SCP-3003-JP
評価: +81+x
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3/3003-JP LEVEL 3/3003-JP
CLASSIFIED
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Item #: SCP-3003-JP
Keter
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かつて空想されたテラ・アウストラリス・インコグニタ (地図下部)。

戦略的行動プロトコル: 現在、SCP-3003-JPの完了を阻止するために、オペレーション・ヒロイック・エイジ (詳細は補遺を参照) が進行中です。作戦完遂まで、同作戦に従事している財団職員は各命令に従い行動してください。

説明: SCP-3003-JPは、2021年12月3日に始まった南極大陸の疑存海 (下記を参照) への離脱と、それに伴って南極地域1で発生している異常現象の総称です。SCP-3003-JP現象は多岐に渡りますが、全体に通じる特徴として「主に南極圏にいる者によって観測される」ことと「南極圏外からはほとんど、あるいはまったく観測されない」ことの2点が挙げられます。各異常現象については、別紙 (2021/12/23更新) を参照して下さい。


補遺3003-JP.1: 事態発覚経緯 / 作戦概要

SCP-3003-JPという南極大陸の疑存海への離脱イベントの発生予測は、SCP-3003-JP開始予測日時の8日前である2021年11月25日に、幻島国同盟から財団に共有されました。

共有は、疑存海サタナーゼス悪魔島で開かれた財団-幻島国同盟間の会談内でなされました。以下は会談の記録です。

Record 2021/11/25

悪魔島/サタナーゼス秘密会談


メンバー:

  • 日本支部七号理事 "鵺"
  • Op. ドリームタイム 諜報部門長 花筐はながたみ ならべ
  • フリスランド島主 ヴィクディス・シグルダルドゥティル
  • グロークラント島主 レイフ・ノルダル

付記: 会談は、疑存海の島嶼でありつつも幻島同盟から脱退した過去を持つ、財団・幻島国同盟どちらの勢力圏にも属さないサタナーゼス悪魔島の都市・アライアリスにて開かれた。会議が対面で行われたのは、鵺の強い要望を一因としている。

会談が行われた部屋はサタナーゼス悪魔島が保有する遺物<丁斎T-Room>である。この部屋の中にいる人間は嘘をつけず、互いを傷つけることもできない。会談は特別な注記がない限り英語で行われた (以下の音声記録においても同様)。


レイフ: [日本語で] こんにちは。

鵺: [日本語で] ん、ええ、こんにちは。……日本語を?

レイフ: [英語で] いえ、挨拶程度です。最近アンソン多島海での式典に参加する機会があったものですから。

ヴィグディス: もっと出不精だと思っていたが。

レイフ: アートの祭、芸術の島・グロークラント島主としては行かざるを得ません。

ヴィグディス: では、芸術とはまるで関係ない同盟外の国までグロークラント島主にわざわざご足労いただき誠に感謝を。勿論財団の皆様にも。サンディ島の地下深くから、ね。

花筐: 随分とお詳しい情報まで。最早オペレーション・ドリームタイムのことを隠すべくもないということですか。

鵺: 仕方ない。元より一新すべきだった、旧時代の遺物だからね。

レイフ: [笑みを浮かべて] は、は。そろそろ本題に入りましょうか。

花筐: では。3年前からの話になりますが同作戦は  

ヴィグディス: [遮るように] いや、そうではない。より緊急の事態についてだ。

鵺: 緊急の事態とは?

レイフ: 私から説明したほうがいいかな、ヴィグディス。[ヴィグディスが頷くのを待って] さて、私たちグロークラントの保有する最大の「遺物」は知っているでしょう?

花筐:丁球T-Ball>、あるいは「トゥーリーの偉大球」とも呼ばれるものですか。

レイフ: その特性は?

花筐: 民間にまで伝わっている情報としては、球上に書かれた地図に、疑存海で起きるだろう事件を映し出す能力。ただし、予知できるのは約30分後の出来事のみかつ、能力が及ぶ範囲は幻島同盟の領域内に限られる、と。

ヴィグディス: 表向きはな。

レイフ: あなたもつい最近まで知らなかったでしょう  実際の<丁球>はいくぶん高度な能力を持っています。「財団」の作戦を垣間見ることが出来たのにも一役買っていますね。

鵺: 伝えられているよりも強い力、ままあることですが。それで、<丁球>が緊急の事態を予知した、と?

レイフ: まさに。疑存海北部諸島に属しながらも、実存南極半島の東はウェッデル海に浮かび続ける幻の島。ニュー・サウス・グリーンランドが、最初の事件現場になります。[実存南極海の海図を広げ、参加者に見せる]

antarctica-2

海図の示していた領域 (左が南ア大陸、右が南極大陸)。赤丸が実存世界におけるニュー・サウス・グリーンランドの位置。

ヴィグディス: 今から8日後。ニュー・サウス・グリーンランドは実存世界との接続を絶たれる。

レイフ: 時を同じくして、私たちの幻想の海、疑存海に新たな地が浮上します。名は、南極大陸。

花筐: 南極大陸? いえ、我々の情報によれば、疑存海の南極圏には……アウストラリス・インコグニタと呼ばれる、強大かつ鎖国状態の国がある、と。

レイフ: アウストラリス・インコグニタ。ええ、確かに存在しますが、それも1週間後までのこと。その大国は疑存海をも離脱し、その結果として「埋め合わせ」のように実存南極大陸が私たちの海に現れます。我々の世界でも、あなた方の世界でも、激しい気候変動に端を発する大災害が起こるでしょう。

鵺: そして南極大陸は現実世界から消え去るのですか、地球温暖化を待つ必要もなく。

花筐: 隠蔽は不可能でしょうね。8日の間に消失を阻止することはできませんか?

レイフ: 残念ながら<丁球>の予知は絶対、例外はこの数百年にただの一つもありません。

鵺: その警告のためだけの会談ではないでしょう……例外はあらずとも次善策はある、ということでよろしいので?

ヴィグディス: 話が早い。南極大陸は幻想に沈まんとする。これを変えることはできないが、一瞬で転移が終わるという訳ではない。

レイフ: 我々の見通しでは、事態はおよそ1か月弱をかけてゆっくりと進行します。実存世界の南極は徐々に消えていく。疑存海の南極は徐々に実体化する。その流れをき止めれば、転移は収束するでしょう。

花筐: 現実性強度が関係する……? 例えば、スクラントン現実錨を使った現実性の安定化がその「流れの堰き止め」に当たるのでしょうか。猶予はあります、南極各地に航空機で輸送すれば  

レイフ: 残念ながら、その手段では不可能でしょうね。

鵺: それは何故?

ヴィグディス: 「堰き止め」は儀式的である必要がある。丁度君たちのサンディ島が実存世界を離脱したときのように、そして我々がトゥーレの遺物の力を使って疑存海に来た時のように。

鵺: サンディ島の実存世界離脱時に行われた同島の疑存化工作はある種儀式的とも言えますが、あまりに規模が異なります。儀式的である、とは具体的にどの程度のことを指すのですか? よもや、子供を燔祭の生贄に捧げよとは言わないでしょう。

レイフ: まさか。私たち幻島同盟にとって、疑存海にとって、大きな意味を持つ行為  すなわち、発見と制覇こそが最大の儀式になり得ます。

ヴィグディス: かつて現実世界においても南極は前人未到、幻の大陸だった。そして1カ月後、再び南極は幻の大陸に帰り始める。幻想に沈まんとする南極大陸を発見し、氷雪の荒野を制覇し、極点に旗を立てよ  南極踏破の再演、それこそが大陸を現実世界につなぎとめる錨となる。

鵺: 作戦の詳細について検討する前に、一つ聞いても?

レイフ: もちろん。

鵺: アウストラリス・インコグニタの「離脱」とはどこに向けたものなのですか?

レイフ: 確証はないですが、目ぼしい仮説はあります。

ヴィグディス: かの国はいずこへと消え去り、代わりに南極大陸が疑存海に浮上する。これに似た現象が、かつてあった。

花筐: その現象とは?

ヴィグディス: 君たちも知っているはずだ。

鵺: ……トゥーレ。

レイフ: その通りです。私たちの先祖と島をこの海に導いた彼らは、同盟が確固たる形を成してからというもの姿を消して久しい。

鵺: すなわち、トゥーレが現在の幻島国同盟となる島々をこちら側の世界に転移させたのは、トゥーレ自身が疑存海から更にどこか別の場所へと移動するためであり、今アウストラリス・インコグニタもかつてトゥーレが旅立った場所へと行かんとしている、と。

ヴィグディス: それが我々の推測だな。未だ仮設の域を出ず、一般にも発表されていないがね。

花筐: 現在も幻島国同盟内において、「トゥーレの帰還」はキリストの再臨のように待ち望まれている、というのが我々の見解でしたが。

レイフ: 年月の経過、知識の蓄積、芸術の発展によって新しく見えてくることもあります。つまるところ……トゥーレは絶対的な調停者や全能の造物主ではなく、私たちと同じ人間だったのではないか、と。

ヴィグディス: 概略はこんなところか。さて、そろそろ昼食会にしよう。そちらでも検めたいことや話したいことがあるのだろう?

