SCP-3363-JP
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記録データ情報


ファイル名: SurveyTeamA15.Spatial_Psychological_Infomation_Map.29271107.log
回収日時 2951/07/31
回収者: 緑神 - 外郭調査部隊-辛戊06
復元状況: 復元済

2927/11/07
10:17:18 (北米連邦時間)
北米連邦 オンタリオ州トロント
アトラスタ・インダストリアル本社 第2応接室

「─────というのが、事の始終です」

アトラスタ財閥本社の会議室で、古河は全て話した。ユグドラシル攻略戦の顛末を。

「それで、『人為的』というからには何か見つかったのかね」

「明らかに人為的なものであるという確信は持てましたが、我々ではめぼしい手掛かりは発見できませんでした」

役員一同はざわめく。

それはそうだ。記憶処理したとはいえ、アトラスタの技術、その最奥を開示したのだ。社長の意向でもある以上、誰もが渋々……という状況であった。

「人為的だった場合、その手掛かりを以って犯人特定をするため」という大義名分を掲げてきたのは他ならぬ財団であったにも関わらず、この始末。
ざわめきはクレッシェンドを迎えるが、右手の一振りで制止したのは上座に座る副社長のエノラ・アルセリウス・クラッド。彼女の問いかけは優しい声音で部屋をこだました。

「では、これからいかがなさるおつもりでしょうか。我々は技術の秘奥をお見せしました。もっとも、あなた方の記憶には残しておりませんが……正直な話、これ以上の情報開示は致しかねます」

圧。敵意を含まない声色は、而してしっかりと古河を刺す。だが、古河は強気に出る。

「我々は調査を続行します」

「……困りましたね。これ以上XANETにかかわる高等情報は渡せないと言っているのですが」

「渡せなくて結構ですよ。結局の話、全体像をつかむのに全部の情報は要らない。我々は、限られた手がかかりで真相を追うのみです」

エノラの静かな蒼の瞳は、古河に焦点を当てている。冷ややかで、口とは違って笑っていない。なるほど、大物の顔だ。アレクサンドル管理官と同等の、しかして異質な大物の顔……古河はそう直感した。

格上と対峙するとき、まずやってはいけないことを思い出す。それは、「物怖じすること」「譲歩すること」「喧嘩に持ち込むこと」……頭の中で反芻し、「勝たないまでも負けない」戦いをする。

「この事件が人為的だってことは確定したんです。だったら、真相究明まで走り切るのが、財団の筋です」

「財団は事実上の緩衝組織。我が財閥の傘下組織が、我々の意向を無視して無理を通す。そのような構図になりかけていますよ。これは越権行為になりかねませんよね?」

「ええ。組織図上、構造上はそうなるでしょう」

古河はあくまで、彼女の言葉を肯定した上で、そこに付け加えて踏み込む。

「しかし、世論はどうでしょうね?真実を求める作劇はいつだって人を魅了してやまない。俺たちは声を上げ続けますよ。『真実を求めるためにひた走る』と。超巨大プラットフォーマーからすればそれ自体は懸念すべき事柄ではないでしょうが、これで盛り上がった大衆は何をするか────」

「勘のいいあなたならわかるはずだ」という言葉で締めて、その後のしばしの沈黙をえも言われぬ緊張と共に過ごす。

「……これはいささか問題発言のような気もしますが」

「事実を言ったまでです。EULの話もあって、俺たちの名はもう広まっている。俺たちは最悪声が挙げられなくなっても良いのです。結果として俺たちに対する介入が露見すれば、どれだけ楽観しても相当の批判は免れないでしょうな」

「……」

両者が黙る。口出しをする度胸を持った役員は誰一人としていない。

「イサナギ及び財団を含めた、今後の対策についての合同会議をする必要があります。今日のところはお引き取りを。ご足労頂き感謝いたします。報告、ご苦労様でした」



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「では、失礼いたします」

回れ右、そして会議室を出る。格上に相対すること自体は何度となくあった古河だが、ここひと月ほどで2回も圧迫面接とはだいぶ濃密だ。疲労が回ってきた証拠だろうか。なかなか肩が凝っている。これはイリシアに解してもらうしかなさそうだ、と社外で待っているA15班のもとへ駆け出した。








