特別収容プロトコル: SCP-2965-JPはその具体的な作成方法を記録した物理的複写のみが保存されています。また、SCP-2965-JP-Aはサイト8181の標準人型収容室に収容され、1日3回の食事が定時に提供されます。SCP-2965-JP-Aが腹痛を訴えた際は、その後3日間の排泄物を回収して異常性が発現していないことを確認し、必要に応じて担当医による診察と薬品の処方を行ってください。SCP-2965-JP-Aが新たに発見された場合も同様に収容し、関係者に対してはカバーストーリー「感染性の消化器症状」を流布してください。PoI-3560の捜索は優先事項であり、可能な限り早期に所在を特定し収容してください。
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SCP-2965-JPの構成要素のひとつである徳川家康三方ヶ原戦役画像。 |
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説明: SCP-2965-JPは異常性を後天的に付与された徳川家康の肛門の概念です。SCP-2965-JPは単独で認識されると、一般的な徳川家康の肛門の概念と比較して「味噌の匂い」「歯軋りの音」「漠然とした後悔」「雪が降る光景」の感覚との関連性が強固であり、「征夷大将軍」「江戸幕府」の概念との関連性がやや弱いことが分かっています。また、SCP-2965-JPは単独では概念強度と安定性が低く、意識的に認識されなければ1時間程度で分裂し、認識されるのみでは異常性を発現しません。
SCP-2965-JPと結び付けられた人物(SCP-2965-JP-Aと指定。)は、他者から「自身が辛酸を舐めた経験・記憶」についての情報を伝えられると、3分から5分後にNRSスケール61に相当する中程度の腹痛と便意を催し、直後に約200グラムの非異常性の豆味噌を肛門から排泄します。SCP-2965-JP-Aに対して大腸内視鏡検査を実施した結果、この豆味噌は腹痛による腸全体の蠕動運動に伴って唐突に下部直腸内に出現することが確認されています。なお、SCP-2965-JP-Aと面談し経験や記憶を伝えた人物は、約半数で心理的ストレッサーに対するストレス耐性が向上することが確認されていますが、これがSCP-2965-JPの異常性によるものかは現時点では分かっていません。
SCP-2965-JP-Aによって生成される豆味噌は概ね一般的に流通している製品と同様、大豆、塩化ナトリウム、ニホンコウジカビ(Aspergillus oryzae)を主成分として構成されていますが、微量のアルブミン、グロブリン、リゾチームが検出されています。これらの成分がSCP-2965-JP-Aに由来するのか、他の要因によって混入しているのかは現時点では不明です。
現在確認、収容されている唯一のSCP-2965-JP-Aは、28歳の日本人男性である金堂 勉 氏であり、F331事案の影響を受けていることとSCP-2965-JP由来の異常性を除けば一般的な成人男性と差異はありません。SCP-2965-JP-AはSCP-2965-JPの異常性について、要注意団体Are We Cool Yet?構成員である金光 浩二 氏(PoI-3560に指定。)の関与について証言しており、調査と捜索が継続されています。
SCP-2965-JPは2019年に大阪府内で開催された美術展覧会で実施された、「大便を排泄して配布するインスタレーション作品」の動画と感想がSNS上で話題となったことで発見されました。
映像記録
日付: 2019.7.25
注記: 本記録はSNS上にアップロードされていた、SCP-2965-JPのパフォーマンスの様子を撮影した動画である。この時点ではF331事案の影響が拡大しておらず、撮影された人物は全員正常な情動を保持していた。また、オンライン上の記録は全て削除された。
[記録開始]
0:00: SCP-2965-JP-Aとデスクを挟んで向かい合わせに座る30代前後の女性が写る。展示ブースは小部屋のようになっており、全面白い壁で前述2人の座るデスクと椅子のほか、画面奥にはパーテーションで仕切られた一角と、約1メートルの高さのレトルト釜、そしてカセットコンロなどの調理器具が置かれた小さいキッチンスペースが設置されている。
