SCP-3024-JP
評価: +147+x
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火星

アイテム番号: SCP-3024-JP

オブジェクトクラス: Keter

特別収容プロトコル: SCP-3024-JPの物理的収容は不可能であり、財団外宇宙部門が観測を実施します。外宇宙部門はSCP-3024-JP関連情報の公表の防止を目的とし、世界各地の天文研究機関や観測所等に介入し、観測記録の隠蔽を実施します。SCP-3024-JP関連情報は全て傍受した上で財団データベース内に記録され、任意の非財団組織の記録から消去されます。



説明: SCP-3024-JPは20██/██/██に自殺した真桑友梨佳氏の死体です。生前の真桑氏は身長が約162cm、体重が約59kg、生物学的性が女性であったことが文献記録から判明しています。最初に観測されたSCP-3024-JP実体は頸動脈を含むと推察される頸部に切創が存在すること、および赤色の流体が漏出していることが超高解像度宇宙望遠鏡により観測されました。遺体の観測内容と後述する目撃者の証言から、死因は意図的な頸部の損傷による失血死とされます。

SCP-3024-JPは空間歪曲と強力な磁場を伴って火星上空約1,000km地点に出現し、約17km/sで火星表面に接近・落下します。大気圏に突入したSCP-3024-JPは大気による断熱圧縮を受けて高温を発生し、表皮が沸騰、冷却され凝固し隕石雲を形成しながら地表へ接近します。この時点でもSCP-3024-JPの骨格や内臓・筋肉といった体内組織の大部分が保存されているためSCP-3024-JPは少なくとも熱や衝撃に対するある程度の破壊耐性が生じているものと推測されます。やがて十分な高度まで落下したSCP-3024-JPは爆発し、熱と電磁波の放射と共に体組織の断片を散布して散逸します。

SCP-3024-JPは形態形質の極めて高い共通性を示す類似実体が最終更新時点で3万個体以上確認されており、それらは最初の実体を含めて全個体が枝番号に指定されています。類似実体の出現パターンは、前個体の火星衝突後に次個体が出現する事例、落下を待たず次個体が出現する事例があり、最大で数百体のSCP-3024-JPが同時に火星表面に落下した例も報告されています。なお、裂傷の有無や程度は実体ごとに異なることが確認されています。

発見経緯: SCP-3024-JPは20██/██/██、重力波と可視光の探知により発見されました。当時財団外宇宙部門は太陽系内惑星の定期観測調査を実施しており、人型実体の出現に伴う重力変動がレーザー干渉計宇宙アンテナ(LISA)、落下が超高解像度宇宙望遠鏡により観察されました。LISAと宇宙望遠鏡から送信されたデータに基づき、火星近傍に出現・墜落する人型実体の形状がヒト(Homo sapiens)と共通すること、またその容貌がモンゴロイドに酷似することが確認されました。アジアを中心に各地の警察組織と連携し人物の特定作業を実施した結果、同年██/██に北海道羽幌町で失踪した学生・真桑友梨佳氏と形態形質が一致することが判明しました。

真桑氏は生前において日本国北海道旭川市出身・札幌市在住のノンバイナリーでした。死亡時点で真桑氏は北海道大学理学部に所属する学部3年生であり、宇宙惑星科学分野の研究室への分属を希望していました。生前は複数の大学公認サークルに所属し、サークルメンバーとも良好な交友関係にあったことがインタビューから確認されています。失踪当日、真桑氏はサークル活動の一環で羽幌町に滞在しており、持参した天体望遠鏡を用いて野外で天体観測中であったとされます。

以下は真桑氏と深く関連する人物に対するインタビュー記録です。

- インタビュー記録01を縮小

対象: 真桑恵子氏(母)

インタビュアー: 住田丈一郎博士

実施日: 20██/██/██

付記: インタビューは警察の事情聴取に偽装し、旭川市に位置する真桑氏宅で実施した。


<抜粋開始>

住田博士: それでは事情聴取を始めます。既にお聞きしたことと重複もあるかと思いますが、ご容赦ください。

真桑氏: はい。

住田博士: まず、友梨佳さんの足取りについて掴めているのは羽幌町までです。我々も総力を挙げていますが、残念ながら発見には至っていません。申し訳ありません。

真桑氏: いえ、謝らないでください。警察の皆さんが悪いわけじゃありませんから。

住田博士: ありがとうございます。我々も手掛かりが欲しいのですが、羽幌へ向かった動機は何かご本人から聞いていらっしゃいませんか?

