クレジット
タイトル: SCP-2861-JP - マリーゴールドの葬列
著者: OwlCat
作成年: 2022
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イベント・ムエルトスで発生したマリーゴールド群。
アイテム番号: SCP-2861-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-2861-JP全域及び域内の住人は財団による管理下に置かれ、域内には現在5人の財団職員が常駐しています。
説明: SCP-2861-JPはメキシコ合衆国ハリスコ州に存在する約11平方kmの領域です。SCP-2861-JP内には「ペチマト村」と呼称される小規模な自治体があり、10人程の人型実体(以下「住人」と呼称)が生活しています。住人は一般的なメキシコ人と同一の外見を持っており、後述のイベント・ムエルトス関係以外で独立した異常性は有していません。
SCP-2861-JPの主な異常性は、霊的実体の大量出現を中心とした同時多発型超常現象です。現地の財団支部によって「イベント・ムエルトス」というコードネームが付与されたこの現象は、毎年11月1日の21時頃から11月2日の日出時刻までの期間に開催される「死者の日」の祭祀にてのみ発生が確認されています。
イベント・ムエルトスは以下の異常性を起こしながら進行していきます。
1. SCP-2861-JP中心部に大量のマリーゴールド(Tagetes spp.)が発生し、道路が埋め尽くされる。
2. 花弁の中から起き上がるように、多数の霊的実体が姿を現す。この時発生する実体の数は数百人に達する。
3. 住人の一部が音楽を演奏し始める。この時の音楽はメキシコの伝統的音楽に限定され、「陽気な」と表現される印象を及ぼす。恐らくこの演奏が祭祀の開始を意味しており、住人たちは「食材を大量に生成・調理し、他の住人や霊的実体に提供する。」「音楽のリズムに合わせる形で住人や霊的実体と踊り始める。」「マリーゴールドの花弁を生成し、高所から散布する。(この時花弁は急速に燃焼されるが、周囲に被害は発生しない。)」などの特徴的な行動を始める。
4. 日出時刻が近づくと霊的実体らはマリーゴールドに覆われた道路の上に立ち、地下へ潜るようにして消失する。同時にマリーゴールドが急速に枯れ始め、最終的に消滅する。
イベント・ムエルトス中に発生する霊的実体は全て白骨死体のような外見ですが、不明な原理により飲食や発話が可能となっています。
住人らはこれらの現象に一切疑問を抱いておらず、積極的に人型実体との親交を深めようとします。
住人は現在急速に高齢化しており、イベント・ムエルトスの変質が懸念されています。
現地の財団チームは過去のSCP-2861-JP関連記録を収集し、財団主導によるイベント・ムエルトスの維持管理について研究を行っています。
補遺: フランス系オランダ人の旅行作家「リー・R・ディーン」の遺品がオークションに出品された際、出品物の手記からSCP-2861-JPに関する記述が発見されました。ディーン氏は1969年にメキシコへ渡航しており、この時SCP-2861-JPを訪問していたと推測されています。
以下は手記内容の抜粋です。執筆時のSCP-2861-JPには400人以上の住人が生活していたと考えられ、イベント・ムエルトスの正確な記録であると考えられています。また、手記にはSCP-2861-JPの文化・歴史的背景を窺い知れる旨の内容が確認されています。
当該手記はイベント・ムエルトスの維持に非常に有用な資料であると評価されており、儀式担当職員は閲覧が強く推奨されています。
手記の詳細は付属資料から確認可能です。
リー・R・ディーン氏(1968年撮影)
意を決して飛び込んだメキシコの地は、はっきり言って最悪であった。といってもメキシコが悪いのではない。全て僕の責任だ。
正確には、「異国情緒溢れる田舎村を訪れて紀行文を書く」などという浅はかな計画を立てた過去の僕の責任だ。
ああ、なぜこんな企画を立ててしまったのだろう。
宿もなければ食事を取る場所もない、ただ草原が続く道のりに僕の心は折られかけていた。
