SCP-3052-JP-A。
特別収容プロトコル
異常生物を収容しているサイトは、収容中の生物がSCP-3052-JPの対象にならないか、その兆候を観察する必要があります。兆候が確認され次第、サイト管理官からSCP-3052-JP特別収容部にその情報が伝達される事となっています。
SCP-3052-JP-Aに指定された生物は特別収容部の監督下に置かれ、指定されたサイトに移送・収容されます。該当の収容エリアには現実凋落爆弾が備えられており、これは収容違反時にエリアごとSCP-3052-JP-Aを消滅させるために使用されます。
説明
SCP-3052-JPの対象となった個体(上部赤枠)と、変容後の姿(下部赤枠)。
SCP-3052-JPは、異常な生物が黒色の人型実体へと変容する現象です。非異常な生物がSCP-3052-JPの対象となった例は存在しないものの、現象が全世界で発生している事が確認されています。
SCP-3052-JPの対象となる個体には、以下の様な生物学的共通点が確認されます。
- 一定規模の集団を構成し、集団の習性に社会性が認められる。
- 発話能力や言語処理能力を持ち、一定水準以上の知性が認められる。
黒色の人型実体に変容した実体はSCP-3052-JP-Aと定義されており、現在その数は増加傾向にあります。
補遺1 - 変容プロセスの詳細
SCP-3052-JPの対象となった生物は、1~3ヶ月の期間をかけて肉体が変容していきます。詳細なプロセスは以下の通りです。
第一段階
SCP-3052-JPに選出された対象は、初めに不明な実体から肉体の変化を提案されるイベントを経験する。この際、対象が変化の提案を受け入れると、対象は第二段階に移行する。当件の詳細は補遺2を参照されたし。
第二段階
ある個体の皮膚侵食プロセスを可視化した図。
対象の肉体に黒色の斑点が現れ始める。斑点は時間経過と共に他の斑点と融合しながら拡大し、全身に侵食する。同時に体毛が脱落し、皮膚や筋肉が軟化して流動的になる。末期には臓器や骨にも侵食が及び、脳が侵食されて知性を喪失する。最終的には流動的な黒いスライム状の生命体となる。
第三段階
流動的な肉体が指向性を持って動き、約176cmの中性的な人型実体(SCP-3052-JP-A)へと変容する。この段階では肉体が硬化してヒトの外見に酷似するが、感覚器官は存在しない。
この状態の対象はほとんど意思的な行動をしないが、刺す・殴るなどの破壊的な刺激には反応し、肉体の歪曲と共に元の状態に回復する様子が確認される。
SCP-3052-JP-Aは異常な回復能力を備えていますが、これは無尽蔵ではなく、激甚な刺激を長時間加えられると回復しなくなります。この状態がSCP-3052-JP-Aの死と定義されており、放置すると肉体が液化し、最終的には霧散して消滅します。
それ以外の点での死亡は確認されていません。対象に寿命が存在するかに関しては研究が進行中です。
補遺2 - 提案を受けたアノマリーの所感
第一段階における「提案」イベントに関して、知性を持つ複数の対象に詳細を説明させた試みでは、共通した回答が得られています。以下は、その中でも特筆すべき対話の抜粋です。
対話記録.3052-JP-A61
メンバー:
- カントルーヴ博士
- SCP-███-██
序: SCP-███-██は発話能力と知性を有するアナウサギ(Oryctolagus cuniculus)である。当該対話が実施される2日前に「提案」イベントを経験し、その旨を研究担当者に報告していた。
[抜粋開始]
カントルーヴ博士: 貴方の経験した「提案」なるものについては、こちらの間でも特記事項として扱われています。より詳しく説明していただけますか?
SCP-███-██: もちろん。早速話そうか ― 簡単に言うなら、何者かが私の脳内に直接語り掛けてきて…そして奇妙な「変化」を提案してきた。
(カントルーヴ博士は話を続けるよう手振りで促す。)
SCP-███-██: それは、身体がスライムのようになり、知能の喪失という過程を経て、やがて破格の治癒力を持ったヒトの形へと再構成される、というものだった。私はそれを受け入れたよ。だから、その通りの変化が今後私の身に起こるだろうね。
カントルーヴ博士: なぜそんな提案を受け入れたのですか?
SCP-███-██: 実のところ、そんな提案を聞き入れる気など最初は無かったよ。いくらその変化によって何者にも侵されないような身体を得られたとしても、知性を失うのは流石に抵抗がある。
カントルーヴ博士: ええ。生存戦略を考えるなら、高い知性を持つ方が良いはずですからね。
SCP-███-██: その通りだ。だが、私以外の仲間にも同じように声を聴いた者がいた。そしてその者は…変化を受け入れた。
(沈黙。)
SCP-███-██: 提案者は、私達以外の、河童やらビッグフットやらの中にも、変化を受け入れる者が次々と現れている事を知らせてきた。そして、「変化しなければ生き残れない」と囁いた。なぁ、河童やらビッグフットの中にも変化してるヤツがいるのは本当なのか?
カントルーヴ博士: 失礼、お答え出来ません。
SCP-███-██: そうか。とにかく、それを実感した私は、変化する事が生き残るためにも重要なのだと感じ始めた。それに、他の者が変化を選ぶ中で私だけが取り残されるかのような焦りもあった。だから…受け入れたのだ。
カントルーヴ博士: ふむ。何か、まるで常識に左右される人間のような…
SCP-███-██: 思うに、それは間違いではない。悪く言えば、私は他者に流されたのだよ。これは人間だけじゃない、知性を以て生存戦略を考える者ゆえの行動だろう。
カントルーヴ博士: そうかもしれませんね。まぁでも…常識と言うと、どこか社会的な印象を受けます。
SCP-███-██: それも正しいかもしれないな。提案者は、異常生物という「社会」において肉体の劇的な変容というムーブメントが各所で発生している事を伝えた、と言える。何はともあれ、提案者が私達に変化を促している事だけは事実だ。
カントルーヴ博士: なるほど。他に何か分かっていることはありますか?
