クレジット
記録データ情報
ファイル名: Playle-Isanagi_Calculation_Log.22034x4932.dmp
回収日時 2958/09/02
回収者: Terra Verde - 外郭調査部隊-61V
復元状況: 復元済
ファイル名: SCP_PoI_database_420N.nz6.farc
回収日時 2958/09/02
回収者: Terra Verde - 外郭調査部隊-61V
復元状況: 復元済
ファイル名: Koigare_newsdata_24220514.utml
回収日時 2958/09/02
回収者: Terra Verde - 外郭調査部隊-61V
復元状況: 復元済
ファイル名: DNI_syndrome_data_AHBIS_516.utml
回収日時 2958/09/02
回収者: Terra Verde - 外郭調査部隊-61V
復元状況: 復元済
[SYSTEM]: エミュレータ起動中…
[SYSTEM]: アーカイブデータ読込中…
要注意人物PoI-420N: アルベルタ・グレイネス・ダーク
2422年5月7日 SCP財団北米本部 特定要注意団体監視局

アルベルタ・グレイネス・ダーク、2419年
基本情報
名前: アルベルタ・グレイネス・ダーク(Albert Glayness Dark)
性別: 女性
誕生: 2377年7月4日
死亡 2420年3月29日(享年43歳)
所属/役職: アトラスタ・インダストリアル 代表取締役執行役員
ニューロアーク技術適用経歴: なし
義体化経歴: なし
概要
要注意人物PoI-420N"アルベルタ・グレイネス・ダーク"は、 2398年より要注意団体GoI-3363N"アトラスタ・インダストリアル"の代表取締役執行役員を務めていた人物である。彼女はアトラスタ・インダストリアル・グループの創立者であるヘレボルス・イサナギの配偶者としても知られ、同社の経済的な大躍進は彼女の功績によるところが大きい。
「ダーク」の姓を持つことから分かる通り、彼女は要注意団体GoI-012"マーシャル・カーター&ダーク"の経営者家系であるダーク一族の出身である。しかし、2392年の時点で既にダーク家との繋がりは絶たれていたと考えられ、そこからアトラスタ・インダストリアルへの入社にいたるまで消息を絶っていたこともあり、アルベルタ・グレイネス・ダークが現在の地位にまで上り詰めた経緯は不明瞭な点が多い。アトラスタ・インダストリアルの「顔」として頻繁にメディア露出を繰り返していたヘレボルス・イサナギとは対照的に、直接のメディア露出がなく、人前に姿を表すことがほとんどなかったため、その一切の詳細は財団も正確に把握できていない。
2420年3月29日~31日にかけて継続的に発生した連続企業役員暗殺事件の被害者に数えられる。財団による独自調査の結果、暗殺の実行は要注意団体GoI-1043"ヴァルラウン・コーポレーション"の関与が示唆されているが、同社への幾度かの突入作戦を経てもなお暗殺を指示した人員や情報などの物的証拠は発見されなかった。事件の詳細な経緯は外部インシデント"連続企業役員暗殺事件"を参照。
主要な関連人物
ヘレボルス・イサナギ
アトラスタ・インダストリアルの創設者であり、代表取締役CEOを務める人物。日本有数の著名な氏族である日奉家の血縁者であるが、日奉家本家の人間との関連性は非常に薄い。
2392年~93年の間にアルベルタ・グレイネス・ダークとの関係が生まれたと思われる。アトラスタ・インダストリアルへの内偵調査や、ヘレボルス・イサナギのメディアにおける言及などの状況から、アルベルタ・グレイネス・ダークとは内縁関係にあったと考えられる。暗殺事件発生後は保安上の問題からか、それ以前のようにはメディア露出が行われておらず、事件についても氏の名義による公的な声明や発言は行われていない。

2422/5/14 19:20
止まらぬ役員暗殺事件の幕引き プロメテウスグループ役員会が実行指示か コイガレ・ニュースタイムズ
巨大事業者の役員が相次いで暗殺された事件について、5月13日、SCP財団北米本部は「プロメテウス・ラボ・グループ役員のニューロデータの記憶痕跡を任意開示した」と発表した。ニューロバンク「アカシック」の管理を担うテロメア社側がこの捜査に協力の申し出をしたことも相まって、連続暗殺事件に対する調査を前提としても、これは異例の進展となった。
