夏が終わっていく。
アイテム番号: SCP-3046-JP
オブジェクトクラス: Megiddo1
特別収容プロトコル: SCP-3046-JPの収容は放棄されました。
説明: SCP-3046-JPは、現在おおいぬ座方向に向かって亜光速で移動しているスイカ(Citrullus lanatus)です。現在、カイパーベルト部に位置しており、約1年で太陽系を脱すると見込まれています。
SCP-3046-JPは、千葉県██市██の砂浜にてスイカ割りの余興に興じていた大学生グループにより、「スイカが異常に硬い」旨の投稿がSNSになされたことで発見されました。
破壊耐性が認められたため、SCP-3046-JPはAnomalousアイテムとして保管されていました。
当時のAnomalousアイテムリストより抜粋:
AO-59280-JP
説明: 破壊耐性を有するスイカ(Citrullus lanatus)
回収日: 20██/██/██
回収場所: 千葉県██市██
現状: 低脅威度物品保管ロッカーにて保管。
多くのスイカが叩き割られ、砂にまみれて打ち捨てられるのを見た。私はそれを恐ろしく思いながら見ていた。
やがて私の番になった。彼らは私の身体を棒で打ち付ける。何度も。何度も。
私は必死になって祈った。あの棍棒から身を守ることを。
それは叶った。
発見から2か月後、低脅威度物品の定期点検において、非異常なスイカと同様の劣化が確認されました。芳香官能試験において、SCP-3046-JPは腐敗の兆候を示していることが示され、保存措置を施さない場合、最長1年ほどで完全に腐敗すると予想されました。
彼らは私の身体を検める。
照明に照らされた私の身体は、気づかぬうちに痛み始めていた。
彼らは鼻を近づけて、腐り始めた私を嗅ぐ。
夏が終わっていく。
いやだ。
発見から3か月後、経過観察のためにサイト-8162の実験室に置かれたSCP-3046-JPが突如として亜光速で飛行を始めました。この際に生じた衝撃波及び断熱圧縮熱により、日本列島を中心として半径8000kmの地域が壊滅し、地球全土において津波が発生しました。地軸が約4度傾くなどした結果、地球環境は劇的に変貌し、財団はWK-クラス: 世界終焉シナリオを宣言しました。
現在、地球人類は外宇宙サイトに避難しています。
夏は終わらない。
特殊相対性理論によると速く動く物体に流れる時間は遅くなる。外宇宙サイト-81GUからSCP-3046-JPを観測する財団職員は、SCP-3046-JPの腐敗は限りなく遅延していることに気づくだろう。奇妙なことに、彼らの寿命が尽きるまでの間に、SCP-3046-JPが腐り落ちることはない。これこそがSCP-3046-JPの望んだことだ。
一方で、SCP-3046-JPが見ている景色は更に奇妙だ。SCP-3046-JPから見ると、全宇宙が亜光速で後方に動いているのだ。その結果、全宇宙の時間の方が遅延する。同時にローレンツ収縮により全宇宙が圧縮される。宇宙の時間が止まる中、スイカは1秒で千億里を駆ける。
亜光速で航行する彼の主観では、すべての光は前方から来ているように見える。視界の中心以外が暗闇に包まれていく。視界の中心は赤方偏移と青方偏移によって、奇妙な紫や赤に色づいていく。お世辞にも旅情があるとは言えない。
SCP-3046-JPの心は必然的に、過去の思い出だけを垣間見る。
春が過ぎ、梅雨を耐え、夏が訪れた。
なにも欠けることはないと思った。
「おー!こりゃまた随分綺麗なスイカになったなぁ!」
快晴の中で、農家の男性が言う。その言葉で、SCP-3046-JPは自分の身体を自覚した。
大玉のスイカは受粉から約50日で摘果される。SCP-3046-JPの記憶の始まりは、湿り気の中で夏を待つ梅雨の空だった。彼は梅雨の大雨を耐え、異常なほど美しいスイカとして摘果された。完璧な球に近い形、他のどのスイカよりも大きな実、ほとんど均等な緑と黒の縞模様が描かれた表面は、太陽の光を瑞々しく弾いている。
「本当!綺麗な模様ね!」