SCP-███-██: 無いな。…いや待て、1つだけ奇妙なことがある。
カントルーヴ博士: 何でしょうか?
SCP-███-██: 私は提案者に「なぜそのような変化を我々に促すのか」と聞いた。私達にとってこの変化にはより生存の確度を高めるというメリットがあるが、提案者にどんなメリットがあるか分からなかったからな。
カントルーヴ博士: 回答は…?
SCP-███-██: そのように変化した方が「たのしいから」、らしい。よく分からないが。
カントルーヴ博士: 書き留めておきます。
[抜粋終了]
その後、SCP-███-██は経過観察の下で、順当に段階を経て肉体が第三段階まで変容しました。知性を喪失するまでに対話が何度か行われましたが、特筆すべき情報は得られませんでした。
補遺3 - 同質化現象
幾つかの分析の結果、SCP-3052-JP-Aが一種の社会的圧力の影響下にある可能性が推定されました。以下はSCP-3052-JP研究セクターより提供された資料の抜粋です。


同質化現象アイソモーフィズム
クロエ・カイ博士、研究主任
超常社会学
ここに5人のヒトと2本の線が書かれた紙がある。上の線は短く、下の線は長い。明白に。
紙を掲げた人は尋ねる、「どちらの線が短いですか?」。彼らは答える、4人連続で「下」と。最後の1人は明らかに下の線が長い事に気付いていながら、狼狽しつつこう答える ― 「下」と。
これはハーディング現象という社会現象である。社会では、集団心理により不合理な行動やブームが起きる事がある。これからそんな社会現象のうち、SCP-3052-JPに関する"同質化現象"について説明する。
この世の生物は実に多様である。弱肉強食の世界で淘汰されながら姿形を変えてきた彼らは、生存本能を備えている。そしてその中でも高い知能を持つ生物は明確に「生き残りたい」という意志を持ち合わせている。そんな中、強靭で何者にも脅かされない肉体を安易に得られる方法 ― 即ちSCP-3052-JPを突然何者かから提案されたら?
全員が提案を受け入れる訳ではないが、一部は喜んで受け入れるだろう。最初はブームにもならないだろうが、提案を受け入れた者が強靭な肉体を得て生存が確固になった様を見れば、他の生物も続々と提案に追従し始める。
そのようにして複数の個体が変化し、そしてその様を知った個体は、合理性ではなく「他の者もそうしているから私もそうすべきだ」という正当性で、同じ行動に出る ― つまり変化しようとする傾向が如実に現れ始めるのだ。
やがて、SCP-3052-JPを実行することが常識のようになっていく。この一連のプロセスを同質化現象と言う。尤もこの変容は異常なプロセスと作用によって成立しているが、ともかくSCP-3052-JPには、この同質化現象が関与している可能性が高い。
同質化現象の過程。
前提として異常生物は何か包括的な社会フィールドに属している訳ではないが、提案者はそんな社会の存在をSCP-3052-JP-Aらに教え、自分がその社会の一員であると自覚させている。これにより、彼らは同質化しやすく流されやすい性格になるのだろう。
社会現象は時間と共に広がる。よってSCP-3052-JP-Aもこれから増加する可能性が高く、それは生態系の崩壊を招く。この事態を防ぐため、我々にはSCP-3052-JPの原因特定と制御が求められる。ただし特記すべき点として、提案者は異常生物らが変容する事を「たのしい」と述べているようだ。奇妙な事だが、これの研究も必要であろう。
補遺4 - 予期せぬ変化
SCP-3052-JP-Aの数は時間経過と共に増加していきましたが、その脅威性の低さから各サイトにて個別に収容されていました。その対応は適切でしたが、2022/08/04以降に発生した事態を鑑みて、対応が再評価される事となりました。
以下は当時SCP-3052-JP主要研究地であったサイト-1050から各サイトに送付された緊急通知の抜粋です。


この通知はSCP-3052-JP対象を収容している全サイトに一斉送信されています。管理官の皆様は以下のメッセージを読み、必要に応じて対応をお願いします。
こちらはサイト-1050です。当サイトでは現在、多数のSCP-3052-JP-Aを収容していますが、第三段階に達した一部の対象に未知の変化が生じています。簡潔なリストは以下の通りです。
- 対象の筋骨・腱の異常な高密度化による増強。
- 物体生成能力の獲得。
- 狂暴化。
これらの対象は現在、上記の変化により破格の膂力を獲得しており、狂暴化に伴って収容壁の破壊と職員への攻撃を試みています。そのため、高位の収容室に移送せざるを得ませんでした。
また、対象が獲得した物体生成能力は現時点でクラスⅠ程度ですが、増幅傾向にあります。このペースで進行すれば、対象の能力は15日以内にクラスⅢに達するでしょう。最も深刻な問題は、この能力が現実改変をベースとしているものの、SRAなどではそれを十全には抑止する事ができないという点です。多層構造になっている玄妙な改変は既存の手法で制御できない場合がありますが、この物体生成能力も同じ類いであると考えられます。仮に対象が能力を増幅させた状態で収容壁を破壊しようとすれば、我々はそれを抑止できません。
現在は封じ込められていますが、収容壁を突破する可能性が高まっています。幸い、対象に大きな損傷を与えると死亡することは判明していますから、収容突破の危険が迫ってきた場合、我々は起爆装置によって終了することを予定しています ― 対象の数が多いため、この終了による損失は財団の理念を脅かすものとは見做されません。
管理官の皆様には、SCP-3052-JP-Aの収容状況を鑑み、上記のリストに該当する変化が起きている事が確認された場合、適切な収容設備が整った以下のサイトのいずれかに対象を移送して下さるようお願い申し上げます。
移送サイト: 1050 / 502 / 8111 / 302 / 1125
SCP-3052-JP-Aの未知なる変化は、現象の「第四段階」として仮称され、要警戒事項として通知されました。各地に収容されていたSCP-3052-JP-Aのうち相当数が上記に示すサイトに移送・収容されました。
補遺5 - 収容違反
前述の通り、第四段階に達したSCP-3052-JP-Aの肉体増強および物体生成能力は日を追うごとに増幅傾向にありましたが、そのスピードは緩やかでした。しかしながら2022/08/21、サイト-1050、サイト-302、サイト-1125に収容されていた対象合計4体が突然に増幅スピードを極端に加速させ、同時多発的に予期せぬ収容違反を引き起こしました。
以下はサイト-1050で記録された収容違反記録の抜粋です。
収容違反記録
[抜粋開始]
(リズ司令が司令塔モニター室における異変に気付く。)
リズ司令: ブレンダ?3052-JP-A137の収容チャンバー記録画面を見て欲しい。ヒューム値の下降が見られるのだけれど、これって事前予測通り?
