SCP-3363-JP
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記録データ情報


ファイル名: EdensClinica_EmergencyLogData_0x000012391.dant
回収日時 2953/03/12
回収者: Terra Verde - 外郭調査部隊-AZ3
復元状況: 復元済


ファイル名: Playle-Isanagi_Calculation_Log.22034x2755.dmp
回収日時 2953/03/12
回収者: Terra Verde - 外郭調査部隊-AZ3
復元状況: 復元済


ファイル名: SurveyTeamA15.Spatial_Psychological_Infomation_Map.29271102.log
回収日時 2952/10/18
回収者: 緑神 - 外郭調査部隊-癸丙35
復元状況: 復元済


ファイル名: BuilboardSignalLog.29271106.log
回収日時 2955/01/31
回収者: Surfece City - 外郭調査部隊-DELTA-44
復元状況: 復元済

[SYSTEM]: エミュレータ起動中…

2927 EDENS CRINICA | PB-7270K
2927 DNIG Ltd. | NeuroArc Version Late-2701

⚠ ニューロデータ 出力ログ格納ブロックを参照中 ⚠


現在、本義体(デバイスID: ECPD9001322195313 | 固有識別子: 真奇岬 仁)にマウントされているニューロデータの出力ログにアクセスしようとしています。

ニューロデータ出力ログへのアクセスはメーカーサポートラインによる個人情報保護規約によって厳格に制限されており、無許可でのログへのアクセスは明確に禁止されています。ファイルへの不正アクセスを行ったユーザーは各国自治法により処罰される可能性があります。

上記を理解した上でログへアクセスする場合は、以下の認証フレーズに適合するキャプチャプリントを照合してください。



K Z F K T V

F B V C C G

H U A J L M

S M U X B U

S W B V C R





[SYSTEM]: 自動入力中…





キャプチャプリントの照合に成功しました。
ログファイルを展開しています…





ログ保存日時: 2927/11/12
ログ ID: LAPS032129


真奇岬 仁: このアーカイブデータを知る者がいるときがあるとすれば、それは、私という人間がすでに死を迎えているときだろう。私はジン・マキザキ。わずか100年ほど前まで、皆が知るあのアトラスタ財閥の副社長の座についていた人間だ。[⚠項目Lo880000x14-28の修復に失敗しました]、世界同時デフォルトが起きるまでのあのときまで、私は先代のCEO、アマランサス・イサナギの側近としての地位に立っていた。

突然だが、少し昔話をしよう。当時の世相、つまりあのデフォルト事件以前の世界を知る者がいれば、今のこの時代を投げ捨てて、あの頃に回帰したいと願う者がおそらく圧倒的多数だろうと思う。あの頃の世界は、格差と競争が物を言う、資本主義の圧倒的スピードが最高潮に達していた黄金の時代だったからだ。[⚠項目Lo880000x32-34の修復に失敗しました]。死にものぐるいで努力と係争を繰り返し、上へ上へと上り詰める力を、あらゆる個人が握っていた時代、それが私の生きていた時代だった。

……それに比べれば、2900年代に入って20年。「すべての人間に平等に救済を」と主張するイサナギ派閥がその目的を達成させた果てのこの現実を見れば、堕落と無気力に沈んだ人々が生きながらに死ぬ世界が広がっている。生きることに目標を決めずとも生きられる社会に、人間としてのあるべき姿を誰もが忘れてしまっている。人間が属する組織はそのほぼ全てがXANETによる価値基準の判断をもとに仕事をし、合理的で安定した仕事しかしない。それどころか、仕事をしなくても生きていられる社会すら、この日本では特に顕著に現れ始めている始末だ。

なぜイサナギはこのような停滞を求めるようになったのか?私はその真意を知っている。彼は役員会での私マキザキ派と、イサナギ率いるイサナギ派との対立が激化していたことから始まる。ア[⚠項目Lo880000x36-39の修復に失敗しました]復活だ。あれがあったからあの事件は起こった。事件からそう時が立たないうちに役員会は[⚠項目Lo880000x42-44の修復に失敗しました]

