SCP-3363-JP
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記録データ情報


ファイル名: SurveyTeamA15.Spatial_Psychological_Infomation_Map.29271204A.log
回収日時 2959/11/01
回収者: Terra Verde - 外郭調査部隊-4F1
復元状況: 復元済

2927/12/4
00:02:19 (北米連邦時間)
北米連邦 オンタリオ州オタワ
財団北米本部サイト-19



騒々しい。騒々しい。騒々しい。



ある扉は蹴破られ、怪物が顔を出す。収容されていたある神格実体はその退屈のあまり硬直していた羽を伸ばし、余波でひと区画を畑に変えた。可愛らしい生き物はどこかへと姿を消し、人型の実体は各々が異常性を遺憾なく発揮している。

警報機の狂ったような電子音と、それに交い混ぜにどよめく爆破、銃声、悲鳴。発狂は供給過多のために安売りとなり、絶望は今やミルク程度では薄めようのないほどに濃厚な空気を作り出していた。幾分かわずかにでもありつけていた慢心や日常はまるでアルミ缶のようにあっけなく潰れ、本部の指揮系統は今や混乱に慌てふためいているのが実情である。アレクサンドル管理官も状況の把握と対処でまさに精一杯であった。



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「状況は」

「北米第2本部、南米支部、東南アジア支部いずれも不明な金属実体の侵食を受け連絡途絶」
「ユーラシア第1支部、第3支部が神格実体の影響で消滅、第2支部による報告です!」
「欧州支部、日本支部いずれにおいても同様の被害報告、同81管区所在のニューロバンク "トツカ" はギリギリ防衛しきれていますが……既に主要な財団施設ブロック間で連携が取り切れていません!」

「評議会からはなにかあったか」

「いずれも詳細な位置情報は秘匿されつつも安否は確認が取れています、しかし専用通信プロトコルすらも外部からオーバーライドされているため、リアルタイムの接続ができません!」

「チッ、このままでは埒が明かん。神格実体はプロトコルに則り、冷静に対処せよ。最悪Dクラスをどれだけ生贄にしても構わん。金属実体は報告に上がっている財閥の技術の塊だ。必要であればGOCにも対策要請をしろ」

「は、はい!」

サイト-19の第1司令室にて。未だ各支部との連携が取れず、可能な人的リソースを全力で割きながらの確認作業に明け暮れる中、アレクサンドル管理官は腕を組み、口元に指先を当てて赤く煌々と点滅する大量のホロモニターを眺めては、現状で取れる最大限の指揮を取っていた。そんな中、更に最悪を極めた入電が彼女に伝えられる。

「なっ!……管理官、たった今、アストリズム搭載の衛星兵器 "カシウス" の使用許可申請が受理されました!申請者は……アトラスタ財閥役員会ですっ!」

「クッ、重役共も耄碌したな、人類を守るために建造し、数百年間一度も動かされなかった兵器を持ち出すか……アストリズムは私が止める。現場職員はKeterクラスオブジェクトを集中的に収容努力をせよ、それ以外は冷静に手順を踏めば対処可能だ。同時多発的な収容違反を相手に平常心を失うな!相手は理不尽故に、常に状況を俯瞰しろ!」

ホログラムで多くの現状を表示していく──それらは殆どが赤く表示されている──第1司令室に、一拍子遅れて古河はやってきた。アレクサンドル管理官は背を向けたままに、微動だにせず言葉を発する。


「来たか」

「この騒動はどうしたんですか」

「見ての通り、外部からの攻撃だ」

「……」

財団に対する外部からの攻撃。これが意味するところは、ただ1つだった。

「アトラスタが、本気で俺たちを潰しに来てる」

それ以外になかった。異常存在を収容し、管理している場所、ある意味で世界を守護する一翼を担っている組織のセキュリティが、このように同時多発的なゲリラ攻撃で陥落するはずがない。ましてやそんな我々を攻撃しようとするなど、それこそそんじょそこらの要注意団体程度では考えても実行に移すはずがない。目の上の瘤と常日頃からあしらいながら、機会があればそんな勝ち目のない戦いに勝てると確信している相手など、1つしか考えられない。

「そんなことはわかっている」古河の推察に、アレクサンドルは肩をすくめて言う。

「既に複数の財団収容サイト、司令サイト、実験サイトが陥落している。地上数百kmを消滅させうる能力を持つ衛星兵器の許可申請も確認した。攻撃元は、連中はこれを隠そうとすらしていない。間違いなく我々に "勝てる" と確信した攻撃だ」

「なら、どうするっていうんです。財閥連中が原因なら、相変わらずこの攻撃を続けている大本を叩くしかないでしょう」

「そのために貴様を呼んだまでだ」

覇気を含んだ声色で、アレクサンドルは古河のほうへ向き直る。

「エージェント・古河。貴様と、貴様の受け持つ班は、現状最も財閥の近くにいる。既にCEOとのコネクションを持っていることは把握済みだ。財閥役員会が糸を引いていることは隠そうともしていない以上、奴らに直接殴り込みに行くほかあるまい」

古河はアレクサンドルの説明に、手を握りしめて言う。

「ええ、私どもであれば、それも可能でしょう。すぐにでも向かいます」

「こちらでも可能な限りの支援を行う。連中がどうやって連絡機関を丸め込んだかはわからんが、なんとしてでも衛星兵器は使わせん。だが許可が出た以上、2日以内には財閥の制御下に入るだろう。あれを使われる前に根本を潰せ」