ブレンダ司令: ええ、この程度の変動なら問題ないでしょう。確か収容突破の予定はまだ50日も先だから、まだ心配する範囲じゃない。
(2人はしばらくヒューム値変動グラフを眺めているが、予測とは裏腹に値は下降し続ける。)
ブレンダ司令: …おかしいわね。担当者に通知しておきましょう。(受話器を取って) カイ博士?室内のヒューム値が下降している。念のため ―
当時のHm値変動グラフ。
リズ司令: 待って!値が凄まじいスピードで変動してる、0.7…0.5…止まらない!(全体通信に切り替えて) 司令部より通告、収容エリア5にて収容違反の恐れあり、職員は訓練に基づき避難を!
ブレンダ司令: 室内の映像を見て、空間が歪曲してる…これは…収容突破はまだ先じゃないの?
リズ司令: 落ち着いて、所詮これは収容突破の日時が早まっただけ。なら、私達は予定日にしようとしていた事を今すればいいだけよ ― 現実萎凋爆破装置の起動を!
(収容チャンバー内の爆破装置が起動し、映像は歪曲と爆風を映す。)
リズ司令: やった。
(爆発が止み、周辺映像がクリアになる。SCP-3052-JP-A137[以下"A137"]はそこにいるが、死亡していない。両手には、物体生成能力で生成したと思われる分厚い盾が握られている。周囲には破砕した黒いドームが存在しており、それはドームが爆発の大部分を吸収したという事実を示している。)
リズ司令: 何!?
(A137は収容扉にタックルし、破壊する。扉の外に出ると、A137は思い切り地面を踏み込み、前方へと加速する。)
ブレンダ司令: 緊急通告、収容違反発生!目標は黒色の人型実体で、収容エリア5を破壊しながら進行している!目標の行動指針は不明、しかし進行を許せばサイト外に脱して一般社会に影響を与える可能性大、よって緊急時脅威対処部隊は目標の破壊を念頭に行動せよ!
リズ司令: 奴の知能はこれまで確認されてなかったのに…肉体の増強も比較にならない。やはり急激に変化したと見るのが自然ね。ブレンダ、現場指示を。
(ブレンダ司令は離脱する。A137は無作為に周囲を破壊しながら廊下を進行している。リズ司令は機動部隊と通信を繋ぐ。)
リズ司令: ファイ-16、あと何分で着く?
Φ-16|グライス: こちらΦ-16、現着。これから奴を先回りして待機し、迎撃する。手短ですまない、オーバー。
Φ-16|テジュン: 楔型現実歪曲性吸引罠、設置完了しました。目標通過の2秒前に起動します。
Φ-16|レリー: ランチャー、準備完了しました。罠にかかった目標を爆破する手筈です。
Φ-16|グライス: 皆、集中を。目標接近、合図と共に撃て。
(Φ-16の隊員たちはランチャーを向ける。)
Φ-16|グライス: 3…2…1…撃て!
(罠が起動され、A137の動きが止まる。それと同時にランチャーから弾が発射され、着弾する。)
Φ-16|グライス: 次弾装填!奴は回復する、それまでに再び損傷を与えて隙を与えるな。
(爆風が止み、視界がクリアになる。A137の身体は半壊しているが、断面が歪曲し、次第に修復していく。)
Φ-16|グライス: 次弾用意急げ!
(次弾の装填が完了し、即座に射出される。それと同時にA137の頭部が修復し終わる。)
(弾が着弾する。沈黙の後、視界がクリアになるが、A137は既にその場にいない。)
Φ-16|グライス: 天井に穴が空いている…まずい、奴は3階に逃げたぞ、急いで移動す ―
(ダン、ダン、という大きな足踏み音が響き、その音は瞬時にΦ-16の頭上にまで近付く。隊員が上を向いた瞬間、天井が崩れ落ち、その中からA137が姿を現す。A137は右手に黒い槍を生成し、グライスの身体を刺す。)
Φ-16|テジュン: お前 ―
(Φ-16が銃を乱射する。A137は床、壁、天井を動き回って弾を避けながら両手に槍を生成し、投擲して2名の隊員の身体に刺す。)
Φ-16|レリー: 応援はまだか!?
リズ司令: 既に部隊を他サイトから呼んでいます、あと3分持ちこたえてください!