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事件の経過と、SCP財団の対応
カナダ時間の3月29日深夜、ケベック州モントリオールで、アトラスタ・インダストリアルの役員会メンバー2名、ならびにその側近4名を載せた専用車両が武装した集団に襲撃される事件が発生。側近および前後車両で警護を担当していたSPらによる激しい銃撃戦が繰り広げられ、州当局ドローンによる強制鎮圧が実行されるまでの間に、アトラスタ社役員であるアルベルタ・グレイネス・ダーク氏およびカオルコ・コーニング氏と、その警護にあたっていたSPなど7名が死傷・重軽傷に至る惨事となった。事件を引き起こした武装グループはその後、鎮圧ドローンを破壊して逃走、当局による追跡を振り払い行方をくらましている。
その後も立て続けに同様の襲撃やニューロデータへの技術的攻撃が巨大事業者の経営陣に対して断続的に発生し、プロメテウス・ラボ・グループ、A.K.I.ホールディングス、繁広化学工業集団有限公司など、テクノロジー分野で世界を大きくリードする巨大事業者が31日までに相次いでその被害にあった。いずれの被害も捜査当局による検証や追跡で実行犯を特定することはできなかったが、6月4日の財団の公式発表により、最後の事件が発生してから12日後の4月11日、SCP財団欧州支部が秘密裏に未知の超常技術を用いたテロ事件であるとして独自調査を行われていたことが公表された。
その結果として事件の犯行は民間軍事企業「ヴァルラウン・コーポレーション」が関与していたことを突き止めている。当初、同社は事件への関与を明確に否定していたが、財団や現地当局による綿密な計画の上での立ち入り調査が行われ、暗殺事件を実行した責任者3名および実行者を逮捕・拘束するに至っている。なお、実行に際して暗殺業務を依頼したクライアントの情報は、家宅捜索で押収された各種機器や通信記録から確認され、事件の背景にはプロメテウス・ラボ・グループの関与が示唆されていた。
ニューロバンク、異例の「捜査協力の申し出」
プロメテウス・ラボ・グループのCEO、クリオザリド・D・トーチ氏はテロ事件に際して一切の関与を否定し、自社も被害者の立場であることを強く主張していた。しかしSCP財団北米本部による発表によると、財団による調査が進むに連れて、役員会メンバーによる不穏な動きが見られるようになった。具体的には、プロメテウス社の役員メンバーは明確には死傷しておらず、また事前に襲撃が予定されていたかのように無防備な状況に自ら躍り出ている様子が市街地の監視記録などから判明しているといったものなどである。しかし、それ以上の明確な物的証拠も見つからず、このまま事件の進展が見られないままでもあった。
そして、事態が動きだしたのはことし5月に入ってのこと。財団はプロメテウス社役員メンバーのニューロデータが記録する記憶痕跡の参照をニューロバンク「アカシック」を運営するテロメア社に要求していたが、事件前までは非協力的であった同社が全面協力を行う旨を発表し、役員メンバーの記憶痕跡が財団の調査資料として参照されることになったことで、調査は大きく進展。トーチ氏率いる現経営陣の数々の凶行までの経緯が詳らかとなり、氏を含む役員会メンバー12名が反テロ準備法などの罪で逮捕・起訴されるに至った。この急転した事態から、創業から500年という長い歴史を持つ巨大事業者としては初めてとなる役員総入れ替えが発生するのではないかと指摘する声が上がっている。
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▲篝根日瀬 花籠学園大学社会メディア学部卒後、SCP財団日本支部フィールドエージェントとして5年間勤務し、コイガレ・ニュースタイムズに入社。義体換装時のミスで両手の向きが逆だったことに3日ほど気づかなかったことがある。