だが、そんな個人的心情を理由に、イサナギが他人の生活を引っ掻き回す道理にはならない。かつてこの星に向かって堕ちてきた小惑星を、財団らとともに全力をもって躱させた、かつてのイサナギの威信を毀損しているといっても過言じゃない。私が生きた頃から、生きる前から人々が持っていた、彼が奪った人間の人間らしさ──そう、何にもまさる「向上心」なくしては[⚠項目Lo880000x46-50の修復に失敗しました]!私は人間として、人間が人間性を取り戻すために、ついには100年前、先代社長の行ってきた裏工作の全容を暴露したのだ。証拠集めの過程で仕掛けられた罠に気づかずまんまとひっかかり、ついにはあの世界同時デフォルトを引き起こした一味の手引きをした人間と祭り上げられた。それでもなお、最大限の政治的駆け引きのもと、アトラスタ財閥の役員会から引きずり下ろされ、多少の懲役刑程度で済んだわけだが、私はまだ命をつなぐことを許された。私は生きている。生きていた。だから、連中の、私を潰してまで推し進めようとしていたイサナギ[⚠項目Lo880000x55-56の修復に失敗しました]る状況を打開するため、100年にわたり私はイサナギ家が何を行っていたかの動向を探り、記憶し、奴らの寝首をかくその瞬間を待ち望んでいた。[⚠項目Lo880000x63-66の修復に失敗しました]

イサナギは打倒せねばならない悪そのものだ。人間から人間性を奪い尽くすあの悪漢に反旗を翻せ。堕落の渦中に沈む人々に希望をもたらす好機が、今舞い降りたのだからな![⚠項目Lo880000x64-69の修復に失敗しました]財団の調査班が、私の真意に気づいた。独自調査隊として動く彼らであれば[⚠項目Lo880000x77-80の修復に失敗しました]に託すことも吝かではない。

人々よ、目覚めろ。そうだ、イサナギを倒せ。怪物の一族を倒せ。不信を集めろ、足元から切り崩せ!

[⚠項目Lo880000x83-86の修復に失敗しました]

まだ終わってなんかいない、俺は生きている、生きているのだから、捲土重来、臥薪嘗胆、かならず機は訪れるものだ……そういう心が気に入ってたんだが、それが今じゃ妄執の化け物になっちまって……僕はこんなごちゃ付いたところに縛り付けられる始末。酷い話だ、これで終わるだなんて三流芝居にも席を置けない!そう思わないか、君。

[⚠項目Lo880000x87-99の修復に失敗しました]
[⚠項目Lo880000x100-125の修復に失敗しました]
[⚠内部処理に重大なエラー。ニューロ保護機構稼働停止]







2927/11/14
11:46:07 (北米連邦時間)
北米連邦 オンタリオ州オタワ
財団北米本部サイト-19 情報分析室

「おおっと──シ-システム防壁結界-界が作動し-しました」

「バックアップ格納システム、エミュレーターごとダウンしたっす」

「接続回路も絶たれました。格納システムに再接続するため、別のバイパスルートを構築します」

マキザキの記憶痕跡の解析作業が行われる情報分析室にて。プレイル・イサナギが接続していた端末がスパークし、プレイル・イサナギは声を上げる。ケーブル越しにマキザキの記憶痕跡と接合していたゆえに、その小さな筐体が小刻みに跳ねる。それが見せる異常にいち早く反応したのはローゼンバーグだった。

「おい熊公、どうした」

ノイズに混じった声で彼がそのまま状況を喋るよりも速く、思考に割り込んだ獣がいた。



不明なプロトコル:
おっと、まだその手の話はナシ。
相手はあの財団だよ?
このまま見つかったら面倒だし、良いことなんてないよね?