0:02: SCP-2965-JP-Aと女性が会話をしている。その後の調査で、この時の会話では女性が自身の離婚経験についてSCP-2965-JP-Aと話していたと判明している。
0:45: 女性が肩を震わせている。女性はSCP-2965-JP-Aに向けて「ありがとうございます」と声をかけている。SCP-2965-JP-Aはそれに応じて返事をするが、青白い顔で脂汗を流しており落ち着きなく立ち上がろうとしている。
0:55: SCP-2965-JP-Aは女性に「すみません、少々このままお待ちください」と言うと、パーテーションの奥に移動して姿が見えなくなる。
1:08: パーテーションの向こう側で衣擦れのような音と、SCP-2965-JP-Aが痛がって低く呻く声が聞こえる。
1:19: パーテーションの向こう側から排泄音が聞こえる。先ほどまで話していた女性を含む来場者らが小さく悲鳴を上げ、展示から距離を取る。
1:58: SCP-2965-JP-Aが銀色のボウルを持って再度現れ、キッチンスペースに移動すると、手を挙げて来場者を制止する。
2:20: SCP-2965-JP-Aはボウルの中に排泄された味噌をアルミパウチに封入し、レトルト釜に投入してスイッチを入れる。その後キッチンスペースに移り、コンロに掛けられている鍋の中にボウルから味噌を入れて溶かしている。
3:55: SCP-2965-JP-Aが鍋と汁椀、箸を持ってデスクに戻ってくると、鍋から味噌汁を取り分けて女性と自身の前に配膳する。SCP-2965-JP-Aが「これはあなたの辛い経験です。私と一緒にその経験を消化し、あなた自身のものにしましょう」と語りかけて飲み始めると、女性も躊躇いながら味噌汁に口をつける。
5:32: レトルト釜のブザーが鳴る。女性は飲み終わって目頭を押さえている。
5:55: SCP-2965-JP-Aがレトルト釜からアルミパウチを取り出して女性に手渡す。その際、SCP-2965-JP-Aは「どれほど辛くてもそれはこの程度のものです。こだわってはいけません」と語りかける。女性は涙を拭きながら礼を言うと、その場を立ち去る。撮影者と思われる男性の「いや、何言うとるのん」という声が入る。
[記録終了]
本事案の後、「公然わいせつ罪および食品衛生法違反の容疑」のカバーストーリーの下、収容スペシャリストチームが動員され、2021年10月にSCP-2965-JP-Aの収容に成功しました。この際にSCP-2965-JP-AがF331事案の被影響者であることが確認され、以下の資料が回収されました。
インタビュー記録
回答者: SCP-2965-JP-A
質問者: 小見研究員
前書: 本インタビューはSCP-2965-JP-Aの収容直後に実施されました。SCP-2965-JP-AはF331事案の影響を受けており、負の感情を認知できないことに留意してください。
<記録開始>
小見研究員: こんにちは、SCP-2965-JP-A。お加減はいかがですか?
SCP-2965-JP-A: あ、こんにちは!いやいや、お陰様でこの通り何事もなく。変わったあだ名までいただいてしまって!
小見研究員: えぇ、それは何よりです。では少しお聞きしますね。我々があなたを回収した前後のことを教えていただけますか?
SCP-2965-JP-A: はい。えーと、皆さんにお会いした数日前から、ルームシェアしてる金光さんの姿が見えなくなって。あぁ、金光さんは作家仲間でして!大学の同期だったんですが、何の因果か卒業後も一緒に制作することになったんですよ。面白い奴でしてね……。
小見研究員: SCP-2965-JP-A、そこは後でお聞きしますのでその先を。
SCP-2965-JP-A: はいはい。それで、えー、なんかやったらしかめっ面しながらうちに入ってきて、来るなり途中で事故に通りがかったとかなんとか言いだして。そんなら、跳ね飛ばされた勢いで天国まで行ったんやろーなんて話してるうちに、お腹が痛んできたもんで。話したと思いますけど、僕ちょっと特殊な体でして、最近はあんまりそういうこともないですけど、味噌出せるんですよ。面白いでしょ?