もうダメだ。せめて水でいいから口内を満たしたい。
疲労と空腹がピークに達した時、その村は僕の前に現れた。
「ペチマト村」
簡素な看板には、かろうじて読める字で村の名前らしき文字が書かれていた。それは地図にも載っていない小さな村であった。
希望を取り戻した僕は勇んで村に入り、近くにいた村人に声をかけた。「疲れ果てた観光客」の雰囲気を少し大げさにして。
「申し訳ないが、この村に宿もレストランもありません。」
村人が喋るなまりの強いスペイン語は、僕に無情な事実を突きつけた。
曰くこの村には旅人が来た事が一度も無いので、当然よそ者向けの店も存在しないらしい。
次に村を見つけられるのはいつになるだろうか。今まで辛い旅路を何度も乗り越えてきたが、とうとう僕は神に見放されたのか。
落胆を隠そうともしない私に、村人はこんな提案を投げかけた。
「実は、今晩この村で祭りが開かれます。本来旅の人をもてなすような祭りでは無いですが、このままだと貴方はいずれ原野の中で行き倒れるでしょう。祭りではたくさんの料理が出るので、きっと貴方の分も用意できるはずです。」
誇張ではなく、地獄の中に光が差した気分になった。
ちょうど今夜祭りが開かれるなんて、僕はなんという幸運者だろうか。
父なる神さまを疑った一分前の自分を戒め、僕は小さく十字を切った。
参考資料: SCP-2861-JP内で提供される料理の一つ「ワカモレ」(2015年撮影)
その村人はロペスと名乗った。
ロペスは家に僕を入れると、スナックや水を用意してくれた。薄い生地でできたそのスナックの隣には、変わった色をしたペーストが添えられている。
「それはワカモレです。」
ロペスが横から説明する。
ワカモレ。そういえば、旅行前集めた本にそんな料理が載っていた気がした。
試しに生地を一枚手に取り、ペーストに浸して口に含んでみる。
……美味い。
ペーストはアボカドだろうか。
シンプルな見た目に反し、野性味を感じさせるペーストは中毒性抜群だった。
その上「空腹」という最高のスパイスがかかったワカモレは、もう食べる手を止めさせてくれない。
すぐに僕はワカモレの虜になり、皿上の薄い生地は一瞬で僕の腹へと消えていった。
「祭りは夜に始まります。それまではそこのハンモックでお休みください。」
ロペスはそう言い残して家を出ていった。
僕はワカモレをすっかり食べ尽くして、言われた通りハンモックに身を委ねた。
上を見上げると、不思議な文様をした天井が視界を覆う。
ゆらゆらと揺れるハンモックは、張り詰めていた僕の意識を解きほぐして温い眠気を誘う。
太陽の位置を見る限り、祭りまではまだ時間がありそうだ。
僕はそっと意識を手放し、天井の模様に吸い込ませた。
オレンジの光が夢の中に絶え間なく差し込み、目が焼けそうだ。
誰だこんな時にベッドライトをつけたのは。
思わず文句を言いながら目を覚ました僕は、自分が落下していることに気付けなかった。
盛大な物音を立てつつ、自分がロンドンの安アパートではなくメキシコの片田舎にいることを思い出した。
では、このオレンジの光は何だ。
かすむ目を擦りつつ家の外へ出るとそこには信じられない光景が広がっていた。
道が、地面が、光り輝いてる。
波打つような光の絨毯が、私の足元に打ち寄せている。
そっと光の中に手を入れると、柔らかな感触が皮膚に伝わってきた。
……花だ。それも大量の。
どうやら、光り輝く花びらが村に溢れているらしい。
これだけでも想像のつかない神秘であるが、それを優に超える驚異的な現象を私は目撃することとなった。
死者が、蘇っているのだ。
それも一人や二人ではない。
何十……いや何百人もの死者が蘇り、オレンジ色の道を闊歩していた。
死者は皆白骨化していたが、なぜか崩れることは無いようだった。
近寄ってもっとよく見てみようと思ったが、目の前の状況を視界に入れることで精一杯になり、僕の足はまるで動かなかった。
「ああ、起きられたのですね。」
背後から声をかけられ、僕は思わず跳び上がった。ロペスだ。
一体村に何が起きているのか、この花びらは何なのか、あの骸骨は一体何者なのか。
聞きたいことは山ほどあったが、オレンジに染まった村の光景に僕の思考能力は無力化されてしまっている。
結局何も聞かず、ただただロペスと骸骨たちを交互に見やっていた。