真桑氏: ええ、サークルのフィールドワークの一環って言って、オロロンを走って。普段通り望遠鏡を持っていくと。

住田博士: すると天文サークルですかね。

真桑氏: いえ、そうではなかったと思います。あの子はいくつか兼サーしてますから。山に入るとかどうとかで、写真もあります。昼までLINEのやり取りもしていたので。

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友梨佳氏から恵子氏へ送信された写真

住田博士: ふむ、確かに天文と関係無さそうですね。他のサークル活動に望遠鏡を持ちこんでいたのですか?

真桑氏: あの子、自然が大好きなんですよ。幼稚園の頃に買ってあげた昆虫図鑑もページが外れてボロボロになるまで読んでいて。夫と一緒に山に入って、夏にはザリガニ釣りをしたり、冬にはフクロウを見たり。クマゲラを見た日には夕飯の席で喜んで自慢していました。春先になって水溜りにエゾアカガエルの卵を見つけたら、次の朝にはスケッチブックを持って行って一生懸命に描いていました。今でも押し入れにありますよ。海岸を歩き回って貝殻を拾ってくることもありました。小さい頃からの興味が高じて、大学でそういうサークルに入ったんです。

真桑氏: その中でも、友梨佳にとって特別だったのが宇宙や星だったんでしょう。現に生物学科には行かずに、宇宙の研究室に行きたいからって、講義も真面目に頑張ってるんですよ。星に触れてみたいって。自分の研究が礎になって、子孫や未来の世代が星々を巡って、宇宙の神秘や謎に道を切り拓いて ⸺ って。

住田博士: [間] 良いですね。

真桑氏: 小学校に上がった頃に、私の父、つまり友梨佳の祖父が望遠鏡をあげたんです。しばらくの間は、何度も呼んでやっとご飯を食べに降りてくるくらい、月や星を見るのに没頭していましたよ。寝袋や水筒を持って行って、ダウンを着込んで息を白くしながら、天文台の寒空の下で一緒に夜空を見上げたこともありました。だから今でも、化石や昆虫、野鳥。どんな活動でも晴れの日に夜を明かすときには、トランクに望遠鏡を詰め込んで夜に星を見ていると。

住田博士: 羽幌のあたりには天文台もありますからね。確かに、札幌や旭川の都心から離れていて、光害も無い。天体観測には良い場所ですね。他の活動のついでに天体観測をしても、頷けます。

住田博士: 昼までは連絡がついたとのことですが、その後は。友梨佳さんの当日の細かいスケジュールについては同行したサークル会員からも聴取しますが、お母様の方で何か細かく把握していらっしゃったりはしますか?

真桑氏: ええと、夜は道の駅や車中泊で済ませると聞きました。安上りだからって。

住田博士: 時刻はどうですか?

真桑氏: そこまではちょっと分からないです。具体的なことは聞いていませんね。

住田博士: 承知しました。次に娘さんの学校生活についてお尋ねします。

真桑氏: [間] はい。

住田博士: [間] どうか、されましたか?

真桑氏: ああ、いえ。[間] 友梨佳なんですが、実は、娘ではないんです。

住田博士: え?失礼。

[住田博士が手元の書類を参照する]

住田博士: こちらの資料には友梨佳さんは恵子さんと昭さんの間のお子さんとして記載されていますね。血縁関係は確かに ⸺

真桑氏: ああ、そういう意味じゃないんです。確かにあの子は私の子ですけど、娘ではないんです。ジェンダーの話で。

住田博士: トランスジェンダーということですか?