「止める」……どうやって。化け物が率いるあの集団を、どうやって潰す。相手の首領はあのエノラ。あの気弱そうな社長さんを錦の御旗にしても、勢いと理論武装で押し切られかねない。そんな憂慮が古河に振りかかった。

「……了解」

しかし、だ。やらねばやられるのだ。エノラがこの管理官と同等の怪物でも、倒しきらねばならぬのだ。くるり、古河は背を向ける。目的地たる本社へ向かうために、脚を動かす。

その時だった。


「こ、この司令室直通の秘匿通信回線が、外部から強制オーバーライド!」

「こちらの操作が弾かれ、外部から操作されています、メインスクリーンに映像送信……こ、これは!」

全ての画面が緑色に染まり、今の状況には似つかわしくないベルの音が響く。
じりりりりりりん、じりりりりりりりん。

発信元は、堂々と、そして親切にもエノラ・アルセリウス・クラッドの名が記されている。その名を刮目するアレクサンドルは、目を覆い隠すHMDを抑え、6コール分ためらった。

目下、財団は未曽有の事態に瀕している。そのカギを握っている重役、しかもドンピシャの人物だ。事情を聴きたくないと言えばうそになってしまうが、これは優先順位の話である。間違っても、今、知的好奇心に突き動かされている場合ではない。

対話、交渉をすれば、自分の権限を以って何かできるかもしれない。が、そうあったとしても、その間に蹂躙される土地を思えば、それはいつでもできることであった。今この事態を収拾するのは、今しかできない。「切断しろ」と、声を発する直前。



『皆さま、聞こえておりますか?私のことはご存知でしょうが、私はエノラ・アルセリウス・クラッド。アトラスタ・インダストリアルの取締役副社長です』



薄青い、冷たい瞳が指令室を覗いた。司令室所属の職員らから通話を強制接続された旨が報告されるも、アレクサンドルは現実に認知できた出来事を凝視した。

「何の用だ」

『多忙を極めるトリフォリウム・ラグナダ・イサナギに代わりまして、SCP財団の解体をここに宣言しに参りました』

ざわめきが広がる。しかし、それをアレクサンドルは手で制す。

「生憎こちらも多忙でね、無駄は省きたい。その宣言は今でなければならない特別の事情はあるのか」

『はい。当方による独自調査の末、アトラスタ財閥は先週、財団がイサナギの人格エミュレーターの作成を強要したことを知りました。それも、イサナギ自身の手によって生み出すことを』

映像が浮かぶ。A15班とイサナギの関係、その調査資料のものだった。そして、エノラの手にはプレイル・イサナギが。

「熊公……」

『お知り合いもいらっしゃるようですね。このお人形ロボット、中身を見てみれば機密情報がいっぱいではないですか』

古河は彼女の言葉を受け、思いつく限りの思考を可能な限り黙って反芻する。あの熊公の存在はアレクサンドルに報告こそしたが、物自体は班の行動のために保持されることになっていたはずだ。そうであるにも関わらず、それは自分たちの手から引き離されている。なぜだ。まさか、管理官殿が財閥に密告を?……いや、その可能性は薄い。アトラスタ財閥という組織体が絶妙な緊張状態の最中、財団は常に駆け引きをしてきた。このような情報が向こうに伝われば明らかな不利になることはわかっているはずだ。動けば動くだけ財閥との関係性にヒビが入りかねないはずの古河の首に頸木をかけるという選択をした管理官に限って、今更そのようなことをする理由はないだろう。ともすれば……

「ほう、真偽もわからん、ポっと出の機械ひとつを大義名分に宣戦布告。ずいぶんな対応をしてくれるものだな」

アレクサンドルの声色は一切変わらぬまま、白を切る。第三者からすれば、それが財団のものであるという確証は持てず、アトラスタという独裁者の持つ証拠はいくらでも偽造の嫌疑がかかる。その上で財閥の恥も外聞もないストレートなやり方を非難せんと一歩前へ。

「なりふり構わなくなったか」

しかしエノラもまた表情一つ変えず続ける。

『財団は我々に対し明確な敵対性が見られた。故に、財団の解体が決行された。それだけの単なる結果論に過ぎません。あなたは使えなくなった馬車馬に殺処分の理由を伝えるのですか?』

映像の中で、エノラはわずかに間を開けて、古河に向かって語るかのように再度言葉を挟む。

『ですが、まだ貴方がたも無駄なあがきをしたいとお考えになるであろうことも理解しています。もし、それ以上に真実を得たいとお考えであれば、我々は "イザナミ" でお待ちしております。それでは、ごきげんよう』

エノラの淡々と圧を掛けるような口ぶりに、アレクサンドルが反論をする余地すら与えないまま、通信は途絶する。司令室は再度赤色の警告が鳴り響く緊迫した空気に包まれた。



「……古河」

アレクサンドルは振り向かず、その後ろで立ち尽くしていた古河に声をかける。

「今すぐ、イザナミへ向かえ」

「しかし管理官」

「ああ、間違いなく罠だろう。だが、それ以上にこの状況を止められるのも奴ら以外にいない。わざわざご丁寧にイザナミの座標と、自身らのバイタルグリッドを送信してきたことを踏まえれば、単なる罠とは言い難い。早急に準備し、この元凶に終止符を打て」

古河は僅かな沈黙の末、一言、「わかりました、すぐに向かいます」とだけ返し、頭を下げて引き下がる。彼がそのまま司令室をあとにしたことを把握したところで、後ろからは表情が判別できない程度に少しだけ顔を向けたアレクサンドルが、誰に聞かせるでもなくつぶやく。

「これが、私からの最後の命令になるかもしれんな」





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