SCP-3135-JP
評価: +23+x
blank.png
ガイドへのリンク
アイテム番号:3135-JPItem#:3135-JP
クリアランスレベル3: Clearance
収容クラス: euclid
euclid-icon.svg
副次クラス: {$secondary-class}
{$secondary-icon}
撹乱クラス: #/dark
dark-icon.svg
リスククラス: #/caution
caution-icon.svg

publicdomainq-0072067yagazx%20%281%29.jpg

脳情報デコーディングを元に出力されたSCP-3135-JPの内景


特別収容プロトコル: 現在までのところ、SCP-3135-JPに対する市民の偶発的な進入は確認されていません。公衆の面前においてSCP-3135-JPの収容違反が発生した場合、近隣の財団サイトに待機中の即応機動部隊は速やかにオブジェクトの収容と関係者の記憶処理を実施します。SCP-3135-JPの発生地点に対の“碧眼”が残されていた場合は、財団の優先回収対象に設定されます。このようにして収容に成功した “碧眼”は、“SCP-3135-JP内包実例”のオブジェクト指定を受けた後に個別のナンバリングが行われます。

SCP-3135-JP内包実例の対となった残り片方の “碧眼”は、サイト-81LCの耐衝撃性を確保した専用収容ロッカーに保管されます。後述する “インシデント記録 3135-JP”の全容が解明されるまで、これらの眼球を利用して2人目の被験者を同一のSCP-3135-JPに進入させる旨の実験は禁止されています。当該規定に違反した職員は保有するセキュリティクリアランスの剥奪、またはEクラス職員として再雇用の処分を受ける可能性があります。

説明: SCP-3135-JPはヨーロッパ系コーカソイドの中でも、“碧眼”の人間から摘出された眼球を利用することで形而上的進入が可能な湖沼の総称です。現時点で判明しているSCP-3135-JPに進入するための唯一の方法は、“碧眼”の保有者から摘出した眼球を他の人間が素足の状態で踏み潰すという行為のみになります。

“碧眼”を踏み潰した人間 (以下、対象)は、その直後から足元を中心に生じる大量の涙液 (以下、SCP-3135-JP-A)に身体を包み込まれます。この時点での第三者による救出の試みは、対象が強力な不動性を獲得するために不可能となります。他方で、対象を包み込んだSCP-3135-JP-Aの採取/移動に特筆すべき障害は確認されていません。こういった特性を踏まえた上で、対象の救出手段として排水ポンプを用いたSCP-3135-JP-Aの完全な除去を試行したものの、数時間に及ぶ継続的な排水にも関わらず同液体の総量に視覚的な変化は認められませんでした。

SCP-3135-JP-Aはヒト (Homo sapiens)の分泌する通常の涙液とほぼ同様の成分で構成されていることが判明しています。即ち、SCP-3135-JP-AのDNA分析による特定個体の追跡は非常に困難であり、財団の保有する対応パラ技術を以てしても有力な手掛かりは得られていません。対象との遺伝的な関連性なども見付かっておらず、研究が進行中です。

対象の長期的な経過観察から、当該人物は呼吸や食事、睡眠などの生存に不可欠な要素を必要としない存在に変化するものと考えられます。さらに対象の肉体は先述した不動性により当地からの移動こそ行えませんが、SCP-3135-JP-Aに身体を委ねたままで手足を上下に動かしたり、頭の向きを変えたりするなどの単純な運動は制限されていないようです。

また、対象の特殊感覚/体性感覚は基本的にSCP-3135-JP内部で体験した事象だけがそのまま反映、知覚されます。それにも関わらず、対象はSCP-3135-JP-Aに囚われた状態であっても外部の人間との音声会話を用いたコミュニケーション活動が可能です。