この情報提供を受け、オペレーション・ヒロイック・エイジが起草されました。3段階からなる同作戦の概要を以下に示します。

オペレーション・ヒロイック・エイジ

計画概要抜粋


第1段階 / イェルコ作戦: 南極大陸各地の観測基地に滞在している一般の研究者およそ5000人を避難させる。

第2段階 / ミスティシート作戦: SCP-3003-JP発生後、財団の保有する原子力砕氷船「ヌイーナ」で南極大陸ロス海のロス島、現マクマード基地に接岸する。

第3段階 / ヒロイック・エイジ作戦: マクマード基地から雪上車を使って移動し、南極点に到達する。


ルート詳細: オーストラリア南東・タスマニアのホバート港から南に航行し、現マクマード基地に接岸する。その過程で「吼える40度・狂う50度・絶叫する60度」と呼ばれる、風速及び波高の非常に激しくなりうる海域を通る必要があるが、ヌイーナはこれを超えられるように設計されている。

ロス海には大陸地殻に定着した巨大な氷が張っている。これはロス氷棚と呼ばれ、平均的な厚さは約200mである。棚氷と繋がっていない海氷を砕きながらヌイーナは進み、ロス氷棚直前に浮かぶ火山島・ロス島のマクマード基地に接岸する。同基地は南極大陸沿岸に存在する既知の中で唯一人工的に作られた埠頭を持っている。

上陸後は雪上車を使い、南極点に建設されたアムンゼン・スコット基地への物資補給用道路であるマクマード-南極点道路を進む。この道路は舗装こそされていないが、雪は均されクレバスは埋め立てられており、通行が比較的容易である。道路はロス海の棚氷上を南東に伸びたあと、南極横断山脈のレベレーツ氷河を登って南に転じ、南極高原を極点まで進む。


補遺3003-JP.2: イェルコ作戦

オペレーション・ヒロイック・エイジの第1段階であるイェルコ作戦は、SCP-3003-JP発生予定の2日前である、2021年12月1日に完了しました。以下は作戦結果の簡易報告書です。詳細はこちらを参照して下さい。

Op. ヒロイック・エイジ 第1段階

イェルコ作戦


目標: 実存南極大陸からの、一般の研究者らの退避

作戦期間: 11月26日 ~ 12月1日

作戦状態: 完了

経過概要: 作戦開始時点で南極大陸は夏期であり、一般の研究者ら計4115人が各地の観測基地などに滞在していた。

撤退は主に航空機でなされ、その際にはカバーストーリー「政変その他による研究の打ち切り」「小規模隕石の落下予測」「史上最大の暴風雪による研究所幽閉の回避」などが記憶処理と併用された。

退避が最も遅れたのは、みずほ基地からドームふじ基地に移動していた日本のドーム旅行隊である。同隊は11月16日にみずほ基地を雪上車で出発するも、激しく続く暴風雪の影響で停滞を余儀なくされ、ドームふじ基地に到着したのは12月1日であった。その後、航空機で既に到着していた財団職員の退避勧告により、旅行隊の撤退が始まった。

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現在運営されている南極観測基地の一覧。


補遺3003-JP.3: ミスティシート作戦

以下は、2021年12月3日から6日にかけて、原子力砕氷船「ヌイーナ」船長のジャヤ・チャップマンが記した航海記録の適用です。正式かつ専門的な航海日誌は別紙を参照して下さい。

ヌイーナ 航海記録

船長 ジャヤ・チャップマン


2021年12月3日午前10時 (UTC+122)、SCP-3003-JPのイベント開始とほぼ同時に南緯42度53分・東経147度20分のホバート港から出港して、南南東に向かう。風速は北北西から南南東に秒速5mほどで、波はまだ低い。各々は交代で休息を取り、船は二十四時間休まず進む。

船速はおよそ24ノット、すなわち一日に進める距離はおよそ1000km超。船の目的地であるロス島まではおよそ4200kmの航路だが、最後の1000kmは海氷を掻き分けつつ進まないといけないため、大幅に速度が落ちる。

できる限り早く着く必要はあるものの、過剰に気を張ったとて船が速く走る訳でもない。皆によく休息をとるように伝え、自らも休む。


2021年12月4日午前10時に南緯52度10分、東経151度21分を通過。快晴ではあるが波が高く、最大で4mほど。午後6時には氷山をこの航海で初めて視認する。事前の衛星データもあったため僅かな航路の修正で避けつつ、変わらず南南東を目指す。


2021年12月5日午前10時に南緯61度26分、東経157度35分を通過。雪が強く降っており、波はやや高めで3.5mほど。揺れる船上で積もった雪をかく作業は重労働であるため、甲板員には特に不評な天気だった。


2021年月12日6午前2時に南緯66度4分、東経162度39分を通過。南極圏に入る。太陽こそ水平線下に沈むものの、十分に緯度が高いので薄明状態を経てまた太陽が昇る。この先の海域では波高が著しく高いとの情報が衛星から入るが進み続けると、午前南空に巨大なロール雲が視認された。

財団気象学部門によると、この雲は何層にも渡ってドーナツ状に南極圏全体を囲っており、その発生原因はSCP-3003-JP発生に伴う、南極圏の急激な寒冷化にあると推定されている。冷気が漏れ出して起こった巨大な対流が作り出した雲ということだ。

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ロール雲。この写真が撮られた数分間のみ、海面は鏡のように滑らかだった。

先述の波高もそれに由来している。この付近では水温も低下しているため、極圏のより冷たくなった水は沈み込み、水面付近での水の流れは北から南に向かう。対して水面付近の空気中では、極圏の空気の方が著しく冷たいので、南から北への風が吹く。つまり海流と風向が逆になり、これの影響で激しい波が立っているとのことである。

全ての機材や車両、荷物及び自身の体を厳重に固定するように伝え、南緯66度線を超える。およそ6分の間急激に凪いだ海面を進んだのち、ヌイーナは嵐の中に突入した。

波高は18m、船の傾きは49度にも達する暴風圏の航海は12時間50分続いた。

船体や積載物への損害は軽微だったものの、機関士の1人が工具で擦過傷を負い、甲板員の2人が軽度の打撲を負った。機動部隊シグマ-8の面々はその多くが激しい船酔いに苦しんでいる。そして一番の問題は、南極点へ向かう予定だった部隊長が左足を骨折してしまったことだ。

船室で1人寝ていた彼は揺れに対応するために、自らの体を付属のベルトでベッドに縛り付けつつ寝ていた。しかし体勢の問題か、左腕が激しく痺れた状態になる。体の向きを変えるなどしても一向に痺れがおさまらない状態で、痺れも相まって急な嘔吐感を覚え、未だ船が激しく揺れ続けている中洗面所に行った帰りに転倒したのが原因だった、と本人は語った。

大陸上での移動は雪上車を使うとはいえ、足を骨折したまま任務を遂行することには大きなリスクがある。規定通り、副隊長だったジャネット・サッチャーが隊長を務めることになった。

嵐の大洋を抜けると、英雄時代の先駆けである3島が私たちを見送っていた。1839年、南極圏に存在する土地で初めて人類の上陸を許したバレニー諸島だ。更に約4時間ほど進むと、遂に南極横断山脈の山々が、蜃気楼の影響もあって視認された。南極大陸の存在が確かに我々の隊によって観測されたのだ。

この後2日間にわたるロス海での砕氷の後、2021年12月9日に、マクマード基地から約480km離れた位置を航行していたヌイーナから緊急連絡がありました。内容は「マクマード基地の方向に噴煙が見える」というもので、即座に緊急会議が開かれました。

Record 2021/12/9

ロス海上緊急会議記録


メンバー:

  • 砕氷船「ヌイーナ」船長 ジャヤ・チャップマン
  • 同船 一等航海士 チャールズ・シェン
  • サイト-8181 通信士 有根ありね 純秀すみひで

付記: SCP-3003-JP対策チームの管制はサイト-8181に位置する。疑存海に存在するサイト-8188につながるポータルを有するサイト-8181が、同地との連絡の利便性を考慮して選ばれた。有根通信士は、対策チーム全員からの情報を受け取っている。

エレバス山は標高3,794mの活火山で、ロス島を作った火山の1つである。英国軍人・探検家のジェイムズ・クラーク・ロスによって噴煙が出ているところを発見され、名づけられた。


チャップマン船長: 緊急会議を始めよう。今後の航路をどうするかについて。

有根通信士: はい。確認ですが「噴煙が見える」と。

シェン航海士: その通りです。方向を考えると南方480kmに位置するロス島火山・エレバス山以外にはないでしょう。しかしその場合、水平線までの距離を勘案すれば、噴煙は16000m以上にまで上がっていることになります。

有根通信士: エレバス山は普段ストロンボリ式噴火、すなわち小規模な噴火を定期的にしています。ロス島は火山島ですが、このためにマクマード基地が安全に建てられています。成層圏まで噴煙が上がっているということはプリニー式噴火……ポンペイを滅ぼしたヴェスヴィオ山と同じ形式です、マクマード基地への接岸はできないでしょう。

チャップマン船長: 航路を南東に向け、ロス棚氷のドゥフェック岸付近で定着氷に接岸するというのは?

シェン航海士: 接岸後はエレバス山に近づきすぎないようにしつつ南西に向かえば、マクマード-南極点道路に途中で合流できるでしょう。どの程度を安全圏とみなしていいでしょうか?

有根通信士: はい、おおよそエレバス山を中心に  少々お待ちください。

チャップマン船長: うん?

有根通信士: 衛星からの画像では、噴煙は確認されていない、と。

シェン航海士: いいえ、こちらからは明らかに見えています。

チャップマン船長: 今も確かに見えている。ここにいる者のみでなく、他の船員にも。

有根通信士: 現在の座標を、改めて教えて頂けますか。

シェン航海士: はい、ヌイーナは南緯73度30分、東経173度60分にて連続砕氷航行中。

有根通信士: 衛星画像はエレバス山からヌイーナまでに雲の存在を示していません、その方向は全くの快晴です。光の加減で普通の雲が噴煙に見えるということもないでしょう。

チャップマン船長: では、あれは異常存在とみなしてもいいと。

有根通信士: はい。既知のオブジェクトに関連するものはありません。SCP-3003-JPによって引き起こされている現象の1つと考えて頂いて構いませんで。

シェン航海士: こちらが何らかの精神影響を受けている可能性は?