現地当局、そしてSCP財団によるプロメテウス・ラボ・グループの一連の逮捕劇の成功は、各分野での急成長を続ける巨大事業者の強い発言力に屈さなかったことにあります。テロ事件で死傷した各社の経営陣には改めて追悼の意を表すとともに、今回の惨劇がどのような原因で起きたのか、その結果として巨大事業者はどうなっていくのかを観察していきたいと思います。
本件のような歴史に残るほどの惨事に至った根本的な原因。それは健全な資本経済の構築を怠り、法に守られない分野を拡張し、無計画に勢いをつけていった巨大事業者側にあるという見方もできるでしょう。事実、先進諸国の大都市ではアトラスタ社やマクスウェリズム・コーポレーション、岩永堂製薬といった名だたる資本組織に対しての反発的な集団の発生が激しく、その勢いは昨年発生したテネシー州の10月暴動などからもうかがい知ることはできます。しかし同時に、そのような巨大事業者の革新的な技術体系や独占的な業界戦略に人々が頼らざるをえない事態も発生していることが、この現状を特にややこしいことにしていると言えるでしょう。そして、その軋轢は民間人対巨大事業者という構図だけではなかった。企業によるテロ事件の発生は、今までは互いに不干渉を決め込んでいた(あるいは積極的に表向きの協調路線を示していた)事業者同士の対立構造が如実に現れたきっかけにすぎないのでしょう。
実際に、特に大きな成長を遂げ、あらゆる業種・職域に手を伸ばし、新たなエコシステムを提唱・適用しては自社のルールで縛って利益を上げるアトラスタ社に対し真っ先に攻撃の手が回ったのは、いかに同社が同業他社から疎まれていたかを示す明確なファクターであると言えるかもしれません。人体と義体の換装、脳のオンライン接続、そして人格そのものの外部記憶化……いくつかはアトラスタ社は技術を独占せず、イサナギ代表が繰り返し主張する「人類の希望と未来のため」という標語のもとにオープンソースにされてきたものもありますが、それも実際のところどこまでが真実であるかはわかりません。むしろ、これらの技術の興隆が余計な火種を生み始めるきっかけとなったという分析も、一部の専門家は指摘しています。
現在、報道の最前線にいる我々は、今後も巨大事業者の裏事情に切り込んでいます。経営陣総入れ替え後のプロメテウス社によるオーリアナイト・D・トーチへの経営継承の秘密、死亡したアルベルタ・グレイネス・ダークの"義体化恐怖症"がテロ事件の一端を担っているという指摘、など。次々に現れては消える真偽を、今後ともコイガレ・ニュースタイムズは確かめていく所存です。【篝根日瀬】
大日本医研 特定疾病情報データベース
人工人体適合不全症候群
(Artificial Humanic Body Incompatibility Syndrome, AHBIS)
人工人体適合不全症候群とは、肉体を人工人体に換装する手術や技術に対する物理的・精神的な拒絶反応のことを総体的に指し示す疾患です。一般的に義体化恐怖症と呼ばれ、およそ10万人に1人程度という割合で発生します。人工人体適合不全症候群は、人工人体が普及し始めた2200年代から度々見られるようになり、大日本医研の前身にあたる日本生類創研の研究者、凍霧景理博士の論文で初めて言及され、研究が開始された病気でもあります。
症状はどのようなものですか?
人工人体適合不全症候群は、人工人体適用手術を受けて初めてわかるといった場合がほとんどです。症状は骨、筋、皮膚、神経系、各種臓器といった広範な部位での発現例が確認されており、大脳皮質に於ける症状としての病的な拒絶的認識は思想的、感情的な好悪とは区別されます。上記の精神症状を発症している人はほぼすべての事例で適用手術自体に好意的認識を持たず、また拒絶的認識を持たない例であっても、肉体そのものが人工人体に対して拒絶反応を引き起こします。
人工人体適合不全症候群の肉体的な症状としては、適合手術部位の軽い違和感、かゆみ、痛み、出血、幻肢痛、感覚麻痺、壊死および腐敗などが認められ、精神的な症状としては、適合手術部位に対する拒絶的認識の発生、自己同一性のゆらぎ、抑うつ、社会性の喪失、人格形成異常などが認められます。臓器など、手術部位によっては強引な人工人体適合手術の実施は致命傷となる場合があり、最悪の場合拒絶反応による多臓器不全、および精神的な症状による自傷行為の末に死亡するおそれがあります。
この病気の治療法はどのようなものですか?