補遺3135-JP.1 : SCP-3135-JP内包実例

publicdomainq-0009177gjw.jpg

フィリス・ペンブロークの左目

SCP-3135-JP内包実例の最初の保有者であるフィリス・ペンブロークはイングランド出身のコーカソイド女性であり、財団の倫理委員会に所属する立場から “Dクラス職員の待遇改善”に長年携わってきました。フィリス氏がこのような人権活動に傾倒していった背景に、従来は主に死刑囚などの重犯罪者で構成されていた “Dクラス職員”という雇用形態の変化がありました。それは予てからの懸案であった深刻な人材不足によって、比較的罪の軽い人物にまでDクラス契約の対象範囲が広がっている窮状に依ります。

フィリス氏は合わせて、Dクラス職員の心理的安全性は収容オブジェクトに対するプロトコルの遂行や各種実験の成功率に多大な影響を及ぼすと主張し、強権的な主従関係よりも財団での使命を共にする対等な存在としてDクラス職員を扱うべきだと提言していました。しかしながら、2019年10月24日、フィリス氏は勤務先のサイト-81LCにて発生した大規模収容違反の折に死亡しています。生前の取り組みに否定的な人間が少なくなかったこともあり、同氏の後任者に業務の引き継ぎは行われていません。

インシデントの収束後、コグニトハザード系アノマリーの汚染リスクを評価する目的からフィリス氏の遺体より摘出された “碧眼”に対し、SCP-3135-JPの内包という無視できない蓋然性が示唆されました。同氏の“碧眼”はその両方が摘出され、当該オブジェクトの収容責任者であるウォルコット博士によって “SCP-3135-JP内包実例#2”の識別コードが付与されています。

SCP-3135-JPの性質を解明していく過程で、フィリス氏自身が死後も正常世界への献身を規定された財団職員であったことから、同氏の “碧眼”はSCP-3135-JP内部探査の触媒として選定されました。なお、前提条件として検証実験を始動するには “碧眼”を踏み潰さなければならず、それはSCP-3135-JPに関連するオブジェクトの破壊行為に他なりません。よって事前に予測できない未知の異常性が発現する可能性を鑑みて、実際にSCP-3135-JPの内部探査を実施するまで約1年間の準備期間が設けられました。

以下は、ウォルコット博士により財団の音声記録データベースを介して転写された探査記録の抜粋です。

SCiPレポート内に記述されたSCP-3135-JP内部の性質/描写は、オブジェクトの探査を担う対象から提供された二次情報に立脚しています。転写内容の信頼性は十全ではありません。


探査記録: SCP-3135-JP内包実例#2 A-①


実施日: 2020/11/19

対象: D-3824

責任者: ウォルコット博士

序: ウォルコット博士は別室からスピーカーを通じて、実験室内のD-3824に指示を送っている。


[抜粋開始]

D-3824: 今日はこの目玉を踏みつけるだけで良いのか? 本当にそれで終わりだろうな?

ウォルコット博士: はい、お願いします。

D-3824: [舌打ち] まあ、やるしかないか。踏んだ瞬間に爆発とかしないよな……頼むぜ。

D-3824は何度か不満を表明しながらも“碧眼”を手にする。それから床に置き、左足を使って踏み潰す。次の瞬間、D-3824の足元からSCP-3135-JP-Aが溢れ出すように発生する。

D-3824: なんだ!?

ウォルコット博士: 事前に想定された挙動です。決して焦らず、私の声に耳を傾けてください。

D-3824: め、目玉から水が出てる! なんだよこれ! おい、溺れちまうぞ! ドクター! ふざけんな! はやく助けろ──

[沈黙]

ウォルコット博士: ……D-3824?

D-3824: どこだ、ここは。

ウォルコット博士: ああ、良かった。あなたが生きていて安心しました。どうやら無事に、SCP-3135-JPの内部に入れたようですね。

D-3824: どこだって聞いてんだよ!

