アイテム番号: SCP-3085-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-3085-JPは防腐処理が施された上で、標準のものより広く設計された人型オブジェクト収容室に収容されます。動体検知機能によってSCP-3085-JP活性化イベントの発生が確認された場合、即座に10名以上の人員が収容室内に動員され、当該イベントの終了まで監視が行われます。
説明: SCP-3085-JPは20██/██/██に死亡した藍沢 愛華氏の遺体です。氏の死因は高所からの落下による頭蓋内損傷と見られ司法解剖が実施される予定でしたが、安置中に遺体が活動を開始したことによってその異常性が確認されました。
SCP-3085-JPは腐敗の兆候が確認されておらず、不定期に活性化イベントを発生させます。SCP-3085-JPは完全な生命活動の停止・脳の重度損傷・全身複数個所の重度骨折が確認されているにもかかわらず、当該イベントが発生すると活動を開始します。当該イベントは、「SCP-3085-JPを施錠された無人の空間に監禁する」「拘束具を用いる」等の方法で進行を妨げることが可能です。しかし、SCP-3085-JPが強引な手段を用いて当該イベントの進行を試みる事例が確認されているため、SCP-3085-JPの損傷が拡大することを危惧し、基本的に当該イベントの進行は財団監視下において看過されます。
SCP-3085-JP-1は、活性化イベント中に出現する異常存在です。SCP-3085-JP-1は「オレンジ色をした人型の靄のようである」と形容される外観を有しており、当該イベント中、SCP-3085-JPと共に行動します。財団によるSCP-3085-JP-1への干渉は現在まで成功してしていませんが、SCP-3085-JPは時折、SCP-3085-JP-1が物理的実体を持っていなければ実行が困難・不可能な動作1を行なうことがあり、その性質について調査が継続されています。
以下は、活性化イベント発生時の流れです。
| フェーズ | フェーズ内容 |
|---|---|
| フェーズ1 | SCP-3085-JPが活動を開始する。活動開始地点が後のフェーズにおける行動内容に適した空間でなかった場合、徘徊を行なう。傾向としては、ある程度の広さが確保された空間・複数の人間(10人以上)が存在している空間でフェーズ2に移行している。 |
| フェーズ2 | SCP-3085-JPが不明瞭な発話2や腕を振るような動作を行ない、一礼する。その後、SCP-3085-JPが舞踏と同時に発声を行なう。一連の動作や発声は身体の損傷により不完全ではあるが、SCP-3085-JPが生前に「音羽 アイカ」の芸名で所属していたアイドルユニット「SuPiCA」の楽曲がライブで披露される際のダンス・歌唱パフォーマンスと類似している。 |
| フェーズ3 | SCP-3085-JP-1が出現する。SCP-3085-JP-1は毎回、最初の楽曲のパフォーマンス中に出現していることが確認されており、以降はSCP-3085-JPと共にダンスパフォーマンスを行う。しかし、歌唱や発話は行わない。SCP-3085-JP-1のパフォーマンスはアイドルユニット「SuPiCA」に所属している「乙白 ユウ」3の担当パートと類似している。このフェーズは、複数の楽曲の合間に不明瞭な発話4を挟みながら平均して約1.5時間ほど継続される。また、このフェーズにおいて使用される楽曲の数・順番に規則性は確認されていないが、楽曲「君と私で闇夜を越えて」5に該当するパフォーマンスがフェーズの最後に実施されている点は共通している。 |
| フェーズ4 | パフォーマンスを終えた後、再びSCP-3085-JPが一礼を行なう。その際、SCP-3085-JP-1が消失する。その後、SCP-3085-JPが倒れこみ非活性化状態に移行する。一連の活性化イベントが再度発生するまでの所要時間は、最短5時間・最長7日間であった事例が確認されている。 |