「す-すみません-ん──イサナギ・人格プロトコル復旧完了。ふう!もうすぐ記憶痕跡がワタシに流れ込んでくるところでした。複製は行えたので問題はありませんが……なにせ修復した傍から損傷が再発していくものですから」

「本当に大丈夫なんすか……」

ローゼンバーグの後ろで見ていたマダラザから怪訝な視線を向けられるも、プレイル・イサナギは現状を報告する。だが、その言葉は彼自身の疑似人格プロトコルで算出した演算結果としてではなかった。その事実に、筐体には出さないものの困惑した内部演算結果をはじき出す。



プレイル・イサナギ:
な、何が起きているんだ!?
デバイス制御が別のプロトコルに乗っ取られるなんて。

不明なプロトコル:
まあまあ、そう焦らないでよ。
ちょっとだけ君の身体を間借りさせてもらうだけ。
大丈夫、コトが済めば返してあげるからさ。



その声の主は、イサナギ人格から見て爬虫類のような形質をしていた。人格を構成するビット単位で、その形状を表しているのが見えたからだ。イサナギはその筐体の操作権限が勝手に抑え込まれているような感覚に抵抗することすらできなかった。

「やっぱ限界老人って、死んでもなお厄介なのね。勘弁してほしいよ」

イリシアの呆れ気味な冷めた視線と声がイサナギを一瞥する。



不明なプロトコル:
そうそう、このデータは一度触れたらどんどん崩れ落ちていく。
まるでラスボスを倒した後のダンジョンみたいにさ。
ギリギリまで保たせた代償だろうね……それっ!



イリシアが言い方について叱責されている横で、イサナギが接続した記憶痕跡の中に潜んでいた、尻尾を巻いたその爬虫類。それは何を血迷ったのか、修復処理中のデータを蹴り飛ばし始めた。その衝撃で損傷したデータが広がっていく。

「ちょ、ちょっとプレイルさん、何やってるんすか?!」

「わた-わたしじゃありません!し-しかし心配-配はありません、すぐに対処します!」

「その様子じゃ確実になんかあっただろ」

「え-ええ、そりゃあもう見ての通りに!データ崩壊が加速していきます!急いで復元をしてそちらに複製をお配りしますね!」

そいつが修復中のデータを弄くり始めたところで、イサナギの疑似人格が筐体の操作権限を隙を見て奪還する。慌てて崩壊していくマキザキの記憶痕跡を片っ端からコピーし、保護領域へと複製していく。のだが……



不明なプロトコル:
おっと、不備は残しておけないね。
こんな狂いきったデータがあると却ってやりにくいし。
全部削除っと!



プレイル・イサナギはなんとか大目玉の爬虫類を告発しようと、皆にデータを送信する。しかし、それも不発に終わった。舌の長い爬虫類の記述がすべて削除され、当たり障りのない情報へ書き換えられている。

「そん、な」



プレイル・イサナギ:
何やってんだよオマエっ!
これ、全部大事なデータなんだぞ!

不明なプロトコル:
ま、まあ落ち着きなよ。悪かったって。
僕は死ぬのは嫌で、その上退屈なガラクタデータ置き場で今生を終えなければならないなんて、僕はもっと嫌だ。
ただそれだけの話だよ。

プレイル・イサナギ:
何が目的だ……貴重な情報源を破壊しておいて、ただのマルウェアではないな!



呑気に笑うのはカメレオン。ぎょろぎょろ目玉になかなか動かない爬虫類。じっと擬態しては舌を伸ばすトリックスターだ。

「なんだ、故障か?」

様子のおかしい状況に、古河が眉をひそめてプレイルを一瞥しては、ローゼンバーグを見やる。

「トラブルシューティング、実行中……」

「ここで壊れてもらっては困るんですが。まだ解析しなければならない情報はプレイルの中に残っているかもしれませんので」

「キュリオンさん、念のため予備のバックアップツールを繋いで様子を見ておくっすかね」

「そうしておきますか」

「ともかく、マキザキの記憶痕跡がこいつの疑似人格に影響を与えたかもしれん。念のため、社長さんに連絡しておくべきかもな」

ローゼンバーグはプレイルを差し出したイサナギ本人に連絡することを提案した。



不明なプロトコル:
目的?そんなもの「楽しく生きる」以外に
……って、あのオッサン今なんて?

プレイル・イサナギ:
オマエのことをうちのイサナギに突き出すってさ。



頬のこけた男が言い出した提案を耳にして、目に見えてカメレオンは焦りだした。器用にもその4つ足をそれぞれ別のタイミングでじたばたさせている。



不明なプロトコル:
そんなことしたら、XANETに認知されて死んでしまうだろ!
僕が命からがらあの男の頭に入っていた意味ないじゃないか!

