侈のいろは ハブ » SCP-3026-JP
アイテム番号: SCP-3026-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-3026-JPは標準人形チャンバーへ収容してください。SCP-3026-JPには食事を与える必要はありませんが、SCP-3026-JP-Aには日2~3回の給餌が必要です。SCP-3026-JPの頭部は3日に1回水交換・洗浄が行われます。これらはもっぱらSCP-3026-JP自身によって行われますが、必要と認められた際は適宜補助を行ってください。
説明: SCP-3026-JPは、頭部がいわゆる「金魚鉢」と称されるガラス製の鉢に置換されている人型実体です。SCP-3026-JPの首から下は、正常なモンゴロイド系成人男性と比べて顕著な相違点は発見されませんでした。その頭部に関わらず、SCP-3026-JPは少なくとも通常の成人男性程度の知的能力・視/聴/嗅覚・発声能力1を有しています。
SCP-3026-JP-A
SCP-3026-JP-Aは、SCP-3026-JPの頭部に生息しているメスのキンギョ(Carassius auratus)です。SCP-3026-JPからは「ユミコ」という名称で呼ばれています。SCP-3026-JP-Aが頭部に存在している際、SCP-3026-JPの知的活動は有意に向上します。例としては、魚類に関する知識の増加、空間把握能力の増加、文学的表現力の向上等が現在まで確認できています。SCP-3026-JPの頭部にはSCP-3026-JP-A以外にも、水や砂利、ガラス玉など金魚の飼育にしばしば用いられる用品がSCP-3026-JPによって入れられていますが、いずれも非異常の物品であり、SCP-3026-JPに知的活動その他の影響は及ぼしません。
インタビュー記録-3026
日付: 2022/5/16
対象: SCP-3026-JP
インタビュアー: 谷先研究員
[前略]
谷先研究員: それでは、インタビューを始めます。SCP-3026-JP⋯⋯[研究員の目が泳ぐ]すみません、目を合わせようとしたのですが、どこを見ればいいのやらで⋯⋯
SCP-3026-JP: 目⋯⋯? ああ、私のことなんて見なくてもいいんです。ユミコこそが私にとっての目であり、顔なんですから。
[SCP-3026-JP-Aが研究員の方向を向き、凝視する]
谷先研究員: あ、はい。ありがとうございます[研究員が金魚に目を合わせる]。それでは、改めてインタビューを始めますね。SCP-3026-JP、それにSCP-3026-JP-A──
SCP-3026-JP: ああ、そうだ。できればなんですが、彼女のいるところでは、彼女を、ユミコと呼んでもらえますか?
インタビュアー: わかりました。ええと、SCP⋯⋯[口をつぐむ]あなたについては、何か呼んでほしい名前などありますか?
SCP-3026-JP: いえ、僕は何と呼んでくださっても構いません。彼女をユミコと呼んでくだされば、それでいい。SCP-3026-JP⋯⋯でしたっけ。何なりとお呼びください。
インタビュアー: 了解です。SCP-3026-JP、それに、ユミコさん。それで、あなたがユミコさんの飼育を始めたのはいつ頃からか、記憶していますか?