ウォルコット博士: それを調査するのが、あなたに与えられた仕事になります。まずは目の前に見えているものを教えてください。

D-3824: クソ、何が起きてやがる。は、何が見えるかだって? そりゃ青い……青い湖が広がってる。おい、こいつは外の景色に違いないぞ。

ウォルコット博士: なるほど、我々の推定値よりも遥かに広大な空間のようです。

D-3824: お、俺は悪い夢でも見せられてんのか?

ウォルコット博士: こうして会話が成立している以上、あなたの夢や妄想でないのは確かでしょう。他に気付いたことはありませんか。

D-3824: ……ここの空気は澄んでいて、アンタはクソだってこと以外は何も分からんな。

D-3824は暫くの間、四方に歩き回るような動きを見せたり、周囲を見渡すように首を左右に振っている。すると突然、D-3824の表情が強張る。

D-3824: ドクター、まだ聞こえてるか? 俺の周りは山に囲まれてる。特に変わった様子はない。強いて言うなら、真ん中にある湖のほとりに知らない女が座り込んでるぐらいだ。

ウォルコット博士: ええと、女性ですか。

D-3824: こんなイカれた状況だしな。もちろん、あいつは普通の人間じゃないだろうよ。

ウォルコット博士: その可能性は高いと思います。得体が知れないので、あまり近付かないように。

D-3824: 言われなくても、そうするさ。……なあ、 ドクター。いい加減に状況を説明してくれないか。頭がおかしくなりそうだ。

ウォルコット博士: 残念ながら、我々にもよく分かっていません。だからこそSCP-3135-JPの成り立ちを理解するために、あなたの情報が必要なのです。

D-3824はウォルコット博士の言葉に苛立ちを隠さず、大袈裟に両手を広げる仕草をする。

D-3824: そうかい、身に余る光栄だよ。まさか財団の学者先生が、俺みたいな犯罪者をそこまで頼りにしていたとはな。

ウォルコット博士: 財団にとってのDクラスは、常に欠かせない貴重な人的資源です。

D-3824: そりゃ、アンタらには欠かせない存在だろうよ。 “使い捨て”の許される人的資源だからな。

ウォルコット博士: ……そんなことよりも、湖のほとりにいる女性の様子は如何でしょう。なにか変わった動きは見られませんか?

D-3824: [唸り声] 俺に背中を向けてるせいで、顔は殆ど見えない。1人で俯きながら、肩を震わせてる。多分だが、あいつは泣いてるんじゃないか。

ウォルコット博士: “泣いている”はあなたの推測に過ぎませんが、本当なら興味深いですね。

D-3824: ああいや、ちょっと待て。あの女、アンタらと同じような白衣を着ているな。知り合いか?

ウォルコット博士: 残念ながら、我々からはあなたや彼女の姿を見ることはできません。どうにも判断つきかねます。

D-3824: [舌打ち] それで、次はどうすりゃいい?

ウォルコット博士 ひとまず、収容担当チームのメンバーと今後の探査の方向性を協議します。こちらから追って指示があるまで、勝手な行動は控えるようにお願いします。

D-3824: いや、でもよ。アンタらに俺の姿が見えてないってことは、やろうと思えばこっちの世界で好き放題できる訳だよな。

ウォルコット博士: そういえば1つだけ、言い忘れていました。あなたは魂あるいは意識だけがSCP-3135-JPの内部に転移しているようです。

D-3824: は? そういう大事な話は先にしろよ!やっぱり悪い夢かなんかだろ、この世界は!

ウォルコット博士: そして、肝心の肉体は実験室に残されています。あなたがSCP-3135-JP内部で取った行動と肉体の動きは連動しているので、我々の命令に背いたらすぐに分かるんですよ。

D-3824: ……つまり、何が言いたいんだ?

ウォルコット博士: 私は肉体を失い、彼らの意識だけが異次元領域に囚われたDクラスの末路をいくつか知っています。そんなに聞きたいですか?

