クレジット
記録データ情報
ファイル名: Interview_DAT.5000-K2921-0001.log
回収日時 2945/08/17
回収者: Terra Verde - 外郭調査部隊-T2X
復元状況: 復元済
ファイル名: SurveyTeamA15.Spatial_Psychological_Infomation_Map.29271020.log
回収日時 2947/11/06
回収者: Terra Verde - 外郭調査部隊-HG9
復元状況: 復元済
- インタビュー記録 -
DAT.5000-K2921-0001
記録日時: 2927/10/20 15:38
インタビュー対象: エノラ・アルセリウス・クラッド取締役副社長、コーリー・ナナ執行役員、カルヴァン・ドゥヴァ執行役員、ノウマン・トゥリス経理部長、ウィルソン・リウ法務部長、ストーレ・アハト会計参与 ほか7名
インタビュアー: 古河 京介、イリシア・トッド、ハーヴェスター・ローゼンバーグ
概要: 北アメリカ民主共和国連邦オンタリオ州トロントに位置するアトラスタ・インダストリアル本社に対して、アトラスタ関連メーカーの義体暴走事故、そしてインシデント"Re:BREAK"についての情報確保を目的とした臨時監査が実施された。
<記録開始>
[経営陣の面々が次々と入室し、長机を挟んでAgt. 古河に向かい合う形で一同が腰掛ける。室内は薄暗く、太陽からの反射光と間接照明で面々の顔が分かる程度である]
Agt. 古河: 今回お忙しい中、時間を割いてもらいありがたい限りです。が、しかし。仮にも世界を牽引する超巨大企業が監査を受けるからには、何かしら心当たりはあるはずでしょう?具体的には機械が次々と落ちたあの事件とか。ご存知のことはなにかありますかね?
リウ法務部長: そうですね。早速本題としますが、こちらの資料をご覧いただければすぐにわかるかと。……[Agt. 古河に内部調査資料が手渡される]……実のところ、我々にとっても、XANET絡みの各事件についてはおおよそ無知に等しい。財閥一同、原因究明に注力をしているところです。
アハト会計参与: というよりもだ、神々廻のRiversSystem、TAPトラストのLogicNet.補足情報: 両者はアトラスタ財閥と対立していた超巨大複合事業体の技術と考えられるが、情報損失のため不明。とその関連オンラインサービスも過去に未だ原因不明のシステムダウン事故を起こしていて、その際にもこういった事態に陥りかけている。その際にも財団はこうやって取り調べを回してただろうから分かるだろうけれど、いくら我々と言えど、すぐには真相を解明できるはずなどないのは言うまでもなかろう。
ナナ執行役員: そもそも、我が社のシステムは機械による24時間の監視体制を敷いているんです。少しでも異常が出れば機械が対処するようにできています。ログを見て人間がトラブルを認知し、上司に報告を終え、対処を考え始めるころには機械が全て終わらせているのが今の我々です。故に、こういった事故に関する情報が極端に少ないわけです。無論、先の通り、我々もこれについて調査を進めているところですが。
Agt. 古河: そうですか。[姿勢を変え、僅かに大きく呼吸する]……じゃあ、今のところどこが怪しいんでしょうかね?