SCP-3026-JP: [考え込む]あれは確か、6年前でしたでしょうか、[頭部を揺らす]──あ、7年前かい? すまないね──たしか、この近くの商店街で夏祭りがありまして2、そこに金魚掬いの屋台があったのです。僕が水槽の中を覗くと、ユミコがじっと、僕のことを見つめていました。僕は最初に彼女の澄んだ目を見た時、心の中心を矢で射抜かれたような気持ちになりました。一目惚れ、とはこういうことを言うんでしょうね。僕は子供達に交じって夢中でポイを持ち、彼女をその水槽から掬い出したのです。それ以来、ユミコはずっと僕の中にいてくれています。
一般的な弓。木製の部分が弓柄。
谷先研究員: なんだか、ロマンチックなお話ですね。
SCP-3026-JP: ユミコという名前は、その時僕がつけたんです。どうやら魚は名前をつける習慣がないようで、僕が名前を聞いた時、せっかくだからあなたにつけて欲しい、と。僕は彼女を、弓のようなひとだと思いました。先ほど、彼女に心を射止められたと言ったでしょう、あの時の彼女はまさに凛とした弓でした。弓柄のようにしなやかな彼女のヒレ、弦のように引き締まったその体の成す動きは、まるで矢のようにまっすぐで力強い。だから、弓からとってユミコ。そのまんまですが、彼女はとても気に入ってくれて。先ほどあなたにユミコと呼んでほしい、と言ったのは、実はそのためです。
谷先研究員:[SCP-3026-JP-Aを見つめる]確かに、そう言われてみれば、金魚と弓、曲線美という点では似ているやも⋯⋯
[SCP-3026-JP-Aが谷先研究員に尾を向ける。研究員は目を泳がせる]
谷先研究員: あれっ。すみません、ユミコさんにそっぽ向かれちゃったんですけど、私嫌われてるんでしょうか⋯⋯
SCP-3026-JP: そんなことはありません。そもそも金魚は僕たち人間よりも視界が広いものです。目が横についていますから、後ろ向きでも案外見えるものらしいですよ。現にユミコも、あなたを素敵なひとだと言っています⋯⋯と、お洋服、新品ですか?背中にタグが付いているようですよ。
谷先研究員: あっ[白衣のボタンを開き、背中をまさぐる]本当だ。ありがとうございます。
SCP-3026-JP: [笑う]お礼でしたら、僕じゃなくてユミコにお願いします。
[後略]
SCP-3026-JPは、時折SCP-3026-JP-Aに話しかける形で独り言を行います。これに限らずSCP-3026-JPはSCP-3026-JP-Aが対話可能な実体であると認識し、そのように振る舞いますが、少なくとも既存の技術において、SCP-3026-JP-A自体に知的能力があるという証拠は発見できていません。また、SCP-3026-JPも、SCP-3026-JP-A以外の魚類との交流が不可能である旨を証言しています。
インタビュー記録-3026
付記: SCP-3026-JPは頭部の清掃のため一時離席中。SCP-3026-JP-Aはその間非異常の水槽内に入っていた。
[前略]
[SCP-3026-JP-Aが水槽の中で泳いでいる。谷先研究員がそれに向かって対話を試みる]
谷先研究員: SCP-3026-JP-A⋯⋯[SCP-3026-JP-Aに向けて手を振る]ユミコさーん⋯⋯ [溜息]。
[SCP-3026-JPが入室する]
SCP-3026-JP: どうしたんですか?
谷先研究員: さっきまでユミコさん本人にインタビューを試みていたのですが、反応がみられずじまいで。やはりあなたにしかユミコさんの声は聞こえないんでしょうね。
SCP-3026-JP: [考え込む]そうかもですね。ちょっと失礼──おいで。
[SCP-3026-JPは水槽に頭部を近づけ、SCP-3026-JP-Aに向けて頭部を指差す。SCP-3026-JP-Aは助走をつけて水面から飛び出し、SCP-3026-JPの頭部に着水する]
SCP-3026-JP: 話している途中申し訳ありません。実はユミコが頭の中にいないと、どうにも頭が冴えないというか、なんというか、落ち着かなくてね⋯⋯
谷先研究員: 大丈夫です。ユミコさんが頭の中にいるとき、あなたのいくつかの知的能力に向上が見られること、こちらでも確認しています。このままインタビューを続けることにしましょうか。
[研究員とSCP-3026-JPがそれぞれ部屋の椅子に着席する]
SCP-3026-JP: ありがとうございます。そうですね、僕はあまり頭のいい方じゃありませんから、ユミコによく知恵を借りるものです。ユミコは僕に色々なことを話してくれます。同じ魚類のことであったり、僕の頭の中から見える景色だったり、そして、世界がこんなにも美しく輝いていることも⋯⋯それに、頭の中でユミコのことを見ていると、僕の心は落ち着くんです。
谷先研究員: あなたは、自分の頭の中を観測できるのですか?