D-3824: ああ、ああ。オーケー。だったら大人しく待ってるよ。まったく。どっちみち、アンタらの指示に従う以外の選択肢はないんだろうが。

ウォルコット博士: ありがとうございます。飲み込みが早くて助かりますね。

D-3824: ところで、この実験が終わったら俺は元の場所に戻れるのか? まさかとは思うが、用が済んだらサヨナラする気じゃないよな。

[沈黙]

ウォルコット博士: 音声転写を停止、SCP-3135-JPの探査を中断します。お疲れさまでした。

[短い罵声]


[抜粋終了]


補遺3135-JP.2-1 : インシデント記録 3135-JP

ウォルコット博士の要請により、“SCP-3135-JP内包実例#2”の探査は一時的に中断されました。実験に同席した収容担当チームのメンバーは、早期に探査を中断した理由についてウォルコット博士から充分な説明が為されなかったにも関わらず、その決定に特段の疑問を呈することはありませんでした。これによって生じた10分程の空白時間を利用して、ウォルコット博士は独断でSCP-3135-JPの探査を再開しています。

事後に行われた聞き取り調査では「収容担当チームのメンバーはSCP-3135-JP実験室に隣接するコントロール・ルームに待機しており、別室のウォルコット博士とは1度も顔を合わせていなかった」との証言が得られました。これらインシデントの発生原因は収容担当チームの職務怠慢による過失であったのか、もしくはSCP-3135-JPに連なる異常存在が何らかの形で関与していたのかは未だに判然としません。

以下は、ウォルコット博士により転写された非公式な探査記録の抜粋です。

探査記録: SCP-3135-JP内包実例#2 A-②


実施日: 2020/11/20

対象: D-3824

責任者: ウォルコット博士

序: D-3824の状況をモニタリングしていた収容担当チームのメンバーは皆、小休憩のために席を外している。ウォルコット博士のみが、実験を監督するために別室からモニタリングを継続している。


[抜粋開始]

ウォルコット博士: D-3824、私の声が聞こえていますか。どうか返事をしてください。

D-3824: もう戻ってきたのか。

ウォルコット博士: ええ、この転写記録に割ける時間はそう多くはありません。あなたの存在が手遅れになってしまう前に探査を再開します。

D-3824: おい待て、なにが手遅れになるって?

ウォルコット博士: いちいち疑問に答えていたら残りの時間が勿体ない。状況に応じて私の方から説明させて頂きます。よろしいですか?

D-3824は額に手を当て、少しばかり動転した様子で目を泳がせている。

D-3824: 納得はできてないけどな。そんなに急かすなら、さっさと次の指示を出してくれよ。

ウォルコット博士: いいでしょう。では、手始めに湖の周りを散歩しましょうか。

D-3824: は、散歩だと?

ウォルコット博士: 失礼、かなり砕けた言い方でした。要約すると、あなたの形而上的両脚を即席のアイライナーに見立てます。

[沈黙]

D-3824: アンタ、ふざけてるのか? それとも、俺を煙に巻こうとしてるのか。

ウォルコット博士: いいえ、SCP-3135-JPの収容には必要な手順です。あなたは今から、未必の弧を自らの脚を使って描かなければなりません。さもなければ彼女の湛えた湖から涙が零れてしまう。

D-3824: [ため息] ドクター、致命的な問題が発生したらしい。実験の責任者がイカれちまった。

ウォルコット博士: そして時が来れば、コバルトブルーの恩寵があなたを基底次元に押し戻す。そうなったら、正規の財団職員とDクラスの位格を巡る “フィリオクエ”は然したる命題ではなくなります。妥協なき倫理に寄り添った運営方針は早晩、財団の組織体系を破綻させるでしょう。

D-3824: マジで、そのポエティックな言い回しをやめろ。なんのつもりか知らないけどよ。

ウォルコット博士: これが冗談に聞こえますか? 私は本気で──

D-3824はウォルコット博士の発言を遮るように、右手を前に伸ばす。

D-3824: アンタ、この実験を始める前に言ってたな。今日の仕事は死人の目玉を踏みつけるだけだって。見てみろよ、俺はどうなった?