真桑氏: ノンバイナリー、特にジェンダーフルイドです。その時々で性が男の子の気分だったり、女の子の方だったり、どちらでもなかったり ⸺ 移り変わっていくんです。子どもながらに恥ずかしかったかもしれませんが、ボーイフレンドやガールフレンドとの付き合い方や、友梨佳自身の自己認識について相談を受けたことも何度かありました。だから、私は友梨佳に対して息子として、娘としても接していません。私の子どもとして、一人の真桑友梨佳として、大切に思っています。

住田博士: 男女に縛られず、性自認が状況や時期に応じて異なる性の間を流動的に変化すると。なるほど、承知しました。以後気を付けます。それでは友梨佳氏の学校生活、とりわけ交友関係についてお伺いしたく思います。

真桑氏: 札幌に出てしまってそう頻繁に帰ってくるわけでもないので、色恋沙汰は関知していませんけども、楽しくやっているみたいですよ。週末には誰かの家に集まって映画見てたりとか。たまのLINE通話で、楽しそうにサークルの様子を教えてくれたりして。先輩も同期も、その ⸺ 偏見や、逆に過剰な配慮も無く受け入れてくれるって。今回の件でもサークルの学生から連絡が来て、いいと言うのに会長さんが何度も何度も頭を下げて。良い友達に恵まれた子だと思いますよ。

住田博士: なるほど。ありがとうございます。今後、サークルの学生にも事情聴取を行います。この度はご協力いただきありがとうございました。

<抜粋終了>

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確認された植物様固着性生物の一例

インシデント1: 火星の高緯度帯を調査中であった火星探査車キュリオシティにより、火星表面で未確認生物の生育が判明しました。当該生物は植物様固着性生物であり、緑色の光合成色素を用いた酸素発生型光合成能力を示します。

当該生物は炭素を基本元素に持つ有機高分子体であり、生体内のタンパク質が地球生物と同様のL体アミノ酸で形成されています。全身を細胞様小胞で構築しており、単軸分枝または二叉分枝のテローム様構造からなるボディプランが地球上の初期維管束植物と類似します。当該生物は地下1m以深に根を伸長し、凍土や地下氷床に存在する水氷を融解させ、液体の水として生命活動に利用するものと推測されます。

地球植物との相違点として、当該生物は遺伝子として核酸分子でなく地球生物と一致しないアミノ酸から構成される自己複製能力を持つタンパク質分子を利用しています。遺伝情報伝達機構が地球生物のものを逸脱することから、当該生物は地球上の如何なる生物とも祖先-子孫関係を共有しない地球外生物と推測されます。

SCP-3024-JPの落下と相関して植物相の分布域は拡大傾向にあります。火星表層の河川状地形や大気中の水素同位体比に基づいて火星にはかつて莫大な水が存在したことが示唆されており、当該植物様生物の発見当時、起源仮説として火星起源説と非火星起源説が提唱されました。約30億年前以降から水が減少し現在の火星が生命の居住に適さない惑星であること、およびインシデント2の内容から、後者が確実視されています。

インシデント2: SCP-3024-JPの発見の翌年20██/██/██、火星上空約8000km地点に従来と異なるパターンの空間歪曲が発生し、恒星間航行を目的に設計されたと推測される航空機様飛翔体が出現しました。当該飛翔体はSCP-3024-JPの落下軌道に接近し、出現域付近に停止しました。

財団外宇宙部門は当該飛翔体がSCP-3024-JPに介入する意図があるものとしてコンタクトを試みました。英語・中国語・ヒンディー語・スペイン語・アラビア語によるテキストメッセージと記号による数列を電波で送信したところ、五進法で記述された光学信号が返答として得られました。信号から得られた各単語の品詞をランダムに分類した後、光学信号の暫定的品詞配列に適用した言語解析関数による最尤推定を実施して品詞の再分類を繰り返した結果、尤度関数を最大化する光学信号の文法構造の推定に至りました。

結果として、飛翔体の送信する文法構造は極めて現代日本語に類似するものであり、信号は日本語を光学的に表記したものと判断されました。これにより、財団内の日本語話者が表記変換済みテキストの対応に当たり、正式な意思疎通が実施されました。以下は財団外宇宙部門と飛翔体との間のコンタクトの記録です。

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飛翔体

担当: 川本優歌研究員

交信日時: 20██/██/██


<記録開始>

川本研究員: こんにちは。

飛翔体: こんにちは。そちらは地球人の方でしょうか。

川本研究員: そうです。この文言を書いているのは宇宙船の乗員ですか?