有根通信士: いいえ、そちらからの映像データをミーム部門の職員が確認していますが、映像には確かに噴煙が映っています。ですが、後で適切な抗ミーム系薬剤を念のため飲んでください。

シェン航海士: 依然、エレバス山やマクマード基地には近づかないほうがいいでしょうか。

有根通信士: その通りです。衛星データをもとに海氷の薄い場所をお伝えしますので  

チャップマン船長: しかし、噴火と同様に、衛星の情報と我々が目にする氷の厚さが食い違う可能性がある。航路の変更でも遅れが出てしまうから、更なる遅れは避けたい。

シェン航海士: では、ヌイーナのヘリコプターを併用しましょう。航続距離からして400kmは往復できます、氷厚測定器をヘリから下げて実際に予定航路を飛ばせばいいでしょう。

有根通信士: 了解しました。では、海氷データとこちらが予測できる最適の航路情報をお送りします。

この会議の後ヌイーナは船首を29度回頭し、3日間をかけて次図のような航路を取りました。この間流氷の厚みが増している地点を航行する際には、一度後退してから全速で前進し、氷の上に乗り上げるようにして船体の重さで海氷を割り進む、というラミングと呼ばれる航法が用いられた。


補遺3003-JP.4: ヒロイック・エイジ作戦 / 人員・装備抜粋

ヒロイック・エイジ作戦の南極点遠征隊は5名の隊員からなります。隊長のジャネット・サッチャー、副隊長のファン・サンジュンと、3名の隊員イホール・イェムチュク、クリス・ラルストン、アレッサンドロ・カシンです。以下は隊長ジャネット・サッチャーのプロフィールです。完全かつ詳細な名簿は別紙を参照して下さい。

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ジャネット・サッチャー、2021年。

名前: ジャネットサッチャー

年齢: 33歳

身長・体重: 177cm, 72kg

出身: アメリカ

以下は南極点遠征隊の使用した雪上車「スノータイガー」と、積載された装備の概略です。完全かつ詳細な装備一覧は別紙を参照して下さい。

財団の保有する「スノータイガー」は、全長7.9m・全幅3.8m・全高3.5m、重量14.5tの明るいオレンジ色をした雪上車です。直列6気筒ディーゼルターボエンジンによる最高速度は28km/hです。また、最大で38tの物資を橇につないで牽引することができます。車両前面にはブレードが付けられており、橇がなめらかに引かれるように雪面を均すことが出来ます。

ヒロイック・エイジ作戦においては、5人が居住できるように、ベッド5台と仮設の個室トイレ、テーブルやその他家具が内部に据え付けられました。食料・燃料はその一部が、後方に牽引する3台の橇に積まれました。

外気温が最低-90℃に達するまでは車内を10℃に保つだけの保温性があります。これはエンジンの排熱を利用した暖房です。この熱は、周囲の氷雪を溶かして飲料水を作る際などにも使われます。


補遺3003-JP.5: H. A. 作戦 / ロス氷棚上

以下は、南極点遠征隊のみが初めて観測した、SCP-3003-JPのもたらしたと考えられる異常性について報告された通信記録です。状況を分かりやすくするために、前後の雪上車内の映像も書き起こしてあります。

Record 2021/12/12

雪上車内 映像・通信記録


サッチャー隊長: うまく動いているようで何より。そろそろ勘を取り戻してきた?

イェムチュク隊員: [雪上車を運転しながら] 少し緊張しますが。分厚い棚氷と言えど [操縦桿を軽く叩いて] コイツはちょっと重たい。

ファン隊員: 橇も引いているしね。

ラルストン隊員: [ドローン操縦機のモニタをチェックして] 大丈夫、ドローンが前方の地形と氷の厚さを観測していますから。

サッチャー隊長: 奥に行けば行くほどここの道は安全になる、緊張が解けるころには緊張する必要がなくなっていると思うよ。

イェムチュク隊員: 了解です   [車体が揺れる] おっと。

カシン隊員: 多少揺れたけど、全く問題ないです。

サッチャー隊長: 今はブレードも強化されてサスツルギ3の均し方も滑らかになったけれど一世代前はもっと揺れてたし、これくらいじゃ皆も酔わない。まだまだ安全運転の域だよ。

ラルストン隊員: その通りです。ドローンも自動操縦ですし、支障ありません。

ファン隊員: ところで、そろそろ一旦休憩に入っても?

サッチャー隊長: ああそうだった。そろそろ出発してから1時間半か、悪い。手を洗いたいものは……大丈夫そうかな。では、うん、ファン及びカシンは一旦休憩時間とする、と。操縦組はもうしばらく頑張って。

[各人が了解の声を上げる。ファン隊員は読書を始め、カシン隊員は自身のベッドに寝転ぶ]

カシン隊員: ふう、毛布は車内だと少し暖かすぎるかもですね。

イェムチュク隊員: ところで今の外気温は    [言葉を区切る]

[全員が沈黙する中、イェムチュク隊員とファン隊員が特に驚いた表情を浮かべる]

ラルストン隊員: ええっと。どういう意味ですかね、「太陽からか、月からか」とは。

イェムチュク隊員: 自分は何も言っていません! 自分も聞きました、その言葉を。「太陽からか、月からか」と。ただしロシア語で、です!

カシン隊員: 私には英語で聞こえました、はっきりと。

サッチャー隊長: 私も  ファンはどう?

ファン隊員: 確かに、韓国語で聞こえた。

サッチャー隊長: 衛星通信は繋がるね?

ラルストン隊員: はい、いま本部に連絡をします……通話が始まりました。

〈本部との通信開始〉

有根通信手: こちらサイト-8181。どうかされましたか?

サッチャー隊長: 異常が発生しました。南極点遠征隊の5人全員が、同時に、「太陽からか、月からか」という旨の幻聴を体験しました。それぞれの母語で  英語、ロシア語、韓国語で聞き取られたものです、聞き間違えの可能性は低いです。

有根通信手: ありがとうございます。少々お待ちください、こちらでも異常性を検討します。

カシン隊員: 我々は、船上でもエレバス山の噴煙を見ています。同じ系統の異常性ではないですか。

イェムチュク隊員: ひとまず車を止めましょうか?

サッチャー隊長: そうして。[カシン隊員の方を見ながら] 同じ異常性なら、薬は効かないな。

ラルストン隊員: 連続で来るなら厄介ですね。何度も幻聴に悩まされながら進むのは。

[約5分後、本部の異常性臨時検討が終わる]

有根通信手: お待たせしました。ひとまずの見解ですが、対応は噴火後にお伝えした計画から変更ありません  すなわち、特別な対応を取る必要はありません。現在の装備状況からして、さらなる収容作戦を取ることはできません。

サッチャー隊長: 了解です、ミーム系の薬を飲む必要は?

有根通信手: 今回の異常性は連続的なものではありませんが、一応お願いします。1日に2錠ですね。ただし、効果が持続している中でも幻聴が聴こえるならば服用をやめて結構です。その場合噴火の際と同源の異常性ですので、いずれにせよ遠征隊の持つ薬に効果はありません。

サッチャー隊長: 分かりました。再度幻聴が聴こえるか、あるいは定時になったらまた連絡をします。

有根通信手: はい、では通信を終了します。ありがとうございました。

〈本部との通信終了〉

サッチャー隊長: では雪上車も止めたことだし、少し早いけれど一度大休憩にしよう。食事なんかをして、その後は当初の交代制に……いや、[雪上車壁面にかけられた交代表の一部を指さして] ここから再開ということに。

イェムチュク隊員: 了解しました。

ファン隊員: 先にこちらの薬を。一応食前の薬だし、忘れてしまうと困るからね。

[全員が汎用対抗ミーム薬を服用する。車内でお湯が沸かし始められ、食事の用意が始まる]

カシン隊員: 先にお手洗いにだけ行っても?

サッチャー隊長: ああ。全く構わな  

[サッチャー隊長が途中で言葉を区切る。全員が緊張・困惑の表情を浮かべる]

ファン隊員: 太陽だの月だの……

サッチャー隊長: また全員に「太陽からか、月からか」と? [全員が頷いたのを確認してからファン隊員の方を向いて] 薬は……

ファン隊員: まだ飲んでから3分と経っておらず効き始めてもいない段階、効果がなかったとみなすことはできない。

サッチャー隊長: なら仕方ないな   [雪上車のフロントガラス越しに前方を見つめながら] 太陽も月も関係ない! あえて言うなら、オーストラリアからだ! ……こんなので収まってくれるならいいけれど。

ラルストン隊員: ひとまず、本部に繋ぎ直しますね。

イェムチュク隊員: 前回聞こえてからまだ15分かそれ以下、ですか。寝られるかどうか心配ですね。

[ポットが沸騰を知らせる音を鳴らす]

サッチャー隊長: おっと。そうだね、通信は何も全員でしなくともいい。交代で食事の時間にしよう……薬が効くといいな。ただでさえ精神的に疲れる任務なんだ。ちゃんと各自休憩を取らないと。

ロス棚氷上の雪上車による移動は、この日を含め5日間が掛かりました。以下は、南極横断山脈のレバレーツ氷河に到達するまでの日誌摘要です。

日付 出来事
12/12 通信終了後、大休止を経て南極点遠征隊が移動を再開する。途中でドローンが小クレバスを発見したために幾度か迂回をしつつも、16時の出発から8時間で約100kmを走行した。幻聴に関する状況の進展は、上述の報告以後4日間なかった。
12/13 南極大陸は白夜状態であり、一日中走行に十分な視界が確保できるため雪上車は24時間進む。途中幾度か休止を挟みつつ、マクマード-南極点道路に合流して合計およそ350kmを走行した。道路に目印として立てられていた旗は、いずれも消失していた。
12/14 2時間ほど走行した時点で天候が悪化し、軽度のブリザードが発生したために停滞を余儀なくされた。走行距離は約40km。このブリザードは、衛星からの観測では2時間程度の降雪としてしか観測されなかった。南極点遠征隊の温度計は瞬間的な最低気温を-51℃と記録したが、これは衛星から観測された数値と比べて著しく低かった。
12/15 前日から続くブリザードは朝6時ごろに止んだため、移動を再開した。18時間の移動で雪上車の走行距離は約300km。南極大陸の各基地に配備されたカント計数機4による現実性強度の観測データから予測される、SCP-3003-JPの完全終了予定日は12月26日であるので、この日を含めてロス氷棚上の移動に4日間が経過しているが、焦らず安全に進むべきだということが通信で再確認された。
12/16 210kmを約17時間かけて進み、南極横断山脈のレベレーツ氷河に到達した。

12月16日、本部での調査により幻聴「太陽からか、月からか」についての情報が発見され、遠征隊に伝えられました。以下はレベレーツ氷河到達時に行われた、南極点遠征隊と本部との通信記録及びその前後の雪上車の内部映像です。

Record 2021/12/16

雪上車内 映像・音声記録


サッチャー隊長: [ベッドから起き上がって] おはよう、そろそろ交代の時間だね。

ラルストン隊員: おはようございます、白夜ですが。

イェムチュク隊員: [運転席から振り返って] ああ、おはようございます。丁度、ついに棚氷地帯を抜けてロス海の最奥に着いたところです。

ラルストン隊員: 現在ドローンを高めに飛ばして、ここがレベレーツ氷河の入り口に間違いないか地形図と見比べているところです。GPSは効いているので問題ないとは思いますが、向こうの観測とこちらの観測データが食い違うようなことが何度も起きていますので。

サッチャー隊長: ありがとう。間違いはなさそうかな?

