探査ログ3311-A
対象: D-9082
注記: これは最初に正式に実施されたSCP-3311の探査である。当時、視聴覚監視はSCP-3311の入口から~3kmの地点で完全に劣化していた。
1名のDクラス職員に肩部装着型カメラと、3日分相当の食糧、10kmの送受信範囲を有する600時間起動可能のマイクロ中継器24基、小さめの救急キットを収めたバックパックが供与された。その後、対象はSCP-3311の内部を観察するように指示された。
<記録開始>
カメラが起動し、D-9082がドアを通り抜ける。ドアは閉じ、外部の職員によって施錠される。SCP-3311の内部は未知の原理で適度に照らされている。
D-9082: 私をここに閉じ込めたの?
司令部: 安全対策だ。彼らはすぐ外に立っているから、心配しなくていい。
D-9082: ならいいけど。ここは— うわぁ、成程ね。椅子だわ。
司令部: 注意深く観察してほしい。先に進んでくれ。
D-9082は、周囲を見渡すために時間を掛けながら通路を歩く。内部は静かであり、唯一のノイズはコンクリート床を歩くD-9082の足音である。
D-9082: 全部違う椅子みたいね? 多分、変なコレクターの仕業?
対象はさしたる出来事も無く、このようにして暫く歩き続ける。
司令部: それらの椅子自体に何かしらの普通でない点はあるか?
D-9082: うーん、どうかしら、ちょっとやってみる—
対象が収納区画の1つを開けようと試みるのが映るが、施錠されているようである。彼女は再び試みるが、開かない。
D-9028: ガラス割った方がいい?
司令部: いや。
D-9082: あっ、この椅子の足に何かある。彫り込みみたい。
“店頭見本”FLOOR MODELという文言が椅子の足にエッチング加工されているのが見える。
D-9082: “店頭見本”。展示室からの盗品? あ、待って— これ見て。
隣の椅子、さらにその隣の椅子にも同一の彫り込みがあるのが分かる。
D-9082: ふーん。よく分からない。進み続けた方がいいかしら?
司令部: ああ、続けてくれ。3km地点まで近付いているから、中継器の1つを配置して起動させてくれ。
対象は返答しないが、パックから機器の1つを取り出し、側面の小さなボタンを押す。
D-9082: こんな風に?
司令部: そんな風にだ。通信が繋がっている。
D-9082: 良かった。
対象は続く40分間、ほぼ無言で歩き続け、一瞬立ち止まっては様々な椅子を眺めている。
D-9082: あのさ、これで全部? 椅子がずらっと並んでるだけ? 貴方たちが取り組んでる他の奴の幾つかよりは面白いかもね。 [沈黙] ねぇ、これは見覚えがあるわ。
対象は、色褪せた灰色のクッションが乗っている平凡な見た目の台所椅子に近付く。
D-9082: 私のおばあちゃんが持ってた。コーヒーの染みまで付いてる。それに — ほらね、右横に“店頭見本”。
D-9082: 何がどうなってるんだか。この場所が好きかどうかは分からないけど — [身振り] こいつらは好きになれない。
司令部: そいつらはただの椅子に過ぎない。進み続けてくれ。
対象は数回深呼吸してから前進し続ける。続く30kmは事件や内装の変化を伴わずに通過され、D-9082は10kmごとに新しい中継器を起動させる。対象は軽い休憩を取り、食事をしてから歩き続ける。
D-9082: あぁもう、椅子について考えるのを止められない。この惑星には何十億も椅子があるはずよね — 見覚えのある椅子も数え切れないほどあった。人間の数より多いかもしれない。大変だわ。私たちでは絶対勝てない。
司令部: 椅子は生物ではないと言っておいた方が良いかね?
D-9082: いいえ— いいえ [含み笑い] つまりね、もし仮に奴らが生きてたら、最初のうちは良い刺激になったでしょう。何脚かお供に連れていけたかもね。
司令部: 椅子は生物ではない。
D-9082: 話によればね。
大きな引っ掻き音がD-9082の声を遮る。彼女は素早く振り返るが、トンネル内には誰の姿も無い。
D-9082: 今のは何?