SCP-3026-JP: はい。あなたたちと違って目でものを見ているわけではありませんから、少し説明が難しいですね⋯⋯斜め上を向いて、ぼんやりと考え事をする⋯⋯というのが上手な例えでしょうか。そうすると、自分の視界がゆっくりと中に引っ込んで、水槽の中が見えてくるんです。そうして水槽の中を覗いたり、ユミコと話している時は、当然ながら外の世界も見えないし、聞こえない、しかし、むしろそれが良いのです。僕らだけの金魚鉢の世界に入って、ユミコと話していると、まるで人間と金魚という肉体から解き放たれて一対の男女として話しているような気分になるんです。
SCP-3026-JP: もちろん、僕たちが全てを共有できるわけではありません。例えば、さっき水を換えた時、ユミコは僕に、新しい水は泳いでいて気持ちがいい、と教えてくれました。全身をそそぐ水の感覚、というのは、少なくとも最近の僕には感じ得ないものです。例えばですが、もし、僕がプールなどに飛び込んでしまったら、それはそれは大変なことになりますから。もちろん魚の体で泳ぐほうが人間の体よりもずっと気持ちいいことでしょうが、少し羨ましくなってしまいますね。
谷先研究員: なるほど⋯⋯よく何もない場所に向かって話し続けていたのは、そういうことだったんですね。
SCP-3026-JP: やはり、外側からは僕が独り言を言っているように見えますよね。お恥ずかしい。
[SCP-3026-JPが右手で頭部正面を隠す。SCP-3026-JP-Aがそれに反応し、右手の陰に体を潜める]
[後略]
SCP-3026-JPは自身の頭部の由来についての記憶を持ちません。SCP-3026-JPには自身の幼少期を知る親族・知人が存在しないため、これが先天的・後天的な異常であるかの判別さえ不可能ですが、SCP-3026-JPの記憶によれば、少なくとも、SCP-3026-JPが頭部でSCP-3026-JP-Aを飼育し始めた時点よりも前から頭部の異常性は存在していたようです。しかしこの場合でも、SCP-3026-JPが確保以前いかにして自身の異常性を秘匿し続けていたかについては依然として不明です。
インタビュー記録-3026
[前略]
谷先研究員: では、ユミコさんに会う前は、頭の鉢には何もなかったのですね。
SCP-3026-JP: その通りです。頭だけじゃない。ユミコに会う前、僕は空っぽな人間でした。親類も友人もいない、自分がどこから来たのか、いつから、あるいはなぜ、金魚鉢の頭を持っているかもわかりません。歩いていても誰も気を止めない、そんな空気の薄い人間でした。
谷先研究員: そうだとしても、金魚鉢⋯⋯異形の頭というのは、流石に人目を引く物ではないでしょうか?
SCP-3026-JP: いいえ、案外気づかないものですよ⋯⋯現にあなたたちでさえ、ユミコがいて初めて僕を見つけることができたのですからね。
谷先研究員: 殊に、人に気づかれない特性等があった、というような覚えは?
SCP-3026-JP: [考える]いいえ、単に気づかれなかっただけだと思いますよ。誰も空っぽの金魚鉢なぞに目は向けないでしょう? しかし、今僕の頭にはユミコがいます。彼女が来てから、僕の世界はずいぶん華やかになりました。先程の「なぜ」も、今の僕なら力強く答えることができます。「ユミコと一緒に暮らすためなのだ」と⋯⋯。彼女は僕の世界を輝かせてくれる唯一の存在です。僕も、ユミコにとっての唯一でありたいと願っています。
[後略]
補遺: 2023/02/18、SCP-3026-JP頭部の水面に、銀色の小片状の物体を確認しました。検査の結果これはSCP-3026-JP-Aの鱗であると認められ、SCP-3026-JP-Aの鱗が一部剥離していることも判明しました。これに伴い、同年02/19、SCP-3026-JP-Aの傷病検査が実施されましたが、特筆すべき傷病は発見されませんでした。健康管理のため、現在は許諾のもとSCP-3026-JPの頭部で塩浴3処置を行なっています。
インタビュー記録-3026
[前略]
SCP-3026-JP: 一度、ユミコと河川敷に散歩に出ていた時、敷石に躓いて頭の中身をほとんど溢してしまって、そこで、あろうことかユミコを見失ってしまったことがあるのです。
谷先研究員: それは、相当危なかったですね。ユミコさんは結局無事だったんですか?
