
SCP-3371-JP-A (左奥) とSCP-3371-JP-B (右手前)。
分類委員会による注記
オブジェクトクラス・Hiemalが割り当てられたアノマリーは、2種以上の独立した、しかし互いに関連する系から成り、互いを制御下に置きあいます。
特別収容プロトコル: SCP-3371-JPに指定されている2オブジェクトには、財団職員による定期的な現状確認がなされます。
説明: SCP-3371-JPは、SCP-3173-JP 1内の不忍池しのばずのいけ周辺に存在する2体の異常物品に対する集合的指定で、以下から構成されます。
- 青色スワンボート1艘 (SCP-3371-JP-A, Obj-A)
- 「鳥獣保護区」表示看板 (SCP-3371-JP-B, Obj-B)
スワンボートであるObj-Aは自律的に水面上を移動する能力と、コハクチョウ (Cygnus columbianus) の鳴き声様の音声を発する能力を持ち、和文および英文モールス符号を介した意思疎通が可能です。Obj-Aが音声を発する際には、その嘴くちばし部分が開閉します。
表示看板であるObj-Bは日本語と英語を解しており、看板の内容を変化させることによって意思表示が可能です。既知のKeterクラスアノマリーであるSCP-910-JPやSCP-5842などの看板型オブジェクトとの関連性は示されておらず、また自律的な移動や変形は不可能です。また、Obj-Bは不忍池で生物に餌を与えようとする行為者の存在を知覚することが出来ます。
個々のより詳細な情報は補足文書に記載されています。
補遺: Hiemal指定までの経緯
SCP-3173-JPが出現してから約1ヶ月後の11月時点で既にObj-A, Bの異常性はそれぞれ認識されていましたが、低危険度などを理由に当時は個別の管理番号2が割り振られていたのみでした。Obj-Aは不忍池内から、Obj-Bは設置地点からの移動が不可能であるという特性上、両オブジェクトは実質上の収容状態にあるとも認識されていました。
2023/11/13、SCP-3173-JP内の不忍池周辺に位置する登録済み低危険度オブジェクトの定期検査をしていたサイト-81UT所属研究員・月元つきもと 玲子れいこが、Obj-A, Bとの交流を行いました。以下は当時の記録です。
音声記録-1
メンバー:
- サイト-81UT所属財団職員
- 月元 玲子 研究員
- SCP-3173-JP
- Obj-A
- Obj-B
付記: 月元研究員とObj-Aとの対話はモールス信号によって行われた。研究員は和文モールス符号を十分に理解しており、発信はスマートフォンのシンセサイザーアプリケーションを使用した。Obj-Aによる発信は前述の通り鳴き声によるもので、復号は月元研究員自身が行った。
以下の記録において、Obj-Aとのモールス信号で行われた対話は平文に変換している。Obj-Bの表示内容に関してはその特徴的部分を転記し、二重鍵括弧を施した。
<記録開始>
[不忍池内、ボート池の南端付近に留まっているObj-Aに月元研究員が近づく]
月元研究員: こんにちは。
Obj-A: どうも、こんにちは。大分晴れてきたね? 秋晴れだ。
月元研究員: ええ。昨日より暖かくて良いですね。
Obj-A: うん。さて、今日も何か質問があるのかい?
月元研究員: そうですね、普通の白鳥は越冬のために日本に渡って来ます。春になったら、あなたは飛び立ちますか?
Obj-A: まさか。この羽では [Obj-Aが身を揺する。羽部は全く動かない] 飛べないよ。地上を歩くことだって。それに、この池は快適だからね。君は北の国に行ったことがあるのかい?
月元研究員: いいえ。あまり寒いところには。
Obj-A: そうか。もし行って戻ってきたら、面白い話を聞いてみたいな。他に質問はあるかな。
月元研究員: そうですね、白鳥は藻類などを食べますが、やはりあなたには難しいでのでしょうか?
Obj-A: その通りだよ。私は鳴いたり泳いだり、頑張れば潜ったりすることはできるけどね。この方食べたことがはない。どんな感覚なのかな、物を食べるというのは。
月元研究員: それは、説明が難しいですね。[沈黙] あなたは口を動かすことこそできるけれど、食べたことはないんですか。
Obj-A: 全く未知の概念だし、私たちには必要ないんだ。
月元研究員: どうですか、その [口に出して] 眩しッ!
[月元研究員の顔に突然光が射す。これは、Obj-Bがその看板裏面を銀色に変化させ、光を反射させたことが原因であった]
Obj-A: どうしたかな?
