SCP-3363-JP
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記録データ情報


ファイル名: EdensClinica_EmergencyLogData_0x000012391.dant
回収日時 2956/10/12
回収者: 緑神 - 外郭調査部隊-癸甲21
復元状況: 復元済


ファイル名: Playle-Isanagi_Calculation_Log.22034x3329.dmp
回収日時 2956/10/12
回収者: 緑神 - 外郭調査部隊-癸甲21
復元状況: 復元済

2927/11/30
11:05:29 (北米連邦時間)
北米連邦 ニューヨーク州マンハッタン経済特区
ワンワールドトレードセンター・メモリアル付近

ニューヨーク州、マンハッタン経済特区。北米連邦の中心都市にして、最大の廃墟群。1度目の世界同時デフォルトを境に暴動とテロで荒みきったことさえあるこの街は、それを耐えてかつてのように2900年代にあっても世界の商業と物流はここに集約される経済都市だった。だが、先日から引き起こされているRe:BREAKにおいては、ついぞ都市経済機能の大半が喪失。今やマンハッタン・スクエアファンドの壁面屈折投影ビルボードは崩れ去り、インクリニティウムで構成され幾本も林立していた摩天楼は大小様々に増殖するブロック状の金属が寄ってたかって連なり、旧来の建造物が半ばそれに埋まっている風景が広がっている。そうしながらも辛うじて形がとどまっている建物に、力を持った人々は瓦礫を一掃しようと武器を手に、そうでない人々は安全な区画に集まり、身を寄せ合っていた。

苔や菌糸のように広がる金属の瓦礫で覆われていくマンハッタン島に、古河、イリシア、ローゼンバーグ、マダラザ、キュリオンと、A15班のいつもの現場人員は旧来の航空機から降り立つ。ワンワールドトレードセンター・メモリアル近隣に建てられた次元位相ポータルハブの施設は、近くの瓦礫や金属塊を纏って、超小型の岩石惑星の様相を呈して浮いていた。



メモリアルから1kmも離れていないところに構える小規模なビル。その外観こそ現代的でフラットな建築であるが、材質にインクリニティウムが使用されている様子はなく、本来の見た目そのままである。入り口のガードマシンに一時は引き止められはしたが、財団の調査班であることを告げると、意外なことにあっさりと通される。A15班がそのまま建物へ入れば、ちょうど何らかのオークションが開かれている真っ只中だったようだ。

「マンハッタンのロウアー・イースト・サイド、3番長屋跡は2番層手持ち資産の4割で落札。毎度ありがとうございましたぁ!」

逞しく声を張り上げているのは、MC&Dの人間である。薄暗い会場でスポットライトを当てられている彼が指を指しているのは、壇上の中央に投影される壁面屈折投影ディスプレイの映像である。見れば、この大規模な混乱と破壊のさなかであっても、彼らは不動産事業で再生を図っているようだ。ローゼンバーグは「なるほどな」と息をついた。

「事件後に残った資産でニューヨークの荒廃した土地を安値で買い上げ、そこに即席の建物を作って高値で売る、と」

「取引されている情報を確認したところ、現在は瓦礫に埋もれていない場所を利用しているようです。臨時的な土地本位制と言えそうですね」

「だな。なんなら別にマンハッタンどころか、世界中のMC&Dが手に入る土地すべてがこの競売の手駒になってやがる」

ローゼンバーグが腕を組みながら様子を眺めているところを、キュリオンが相槌のように続けて状況を分析する。

「うぅ、あたしこういうお金の話とかわかんないのよね」

若干の引き気味な表情を見せるイリシアを横目、次々に落札価格が高騰していく土地の銘柄を見ながらマダラザが間を割るように彼女に噛み砕いて説明をする。

「確かにややこしいっすけど、理屈は通るっすね。財閥主導の経済資本のお陰で格差はなくなったってよく言われてたっすけど、結局は富裕層が富裕層のまま富を維持する環境が補強されただけに過ぎないわけっすし。そこにRe:BREAKからの世界同時デフォルトでメタドル.補足情報: かつて北米連邦で流通していたデジタル通貨で、世界通貨であったが、インシデント"Re:BREAK"の余波で起きた世界的なデフォルトにより価値は失墜した。単位記号はM$。が紙切れ同然になったわけっすから」

