警告
本報告書の記述は情報災害キャリアとしての性質を持ちます。閲覧にはレベル3セキュリティクリアランスならびに事前の対抗ミームの摂取が必要です。対抗ミームを摂取しているにも関わらず幻聴の頻度の増加、あるいは縊死体の幻覚を体験した場合は直ちに報告を行い、Cクラス記憶処理を受けてください。
アイテム番号: SCP-3434-JP | LEVEL 3/3434-JP |
オブジェクトクラス:Keter | RESTRICTED |

第二段階における典型的な幻覚のイメージ
特別収容プロトコル: 微笑する縊死体のイメージに関するあらゆる言及は監視・追跡の対象となります。これらの言及がSCP-3434-JPに関連すると見做された場合には速やかに公開停止措置と発信源の特定を行ってください。発見された被影響者については影響段階を確認し、第一・第二段階にあった場合は記憶処理を行って解放、第三段階にあった場合は終了措置を行ってください。SCP-3434-JP-Aが発見された場合にはその回収・焼却ならびに発見者・関係者への記憶処理を行ってください。
SCP-3434-JP担当職員は2週間に1度の対抗ミーム摂取ならびに精神鑑定を受けることが義務付けられます。精神鑑定により不適とみなされた、あるいは縄の軋みを聞いた職員は直ちに記憶処理を経て他部署への異動が行われます。
説明: SCP-3434-JPは微笑する縊死体に纏わるイメージに関連した情報の総称です。SCP-3434-JPを知覚した人物(以下、"被影響者")は後述する複数の段階を経て、微笑を浮かべる自身の縊死体の幻覚を経験します。また曝露者が縊死を行った際、その死体(以下、SCP-3434-JP-A)は強い認識災害性を帯び、SCP-3434-JP-Aの視認はSCP-3434-JPへの曝露と同等の効果を齎します。
第一段階: 被影響者は縄が軋む幻聴を不定期に体験します。幻聴の頻度は被影響者ならびに時期、曝露した情報の性質や量によって大きく変化し、Dクラス60名を用いた実験では最高50回/日の事例、また民間からの報告事例では2回/年の事例が確認されています。この頻度のばらつきの大きさのため、第一段階にある被影響者の総数を把握することは事実上不可能と考えられています。幻聴の頻度は時間の経過に伴って増加し、やがて第二段階に至ります。しかし少なくとも被影響者の半数は一定の頻度のまま第一段階に留まると考えられています。
第二段階: 被影響者は自身の縊死体の部分的幻覚を常に認識するようになります。初期状態において幻覚は足部のみが視認されています1が、時間経過に伴って下腿部・下肢全域・腹部・胸部ならびに両腕・頭部と視認される領域が広がり、最終的に完全な縊死体の幻覚が知覚されるようになります。足部しか視認していない状況においても、被影響者は幻覚を「自分自身の縊死体」と認識する事が判明しています。また、この段階では幻覚の表情について認識することは出来ず、被影響者は幻覚に対し恐怖や忌避感を覚える傾向を持ちます。第一・第二段階に位置する被影響者は記憶処理によりSCP-3434-JPの影響から脱することが可能です。
第三段階: 第二段階に移行しておよそ一週間ほどが経過すると、多くの被影響者は縊死体が薄い芳香を放ち、微笑を浮かべていると認識するようになります。そして、この縊死体に対する羨望ならびに希死念慮を抱き、縊死による自殺を頻繁に試みるようになります。また、「この縄が引き上げてくれる先2はどういった場所なのか知りたい」という動機から、頻繁に縄の上部を視認しようと試みます。この行為はさらに強い情報災害性を誘発すると考えられ、被影響者の多くは時間の経過と共に「靄が薄くなってきた」と証言しました。しかし、靄の向こう側を認識しようとする試みは重度の精神影響を齎し、被影響者が著しい興奮と錯乱および過度の多幸感を示すため、信頼できる証言は得られませんでした。
特筆すべき点として、一部の被影響者は縊死体が微笑していると認識せず、羨望を抱く事もありません。これらの被影響者は縄の上部についても関心を持たず、第三段階に移行した中では軽度の精神影響に留まる事が判明しています。これらの被影響者の多くは自殺未遂経験者あるいはうつ状態である事が判明しています。
第三段階に到達した被影響者は非常に強い希死念慮を抱き、たびたび縊死を試みるだけでなく、絶食や自傷などの行為を取ります。このため第三段階の被験者の98%は到達から10日以内に死亡します。第三段階に到達してから1カ月以上生存した例は財団が把握している限りではD-2541,D-6273の2名のみです。この2名は第三段階の時点で自殺を試みて失敗した結果、全身麻痺状態に陥っていたために生存したものと考えられています。