司令部: 我々にも聞こえた、警戒を怠るな。
D-9082: ええ。
D-9082は続く40kmを事件なく12時間かけて歩き続けるが、明確に緊張している。磁気歪みと一致しない低いハム音が検出され、記録の大部分を通して低音量で継続する。
D-9082: 今気付いたけど、ここには換気口が無いのね。空気は思ったよりは澱んでない。新鮮じゃない、というか、もっとこう、多分、綺麗?な空気ではないけれど。清潔。そうね、それが良い表現。
司令部: 記録した。眩暈がしたり、気分が優れないと感じ始めたら知らせてくれ。
D-9082は暫く歩き続けた後、キャンプを張る。対象はカメラを肩から外して横に置き、起動させたままにする。続く数時間にこれといった出来事は何ら発生しないが、例外として1時間目の短期間、遠くから上記同様の引っ掻き音が聞こえる。対象の眠りは途切れ途切れだが、やがて唐突に起床し、糧食を幾つか食べてから出発する。
D-9082: あまり眠れなかった。椅子の夢を見たわ。私はある椅子に座って、そいつは私を食べようとした。夢の残りは腰を下ろさないようにして過ごしたけど、上を見てなかったから、デカい椅子が真上にいるのには圧し掛かってくるまで気付かなかった。
司令部: そのような異質な環境にいることへの反応としては理解できる経験だ。間もなく、君には元気なままでここへ戻ってもらうだろう。
D-9082: ありがとう。とっとと終わらせたい。
対象は早足で22時間以上歩き続け、200km地点まで到達する。巨大な1つの翡翠から作られている椅子を通り過ぎた際、D-9082はそれを調べようとするが、すぐに取りやめて進路を変える。
D-9082: こいつのせいで頭が痛くなるわよ、もう、一つの場所に椅子があんまり沢山あり過ぎる。
司令部: それについて詳しく述べてもらえるか?
D-9082: 何と言うか — 貴方に沢山の友達がいて、そいつらと長い間付き合いがあったりすると、そいつらから憧れてるアレコレを取り入れ始めるでしょ? 特色を。貴方は私の口癖とかを使い始めるかもしれないし、私だって貴方がやる事をすごく上手に取り入れられるかもしれない。
司令部: それがどう先ほどの話と関係するのかよく分から—
D-9082: 貴方は人に影響を与えたり、交流したり、いつまでも残って時間と一緒に大きくなる印象を残したりできる。そして、もっと多くの人が特定のやり方で行動すればするほど、そういう特色は取り入れられるようになる。正の再確認フィードバックループってやつ。
司令部: この話がそこの椅子とどう関連してくるのか、もっと具体的に述べる努力をしてもらいたい。
D-9082: 分からないの、あれは単なるオブジェクト以上のものなのよ。あれはオブジェクトのイデアであり、オブジェクトそのもの。私たちだって単なるオブジェクト以上のイデア — つまり概念。イデア抜きじゃ、私たちはみんな見分けのつかない分子の塊でしかない。オブジェクトはイデアのためのキャンバスってことよ、例えイデアが椅子で貴方が人間だとしても。意味は通ってる?
司令部: 恐らく。[不明瞭、オフマイク]
D-9082: いいえ、その通りよ、きっと気が狂ったように聞こえてるでしょう。 [沈黙] 貴方からは私が見えるでしょ? 私は前よりも椅子っぽくなったように思う? [含み笑い]
司令部: 君自身は前よりも椅子っぽくなったと感じるか?
D-9082: 椅子は物事をどう感じると思う? 私には何とも言えな-
53km地点の中継器が機能停止し、映像が唐突に途絶える。D-9082との接触は、D-9082が43km地点の送信範囲まで帰還した2日後になるまでは再確立されなかった。
司令部: D-9082、君との接触が途絶えていた、状況報告を頼む。
D-9082: ああ、やっとね! 送信は切れてたけど、最後の2つの中継器は配置してきた。もう帰っていいでしょう、さっさと私をここから出して。今すぐ。もう椅子にはうんざりだわ — それと、私は絶対に奴らの仲間なんかじゃない。
司令部: 了解した。もう大丈夫だろう、君も近くまで戻ってきている。
SCP-3311からの退出は問題なく行われ、この文書からは簡潔にまとめるため編集除去されている。対象は肉体的には健康体のように見えるが、軽度のPTSDに苛まれており、椅子に対する強い忌避感を示している。対象はカシソフォビアとクレイスロフォビアの症状を示しており、睡眠やほとんどの身体検査の前に沈静させる必要がある。
<記録終了>