「そしてメタドルが資産として使えなくなった以上、MC&Dは土地をメタドル代わりの現物通貨として扱っている、という構図ですね」

キュリオンがマダラザの説明に重ねるように続きを話す。イリシアは若干の引きつった笑いを浮かべながら、「マダラザ、あんた思ってたより頭がいいのね……」などと軽口を叩くものだから、「脳筋バカのお嬢ちゃんよりは冴えてるさ」と、ローゼンバーグから鋭いカウンターパンチを食らうばかりだった。

しかし、実際のところマダラザやキュリオンの言う通り、ディスプレイに表示される土地の銘柄は、この場にいる資産家陣が持つ自分の土地の数、面積、そしてその資産的価値を対価に次々と落札していく。

「数多の資産家が持ってる価値の低い土地を集め、その価値を高めてからオークションに掛ける……原始的だが実に資本主義じみたやり方だ、この後に及んで利潤の追及なんてものを今更に見れるとか思わなかった」

既存の通貨という通貨が価値を失ってしまった現実を前に、富裕層にしか扱えない取引を受け持つことで巨額の富を得ようとするMC&Dのそのやり方は、何十世紀も前から繰り返されてきたそれと何ら大差ないことに、ローゼンバーグはほとほと感心すらしていた。

2層、というのは土地資産の等級なのだろう。絶対的資産量だけでの契約は無理に背伸びをしている人間から資産を守れない。しかし、入札に使える資産の割合を提示させることで、維持管理も余裕をもってできる人間と売買契約を結び、なるべく将来時点での資産価値が目減りしないようにする。過度な競争にならないためにも、目星となる金額がある程度わかるが具体的な金額を伏せておくといった工夫が凝らされていた。これらすべての工夫は、MC&Dが新たな経済を作る上で元手になる「信用」を損なわないためのものであった。

演目の傍らで待機していたと思しきMC&Dの商人が、A15班に気付く。

「おや、見慣れないお客様ですね。ニューヨークでお探しの土地でも?」

少しばかり古風な印象を持たせるワインレッドのスーツを身纏った男性は、さながら英国紳士そのものといった温和で気品のある出で立ちをしていた。彼は柔らかく微笑みながら話しかけると、古河が向き直って返事をする。

「我々はSCP財団北米本部のA15事故調査班です。本日は訳あってお伺いしたところです」

「ほう、財団のエージェント殿がまたどうしてこちらの競売に?」

「競売のほうではなく、MC&Dそのものにお話があるんです。こちらにクライヴライン・ダーク代表はおられますか?」

真っ直ぐな視線で、一歩も引くまいかと覚悟を決めていることが誰にでもわかるこの正義漢に対し、気立ての良い英国紳士は表情一つ変えず、ふむ、と一言。

「わかりました。では、奥の別室に参りましょうか」






応接間は、青空の見える部屋であった。だが、部屋に入るなり古河は違和感を感じる。そこには誰もいないからだ。

「どうも、遠路はるばるお越しくださりご苦労様です」、と笑った社交的な物腰は、扉を開けた彼から発される。青空と荒廃した社屋でよりさわやかに見えた。

「私がクライヴライン・ダーク。マーシャル・カーター&ダークの代表であり、ニューヨーククラブの支配人を務めております」

最初に出会った英国紳士、まさしく彼こそが当代のMC&Dの代表であり、このニューヨークに構えるオークションクラブを取り仕切る支配人、クライヴライン・ダークその人であった。根っからの商人だ。

「こちらも経済の立て直しで忙しくしておりましてね。この際小細工は抜きです。訊きたいこととは?」

「アルベルタ・グレイネス・ダークについて」

「アルベルタ……?」

クライヴラインは難しい顔をする。

「さすがは財団、我々のことで知らないことはないかのようです。しかし、なぜ500年前の人間の名前が出るのでしょうか」

「500年前?」

「ええ、アルベルタ・グレイネス・ダークとは、珍しくも我が一族で暗殺された500年前の人間です」

「暗殺」

「ええ、我々はあらゆる面で中立な存在、或いは超越的な存在でなければなりません。それができなくとも、そう在るように努めなければなりません。それが金を稼ぐうえで最も重要なことです。ですが、属性を持ってしまえば、それと相容れない人々が客になってくれない。その決まりを破った。彼女はその気質が商人ではなかった。そう聞いております。具体的なことは何もわからないのですが……」

「じゃあ、アルベルタについて、アトラスタと何かつながりは?」

「さぁ。個人的なつながりについては調べないことには出てこないですね。何せ、あのアストリア計画以前の記録ですし、散逸済みのものも多く……」

500年前の人間。それだけでもわからなくなってきたのに、さらにそこに「復活」という単語もまたA15班を惑わせる一因となっていた。復活とは何だ。文字通りの復活なのか、比喩としての復活なのか。そもそもアトラスタ財閥の人間しか出てきていないところでダークの名が出るのかもわからない。わからない、わからないが多すぎる。

