アイテム番号: SCP-3317-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-3317-JPは低危険度物品収容ロッカーに収容し、監視カメラを用いて不活性状態が継続していることを常に確認してください。
SCP-3317-JPを収容するサイトの周囲15km四方は財団職員以外立ち入り禁止とし、紙媒体の書籍・書類はいかなる形状・形態のものも持ち込みが禁じられます。当該サイトで勤務するすべての職員には携帯型電子端末が支給され、業務上の手続き、指示、教育、申請などはすべて端末上で行われます。
SCP-3317-JPを用いた新規の実験は現在禁止されています。
説明: 不活性状態のSCP-3317-JPは3隅と3辺を計22カ所ステープラーで留められた白紙のA4サイズコピー用紙10枚からなる紙束です。ステープラーおよびコピー用紙の組成は一般に流通しているAKN機械工具社製のステープラーおよびコピー用紙と完全に同一であり、不活性状態においてはいかなる異常性も認められていません。
不活性状態のSCP-3317-JP
SCP-3317-JPは自身を中心とした半径5km圏内で不特定の人物(以下、SCP-3317-JP-A)が職務上の要請、あるいは個人的な欲求を叶えることを目的に、何らかの情報を求めて書籍や文書などの紙媒体の物品(以下、「対象」)を手に取った場合、活性状態へと移行します。
SCP-3317-JPが活性状態へ移行した場合、SCP-3317-JPは即座にその外見、記載内容を含む形態を「対象」とほぼ同一のものに変化させ、「対象」と入れ替わる形でSCP-3317-JP-Aのもとに転移、出現します。この入れ替わりは即座に行われ周囲に影響を及ぼさないため、SCP-3317-JP-Aは「対象」とSCP-3317-JPが入れ替わったことを認識できず、外部から直接観測することも不可能です。入れ替わった「対象」はこの時点で消失しますが、これが消滅なのか、不明な場所への転移なのかは明らかになっていません。その活性化条件から、SCP-3317-JP-Aは出現したSCP-3317-JPを即座に参照し始めます。
活性状態に移行したSCP-3317-JPの外観、記載内容などは「対象」とほぼ同一です。記載の一部に些細な内容の変化が認められますが、通常この変化はSCP-3317-JP-Aの目的の遂行には影響を及ぼさないごく軽度のものであり、この時点でSCP-3317-JP-Aがその変化を認識することはありません。
SCP-3317-JP-AがSCP-3317-JPの読解を通じてその職務上の要請や個人的な欲求を叶えるのに必要な情報を取得したと判断した場合、SCP-3317-JP-Aはその目的を達成するように行動し始めます。このとき、行動は本来の知識にかかわらずSCP-3317-JPの閲覧によって取得した情報に基づいて行われます。
SCP-3317-JP閲覧後のSCP-3317-JP-Aによる目的達成の試みはその難易度にかかわらず全て失敗し、その失敗の過程において、必ず事象に関連する人物1人以上の死亡を伴います。失敗および死亡の原因は全て現在の科学で解釈可能ですが、その発生確率からこの現象は統計学的に異常であると認められています。
SCP-3317-JP-Aの目的達成の失敗後もSCP-3317-JPは活性状態を維持しますが、最後に内容を閲覧されてから168時間経過するとその場で不活性化します。不活性化後すぐのSCP-3317-JPは条件を満たした場合にも活性化状態には至らず、不活性化後168時間経過すると再活性化が可能になります。
目的達成の失敗後にSCP-3317-JP-Aが生存していた場合、SCP-3317-JPと「対象」との内容変化を認識できるようになり、その内容の些末さにもかかわらず、失敗の原因はその変化によるものであるという考えに拘泥するようになります。またSCP-3317-JP-Aは自身がこの内容変化を認識できず、変化した内容に基づいて行動したことに対して極端に自罰的な感情を表出するようになります。この異常な感情変化はAクラス記憶処理により一時的に無効化されますが、SCP-3317-JP-Aに対する記憶処理は一定期間後に効力を失うことが明らかになっています。効力を失う原因は不明であり、その期間も個体によって様々であるため、事前に予測することは困難となっています。
補遺1:
SCP-3317-JPは2023年、東京都世田谷区における会社、病院、公共交通機関などにおいて、死亡事故を伴うアクシデントの発生率が不自然に上昇していることをフィールドエージェント・桜岡(以下、Agt. 桜岡)が報告し、調査が開始されました。調査の結果、アクシデントで死亡した人間の多くが直前に何らかの文書を参照していたことが判明し、文書実体の姿を取るアノマリーの関与が疑われました。またこのとき、同様に文書を参照していた一般人の死亡事故も複数確認されました。