駆け出したのだが────

「よう、班長」

「あ、リーダー!おかえりなさい!」


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──アトラスタ・インダストリアル本社ビルのエントランス前広場にて、イリシアとローゼンバーグが待ち伏せを食っていたかのように駆けてきた。
さらに言えば、メンバーに手のひらサイズの熊のぬいぐるみが追加されているようだ。

「なんだ、車内で待機しておけと言っただろ……そいつはどういうことだ?」

古河は思い切り怪訝な顔をして熊を見る。彼の疑問にはイリシアが答えた。

「いや、なんか社長さんがですねー、これからの調査を継続するために必要とか言って、このロボ?をよこしたんですよ」

「……ますますよくわからんが」

さらに訝しげな表情を隠せないままの古河を察したかのように、ぬいぐるみがイリシアの手のひらから挨拶をしてくる。

「ハロー、ハロー。ワタシはトリフォリウム・ラグナダ・イサナギ。アトラスタ・プレイトイズ製コミュニケーター『プレイル』.補足情報: 2913年に同社が発売した自然対話機能を有した小型のぬいぐるみ型ロボット。アトラスタ製品としては珍しく、ファームウェアにXANETが利用されていない。の筐体を間借りして行動しています!」

「……は?あの社長か?」

突然ぬいぐるみから聞こえるイサナギの声に、古河はローゼンバーグの方へと顔を向ける。その表情から既に説明を要求していることは確かだったが、ローゼンバーグへ問いただすよりも先に、イサナギを名乗るぬいぐるみの方が続けて追い被せてくる。

「安心してください。ワタシは現在完全スタンドアロン.補足情報: 外部との通信機能を持たないデバイスやシステムのこと。で稼働中ですから、会話は外部に漏れることはまずありません!」

「そういうことじゃね……ないですよ。なんで社長がぬいぐるみに入ってるんだってことを聞いてるんです」

「ああ、そういうことでしたか。簡単です。イサナギとA15班の接触は恐らくエノラにバレているためです。先ほどまでの会話ログを聞く限りだと、このままイサナギとアナタたちが無警戒のまま接触するのは財団とアトラスタ財閥の関係を悪化させかねません」

「……で、その身代わりとして人形をよこしたわけですか」

「急な決定で申し訳ありませんが、本人との直接的な接触は今後極力控えた上で、イサナギの基本的な表層人格と思考アルゴリズム.補足情報: この時代の技術として、『ニューロデータ』の複製は不可能としつつも、その意識や人格パターンを客観的に近似・模倣させた情報を疑似人格として再現することは可能であった。これはニューロデータとは違い、あくまで被模倣者本人の人格と同一ではない、簡易的な人工知能にすぎないことに留意。なお、模倣演算の再現性は導入されているデバイスのスペックに依存する。を積んだワタシがアナタたちをサポートしていきたいと思います」