トゥリス経理部長: 我々はその少ない情報の中で、暫定的にだが従業員のミスによる事故と目星をつけているね。
Agt. 古河: 従業員のミス、ですか。
ドゥヴァ執行役員: 機械自体が機能不全に陥ったのであれば、人為的なものを疑うしかないということ。しかし、これも憶測にすぎないことを留意してほしい。
Agt. 古河: 憶測、ね。まぁそう記録しておきましょう。じゃあ次の質問ですが……。
[以下、23分にわたる質疑応答。特筆すべき事項はなく、堂々巡りな回答が目立つ]
<記録終了>
2927/10/20 16:02:13 (北米連邦時間) |
北米連邦 オンタリオ州トロント アトラスタ・インダストリアル本社 第4応接室前 |
役員たちは時間が来るや否や「この後はご自由に社内見学でも」と言って、ぞろぞろと面談室を出た。足音が遠くなって、第一声を発したのは、イリシア。快活な女性新米エージェントだ。
「なーんか、ノレンに寄り切りって言うんですかね?これ」
「暖簾に腕押しな」
古河は訂正を加えた。イリシアは古河とひどく対照的である。機動部隊からの引き抜きで班メンバーとなっている彼女は、本来であればこの業務に携わる予定はなかった。なぜそんな彼女が班員にいるのか。それは、Re:BREAKの影響で義体の多くが外部影響による狂乱状態に陥った中、財団も急遽義体化職員の内部チェックを実施したことに伴う人員不足の穴埋めという側面が大きい。つまり、他にいる班メンバーはもれなく財団によるチェック作業を受けている真っ只中ということである。
「全く、なんでこんなタイミングで技術担当が2人も動けねえんだか」
「何よ、私が来たのがそんなに不満?」
「キュリオン技官はともかく、身体能力ならマダラザ技官がいればなんとかなる。2人の代打で入ってきただけで、なんでも力技で解決しようとする嬢ちゃんの領分じゃねぇだろうよ、これは」
「むぅ、あんたたちが思ってるほど足りないわけじゃないんだから」
「数年ぶりに顔合わせしたと思ったら、義体化前と何も変わってねえな」──技術屋で兄貴分のローゼンバーグがイリシアにやさぐれた顔で窓の外を見ながら、ため息とともにつぶやく。頭の回転そのものは義体によって人間のそれとは比較にならないが、鈍い。聡明ではないのだ。電卓を与えられた幼児に微分積分をやれ、と言ったところで、どうにもならないように。彼女は入職テストにおいて、その卓越した身体能力を買われ、財団に雇用された。武力担当が不在なA15班にとっては今、彼女は班の暴力装置だ。彼女に打ち勝つなら、同じ性能の義体で動く人間ですら10人は必要だろう。
閑話休題。
予想通り、というべきか。堂々巡りで当たり障りのない回答しか得られなかったA15班。明らかに「逃げている」という感触はあるものの、明言もされていなければ証拠もなく、こちらは深く突っ込めない。向こう側も核心は突かれないという確信があったのだろう。
──所詮、財団は緩衝材か、と班長たる古河はため息を吐く。諺の末尾を相撲用語に置き換えたこの明るい茶髪の女、イリシアは「なんかないんですか?こんなこともあろうかと、ってヤツ」と期待のまなざしを向ける。が、しかし。現実そんなに用意が良い人物はとっくに大成して安楽椅子に縛り付けられているのだ。「あるわけねえだろ」のしかめっ面で古河は返した。
「やっぱ社長と話がしてぇな。傀儡ばっかじゃ話になんねえ」
「そうは言っても、社長さんはとても忙しいって言ってただろ、リーダー?あの管理官でもこれが限界だ」
ローゼンバーグは多少苛立ちを綯い交ぜる古河を宥める。仕方のない話である。調査機関、世界の守護者たる財団であっても、力関係で言えばアトラスタ財閥の方が圧倒的に上である。本来ならば、アトラスタが白と言えば財団も白と国家に言ってもらえるように根回しをしなければならず、黒と言えば黒と国家に根回ししなければならないところなのだ。そこをアレクサンドル管理官とその指たるA15班が必死に食い下がっているのが現在の構図である。A15班は外見的に管理官の指に過ぎず、在り方は私兵に近い。故に、彼らができることの限界は管理官のできることとイコールで結ばれる。班設立から2日という短期間でここまで上の立場に迫れたのは、ひとえに管理官なればこそなせる業とみて間違いない。