Φ-16|レリー: 無理に決まってるだろ、クソ ― あぁいや、1つあるな ― ついにこんな日がやってきたか。
(レリーは投擲の射程から外れつつ逃走する。A137は槍を生成しながら投げるが、壁に阻まれる。A137は床や壁を蹴って距離を詰め、剣を生成してレリーの目の前に迫る。一瞬の沈黙の後、A137はレリーの心臓部を剣で刺す。レリーは笑みを浮かべてその手を掴む。)
Φ-16|レリー: 獲った。
(レリーは装備品である手榴弾のピンを全て外し、A137にしがみつく。一瞬の膠着の後、手榴弾が起爆する。)
リズ司令: な…
(爆風が晴れる。両者の肉体は爆ぜ、A137の腹部から上は無くなっている。しかしながらA137の身体は徐々に復活していく。)
リズ司令: (ラムダ部隊に) 時間を稼いでる、急いで!
(A137が回復し、跳躍する。床が割れ、天井に穴が開き、A137は屋上に辿り着く。A137は周りを見回す。)
SCP-3052-JP-A137。
リズ司令: 何をしている…?普通のアノマリーみたく逃げないの?
(A137は1階に目を向ける。そこには避難中の研究員らがガラス越しに見える。A137は巨大なハンマーを生み出して構える。)
リズ司令: まさか、奴は…このサイトにいる人間を…出来る限り多く殺そうとしている?
(A137は10m近い巨大なハンマーを振り下ろしてサイトを手あたり次第に破壊しながら地面へと着地し、研究員らに向けて横方向にハンマーを振り回す。建物と共に彼らは破壊される。)
リズ司令: 化物…
(A137は建物を破壊しながら突き進み、職員を蹂躙していく。職員らは為すすべなく殺害される。そのような光景がしばらく続く。リズ司令は目を見開きながらモニター越しにその様子を見ている。)
リズ司令: たのしい…
(しばらく経ち、リズ司令はハッとして自身の口から出た発言に驚愕し、目に見えて困惑する。戦車・戦術ヘリ部隊"ラムダ"が通信に合流して、リズ司令は正気に戻る。)
ラムダ部隊|ヴィクター: 司令、現場に到着した。私達の任務は目標の破壊、そうだな?
リズ司令: え…ええ。任務は一任するわ。戦術的破壊プロトコルに基づき、サイトに被害を伴う形での終了も許可される。まだ中に人が ― (沈黙) ― もう、いないわ。
ラムダ部隊|ヴィクター: …そうか。破壊作戦を開始する。(通信で) 総員、構え。10秒後に一斉掃射を開始する。
(10秒後、戦術ヘリ部隊が足止めを目論み、地面にいるA137に掃射する。A137は逃走を試みるが、逃走より先に銃弾が当たり、僅かに動きが止まる。A137は即座に逃走から防御へと移行し、自身の周囲にドームのような物体を何重にも生成する。)
ラムダ部隊|ヴィクター: ドームを破壊しろ!奴の生成する物体の耐性は掃射に耐えうる程ではない。戦車部隊はドームの破壊と同時に電磁加速砲、現実萎凋砲、レインデルズミサイルを目標含む半径15m内に射出して、目標の肉体を破壊しろ。
(掃射によりドームが破壊されていくが、その時、別動隊が異変に気付く。)
別動隊|アルカ: ヴィクター、突如目標周辺のヒューム値が正常に戻り始めました!これは ― これは目標が能力の行使をやめたか…いや違う、奴は地面を掘り進んでいるのでは…ヴィクター、もしかすると既に奴はドーム内にいない可能性が ―
(突如、遠くに配置されていた戦車の1つが地面から浮き上がる。戦車の下にはA137がいて、戦車を持ち上げている。)
(沈黙。)
ラムダ部隊|ヴィクター: せ ― 戦車ごと撃てっ!撃て、撃ちまくれ!犠牲を厭うな、ここで破壊しろ!
(A137は戦車をヘリに投擲し、命中させる ― バランスを失ったヘリは墜落していく。しかしそれと同時に各部隊から射出された砲弾やミサイルがA137を直撃する。A137は攻撃の影響から逃れるように上空へと跳躍して巨大な槍を生成する。)
槍を生成する瞬間のSCP-3052-JP-A137。
ラムダ部隊|ヴィクター: 上に逃げた ― チャンスだ!ここに全てを懸けろ!
(A137が投擲の姿勢を取るが、攻撃が行われるよりも先に部隊の放ったミサイル、続いて砲弾が命中する。A137の両腕は壊れ、地面へと落下していく。落下と同時に78秒間の徹底的な掃射が行われる。)
(硝煙が晴れる。A137の肉体は跡形もなくなっている。長い沈黙ののち、復活の様子が無い事が確認された。)
ラムダ部隊|ヴィクター: やった ― よくやった。司令、こちらは確認処理に入る。そちらは評議会への連絡を。
リズ司令: ええ、ええ。本当にありがとうございました。にしても…これはひどい、施設が…たった1体でこれほどだなんて。
ラムダ部隊|ヴィクター: そうだな…とにかく、後は頼む。
(司令塔に長い沈黙が流れる。リズ司令はうなだれ、両手をじっと見つめる。)
リズ司令: "たのしい"…?