月元研究員: [周囲を見渡し、原因であるObj-Bに気付いた後で] いえ、すみません。少し太陽が、池に反射して。
Obj-A: 少し前まで軽く曇っていたから、それもあるのかもしれないね。
月元研究員: 今日はありがとうございました。
Obj-A: また話せる時を楽しみにしているよ。ではね。
[月元研究員がボート場を離れ、Obj-Bの近くに向かう]
月元研究員: [口に出して。以下同] どうしましたか。突然。
Obj-B: 『鳥獣保護区』
Obj-B: 『エサをやらないで下さい』
月元研究員: これは申し訳ないです。
Obj-B: 『はい』
月元研究員: ⋯⋯あれ、そういえば、モールス符号を理解しているのですか。日英については知っていますが⋯⋯
Obj-B:『いえ』
Obj-B:『私はモールス符号を解しません』
月元研究員: では先ほどのは?
Obj-B: 『自然と あなたがエサをやろうとしている と分かりました』
月元研究員: うん、自然と⋯⋯看板としての本懐、でしょうかね?
Obj-B: 『そうでしょうか』
月元研究員: ベースライン現実において、丁度この位置に『鳥獣保護区』の看板が立っています。あなたと殆ど同じ。あなたの在り方に『鳥獣保護区』は深く関わっているのかもしれません。
Obj-B: 『なるほど』
月元研究員: あくまで仮説ですが。
Obj-B: 『いえ 少し納得しました』
月元研究員: 他に何か変わったことはありましたか?
Obj-B: 『特にはありません』
Obj-B: 『いえ』
Obj-B: 『先ほど 自然と と書きましたが』
Obj-B: 『まだ少し 妙な感覚が残っています』
月元研究員: はい。なるほど⋯⋯記録しておきますね。何か分かったらまた伝えていただけると。
Obj-B: 『はい』
月元研究員: それと、最後に。話し相手などが欲しいと思うことはありますか? 現在はまだ人手を割くことは難しいでしょうが、将来的に。
Obj-B: 『いえ』
Obj-B: 『先ほど貴方も言いましたが』
Obj-B: 『私は看板ですから』
月元研究員: 分かりました。では、また。次の定期巡回の時にお会いしましょう⋯⋯と言ってもある程度先ですが。
Obj-B: 『さようなら』
Obj-B: 『すみません 最後に一つ』
月元研究員: なんでしょう?
Obj-B: 『モールス符号を教えて頂いても』
Obj-B: 『よろしいでしょうか?』
月元研究員: そうですね⋯⋯今すぐにパッと教えられる自信がないので、少し時間をくださいね。今日のところは。
Obj-B: 『ありがとうございます』
<記録終了>
この際にObj-Bから求められたモールス符号の指導は協議の結果許可されましたが、人的リソースの問題から特別に人員を割くことは否定されました。なお、定期検査・交流を担当している月元研究員は、SCP-3371-JP以外に数十種を越える低危険度オブジェクトの調査業務を行っています。
音声記録-2
メンバー:
- サイト-81UT所属財団職員
- 月元 玲子 研究員
- SCP-3173-JP
- Obj-B
<記録開始>
月元研究員: こんにちは。今日は簡単なモールス信号をお教えしましょう。
Obj-B: 『ありがとうございます』
月元研究員: モールス信号が「トン」と「ツー」の組み合わせで文字を一つずつ表す⋯⋯ことは知っていますよね。
Obj-B: 『はい』
月元研究員: 今から言うように「・」と「ー」を表示してみてください。長いですよ⋯⋯ツートントンツートンー・・ー・、トンツーツートンツーー・・ー・、ツートンツーツートンー・ーー・、ツーツーツートンツーーーー・ー、トンツートントントン・ー・・・、ツーツートンツートンーー・ー・、ツートンツーツーツーー・ーーー、トンツートンツーツー・ー・ーー。
Obj-B: [月元研究員の述べた符号の表示]
月元研究員: これを覚えることは可能ですか。
Obj-B: 『問題ありません 一度表示すれば』
Obj-B: 『看板ですから』
Obj-B: 『ところで』
Obj-B: 『これはどういった意味ですか』
月元研究員: 「モールス教えて」です。和文の符号で。
Obj-B: 『なるほど』
Obj-B: 『まずは一文字ずつ習うものとばかり』
月元研究員: もちろん最初はそうすべきですが。
Obj-B: 『では』
月元研究員: なので、池の方に表示すれば、お喋りな方が来てくれますよ。