D-2541は2021/1/7(第三段階に到達してから45日目)、D-6273は2021/2/8(51日目)に消失しました。監視カメラによる映像およびGPS信号3は、「首から引き上げられるように」300メートルほど上昇してから消失したことを示しています。発話が困難な状態であったにも関わらず、消失の10分ほど前から両者は上方向を凝視して叫び続けました。この時、周辺にいた人物は強い蓮の芳香ならびに五色の色彩を有する雲の存在4を知覚していたことが証言によって明らかになっています。この消失状況は極めて強い認識災害性を有しており、居合わせた4名が自己終了、19名が拘束ならびにCクラス記憶処理を受けました。この情報災害性はそれぞれ発話者の消失とともに軽減しました。両名の発話内容は支離滅裂かつ多岐にわたっていましたが、「迎えが来た」「蜘蛛の糸」といった共通の内容を含んでいたことが判明しています。
追記1: 消失の方角から、SCP-3434-JPの起源は上空にあるという仮説が提唱されました。しかし、財団の保有する非異常・異常観測技術において微笑する縊死体の幻覚の上部に何らかの存在およびその示唆は認められませんでした。このため、SCP-3434-JPの精神影響に対して耐性を持つと考えられる自殺未遂経験を持つ職員をさらに強い情報災害ベクターに暴露させることで起源を探る実験が提案されました。この提案はD-2541ならびにD-6273の発言が極めて強い情報災害ベクターとして働く事を踏まえてなされたものです。
この実験で被影響者が得る情報は極めて強い災害性を持つ事が予想されたため、Dクラス職員を用いる事は危険であるとされました。このため倫理委員会の承認を受け、この実験には志願者である██研究員5が被影響者として使用されました。██研究員は高い認知抵抗値を有しており、また、SCP-3434-JPとは無関係の事故6によって後遺症を負った事を理由に自殺未遂を起こしています。以下は██研究員の死後に回収された文書です。
2021/5/30
実験開始。定期報告とは別に個人的にも私見などの記録をつける。
今日はSCP-3434-JP-Aの写真を見ていた。死体の写真は汚染がまだ少ないからこれで情報災害に馴染ませていく手順だ。
どいつもこいつものっぺりとした顔で笑っている。自分の頭で死を選ぼうとしたことのない連中が見る死体の幻覚はこの写真と同じ顔をしているというというのも、これが「「「心底安堵している」」」ように見えるというのもやっぱり信じがたい。
私が見ている死体の幻覚は笑ってはいない。
自分がこうなりたいとも一切思わない。
私はまだ正気だ。
2021/5/31
写真を眺めていて思った。こいつらの表情は何かに似ている気がする。読んだ資料では誰も言っていない。情災キャリアを後先考えずに見られるのは私くらいだから、これは私の役割だろう。
窓の開かない部屋でベッドに半分拘束されている身では他に出来る事もない。自殺する気がないからこそ志願したというのに。一回やれば充分だ。何にもならないのはよくわかっている。
6/1
私の死体はやはり真顔で、縄の根本はもやで見えない。夢に出てくるくらいには写真を見たが、やはりあれでは足りないのだろう。今日からは消えたDクラス二名の消失直前の動画をずっと視聴している。バカみたいに嬉しそうに叫んでいるがやはり羨ましくはならない。
表の報告書には書かれていないが、連中はうわ言の中でおしゃかさまと繰り返し呼びかけていた。おそらく、連中は本気でこの縄が天から与えられた救いの蜘蛛の糸だと信じていて、そして言われてみればあの死体の微笑は仏像に似ている。
少なくとも、連中にはそう見えたんだろう。認め私にはそう見えないが。
6/2
縄のもやが薄れ始めた。連中を狂喜させたものが何なのか、いよいよわかるということだ。
連中が何を見せられていたのか。対抗ミームを入れた後でも同じものが見えるかどうか。
賭けてもいいが絶対にろくなものじゃない。
視聴を止めても連中のうわ声が耳について離れない。その上に廊下の向こうから窓の向こうから叩く音が聞こえる。どこに視線を向けても、死体の幻覚の脚がぶらぶら揺れてやかましくノックの音をたてている。
応えるものか。
6/3
縄のもやはさらに薄れつつある。視聴を止めても薄れるのは止まらなかったから、放っておいても全部見えるだろう。今の時点でもうっすらと蓮の影みたいなものと神々しい人型のようなものは見えている。
認めるものか。あれは連中が言うような救いの蜘蛛の糸じゃない。天の迎えでもない。
何かが自分の事をそう思わせているだけだと私は知っている。
私はあんな風になど笑ったりはしない。
死ぬことが救いではないと、実際試して知っている。
認知抵抗剤が、対抗ミームが足りていないんだろう。
私はあれの向こう側を、正体を見なければいけない。
そうじゃなければあの時死に損なった生き残った意味がない。
報告を入れて抵抗剤など一揃いを要求したが、向こうの様子がおかしい。何を見たのかの報告が情災だったかもしれないが、それ以外の定期報告も応答がない。まずDクラスが読むだろうから被害は出していないと思うが、もう向こうでは読めなくなっているのか? 自分ごとキャリアになっている? あれを見たからか?