ラルストン隊員: 自分が見た限りでは。

サッチャー隊長: では……そうだな、ここからは上りに転じるし、レベレーツ氷河は毎年道路のメンテナンスが必要になるような地帯だ。道路上といえどクレバスや氷丘が形成されているかもしれないから気をつけて進む必要があるし、一旦車を停めて本部に連絡を取ろう。そろそろ定時連絡の時間も近いからね。それが終わったら交代にしよう。

イェムチュク隊員: はい、では雪上車を一旦停止させますね。

ラルストン隊員: 了解です、本部への連絡を繋げます。

〈本部との通信開始〉

有根通信士: こちらサイト-8181です。

サッチャー隊長: こちら南極点遠征隊。定時よりは少し早いですが、レベレーツ氷河の北端に到達したため連絡をしました。[ラルストン隊員の方を見る]

ラルストン隊員: はい。GPSから得られた位置情報も、こちらのドローンによる地形の観測も、我々が目的の氷河にたどり着けていると示しています。

有根通信士: 了解しました。氷河付近の気象観測情報を共有しますが、現在までの天候の不一致を鑑みるに過信は禁物です。観天望気を行いつつ、天候の良い日に一度に登って下さい。

サッチャー隊長: 分かりました。

有根通信士: もう一つ、幻聴に関する連絡があります。

サッチャー隊長: あれから我々に幻聴はありませんでしたが、何か特別にすることはありますか?

イェムチュク隊員: いいえ。ですが、幻聴の内容に関する新しい情報があります。幻聴内容は「太陽からか、月からか」というものですね?

サッチャー隊長: はい。

有根通信士: これに関連性のある言葉が見つかりました。1818年、北西航路5の探索のためにグリーンランド北西部付近を航海していたロス隊に、現地で暮らしていたイヌイットが投げかけた言葉です。

サッチャー隊長: ロス隊、ロス海の名になったロスですか。

有根通信士: ロス隊の隊長はジョン・ロスであり、ロス海はジェイムズ・クラーク・ロスにちなんでいるので別人ですが、2人は叔父-甥の関係にありジェイムズも同じ探検に同行していますね。少々ややこしいです  ともあれ、ロス隊に接触したイヌイットは、隊に同行していたグリーンランド南部出身の通訳を通じて疑問を投げかけました。それが「お前たちは太陽から来たのか、それとも月から来たのか」という言葉です。

サッチャー隊長: 未知の存在への誰何ですか。それが我々にも投げかけられている、と。

有根通信士: はい。ロス棚氷上を移動中であるということや、南極点遠征という探検の途中であることなども加味すると一致点が多いです。

サッチャー隊長: 既に伝えたことですが、その問いかけに私は「オーストラリアから来た」と半分おどけて、半分苛立ちながら答えました。これが異常性に対して何かを及ぼしている可能性はありませんか? 

有根通信士: 残念ながら分かりません。その後幻聴はないと報告されていますが、これが薬の効果によるものなのか、それとも質問に対して回答したためなのかは判別できないからです。現在の状況下でこれをより詳しく調査する必要はないとも判断されました。

サッチャー隊長: なるほど、ありがとうございます。

有根通信士: こちらで判明した情報は以上となります、くれぐれも体調にはお気をつけください。

サッチャー隊長: はい。では通信を終了します。次の定時連絡の際にまた。

〈本部との通信終了〉

ラルストン隊員: 予報ではこれから小雪が降ると。一旦ここで停止しますか?

サッチャー隊長: そうだね、そうしよう。日程には十分余裕があるとのことだし、1日で氷河を登るなら高低差は2,400m。この隊相手にわざわざ言うことではないが、睡眠や水分の不足は高山病の発症につながる。ちゃんとした休息を取っておこう。

イェムチュク隊員: では、少しだけ食事を豪華にしても?

サッチャー隊長: それもいい。今寝ている2人は……

カシン隊員: [布団を捲り、ベッドから出ながら] おはようございます。寝ぼけまなこで少しだけ聞こえていましたが……豪勢な食事が食べられると?

ラルストン隊員: まあそういうことですね。ゆっくり待機をしながら。

サッチャー隊長: はは、緊張しすぎないのはいいことだね。次の交代までは私たちの時間だ、[ファン隊員の方を見ながら] 彼が起きたら食事のことも伝えよう。


補遺3003-JP.6: H. A. 作戦 / レベレーツ氷河

上述の通信終了翌日から3日間、レベレーツ氷河下部で南極点遠征隊はブリザードのために停滞しました。

停滞2日目の7時31分、突如南極遠征隊は本部と連絡が取れなくなりました。同時刻から、南極大陸上空では僅かな磁気異常が生じています。これはSCP-3003-JPによる影響だと考えられており、南極点遠征隊はより激しい磁気異常、あるいはそれに関連する何らかの現象のために通信ができなくなったと推測されます。

南極点遠征隊の目標達成後に南極大陸から発見・回収された雪上車スノータイガーの内部映像・日誌・隊員による証言などから、同隊は通信終了後に南極横断山脈の一部であるハロルド・バード山脈の陰に移動して待機していたことが功を奏し、ブリザード終息後に迅速な行動の開始をすることができたことが分かっています。

以下は、ブリザードによる停滞2日目の午前11時ごろに記録された、雪上車内の映像・音声記録です。

Record 2021/12/18

雪上車内 映像・音声記録


サッチャー隊長: こうも暇だと疲れてくるね、眠くもない。

カシン隊員: 吹雪もやみませんしね。何かつまみますか? ジャーキー系の軽食は幾らもありますが。

サッチャー隊長: いや、私はやめておくよ。残念ながらお腹もすいていないから。

ファン隊員: なら僕も。アルコールは積んでいませんからね。いや、もしかしたら橇の方にはあるかも?

サッチャー隊長: この吹雪の中で酒捜索の旅、頑張ってくれたまえ。

カシン隊員: 何かの間違いで積み込まれていても、この寒さじゃあ凍って  

[3人が顔をしかめる]

サッチャー隊長: ……また、か。

カシン隊員: はい、あの幻聴を聞きました。

ファン隊員: 僕は……最後に薬を飲んだのが8時間前、2人は4時間前だったはず、薬効は切れていない。やはり、この系統の異常性には効かないみたいだね。

サッチャー隊長: 他の2人は……ぐっすりだな。寝入ったばかりの彼らには悪いが、一旦起きてもらおう。

[ラルストン隊員とイェムチュク隊員が起こされる。寝起きの2人がアイマスクを外し、水を飲むのを待って、対話が再開される]

サッチャー隊長: 起こして申し訳ないが、また幻聴が起きた。寝ている間に何か変わったことは?

ラルストン隊員: ……いえ、全く気付きませんでした。

イェムチュク隊員: 自分もです。寝ている間は何も聞こえませんでした。

サッチャー隊長: まあ、睡眠時に聴こえるようなものでもないかな? 幻聴は。

カシン隊員: 薬に効果が無かったとすれば、この1週間弱幻聴が無かったのはなぜでしょうか。

ラルストン隊員: 最初の2回は15分おきに聴こえましたよね? では、やはり隊長があの時答えたからではないでしょうか。「オーストラリアからだ」と。

イェムチュク隊員: 本部との通信は  

サッチャー隊長: 3時間ほど前から途絶したきり……いや、その時は君も起きていたか。あれから状況は変わっていない。

カシン隊員: ずっと寝ていたので知らないのですが、通信が切れていたのですか? 吹雪程度は大丈夫なはずだと認識していましたが。

サッチャー隊長: 確かに性能からして大丈夫なはずだけれど、事実としてはロスト。こちらの故障という可能性は、この吹雪の中車外モジュールを検査するのは難しいので現在検証不可能。

ファン隊員: そういうことだね。それで、改めて答えてみるというのは1つの手では? また15分おきに何度も聞こえてはたまったものじゃない。

サッチャー隊長: 試してみるくらいの価値はある。さて、どういう文言にしようかな。

ラルストン隊員: また「オーストラリアから」と?

サッチャー隊長: その答えで満足しなかったからまた尋ねてきたのかもしれない。

イェムチュク隊員: 「太陽からか、月からか」という文になぞらえるのはどうでしょうか。

カシン隊員: しかし我々は月からも星からも来ていませんからね。その言葉は、非常に隔絶された環境で暮らしていたイヌイットたちが、初めて巨大な帆船に乗った探検家たちを見て同じ人間だと思えなかったからこそ出た発言だったのでしょう?

サッチャー隊長: そうだな……だめでもともとだ。少し見栄を張ってみようか。[吹雪の打ち付けるフロントガラスを睨んで] 私たちが来たのは太陽からでも月からでもない。私たちは財団、理外に立ち向かうために、暗闇の中からここに来た。[隊員たちに向き直って] どうかな。

ラルストン隊員: 財団理念からの引用ですね、かっこいいですよ。

カシン隊員: ええ。幻聴も納得してくれるんじゃないでしょうか?

サッチャー隊長: 少し恥ずかしいね。こういうのには慣れていなくて。

イェムチュク隊員: では、いつかのために自分は演説の練習をしておきます。

ファン隊員: 発揮する日を楽しみにしてるよ。ぜひ素晴らしいものを聞きたい。

以下は、ブリザードが止み始めた12月19日に記録された、雪上車内の映像記録です。幻聴と同源である、SCP-3003-JPに関連する異常が遠征隊内で共有されたところを映しています。

Record 2021/12/19

雪上車内 映像・音声記録


ラルストン隊員: すみません、隊長。起きていただけますか?