[間]
Obj-B: 『それは』
[間]
Obj-B: 『スワンボートの』
Obj-B: 『彼女に』
Obj-B: 『という意味ですか』
月元研究員: ええ。申し訳ないんですが、中々私には時間が取れず。
Obj-B: 『いえ』
Obj-B: 『それは その』
月元研究員: ええ。頑張ってくださいね。では、すみませんが。失礼します。
<記録終了>
この後、Obj-A, Bのモールス信号を使った交流が複数回目撃されました。Obj-Bの学習は非常に早く、上記記録の1週間後に行われた月元研究員との交流時には既に英文・和文モールス符号を完全に習得していました。また、Obj-AはObj-Bとの交流に関して「自分は今まで、唯一動いて話すことのできるスワンボートであった。友達ができてとても嬉しい」という旨の発言をしました。
両オブジェクト間の交流はこの後非常に頻繁に行われました。それら会話内容の多くは時節や環境の話題に端を発する雑談であり重要度は低いと考えられたため、完全な記録はもはや行われていません。
上記音声記録から約2週間が経った12/9、サイト-81UTのプレハブ新館がSCP-3173-JP内の正岡子規記念野球場に建てられたため、収容体制の見直しが始められました。SCP-3371-JP両オブジェクトの移動および収容の必要性は低いと見られていましたが、確認のために交流が行われました。
音声記録-3
メンバー:
- サイト-81UT所属財団職員
- 月元 玲子 研究員
- SCP-3173-JP
- Obj-A
- Obj-B
<記録開始>
月元研究員: こんにちは。
Obj-B: 『こんにちは』
月元研究員: 今日は大事なお話が⋯⋯つまり、引っ越しの打診です、以前お伝えしたことがあるものです。自身で動けなくとも、あなたは移動させやすい。
Obj-B: 『いえ』
Obj-B: 『ここに立っていたいです』
Obj-B: 『私は 看板ですから』
月元研究員: 無理強いはしません。ここが良いなら、全く問題ありません。
Obj-B: 『はい』
Obj-B: 『ところで』
Obj-B: 『この打診は 彼女にも していますか』
月元研究員: 彼女。
Obj-B: 『いえ』
Obj-B: 『スワンボートの彼女に です』
月元研究員: これからですよ。ただ我々も、あなた方を積極的に移動させようとはと思っていません。
Obj-B: 『なるほど』
[Obj-Bが銀色と黒色とに点滅し、モールス信号で「ちょっと来てくれる?」と示す]
月元研究員: 今のは
[Obj-Aが2者に近づく。以下、3者はモールス信号で会話する]
Obj-A: どうしたかな?
月元研究員: いえ、一応の確認ですが⋯⋯
Obj-B: つまり、池から出たい?
Obj-A: 全然。
Obj-B: というわけで。
月元研究員: 了解です⋯⋯記録しておきますね。では、さようなら。
Obj-A: 今日はそれだけかい? いつもに輪をかけて短いね。
月元研究員: いえ、新館建築に伴ってより忙しくなりましたので⋯⋯失礼します。
<記録終了>
後記: 月本研究員が去った後も、Obj-A, Bは数時間に渡って会話を続けた。
2024/1/5、年始休暇を終えた月元研究員が昼休憩中にSCP-3173-JP内の弁天堂付近を歩いていたとき、Obj-Bが太陽光の反射を利用したモールス信号によって「相談事がある」という旨の通信を行いました。
音声記録-4
メンバー:
- サイト-81UT所属財団職員
- 月元 玲子 研究員
- SCP-3173-JP
- Obj-A
- Obj-B
<記録開始>
月元研究員: お久しぶりですね。
Obj-B: 『ありがとうございます』
Obj-B: 『少々相談がありまして』
月元研究員: なるほど。察するに、彼女と何か。
[間]
Obj-B: 『概ねその通りです』
Obj-B: 『よくお分かりですね』
月元研究員: もしかして、喧嘩でも?
Obj-B: 『いえ』
Obj-B: 『そうではないのです』
Obj-B: 『つまり』
Obj-B: 『私は看板なのにもかかわらず と』
月元研究員: もう少し順を追って⋯⋯
Obj-B: 『すみません』
Obj-B: 『彼女と話していて』
Obj-B: 『時々思うことがあるのです』
Obj-B: 『彼女と同じ景色をもっと見てみたい と』
月元研究員: それは⋯⋯良いことではないでしょうか?
