定義 - Drygioni: アノマリーは評議会命令により調査中です。
収容手順: なし。実態は現在調査中です。
説明: SCP-3062-JPはSCP財団で慣例的に禁じられている研究領域、「会話分析」です。
会話分析とは、トランスクリプト記号による会話転写法を基軸として行われる研究であり、これはエスノメソドロジーや社会学の分野で活用される手法でした。沈黙、身振り手振りなどの非言語的要素を文章化することを目的とした転写法であり、この研究は1970年ごろから財団でも行われていました。しかしながら主導研究者であるエバーロン博士やその周辺の研究者が研究中に不明な文脈で発狂し、博士が以下のメモを残して失踪した事から、研究は打ちとめとなりました。
この研究を全員今すぐとめるんだ
財団はこれを研究できない
してはならない
当時は財団も小規模な組織であり、超常研究への恐れや、「アップロードすると必ず呪われるSCPナンバー」のような無根拠な噂が(異常の無秩序性ゆえ)職員を怯えさせていたため、会話分析研究は博士らの失踪以来、慣例的に禁じられていました。
しかしながら会話分析が一般社会で有意義な研究結果を残している現状から評議会はこの重要性を認識し、ドレギョーニ調査プロジェクトを出しました。その任は日高・野崎研究員に割り当てられ、現在調査にあたっています。
補遺1: 会話分析について
会話分析についてより詳細な情報を提供するため、下級研究員への講演内容を抜粋します。
トランスクリプト記号による会話分析についての講演
日高ユウキ
社会学研究 / 情報工学部門 / 超常動態研究室
野崎スズカ
社会心理学研究 / 経営部門 / 情報デザイン研究室
(抜粋開始)…早速ですが質問です。皆さん、友人との会話を文字に起こした事、ありますか?「あのー」とか「えっと」とか。無いでしょう?これをするのが会話分析研究者の日課です。大マジに、「えっと」や「あー」に命をかける研究です。
トランスクリプト記号と聞くと難しく聞こえますよね。わかりやすく言うと、会話の"スパイス"のようなものだと思って下さい。例えば、「あの」という言葉、普通に書くとただの「あの」ですが、記号を使うと、 (スライドを出して)
- 「あの::」(引き伸ばし; "あのー"みたいな感じ)
- 「あの↑?」(上昇調; 尋ねる感じ)
- 「°あの°」(小さい声; "あの…"みたいな感じ)
という感じで、その言葉が何を示してるかを理解できるようになるんです!この"スパイス"は、言葉の裏にある本当の気持ちや状況、会話のリズムを分かるようにしてくれます。こういう記号を使うことで「文脈」を読み取るのが、この研究です。
ですが新人職員の皆さん、すみません、慣例によってこの研究は禁じられていて ― まぁそういう分野ってたまにあるんですけど ― この分野は、一般社会の方が詳しいんですよ。…なんで禁じられてるんでしょう?まぁいいか、次、スズカさん情報デザインについてよろしくお願いします… (抜粋終了)
補遺2: 研究
日高・野崎研究員は研究を開始しました。研究記録は以下に抜粋しています。
野崎さんよろー
ヤバそうな任務に配属されたね俺ら
まぁよくある事じゃない
研究デザインどうする?
一般社会では実害が出てない事を考えると、これ財団特有の災害って事になるかなー
財団でしか発現しない災害に心当たりある?
わからん まぁでもとりあえず自分達で会話分析してみるのが先じゃない
たしかに🦀
会話分析記録.I
序: 異常性の同定を行うため、会話分析のテストプレイを行う。転写法に則り、野崎氏をN、日高氏をHと表記する。使用記号とその簡略的な役割を以下に示す。
記号 | 役割 | 記号 | 役割 |
---|---|---|---|
(.) | 短い沈黙 | 下線 | 強調音 |
? | 上昇調の抑揚 | : | 引き伸ばし音 |
= | 間隙がない発言 | (数字) | 沈黙の秒数 |
h | 呼気音(笑い,ため息) | [ ] | 発言の重なり |
° ° | 小さい声 | (( )) | 注釈 |
事前に何話すか決めとくべきだった
会話分析なんだしラフなのが一番いいっしょ
🦀
今転写記録見てるけど特におかしいとこ無くないすか?
あ待ってあるわ
22行目だよね これ転写間違い?
いや違う マジで16秒沈黙があるんだよね
16秒も黙ってたら誰か異変気付くはずだよな でも俺記憶ないし
そっちは?
いや無い 時間が吹っ飛んだみたいな感じがする
変やな 16秒の間に何かが起きてた可能性?