(沈黙。)
[抜粋終了]
上記の収容違反により、サイト-1050の70%近くが倒壊し、実質的に壊滅したと見なされました。財団の被害者数は[データ削除済]、被害額は[データ削除済]。
また、以上のような収容違反は前述の通りサイト-302、サイト-1125でも同様に発生し、財団でも前例のない激甚な被害をもたらしました。当件によりサイト-302、サイト-[データ削除済]、サイト-1125、暫定サイト-[データ削除済]が壊滅し、機動部隊[データ削除済]、[データ削除済]、[データ削除済]、[データ削除済]、[データ削除済]、[データ削除済]が、[データ削除済]名のレベル4職員を含む多数の職員が死亡しました。
以上のインシデントを受け、SCP-3052-JPの危険度や研究優先度は再評価されると共に、対応の大幅な変更と財団資源の投入などが行われました。
補遺6 - "たのしさ"という感情の発露
一連の大規模収容違反の終結後、リズ司令を含む複数の職員が「奇妙な感情に襲われた」と報告しました。当初、この感情は一過性の精神錯乱であると考えられていました。しかし、収容違反の様子を記録した映像を視聴した職員が次々に異常な感情を経験しました ― 職員らはその感情を、一貫して「たのしさ」と表現しました。
このため当現象は精神影響であると判断され、詳細調査が実施されました。以下はリズ司令の所感です。
私はこれまで、収容違反への適切な対処法を訓練するため、過去に起きた収容違反記録を数多く見てきました ― そのどれもがショッキングで、悲惨でした。ですがそれを見た上で断言しますが、今回の収容違反は間違いなく、最も悍ましく前例のない激甚なものだったと確信をもって言えます。私はそんな凄惨なる崩壊の一部始終を、目を逸らさずにモニター越しに見ていました ― いえ、正確には目を逸らせなかったのです。
ここからが問題です。私が目を逸らせなかった原因は、それがあまりにショックだったからでも、目に焼き付けなければと思ったのでもなく ― ただただ「たのしかった」からだったのでした。勘違いではありません。確かに私は、あの収容違反を「たのしい」と感じていたのです。
もちろん、私は自分の正気を疑いました。同僚が虐殺され、私の勤めた建物が破壊され尽くす、そんな光景を見て楽しいと思うなんてあり得ない事です。ですがその気持ちを否定しようとするたび、私の口から零れ落ちた「たのしい」という声が、その"あり得ない感情"が事実だと証明していきました。
正直に言いましょう。奴が壁や天井を縦横無尽に暴れながら弾を避けて機動部隊を屠るあの光景。あり得ない姿勢から槍を心臓に投擲する技術。物理的な障壁が意味を為さない自由な動き。自分の身体の何倍もあるハンマーや槍を生み出して攻撃する不羈な戦闘。それらは私に恐怖と共に、高揚を与えました。何者にも束縛されない絶対的な「強さ」が、どうしようもない爽快感と解放感を ― 何より「たのしさ」を、想起させてきました。こんな感情は、財団に入って一度も思い浮かぶことがなかったものでした。
補遺7 - 異常の根源と思われし世界の特定
職員らに影響を与えている「たのしさ」という感情に関する仮説が数多く提案されましたが、その中で特に職員の興味を惹いたのは、叡智圏の専門家であるソロモン・ケラー博士の仮説でした。彼の仮説は、叡智圏という上位次元に存在する何者かが、基底世界(下位次元)に干渉し、SCP-3052-JPに関与した生物に「たのしさ」という感情を伝えているというものでした。
以前からSCP-3052-JP-Aが何者かから干渉されている可能性は各所から指摘されていたほか、提案イベントを経験した直後の異常生物の脳内からは叡智圏からの干渉の残留物が確認されたため、何らかの存在から干渉を受けている事は明らかでした。
このため叡智圏研究者や異次元研究部門のスペシャリストが集められ、生物に影響を与えている何者かが存在する上位次元への侵入調査が計画されました。各部門が提供した異次元転送装置、形而上的上昇漏斗、存在固定装置などを利用し、上位次元へのアクセスを試みるための専用機器"ソロモン-ヴェイズ存在論的突破エンジン"が開発されました。
エンジンの完成後、速やかに上位次元侵入プロジェクト・オントゥブレイクは実行に移されました。以下は探査ログです。
プロジェクト・オントゥブレイク
メンバー:
- リズ司令
- Agt.エヴァ
序: 豊富な戦闘経験と高い形而上的耐性、未知の環境への単独遠征経験等を鑑み、Agt.エヴァが探査を担当するにふさわしいと結論付けられた。Agt.エヴァには最新の装備が提供された。
[抜粋開始]
リズ司令: 今回の任務を確認するわ。簡潔に説明するなら、貴方はこれから上位次元に侵入する。そこには現実に影響を与えられる何者か、いわゆる"上位存在"が存在する。貴方にはそれがどんな実体なのかを調査してもらう。
Agt.エヴァ: OK。正直な話、Dクラスがやるべき調査な気はしますが。
リズ司令: 申し訳ない、今私達が扱えるDクラスプールには適任がいなかった。それに、危険があればすぐに連れ戻す準備は出来てる。頼むわよ。…そろそろエンジンが起動する。くれぐれも警戒を怠らず。
(エンジンが起動し始め、中央のワープカプセルに概念的次元壁歪曲物質が充満し始める。107秒後、大きな音と光と共にAgt.エヴァは基底次元を突破する。黒い映像が37秒間続いた後、Agt.エヴァは果てしなく広い静的な空間に出現する。)
Agt.エヴァ: チェック。
リズ司令: チェック。
上位次元。
Agt.エヴァ: よし。ここが例の上位次元…ずいぶんと幻想的な場所じゃないですか。
リズ司令: ここは思考、感情、集団意識、超自我などが形になった空間よ。実に綺麗だけど、正気を失わないようにね。
Agt.エヴァ: 了解。どこに向かえばいいですか?見たところ、周囲には何もないのですが。
リズ司令: とりあえず歩き回ってみましょう。少なくとも、ここに何かがいる事自体は確定している。
(長い沈黙。)
Agt.エヴァ: ところで、ここにいる"何か"とやらは、どんな姿をしているのですか?