飛翔体: はい。

川本研究員: なぜあなたは日本語を送信できているのですか?

飛翔体: 我々の種族がかつて地球を訪れた際に唯一触れた言語がこの言語でした。

川本研究員: あなた方は日本に降り立ったのですか?日本というのは、地球の領土体系である国家のうち、広大な海に面した北半球の島国の一つです。

飛翔体: そうかもしれません。我々は地球に対する理解が乏しいので、あなた方の指す固有名詞とその関係を厳密に把握しているわけではありません。しかし、この言語がその日本という国で主流の言語であるならば、我々の種族が訪れた国家はその日本であるのかもしれません。

川本研究員: 理解しました。次の質問をしても良いでしょうか。

飛翔体: 良いです。

川本研究員: あなた方はどこの星から来たのですか?

飛翔体: イアフ=ロザレト・レリンガです。

川本研究員: 対応する訳語が我々の語彙に存在しないようです。別の説明は可能ですか。

飛翔体: なるほど。座標をお伝えしても、我々と地球の方々では座標の基準も異なることでしょうから、その試みは無意味ですね。このまま対話を継続していても支障が多く存在するようです。翻訳の時間を十分に取りつつ、画像情報も含めて互いに情報共有をしませんか。

川本研究員: 分かりました。こちらの人員に提案します。

飛翔体: 快い返事を。

<記録終了>

上記の更新の後、当該飛翔体から乗員の種族や母星を説明する信号が送信されました。送信された内容に基づき、想定される乗員は要注意種族SoI-456-JPに指定されました。

SoI-456-JP

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SoI-456-JP

火星付近に出現した昆虫様知的生命体をSoI-456-JPに指定する.SoI-456-JPに関する情報を彼らの自己言及的説明に準拠して以下に要約する.

形態: 全長は約15cmに達し,外骨格に被覆された左右相称のボディプランを持つ.前側から順に体は頭胸部・前腹部・後腹部に三分される.

頭胸部は左右の外側から外骨格が細長く伸長し,鋭利な鉤状突起を先端に持つ枝を形成する.頭胸部の中央は正中線に沿う背側に高い1対の薄い稜が存在し,発達した塊状神経(脳)が左右から収容・保護されている.口吻は先鋭かつ突出しており,流体の吸引に適応している.頭胸部の後側は1対の翅が存在し,飛翔性を示す.

前腹部は頭胸部と比較して発達しない.前腹部の後背側は後腹部と接続し,後腹部は後側ほど平坦に発達する.後腹部の末端にはサソリ目の鋏角類と収斂した尾節が発達しており,有毒物質を分泌する当該構造は狩猟行動や天敵からの防衛に用いられる.

付属肢は頭胸部と前腹部に計5本存在する.頭胸部の腹側には2対の付属肢が生え,前側1対が小型の歩脚,後側1対が大型の歩脚として機能する.発達した歩脚は尾節による攻撃行動の補助にも用いられる.前腹部には1本の不対肢が存在し,生殖器として分化している.

生理: SoI-456-JPはタンパク質・脂質・炭水化物といった高分子化合物を有し,その基本構造は地球生物のものと一致する.外骨格は節足動物と異なり非晶質二酸化ケイ素で構成されるが,軟体部が炭素を主要元素とすることから,当該外骨格は珪藻や六放海綿と同じく生物学的活性を持たない骨格として沈着しているものと見られる.

消化器系・神経系・呼吸器系は地球の昆虫類と収斂する.感覚器官は視覚・触聴覚1・嗅覚・磁覚・重力覚・加速度覚に対応しており,発声器官を欠くものの全身の繊毛を用いた聴覚刺激の受容が可能である.聴覚刺激に筋肉は血管系から個体発生的に派生した管に組織液を通し,圧力に応じて伸縮する.これは地球生物のような高分子化合物の作用による運動でなく,油圧式人工筋肉と同様の機序での機能となる.

生殖器官が種族全体に亘って一様であり,性の概念は存在しない.生殖活動は突起と孔を伴う同一形態の不対肢で行われ,同形配偶子同士の接合によって次世代が生じる.外骨格は成長初期段階や脱皮直後においてリグニン様炭化水素化合物で形成されるが,外部から摂取したケイ酸塩化合物の摂取により徐々にシリカ骨格が発達する.