ありがたいことにロペスは僕の疑問を察知してくれたようで、聞きたいことは全て答えてくれた。
「この花の名はマリーゴールドです。あなたの国にあるかは知りませんが、少なくとも他の場所ではこのように光ったりなどしないでしょう。このマリーゴールドは普通のものと違い、死者を迎える力を持っているんです。彼ら──つまり死者たちは、毎年この日に蘇る。私たちは祭りを通して彼らをもてなす。いわばこの村独自のルールです。ほら、あちらを見てください。」
ロペスが道の先を指差す。
昼間はただの民家であったはずのそこには、まるでダウンタウンにあるパブのような騒がしい空間が生まれていた。
耳をすますと、軽快な民族音楽まで聞こえてくる。
「あれは死者の酒場です。私たちはたくさんの料理を用意し、楽器を鳴らして死者たちをお迎えするのです。そして死者と言葉を交わして共に食事を摂り、夜明けまでの儚い時間を楽しみます。」
僕はまたしても驚いた。
今度は目の前の神秘現象ではなく、この村の住人たちに。
彼らは死者を恐れるどころか祝い事のように楽しんでいた。
僕の国では「死者の復活」なんてホラー映画のワンシーンだというのに。
きっとこの国は死を恐れるのではなく、生きる喜びを分かち合うことができるのだ。
死を拒否するのではなく、陽気に迎え入れて酒を飲み交わす事ができるのだ。
メメント・モリ。
死を想え。
ヨーロッパ世界においてあまりにも有名なこの警句は、遠く離れたスペインの地で息づいていた。
参考資料: SCP-2861-JPにおける一般的家屋。イベント・ムエルトス中は飲食店のように扱われる(2015年撮影)
「ぐぐぅ。」という腹の音に従って、僕は一軒の死者の酒場に入った。
そこには五人程の生者と十人以上の死者で賑わっていて、多分この村で一番陽気な音楽が流れていた。
席につくと若い女性が近づいてきて、一杯のスープと鶏肉料理を運んできた。
ついいつものクセでチップを出そうとすると、少し怪訝な顔をしてそのまま去っていってしまった。
空港近くの街ではチップ文化があったが、ここは店では無いので必要ないのだろう。
さて、これは何という料理なんだ。
そんなことを考えていると、隣に一人の骸骨が座ってきた。骸骨は羽織っていたジャケットを丁寧に脱ぎ、足元に置いた。
ジャケットはどこか懐かしい雰囲気で、僕はどこかで見ただろうかと首をかしげた。
「こんばんは、お一人ですかな。」
「ええ一人です。いい夜ですね。」
骸骨は少しクセのあるスペイン語を話した。
そうだ、彼なら料理名が分かるかもしれない。
「あの、すみません。この料理の名前って知ってますか。実は僕外から来た人間で、よく分からないんです。」
「ふむ。そのスープはポソレで、その鶏肉はモーレ・ポブラーノですなあ。ここのポソレは絶品ですぞ。」
「それは楽しみですね。教えていただきありがとうございます。ところで貴方のお名前は何と言うのでしょう。」
「申し訳ないが生前の名前は覚えておらぬのです。ただ、普段はジェイコブと呼ばれていますな。」
ポソレとモーレ・ポブラーノ。そしてジェイコブ。僕は心の中でそっとメモを取った。
「旅の方とのことだが、他の国でもこのような祭りはあるのですかな。」
ジェイコブが尋ねる。
「いえ、こんな凄い祭り初めて見ました。あなたもここで一度死んで、毎年一日だけ蘇っているということですよね。一度死んでもまた故郷の人々に会えるなんて……。」
「うむ……はっきり言って生前の記憶はあまり無いので何とも言えないがね。こんなに暖かくて活気に満ちた祭りがあるなら生前も楽しかったでしょうな。」
そう答えるジェイコブの横顔はどこか嬉しげで。
きっと映画の中なら「天国に行けず現世を彷徨う悲しき霊」として演出されるであろうその姿は、僕の国の生者よりも生き生きとした活力を発していた。
ふと音楽が途絶え、別の音楽が演奏され始めた。
その曲は明るさの中に少し叙情的なメロディが混ざっていて、僕はこっちの方が好きだった。
「では旅の方、私はそろそろ失礼させていただきます。」
そう言うとジェイコブは立ち上がり、丁寧に礼をして去っていった。
ジェイコブが去った酒場は少し熱を失ったように見えたが、すぐに熱気と喧騒が湧き上がって空間を満たしきった。