「本当に何もなかったってんならアレだがよ、あんな定型文しか持って帰れないっつーのはなあ」
古河は、仕方ないと思いつつも、諦めきれている様子ではなかった。やるせないという思いがため息として結露した。それに呼応したのだろうか、背後から声がした。
「まだ、いらっしゃいましたか」
A15班の面々がその声の方、即ち会議室の隅にある出入口を振り返る。そこには、猫背で黒いくせ毛の……一言で言えば、「冴えない」男が立っていた。視線を受けたその男は、慌てて手で否定の意を表すジェスチャーをしながら弁明を始めた。
「あぁ、責め立てたつもりはありません、役員たちは『社内見学ならご自由にどうぞ』と言ったのでしょう?」
ローゼンバーグはその顔に見覚えがある。普段垂れているやる気のなさげな目を見開き、「あなたは……」とこぼす。
「ああ、私はこういったものです」
冴えない男は手を二回たたくと、戸惑う古河と元から驚きを隠せてないローゼンバーグ以外の表情は驚愕のそれに変化した。
「社長さん!?え、でも忙しいって……」
「は?社長?」
「おや、貴方は生身でしたか。大丈夫です、この部屋の中にある情報端末全てに情報を送信したので、なにか端末があればそれで確認することが可能です。義体の方には、既に私の身分は視界に映っていると思います」
古河が疑わしい表情で手首の端末の画面を開く。送られてきた情報は、トリフォリウム・ラグナダ・イサナギという名前を最も主張する。
トリフォリウム・ラグナダ・イサナギ。世界最強の技術屋の看板とアトラスタ財閥の最高権力を首から提げている、アトラスタ財閥五代目当主。
古河の表情は、周回遅れで一同と同じものになった。
「ええ、はい、私がイサナギ。その五代目です。忙しいのは事実なのですが、合間を縫うくらいは許してほしいものですね……」
ローゼンバーグは口を開く。
「だったら、なぜ我々に接触を?息抜きなら、他にうってつけの場所やデータベースがあるでしょう」
「いえいえ、それが息抜きではないのです。手短に済ませましょう。役員たちは私とあなたがた財団の接触を最も恐れています。彼らが激務と事件の処理に集中している間に、ここでできるお話をします」
願ってやまなかった邂逅に、A15班はおっかなびっくり耳を貸すことにした。
「……つまり、XANETの誤作動については、本当に連中も把握できていないと?」
薄明るい西日を受けて殺風景なブルーグレーに乱反射する、アトラスタ・インダストリアル本社社屋のラウンジ区画に続く廊下を歩きながら、古河からの不信感を交えた問いかけにイサナギは返事をする。
「はい。少なくとも、役員らはこの諸問題の対応に奔走していることは事実ですが、彼らによる解決は困難を極める事になるでしょう。賢しいことに、彼らは自己の保身を最優先に考えていることは間違いないのですから」
「それは社長さんである貴方も同じでしょう?それとも、貴方は何か分かっていることでもあるんですか?」
古河のすぐ後ろから、眉をひそめてローゼンバーグが首をかしげつつ古河の疑念に重ねて問う。
「保身などはそちらが判断してくれて構いません。しかし、仮にも世界インフラの中枢部を作り続ける者として、責任は取るべきだと考えております」
「んじゃあ、単刀直入に聞きましょうか。今回のこの大騒動の原因は、単なるXANETの暴走で片付くような話じゃない。少なくとも、俺は財閥連中の誰かが仕組んだテロ事件だと睨んでいます」
若干の食い気味に、目を細めた古河は一歩、イサナギに強く踏み込んでいく。
「心当たりはありますかね、社長さん?」
「ふむ……」
それにさえイサナギは表情という表情は崩す様子は見せないものの、どこか吃驚していることだけは伝わった。それは義体越しの声色からか、根拠のない、A15班が感じたい雰囲気というものか。
「ええ、ええ。そうです。この事件は何者かによって仕組まれたものである。それは……私も同意見ですね」
「え、そうなの?てっきり私は社長さんが引き起こしたことなんじゃないかって……いてっ」
「痛覚があるなら礼儀もあってくれ。すみませんね、ウチの馬鹿は馬鹿なんですよ」