じゃあ次は知覚力強化レンズカメラと超常スキャナーを持ち込んで会話映像撮ろう
申請だるいな
じゃ例のラテ飲むついでに申請書出してくる
助かる~
終了報告: 私達は知覚不可能な16秒を経験した。これが異常性であると推定し、次の実験でこれを調査する事とする。
会話分析記録.II
序: 推定された異常性がどのような区分にあるものなのか調査するため、知覚力強化レンズカメラを四方に配置し、テーブル中央に超常スキャナーを配置する。推定された異常性が発現した瞬間に記録を停止し、カメラとスキャナーを調査する。
知覚力強化レンズカメラによる撮影結果:
カメラは、20.3秒間、虚ろな表情で喪心している2人の姿を映し出した。その間に、巨大な1mサイズの蚊に似た生物が現れ、それぞれの首筋に口吻を刺して数秒後に離脱・透明化した。恐らく吸血のような行動をしたと思われるが、血の移動は確認されていない。また、該当の蚊は半透明になっており、時折2人の身体をすり抜けていた。既知の生命体ではないと推測できる。
超常スキャナーによるスキャン結果
スキャナーは「生命異常、概念異常、物語異常」の3つの異常性を読み取った。
キメェ~
まとめると、20.3秒の間俺らは何も知覚できない状態になって、その間にでっかい蚊みたいなのがちゅーちゅーした、て感じ?キメェ…
異常を知覚できるってのも考えものだなぁ
で、これが何を示してるのかって話よ
スキャナーが「生命異常」「概念異常」を示してるなら、概念生命体が一番あり得るかな
「死」の概念を内包した巨大なクジラがサイトに現れたって話もあるし、その線が濃いね
概念生命体は必要があってその形をとっているケースが多いから、蚊の形である理由があるって事やね
蚊の形である理由か
吸血?
でも実際に血を吸ったわけじゃないから、概念的な吸血って事になる?
ワケわかんなくなってきた
「座った人をワープさせる椅子」があったとして、それは"座った人をワープさせたいからこそ"椅子の形を取っている。超常動態論の基礎法則やね んでそれに基づくなら、「会話転写を行う人から"何か"を吸いたい」から蚊の形を取っている、と言える
超常動態論完全に理解した
じゃあ、何を奪ってるのかって話よね
スキャナーが「物語異常」を示してるのが気になるんすよね
蚊は「物語」を吸い奪っている?
やや暴論だけど理屈としては理解できる 会話を1つの物語として解釈するなら、喪心は物語の喪失であり、その分の物語を蚊が吸っている、と
何のために?
分かんねぇ~
「会話分析」と「物語/文脈」に関連する要素って何かある?
分からない
行き詰ったね
進捗あれば報告って感じで
[データ未入力]
序: [データ未入力]
メモ: 進捗が無いので、会話分析と物語の関連を調べるため、物語が生じにくい1人での発話を行ってみて何か発見できるか探る。
終了報告(未提出): 私は録音中、空に黒い星が浮かんでいるのを見た。幻覚であるのかどうかわからない。蚊との関連性も低い感じがするし、幻覚の可能性は高い。ストレスによるものと結論付けるべきか?
今朝顔色悪そうだったけど大丈夫?
だいじょぶ
1人で抱えこむの一番よくないんで何かあったら相談してくださいね
黒いほs
あごめんミス 気にしないで
おk それで会話分析と物語の関連について調べてたら興味深い資料見つけたんで抜粋するねー
どうやら財団がまだ小規模な組織だった頃、インタビュー記録を転写するにあたって2つの方法論的な対立があったらしいのよ
1つは「ナラティブ転写法」、もう1つは「会話分析的転写法」
会話分析的転写法は、今俺らがやってるみたいな、会話分析手法に基づいた厳密な転写法。一方でナラティブ転写法は、物語論に基づいた、文脈を分かりやすくするために簡略化された転写法。
今の報告書で広く使われるのはナラティブ転写法
ナラティブ転写法の方が見やすいって理由でそっちが主流になったのかな?
それもあるけど、やっぱり会話分析的手法が役立つのは高次領域だけだし、より一般的な文脈理解と物語的理解の観点から言えば、ナラティブ転写法の方がいいからね
なるぽ んでそれがどう関係するって?
物語の"量"の観点から言えば、ナラティブ転写法は物語の含有量が多くなる、だってより物語的(ナラティブ)な表現なんだから
それに対し会話分析的転写法は全ての文脈を記述するがゆえ、物語が"発散"していく。分かるかな 「世界から余分な文脈を削減して意味あるものを残した結果」が物語なのであって、逆に全ての文脈を記述するこの転写法では物語の要素が発散して非物語的になるの
つまり、ナラティブ転写法は物語量が多く、逆に会話分析的転写法は少ない
そうそう んでここからが本題
「蚊」は物語を奪ってるって仮説立てたよね?これに基づくなら、物語量が少ない俺達の会話分析的転写から物語を奪うっておかしくない?だって、奪うなら含有量の多いナラティブ転写から奪えばいいだけじゃん
🦀
でも少なくとも蚊は「何か」を俺達にしてるんだよ
つまり?