イベント進行中のSCP-3085-JPが対話に応じた事例は現時点まで確認されていません。しかし、「フェーズ1の段階において、財団が行う誘導に従うような素振りを見せる」「フェーズ2の段階において、鑑賞者が行うリアクションによって動作の内容を変える」「撮影機器や通信機器を所持していた鑑賞者に対して頻繁に接近する」といった行動が確認されていることから、イベント進行中のSCP-3085-JPは意思を有しているとする仮説が有力視されています。
補遺1: 財団はSCP-3085-JPの異常性の由来の解明を目的に、藍沢氏の生前の人物像を知りうる人物・氏が死亡する直前の動向を知りうる人物に対して情報収集を実施しました。以下は、氏が生前に所属していたアイドルユニット「SuPiCA」のプロデューサーであった天野 信一氏に対して実施されたインタビュー記録の書き起こしです。
対象: 天野 信一氏
インタビュアー: エージェント・矢木
付記: 天野氏に対して、財団はSCP-3085-JPの存在を秘匿した上で「警察の協力組織」としてインタビューを行なっている。
<前略、ログ開始>
天野氏: ……そんじゃまあ、本題に入るか。アイカの話だろ。
エージェント・矢木: はい。藍沢氏は死亡した当日の15時から17時頃まで屋外ライブに出演しており、その会場にはあなたも滞在していました。当日の様子に対して何か、不自然な点などはなかったでしょうか。
天野氏: 別に。ライブん時はいつも通りだったさ。いつも通り、完璧なパフォーマンスだった。撤収の時も、満面の笑みで挨拶に来たな。エージェント・矢木: 特に普段と異なる言動をしていた、ということはなかったのですね。
天野氏: ああ。変な所は何もなかったよ。……ただ、まぁ。だからこそ、「あいつが自殺した」って下馬評に関しちゃあ、少しばかりおかしいと感じてはいるがね。エージェント・矢木: 藍沢氏は、人通りの少ない区域の展望台の下で遺体が発見されたそうですね。柵は整備されていた場所でしたし、誰かと争ったような形跡も無かったが故に「氏が自殺を図った」という言説が流れているようです。
天野氏: らしいな。だが、俺に言わせりゃアイツはそんなタマじゃねえ。「星が綺麗で、つい柵を乗り越えて足を滑らせた」みたいな話の方がよっぽど信じられる。エージェント・矢木: そこまで言える根拠は何でしょうか。
天野氏: [沈黙。顎を擦る動作] ……端的に言えば、音羽 アイカが最高のアイドルだからだってことになる。少し、言語化が難しい。[眉間を指で押さえながら] 思い出語りをしながら頭ん中を整理してもいいか?エージェント・矢木: はい。こちらとしても、彼女の経歴について可能な限り情報をいただきたいです。
天野氏: 分かった、ありがとう。……まあ、俺はこの業界で30年近くやってきて、成功も失敗もそれなりに味わってきた。その上でチャンスは全部活かし、ミスは全部リカバリーすることを徹底していたら、いつの間にか「天才」だの「敏腕」だの言われるようになった。手がけたアイドルがデカい舞台に立つことも珍しくなくなって、人生に余裕ができ始めたここ数年。俺は、そろそろ本当に「史上最高」と呼べるアイドルをプロデュースしてやろう、と思うようになったんだ。エージェント・矢木: それが、「SuPiCA」の始まりという訳ですね。
天野氏: ああ。だが、納得いく原石は中々見つからなかった。スカウトもオーディションも毎日のように続けたが、いまいちピンと来るやつは居なかった。そんなこんなで悶々とした日々を2年ほど続けていた時、突如、オーディションにあいつが現れた。エージェント・矢木: 藍沢 愛華氏、ですね。
天野氏: [頷く] パッと見た時のビジュアルは飛び抜けたものじゃなかった。が、歌唱力と動きのキレ、パフォーマンス中の輝きが段違いだった。その上で、そんなのはどうでもよかった! 何がすげえって、オーディションの初めから終わりまで、あいつの目が。言葉が。心が本物だったんだ。エージェント・矢木: 本物、ですか?