周回遅れで皆が思っていても言わなかったことをイリシアが吐きだしたことに、反射で制裁を加える古河。
「んなっ……馬鹿って……!?」
「お嬢ちゃん、少しは考えてみな?ぶっ飛んだ話は確かに面白いが……仮にもアトラスタ財閥の頭、言わば彼は人類社会の基礎そのすべての責任を担ってる人間と言っても過言じゃないんだぞ、それをするメリットがあるかねぇ」
「いやそんな真面目にツッコまなくても……ただの直感じゃん直感!」
「直感でド無礼かます奴があるかよ……」
イサナギは彼女の素朴な疑いに苦笑する。しかし、その後の言葉でそれをやんわりと否定した。
「まあ、わかりますよ。現実というものは、よくわからないところで劇的になります」
「とは言え、ローゼンバーグさんの仰るとおり、私にはそれをする理由はありません。むしろ、既得権益を奪い合う役員たちが何か事件を起こして、その罪を私に──といったことならされるかもしれませんが」
「112年前の全世界同時デフォルト……"BREAK"の件か」
インシデント"BREAK"。以前、古河は古い文献データでその話を読んだことがあった。
2815年、世界各国で運用されていた衛星電力供給システムが相次いで緊急停止する、という「事故」を皮切りに波及した、既存の経済インフラシステムの破綻。
当時でさえ既に世界経済の7割以上に影響を与える存在となっていたアトラスタ財閥も、この余波を受けて株価が大暴落し、不況の波は伝搬を重ねて、ついには全世界同時デフォルトが発生したその事件は、かつての財団などの正常性維持機関の強制的な経済介入によってようやく収束するほどの大事件だったと言われている。
その後の経済の急速的な立て直しにより企業も国家も統廃合を繰り返し、現在の構図へと繋がっていく事になるわけだが、その再演でもしようというのが、今の憶測だ。
「はい。ご存じの通り、あの事件によって先代の社長……私の父は失脚に至りました。おそらく、あの時と同じように、XANETの不具合を仕組んだのは私だ、という理由付けに彼らは奔走しているでしょう」
「そこまで分かっていて、どうして社長さん、あんたは首領をお縄にしないんだ?あんたの権能ならそれも吝かじゃないだろうよ」
「再度申し上げますが……私の父は失脚させられ、同じように私もその道筋を辿らされつつある身です。それには、私自身の命も含まれます。目星がついていたとしても、私が下手に動けば事態は悪化しかねません」
「それに、役員の中の誰が画策しているかまでは分からないんです」と、目をそらしながら首に手を当てるイサナギ。その様子に「なるほどな」と続く古河に、イリシアは割って入る。
「はい!誰かわからないなら全員ぶっ飛ばすのはどうでしょう!」
「このおたんこナス」
「あだっ」
再度、制裁。
「お嬢ちゃん、あんなのでも一応優秀な人材なんだぜ。世界はイサナギ一人で回しているわけじゃない。粛清なんてしたら、いつ滅ぶかわからない世界が近日中に滅ぶ世界に看板を変えなきゃならない」
「思い付きにそんな刺すことあるぅ……?」
「思い付きで粛清を提案するたあ恐れ入ったぜ」
古河はため息を吐いて、話を戻す。
「まあ、それはさておき、だ。わざわざ社長さんが俺らに声を掛けてきたのは、そういうことなんだろう?」
「……やはり、貴方がたに声をかけたのは正解でした。その独立した行動力を持つ部隊がこの時代の財団にまだ残っていたとは、予想外でした」
イサナギは感嘆する。目の前の生身の人間は、凡百や有象無象と形容される全身義体の人間たちとは明らかに違った目線で事件を見ている。彼にとって、それが分かるだけでも十分だった。
「この事件を首謀したであろう役員を特定し、私にその人物を報告してください。事が済めば、あとは内々で処理します」
「なーんでそこで身内案件にもっていこうとするかな」──小声で舌打ちしながら若干の悪態を見せる古河だったが、現状、この事件を確実に進展させられる方法としてはこれ以外にないのもまた事実だった。釈然としない心情をどこかで吐露したいのも山々だったが、彼はそれをひとまず飲み込んだ。
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