蚊は吸血するにあたって唾液をヒトの体内に注入し、それが感染症を引き起こす。その特性を鑑みるなら、逆の仮説が立てられる
「蚊」は物語を吸ってるんじゃなくて、物語を俺達に注入してるんだ
物語の発散している会話分析的転写の中に、集束に必要とするだけの物語を送り込むのが「蚊」だったんだ 心当たりはない?"注入"された物語に
黒い星
宇宙を泳ぐ黒い星を見た
物語量の低い1人での会話を行ってる時に起きた つまり物語量の低い会話領域に物語の"素"を注入したってこと?イカれてる
それは"フック"だと思う?それとも"高まり"?
どういう事?
仮にこの調査プロジェクトが蚊の注入によって「物語」の構造に沿うようになってるとしたら?物語にはオチが待ってる。その中で「黒い星」の登場は物語のどの位置だと思う?起承転結で例えるならどこだ?
頭おかしくなっちゃったような自覚ある?
うん でも今俺達はとんでもない状況にあるかもしれない
もしこのプロジェクトが物語構造に沿うようになったとしたら、「調査開始」を起とし、「謎の沈黙」が承と捉えられる。であれば、「黒い星」の登場は、
「転」。
つまり、このプロジェクトにはもうすぐ終わり、「結」が待ってるの?
すぐそこまで結末は迫っている。思うに、エバーロン博士がそうだったように、
発狂して失踪する、というオチが来る。
機材申請: 私、野崎スズカは、ここに第一級特別概念固定リエゾン生成器の貸し出しと使用を申請します。これは概念生命体に強制的に形を与えることで物理的な実体として確保可能な状態にし、標準的な捕縛装置で確保することを目的としています。
このプロジェクトが物語化したのなら、私達は発狂して失踪するなどというオチを捻じ曲げ、"ハッピーエンド"にするのみです。
会話分析記録.III
序: 「蚊」の収容を行うため、会話分析的な手法を前提とした会話を録音することで誘導し、収容器具による確保を試みる。
終了報告: 「蚊」を確保した。この実体はエバーロン博士を含む複数の研究員が、まだ概念生命体への対処法が無かった時代に犠牲になったインシデントの根源であると考えられ、これを確保した事で差し迫った危険は消失したと考えられる。
やったー
やった~
本件は解決って事でいいのかな
だいたい?まぁ対照実験は必要だと思うけど
じゃあまた落ち着いたらしよう
[データ未入力]
序: [データ未入力]
メモ: 何か引っかかるので、1人での発話をもう一度行うことで、蚊による影響(喪心)が無くなっている事を確認する。
日高
たすけて
誰か呼んでおねがい
、
黒い星の正体が分かった
あれは卵だ
宇宙という水辺を泳ぐ卵、そして卵からは、
大量のボウフラが散り、大量の蚊になって、
私達のもとへ向かっている。
蚊は一体だけじゃなかった
すぐそこまで迫ってる
すまん返信できなかった
いる?
いないか
メッセージは残しとく
「蚊」が物語を注入するっていう考えまではよかった。でも、エバーロン博士らが俺達と同じように蚊に遭遇したなら、対処する方法が無かったとしても、失踪した理由が分からない。物語を注入することと失踪に結び付きがあるとは思えないし
でも違うんだよ
「世界から余分な文脈を削減して意味あるもののみを残した結果」が物語なんだ
逆に言えば、物語を注入するという事は、文脈を削減するという事を意味する
じゃあ、物語を過剰に注入されたら?
文脈は過剰に欠落し、物語は極限まで抽象化される。会話はもはや物語として認識できるギリギリまで文脈が無くなり、何かを話したという結果のみが残る。その間に何が起きていたかを誰も知ることができない。
俺達がどうしてこれから発狂して失踪するか、誰も知ることが出来なくなるんだ。
もっと早く気付くべきだった。
まだ考察の行き届いてない部分はある。これはなぜ、財団だけでしか起こらない現象なのか?メタとの関係?だとすると蚊は何のために?分からない。分からないし、解き明かしたところでいずれ欠落する。俺達の行動はもう無意味だ。
俺は窓も扉も閉めて通報したけど、たぶんもう手遅れだと思う。
これが物語なら、俺はオチに向かう"高まり"のために配置された要素だと思う。
そして恐らくはあなたが、オチだ。
もうすぐそこまで来ている
ごめん
さよなら
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以上の報告書は野崎スズカ研究員の名義でアップロードされていました。
明らかに異常な報告書である事から緊急で研究室に人員が派遣されましたが、野崎・日高研究員は既に失踪していました。現在は報告書の保護のため編集権限が制限されており、RAISAによる調査の対象となっています。
失踪の原因は、明らかにできませんでした。