天野氏: 清濁入り混じった業界に長く居ると、人の嘘には敏感になる。オーディションにやって来るやつらが皆、自慢のおべっかで着飾ってくるのが分かるんだ。それも当然だ。アイドルは「夢を見せる仕事」なんて言われるが、夢ってのは所詮、どこまで行っても虚像にすぎん。つまり、素面でやっていける職じゃない。いつの時代も、アイドルの頂点に立っていたのは最高の虚言師だった!
天野氏: リップシンクは基礎スキル。恋人のとっかえひっかえが性的魅力を磨くレッスン。引退のその瞬間まで、嫌なこと全部を笑顔のヴェールで覆い隠せるのが最強のアイドル! そうなれる素質を持った人間を、俺は求めていた! そうなろうとする人間だけが俺の前に現れるはずだった! ……なのに、アイカの言動には何一つ嘘が見えなかった。「歌とダンスで人々に希望を」なんて薄っぺらい願いのはずだが、アイカはそれを叶える為に生まれた存在としか思えなかった。ナチュラルな姿のまま、あそこまでの輝きを放てる人間が存在するなんて知らなかった。アイカには、夢を現実に変える力があった!
天野氏: [沈黙] ……俺が見つけたものは、ダイヤの原石なんか目じゃねえ。それこそ、恒星級の輝きに出会っちまったと理解した。それからは俺も、アイカの輝きがいけ好かん輩に穢されないようにするため、人生で一番苦労したが……それでも俺の人生は音羽 アイカを見つけ、世に羽ばたかせる為のもんだった。そう思えたほどの衝撃だったよ。エージェント・矢木: ……つまり、藍沢氏は嘘や隠し事をするような性格ではない。死亡した当日の氏がとった態度に偽りはなく、自殺を試みるような精神状態ではなかったことに間違いはない……ということでしょうか。
天野氏: まぁ、そうなるか。[沈黙] ……いや、それだけじゃない。「SuPiCA」は、雑誌掲載、ラジオ出演、ウェブ番組登板、最近はテレビにも。遅咲きではあったが着実に実績を積み、加速度的に人気を集めていた。あと3、いや2年もすれば国民的アイドルとまで言えるレベルになっていただろう。エージェント・矢木: はい。「SuPiCA」の目覚ましいご活躍については伺っております。
天野氏: あの日の翌週には、結成3周年ライブが予定されていた。「SuPiCA」にとって、一番大事な時だったんだ。そんな時に、あいつが全てのファンを裏切るようなことはしないはずだ。あいつも、ファンでびっしり埋まったドームが歓声で揺れる瞬間を、楽しみにしていたはずなんだ。……いや。これは、全て俺のエゴかもしれんが。エージェント・矢木: ……なるほど。藍沢氏の経歴とパーソナリティについて教えてくださってありがとうございました。それでは……。
天野氏: 待ってくれ。もう一つ、話しておきたいことがある。アイカのことについて調べるんなら、きっと、ユウ……夕木 橙子のことも追うべきだ。エージェント・矢木: 夕木 橙子氏……。「乙白 ユウ」の芸名で活動している、「SuPiCA」のもう一人のメンバーですね?
天野氏: そうだ。アイカが死んだ日から行方不明になっている、夕木 橙子のことだ。エージェント・矢木: 確かに、夕木氏の消息についてはこちらとしても気になっています。天野さんは、夕木氏が藍沢氏の死に関与している可能性がある……そう考えていらっしゃるのですか?