以下は調査の結果判明した、発生直前に文書を参照していた54の死亡事故事案の概要を一部抜粋したものです。
| No. | 内容概要 | 文書 |
|---|---|---|
| 1. | 世田谷区役所において職員が業務用シュレッダーを使用中に指を挟まれ、出血性ショックにより死亡した。 | AKN機械工具社製シュレッダーの説明書 |
| 2. | 区立豪原中学校の理科教員が授業中に火災を発生させ、生徒2名が死亡した。 | 教員が自ら作成した授業マニュアル |
| 3. | 民家において携帯型電子端末が発火し火災を発生させ、住民3名が死亡した。 | 「60歳からのタブレット端末」 |
| 4. | 民家において調理中に包丁を胸に刺し、同居人1名が死亡した。 | 「おいしい家庭洋食 55選」 |
| 5. | 高遠株式会社世田谷支社ビル内において、会社員が同僚と口論後窓から飛び降り、死亡した。 | 「1から分かる 同僚とのコミュニケーションスキル」 |
| 6. | 小田王線において脱線事故が発生し、乗客、列車職員を含め912人が死亡した。 | 小田王線において用いられている運行マニュアル |
| 中略 | ||
| 54. | TN社松陰工場において、従業員1人が業務用プレス機に挟まれ圧死した。 | 現場で使用されていた操作マニュアル |
2023年11月12日、Agt. 桜岡が臨床心理士として潜入していた都立梅岡病院の救急外来において、細菌性肺炎疑いで搬送された87歳男性が致死性不整脈により急死する事案(以下、事案3317-55-JP)が発生しました。事案3317-55-JPに対して設置された医療事故調査委員会において、患者対応にあたった初期研修医 田海氏(以下、田海研修医)および上級医である内科専門医 山畑氏(以下、山畑医師)の対応に明らかな過誤は認められないと判断されましたが、田海研修医の供述、および事案後に自殺した山畑医師の遺書の内容からアノマリーの関与が疑われたためAgt. 桜岡が調査を行いました。事案3317-55-JPの調査を通じて多数の物品が保管されましたが、その中で田海研修医および山畑医師が救急対応中に参照したとされる一冊の本が事案発生後168時間後に未確認の紙束へと変化したことにより、当オブジェクトがSCP-3317-JPに指定、収容されました。
その後、田海研修医に対してインタビューが行われました。以下はその記録です。
対象: 田海研修医
インタビュアー: Agt. 桜岡
付記: インタビュー当時、田海研修医は重度の適応障害と診断されており外出が不可能な状態であったため、本インタビューは田海研修医の自宅で行われました。またAgt. 桜岡は病院から派遣された臨床心理士としてふるまっており、本インタビューは認知行動療法の一環に偽装して行われました。
<記録開始>
[室内には空のペットボトルや弁当の空き箱、ビニール袋などが散乱している。田海研修医とAgt. 桜岡はローテーブルに向かい合うように座っている。Agt. 桜岡は田海研修医に目線を向けているが、田海研修医は俯いて下を向いており目線は合っていない]
Agt. 桜岡: それでは、インタビューを開始します、田海先生。──釈迦に説法かもしれませんが、これは認知行動療法の一種です。あの日の出来事に対して、改めて向き合って頂くことが重要なのです。
田海研修医: ……はい。
Agt. 桜岡: では、あの日のことをはじめから振り返ってみてください。
[田海研修医はわずかに逡巡する様子を見せた後、小さな声で話し始める]
田海研修医: あの日は……あの日は日中に緊急入院が2件あって、自分も山畑先生もちょっと疲れていたんです。その、自分は先生と同じグループで働いていたので。先生も「今日はもう働けねえよ」なんて言ってて、自分も「本当ですよね」なんて笑ってて。あの、先生は本当にいい先生だったんです。めちゃくちゃ頭良くて、仕事も早くて、なのに自分みたいなダメ研修医にも優しくて、いつも笑顔で、本当に……。
[田海研修医は両手で握りこぶしを作り、両膝の上で震わせている]
Agt. 桜岡: 続けてください。
田海研修医: はい。それで、夕方に当直に入ってからしばらくは日勤の引き継ぎ患者とか、ウォークイン1の軽い患者を何人か捌いて、ちょっと時間が空いたので先生とご飯にしたんです。先生に近くのカレーを取ってもらって。そしたら、食べてる間に搬送依頼が来て。近くの施設からで、87歳の誤嚥性肺炎疑いってことでした。昼食のときにむせこみがあって、夕方になって発熱、意識低下、SpO22低下が出始めたっていう。お手本みたいな症例で、正直、その……自分も先生も、いつものね、みたいな感じでした。それで先生が「ちょっと病棟でやることがあるから、先に行って話を聞いて、採血して適当に何か落としといて」って。
Agt. 桜岡: なるほど。それで、一人で初期対応を始めたのですね。
田海研修医: はい。救急隊から話を聞いて、培養取って採血して。それで、輸液を始めようと思ったんですけど、その、一瞬不安になってしまって。
Agt. 桜岡: 不安というと?