Obj-B: 『いえ』
Obj-B: 『私は看板です この場で池を見守ることが使命の』
Obj-B: 『あなたが前言ってくださったように』
月元研究員: 確かに一度そのようなことを言ったかもしれませんが。ベースライン現実の看板とあなたとはもはや全く別の存在でしょう。
Obj-B: 『はい』
Obj-B: 『しかし アイデンティティがあるのです』
Obj-B: 『この池で餌を与えようとしている人がいれば』
Obj-B: 『その存在が 自然と認識できるのです』
月元研究員: うん⋯⋯しかし、それに縛られる必要はないのでは? こちらの、SCP-3173-JP内の不忍池には観光客もいませんし、餌を与える対象も殆どいません。我々が注意すれば、その感覚に煩わされることもないでしょう。
Obj-B: 『はい』
月元研究員: 彼女はどう言っているのですか?
Obj-B: 『実は これに関しては余り話していません』
Obj-B: 『彼女の話す不忍池の移り変わりは本当に美しく 悩みを忘れてしまいます』
Obj-B: 『枯れきった蓮池に射す夕焼け空の赤も』
Obj-B: 『朝風に靡く水面が映す高層建築の青も』
Obj-B: 『私が見る何倍も美しい』
Obj-B: 『私は酷く矛盾しています』
月元研究員: 矛盾、ですか。
Obj-B: 『いえ すみません 整理しないまま話しました』
月元研究員: 大丈夫ですよ。人に話すことにより整理されることもあります。
Obj-B: 『とにかく 悩んでいるのです』
Obj-B: 『彼女と共に泳ぎ回りたいとすら思うこともあります』
月元研究員: うん⋯⋯現状に満足している自分と、満足していない自分がある。現状は看板としての意義も果たしつつ彼女の話に心が安められていて、かなり良い状態である。
Obj-B: 『はい』
月元研究員: より彼女と一緒に居たい気持ちもある。しかしそれは、看板としてのアイデンティティの喪失にもつながる。現状を維持すべきか、ある種の一長一短を望むかで揺れている。
Obj-B: 『まさにその通りです』
Obj-B: 『ありがとうございます』
月元研究員: ただ、どちらにすべきだ、と私が言うことはできません。勿論のことですが。
Obj-B: 『はい』
月元研究員: それを踏まえて⋯⋯一度動いてみるのもアリだとは思いますよ。
Obj-B: 『というのは』
月元研究員: 新年を迎えて、我々のサイトも少し余裕が出てきました。一時的にでも、あなたを一度ここから動かしてみて、例えば彼女に乗せることだってできるでしょう。
Obj-B: 『待ってください』
Obj-B: 『そんな』
[間]
Obj-B: 『それは』
Obj-B: 『待ってください』
月元研究員: ええ。
[間]
Obj-B: 『少しだけ、考えさせてください』
月元研究員: 分かりました。
Obj-B: 『今日は ありがとうございました』
Obj-B: 『また 連絡します』
月元研究員: いえいえ、お力になれたようなら。
<記録終了>
上記記録より更に1週間が経過した1/12の14:23、Obj-Bの月元研究員への返答を待たずして、SCP-3173-JP内の不忍池でインシデントが発生しました。
ベースライン現実の南アフリカ共和国西岸沖で行われていたSCP-420-JP-2d 3の追跡が途絶えた瞬間、同オブジェクトがSCP-3173-JP内の不忍池に出現しました。これは「艦隊司令部」と関連するオブジェクトが多く持つ空間転移能力が、SCP-3173-JPと何らかの相互作用をした結果であると考えられています。
SCP-420-JP-2dは転移直後周囲の状況に戸惑う様子を見せましたが、その後自立移動するObj-Aを見止めると、モールス信号による交信を始めました。この内容は主に「Obj-Aも艦隊の一隻になるべきである」という主張からなっていましたが、Obj-Aはこの勧誘を強く拒否しました。
約5分の対話の後、Obj-Bが発したSOS信号に気付いた財団職員複数名がSCP-420-JP-2dに対して警戒態勢に入ったことをきっかけに、同オブジェクトは再度転移をしてSCP-3173-JP内から消失しました。
このインシデント後、Obj-Bは月元研究員に対して「Obj-Aとより近くに居たい」という旨の要望を出しました。これは受諾され、現在Obj-BはObj-Aの座席上に安置されています。
その後の定期的な交流により、現在Obj-A, Bは互いに深く依拠しており、一方が失われた場合に他方がどういった状態になるか予測不可能であると考えられています。これを受けて、月元研究員がSCP-3173-JP内で担当したうち他5組のオブジェクトと同様、Hiemalクラス指定がなされました。
現在、月元研究員には日本支部人事情報統括局・月下氷人委員会からの勧誘が複数回届いていますが、同研究員はSCP-3173-JP内での仕事へのやりがいを理由にこれを断り続けています。