サッチャー隊長: [少し唸りつつイヤーマフを外して] ああ、申し訳ない。寝過ごしてしまったかな。

カシン隊員: いいえ。まだ10時ですので交代時間にはまだ2時間ほどあります……ただ、お知らせしなければいけないことが。

サッチャー隊長: 何があったの?

ラルストン隊員: 現在が10時ということに問題があります。10時ですが、未だに外が暗い。吹雪は収まりつつあるのにもかかわらずです。

カシン隊員: ご存知でしょうが、ここでは白夜状態でも夜の間はある程度暗いです。太陽が南空の低い位置を回っている時、南極横断山脈に陽光が遮られてしまうからです。

サッチャー隊長: うん、ロス棚氷上や南極高原のような平坦な場所でないと太陽は常には見えない。山脈に近づいてからはかなり昼夜の区別ができてきた。ちょっとごめんね。[目を瞬かせながらコップに水を注ぎ、飲み干して] 続けて。

カシン隊員: はい。ですから、吹雪も相まって夜時間中に暗くなること自体には問題はありません。しかし、すでに山脈から「日の出」があるはずの時間から30分は経過していますが、外気温の低下は止まず光度も下がるばかりです。

サッチャー隊長: 確かに……吹雪はかなり弱まっている。風もあまり吹いていないようなのに、外がかなり暗いね。通信はまだ繋がらない?

ラルストン隊員: ダメです。雪が止んだら車外に出て装置の確認をしようと思っています。

サッチャー隊長: なら結局雪が止むまでできることはないね。不気味だけれど。

イェムチュク隊員: 単に、非常に分厚い雲が我々を覆っているだけならいいのですが。そのような暗さでもありません。

サッチャー隊長: [突然眉をひそめて] もしかすると……いや、なんでもない。

ラルストン隊員: どうかしましたか?

サッチャー隊長: 特には。ただ、悲観的になったりあまり不安がったりしてはいけないということを伝えようと思って。

ラルストン隊員: なるほど。

サッチャー隊長: 改めて、任務の期限まではまだ2週間以上ある。距離だけでならば既に半分以上を踏破してもいる。多少の停滞は問題ないし、この車と橇には十分量の物資が積まれているから遠征隊単独でも南極点に到達できる。

ラルストン隊員: ええ。GPSこそ効きませんが、もはや天測で十分問題ないでしょう。

サッチャー隊長: その通り。焦らずにゆっくりと行こう。まずは雪が止むまで待機だね。

[1時間30分ほど4人は雑談を続ける。風雪は次第に収まり、11時30分には止んだ。その間も雪上車の外は暗いままである]

イェムチュク隊員: よし、そろそろ外に出られそうです。

ラルストン隊員: では様子を確かめてきます。まだ曇っているようですが、それにしては暗すぎる。ヘッドライトは……

カシン隊員: こちらに。

ラルストン隊員: ありがとう。通信機器のチェックをしてきます。

サッチャー隊長: 外は…… [外気温のモニタリング情報を見て] -53℃だ。気をつけるようにね。

ラルストン隊員: はい、防寒着は全て問題ありませんし、何か問題が起こったらすぐ中に戻ってきます。

[ラルストン隊員が雪上車外に出る。側面の梯子を使って屋根上に登る音が車内に響く]

イェムチュク隊員: これで通信が復旧したらいいですね。

カシン隊員: 本当に。雪も止んだことですし、一段落したら氷河を登りましょう。

[約10分間、ラルストン隊員が点検のために車上を歩く音が聞こえる]

イェムチュク隊員: そういえば、そろそろ食事の時間ですね。彼が戻ったら食べませんか?

サッチャー隊長: うん。一緒に食べよう。

カシン隊員: では私は、食べたら寝ることに。そろそろ睡眠の時間ですから。

サッチャー隊長: そろそろ点検も終わる頃かな? 簡易に済ませるなら15分かそこらだし。

イェムチュク隊員: そうですね。もしも全体的に壊れていたら一旦連絡のために戻って来るでしょうし、あまり大きな問題は無かったのでしょう。

[たたらを踏むような、よろけた足音が車上から響く]

サッチャー隊長: 何かあったか?

イェムチュク隊員: [断熱用のフリースジャケットを着ながら] 自分が見てきます。

サッチャー隊長: 分かった、連れて帰ってきて。彼が車から落ちたら大変だ。人手が必要なら呼んでくれても構わない。

イェムチュク隊員: [防寒着を全て着用し終わり] 了解です。確認してきます。

[イェムチュク隊員が雪上車の外に出て、梯子を使って車上に登る]

カシン隊員: 何があったんでしょう。[ファン隊員の方を見ながら] 彼も起こしますか?

サッチャー隊長: 今はやめておこう。寝始めてから4時間ほどしか経ってないはずだから。

イェムチュク隊員: 分かりました。

[3分ほどでラルストン隊員とイェムチュク隊員が雪上車の中に戻る]

サッチャー隊長: お疲れ。怪我はない? 転びそうな音が上から聞こえてきたから。

ラルストン隊員: [キャップ、ゴーグル、バラクラバ6を外して] 大丈夫です、怪我はありません。

カシン隊員: 2人とも、かなり顔色が悪いように見えますが。

イェムチュク隊員: はい……なんと説明していいやら。

サッチャー隊長: もしかして通信用アンテナか何かが吹き飛ばされていたとか?

ラルストン隊員: いいえ、違います。通信系機器は全て問題ありませんでした。故障しているような様子も見られません。

カシン隊員: では  

ラルストン隊員: チェックが終わって戻ろうとした時のことです。ひどく曇っていた空の一部が開きました。

サッチャー隊長: こちらでは光が差したような感じは無かったけれど。

イェムチュク隊員: 雲の切れ目から見えたのは、太陽の光ではありません。私たちを照らしていたのは、夜空に浮かぶオーロラです。

ラルストン隊員: はい。確かにオーロラでした。たなびき方も、色も、まさに。

サッチャー隊長: ……私たちも一度外に出よう。それと、申し訳ないが [ファン隊員のベッドのポールを軽く叩いて] 彼を起こす。流石に異常事態だしね。

カシン隊員: 了解です。

サッチャー隊長: ああいや、その前に一度食事にしようか。外は寒かっただろうし、丁度いい時間だ。

ラルストン隊員: ありがとうございます。お湯を沸かしますね。

antarctica-6

雪上車内にあったカメラに保存されていた写真。北側のロス棚氷を映しており、上述の記録終了から約2時間後に撮られたものである。左端に移っているのは雪上車の一部。

以下はサッチャー隊長によって録音された、12月20日の音声日誌です。雪上車に残っていたデータから書き起こされました。音声日誌は、手書きの日誌のバックアップとして作成されていました。

音声日誌 2021/12/20


私は南極点遠征隊隊長のジャネット・サッチャーです。現在タイムゾーンをUTC+12として2021年12月20日の午前3時30分で、南極横断山脈のレバレーツ氷河下端、南緯85度30分・西経149度付近にいます。隊員は全員健康で、雪上車の走行にも大きな問題はありません。食料及び燃料は十分あります。

ロス棚氷への上陸後から現在までに、複数のSCP-3003-JP由来の異常とみられる現象が確認されています。1つ目は、我々遠征隊の観測データと衛星などからの観測データが食い違うことです。気温や天候などが全体的により苛烈になっています。また、マクマード-南極点道路上に存在するはずの、目印の旗が消失していました。

2つ目は、これも既に通信で伝えましたが、「太陽からか、月からか」という内容の幻聴が、隊の全員に同時にあったことです。これは8日前に2回、2日前に1回ありました。2回目には「オ―ストラリアから」と、3回目には「闇から」と私が答えたところ、一定期間幻聴は鳴りやんでいます。

3つ目の現象は、白夜状態であるにもかかわらず、空が暗く星が見え、巨大なオーロラが観測され続けていることです。オーロラは太陽風の影響で発生するため、同じ太陽風が衛星に何らかの影響を及ぼして通信障害が起きているという仮説が遠征隊内では立っています。

ブリザード明けに夜空が見られてから既に16時間が経過していますが、この間に太陽が昇って空が明るくなることはありませんでした。星の観測からは、太陽が無い場合に見える星空が広がっていることが分かっています。

我々はこれからレベレーツ氷河を登ります。現在の天候は快晴ですので、星明りとオーロラ、雪上車のヘッドライトで前方の視界を確保しながらの前進となります。仮設的に投光器を取り付けたドローンで進路を確認する予定で、一定の安全性があります。

2021年12月20日の音声日誌は以上です。同内容の手書きの日誌を、隊長ジャネット・サッチャーが保持しています。


補遺3003-JP.7: H. A. 作戦 / 南極高原

以下は、12月22日に遠征隊が南極高原上に着いた際の車内映像記録です。

Record 2021/12/22

雪上車内 映像・音声記録


[ファン隊員が雪上車内に戻る。手には六分儀を持っている]

ファン隊員: 観測が終わったよ。現在我々がいるのは南緯86度15分。レベレーツ氷河を完全に抜けて、南極高原に着いた。

カシン隊員: つまり……南極点までは残り400km強ですね。誤差はどの程度ですか?

