アイテム番号: SCP-3382-JP
オブジェクトクラス: Nagi-fragment1
特別収容プロトコル: 彼女の肢体は、その穏やかな口元を称えたまま、残された余熱を保つ箱の中で安らかな寝姿を見せています。老いて朽ち果てようとも、その美しさは保護されていなければなりません。
そして、かつての巣穴は主人を失ったその後でも、清潔さが保たれていなければなりません。いつかまた木の根の下から出でた名無しの住人が、その名を譲り受けるその日までおとぎの国としてそこに在り続けなければなりません。もし、来訪者が存在した場合には、今の所有者の不在を伝えてください。
説明: ある住処と住まう者はひと繋がりの相互作用として存在しています。その地点は手順-ウェーネトを実施した場合のみ、たどり着くことができるでしょう。ただし、その決まりきった儀式は一般社会に流布する一連の動作に類似しているため、来店自体が容易であることは想像に難くありません。その関係性により、2つのうちの1つずつ、もしくは全てを言葉にして書き起こす場合、それらはまるで、風に一目惚れをした小人が謳うように描写されなければなりません。口遊む言葉がもし、風景と心情を思い出させぬ音か、もしくは繰り返される口説き文句によって構成されているのであれば、その放たれたものは即座に虚偽となり果てるでしょう。
その人は決まって1人のみが天蓋をシャンデリアで飾られた床の上で誰かの帰りを待っています。その声に迎えられ、そして瞳を奪われた者は、たちまち自らの苦難を涙声に乗せその場で懺悔を始めることでしょう。蒲公英の綿毛のような尾を振る淑女は、きっとその涙ぐましい物語を、唇を閉じたまま、ただ黒いエナメル質の耳を傾けて最後まで聞き届けます。ただそこに愛情や親愛が存在しているかを、ルビーのような眼から伺い知ることはできません。
全てを話し終えた時、兎の顔を模した衣を身に纏った女性は乳白色のカクテルを差し出すでしょう。そのオパールに似た輝きに、差し出された者は既視感を覚えるかもしれません。ただ、告解者は吐き出した場所へ注ぎ込むように、抗いようもなくグラスを飲み干してしまいたい衝動に駆られます。そしてそれを口にした時、目の前で揺らされる金の髪の持ち主へのどうしようもない心の高ぶりを感じます。これは性別と知性体の枠を超えて作用し、心臓を撃ち抜かれた衝撃は、どのような手段を用いようとも忘れることはできません。そのため、現在も一度でも店内へと足を踏み入れた彼らは焦がれるような痛みを抱えて生きています。
その後、空白が埋められた者たちは再訪を願い、高確率でその場を後にします。これには一種の強制力が存在していることが推測されています。ごくまれに、その場で立ち止まることを選択する者も存在しますが、その場合、片側が折れ曲がった耳を持った目の前の存在は、その場に留まった客と他愛ない会話を始めます。この際、出自などについて質問を試みると、殆どの場合は愛おしい仕草と話術によってはぐらかされます。以下はその話の中で映し出された、カフスを手首に巻いた乙女の内面の一部です。
Q. 何処から来たのですか？
A. 夢の底、鏡の中、森の内側、そこに在る棚の隅っこ。
Question. ここはどこ？
Answer. 美しい港町の路地裏を進んだ先にある、大人たちの社交場。
問. あのお酒は何？
答. 晴れやかな心。
疑問. なぜ私はこんなにも貴殿を愛おしく思うのですか？
回答. 不整脈、それか吊り橋効果。
問いかけ. 此処にある瞳に映るのは？
返し. 3代目。でも、誰でも構わない。あなたにとっても。
補遺: 幾度の探検から得られた老いる者の遺伝子構造は、明確にそれ自体が異常ではないことを示していました。つまり、しわがれた指先は、彫りの深くなった瞳は、そして不規則に跳ねる鼓動は、それ自体が生命として避けようのない錆によって体が蝕ばまれていることを表しています。ただし、垂れ下がった耳を持つ婦女は、その巣以外で眠りにつくことを良しとはしません。なぜならば、森の穴から落ちてきたかつての少女はこの場所に訪れる誰しもにとっての恋人であるからです。
付記: 1匹の年を重ねた兎が、カウンターで顔を伏せるようにして眠っていました。それはこの上なく、穏やかな表情をしていました。その亡骸はかつて訪れた者たちによって回収され、その身体を保つ箱によって抱擁されました。
いつかまた躓いた先の洞から、新たなる主がバーの中に住み着き、あなた達を迎え入れることでしょう。そしてその日、漣のように穏やかな水面は弧を描き、恋心と心中の痛みは再び燃えあがることでしょう。それまではどうか、あの日に迷い込んだワンダーランドを夢見ていてください。