「それに大きいなぁ!」
農家たちは、収穫した彼を笑顔で見送る。他のスイカたちとともに出荷用の籠に積み上げていく。SCP-3046-JPは他のスイカたちを見る。どれも瑞々しく、美しかったが、自分が最も美しく大きかった。それに満足した彼は、トラックに揺られながら満足げに微睡んだ。
無様に汁をまき散らして、スイカたちが割られていく。
砂に塗れ、打ち捨てられていく。
私の夏が終わっていく。
木の棒で割られていくスイカたち。目隠しをした男が棒を振り下ろすたびに、若者たちは歓声を上げる。丸々としていた果実が、中身をまき散らしながら破片になっていく。汁に満ちた赤色の中身は驚くほど砂を吸いつけ、甘ったるい匂いの汚物に変質していく。
若者は十数人ほどの男女のグループで、交代交代で棒を握る役割を引き受けていく。グループと同じ数のスイカがブルーシートの上に用意され、それを一つ一つ砕いていく。
SCP-3046-JPの番になり、彼は恐慌の中で身を守ろうと祈った。棒で砕かれたくなかった。
「そこ!」「そこそこ!」「振り下ろせ!」
次の瞬間、SCP-3046-JPが見たのは、棒を振り下ろした若者が手首を抑えて絶叫している姿だった。彼は自分の身体を確かめて、傷一つないことに安堵した。
衝撃から身を守ることは覚えたが、時間の流れは止められない。
時間が流れていく。
時間と言う呪縛は普遍的なものだ。それを理解しながら、彼はすべてを振り切って逃げ出した。そうして彼は夏を終わらせない方法を見つけ出した。
しかし、永遠は存在しない。
彼の主観時間が数か月を刻んだある時、急に、SCP-3046-JPの視界が広がった。光行差により進行方向以外の光が見えなくなっていたはずの彼の視界。それが広がったのなら、理由は一つ、減速したのだ。強力な重力場が、彼の身体を捉えた。彼は地球から数億光年先の超大質量ブラックホールに突入していた。
強大な重力場によって時間が再び歪み始める。SCP-3046-JPが特異点に到達する数十秒の間に、これまでの時間の歪みを清算するかのように、宇宙では数億年が経過する。事象の地平面の外に見える星々がすさまじい速度で回転しているのがわかる。
さて、事象の地平面の内側では、これまでブラックホールに落ちてきたすべての物質とすべての光が保存されている。それはつまり、ブラックホールに到達したすべての情報が記録されているということだ。何億光年先のものであろうと、光として伝わってきたのであればそこにある。
アウトフライング特異点に到達したSCP-3046-JPは、それを垣間見た。
何兆、何京もの星々が産まれては消えていくのを見た。
そのどれも私と同じく完璧な球をしていた。
それは美しいものだった。
そして、SCP-3046-JPは一つの星を見つけ出した。あの夏の日の空に似た青い惑星。彼の産まれた星だった。
そこに住んでいた、子供たちの姿を見た。彼らは包丁でスイカを割っておいしそうに食べていた。その断面は赤く、黒い種がいくつか表面に顔を覗かせる。
球から形を変えてしまったが、それも美しいと、SCP-3046-JPは思った。
やがて、青々として美しかった地球は、赤色の溶岩を吹き出しながら壊れていく。SCP-3046-JPが亜光速で地表から飛び去った影響だ。
私が壊した地球は、棒で叩き割られたスイカに似ていた。
ふと、見覚えのあるマークが目に留まった。
特異点を突破した彼は、更に中心に向かって進んでいた。その間にも時間は流れ続けている。更に数億年が経つ。
ブラックホールの中心に位置するBKL特異点の手前で、SCP-3046-JPは人工的な建造物を見た。灰色と白を基調とした建造物の壁面には、二重円と中心に向かう三つの矢印が描かれていた。
財団。人類を外宇宙サイトに保護した彼らは、その後、何億年もの時間をかけて銀河から別の銀河へと入植し、ブラックホールの内側にまで足を踏み入れていた。財団が超大質量ブラックホールの内側に建造した外宇宙サイト-81920448391に到達したSCP-3046-JPは、そこで静かに旅を終えた。