天野氏: [頷いた後、沈黙] ……下手したら、そいつがアイカを殺した線もある。エージェント・矢木: ……確かに、そのような言説もあるようですね。ですが、プロデューサーである貴方がそう考える根拠は何でしょうか。
天野氏: ネットやマスコミの下馬評を肯定するみたいで癪だがな。しかし、確かにあの日のユウはおかしかったんだ。パフォーマンスは妙に吹っ切れていたというか、最早やけくそ染みていた。撤収の時も想い詰めたような表情をしていて……あの時、無理矢理にでも話を聞いてやれば良かった、そう思ってる。エージェント・矢木: 当日の夕木氏の精神状態は不安定なものだった、と。そして、そうなった原因が藍沢氏にある……そういうことでしょうか。
天野氏: そうだな。……俺は、アイカを見つけて以降、とにかくアイカを世に出すことだけを考えていた。今時、ピンでやれる売り出し方は限られている。いくらアイカの才能があっても、それじゃ厳しい。やるならユニットだ。それで、直近のオーディション参加者の中から引っ張ってきたのがユウだった。今思えば、短慮だったかもしれんが。
天野氏: グッズの売り上げ。SNSでの反応。アイドルユニットはどうしても、ユニット内で差が生じる。二人組となれば猶更だ。……ユウだって、高いビジュアル・歌唱力・ダンススキルを持っていた。性格的にも、ああいうギラついたやつは自分以上の存在が身近にいればより輝きを増す。だから、アイカの隣を任せるのに最適だと確信していた。二人が共に並び立って輝けるように。ユニット名も、そんな願いを込めたもんだった。だが、俺は舐めていたんだ。アイカは強すぎた。ユウ一人じゃ、その光は受け止めきれなかった。エージェント・矢木: 夕木氏は藍沢氏の人気に嫉妬していた。あるいは、藍沢氏の相方を務めるプレッシャーに耐えきれなかった、と推測しているのですね。
天野氏: ああ。……実は、あの屋外ライブの三カ月ほど前、とある騒ぎがあってな。その日の仕事の衣装はウチじゃ珍しく露出度の高いものだったんだが、それをユウが「どうしても着られない」って言ったんだ。上の都合で衣装変更もできなかったし、そもそも似たような衣装はデビュー当初に数回着た事があった。そんで、どうしてか問い詰めてみたら……腹の左あたりだったか。酷い自傷の跡を見せられた。エージェント・矢木: その時点で、それほどまでに追い詰められていたと。
天野氏: [頭を振って] 1年ほど前からだとさ。スタイリストにも頼み込んで、黙っていてもらってたらしい。カウンセリングだって勧めたが、本人に突っぱねられた。「ここで活動を止めたら、今以上にアイカに差を付けられる」ってな。正直、俺もここで「SuPiCA」の……いや、アイカの活動にケチをつけさせる訳にはいかないと踏んで、ユウには「絶対にその傷を隠し通せ」と指示をした。本人の意思を尊重した結果、と自分に言い聞かせて。
天野氏: だが、それからどんどんユウのコンディションが悪くなっていって……あの日に至ったって訳だ。何が敏腕Pだ、笑わせる。ユウに関しちゃ、俺は失敗ばかりだった。アイカの死に、ユウが関わっているのか。俺には分からない。分からないが……どうか。ユウを見つけて、ちゃんと話を聞いてやっていただきたい。エージェント・矢木: 善処いたします。本日はインタビューに応じてくださり、ありがとうございました。
<ログ終了>
藍沢氏の両親は既に他界しており、他の親族・友人・関係者との関係性も希薄であったため、他に実施されたインタビューからは有力な情報は得られませんでした。
夕木 橙子氏の消息に関する調査は以前より実施されていましたが、上記のインタビュー記録を踏まえ、財団は警察と連携した上で捜査網を強化することを決定しました。
補遺2: 天野氏にインタビューを実施した2日後、財団は夕木 橙子氏の確保に成功しました。夕木氏は財団と警察の調べに対し「自身が藍沢 愛華氏を殺害した」と供述しており、財団は「藍沢氏の死亡状況を知る人物」として夕木氏にインタビューを実施しました。結果的に、当該のインタビューからSCP-3085-JPの異常性の由来の解明に繋がる直接的な情報は得られませんでしたが、藍沢氏の死亡状況・氏のパーソナリティに関連する情報源として当該のインタビューはアーカイブ化されています。
以下は、夕木 橙子氏に対して実施されたインタビュー記録の書き起こしです。
対象: 夕木 橙子氏
インタビュアー: エージェント・矢木
付記: 夕木氏に対して、財団はSCP-3085-JPの存在を秘匿した上で「警察の協力組織」としてインタビューを行なっている。
<ログ開始>
エージェント・矢木: それでは、インタビューを開始します。なお、このインタビューは警察が行う事情聴取とは一切無関係のものであり、ここでの発言が今後の捜査に関わってくるようなことはありません。
夕木氏: 別に、そんなこと気にしてませんよ。私はもう死んでるも同然なんですから。とっとと死刑にでもなんでもしてください。エージェント・矢木: えっと。殺害人数が1人の場合、死刑になるケースはほとんどありません。それに、「死んでるも同然」とは?