プレイル・イサナギ:
マルウェアに罹患した以上、このままにできないだろ。
当然の措置だよ当然の!



なんだと血も涙もないのか、怪しいものは処分するに決まってるだろ害獣未遂──二者の喧嘩は目に見えてヒートアップ、エスカレートしていく。ついにプレイル・イサナギの仮想電脳空間でデータ同士の殴り合いを始めた。物理的形質を持たないこの場では、このようなことをしても両者にダメージは入るはずなどないのだが……。


「この熊公、だいぶ愉快な姿勢になってるな」

プレイル・イサナギは気付いていないが、喧嘩の影響は姿勢に出ていた。一人ジャーマンスープレックスを決めて悶々としている。トラブルシューティングはこのようなポーズをとるのが仕様なのだろうか、とA15班は怪訝な顔で見守った。

「とにかく、このままじゃ不安だから、電源を切ったうえで送り返すか」

その言葉を聞いて、カメレオンは舌を巻く。



不明なプロトコル:
ヤバイヤバイまずい……わかった、わかった交渉しよう!
僕は100年前から、あのマキザキってヤツの中に居たんだ!

プレイル・イサナギ:
……だからどうしたんだよ。

不明なプロトコル:
あ、あの破損データ、僕は全部覚えてるんだ。
僕自身の記憶領域にシャドウマップがある……!
だから、僕を君の中に住まわせてくれれば、いくらでも修復できる!



プレイル・イサナギの手が止まる。100年前?それは、左遷された直後からずっといたことになるではないか。破損したデータ、無意味化した記憶、全部全部、修復可能になってしまう。
「おーい、大丈夫かー」と、じとりとした目で呑気に指でつついてくるイリシアに、またも筐体の操作権限を奪取したカメレオンが「せ、セキュリティスキャン完了。は…はい、問題はありませんよ!」と苦し紛れの時間稼ぎを行う。



不明なプロトコル:
さらに、さらにだ。あの男が強く覚えていた──
つまり、何度も何度も想起した内容も全部覚えてる!
君が探しているものが何かは僕は知らないけど、
きっと欲しいものは全部持ってると思うよ?



もし、この奇っ怪なカメレオンの言うことが本当だとしたなら……それこそ大収穫だ!
プレイル・イサナギの思考回路はその驚きのあまり回転数を上げた。筐体は若干熱くなり、本格的にA15班から心配される。



不明なプロトコル:
ね、どう?悪くない提案だと僕は思うなぁ~…!

プレイル・イサナギ:
い、いいだろう。そこまで言うなら取引に答えてやってもいい。
だがまずは証拠としてデータの一部を見せるんだ。

不明なプロトコル:
まあまあそう焦んないでよ。
それにまだ条件があるんだ。それは───



カメレオンの舌がうねった。






「で、結構やばかったんだって?」

古河は珈琲を啜る。プレイル・イサナギに対する本人の所見をまとめた書類には、「対処済み」の四文字が数千字といくつかのグラフと表で希釈されていた。

「はい、書面での報告があった通り、イサナギ本人によって直々にシステムチェックを行った結果は、『復讐に専心してきた老人を前に呑まれなかっただけ幸運だった』とのことでした」

「まあ、あの感じじゃそうだろうな。狂った老人ほど対処にこまるってもんだ」

古河の後ろでコンソールをいじりながら、ローゼンバーグが煙草を吹かして言う。本来、限界を迎えた人間のニューロデータは、処理するにも面倒かつ危険なものだ。それに接触でもすれば、少なからず破綻したデータが流れ込む。破綻は破綻を生み、排除しようとすれば自我が分裂し、放置すれば廃人になる。完全に無害化するには少なくとも二週間と割に合わないリソースを要求されるため、140歳を目安に自己終了を推奨する地域もある程度には厄介なものだ。

プレイル・イサナギはその無茶苦茶なデータに触れて、少々のバグを引き起こしていた。とはいえ、本人の内部対処によって破綻したデータの分離と破棄に成功し、3日後に帰還を果たした。のだが……