人工人体適合不全症候群は先天的な病気であり、2320年現在も抜本的な治療法は確立していません。ですが、この病気は2185年に医療保障省指定難病516に指定されており、発症者は特別難病医療制度の対象となります。社会生活の上で、人工人体適合手術がどうしても必要な場合、拒絶反応を可能な限り抑制する薬剤のカクテル投与が可能な場合があり、拒絶反応抑制剤として、岩永堂製薬のデタルフナ抑制剤®、エデンズ製薬のメステナピリン鎮静錠®、アトラスタ・ファーマメンツのイゴルマ点滴注入剤®などが一般的に投与されます。自身の病気に沿った、より詳しい情報が必要である場合は、かかりつけの医療機関などにお問い合わせください。
その他、この病気で気にかけるべきことはありますか?
人工人体適合不全症候群は、目に見えて簡単にわかる病気ではなく、軽度のものであれば単に人工人体への好悪感情であると受け取られる場合も少なくはありません。人工人体適合手術を受けない選択を取る場合でも、昨今の義体化社会の急激な浸透が起きている中では社会的に受け入れられない事例が非常に多く、適合手術を受けないことによる強い非難や差別、バッシングの結果として自殺という選択をしてしまう患者もおり、深刻な社会問題として様々な医療機関や団体などから指摘されています。
もし、ご家族などで人工人体適合手術に対して拒絶的な意識を向けている方がおられても、高圧的な態度で向き合わずにかかりつけの医療機関などに相談することをおすすめします。
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「僕がいま、君に提示できる情報はこれだけだよ」
カメレオンが自身の頭部から引っ張り出してきたいくつかのデータに記されていたのは、アルベルタにまつわる、彼自身が見てきた記録の断片だった。
「……これだけか?」
プレイル・イサナギは疑問の声を上げる。多少なりとも直接的に「アルベルタ」という人物にまつわる何かが知られると思っていたところ、予想していたほど詳しい内容が記されていないものばかりだったことに、彼は首を傾げた。
「僕の目は二つだけだよ?」
「……悪かった」
プレイルはもたらされた情報の断片を手に取り、思考演算の中で分析処理にリソースを割く。
ダーク家との繋がり。500年前の役員暗殺事件。義体化恐怖症……それらが間違いなく、アルベルタという人物を構成する情報であることがわかっていても、それが今回の事件に密接に関わっているような気がせず、処理の先に見えるであろう答えが出てこない。
「そもそも、彼女は義体化自体をしている様子がなかったってことだよね?」
財団の内部情報を片手に、プレイルが言う。それにすぐにカメレオンは「そうだね」と返事を返した。
「今の時代とは違って、義体と肉体との相性問題が根深かった頃の話だね。アトラスタも、他の会社も、技術的な問題で当時はまだ対処法を研究中だった」
「アルベルタが義体になっていなかったのも、この恐怖症が原因?」
「その可能性は大きいだろうね。人工人体と、現在のニューロデータ関連技術につながる基礎理論を生み出したアトラスタの役員が、その技術を受けずに過ごしている、というのは、彼らも可能な限り隠したかった、という分析はあったよ」
「それは財団の分析か?」とプレイルが問うも、カメレオンは「さあ。状況から見たただの僕の勘かな」と、ギョロリと目を向けて笑う。いまいち掴みどころのない回答に眉をひそめつつも、プレイルはさらに読み進める。
義体化恐怖症が、暗殺テロ事件のきっかけとなったというニュース記事の記述。当時、アトラスタ以外の企業の役員も、まとめて暗殺されていたにも関わらず、なぜそう言い切ることができたのだろうか。