ジェイコブのジャケットは一体どこで見たのだろう。
そんな疑問を頭に残して、僕はポソレの最後の具を口に運ぶ。
そういえば、ジェイコブは帰る時にジャケットを持っていただろうか。
まさか。
気になって視線を足元に落とすと、案の定彼のジャケットが綺麗に畳まれたまま残されていた。
僕は食器を返すと、すぐに酒場を飛び出ていった。
ジェイコブはどこだ。
彼が去っていった方向に足を動かし、ジェイコブの姿を探し求める。
時折足を止めて周囲を見回すが、道行く死者たちは皆骸骨なので見分けがつかない。
試しに「ジェイコブ」と名前を呼んだが、何人もの人々が振り返ってしまった。
当たり前だが、「ジェイコブ」という名前の人などいくらでもいるだろう。
マリーゴールドに覆われた地面に、僕は一人立ち尽くした。
会話をしていた時のジェイコブの顔をできるだけ思い出すが、やはりそれらしい骸骨は見当たらない。
結局その後もジェイコブは見つからず、気づけば夜明けが近づいていた。
せめて彼がジャケット以外の服も着ていてくれれば。
そんな事を思いながら、僕は何となくジャケットのポケットをまさぐった。
すると手が何かに当たる。柔らかい感触だった。
そっと掴んで取り出すと、ぐちゃぐちゃに折れて汚れた何かが出てきた。少し間をおいて、それが一枚の紙切れだと気づいた。
一体何と書かれているのだろう。
見るか見ないかしばらく逡巡したものの、結局僕は好奇心に負けて紙を開いてしまった。
するとそこにはフランス語で一言。こう書かれていた。
「私たちは過ちを犯した。神よ、どうか私達を赦さないで。」
メモはきっと、彼が生前に遺したものだろう
「過ち」
一体生前の彼に何があったのだろうか。
私はしばらく思案した末に、ジャケットの既視感の正体にふと気づいた。
祖父のジャケットだ。
かつてフランス軍人として働いていた祖父は、いつも似たようなジャケットを着ていたらしい。
祖父は僕の生まれる前に死んでいたが、ジャケットは祖母の部屋で大切に保管されていたのでよく覚えている。
ジェイコブのジャケットはあまりにもボロボロだったので気がつかなかったが、よく見ると質感やロゴがそっくりだった。
ジェイコブは僕と同じ海の向こうの人間だったのだろうか。
だとしたらなぜこの地にいるのだろう。僕の見たジェイコブはこの村に染まりきっていて、とても異国の人間とは思えなかった。
謎がより深まるかと思った矢先、僕の思考にコペルニクス的転換が起きた。
同時に、自分があまりにも大きな勘違いをしていたことに気づいた。
全て勘違いしていたのだ。
僕は即座に駆け出し、ロペスの家へと戻った。
「おやどうされました。そんなに急がれて。」
僕の姿を見たロペスが声をかける。
僕はそれを半ば遮るようにして躊躇なく質問を浴びせた。
「ロペスさん教えて下さい。この死者たちは何者なのですか。村の人々ではないのですか。もしかして、元々は外から来た人々だったのですか。」
ロペスはしばらく私を見つめた後、淡々と質問に答えた。
「この日復活する死者の多くは本当にここの住民だった者たちです。しかし一部はあなたの言う通り、外国人です。」
「なぜ外国人がここに……。」
多分僕は既に答えを知っていた。
「それは……戦争のためです。数十年以上前、欲深い人々によってこの国は荒れ果てていました。そこにやってきたのが彼ら──外国の軍隊でした。彼らはこの国を自分のものにしたかったのです。しかしメキシコの勇気ある人々によってその試みは繰り返し阻止され、軍隊は母国へ帰っていきました。しかしそんな最中、数十人の兵士たちが戦地から逃げ延びました。国籍も年齢もバラバラな兵士たちは、ただ生きるために結束してあてのない旅路を彷徨い続け、最終的にこの村へ行き着きました。ちょうどあなたが来たように。」
私は昔学校で習った世界史を思い返していた。
19世紀はメキシコにとって、保守と革新の狭間で揺れ動く激動の時代であった。
巻き起こった戦火はフランス帝国とアメリカの代理戦争を招き、フランス帝国による干渉戦争(メキシコ出兵)へと繋がっていった。