夕木氏: アイドルがアイドルでいられなくなる瞬間って、分かりますか。「自分がこの世で一番輝ける」って思えなくなった瞬間、アイドルは死ぬんです。エージェント・矢木: [沈黙の後、咳払い] ……話が逸れましたね。ではまず、あなたが行方不明となっていた間、どのように生活をしていたのか教えてください。
夕木氏: 芸能関係の知り合い、それと私のファンだっていう人たちの伝手を使って、匿ってもらいながら各地を転々としてました。「最近、ストーカーの被害を受けている。プロデューサーにも言ったけど、取り合ってもらえなくて逃げてきた」みたいな話をして。信じてもらえてたかはともかく。エージェント・矢木: なるほど。では次に、藍沢氏が死亡した経緯について。当日の貴女の動向も含めて教えてください。
夕木氏: はい。あの日、ライブを終えた後。私は死のうとしてたんです。エージェント・矢木: ……それは、何故でしょうか。
夕木氏: 天野さんに、私のことについても聞いたっておっしゃってましたよね。だからなんとなく分かってるとは思うんですけど、限界だったんです。あの子の隣にはもういられなかった。人生全部「アイドル」に懸けてきたつもりだったのに、生涯ずっと超えられない存在が間近に現れて、「夕木 橙子」を全て否定された感覚だった。それでも抗ってきたけど、逃避の手段だった自傷の跡もプロデューサーに見つかっちゃって。こんな状況でユニットの3周年とか迎えられないと思って、その前に死のうと思いました。エージェント・矢木: なるほど。もしかして、貴女は投身自殺を目的にあの展望台に赴いたのですか?
夕木氏: はい。MVの撮影で来て以来お気に入りの場所で、夜は人通りがほとんど無くなる事とかも知ってたので。それで、柵を乗り越えて、覚悟を決めようと息を吸った瞬間、あの子が現れたんです。エージェント・矢木: そのような経緯で、藍沢氏は展望台に訪れたのですね。
夕木氏: 誰もついてきてないか、気を付けてたつもりだったんですけどね。現れたタイミングと言い、多分ずっと隠れて追って来てたんだと思います。エージェント・矢木: しかし、その状況からどのようにして藍沢氏を殺害するに至ったのですか? 現場には、争ったような形跡は確認されていませんでしたが。
夕木氏: [小さな笑い] あの子、自分から柵を乗り越えてこっちに来たんです。「星きれいー。どれがおとめ座のスピカだろうね」なんて何でもないようなフリして、声を震わせながら。私が何をしようとしてたかなんて、察せないはずなかっただろうに。時期的に、もうおとめ座なんて見られなかったのに。エージェント・矢木: ……ああ、なるほど。それならば、その場で背を押すことで容易に彼女を殺害できますね。
夕木氏: でも、そこですぐにあの子を殺した訳じゃないですよ。というか、なんでこっちに来たのか分からなくて混乱してましたから。そしたら、彼女は私に「どうしてアイドルになったのか」と問いかけてきたんです。エージェント・矢木: 何と言いますか、お話を聞いている限りですと、藍沢氏は夕木さんの様子がおかしいと気づいて後を追い、なるべく貴女を刺激せず自殺を止めようとしていた……と取れますね。
夕木氏: [沈黙] ……そう、だったんでしょうね。エージェント・矢木: 水を差してしまい申し訳ありませんでした。お話の続きをどうぞ。
夕木氏: はい。それで、まぁ。ぶっちゃけ、自分がアイドルになった切っ掛けなんてそれまでにも何度か話したことだったんですけど、改めて言葉にしました。幼いころ、親が持っていたビデオに映っていたアイドルのライブ映像。それに惚れ込んで、ステージに私も立ちたい、いや立たなきゃいけないと思うようになったんです。それから親に頼み込んで、小学生のころからダンスレッスンにもボーカル教室にも通って。「高三まで一切結果が出なかったら諦めなさい」って言われてて、死に物狂いになってた所で、「SuPiCA」に辿り着いた……そういう話です。エージェント・矢木: そのお話を受けて、藍沢さんは何と?