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TRAPPIST-1e

生息環境: SoI-456-JPの故郷は地球から約40.5光年の位置に存在する,TRAPPIST-1系の第四惑星TRAPPIST-1eである.直径は地球の約0.92倍,火星の約1.7倍に達する.公転軌道長半径が約420万km(約0.03au)と恒星TRAPPIST-1へ非常に近接するため,恒星の重力を受けて自転と公転が同期する(1回の公転周期の間に1回のみ自転する)潮汐固定に置かれている.

潮汐固定の状態にあるため,惑星の片側は常に恒星側に向き,反対側は常に惑星系外縁側に向く.このため恒星側の面は常に恒星の放射を受けて加熱され海洋蒸発に至り,反対側の面は温室効果をもってしても冷却され氷床が発達している.加熱された大気が上昇気流を生じ,冷却された大気が下降気流を生じるため,惑星全体に亘って昼半球-夜半球間の大気大循環が生じている.

SoI-456-JPをはじめとする生命体は両半球の中間帯(トワイライトゾーン),およびそこからやや夜半球側に分布している.SoI-456-JPは気流を利用した飛翔性大型動物を狩猟対象とする小型捕食動物から進化し,狩猟行動を通して形成された群れから社会を発達させ,文明を発展させた.

財団外宇宙部門は必要性が高く見積もられる情報をSoI-456-JPとの間で交換した後、当該種族との交信チャンネルを開設しました。SoI-456-JPは発声能力を持たない一方で視覚と聴覚を持つため、交信は映像媒体で実行されます。なおSoI-456-JPの発話内容は5本の付属肢の運動様式で記述されており、SoI-456-JP側と財団側の両方で用意した文字変換プログラムによって通訳が行われます。

SoI-456-JPとの映像コンタクトにより、SCP-3024-JPの異常性が火星のテラフォーミングを目的としたものであり、またSoI-456-JPが原因であることが確認されました。交信ログを以下に提示します。

担当: 住田丈一郎博士

交信日時: 20██/██/██

附記: 五進数表記は十進数表記に換算されている。


<記録開始>

住田博士: この度地球の代表を務めます、財団という組織から参りました住田と申します。普段はSCP-3024-JPという物体の調査を担当しております。よろしくお願いいたします。

SoI-456-JP: あなた方の呼ぶところのTRAPPIST-1eの代表です。個体識別名や特定の地位・階級・役職はありません。よろしく願います。

SoI-456-JP: まず私の方から人類の方々に我々の非礼を詫びます。我々はてっきり、太陽系第四惑星が手つかずの地であると認識していました。一見して人工物の類が目に入らなかったものですから。もしあなた方があの惑星への入植を考えているのであれば、あなた方の将来の領土を我々が侵犯したことになります。申し訳ありません。

住田博士: [間] いえ。私個人の見解としては、我々も外宇宙の存在に対し主権を主張する発想がありませんでしたし、そもそも我々の法では火星すなわち太陽系第四惑星をいかなる国家 ⸺ いかなる組織・団体・機関も領有していません。法的根拠に則れば、少なくとも私はあなた方の行動に異議申し立てをすることがありません。

SoI-456-JP: 了解しました。

住田博士: しかし、先ほどの述べたことはあくまで私個人の思惑に過ぎません。我々の地球に隣接する惑星に異星種族が介入しているという事実は、我が種族の安全保障上に重大な懸念事項を生んでいる実情があります。あなた方の火星介入に関して、我々財団や各宇宙開発機構、各国政府は今後公式な見解を表明する意向です。

SoI-456-JP: 了解しました。あなた方は我々を種族の存亡に係りうる脅威と見なしているわけですね。

住田博士: 断定はしませんが、その可能性があるという方向で合意が得られています。

SoI-456-JP: 理解しました。なるべく地球人の方々とは良好な関係を築きたいと考えています。宇宙の深淵には謀略を秘めた者や我々の理解を拒絶する者が存在します。何億年か昔にはあなた方の祖先も被害に遭い、また今もこの惑星系の外縁部で恒星間植物が休眠しています。我々がこの星系で共に睨みを利かせる協力体制を築き上げるならば、そちらにとって安全保障上の利益が大いにあると考えています。

