントの外にいたポーターのバージル・グリソムだった。午後四時、待ち受ける私たちにアタック隊の四人が大きく手を振った。距離のため顔は伺えなかったが、しかし先頭のドルジが明らかに喜色満面の風貌をしていることは容易に見て取れた。

 キャンプIVの誰もみんな嬉しがっていたが、まだ幾分遠くにいたために声こそ上げなかった。それを不機嫌なのだろうか、と受け取ったのか、前から二番目を歩いていたカシンが手に持ったピッケルを大きく掲げてエベレストの頂上を指した。

 その行為が意味するところは明確であり、つい私もおめでとう! と大声を出した。待機メンバーの皆もそれに続いて口々に祝いの言葉を叫ぶ。到着した彼らと抱き合って喜び合い、そしてブラウワーの頬に軽い凍傷の気配があることを見つけて心配になった。

 SCP-2848-JPの回収袋はウォーカーが持っていた。確かに中には肉塊が入っており、第一目標が達成されたことが実体を伴って明らかになった。このオブジェクトだけはサイト-36まで陸路で輸送する必要があるが、それは明日到着する予定の機動任務部隊に任せることだ。回収が成功した今我々がすべきことは痕跡の消去、すなわち我々が建てたテントや運び上げた物資をできる限り全て降ろすことになる。

 カシンによると、南東稜上の最終キャンプは完全に引き払ったらしい。最後にもう一度サウス・コルまで登ってくれたのは、手の凍傷から復帰したウルリッヒ・インダービネンを中心とするポーターたちだった。彼らの努力によりキャンプVIIは片づけられた。その後約一週間かけてウエスタン・クーム氷河から種々の物品をクーンブ氷河まで降ろし、そこからはヘリコプターが往復で輸送をしてくれた。我々も順番に搭乗し、サイト-36まで戻って休暇を得た。

 かくして、我々の作戦opereationは終わったのだ。


補遺.2848-JP.11 > サブ・ターゲット

以下はオペレーション・サード・ポールのサブ・ターゲット、カント計数機によるエベレスト山の現実性強度の観測データです。

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エベレスト山南東稜ルートの現実性強度。

しかし、未だにSCP-2848-JPが設置されている山がヒマラヤ山脈に存在すると見られるため、航空機を使ったヒューム値測定は難しいと判断されました。この結果、次に示すプロジェクト・パンディットが策定されました。


補遺.2848-JP.12 > プロジェクト・パンディット

プロジェクト・パンディット

計画概要抜粋


計画概要: 本プロジェクトの目的はヒマラヤ山脈の山々の頂上に存在すると考えられるSCP-2848-JPを収容し、同時にヒマラヤ山脈の現実性強度を測定することである。機動任務部隊シグマ-8 ("極圏のPolar密偵たちPundits") が本プロジェクトに従事する。計画は1955年8月に起草された。

機動部隊シグマ-8 (“極圏の密偵たち”)

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部隊任務: 機動部隊シグマ-8は、極地任務に習熟し高度な登山技能を有する隊員で構成されています。部隊はプロジェクト・パンディットのために創設され、初期のメンバーはオペレーション・サード・ポールの隊員から選ばれました。1978年現在、ヒマラヤ山脈の高峰45座以上への登頂と8個体のSCP-2848-JPの回収に成功しています。

PoI-2848-JPは、SCP-2848-JPが発見されてから23年が経過した1978年現在も、その消息を絶っています。以下は6個体目のSCP-2848-JPが収容された1969年に作成された、PoI-2848-JPに関する資料の抜粋です。

PoI-2848-JP 資料抜粋


Obj-aに記されたチベット文字、そして6個体のSCP-2848-JPとAO-5504d、Obj-aが同じ術者の肉操作魔術によって作られていることから、PoI-2848-JPはチベットからネパールの山間部に居住する/していた個人だと推測されます。

現在までに、Obj-a以外で、チベット文字が記されているPoI-2848-JPによって作られた異常物品は見つかっていません。このことを一因としてObj-aに行われた詳しい魔術的調査の結果、SCP-2848-JPとは違いObj-aは、肉塊で構成される小規模なV字状の導流堤を展開する能力を過去に有していたことが明らかになりました。

Obj-aは、発生した雪崩から身を守るためにPoI-2848-JPが展開した肉操作魔術の名残であると考えられます。Obj-a以外にSCP-2848-JPと機能の違う異常物品が発見されていないことから、この雪崩は非常に突発的なものであり、PoI-2848-JPは必要に迫られてObj-aを創造したと考えられています。

また、プロジェクト・パンディットによりチベットからネパールにかけての山間部の調査が行われた結果、複数の集落のラマ僧から「北西の方に、チベット仏教によく似つつも根本が違う宗教を信仰する村があるらしい」という情報が得られました。

この村はサーキシズムの一派を信仰する、PoI-2848-JPの出自であると推測されます。この情報を受けて、ネパール王国北西部からインド共和国北部パンジャーブ地方、チベット南西部にかけての調査が重点的に行われることになりました。現在プロジェクト・パンディットの目標の一つは、PoI-2848-JPの出自である村の発見です。


機動部隊シグマ-8現隊長 デイビッド・ブラウワーによるコメント:

オペレーション・サード・ポールの実行部隊だったころ、私は「PoI-2848-JPは登山中に魔術を使わないだろう」と自説を展開したことがあるが、それはObj-aへの追加調査によって誤りだったということが明らかになった。

ただ私には、あれが全くの誤りであったとも言い難いようには思える。彼  便宜的にこう呼ぼう  が何の痕跡も残さずに肉の魔術を使えた訳ではない、ということが明らかになったのだ。他の5個体のSCP-2848-JPを回収した道のりにはObj-aのようなものは存在しなかった。これは、彼が肉の魔術を乱用して無理やりに歩を進めることをせず、あくまで登山家的手法で山々を攻略していったことの証左と言えるかもしれない。

そして、依然Obj-aに類するものが見つかっていないということは、彼は堅実な山行を積み重ねられる優れた技術を持った登山家であると言えるだろう。

いつの日か彼と直接対面できた時には、ぜひインタビュアーとして話したいものだ。


補遺.2848-JP.13 > 更なる計画

プロジェクト・パンディットの進行及びミャンマー王国北西部・インド共和国北部・チベット南西部の調査により、ヒマラヤ山脈の一部にヒューム値が有意に高い一帯が存在することが分かりました。この地帯は、標高4,000 mでの平均現実性強度が6.7 Hmであり、これはエベレスト山の標高8,200 m付近での現実性強度と同程度です。

機動部隊シグマ-8によるこの地帯の山岳の調査の結果、高ヒューム値地帯の中心にはカイラス山が存在することが分かりました。カイラス山は仏教・ヒンドゥー教・ジャイナ教・ボン教の聖地であり、その最大標高は6,656 mです。カイラス山の登頂は禁止されており、かつ非常に多くの巡礼者がカイラス山の周囲を一周する巡礼路を辿るため、機動部隊シグマ-8がこの山に登る際には高度な隠匿が必要とされます。

1978年現在、カイラス山登頂計画が起稿されています。

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カイラス山 (6,656 m)。

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セキュリティ施設
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