ファン隊員: ±10分ほど、距離で表すなら±20km弱と見ていい。天測には慣れているし、はちぶんぎ座のシグマ星が僕にははっきりと見える。オーロラが多少邪魔だけれどね。

サッチャー隊長: 謎の極夜状態とはいえ、よく肉眼で5.4等の南極星が見えるね。この中では君だけだ。

ファン隊員: 別に見えなくても他の星から割り出すことはできるよ。少し面倒だけれども。

サッチャー隊長: しかし痛いね、ドローンがこれ以上飛べないのは。修理はやはり難しいかな。

ラルストン隊員: はい。投光器の重さを支えつつの長時間飛行で、モーターが完全にやられてしまいました。替えのパーツの一部が足りないため厳しいです。

ファン隊員: 仕方ない。ドローンも十分頑張ってくれた。

サッチャー隊長: 残り400kmなら、時速20km弱で進めば交代しながらたった1日で進める距離だし、多少ゆっくり進んだり道を戻ったりしても大丈夫。タイムリミットまでは後4日もある。

ファン隊員: では、僕は少しお手洗いに。

ラルストン隊員: はい。

ファン隊員: [トイレのドアを開けながら] では。

サッチャー隊長: …… [ラルストン隊員の方を向いて] 今日は君達2人の労働時間が少し長かったね。お疲れ様。

ラルストン隊員: 氷河で切りのいいところがありませんでしたから。そこまで疲れてはいませんよ、高山病の症状もないです。

サッチャー隊長: しかし、暗闇の中で生活するのはどうしても大きな疲労が伴う。いわゆる「極夜病」というものもあるしね。

ラルストン隊員: 極夜病、ですか。

サッチャー隊長: ほら、グリーンランドとかカナダ、ロシアの極北にも昔から人間は住んでいるけれど、そういった地元の住民でも極夜が激しい時期になると精神的に落ち込んだり無気力になったりする、という話だ。

ラルストン隊員: なるほど。まだ極夜状態になってから3日ほどしか経っていないからあまり何も感じていないだけでしょうか?

サッチャー隊長: 感じないほうが任務には楽だから、そのままでいいけどね。ただ、[少し小声で] 今寝ている2人は少し疲れているようだから適宜気にかけてやって欲しい。

ラルストン隊員: [同様に小声で] もちろんです。

サッチャー隊長: そういった類の疲れに効くのは結局のところパーティーやお祭りなんだけれど、残念ながらここではね。次善策として、少しだけ皆の食事を彩り豊かにしてもいいかもしれない。

ラルストン隊員: [かなり声をひそめて] そんなことを言うと起きてくる人がいますよ。

サッチャー隊長: これは困った、はは。

ラルストン隊員: ところで、隊長は極夜病に抗体を持っているんですか?

サッチャー隊長: それは……どうかな。グリーンランドでの任務で経験したことはあるけれど、疲れることに変わりはない。まあ適度に休んでいるから大丈夫だよ。

ラルストン隊員: それならいいんですが。[フロントガラスの外を見て] おっと、雪が降ってきましたか? 光がチラチラしています。

サッチャー隊長: いや、うーん、風かな? 表面の細かい雪が風に舞い上がっているだけかも。

ラルストン隊員: 車のヘッドライトだけだと分かりづらいですね。

[ファン隊員がトイレから出る]

ファン隊員: ただいま……もしかして、外ではダイヤモンドダストが始まったところかな?

ラルストン隊員: なるほど。気分転換に眺めに出て見たくもあります。

サッチャー隊長: 段々煌めきも強まっているね。それにしても急な天候の変化だ。

ラルストン隊員: あれ、何か……すみません、少し車の電気を消してみてもいいですか?

ファン隊員: またたく星明りとたなびくオーロラが細氷にひかめいて、凄く綺麗な光景だろうね。

サッチャー隊長: それくらいなら問題ない。

ラルストン隊員: では。

[ラルストン隊員によって雪上車のヘッドライトと車内の灯が消されるが、車外は平均的なダイヤモンドダストの煌めきと比べ有意に明るく見える]

サッチャー隊長: これは  

ラルストン隊員: 星明りやオーロラの反射だけで、ここまで明るくなるものでしょうか?

ファン隊員: 少し妙だね、電飾とまではいかないけれど。

サッチャー隊長: いや……段々と暗くなっている、かな?

ラルストン隊員: 確かにそう見えます。少しだけ外を見てきても?

サッチャー隊長: お願い。車の周りだけね。

[ラルストン隊員が車外に出る]

ファン隊員: 今度は一体何が。

サッチャー隊長: 分からないが……我々が注視すると弱まり、注視しないと強まるダイヤモンドダストかな。それも、自身で僅かに発光するような。異常現象とするならそういったところになる。

ファン隊員: 仮に全員が寝てしまえば、次に起きた時には完全にホワイトアウトしてしまうような罠じみた異常、と?

サッチャー隊長: どうかな。単に光の加減でそう見えた自然現象かもしれない。もしそうなら交代で寝ていたのが功を奏したけれど。

ファン隊員: 既に季節外れの極夜が起きている、何があってもおかしくないのでは。

[数分経ち、ラルストン隊員が車内に戻る]

サッチャー隊長: どうだった? 何か変なところは。

ラルストン隊員: それが……奇妙です。ダイヤモンドダストは1,2分も見続けていると薄れ、違う方向を向くと霧が立ち昇るようにまた現れます。

ファン隊員: まさに隊長の推測した通りですね。

サッチャー隊長: 他には。

ラルストン隊員: 車の灯を消して外に出たことで分かったことですが、やはりダイヤモンドダストそれ自体が僅かに光を放っているように見えました。

ファン隊員: 恥ずかしがり屋のダイヤモンドダストか。エレバス山噴火や苛烈な気候、幻聴なんかに比べて優しい異常性だね。

[カシン隊員がベッドから起き上がり、イヤーマフとアイマスクを外す]

ラルストン隊員: ああ、おはようございます。

カシン隊員: おはようございます。あと30分ほどで交代の時間でしょうか?

ファン隊員: その通りだけど、少し厄介なことになっている。

カシン隊員: 今度は何が? また幻聴でしょうか。

サッチャー隊長: いや、発光するダイヤモンドダスト、かな。それも我々が視認していれば止み、しなければ増えるような。

カシン隊員: それは……実害はなさそうですが。いや、うーん、光で視界が良くなるのか、それともホワイトアウトにまでつながるのか、分かりませんね。

ラルストン隊員: まあ、脇見運転を続けなければ大丈夫でしょう。

カシン隊員: 視認すれば収まるとのことですが、間接的なものでも効くのでしょうか?

ファン隊員: それはまだ試していない。今までの気候観測なんかを見るに、恐らくカメラ越しでも収まると思うけれど。

カシン隊員: もしそうなら、飛べなくなってしまったドローンのカメラを取り外して車に固定すれば、ミラーと合わせて死角がなくなると思いまして。

ラルストン隊員: なるほど。確かに有効活用できる。

サッチャー隊長: まずは試してみよう。一旦ドローンカメラを外に置いてみて、中から確認する。

ラルストン隊員: では、もう一度自分が。

サッチャー隊長: よろしく。[カシン隊員に] 固定が終わったら操縦をお願い。私は休憩に入るから。

カシン隊員: 了解です。

この時確認されたSCP-3003-JPの引き起こす異常現象である、発光するダイヤモンドダストは、遠征隊が南極高原を極点に向けて進む中強まっていきました。以下は、雪上車に残っていたデータから書き起こされた、12月21日の音声日誌です。

音声日誌 2021/12/21


私は南極点遠征隊隊長のジャネット・サッチャーです。現在タイムゾーンをUTC+12として2021年12月21日の午前11時で、南極高原上の南緯88度2分を走行中です。隊員は全員健康で、雪上車は問題なく動いています。食料及び燃料は十分あります。

南極高原に到着した際に、新たな異常が発見されました。我々が直接・間接にかかわらず視認していない場所で、発光するダイヤモンドダスト状の何かが発生する、というものです。最大で2分ほど該当場所をよく視認すればこれは収まります。

我々は損傷し飛べなくなったドローンを解体し、カメラを雪上車に取り付けるという改造を行いました。これによって走行中の運転席からの死角が無くなり、周囲では前述の異常が発生しなくなりました。

しかし、改造から11時間、約170km進み南緯87度55分付近に達してから分かったことですが、先述の異常性はその強度を次第に増大させています。

現在、一定時間目を離していると雪面は大きく雪煙を立たせ、該当箇所は一部が融解したようなシャーベット状になっていきます。再び視認すればこの現象は次第に止み、寒さで再び凍り付きますが、雪上車の走行に当たっては非常に危険です。

また、地形図と異なり、我々は南極点に近づくにつれて段々下っています。極点の標高は2800mを越すのに対しレベレーツ氷河上端は2400mですから、道のりは緩やかな上りであるにもかかわらずのことです。

我々は、これを「差し迫るSCP-3003-JPの完了に伴う、南極大陸の疑存化」の直接的な表れであると推測しています。

上述の異常性は時間が経つにつれて、あるいは南極点に近づくにつれて更に進行することが予想されるため、できる限り早くの極点到達を目標にします。

2021年12月21日の音声日誌は以上です。同内容の手書きの日誌を、隊長ジャネット・サッチャーが保持しています。

Record 2021/12/23

雪上車内 映像・音声記録


イェムチュク隊員: ふう、おはようございます。異常性はどれくらい進行していますか?

ファン隊員: おはよう。かなり酷いよ、ずっと全体的に見張っていないとすぐに雪煙が立って雪面が溶け出す。下りの傾斜角も少しだけ増しているかな。

カシン隊員: なんというか、大陸氷床が昇華しているような感覚です。そのせいで、極点あたりを中心として巨大なクレーターができているような。

サッチャー隊長: ともあれ交代の時間だね。食事をとったら運転してもらうよ。

イェムチュク隊員: はい、了解です  

[起きている4人が動揺し、苛立った表情を浮かべる。サッチャー隊長は特にそれが激しい]

ファン隊員: ああ、もう。また幻聴か。

カシン隊員: しばらく無かったのに。もう一度返答をお願いできませんか、隊長?

サッチャー隊長: いや……難しいな、それは。

イェムチュク隊員: 何故です?

サッチャー隊長: あの時私は「闇から来た」と言った。もちろん半分冗談交じりだったが……結果として、幻聴は止んだ。

イェムチュク隊員: ではまた止むのではないでしょうか? 返答が同じでも、まさか文句は付けられないでしょう。

サッチャー隊長: 答えた次の日から、空が暗くなり極夜となった。まさかとは思うが、連動していないとも限らない。

ファン隊員: どうだろう。最初に「オーストラリアから」と答えた時には何も起こらなかったし   [言葉を区切る]

[全員が強く顔をしかめる。カシン隊員とイェムチュク隊員は頭を押さえ、目をつぶる]

イェムチュク隊員: ペースが速い! さっき尋ねてきたばかりなのに!