田海研修医: 外来に来たとき、患者さんの血圧がちょっと低めだったんです、完全なショックってほどじゃなかったんですけど。それで、輸液を早めに落とした方が良いんじゃないかなって思って、でも高齢者だから、あまり入れても心臓に良くないんじゃないかとか考えて、自信がなくなってしまって。それで、先生に電話したんです。「どうすれば良いですか」って。
Agt. 桜岡: なるほど。
田海研修医: そしたら先生が「外液3を落とし始めてくれ、すぐに向かうから、もし自分が見て駄目そうだったらすぐに止められるから、200速4でいい」って。それから「俺が行くまでちょっと本見て予習しとけよ」って、笑いながら。それで、あの本を……。
Agt. 桜岡: その本というのは、これのことでしょうか。
[Agt. 桜岡は事案3317-55における活性状態のSCP-3317-JPの写真を示す。田海研修医はわずかに視線を上げてそれを確認すると、再度俯いて話を続ける]
田海研修医: そうです、その本。いつも使ってたんです。だから、まさかあんな誤植があるなんて思わなくて。でも、今考えても、あんな荒唐無稽な内容の誤植があったからって、どうして自分があんなことをしてしまったのか、全くわからないんです。
Agt. 桜岡: 誤植というと?
田海研修医: 輸液の説明のところでした。細胞外液の例のところで、なぜか乳酸リンゲル5じゃなくて、その、塩化カリウム水溶液って書いてあったんです。それで、本当になんでなのか、自分でも全く理解できないんですけど……。読んだ瞬間看護師さんに「KClキット6を500mLぶん静注してください、少なくとも200速換算以上のペースで」って。それで、そのときちょうど先生も来て、本を見て、「いいんじゃないか?」なんて。それで、看護師さんも、「わかりましたあ」なんて言って、大量のKClキットを持ってきて、どうしてあんなこと。
Agt. 桜岡: なるほど。些細ではありますが、確かにミスではありますね。ですが……。
[Agt. 桜岡の言葉を聞くと、田海研修医は目線を上げ、目を見開いてAgt. 桜岡を見つめる]
田海研修医: はい? 今、なんて言いました?
Agt. 桜岡: いえ、すみません。わざわざ指摘するようなミスではなかったですね。
田海研修医: はあ……あなたもですか。
[田海研修医は大きくため息をつくと、わずかに肩を落とす。先ほどまで握られていた拳は開かれ、軽く曲げられた状態で小刻みに膝を叩いている]
Agt. 桜岡: あなたも、とは?