住田博士: [間] 同盟の提案ですか。

SoI-456-JP: その通りです。

住田博士: しかしあの宇宙船、あなた方の科学力が我々人類より優れていることは一目瞭然です。我々は系外惑星へ宇宙船を飛ばす技術を持ち合わせていません。そんな発展途上の種族と共に歩むとして、あなた方の利益とは何なのか?あなた方はなぜ我々地球人の存在を知りながら、太陽系へ、火星へやってきたのか?それが我々が現在抱いている最大の疑問です。お話いただければ、我々の姿勢もより柔和なものになるかもしれません。

SoI-456-JP: 話しましょう。我々の故郷、あなた方に合わせてTRAPPIST-1eと呼びますが、我々はその星で生まれた唯一の知的生命体です。知性の定義があなた方と同じかは分かりませんが、我々は創造性を持ち、恒星間航行を可能にし、次元工学を手にしました。ただ獲物を狩る群居性の捕食動物から進化し、こうして惑星系を超えて異星の種族とも対話ができる領域に達しました。その先に何を求めるかと問われれば、それはあなた方と同じはずです。

住田博士: 具体的に、それは何ですか?

SoI-456-JP: 探求と繁栄です。未知の領域に目を輝かせ、オリオン腕を駆ける。やがて我々は銀河中に羽 ⸺ 失礼、足を伸ばすことでしょう。銀河系を股にかけ、10億年もの時代に亘り、広範で強大な文化圏を築き栄華を極める。その規模は違えども、あなた方の種族もより快適で成熟した世界を求めて進歩を続けてきたのではありませんか?

住田博士: 理解しました。つまりあなた方の火星進出はその第一歩だと?

SoI-456-JP: その通りです。異なる星系への居住可能圏域の拡大は我々の繁栄を達成する足掛かりとなるでしょう。火星は偉大なる銀河系文明の始まりの地、その1つとなるのです。

住田博士: しかし、この宇宙に数多ある惑星の中で、なぜ火星に?

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惑星表面

SoI-456-JP: 我々の母星との環境の類似性ゆえです。二酸化炭素の固体も混ざっていますが、両極には氷床が広がり、あの惑星は現在でも氷河時代にあります。我々の母星もそれは同じ。潮汐固定の有無はさておき、我々の故郷も夜側は氷に閉ざされ、その中で生命が芽吹いていますからね。

SoI-456-JP: あなた方にも見せてあげたいものです。雪の帝国を擁する高貴な惑星を。燃えるような赤色、輝かしい橙色、神秘的な紫色の空を。常に正しい位置にあるTRAPPIST-1が大地を照らし、白銀の大地が光を浴びて朱の輝きを帯びます。ある山では、昼から夜へ吹き抜ける風が時として音楽を奏で、我々の信仰の1つにもなっています。

住田博士: しかし、今の火星は乾燥しています。酸素もありません。

SoI-456-JP: 勿論、太陽系の惑星で最も我々の星に似ているのは地球でしょう。実際に青い海が広がり、酸素に満ちた大気があり、生命が居住可能な我々の理想とする惑星です。しかし、既にあなた方がいらっしゃいます。同じ星に異なる起源を持つ知的種族が共存しては、手を取り合って開かれる扉よりもその隙間から取り零されるものの方が大きいと判断しました。

住田博士: それは同感です。つまりあなた方は我々との無用な対立や軋轢を避け、火星を選んだと。

SoI-456-JP: そういうことです。あなた方がせいぜい衛星までしか進出していないと考えていたので、そのあたりは見積もりが甘かったことになりますが。

住田博士: 思惑は理解しました。目的は人類や地球でなく、火星にあると。では次に、我々がSCP-3024-JPと呼称している人間の遺体についてお尋ねします。

SoI-456-JP: はい。

住田博士: 我々はあなた方がSCP-3024-JPに干渉しようとしている様を目撃しています。落下軌道の近傍に寄り、出現地点の周囲に滞空した。さらに言えば、あなた方の船が出現した際の重力異常とSCP-3024-JPの重力異常はその程度こそ違えど非常に類似しています。我々にはあなた方の種族とSCP-3024-JPが無関係に思えません。

SoI-456-JP: なるほど。その予想は妥当であり、正確です。

住田博士: では、あなた方は真桑友梨佳氏の遺体 ⸺ SCP-3024-JPで何をしているのですか?