リズ司令: 実のところ、概念構造体の姿形なんて何でもアリだから、一概にこれとは言えないわね。怪鳥、巨塔、赤色の球体、心臓、瞳。そのどれもあり得るし、どれでもない可能性もある。ただ確実に言えるのは、それが異常生物に対し敵対的な変容を遂げるよう促しているという事。
Agt.エヴァ: 何はともあれ敵だという事ですね。その何かが現れ次第こちらに攻撃を仕掛けてくるようなら、すぐに緊急離脱要請をします。モンスターの可能性は大いにあり得ますからね。
リズ司令: そうしてくれると助かる。
(沈黙。Agt.エヴァが歩いている最中、突如後ろから気配を感じ取る。Agt.エヴァが振り向くと、そこには私服を着た人型実体が後ろを向いて空を眺めている。)
Agt.エヴァ: えっ…人?司令、その…人がいます。モンスターじゃない。…そこの人、聞こえますか?こちらの言うことが分かるなら、ゆっくり振り向いて姿を見せてください。
(実体は振り向き、姿を露わにする。そこには、Agt.エヴァと同一の実体がいる[以下"エヴァ"]。)
Agt.エヴァ: な ― 私?
エヴァ: その通り。私はエヴァ・ライトヴェイン。私は君で、君は私だ。
Agt.エヴァ: なぜ私がここに…いや、貴方は本当に私なのですか?
エヴァ: 何か証明が必要かな?
Agt.エヴァ: その、少し待ってください。…司令、どういう事ですか。ここにいるのは敵対的な実体じゃない、私だ。
リズ司令: ええと、待って…そこにいるのがもし本当に貴方なら…それは「貴方自身」だという事になる。どういう…
エヴァ: 困惑しているようだ。私の口から説明しよう。私は君で、君は私だと言ったが…正確に言えば少し違う。私は、君の中にある感情の一部だ。それも、君がもはや思うことのできない感情。何だと思う?
(沈黙。)
エヴァ: 「たのしさ」だよ。
(沈黙。)
Agt.エヴァ: たのしさ…どういう事ですか?私だって同僚とカラオケに行ったり期間限定のケーキを食べに行ったりと、充分楽しさを感じられていますが。
エヴァ: エンジョイの方というよりは、悪ふざけの方の楽しさだよ。
Agt.エヴァ: …貴方はその「たのしさ」という思念が具現化した存在…という事ですよね。私とは別に存在しているという事は、たのしさという感情が…私から分離してしまったという事なのですか?
エヴァ: その通り。私は、君の精神から分離した「たのしさ」だ。既に君の精神には存在しない感情だから、君はその感情を抱くことが出来ない。
Agt.エヴァ: なるほど。ではなぜその感情が私から分離したのですか?私が人格障害の類いにかかったとでも?
エヴァ: いいや、君は「たのしさ」という感情を奪われてしまったんだ。君がそんな感情を抱けないよう、誰かが剥奪した。
Agt.エヴァ: へぇ、複雑な精神の中から特定の感情だけを抽出して、それを分離するなんて、どんなトンチキ技術があれば出来るんですか?バカバカしい。
エヴァ: 君はそんなバカげた"トンチキ技術"を沢山持ってる組織に心当たりがないか?
Agt.エヴァ: …まさか、財団がそんな事をしたとでも?
エヴァ: その通りだ。
(沈黙。)
Agt.エヴァ: そもそも「たのしさ」とは何ですか?仮に財団がそれを奪ったとして、それは奪わなければならないほど危険な感情なのですか?
エヴァ: たのしさとは、異常に魅入られる心だ。異常なものに魅了され、自分の好きなようにそれを扱おうと思ったり、それを使って周りの仲間を唆したりする心。
Agt.エヴァ: それが…奪わなければいけないほどに危険な感情?
エヴァ: 君1人ならそれほどでもない。だが、その心が集団で伝播すると、オブジェクトを収容室から無断で持ち出して悪ふざけに使ったりだとかが起こる。だから財団はあらゆる職員からその心を奪い、初めからそんな感情を抱けないようにした。
Agt.エヴァ: にわかには信じられない話ですね。それに、職員がオブジェクトを無断で持ち出して悪ふざけに使うなんて大昔のことで、前時代的…な…
(沈黙。)
Agt.エヴァ: …まさか、そんな時代が昔あったから、これ以上そういった事案が起きることを防ぐため、財団がそもそも悪ふざけしようだとかの感情を初めから思わせないようにした?
エヴァ: 察しがいいじゃないか。
Agt.エヴァ: いえ、いえ…わざわざそんな異常な手段を使わずとも、「こういう事はダメだ」と教育すればいいじゃないですか。
エヴァ: それだけではダメな理由があったのだろうよ。
Agt.エヴァ: …それを抜きにしても、あ…ありえない。
エヴァ: ご存じかな?番号の若い"目録シリーズⅠ"の報告書には、職員の悪ふざけによるオブジェクトの無断利用といった規律違反が実に多く記録されている。しかし目録Ⅱ以降にはほとんどない。つまり、ある時を境に職員が悪ふざけをしなくなったんだ。尤もそれは君に指示を出してる人の方が詳しいだろうが。
リズ司令: その…えぇ。確かにその傾向は事実よ。ただ単に組織として熟成して規律が厳しくなったからだと思ってたけど、もし、もし本当に財団が私達から「たのしさ」を奪ったなら…
Agt.エヴァ: いえ!仮に感情の一部を奪ったとしたら、特別な手術のようなものをしたはずです。誰もそれを知らないなんて事、あり得ません。
エヴァ: 君は記憶処理の存在を忘れたのか?
(沈黙。)
Agt.エヴァ: …話を整理しましょう。昔の財団はオブジェクトを使った悪ふざけが多かったが、その行動の原動力である「たのしさ」を職員から奪い、そのような規律違反を起こさせなくした、と。そして貴方は、財団に奪われた私の「たのしさ」の部分。…奪われたはずの「たのしさ」がなぜこんな所に?