「プロメテウス・ラボ・グループは、他の企業に宣戦布告をしたという意味でいいのか?」
「うーん、それは見た人の視点によるかな。財団から見て宣戦布告でも、市民から見れば?事件ひとつとっても、そこに宿る意味は実に多岐にわたる。当たり障りのないことを言うなら、他の会社の存在が目障りで、テロを起こしたんだろうという専門家さんの言説があった、ってことくらいかな」
そうか、とさらに行き止まりにぶつかったような気分に陥ったプレイル。一体ここからどうやって500年前の女の情報をサルベージすればいいと言うのだろうか……と首を傾げていたところ、プレイルの目に1つ、気になる点が見つかる。
「……なあ。そもそもだけど、イサナギとアルベルタは仲の良い関係だったのか?財団の内部資料やニュースを見る限りにおいては、どうも歯切れの悪い印象しか受けないが」
そう言って彼が指差したのは、財団の内部資料におけるヘレボルス・イサナギとアルベルタとの関係性を記した項目だった。カメレオンはプレイルを見るなり「うーん」と首をひねり、またギョロリと目を資料に向けた。
「……なんとも、だね。アルベルタ自体、本当に露出が少ない人だ」
「プロメテウス社は?彼女の情報を一番知っていたと思うんだが」
ええ、と手足をばたつかせる。
「当時はあの会社についてこれっぽっちも興味がなくってねえ、プロメテウス関連は……あ、そうだ。子会社が出してる『有史最強のクラッカー伝説集』とかいうゴシップを追っかけてたね」
プレイル、循環器もない身体でため息を吐く。
「なにか、何かないのか?イサナギのほうの調査資料に記述があったりとか」
「……もう少し覚えている限りの2人の関係について知ってる記憶を辿ってみようか。露出の多いイサナギ方面から攻めるのはグッドなアイデアだ」
カメレオンはそう言って、再度断片的な記憶データをつなぎ合わせる作業を繰り返し始める。そう長くかからないうちに、度々グリッチの走るカメレオンの身体から出てきた粒のような断片が、プレイルの眼の前で組み合わされては、可読資料として組み上がっていく。
「でもさ、やっぱりどこから攻めても二人の関係性は徹底的に秘匿されているんだよね。状況証拠からして、間違いなくイサナギとアルベルタは無関係ではない。二人が内縁関係、つまり夫婦だったということは分かっていても、それがどういう経緯で実際のところはどのくらいの関係性だったのか、具体像は出てこないようになっている。これが小説なら、『読者のご想像にお任せします』って投げるタイプの最悪なやつだ」
プレイルは唸る。
「どん詰まりってやつかな、これは」
あの男は、何を掴んでいたのだろうか。それが先代イサナギをひっくり返すこともあり得る情報だったのか。ひっくり返す、ひっくり返す。失脚……
「なあ」
「どうした、友よ?」
「上司が辞職せざるを得ない状況って何だろうな」
「さあ?社会というものはよくわからないから」
人間社会では、不祥事を起こしたとして、それで代表を辞めざるを得ない場合とその逆、辞めなくてもいい場合が存在する。「辞める」という行為に何か意味がある場合に失脚や辞職という選択が取られるだろう。それはガス抜きであったり、真に辞めざるを得ない、その人が組織にとって毒そのものである場合もある。
しかし、アトラスタの場合は。この人類史上最大の勢力を誇るも、なお最強の技術屋が一つの家系に集中するという、特殊で普遍、唯一無二の事例においては。イサナギ一族がスケープゴートに選ばれるなどありえないだろう。なぜなら、その会社の柱はイサナギという家一本しかないのだから。それをひっくり返されれば、世界もひっくり返る。並大抵の事情では、揺るぎようがない。
では、イサナギ一家を転覆させ得る情報というのは?