サッチャー隊長: ああもう、面倒だな。[フロントガラスを向いて] 私たちは  うわっ!

[雪上車が急停車する。立っていたイェムチュク隊員がバランスを崩すも、椅子につかまったため倒れることは無い]

サッチャー隊長: [隣席で運転をしていたファン隊員に] ちょっと停車が乱暴すぎるんじゃない!

ファン隊員: いや、何の操作もしていない! これは  

カシン隊員: 前方が……我々が幻聴に気を取られた隙に、前方が雪煙に覆われています!

ファン隊員: キャタピラは回転している、雪上車はぬかるみにはまったような状態にある、みたいだ。

イェムチュク隊員: 一度に、何が起こってるんですか?

ファン隊員: 外を確認してくる。車の状況を。

[カシン隊員が防寒着を着て、車外に出る。車内の3人は車載カメラ、フロントガラス越しの前方およびサイドミラーを確認している]

ファン隊員: [車外からマイク越しに] 雪上車が少し沈んでいる。下の氷がシャーベット状になって、そこに雪上車の重みで沈み込んでいるんだ。僕が今立っているところも少し融けている。

サッチャー隊長: [マイクに向かって] 抜け出すことは?

ファン隊員: どうだろう。こいつは5人ぽっちで押して動くような重さじゃないし、それに   [足踏みをして地面を確かめ] やっぱり。すぐにキャタピラごと凍り付いてしまうよ。僕たちによる観測が再開したからだと思う。

イェムチュク隊員: [マイクに] もう一度キャタピラを回してみます。注意してください。

[キャタピラは空回りして、雪上車は動かない。時間が経つにつれて回りは悪くなってくる]

イェムチュク隊員: とてもダメです。動きません。

ファン隊員: [雪上車内に戻って] 油断していたつもりは無かったけれど、まさかこんな形で前方に注意できなくなるとは……再び動かすためには、引っ張ってくれるもう1台が必要でしょう。

ラルストン隊員: [ベッドから起き上がって] 何が起こっているのですか? 車が急に激しく揺れて目が覚めました。今は止まっているようで  ぐっ。

[三度、全員が幻聴を聞く。起床直後のラルストン隊員を除く4人は、不快感を示しながらも雪上車の周囲に気を払っている]

サッチャー隊長: [フロントガラスから前方遠くを睨んで] 返答保留! 我々が極点に着いてから、必ず答えてやるから!

ラルストン隊員: 一体……

サッチャー隊長: [フロントガラス越しに前方の遠景を視認しながら] 現在雪上車は動けなくなっている。回復の目途は立っていない。現在の地点は?

カシン隊員: 前回の天測からの走行距離を考えると、南緯89度36分。極点までは残り40kmほどです。

サッチャー隊長: 40kmか……ならば、我々はここから徒歩で南極点に向かう。ただし途中でテントを張って休むことは許されない。休めば氷は融けて、テントごと大陸氷床に沈没してしまうだろうから。

ラルストン隊員: 交代で休憩・見張りをしてはいけませんか。

サッチャー隊長: 現在外は-65℃の世界だ。じっと見張っている間暖まるためには大量の燃料が必要になり、それでは人力で橇を引いていくことになる。速度はさらに落ち、ややもすればタイムリミットに間に合わないかもしれない。あるいは異常性が強化されるか、更なる異常性が発現するかも。

ファン隊員: 5人全員で出発を?

サッチャー隊長: いや、既に何時間も運転をしている者もいるから2班に分かれよう。最終アタック隊は……私、イェムチュク隊員、ラルストン隊員の3人だ。全員同時に休むことが出来ない以上、5人全員の体力が十分な状態で出発することは望めないし、これ以上時間が経てば更にSCP-3003-JPの引き起こす異常現象が強化される恐れもある。

イェムチュク隊員: 了解。

ラルストン隊員: 了解です。

ファン隊員: では、僕たちはここで待つ、交代で見張りをしながら  今度は注意散漫にはならない。

カシン隊員: 隊長は10時間ほど前から起きていませんか、大丈夫ですか?

サッチャー隊長: その通りだけれど、私は行かないと。

ファン隊員: 別に隊長だからといって、進まなければいけないものでも  

サッチャー隊長: いいや、そうではないよ。ただ、先ほど幻聴に約束してしまったからね。辿り着いたら返答する、と。

イェムチュク隊員: では3人分の荷物をまとめようと思います。行動食と燃料、防寒具や各種装備などを。

ラルストン隊員: 極点に立てる予定の南極旗も。隊長の分も荷物を作りましょうか?

サッチャー隊長: ああ、お願いするよ。30分ほど仮眠を取らせて。そのころには支度も完了しているだろう、それから食事をして出発だ。

ファン隊員: 2人用テントを2張りほど持っていくことを忘れないでくれ。南極点にたどり着いて、SCP-3003-JPの完了を阻止した後は救助を待たなければいけなくなるんだ。まさかもう 40kmを引き返しはしないだろうね。


補遺3003-JP.8: H. A. 作戦 / 最終アタック

以下は、最終アタック隊の3人が吹雪の中でも互いに意思疎通ができるように身に着けていた、極薄型インカムマイクに録音されていた音声です。ラルストン隊員が身に着けていたウェアラブルカメラから読み取られた状況を、適宜付記してあります。

Record 2021/12/23

インカムマイク 録音記録


[3人は互いの体を長さ10mほどのロープで繋ぎつつ、スキーを履いて氷原を一列に歩いている。気温は-65.6℃で風はない。ヘッドライトと星明り・オーロラによって、視界は前方に30m程度ある。進行中も休憩中も、前方の氷床が融解・再凍結をして滑りやすくならないように、常に少なくとも1人が進行方向を向いている]

サッチャー隊長: [先頭を歩いているラルストン隊員に] 今は……6時か。出発から2時間ほど立ってる、また何か食べよう。小休止だ。

ラルストン隊員: [立ち止まって] はい。チョコレートバーを……あった。こちらを。

イェムチュク隊員: ありがとうございます。

サッチャー隊長: ありがとう。水筒の中身は残ってる?

ラルストン隊員: まだ結構あります。

イェムチュク隊員: 自分もです。

サッチャー隊長: では、ちゃんとお湯を沸かすのは次の小休止の時にしよう。

イェムチュク隊員: これでどれくらい歩きましたか?

サッチャー隊長: 歩幅からして時速は4kmぐらいだから、8kmは歩いたはず。方向は正しいよね。

ラルストン隊員: [コンパスを確認して] 南磁極の方向に問題はありません。進むべきは、傾斜が続いているのと同じ向きです。

サッチャー隊長: このままなら、南極点を中心としてクレーター状に氷が陥没していることになる。

イェムチュク隊員: 極点から次第に現実性が低下しているのでしょうか、それで消失していっている?

ラルストン隊員: 自分は原理よりも今後が気になりますね。南極点付近に立っていたはずのアムンセン・スコット基地がどうなっているのか。南極大陸が幻想の海に沈まなかったとして、このクレーターはどうなるのか。

サッチャー隊長: 研究者たちを逃がすときに使ったようなカバーストーリーをうまく適用するんだろう……さて、[ラルストン隊員の方を見て] それを食べ終わったらそろそろまた進もう。

イェムチュク隊員: はい、行きましょう。

ラルストン隊員: 了解です。

[途中で休憩を2回はさみつつ3人は歩き続け、2時間48分が経過する。気温は-67.2℃まで下がり、風が吹き、雪が降り始める]

イェムチュク隊員: 視界が悪いです。雪もそうですし、ゴーグルが曇ってしまって。

サッチャー隊長: 先頭を代わろうか?

イェムチュク隊員: いえ、そこまででは……ああっ!

[右足を滑らせ、イェムチュク隊員が転ぶ]

ラルストン隊員: 大丈  

[イェムチュク隊員が転んだ場所の雪が割れ、クレバスが現れる。イェムチュク隊員はそのままクレバス内に落下し、隊列の真ん中に位置していたラルストン隊員が引き倒される]

ラルストン隊員: くうっ!

[ラルストン隊員とサッチャー隊長は、スキーストックを雪面に突き立てて体重をかける。程なくしてイェムチュク隊員の落下は止まる]

サッチャー隊長: [前方を視野に入れながら] すぐ引き上げる!

イェムチュク隊員: 申し訳ありません!

サッチャー隊長: いくよ、せーのっ……

[3分ほどでイェムチュク隊員は雪面上に引き上げられる]

イェムチュク隊員: [息を激しく荒げながら] 怪我はありません、ないと思います。ただ……

ラルストン隊員: 被害は…… [イェムチュク隊員の足元を見て] スキー板1枚が割れ、[左足を軽く振って] 1枚が曲がり、[自分のスキーストックを掲げて] ストック1本が折損、でしょうか。

サッチャー隊長: 私のストックも片方が曲がったまま戻らないな。

イェムチュク隊員: ああ、申し訳ありません。自分の左足の方も金具が壊れてしまっているようです。

サッチャー隊長: 仕方ない、曲がったり折れたりしてしまったものはここに置いておこう。君たち2人はブーツにアイゼンをつけて。

イェムチュク隊員: ……はい、了解しました。

ラルストン隊員: 今バッグから出します。

サッチャー隊長: 今度は私が先頭を進む。クレバスは1つあったらその奥に5つ隠れていると思って、私が落ちたらすぐに引き上げて欲しい。

[1時間42分が経過する。雪は止まず、風は追い風だが次第に強くなる]