小見研究員: SCP-2965-JP-A、続きを。
SCP-2965-JP-A: えーっと、なんかそんなこと話してる間に金光さん飛び出してっちゃって、それっきりですね。それから数日して皆さんに会ったってわけです。
小見研究員: いや、その、金光さんはその後どちらへ?
SCP-2965-JP-A: えっ?わかんないですね。ふらっとどっかに旅でも出たんじゃないですか?作家同士ですから分かりますよ、なんだかそういう気分になることもありますから。小見研究員: どこに行ってくるかとか、聞いたりはされなかったんですか?
SCP-2965-JP-A: 男同士、そんなこと言わなくたって分かりますよ!自分探しってやつでしょうから。そのうち戻ってきますよ。最近はあいつも特にカリカリしてましたから、きっと気分転換してリフレッシュってなもんでしょう。僕も久しぶりに温泉にでも行って……。
小見研究員: ……インタビューを終了します。
<記録終了>
資料: 回収されたSCP-2965-JP関連資料
企画案2021-031:“別段結構”
名前:カネミツ・コウジ カネドウ・ツトム
題: "I'm cool. " / “別段結構”
必要素材:
- 成人男性 1名
- 『徳川家康三方ヶ原戦役画像』複製画(原寸大)10枚
- 大黄甘草湯2 15グラム
- 人中黄3 15グラム
- 豆味噌 200グラム
- 食用菊 500グラム
- 抽出および乾燥設備一式
- 概念選択性フィルター 1組
- 小型レトルト釜 1台
要旨: “別段結構”は、1603年に江戸幕府を成立させた武将、徳川家康の肛門という概念を中心に再構成した概念作品である。この概念を人間と組み合わせることで、コンセプチュアルアートとしてインタラクティブなパフォーマンスを成立させる。
各素材を混ぜ合わせエキスを抽出、乾燥させた後、これを媒体に『しかみ像』として有名な徳川家康の肖像から分離した「徳川家康の肛門」概念を移植する。これを人間に服用させることで、概念的な結合が可能である。作品と結合した人物は、他者の哀しい、あるいは辛い経験についての情報を、体内で「徳川家康の肛門」概念と混合させることで物質化させ、その出力物として豆味噌を一般的な用便と同様に排泄する。
“別段結構”の展示場所は一般的なカウンセリングルームのように、白壁の部屋内にテーブルやチェア等を配置するほか、作品と結合した人物をカウンセラー役として座らせる。来館者には一般的なカウンセリングと同様に会話をすることが推奨され、豆味噌の排泄の完了後はその場でレトルト加工を行い真空包装と滅菌処理をして持ち帰ってもらう。
意図: 本作品は、成長に伴う「痛み」、あるいは成長や成功の基盤を為したと後知恵的に言われる「苦い経験」を脱文脈化し、その意味を無化することが目的である。実際のところ、辛いことなど別に無いなら無くても構わないはずだ。辛い経験をせずに成功するのが最良であるに決まっている。しかしながら、人間である以上社会生活で辛いことは起きうるし、それを完璧に防ぐことなどできようはずもない。そのために人間は辛い経験に直面すると防衛機制が働き、「この経験が自分を作っている」と理由付けをしたり、あるいは後から「今の成功のためにその経験が不可欠であった」と意味づけをしたりするものだ。しかし経験は経験でしかなく、それがあったからと言って成功出来たかは本来分からないはずであり、逆に言えばその経験が無くても成功したかもしれない。全ては後知恵だ。