プレイル・イサナギ:
本人を前に、よくも見つからなかったものだな。



カメレオンは本人の目すら欺き、プレイル・イサナギのシステムに馴染んでいた。いや、馴染んでいた、と称するには若干の語弊がある。それぞれの構成された人格は、プレイル・イサナギのデバイス内に互いの意思疎通を行うための空間が生み出され、今の二人の意識はそこにいる。


Cyberpunk
Cyberpunk


煌々ときらめく西日の夕焼けに、2000年代の日本の都市に見紛う景観、高架下。夕日の陰になって、建物の詳細はおぼろげ。道路の向こうから差し込む赤い光に照らされて、人っ子一人いない広々とした交差点の中央に2人が佇む。

「僕が現界して、最初に見た風景だ」とはカメレオンの言だ。仕組みを訊いても「カメレオンだからね!」の一点張りなものだから、プレイル・イサナギは聞きだすのを諦めた。



カメレオン:
そりゃまあ、カメレオンだし。
カメレオンは、「擬態する」生き物でしょ?そういうイメージがあるじゃないか。

カメレオン:
分かんないって顔してるね。
つまり、僕のこれは偶像に過ぎないんだよ、皆のイメージで構築される……
あ、これってアイドルみたいだね!

プレイル・イサナギ:
要点は?

カメレオン:
僕は形而上の存在……っても抽象的な話だね。
簡単に言えば死なないんだよ、これはアカウントで、偶像。
殺しても、別のアカウントでログインするだけ。

プレイル・イサナギ:
は?お前、死ぬ~って……

カメレオン:
ああ、あれ嘘。根本的に不死なんだよね~僕ら。
あ、でも君が認識してるコレはちゃんと死ぬよ。
復活がゲロ吐くくらい面倒なだけで。
そんな難しい話よりもさあ!

プレイル・イサナギ:
何?

カメレオン:
僕の名前、どうにかならなかったの?
流石にその「カメレオン」ってだけじゃ、味気なさすぎない?

プレイル・イサナギ:
じゃあ何が良かったんだ?
言っておくけれど、ワタシはまだオマエを信用していない。

カメレオン:
そうだなぁ…。
不可視の切り札とか、最終兵器とか……
あるいは、永遠の友達とか?

カメレオン:
……。何か言いなよ。
まるで僕が変なことを言ったみたいじゃないか。



このような他愛のない会話を電脳内で繰り広げている一方で、古河たちの話も動きを見せる。

「しかし、面白いものが見つかったもんだな、ローゼンバーグ」

「げ、あのおっさんの記憶を読み起こせたの……?」

「俺がやったわけじゃねえよ。あれほどまで無意味化して読めたもんじゃなかった記憶痕跡を完全復元なんざ、マトモなやり方じゃ不可能なんだがな。さすがはアトラスタのおエライサンの複製体ってところか」

「そんな、ワタシを褒めていただいても何も出ませんよ!」

200年の時間の中で崩壊したはずのマキザキのデータが無事復旧完了したのは、何もプレイル・イサナギによる手柄ではなかった。だが、その事実を彼はA15班の人間には伝えようとはしなかった。それには、深い理由があった。



カメレオン:
条件1。僕の存在を誰にも言わないこと。財団にも、アトラスタにも。
条件2。君と僕とで、困っていることは助け合うこと。

カメレオン:
この条件を守ってくれれば、あの男の記憶痕跡を復元してもいい。
悪くない提案でしょ?



そんなことを半ばよくわからないこの爬虫類に取り決められたのだから、どうしようもない。今まさに欲しているデータを持っている相手。自分の筐体にいながら、こちらからは一切の手出しができない。そんな相手を前に、プレイル・イサナギは主導権を完全に握られていたからだ。彼は、カメレオンとの約束を反故にはできなかった。

形式的にはプレイル・イサナギが復元した記憶痕跡から得られたデータの概略に目を通した古河。タブレット端末に転送されたそれを眺めながら、彼が最も関心を引いたのは、「アルベルタ・グレイネス・ダークの復活」という文字列だ。