それは、先代社長が、どこの誰がどう見ても組織にとって猛毒であった場合に他ならない。「アルベルタの復活」を実行した先代の社長が、組織にとって害悪だったのだ。それを、『競争社会の復活』という行動が行動ならテロにも等しい動機とはいえ、糾弾しても誰も文句を言わない情報だった。
「先代は、何をしたんだ」
「お、先代の話か」
500年前の史料と延々にらめっこをしていた二体の自我は、人格エミュレートの負担や疲労の解消も兼ねて比較的近い時代、100年前の史料を見る。
「アルベルタと何かしらの関係にあった当時のイサナギと、その復活を試みた先代イサナギ……」
変な話である。何かの比喩だとしても、過去に存在したものを現在に出現させるという意味で使われる「復活」という表現を何故使ったのか。
何かの逸話を繰り返すなら「再演」で済む話だ。500年前の人間を「再現」するなら、まだわかる。だが、「復活」だ。受け取れるニュアンスは、それこそイエス・キリストのそれ。過去に存在した者と同一の存在が、今この世界に息を吹き返すということだ。
ここまで情報が秘匿されている人間を仮にもその意味のまま「復活」させるとして。復活後の意識を過去のそれと保証するのは何だ。まごうことなき完全の一致など、ありえないだろう。
できたとして、倫理的な問題もある。死を乗り越える技術は受け入れられる世の中でも、既に死んだ人間を復活させるのは、未だ多くの人が受け入れられない。
「復活が、害悪……?」
倫理に対する宣戦布告にも似た挑戦か。いいや。死を克服するという大偉業も、当初は倫理に対する挑戦として酷い風当たりがあったはずだ。それを乗り越えた今の世にアトラスタが存在しているということは、そういうことである。倫理を無視した程度で折れるような家ならば、それこそ今の世は成り立っていない。
では、倫理の無視とは別軸で批判されるべきことを行っていたわけだ。その事象の表出として、「アルベルタの復活」というイベントがある。
「アルベルタの復活で、何か先代は禁忌を犯した。人間倫理的な問題ではなく、責任倫理、組織倫理的な問題として。Re:BREAKでイサナギ含む自爆めいた大粛清が起きていない以上、先代社長になにか原因がある」
組織の長としてのタブーだ。今のイサナギはそれを犯さず、先代は犯した。
それは何だ?
イサナギの人格を模した回路は回転する。
「イサナギなら、どうする?」
OSはそれを絶えず問う。それに対し、完璧な答えを用意するのがプレイル・イサナギだ。彼が絶対にやらない、組織の長としての禁忌。そこにまず浮かんだのは、「私利私欲のために人に迷惑をかけること」であった。エゴに基づく権力の乱用、それが最も忌むべきものであると。そこに生成される感情は、悔恨や怒りであった。
「なあ」
再び、カメレオンに問う。
「どうした?ずっと考え込むものだから、君の処理が追い付いていないのかと思ったよ」
「組織の長が自身のエゴに基づいて、権力を乱用した場合、どうするのが適切かな」
「クビじゃないかな」
「やっぱり?」
即答。ギョロ目は回転する。
「だって、そんな奴を頭に据え続けていたら権力が安くなる。暴動とか革命とかのリスクが出てくるだろ」
ここで、一つ確信を得た。先代は、エゴによってBREAKという事件を起こしたのだ。だが、疑問も尽きない。アルベルタの復活がBREAK事件を引き起こしたのなら、復活の動機は何だ、なぜそこまでして復活をさせたかったのか。数世代前の人間がなぜ復活をするのか。それを踏まえてなお、「復活」という単語を彼が使った理由……
もう少しで答えが出そうだというのに、プレイル・イサナギは警報を受信する。
「全く、こっちは佳境だというのに……」
その内容を見れば、そうした苛立ちも吹き飛んでしまった。
緊急通知プロトコル
F4-サイト群(財団北米本部)施設に対し、外部からの膨大なトラフィックを検出。各種警備機能がシステムにより強制オーバーライドされました。
同時多発的な収容違反、および防衛機能停止による混乱に備え、当該エリアに存在するすべての職員はA-2プロトコルに基づいた対処を実施してください。
「な、なんだ、これは」
『駄目だ、反応するな!』
プレイル・イサナギは、その初めて見る警報に動揺してしまった。否、「イサナギなら動揺する」という結果に従ってしまった。カメレオンの忠告も聞かず。それが、一瞬の反応を鈍らせた。
「探しましたよ、あなたの欠片」
穏やかながらも冷たい声は、プレイル・イサナギの視覚を真っ黒に覆い隠した。
部屋には誰もいない。ただ、サイト中に響く警報と、著名なクラシック音楽の鼻歌が、暗い空間にこだまするばかりだった。
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