SoI-456-JP: 答えましょう。あの人間は、我々にとって創世の箱舟です。

住田博士: 箱舟?

SoI-456-JP: 我々は恒星間を縦横無尽に飛び、生存圏を拡充しようとしています。その中で、無数の惑星に種を残さなくてはなりません。公転する恒星の温度や直径も違えば、惑星の楕円軌道の曲率や公転・自転速度、重力や大気組成も異なります。無数の変数が異なるならば、その少しでも故郷に近づけなければ我々の繁栄はなしえません。

SoI-456-JP: あの惑星に繁茂するあの植物は我々が惑星改造計画の一端として持ち込んだものです。先駆植物の根は化学的作用で以てケイ酸塩を炭酸塩に風化させ、より発達した植生へ遷移させます。巨大な酸素工場を火星に創立するわけです。あなた方が真桑友梨佳氏と呼称する生命体は空間の窓を通してその運搬を兼ねています。

住田博士: 空間の窓というと、あのワームホール型の単一宇宙内空間異常ですね。そして真桑氏は、空間ハイパーリンクを通し、種子と地表に栄養分を供給する苗床。火星に築く植生の基盤だと。

SoI-456-JP: そうですね。同時に火星磁場の復活も進行しています。磁性体を火星に付加して人工磁場を形成し、太陽風の荷電粒子を防除します。

住田博士: [間] なぜ?なぜ真桑氏なのですか?

SoI-456-JP: 火星入植を検討していた頃、我々は真桑友梨佳氏を見つけました。北海道羽幌町、そこは日本の地です。視界を覆い隠す雲が存在せず、安定した澄み渡る大気の下で、真桑友梨佳氏は我々の船を見つめていました。原始的な望遠装置に目を通し、友梨佳氏は空に浮かぶ我々の船を見つけました。我々を見つめました。我々の中身を覗き込むように、真っ直ぐに見つめていたのです。

住田博士: それは彼女 ⸺ いえ、真桑氏の好奇心ゆえです。

SoI-456-JP: そう、好奇心。正の情動反応が生じていることは言動から見て取れました。系外惑星の種族にそのまま当てはめても良いかは分かりかねましたが、ある種の生理活性物質の増加から見ても興奮状態にあったと判断してよいでしょう。友梨佳氏は我々との邂逅に歓喜し、何かを発話していました。翻訳の結果、それが意思疎通を目的とする歓迎の言葉であることはすぐに分かりました。

住田博士: それで?

SoI-456-JP: 友梨佳氏は明らかに我々に、そして星々に強い関心を抱いていました。それは我々にとっても都合の良いことでした。太陽系第三惑星・地球の生物試料が得られる。そしてそれは第四惑星・火星の手がかりにもなると考えました。惑星開拓を行うならば、その星系の要素も吸収し、変態 ⸺ いえ、進化の糧にしたいですよね。

住田博士: [間] そのために人を拉致したと?

SoI-456-JP: 友梨佳氏は地球の外に、我々は地球生物に関心がありました。相利の関係です。我々の技術・文化・生態 ⸺ 見返りに一頻り知識を吸収してもらった後、我々は母星の種を植え込みました。積載量と生体機能のせめぎ合いを目指した、緻密に均衡を計算した配分で以って、植物種子や共生微生物の胞子を消化器系・骨格系・循環器系・生殖器系 ⸺ 体内のすみずみに移植しました。地球生命の因子という更新を挿入しながら星間を舞う、我々の故郷を太陽系に顕現させる創世の箱舟です。

住田博士: [沈黙]

SoI-456-JP: 住田氏?