ウォルコット博士: ……それは。

D-3824: 結局は全部が全部、アンタの嘘だったじゃねぇか。 なのにどうして、俺はまだアンタの戯言に付き合わなきゃならないんだ?

ウォルコット博士: もう2度とあなたに嘘は吐きません。約束します。

D-3824: さて、どうだかな。

ウォルコット博士: ……我々の指示に従う以外の選択肢はない、と。あなたは先程、そう仰っていたではないですか。

D-3824: まあな。だがそいつは、俺だけに限った話じゃないらしい。

[沈黙]

ウォルコット博士: 分かりました。あなたがそこまで望むなら、できる限りの言葉は尽くしましょう。ほとりに寄せる風波でも眺めながら。

D-3824: [鼻をならす] 今日は天気も良いことだしな。言い訳だけなら聞いてやるよ。


[抜粋終了]


補遺3135-JP.2-2 : インシデントの発覚

publicdomainq-0055885btf%20%281%29.jpg

モデリング段階の統合管理AIC

サイト-81LCの統合管理AICは、過去に起きた大規模収容違反を契機として試験的な導入が検討され、後に日本支部理事会の認可を受けて同サイトのメインフレームに割り当てられました。諸要因から精神面に不調をきたした財団職員の人為的ミス、または敵性要注意団体のエージェントが施した破壊工作に起因する収容体制の破局などのあらゆる不確実性を考慮して、より効率的な保安業務を実現する為に “直観”の知覚機構に特化した人格ドライバがインストールされています。

統合管理AICは、SCP-3135-JPの内部探査におけるウォルコット博士の形式から逸れた行動を検知しました。予期しない収容違反の発生に繋がる可能性が極めて高いとの判断から、サイト-81LCの警備部門に “潜在的な重大インシデントの恐れ”を通達しました。

当時のサイト管理官は初動対応としてウォルコット博士の身柄を拘束するため、同サイトに駐留する機動部隊のメンバーを急きょ派遣しています。しかしながら、ウォルコット博士が存在する研究室のドアは収容違反に対応するためのシステムロックが掛けられた状態であり、通常手段での入室が妨げられていました。これに続いて統合管理AICは、同研究室内に設置されたマノメーターの測定数値を受信したことで “閾値を越えうる壁面圧力の急激な上昇”を警告しています。

以上の差し迫った脅威の報告を受けて、サイト管理官の持つ上級権限の行使によりSCP-3135-JPの収容違反および、サイト-81LCの局地的なロックダウンが発令されました。

このような危機的状況下にあって、ウォルコット博士はSCP-3135-JPの内部探査を継続しており、同時並行で音声記録データベースに対する転写作業を行っていた形跡が残されています。

探査記録: SCP-3135-JP内包実例#2 A-③


実施日: 2020/11/19

対象: D-3824

責任者: ウォルコット博士

序: ウォルコット博士は自ら、D-3824に指示を送っている。


[抜粋開始]

穏やかな波の音が聞こえる。

ウォルコット博士: どうでしょうか、D-3824。私の話した内容に、今度こそ偽りはありませんよ。

D-3824: ……ほとりの女の正体については理解した。だが、この世界はなんだ? たしか、アンタらの呼び名ではSCP-3135-JPだったな。 どうしてこんなものが生まれたんだ。

ウォルコット博士: 彼女は信仰するイエス様と同じ容姿だからと、生まれ持った白い肌や碧い眼を誇りに思っていた時期がありました。まだ幼気で、宗教画の真実を知らなかった頃の話です。

D-3824: ちょっと待ってくれ。キリストって白人じゃなかったのか。

ウォルコット博士: [かすかな笑い声] 司教に宿る聖霊が、浅黒い肌を持つ神の子から発出されたものだったとしたら? 少なくとも、西方教会はここまで多くの信徒を抱えることはなかったでしょうね。

D-3824: あー、なんというか。その歴史の授業は、SCP-3135-JPと何か関係があるのか?