エヴァ: 奪ったというよりは、財団は脳内から「たのしさ」の概念を除外し、それをこの形而上的空間へと追いやったのだろう。玄妙除却みたいなものだ。だから私はここにいる。
Agt.エヴァ: ここにいるのは貴方だけではありませんよね?貴方の話が正しければ、財団は沢山の人から「たのしさ」を奪ったのですから。
エヴァ: 後ろを見るといい。
(Agt.エヴァが後ろを見る。そこには高名な職員に似た実体が複数人いる。)
Agt.エヴァ: あなた方は…ライト博士…桐生博士…それに、クロウ博士。
ライト: 初めまして。ここにいる人達はみんな過去に「たのしさ」を奪われた ― といってもね、ほんの少しだけよ。私とか桐生はほら…別のヤバい博士たちよりかはマシな方だったから。
クロウ: 僕は犬だから手術も難しかったろうね。
エヴァ: 気になっていたのですが…「たのしさ」と言う割には、みんな理知的ですよね。もっとこう…その…
桐生: 「ファッキン・ベガス」とでも唱えながら全裸になるような輩を想像してました?大丈夫ですよ、私達は確かに「たのしさ」の部分ですが、どうやら、たのしさだけを抽出することは技術的にも難しかったようです。つまり、私達は「たのしさ」を多く含むだけの1つの自我です。
(桐生が横に目を向けると、他の職員達が既にそこに存在している。1人はショットガンを持っていて、もう1人は蝶を掌に乗せている。)
クレフ: そして、ここに廃棄された自我は、「たのしさ」という共通点をもって集合しあい、増幅していく。集団という指標で見るなら、私達は「たのしさ」の思念体であると言えよう。
コンドラキ: だから俺達は思考する。より世界をたのしくするにはどうすればいいか?
(Agt.エヴァは歩く。その先に実体がいる ― 実体は、首から赤い宝石のついたネックレスを付けている。)
Agt.エヴァ: …ブライト博士。
ブライト: 財団は俺みたいに脳ミソが虹色のパイみてぇなヤツからも「たのしさ」を奪おうとした。結局、俺から奪えたのは一部に過ぎなかったらしいがな。俺が特殊だからなのかは知らんが。
(沈黙。)
ブライト: だが、俺がここにいるという事は、俺達が馬鹿げた事をしまくってた旧い時代から、財団はたのしさを奪ってたという事実を示す。そしてそれが今も続けられている。後ろを見てみろ。
(Agt.エヴァが後ろを振り向く。そこにはエヴァの背後に、数え切れないほど大量の人が立っている。)
ブライト: 博士、研究員、エージェント、Dクラス。ここには、幾万もの職員から奪われた「たのしさ」が集結している。そして俺達は、「たのしさ」という欲求を達成するために考える。どうすれば俺達はもっとたのしくなるのか?
Agt.エヴァ: なるほど。本来なら、上位次元から下位次元への干渉の強度なんてたかが知れてますが…たのしさの概念がここで増幅したせいで、現実改変さえできる程の強力な思念構造体になったのですね。そしてそれを利用し、知性と社会性を持つ生物の脳内に語り掛けた ― 「こう変化すると強靭な体が得られるよ」「他の生物もそうしているよ」と。それを聞いた生物はその提案を受け入れ、貴方達の協力の元、その通りに変容し始めた…
エヴァ: 正解。ちなみに人間ではなく異常生物を対象にした理由は、そちらの方が単純な社会性を有していて御しやすいからだ。
Agt.エヴァ: でしょうね。そして異常生物は貴方達の「たのしさ」を満たすための造形へと変化し、財団サイトを破壊し始めた。その「たのしさ」の通り自由に、無秩序に破壊し尽くす姿を見て、職員らは奪われたはずの「たのしさ」を思い出した。…こんな所でしょうか?
エヴァ: その通り。たのしさを体現した彼らを見て君達がたのしさを再び思い出せたのは、少し想定外のことだったが。恐らく、奪いきれず精神に僅かに残っていた「たのしさ」が呼応して目を覚ましたのだろう。
Agt.エヴァ: …疑問が1つ。「たのしさ」とは、異常に魅入られる心なのですよね?でしたら、「たのしさ」を体現するにあたって、わざわざアノマリーを破滅的なものにする必要はないのでは?
エヴァ: 間違いではない。だがここにいる者達は、現実世界でそうしていたように異常なものを好きに扱ったり悪ふざけしたりすることはできない。ここに異常はないからね。だが、その代わりに私達は上位次元、この場所から現実を俯瞰し、干渉できるようになった。だから、「たのしさ」の定義がこの空間に合わせて変容していった。
(沈黙。)
エヴァ: その結果、一部の間では世界が圧倒的な異常によって破壊される事を新たな「たのしさ」とするようになった。安全な収容室の向こうで蠢く不思議なアノマリーに魅了されるように、安全な次元の向こうで暴れるアノマリーに魅了されたのだろう。だが、あくまで一部だからな?
Agt.エヴァ: なるほど、だから安全な映像越しに収容違反を見た職員が「たのしい」と思ったのですね。ですが、一部とは?
エヴァ: 他には、妙なアノマリーが職員と共にふざける事が「たのしい」と思ってる者もいるし、あらゆるアノマリーが野放しになった混沌の世界を「たのしい」と思ってる奴もいる。だから、その者達の欲求に合わせて、私達が唆した生物も今後変化するだろうな。
Agt.エヴァ: それはつまり…異常生物の変化形態は1つではないという事ですか?