住田博士: [間] 地球と火星の近接性から、両者の惑星で生命が共通する可能性、パンスペルミア ⸺ 惑星間の生命種伝搬が生じた可能性は確かに、確かにあなたの目から見ればあるかもしれません。地球の生命ならば火星との親和性が高いかもしれないと。しかし、なぜ ⸺ なぜそれが友梨佳氏でなければならなかったのですか?地球には他にも動物がいくらでも居るでしょうに。

SoI-456-JP: あなた方の種族は巨大な体を持つ一方でこの惑星に80億以上の個体数を持ちます。この莫大な有機資源に注目し、はじめはざっと数万体ほど拝借しようと考えていました。しかし、我々はこの星の生態系の理解が乏しいのも事実です。仮に個体群の0.1%に満たない収量であっても、無暗な干渉は想像のつかない経路をたどり、修復不能な悪影響 ⸺ 我々生命がその回避を至上命題とする「絶滅」に帰結しかねません。そこで我々は慎重に慎重を重ね、この星への影響を最小限度に軽減すべく、対象を目に付いた1体に絞ることにしました。

SoI-456-JP: そしてあの個体は特別具合が良かったのです。あなた方には性差という概念がありますね。核酸繊維の凝集体の種類に応じて決定される表現型の差異。配偶子の性質、生殖器の形態、およびそれ以外の器官で2種類かそれ以上の差があり、異なる形態のもの同士で交尾行動を行う。生殖に応じた役割分担はただでさえ我々の興味を掻き立てるのものですが、しかし特に友梨佳氏は ⸺ 脳の認識と体の形態が整合していませんでした。

住田博士: ジェンダーフルイドです。

SoI-456-JP: それは新たな語ですね。[間] 形態と認識の摩擦、そして流転的な自己認識の変動は、個体自身も意識しない体内環境の変化を生みます。体内の生理活性物質の組成変化はこれから異星環境を経験する種子と胞子に多様な物質と擾乱を与え、我々の用意した先駆生物たちに進化の原動力をもたらしました。地球の恵みに深く感謝します。真桑友梨佳氏は生物群集の進化の飛び石にして、我々の文明圏の分布の飛び石となる逸材なのです。

住田博士: [間] しかし我々が観測する限り、真桑氏は頸部をはじめとする各所に裂傷を受け死亡しています。生物個体、とりわけ知的生命体の取り扱いに関して、そちらの運用方法には問題 ⸺ 改善の余地があるのではありませんか?

SoI-456-JP: 裂傷。ああ、それは我々の過失ではありませんし、支障もありません。

住田博士: と仰ると、真桑氏の傷はあなた方によるものではないと?

SoI-456-JP: 原初の友梨佳氏は発射の直前、あなた方が爪と呼ぶ硬質化した皮膚組織で自らの血管系を切断したのです。空間の窓を通るほんの数瞬前に生命活動を終えてしまいました。

住田博士: つまり自殺だと?

SoI-456-JP: はい。しかしご心配なく。原子の1つ1つまで生前の形態を再現した複製体が既に目覚ましい成果を上げています。容認いただけるならば今後ますますの量産が可能でしょう。本件に関して新たに生物試料をいただかずとも我々は十分に火星の開拓が可能です。むしろ、あなた方から許諾を得てこの系外進出の第一歩を成し遂げた暁には、10万でも、100万でも、謝礼として我々の同胞から試料を譲渡しても構いません。

住田博士: [沈黙]

SoI-456-JP: どうかしましたか?我々はあなた方の文化をまだ十分に理解できていないかもしれません。もしあなたの沈黙の理由が我々の非礼にあるのであれば、詫びを。

住田博士: [間] いや、結構。試料の件ですが、検討します。近日中にご連絡します。

SoI-456-JP: そうですか、それは良かったです。お互い栄えある未来を。

<記録終了>


終了報告書: SoI-456-JPは地球生物と生命の性質が異なる。個の意識が希薄であり、全体主義的価値観に基づいて行動していると目される。このため1個体や少数個体の生命は ⸺ 地球生命が目的としていない ⸺ 彼らの大目的である種の存続・保存と天秤にかけた場合に低価値であると推測される。火星入植を受容して共存の新時代を始めるにせよ、拒絶して従来の生活を守り続けるにせよ、我々と彼らとの狭間に在り方の断絶があることは注意されたい。

そしてこの場を借りて、志半ばでこれまでに数万の命を散らせ、これからその数十億倍を散らせうるSCP-3024-JPに、お悔やみを申し上げる。

⸺ 住田博士

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