ウォルコット博士: あまねく“真実”として拡散された偽りの信仰はいずれ、無名の神格を召喚するに至ります。それは名を借る簒奪者であり、彼らのもたらす救いなき試練が哀れな信徒たちに振りかかる様を、彼女は何度も目にしてきました。

D-3824: クソ、アンタの言いたいことが分かってきたかもしれない。

波の音が少しずつ大きくなる。

ウォルコット博士: つまり、あなたの前に広がる湖そのものが歪んだ神の内在証明に他ならないのです。さながら人々の信心を映したかのように透き通り、けれど青い水面に遮られ、湖底に溜まった澱みのすべてを見つめることは許されない。

D-3824: もういい、アンタの回りくどい説教を受けるのにも飽きてきた。要は神だか何だか知らないが、湖の化け物をぶち殺せばいいんだろ。

ウォルコット博士: いえ、それは叶いません。なので代わりに、悠久の眠りに誘います。このまま湖のほとりを縁取って、彼女のまぶたを閉じましょう。

D-3824: [鼻をならす] 素晴らしい計画じゃないか。湖の散歩なんて年寄りみたいなルーティーン見せられて、それで奴さんは満足するのかよ。

ウォルコット博士: ですから、あなたの手による最後の仕上げは免れません。先に話した通りです。

D-3824: ……まあ、そうなるよな。

ウォルコット博士: 私の立場であなたに問うのは的外れかもしれませんが、覚悟はできていますか?

D-3824: 俺たちみたいなクズを気に掛けたせいで始まったことなんだろ。だったら、あの女の道連れになってやるぐらいの気概は見せなきゃな。

ウォルコット博士: ……あなたには心から感謝します。転写記録の担当に選んで、本当に良かった。

D-3824: [笑い声] ずいぶんと月並みな台詞を吐くもんだな。ハリウッド映画の主人公になった気分だ。

暫くのあいだ、2人は会話を交わすことがない。時折、足を引きずるような音が聞こえてくる。波の音はますます大きくなっている。

D-3824: おっと、もしかして俺たちは湖を一周したんじゃないか? いつの間にか、底の見えない溝ができてるぞ。俺の前にも後ろにも。

ウォルコット博士: 私の方でも確認できました。ええ、それは未必の弧に間違いありません。

D-3824: うーん、意味ありげな名前の割に見た目は普通の排水溝だ。

ウォルコット博士: ですがこれで、彼女の涙が溢れる心配はなくなりました。ここまで来たらいよいよですね。あなたの準備が済んだなら、ほとりの彼女に声を掛けましょう。

D-3824: ようやっと遂にか。さすがに緊張してきたな。こんなにビビってるのは、アンタらに地元の刑務所から連れてこられた時以来だよ。

ウォルコット博士: どうか、お気を付けて。

D-3824: あとは任せとけ。

D-3824は緩やかな歩みの動作を行った後、何かを見下ろすように視線を落とし、しゃがみ込む。

不明な実体: [すすり泣く声]

D-3824: おい、そうやって泣いてるだけの時間は終わりみたいだ。 アンタのせいで随分と苦労したんだからな。締めの仕事には付き合ってもらうぜ。

不明な実体: [鼻をすする] オレンジのジャンプスーツ? Dクラスの方ですか? えっと、ごめんなさい。どなたか存じませんが、私は大丈夫です。

D-3824: ほら、手を貸せよ。

D-3824は斜め下に右手を差し出して、何かを握るように手のひらを動かす。

不明な実体: どうして、そこまで?