田海研修医: おかしいじゃないですか。塩化カリウムをそんなに大量に静注したら、そんなことしたらどうなるかなんて、医学生でも、いや、今どき、ちょっとミステリーでも読んでたら中学生でも知ってるはずなんです。というか、おかしいんですよ。KClキットってそんな使い方するものじゃないんですから。疲れてたとか、本に変なことが書いてあったとか、そんな程度ですることじゃないんです。仮に自分がせん妄になったってそんなことしない自信があります、いや、あったんです。患者さん、痛がってました。当たり前ですよね。カリウムをそんな大量に末梢から入れたら痛いに決まってます。それにその後すぐに……。今でも患者さんのあの時の顔が頭に残って、忘れられないんです。
Agt. 桜岡: 確かに、人の死に立ち会うという行為は大変にストレスのかかるものです。その意味で、医療従事者の職務というのは非常に厳しいものと言えます。ですが──
[田海研修医はAgt. 桜岡の言葉を遮るように声を荒げる]
田海研修医: ……何を言っているんですか? 自分が、自分が、俺が、俺が██さん(注 事案3317-27において死亡した患者)を殺したんです! しかも、ミスなんてレベルじゃない、ありえないことをして! それなのにどうして、誰もそれを指摘しないんですか? 指摘してくれないんですか? 「些細なミスだ」とか、「運が悪かったね」だとか。ご家族ですら、「寿命だと思います、よくやってくれました」とか、「あんまり自分を責めないでください」だとか! もう訳がわかりませんよ、うんざりなんです、頭がおかしくなりそうだ!
Agt. 桜岡: 落ち着いて、落ち着いてください。
[田海研修医はしばらくの間息を荒げてAgt. 桜岡を見つめていたが、やがて脱力してインタビュー開始時のように俯き、小さな声で呟き始める]
田海研修医: ……まともなのは先生だけでした。「俺たちはなんであんなことやってしまったんだろうな」って。でも、先生も死んでしまった。俺が殺したのに。俺が死ぬべきだったのに。先生も、██さんも、俺が殺したのに。俺はまだ死ぬのが怖いんです。自分のことなんか昔から好きじゃなかったけど、今では心の底から嫌いなんですよ。
<記録終了>
終了報告書:
インタビュー終了後、田海研修医にはクラスA記憶処理が施されました。記憶処理後、田海研修医の適応障害は一時的に改善し社会復帰しましたが、3カ月後に自室でドアノブとロープを用いて縊死しているところを発見されました。残された遺書には事案3317-55で死亡した患者、その家族、山畑医師、田海研修医の家族に対する謝罪が記されていました。
補遺2:
Agt. 桜岡より、SCP-3317-JPの異常性について以下の調査結果が研究チームに報告されました。
調査の結果、SCP-3317-JPの関連が疑われる事案が初めて発生した2023年以来、全世界的に「労働災害におけるシュレッダー関与率」「中学校における火災発生率」「携帯型電子端末の損耗率」「一般家庭における調理中の怪我率」「職場の対人関係を原因とする適応障害発症率」「列車における脱線事故発生未遂インシデント率」「救急外来におけるショック状態を呈した患者の救命率」「家具組み立て時の事故発生率」など62の複数の事柄において、2023年から現在までの間の特定のタイミング(内容によって時期に差はありますが)以後、統計学的に異常な発生確率の変動が生じていることを発見しました。
これらの事象は一見それぞれ独立したもののようにも思われますが、実際にはそのいずれも収容以前にSCP-3317-JPの関連が疑われていた事案の内容および収容後に施行された実験の内容と関連しています。62という数も、収容直前の救急外来における事案を含めたSCP-3317-JPの関連が疑われる事案の数、および収容後に施行したSCP-3317-JPの異常性が発露した実験の数の合計と合致しています。
幸いにして、この確率変動は現時点でSCP-3317-JPを用いた最後の実験の後には確認されていません。
残念ながら、収容以前の事案についてSCP-3317-JPがどのように関与していたかは不明です。ただし収容直前の事案では「細胞外液として塩化カリウム水溶液を投与してもよい」という、また収容後の実験では「家具組み立てに電動ドライバーを使用する際には手袋を使用してもよい」などといった些細な内容の変化が転移と共に発生していました。これはSCP-3317-JPの異常性による施行の確実な失敗および死亡には関与しない、極めて些細な内容の誤植であると判断されていますし、私自身今でもそう認識しています。
……ですが、これは以前から本当に些細な誤植と認識されていたのでしょうか?
- フィールドエージェント・桜岡
この報告を受け、SCP-3317-JPを使用した新規の実験は禁止されました。
また現在、SCP-3317-JPの異常性について再検討が進められています。