SCP-3026-JP: 幸い、ユミコはすぐ見つかりました。かわいそうに、鱗がいくつか剥がれてしまったようで、彼女を掬った僕の手には銀色のキラキラとしたものがいっぱい張り付いていました。川から頭に水を溜めてすぐに元通りになったためか、彼女は特に気にしていない様子でした。が、もしユミコが川にでも流れてしまったら、あるいは、もし固い地面に強く叩きつけられてしまったら⋯⋯考えるのも恐ろしいことでございます。
[SCP-3026-JPが頭部の水面に触れ、濡れた指を見つめる。指に付着した水滴には、SCP-3026-JP-Aの鱗が一枚付着している]
SCP-3026-JP: ユミコを探しながら、ふと思ったのです。もし彼女がいなくなったら、僕はどうなるのだろう、あるいはどうすればいいのだろう、と。もちろん彼女と僕が同じ時に死ぬならそれはそれで幸せです、しかしそうはならないでしょう。僕はおそらく人間の時間を生きているけど、ユミコは魚の時間を生きている。それは交わることはあれど寄り添うものではない。あなたも、自分の親しい人がいつか死んでしまう、ということを、ふと思い出すことがあるでしょう?
[谷先研究員が頷く]
SCP-3026-JP: 最初に浮かんだ考えは、ユミコが死んで、それから少し経ったら僕も後を追って死んでしまおう、というものでした。これはすぐに考えるのをやめてしまいましたよ──そんな勇気は僕にはありませんし、それに、今現在の話になりますが、そんなことが起こりそうものなら皆さんこぞって止めてくれるでしょう? その次に、死にはしないとしても、彼女が死ねば頭は人間のものに戻るのだろうかとも思いました。彼女の存在こそが、僕がこのような頭である所以だと考えていたからですが──これも真剣に考えるには値しませんでした。そもそも、僕は彼女との出会いの前から長らくこの頭でしたからね。
SCP-3026-JP: 僕が思うに、僕の頭は再び空に戻るのです。しかし決して元の通りとはいきません。ガラスの底についた傷、壁面についた水垢の曇り、彼女との思い出の残渣。僕は一生それを抱えたまま生きていくんでしょう。以前、ユミコが頭にいると泳げない、なんて申しましたでしょうか。もし、僕の頭が空っぽになったのなら、遠慮なく水の中を泳ぐことができるでしょう、皮肉なものですね、彼女がいなくなって初めて、彼女の喜んでいた水の感覚を知ることができるなんて。
[SCP-3026-JP-Aが水面近くで鰭を動かす。水面には波が発生するが、時間が経つにつれ穏やかになり、そして消失する]
SCP-3026-JP: 変化は避け得ないものです。人生が終わっても、命は続きます。
[後略]
傷病調査により、SCP-3026-JP-Aについて、眼部が白濁し、視覚による状況把握が困難となる等、一般的な魚類の加齢と見られる症状を複数認めました。これらの症状とSCP-3026-JPの陳述を考えると、SCP-3026-JP-Aの寿命は通常の金魚と同じ程度であり、SCP-3026-JP自体の寿命──平均的なヒトの寿命──とは大きく異なることが考察されます。精神的な影響を考慮し、これらの結果はSCP-3026-JPに対して秘匿されましたが、交流の際はSCP-3026-JPはSCP-3026-JP-Aの寿命が近いことについてある程度把握し、尚且つそれを(やや諦念をもって)受容している可能性が高いことに留意してください。