D-3824: 俺は元の世界に戻りたいと思っただけさ。そのついで、SCP-3135-JPの収容を手伝うことになった。アンタらのためにやってる訳じゃない。

不明な実体: ……そうですか。

D-3824: ほら、さっさと行くぞ。

不明な実体: あの、ありがとうございます。あなた方には迷惑を掛けました。数えきれないぐらい、たくさん。そして、これからも。

D-3824: ああ、絶対に手を離すなよ。

水面に2つの大きな物が落ちる音、続けて大量の水がどこからか溢れ出る音、そして後には穏やかな波の音が聞こえる。

ウォルコット博士: 音声転写を停止、SCP-3135-JPの内部探査を終了します。……お疲れ様でした。最後までお読みいただき、ありがとうございました。


[抜粋終了]


補遺3135-JP.2-3 : インシデントの終了

サイト-81LCのロックダウンから30分程が経過した時点で、研究室内の急激な減圧が確認されました。これに続いて、突入命令を受けた機動部隊のメンバーはウォルコット博士の即時拘束を目指しましたが、室内に彼女の姿はありませんでした。財団による徹底的な捜索活動にも関わらず、現在に至るまでウォルコット博士の行方は掴めていません。

研究室内を調査した結果、天井部に設置されていた管理統合AICの監視システムはカメラ部分のレンズが破損しており、何者かが素手か素足で叩き割った事実を示す血痕が付着していました。また突入時の研究室の床面は若干量のSCP-3135-JP-Aで覆われた状態でしたが、これは通常の涙液と変わらない性質を有しており、時間の経過と共に蒸発しています。

その後、サイト-81LCの安全確保とSCP-3135-JPの内部探査の停止が確認されたことで、サイト管理官は正式に収容違反インシデントの終了を宣言しました。

以下は事後処理の一環として管理統合AICの主導により取りまとめられた、“インシデント記録 3135-JP”のデブリーフィングの結果です。

SITE-81LC#38

Phyllis.AIC デブリーフィング

検証事例:
インシデント記録 3135-JP

要約内容:
サイト-81LCの空間現実性に特異な変動は確認されておらず、ピスティファージ実体や高位奇跡論に付随するEVEエネルギー反応およびアキヴァ放射なども検出されていない。科学部門の研究者からは “重ね合わせ”による次元異常や強力な過去改変などの有力な仮説が提唱されたものの、信頼に足る証拠は示されなかった。何よりも、フィリス・ペンブロークの魂は彼女の瞳の水底にあり、抜け殻たる肉体のまぶたは既に閉じられている。財団はその他の重要な業務にリソースを振り分けるため、更なるインシデントの発生は危惧すべきではない。

特記事項:
∙ SCP-3135-JP収容担当チームのメンバーはウォルコット博士およびD-3824の形而下的特徴を想起することができない。
∙ “SCP-3135-JP内包実例#2 ”の探査記録には音声転写技術が使用されているため、ウォルコット博士およびD-3824の肉声は保存されていない。
∙ サイト-81LCでは危険度の高い業務にEクラス職員が割り当てられており、SCP-3135-JPの内部探査を行ったとされるD-3824を始め、Dクラス職員そのものが存在しない。
∙ 過去現在に至るまで、財団の職員名簿に“ウォルコット博士”なる人物は存在しない。
∙ “SCP-3135-JP内包実例#1”は存在しない。

注記:
∙ “SCP-3135-JP内包実例#2”の転写記録内で描写されているD-3824の財団に対する貢献は、Dクラス職員の待遇改善を考慮する程の事例ではない。
∙ 管理統合AICは試験的な導入という経緯から固有の名称が設定されていない。よって、“Phyllis.AIC”という名称の使用は不適切である。

なお、デブリーフィングの出力内容に詳細不明なエラーが散見されたことから、近日中に管理統合AICのパラメータ最適化が検討されています。

補遺3135-JP.2-4 : インシデントの対策

オブジェクト保護の観点から、SCP-3135-JPの内部探査実験は無期限に凍結されました。さらに “インシデント記録 3135-JP”に類似した事象の再発を防止するため、SCP-3135-JPの特別収容プロトコルは現行のバージョンに更新されました。

財団の収容下から消失した “SCP-3135-JP内包実例#2”の捜索は今後も継続される予定です。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。