そこまで説明を終えたところで、ようやくローゼンバーグが口を開いた。

「まぁ、一言で言うなら、コイツはイサナギの分身つーことだ。単なる表層意識のトレースに過ぎないみたいだがな」

「論理的思考能力はそのまま、技術力は本人の60%を再現可能です。身体能力に関しては150%です。貴方達のお供に最適!」

「すっご、手のひらサイズなのにパワー型じゃん」

「あくまで自律稼働型ロボットですので、イサナギ本人でないこと、また人格の模倣には限界があることはあらかじめご了承ください」

可愛らしい熊の人形から、イサナギの声が出てくることに未だ慣れなさそうな古河。

「一応、盗聴とか盗撮とかその辺も探ってみたが、どうもそんな機能はないらしいな。まあ、コイツに関しては安全だ。今後のこともあるだろうし、協力者は多い方が良い」

ローゼンバーグのお墨付きも入ったところで、古河はおずおずと挨拶をした。

「じゃ、じゃあ……よろしく、ってことでいいのか?」

「よろしくお願いします、班長!」








「さて、社長さんも事情が分かっているみたいだし、ユグドラシルの作戦記録から何かわかることはありますかね」

イサナギの分身ならば、イサナギの権限もある程度は持っているはず。ユグドラシル攻略の際の記録でA15班が見られない部分も、この人形ならば見られるかもしれない。

「班長さん、未だあの会議の気分が抜けてないようですね。ここはオフレコってやつです。敬語なんて抜きで良いですよ?」

冴えない男の顔がチラつきはするが、その顔から全く想像できない陽気な声色で話すものだから、古河は少し調子を狂わされる。人格そのものを模倣しているわけではないことの表れか。

「とにかく、ユグドラシルの記録ですね。閲覧中……閲覧完了。そうですね。ワタシに付与された権限上ではすべて観ることができました」

少し、沈黙する。

「皆さん、ありがとうございました」

プレイルはA15班へ礼を伝えた。

「この事件に、憤ってくれて。涙を、流してくれて」

全員が顔を見合わせた。表情は柔らかく、古河は代表して口を開いた。

「気にすんな。俺たちの中で、あんな光景に嘆かない奴は居ねえ」

「ありがとうございます……さて、内容の話に入りますが、皆さんはとても優秀です!技術力は言わずもがな、100年前の蟻の一穴に突っ込む胆力。あんなのがあったんですね、知りませんでした」

「社長さんでも知らなかったのか?あれは非常口とか、そういうのではなく?」

「ええ、100年前といえば、父の失脚と引継ぎ、そして経済失墜から復興へと転換し始めた混乱期です。とてもニューロバンクのことについて手入れをする余地なんてありませんでした」

「じゃあ、社長さん以外の人間が以前に完全な形で侵入して、あの穴を作った、と……」

「ニューロバンクのカーネルへ正式に入るなら、社長か、委任された副社長及び該当する国家影響圏の合意の下で作成された文書を読み込ませる工程が必要になります。あの時アトラスタ財閥は世界中から非難されてましたし、国家影響圏の認可を得るのはさほど難しくなかったとして、まあ、どさくさに紛れて当時の副社長が誰かへ認可したのでしょうね」

「当時の副社長?」

「マキザキという男です。100年前の大事件において、先代社長は確かに失脚しました。しかし、タダで失脚されるつもりもなかったようで、副社長や当時の一部役員もろとも信用を失墜させました」

「おー……こわ」

先代の強さとは、その政治力の高さだった。あらゆる場所、あらゆる関係に根を回し、技術とアイデア、そして恩を売りつける。彼の人脈と政治力、その積み重ねが、財閥を立て直す推進剤となったのだ。そして、それは社内にも作用していた。いざとなれば、信用ならない連中を一掃できるように仕組んでいたわけだ。その中でも、野心家であったマキザキ。

今代の社長であるイサナギはその心を買い、役員としてとどまってくれるように頼んだが、先代にそのつもりは毛頭なく、当人も「御曹司の情けで与えられた席などに座らされた日には、1000年経とうがお前を殺すまで恨みを忘れない」と蹴ったそうだ。今では極東アジア、日本の政令指定工場と呼ばれる工業地帯で工場長をしているのだとか。

「ワタシには、正直彼のことがわかりません。なんせ、彼はもう200年近く生きている老獪です。腹の底に何かを隠すのは、以前よりもうまくなっているでしょうね」

「とにかく、そのマキザキに訊くしかなさそうだな」

「そうですね。ユグドラシルでの手口はわかりましたが、その実像はおぼろげで、犯人の特定には至っていません。直接100年前のことを訊く必要があるでしょう」

次の調査対象は、日本国政令指定工場、マキザキの管轄する「常盤第八工場」。行き先は決まった。あとは向かい、問い質すのみ。





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