夕木氏: 特段、目立ったリアクションはしてなかった……と思います。まぁ、既に聞いた内容だったでしょうし。それで、話の流れで私も愛華に「なんでアイドルになったのか」って聞いたんです。実は、私が憧れたアイドルとあの子が憧れたアイドルが、同じだったって話があって。それで、結成当初に仲良くなったのも覚えてますし。なので、まあ。そこら辺に絡めた話が出て来るんだろうなって思ってたんですが……違いました。
夕木氏: 元々、彼女の両親が同じアイドルのファンだったらしいんです。でも、幼いころに両親が事故で亡くなって。それで、家族三人でアイドルのビデオを見て笑ってた日々を思い出して、「自分がステージで輝けば、天国の両親にも笑顔でいてもらえるかも」と考えてアイドルを志したらしいんです。自分を引き取って養育してくれた叔母にはその夢を反対されて、プライベートでは互いにほぼ不干渉状態に。独学で歌とダンスの練習に打ち込んで、友達らしい友達も作らなかった。そんな話を、そこで初めて聞きました。エージェント・矢木: 今まで、藍沢氏はそのエピソードを隠していたのですね。
夕木氏: はい。まぁ、今まで聞いた「幼いころに見たアイドルの姿に憧れて」とか「全世界の皆に笑顔になって欲しくて」みたいな話が嘘だったって訳ではないでしょうけどね。多分、暗い話はアイドルには合わないと思って、黙ってたんだと思います。あの子の事です。あの場では、「自分を全部さらけ出して話をするべきだ」みたいなことを考えて、初めて話したんだと思います。エージェント・矢木: なるほど。そして、それを受けて貴女は?
夕木氏: ずるい、って思いました。エージェント・矢木: ……「ずるい」、ですか?
夕木氏: だって、エピソードとして完璧じゃないですか! 完成された悲劇のヒロイン。ただでさえとんでもない輝きを放っていたのに、そんな隠し玉まで残してただなんて! もしこの話が世に出たら、彼女はアイドルとして完璧になる。そんな、過去の経歴なんて変えられないんです。追いつけようのないところでも、更に私に差をつけていくんです。まるで私、はぁっ、馬鹿みたいでっ、だって、情けなくてぇ! [激しい呼吸。エージェント・矢木が、水を飲んで落ち着くように促す] ……すいません。もう、大丈夫です。エージェント・矢木: お話を続けるのが大変なようでしたら、一旦、休憩をはさむことも……。
夕木氏: [言葉を遮るように] 大丈夫ですから。……それで、そこからの彼女の話は少し記憶が曖昧なんですけど、「同年代の子で、『アイドル』というものに真正面から向き合ってる子にはこれまで会えなかった」とか、「橙子は人生で初めてできた友達」とか、「橙子のパフォーマンスが世界で一番好きだ」とか。そんなようなことを言っていた気がします。あの子のことだから多分、全部本気だったんでしょうね。正直、その時の私には嫌味にしか聞こえませんでしたけど。エージェント・矢木: その会話の中で、貴女は藍沢氏に悪感情を募らせていった、と。
夕木氏: [ゆっくりと頷く] 一通り話し終えて、彼女がこちらに寄って来て……抱き寄せようと、したのかな。その時、私はどうしても彼女のことを受け入れたくなくて。強く突っぱねて。[沈黙] ……そしたら、彼女が落ちてました。エージェント・矢木: そういった経緯で、藍沢氏は死亡したのですね。その後、貴女はどうしたのですか?