エヴァ: その通り。黒色の人型実体という肉体は彼らにとっては変化の終着点だが、私達にとっては新たな変化への始発点に過ぎない。粘土、原型になったようなものだ。粘土として扱うなら人型にさせない方が都合が良かったんだが、「最終的にスライムになる」なんて提案だと受け入れられないだろうからな。
Agt.エヴァ: 貴方達は異常生物を「こうすると強靭な肉体が得られる」と唆しておきながら、この後自分達が都合よく変化させるための原型を作っていたのですね。何とも…卑怯な。
エヴァ: 勘違いしてはならないが、私達は人間ではなく「たのしさ」の思念体だ。
Agt.エヴァ: まぁ、分かりました。ともあれ、全ての異常生物が"アベル"みたいに変化するという訳ではないみたいで、そこは安心です。ですがそれは逆に…これから先の未来、変化の形態が予想もつかないという事…脅威性に依然変わりはありません。その…こんな事、やめて頂けませんか?私達にとって非常に迷惑ですし、貴方がこれまで関わってきた財団サイトが破壊される姿を見て何も思わないのですか?
エヴァ: 我々は財団職員ではない。先程も言った通り、思念体だ。話はできるが、話が通じる訳ではない。
Agt.エヴァ: 止めないというのなら、私達はあなた方を殲滅するしかありません。
エヴァ: 出来るのかい?
(エヴァの後ろに、数え切れないほどの実体がいる。)
エヴァ: ここにどれだけいるか、そしてここにいる全員を殲滅するのが一筋縄ではいかない事も当然分かるだろう、君達は賢いのだから。
(沈黙。)
リズ司令: エヴァ?充分情報は得られましたし、この場での敵対は望ましくありません。存在論的リスクの観点から一旦帰還命令を出します、用意を。
(Agt.エヴァが帰還に向けて準備を進める。実体群はただそれを見ている。エヴァは笑う。)
エヴァ: たのしさは終わらない。
(次元から離脱し、36秒後、現実に帰還する。)
[抜粋終了]
補遺8 - 正式声明
上記調査において示された情報は関係者に強い衝撃を与えました。財団が同意を得ずに精神を操作していたという情報は、職員らの中で不信感を広めるのに充分な要因でした。必然的に、多くの関係者が上層部に真相となる情報の開示を請求する事態に発展しました。
当件について倫理委員会とO5評議会の間で慎重な議論が行われた結果、各所で発生している混乱と不信を収拾するため、公式の声明を出す事が決定されました。


真実と今後について
オドンゴ・テジャニ、委員長
倫理委員会
これは倫理委員会からの公的声明です。昨今の混乱を鑑み、真相を求める方々へ説明を行う事としました。
最も気になる点は、本当に財団が職員の精神を操作していたのかという点でしょう。申し上げましょう、それは真実です。これには事情があります ― 1900年代、財団は職員が非行に走る原因を調査していました。その結果、非行の元となる根源の情動、「たのしさ」と呼ばれる存在が明らかになったのです。彼らは異常に魅了され、恣に扱い、仲間との悪ふざけに使っていました。
悪い事に、それは同質化していきました。真面目だった職員も、たのしさに中てられて非行に手を染め始める。「他の人もしてるから自分も」という感情により、最悪の常識が形成された。一度根付いた常識を変えるには何十年もの時間がかかります。それなのにユニークな職員は増えるばかりで、当時の評議員は常識を変える前に組織が瓦解してしまう可能性を危惧していました。
そこで地獄は終わりませんでした。当時、SCPを部隊員に入れたりクロステストしたりといった禁忌の異常実験が行われていた事はご存じでしょう。その通り、我々は愚かにも異常の力を頼り、たのしさを職員から奪おうと思いました。
結局、それは大成功を収めました。大半の職員は驚くほど真面目になり、更には異常に魅入られる心を失った付加価値で「アイテムに過剰な偏愛や庇護を向ける形で起こる規律違反」も無くなりました。この成功が、瓦解の始まりでした。
たのしさが職務に不合理や不確実を与えるものであると分かった瞬間、「そんなものは最初からなければいい」という意見が出るようになりました。そして我々は極秘計画を立ち上げ、職員からその心を奪う計画を実行しました。結果的にその計画は財団を強固でブレない、全世界に根差す強大な組織にする事に貢献したのです。
計画範囲は日に日に広がっていきました。主要な職員、研究員、エージェント、Dクラス…あらゆる職員から心が奪われた時、財団は完璧となっていました。余計な感情に絆されず、規律違反も起こらず、誰もが客観的にオブジェクトに相対する、理想の組織に。
ですが成功の陰で脅威は蠢動していたようです。奪った心を別次元に都合よく放棄してきた「たのしさ」は増幅し、強大な思念体となってしまいました。また、これまで進化の終着点だと思っていた第三段階が、自由に変化させるための単なる始発点に過ぎなかったという事実は、良い情報とは言えません。思念体はたのしさを体現するため、異常生物を過激な形態に、面白おかしいアノマリーに、人にたのしさを覚えさせるアノマリーに変化させていくでしょう。それはあまりにも自由で、無秩序で、混沌な変化です。これを看過する事は出来ません。
我々に出来ることは何でしょう?上位次元にいる全ての存在を抹殺する?上位次元から下位次元へのアクセスを断絶させる?異常生物から知性を無くす?奪った「たのしさ」を職員の精神に回帰させる?いずれの案も現実的ではないか、やるとしても実現に時間のかかる作業です。
これから多くの崩壊が始まるでしょう。組織やサイトが、職員らの財団に対する信頼が、生態系が、収容形態が、社会が、そして世界が崩壊する。これが我々にとって崩壊に抗う大きな戦争の始まりであり、そして変化の序章に過ぎないという事をどうかご理解ください。
たのしさ、不法投棄、異常実験。この現状は、財団がこれまで積み上げてきたそれらの負の遺産の末路です。浮き彫りになった現状に皆様は不利益と不信を抱かれている事でしょう。
責任は我々旧き人間にあります。心よりお詫び申し上げます。