『徳川家康三方ヶ原戦役画像』は、1573年の三方ヶ原の戦いで武田方に大敗したショックのあまりに脱糞した家康の姿を、当人がその悔しさを忘れないためとして描き付けさせたものと言われている。しかして、これこそ後知恵の最たるものだ。三方ヶ原に勝っていても家康は天下を統べたかもしれない。むしろ負けていなければ兵員を失わず、武田方の滅亡を早めていたかもしれない。
辛い経験であっても、それはそのまま受け取るべきであってそれ以上の意味を付加させることはない。クソほどのものではないにしろ、それは自分の体を形作るもの、日々の食物くらいの意味でしかない。辛いことがあればそこに固執せず、自分が別の方向で成功することを志向し、逃げるなり行動を起こすなりすべきだろう。まさにこここそが文字通りこの作品の味噌であり、経験をあるがまま自分の身とする、経験を消化する、それらの象徴としての『味噌』である。
かの岡本太郎御大は、先の万博で「進歩を称揚しながら、同時にそれを否定する」という離れ業をやってのけた。御大ほどのことは出来ずとも、21世紀の今にせめて「人間は歩んでいかねばならないのだから、躓く石は避ければよい」ということを示したい。
付記: 2021年10月追記。ここのところの世界はめっきりイカれちまった。どいつもこいつも怒りもしなけりゃ泣きもしないから成長もクソもあったもんじゃない。面倒くさいだの羨ましいだの辛いだの思わないせいで、現状を改善しようとか今の状況から逃げようなんて考える奴がいなくなっちまった。何が起きてる?
正直なところ、以前この作品の構想を練ってた時は純粋にここに書いてあるようなことを思ってた。辛い思いなんてクソ食らえだし、できることなら味わいたくない。楽して結果出すことを善とするわけじゃあないが、楽に結果が出るならそのほうがいいし、そういう成功体験でも良しとするように価値観が変わっていけばいいのになんて考えだった。あの作品を発表した時のこと、味噌汁を渡した時のさも不快そうな顔と、レトルトのパックを渡された時の打って変わってすっきりした顔を思い出す。味噌糞な経験は一度直視したら後は消化して終わりだって、そういう主張を受け入れてくれた人がいたことは嬉しかった。
だが、辛い思いをする奴がいなくなってどうなったかって言えばこの有様だった。今朝見た交通事故現場なんて酷いもんだった。80キロ近く制限速度オーバーの車が小学生の登校の列を跳ね飛ばした現場で、警察と犯人と遺族が全員ヘラヘラ笑ってた。通りがかった俺だけがイライラしてた。こんなことでも誰も何も思わないのか。きっとあのドライバーは、申し訳ないと思わないから早晩また誰かを轢くだろう。あの遺族は子供を失った悲しみを持たないから、今日の夕方には我が子のいない学校に笑って迎えの車を出すだろう。あの警察は誰の思いも背負わないから、同じようなことがあっても軽口を叩いて現場に行くだろう。誰も省みない。誰も進歩しない。
金堂もそんな有様だった。怒りに任せてあいつにそのことを話してたら、味噌をひりだしてニヤつきながら俺に差し出してきた。「何そんな叫んでんのかよくわかんないけど、また味噌出たから今日の昼は味噌味の鍋にしようぜ」なんて。聞いた瞬間、体の力がふっと抜けた。お前だけは、分かってくれると。そう思ってた。俺たち2人は主義主張を同じくして一緒に立ち向かってきた仲間だと、そう信じさせてほしかった。俺のこの思いはもうどこにも振り下ろせない。言葉にも、作品にも。そうしてるうちに、あいつはまた味噌を出してやがった。そうだな、今日は味噌鍋だな。No, I'm cool.腹と頭は大丈夫か?クソッタレ。
この作品が失敗なのか成功なのかはわからない。だが、少なくとも、もう俺はこの作品と向かい合うことができない。
本資料の記述からPoI-3560はF331事案の影響を受けていないと考えられ、その特異性のため優先的な捜索が続けられています。