夕木氏: ええと。まず、気が動転して。次に、彼女の遺体を確認して。それで、しばらく泣いていたと思います。罪悪感とかに、耐えられなくて。[沈黙] ……それでも、彼女の死体を見て、どこか安心してしまった自分もいたんです。エージェント・矢木: それは、彼女が居なくなったことで、自分が重圧から解放されたため……ですか?
夕木氏: いいえ。あれだけ華々しくステージで輝いていた彼女の中にも……[沈黙] ちゃんと、赤黒い血が詰まっていたことに安心したんです。もし飴玉や花びらでも零れてきていたら、私はその場で壊れていたでしょうね。エージェント・矢木: [沈黙] ……その、失礼ながら。貴女はその当日、強い希死念慮を抱えていたのですよね。また、今回のインタビューの冒頭でも、「自分がどうなっても構わない」という旨の発言をしています。ですが、貴女は藍沢氏の殺害後、長期間にわたって逃亡生活を行なっていました。自首などを行なわなかった、その理由は何でしょうか。
夕木氏: その時は、音羽 アイカを殺してしまった責任を取ろうと思ったんです。こんなことをしてしまった以上、私は生き延びて、アイドルをやらなきゃいけない。顔を、名前を、経歴を変えることになっても、あの世界に返り咲かなきゃならない。音羽 アイカが消えた世界の損失を、可能な限り埋めなきゃならないって、考えたんです。エージェント・矢木: なるほど。ですが、今はまた考えが変わってしまっていると。それは、何故ですか。
夕木氏: [一度言葉に詰まる] ……疲れちゃったんです。私、色んな人に匿ってもらいながら逃亡を続けてたって言いましたよね。その中には、アイカではなく私だけのファンだって言う人とか、アイカより私の方を高く評価してたって言う芸能関係の人とかもいたんですけど。まあ、色々ありまして。[沈黙の後、涙ぐみながら] ……本当に、純粋な意味でアイドルの乙白 ユウを応援していた人なんて、居なかったんだって理解しちゃって。もう、いいかなって思い始めた所に貴方たちが来たんです。そういう、ことです。エージェント・矢木: [沈黙] ……本日は、話しづらいことばかりお聞きしてしまい申し訳ありませんでした。
夕木氏: いいえ。この程度、愛華を殺した罰にもなりません。とっとと死んで、あの世の両親のとこでライブやってるであろう彼女に謝んないとですね。そもそも、アイドルとしての彼女は、殺されたくらいじゃ輝きを失わない。まだ死んでないと言えるかもですが。エージェント・矢木: では、インタビューを終了いたします。本日はインタビューに応じてくださり、ありがとうございました。
<ログ終了>
追記: インタビューを実施した後、夕木 橙子氏は警察によって逮捕され、その旨が全国的に報道されました。それ以降、SCP-3085-JPの異常性に複数の変化が生じていることが確認されています。財団が実施した調査の結果、
- 活性化イベント発生頻度の低下及び、継続時間の短縮。
- 活性化イベント中におけるSCP-3085-JPの動作の緩慢化。
- 活性化イベントフェーズ2における発話内容の固定化。
- SCP-3085-JP-1が出現しなくなる。
- 僅かながら、腐敗の兆候が見られる。
の5点の変化が明確に把握されています。
この内、活性化イベントフェーズ2における発話内容は口部・喉部の動作と音声の解析から、以下のような内容であると推測されています。
「音羽 アイカは、ここにいます」
「音羽 アイカは、死んでません」
「だからみんな見てください」
「音羽 アイカは、殺されてません」
「だからあなたは悪くない」
「スピカは、終わってません」
財団はSCP-3085-JPの異常性の変化の詳細とその理由に対し、現在も調査を継続中です。