6/4
応答はない。報告も送れなくなった。連絡が断たれている。
認知強化剤と記憶補強薬を持ってきたDクラスがやって来てわたしを見るなり首を吊った。「ああそうだったんだ」と笑って、よりにもよって私のベッドの柵にロープをくくりつけて足元にすがるみたいにして死んだ。そいつの死体も当然のように仏像の微笑を顔にはりつけていた。こいつは何を見たのかと窓を鏡にしたら、それと同じ笑い方を自分もしているらしかった。
私が最大のキャリアになっている。財団もそれをわかっていたからDクラスに縄を持たせて送ったんだろう。ある薬を全部飲んであれの正体を見たら、それだけ書いてどうにかして死ぬことにしよう。消えたDクラスの例を考えたらそれで大丈夫なはずだ。
意味のある自殺なんてものがあるとしたら、これがそうってものだろう?
薬は効いている。やはりあれは仏などではなかった。それはいい。判っていたことだ。
何も見えない。あれは何だ。
記憶補強薬もあるだけ飲む。たぶん反ミームだろう。
薬は効いている。
何もない。
虚空から縄が伸びている。
致死量ぎりぎりまで飲んだ。ありとあらゆる余計なものが見えるのに縄の根本には何もない。
窓の外のやつと目があった瞬間そいつが何もない空に吊るされていった。
自分にはもう見えない釈迦に向かって嬉しそうに手を伸ばしていた。
引き上げようと言う存在がいないなら自分で昇って行ったという事なんだろう。
[判読不能]
何もあれを見せていなかったなら、見たいやつが勝手に見ていたということになる。
私も含めて。
ベッドの柵にぶら下がったDクラスはどこまでも幸せそうな顔をしているように見える。
認めよう。私はこいつが羨ましい。
こいつは、他の連中たちは、少なくとも主観では幸せに死んだんだろう。
私にはどうやっても届かない所だ。私の縄は虚無にしかつながっていない。
まだ、何かろくでもないものが上にいると思っていられた方が良かった。
そうすれば考えずに済んだだろう。
たくさんの死体が笑っている。私の死体だけは笑っていない。
吊るされる先も引き上げられる先もなくこの棺桶に閉じ込められている。
見放されている。
縄の軋む音だけが聴こえる。
これだけが確かなこと。
全部の記憶補強薬を飲むことにした。致死量を遥かに超える量だ。
自決用の薬じゃないから相当苦しいだろうが、首をくくって死ぬのよりはましだ。
少なくとも、私の死体はミームの拡散には使わせない。
私の名前はそんな風に残ってほしくない。
全部この部屋で終わらせる。
飲んだ。これで死ぬまで耐えきれば終わりだ。
2021/9/10、 ██研究員が提出した報告に発現していた情報災害性の消失が確認されました。これを受けてDクラス職員を派遣したところ、██研究員ならびにD-4750の腐乱死体ならびに上記の手記が発見されました。発見時の██研究員の腐乱死体はD-4750が自死に用いた縄を首に巻いた状態でD-4750の上に重なっていました。現場検証ならびに検死の結果、██研究員は服毒後に錯乱して7D-4750の縄を自死に用いようと試みたものの、腐敗が進行していた縄が裂断したことで頭部を打ち付けて死亡したものと考えられます。情報災害性の消失時期から、この災害性の喪失は██研究員の死亡によるものではなく、腐乱によって表情の認識が不可能になったことに起因するのではないかと考えられます。
追記2: セキュリティクリアランスレベル2以下の職員に対して公開されている報告書からは、最も強い情報災害性を持つ「蜘蛛の糸」に関連した記述が削除されています。また、SCP-3434-JPの起源についての過剰な考察は精神影響の進行を招くため、これを防ぐために第三段階に移行した被影響者の死亡直前における症状として「咀嚼音の幻聴」を追記しています。この偽りの表記により、セキュリティクリアランスレベル2以下の職員における精神影響の進行はおよそ20%ほど軽減されたことが判明しています。また、██研究員による「何もない」という報告はこの進行を軽減させる効果を持たないため記載していません。セキュリティクリアランスレベル2以下の職員とSCP-3434-JPに関して会話する場合にはその報告書を確認した上で、このカバーストーリーについて留意してください。