「突然村に現れた兵士たちは、銃を使って村人を支配しました。とはいえ、兵士たちは穏やかでもありました。皆戦争に疲れていたので、お互い暴力は避けていたのです。村人は少ない食料を何とか兵士たちに分け与え、見返りに兵士たちは労働力を村人に与えました。しかし、戦争という狂気はそんな状態を許さなかったのです。穏やかな関係はあっという間に崩れていきました。」
「一体何が起きたのです。」
ロペスは悲しげに目を伏せ、絞り出すように話を続けた。
「メキシコと海外との戦争は激しさを増し、互いにどんどん兵士を投入していきました。その過程で、とうとうこの村の近くに両軍がやって来たのです。彼らはやはり疲れ果てており、どちらも狂気に駆られていました。村の兵士たちもその狂気に飲み込まれ、やがて村のあちこちから銃声が聞こえるようになりました。自衛のために村人たちは武器を奪い、争いは加熱していきました。先祖に曰く、まさに地獄そのもののような情景だったそうです。やがて戦争は私たちから去っていきましたが、杜撰な墓標と哀しみはいつまでも残されました。────村はもはや、適切に死者を葬る力さえ持っていなかったのです。」
参考資料: SCP-2861-JP近辺にある墓の一例。同様の墓は複数箇所で見られる(2015年撮影)
ロペスは私を村はずれの場所へ導いた。
そこには無数の十字架が風に吹かれるままになっていた。
「ここには数百の死者が眠っています。どの国の人間かはもはや問題にならないほどの数の死です。あまりの死者の多さに、私の先祖はもはや一般的な弔いはできないと悟りました。そして、個々を弔うのではなく、古来の死生観に沿って弔うと決めたのでしょう。」
「それからの詳しい経緯は分かりませんが、いつしかこの村では死者が蘇るようになりました。そして、私たちは悲しみではなく喜びをもってそれを迎えるようになりました。宗教的に正しく弔われた訳ではない死者たちはきっと永遠にこの村を彷徨い、生前の記憶を失っていくのでしょう。しかしそれは悲しみに満ちた死の記憶を消し去り、陽気で楽しい記憶だけを与えることもできるということです。」
ロペスの言うことは衝撃的ではあったが、確かな納得感を伴っていた。
きっと、悲しむだけが"死"ではないのだろう。
苦しみを後世に伝えることだけが祈りではないのだろう。
教会で十字を切り、神の赦しを願うだけが弔いではないのだろう。
気づけば朝日が山際に顔を出し、僕たちを照らし出していた。
いつの間にやら朝になっていたようだ。
ロペスは僕にもう帰るよう言った。祭りは終わり、ぼくが泊まれる理由は無くなったということだ。
そして、ロペスはこう言い残した。
「もしかしたら、あなたはこの村の事を人々に広く伝えようとしているかもしれません。しかし、出来ることなら私たちはそうして欲しくないのです。人々に広く伝わることでこの村に撒かれた罪が露見していくことは、更なる争いを生み出すような気がしてなりません。この村の人々は誰も恨まず、先祖の遺した罪と犠牲を胸の片隅に置いてただ生きていきますから。そっとしておいてほしいのです。」
つまり、彼らは過去のことで争ったり、残虐な行為と向き合って悼むことはしたくは無いということだ。
悲惨な殺戮はマリーゴールドの下に覆い隠して、あの陽気で華やかな祭りだけを残していく。それがこの村の選択なのだ。
それはきっと一つの正しい選択だから、僕は非常に悩むことになった。
本音を言うと僕は、帰ったらすぐにでも手記を清書して本に仕立てたいくらいだった。
しかしそれは住人たちを──さらに言えばここで死んだ軍人たちを無視するような行いではないかとも考えた。
僕は迷った挙句、結局この手記だけを残すことにした。
きっとこのまま手記まで消し去れば、あの村の死者たちは村の存在ごと忘れ去られていくだろう。たとえ村が無くならなくとも、祭りの真意は消え失せて、単なるホラー映画のワンシーンのような形で「再発見」されるかもしれない。
そんなことは耐えられなかった。
この行動は僕のエゴに過ぎないが、しかし覚悟を持った行動でもあった。
この手記は僕の机の一番目立たないところにひっそりと置いておく。きっと僕がどこかの旅先で死ぬ頃に発見されるだろう。
その時どうなるかは予想がつかない。
でも、僕はこの世界を旅していく中で人類のことが割と好きになっているし、だからこそ信じたいと思う。
きっとこの時代の人々は、過ちに向き合う強さを持っているから。