サッチャー隊長: 休憩を。10時40分になった。今度はまたお湯を沸かそう。

イェムチュク隊員: はい。[荷物を降ろして] すみません、自分のせいで少しペースが落ちています。

サッチャー隊長: 仕方ない。

ラルストン隊員: これで半分と少しですか? 歩いた時間と速度から考えるに……およそ22kmほど進んだことになります。

サッチャー隊長: 残りも頑張ろう。火をつけるよ。

イェムチュク隊員: ふう、暖かい。

ラルストン隊員: 少し風が出てきましたね。

サッチャー隊長: 幸運なことに追い風だ。言うまでもないことだけれど、水分補給や食事の際に、口元を出来る限り曝さないように。短時間でも凍傷のきっかけになりうる。

イェムチュク隊員: はい。

ラルストン隊員: この高さと寒さだと、お湯も中々沸きませんね。

サッチャー隊長: あのクレバス地帯越えも、以降問題は無かった。迅速に、しかし焦らずに行こう。

イェムチュク隊員: ええ……ああ、火に雪が。

ラルストン隊員: 消えはしないけれど嫌ですね。

サッチャー隊長: お湯が温まったらすぐに水筒に入れられるようにしておこう。幸い傾斜角が少し大きくなっているし、追い風だ。少しペースを上げて進もうか。

ラルストン隊員: 了解です。

[休憩をはさみつつ、更に2時間51分が経過する。途中雪が激しく降りだしたが20分ほどで止んだ。気温は-69.9℃まで低下する]

イェムチュク隊員: もうすぐ-70℃ですよ、酷い。

ラルストン隊員: 確か、極夜のボストーク基地の平均最低気温がそのくらいです。

サッチャー隊長: 南極点に旗を立て終わったら、テントを建てて休もう。そこまでは何とか歩きとおす。途中で後1回ほど小休止を取るけれど。

イェムチュク隊員: 汗が服の中で結露しっぱなしで……まさか脱ごうとは思いませんが、きついですね。

ラルストン隊員: 残りは8km程度ですよ。所詮8000m。

サッチャー隊長: エベレスト以下だよ。頑張って。

イェムチュク隊員: そんな無茶な…… [コンパスを見て] うん、依然方向はあっています。

サッチャー隊長: 段々角度も増してきたね、勾配5%はあるかな。足元に気を付けて。

ラルストン隊員: 六分儀の気泡管を使えば測れますよ。あまり意味はないですが。

イェムチュク隊員: うん…… [少し見上げて] また、雪が降ってきましたね。

サッチャー隊長: 本当だ。やめて欲しいね。雪が積もればこの先の道は滑りにくくはなるけれど、視界が悪くなるし進むのも遅くなる。

[最終アタック隊は更に45分間歩き続けるが、次第に激しくなる風雪のために進行速度は遅い。およそ2km進んだと考えられる]

ラルストン隊員: 視界が悪い! アイゼンのおかげで踏ん張れますが……

サッチャー隊長: 本格的に、吹雪の前兆だね。

イェムチュク隊員: 南極高原では年に30日ほどしか雪が降らないはずなのに。

サッチャー隊長: それでも進むしかない。着実に。

[更に39分が経過する。3人が進めた距離は1km程度とみられる。風速は18m/sに達し、気温は-72.5℃まで低下する]

イェムチュク隊員: 隊長。

サッチャー隊長: 何か?

イェムチュク隊員: [歩きながら] このままでは3人ともここから進めなくなってしまいます、後は隊長1人で南極点に向かって下さいませんか。

サッチャー隊長: 何を  

イェムチュク隊員: [一旦停止し、サッチャー隊長に向き直って] 段々傾斜も大きく  そろそろ5度くらいでしょうか  なってきましたから。自分たちの無事なストックを使えばぎりぎりスキーで滑れるでしょう。幸いなことに少し追い風気味です。

ラルストン隊員: ……ええ、彼の言う通りです。このすり鉢状の氷床の底が南極点でしょう。この作戦の最終目標は、そこに旗を立てることですから。

サッチャー隊長: それでは君たち2人はここで動けなくなって凍死してしまう。それに、極点までの5kmを私が滑り切れる保証はない。

[ブリザードによって氷床面の雪が舞いあがり、背中側から3人を強く打ち付ける]

ラルストン隊員: 3人で動いても、たどり着けないでしょう。

サッチャー隊長: [少しうつむいて] ……そうかな。いや……仕方ない。分かった。ストックを貸してほしい。それとロープも解かないと。

イェムチュク隊員: 荷物も軽くしたほうがいいかもしれません。必要なのは飲食物と事態終息後に使うテント、それに旗竿くらいでしょうか?

サッチャー隊長: ……ああ、しかし……うん。ここで君たちを置いていくのはやはり止めることにしよう。

イェムチュク隊員: なっ  

サッチャー隊長: 何故って、あの時私は幻聴に「我々が極点に着いてから、必ず答えてやる」と言った。「我々」とね。私一人じゃない。

ラルストン隊員: 3人で南極点に着く方法がありますか? この吹雪の中に高速で移動して。

サッチャー隊長: 予備テントとその支柱、それにロープ。足りなければ私のスキー板2枚も使って、単純な橇を作る。橇遊びをした経験はある? ボブスレーに乗るような体勢で滑ることになる。

イェムチュク隊員: もちろんあります、が、この角度ではとても滑らないでしょう。3人ではなおさら。

ラルストン隊員: いや……なるほど、案外滑るかもしれないですね、ここならば。

サッチャー隊長: うん、その通り。我々は目をつぶって走り出すことになる。そうすれば、前方の氷床は一部が融け始め、滑りやすくなる。傾斜角もだんだんと大きくなってきているんだ、初速さえつければこちらのものだよ。

Record 2021/12/23

インカムマイク 録音記録


[約13分間の滑走が終わり、3人が立ち上がる。吹雪は少し弱まり、風速10m/sほどになった]

ラルストン隊員: [六分儀に取り付けられた気泡管を見て] 橇は止まりましたが、まだ僅かに傾いていますね。

イェムチュク隊員: [コンパスを片手に進行方向を指さして] 今までと同様、南極点はあちらの方向です。仮に通り過ぎていなければ。

サッチャー隊長: まさか。まだ幻聴がない。

ラルストン隊員: 橇は引っ張っていきましょう。そこまで重くありません。

[3人がそれぞれアイゼンを装備し、再び歩き始め、3分20秒が経過する]

ラルストン隊員: 橇でかなりの距離を滑走したと思います。もうじき  

[全員が安堵の表情を浮かべる]

ラルストン隊員: 幻聴が、聞こえました。「太陽からか、月からか」と。

イェムチュク隊員: 自分もです。

サッチャー隊長: 私もだ  よし。

[サッチャー隊長が鞄から伸縮式の旗竿と南極旗を取り出す。イェムチュク隊員とラルストン隊員が、テントを張る際に使うアイスペグを用いて氷に旗を立てるための穴を空ける]

サッチャー隊長: これでいつでも立てられるかな。もう一度、問われるのを待とう。

[サッチャー隊長が穴の前に立ち、隊員2名が1歩後ろに下がる。風は収まり、雪が僅かに3人の肩に降り積もる。16秒間の沈黙がある]

サッチャー隊長: ……私たちは、太陽から来たわけでも、月から来たわけでもない。私たちは財団職員であり、そして、この星で生まれた、人間だ。

[旗が南極点に立てられる]

2021年12月23日午後15時28分、SCP-3003-JPは収束したとみられています。10時間34分後には財団の所有する輸送機LC-130FtSによって最終アタック隊の3名が、11時間40分後には雪上車に残った2名が、それぞれ回収されました。南極点遠征隊の5名全員に大きな外傷や疾患は認められませんでしたが、各自に静養期間並びに長期休暇が与えられました。

エレバス山の大規模噴火と南極高原における大規模な氷床の沈下は、SCP-3003-JP終息後に衛星からも観測されるようになりました。それぞれには自然現象・隕石衝突というカバーストーリーがあてられる予定です。


補遺3003-JP.9: アライアリス協定

SCP-3003-JP収束をもって、財団と幻島国同盟との協力協定「アライアリス協定」が発効されました。以下は協定批准に至る経緯です。

Record 2021/11/25

悪魔島/サタナーゼス秘密会談


メンバー:

  • 日本支部七号理事 "鵺"
  • Op. ドリームタイム 諜報部門長 花筐はながたみ ならべ
  • フリスランド島主 ヴィクディス・シグルダルドゥティル
  • グロークラント島主 レイフ・ノルダル

鵺: さて……私たちの本題です。オペレーション・ドリームタイムについて。

レイフ: サンディ島を裏から支配しての諜報作戦ですね?

花筐: その通りです。それも、非常に非人道的な面を含む。

レイフ: 多少は把握しています。我々同盟と"艦隊"との戦争時の記録を改めて調査したところ、幾つかの不審な点が浮かび上がりましたから。

鵺: 結局のところ、同作戦はある一人の妄執と愁苦から端を発したものです。諜報作戦と言いながら島を1つ掌握するほど大規模なのは、自身の生存欲をカモフラージュするためでした。

ヴィグディス: 察するに……先代、か。

鵺: 申し訳ありませんが、お答えすることはできません。

ヴィグディス: 別に良い。

花筐: ともあれ、我々財団は、幻島国同盟との友好関係並びに相互協力のための協定を結びたいと考えています。とはいっても秘密裏のものですが。

レイフ: 随分と大きな政策転換ですね。既存の諜報網を活用し続けるだけでも良かったのではないですか?

花筐: 要注意団体と協定を結ぶということには前例がありますし、旧来の疑存海に対する政策は頭打ちです。それに、疑存海に居住する無辜の住民は現在も多くのことに悩まされているでしょう。「虫喰」現象、「VIC海賊」の跋扈、「黄道調査団」の出現……我々の理念は、それら脅威から人々を守ることです。

ヴィグディス: 人々、か。

鵺: 先ほどの言葉をお返ししますが。疑存海の住民も、実存世界の住民も、同じ人間であるということには変わりありません。


補遺3003-JP.10: 現在の動向

2021年12月24日現在、南極大陸が多量の氷床を失ったことで起きうる異常気象の推定及びその対策会議が財団気象学部門によって開かれています。

最終アタック隊が道中で残置したスキー板やスキーストックは、過去に南極大陸横断旅行をした冒険家のものであるというカバーストーリーが立てられました。

オペレーション・ヒロイック・エイジは、原子力砕氷船「ヌイーナ」がタスマニアのホバート港に帰還することをもって完全に終了されます。終了後、SCP-3003-JPのNeautralized申請が提出される予定です。

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