「MC&Dとしては、500年前はニューロデータの管理や義体販売の仲介、あるいは義体化手術の受付なんかをやっていた、とは習いました」

「確かに、その頃と言えば義体化技術が高所得層の間で普及が始まった、いわば黎明期の年代だものな」

まるで世界史の授業を振り返っているかのように、ローゼンバーグが腕を組みながら言う。

「そこに関係があるとみても良さそうよね」

「とはいえ、結び付け方次第だ。イサナギさんにも訊く必要はありそうだな」

その後もいくつか質問を仕掛けたが、古河の感触として違和感のある場所はなく、これまでの動向と合わせたなら、Re:BREAK以前のMC&Dは「アトラスタの君臨に合わせてしたたかに生き延びる商社である」以上のことは得られなかった。しかし、「これから」は。「これから」の話、もしかしたら。MC&Dの作った通貨は世界の基軸通貨になりかねない。もうその筋道が出来てしまっている。土地を価値の基準として設定する、金本位制ならぬ土地本位制だ。国家が既に経済共同体以上の意味を成さない以上、これを受け入れない主体はアトラスタ財閥くらいのものだ。消費者が求めているのは、「万物と換えられる万能の紙切れ」、即ち通貨。これを最速で用意できるのはこの会社以外に存在しない。土地本位制から管理通貨制への移行がスムーズに進めば、MC&Dは次の時代の支配者になれるだろう。

結果だけ見れば、そして普通に考えれば、今の状況はMC&Dにとって願ったり叶ったりである。まるで、そうなるように図ったかのようだ。しかし、彼らはその推論を聞いて心底嫌な顔をする。

「金持ちを大勢殺して、一体いくらの得をするのでしょうか?社会を混乱に陥れて、一体いくらの損が出たでしょう?今の社会をひっくり返して、我々諸共人類が潰れない保障は?商人に多少の賭けは必要ですが、それはリトライが許されるからこそ。生きていればどうにかなるのは、社会が生きていることを許しているからです。このような結果は本当に不本意ですよ。我々だって、今年の大赤字は確定なんですから」

クライヴライン以下MC&Dの面々は、したたかに生きているだけだ。それに、彼らに世界の面倒を見る度量も野望も気概もない。経済を形作り、自分に有利な状況を作って、それで大儲けすることしか考えたくないのだ。目標がそもそも「支配」ではない。誰かが支配の重荷を背負っているそのさらに高みから、世界を食い物にする。ジャッジでも、プレイヤーでもない、支配者とは異なるゲームメイカー。それがMC&Dである。故に、支配の重みをその身に受けざるを得ない道しか見えていないこの状況は、不本意そのものであった。

「我々の方でも、アルベルタについては可能な限り調べてみます。しかし、かつてあなた方にとって要注意団体である我々に関する情報は財団内にも蓄積されているはずです。この非常時ですし、お互いに協力していきましょう。もしこの事件がアトラスタの君臨によって引き起こされていたのなら、我々は身の振り方をもう一度考えなければなりません」

クライヴラインはそう言って、話を締めた。今この場でお互い話すこともない。それをMC&Dと財団、両者ともに感じたが故であった。






その後もA15班は調査を進めるが、アルベルタに関する進展は皆無であったが、それも当然のこと。「500年前の記録なんて、国家クラスで重要な情報の他はどこも保管していないですね」と、プレイル・イサナギですら全く取り付く島もなく、お手上げの状態であったのだから言うまでもない。



カメレオン:
どうかしたのかい?



カメレオンはいつの間にかプレイル・イサナギの思考に介入していた。



プレイル・イサナギ:
アルベルタという人について調べている。資料は殆ど散逸済み。どうしたものか。

カメレオン:
アルベルタ、アルベルタ……ああ、いたね、そういう人。500年前の人で合ってる?

プレイル・イサナギ:
え、そうだけども……。



演算領域のプールで響くカメレオンの声に、プレイルは疑問混じりに返事を返す。



カメレオン:
あの人は、世界の敵になった人だよ。──いや、正確には、世界の敵にさせられた人、かな?

プレイル・イサナギ:
なんで知っているんだ?

カメレオン:
だって、僕はそういう生き物だからさ。この世界で目立つ出来事は全部見ているよ。確かアレは───



カメレオンの口から語られるのは、世界から疎まれ、退場させられた、孤独な人間の話だった。





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