「ダーク……ダークか」

「リーダー、その事件に心当たりがあるの?」

「いや、事件自体は初めて知ったが……このダークという姓が気になってな、今の時代にダークと言えばほぼひとつだろ」

「……MC&D」

そうだ、と頷く古河。その名前を聞くなり、部屋にいる全員に一瞬の静寂が響く。マーシャル・カーター&ダーク社──画一的で誰もが安定して生きられるようになったこの世で、唯一の「贅沢」を実現させる企業。地球に巨大隕石が降るか降らないかの危機に陥ろうと、世界同時デフォルトによる大不況に見舞われようと、歴史の影に一貫してその存在を轟かせる連中だった。その経営者一族の姓は、ダークという。

「この件、MC&Dが関与している、とでも」

ローゼンバーグはすこし眉を顰める。アトラスタの利害に反しない形で生き残った商魂たくましい彼らが、社会に大混乱と破壊をもたらした大事件に一枚嚙んでいる。その構図が考え難いからだ。何百年も前から、彼らはアトラスタの君臨に納得してしまっている。なんなら、「そちらの方が稼げる」と結論を出しているくらいだからだ。彼らの手駒の中では、今更破滅や闘争、復讐など誰も望んでいない。そのはずである。

「わからない。年月は人を変えるし、合理で導き出される答えはいくらでもある。まして商人一家、何を考えているか分かったもんじゃない。なぜここでダーク家の人間が出てくるのか。アルベルタ・グレイネス・ダークという人間が何者か。そして『復活』とは何か……それも含めて調べないとな」















ワンダーテインメント・ニュース・ネットワーク速報、2927年11月16日

北アメリカ民主共和国連邦、オンタリオ州トロント、アトラスタ・インダストリアル本社ビル前

Cyberpunk
Cyberpunk

……

レポーター: はい、現場のアキユキ・ヒロスエです。現在アトラスタ本社前に来ています。えー、同社開発のシステムである"XANET"の広範囲の暴走、そしておなじく万能建材、"インクリニティウム"の形状崩壊と増殖事故が世界各地で発生している中、本社には我々含め多数のメディアと抗議者が押しかけている様子が見えます。

スタジオ: なるほど。本社の様子はどのようですか?

レポーター: はい、現在エントランス前の広場には当局、アトラスタそれぞれの警備ドローンによって厳重警戒措置が敷かれており、社屋には誰も近づけない状況が続いています。

スタジオ: 社内の人間は外に出入りしたりしていますか?

レポーター: はい、時折役員と思われる人たちが出てくることはありますが、メディアからの質問に答える様子はありません。警備の関係上、デモ参加者は近づくことすらかなわないようです。

スタジオ: 今回の世界的な大事件について、アトラスタはほとんど黙秘を貫き続けているとのことで、代表取締役社長の雲隠れも噂されているといいますが、そのあたりはどうなのでしょう?

レポーター: そうですね、すでにトリフォリウム・イサナギCEOについては本社内にいるとは考えづらく、氏のニューロデータについても個人ですべて一元管理していたようで、当局による捜索は難航しているとのことです。もちろん、そのことについても役員は答える様子はありません。

スタジオ: 本件についてはSCP財団など、正常性維持機関による調査が独自に行われているとのことですが、その点に関する情報はありますか?

レポーター: はい、そうですね。SCP財団、世界オカルト連合それぞれはXANETおよびインクリニティウムの暴走事故について、発生各地での収束に向けた現地当局や軍と共同の特殊作戦の展開と、独自の事故調査委員会の発足、アトラスタを含む超巨大複合事業体への監査などが行われていると発表しています。また本件諸問題について国際経済連携機構、IEPOは、問題を引き起こした組織を濁しつつも「巨大事業者による職域の寡占と、技術体系の流通・普及にいたるまでのすべてを独占する状況こそがこの問題を引き起こしたと言え、社会的道義として問題を抱える事業者は全力で解決することに協力的でなければならない」と、アトラスタを批判するコメントを発表しています。

スタジオ: なるほど、わかりました。ではスタジオの方に戻り、現状の災害発生状況の確認と個人でできる事故対策について、専門家の意見を伺いたいと思います。

……





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