SCP-3455-JP
#page-content .collapsible-block {
    position: relative;
    padding: 0.5em;
    margin: 0.5em;
    box-shadow: 2px 1.5px 1px rgba(176,16,0,0.7), 0 0 0px 1px lightgrey;
    overflow-wrap: break-word;
}
 
.collapsible-block-unfolded{
    color: black;
    overflow-wrap: break-word;
 
}
 
.collapsible-block-unfolded-link {
    text-align:center;
}
 
.collapsible-block-folded {
    text-align: center;
    color: dimgrey;
}
 
.collapsible-block-link {
    font-weight: bold;
    color: dimgrey;
    text-align: center;
}
 
.addendumbox {
    padding: .01em 16px;
    margin-bottom: 16px;
    margin-top: 16px;
    padding-bottom: 1em;
    box-shadow:0 2px 5px 0 rgba(0,0,0,0.16),0 2px 10px 0 rgba(0,0,0,0.12);
}
 
.material-box {
    padding: .01em 16px;
    margin-bottom: 16px;
    margin-top: 16px;
    padding-bottom: 1em;
    border: 1px lightgrey solid;
    box-shadow: 1px 2px 2px 0 rgba(0,0,0,0.16);
}
 
.material-box blockquote {
    border: 1px double #999;
}
 
.wiki-content-table {
    width: 100%;
}
 
.addendumbox blockquote {
    border: 1px double #999;
}
 
.addendumtitle {
   opacity: 0.8;
   margin-bottom: 10px;
   color: #b01;
}
 
.maintitle {
   margin-bottom: 10px;
   color: black;
}
 
.scp-header {
    text-align: center;
    font-size:x-large;
    color:#b01;
}
 
.addenda-header {
    width: 100%;
    border-bottom: 2px black solid;
    color: black;
}
 
.scp-info {
    display:flex;
    justify-content:space-between;
    font-size:large;
}
 
.scp-info-box {
    display:flex;
    justify-content:space-between;
}
 
.object-info {
    color:black;
    align-self: flex-end;
    font-size: large;
}
 
.title-style {
    opacity: 0.8;
    margin-bottom: 10px;
    color: #b01;
    font-size: large;
    text-decoration: underline;
    font-weight: bold;
}
 
.update-div-empty {
    text-align: right;
    font-size: x-small;
    color: lightgrey;
}
 
.update-div {
    text-align: right;
    font-size: x-small;
}
 
.computed {
    border: 1px black solid;
    width: 50%;
    display: inline-block;
text-align: left;
    padding: 3px;
}
.computed:before {
    content:"加工済コード";
    font-weight: bold;
border-bottom: solid 1px black;
width: 100%;
}
.rawcode {
    border: black solid 1px;
    width: 50%;
    display: inline-block;
text-align: left;
    padding: 3px;
}
.rawcode:before{
    content:"未加工コード";
    text-align: center;
    font-weight: bold;
border-bottom: solid 1px black;
width: 100%;
}
.codebox {
    display: inline-block;
    width: 100%;
    text-align: center;
}
.yui-navset .yui-nav .selected a em,  .yui-navset .yui-nav a em{
        padding: 0.25em .75em;
        top: 0px;
        margin-bottom: 0px;
}
.yui-navset .yui-nav .selected a {
     background: gray;
}
.yui-navset .yui-nav .selected {
       margin: 0px;
}
.yui-navset .yui-nav .selected a, .yui-navset .yui-nav .selected a:focus, .yui-navset .yui-nav .selected a:hover, .yui-navset .yui-nav .selected a {
         background: gray;
}
.yui-navset .yui-nav a:hover,
.yui-navset .yui-nav a:focus {
    background: gainsboro;
    text-decoration: none;
}
.yui-navset .yui-nav a, .yui-navset .yui-navset-top .yui-nav a {
background-color: none;
background-image: none;
}
.yui-navset .yui-nav a {
background: none;
}
.yui-navset .yui-nav li{
margin: 0px;
}
 
#page-content .licensebox .collapsible-block {
    position: unset;
    padding: unset;
    margin: unset;
    box-shadow: unset;
}
 
.licensebox .collapsible-block-unfolded{
    color: inherit;
}
 
.licensebox .collapsible-block-unfolded-link {
    text-align: left;
}
 
.licensebox .collapsible-block-folded {
    text-align: left;
    color: inherit;
}
 
.licensebox .collapsible-block-link {
    color: inherit;
    text-align: left;
}

評価: +29+x
blank.png

アイテム番号: SCP-3455-JP

オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル: 超位相-ヒルベルト空間への遷移を防ぐため、SCP-3455-JPは開扉した状態を維持します。

クィンタ=アトリア・ケアサービスにより管理されていた不動産には警備要員が常時配置され、民間人の接近および立ち入りは許可されません。

説明: SCP-3455-JPは、高齢者介護施設『セレスティア目黒』に設けられた個室5号であり、内部に存在するヒト (Homo sapiens) を時間次元の存在しない超位相-ヒルベルト空間 (Trans-Topological Hilbert Space、TTHS) へと遷移させます。財団の線形代数学者・認知心理学者・形而上学者により、この異常性は以下を条件に発現することが特定されました。

  • SCP-3455-JPの扉が閉じられたままの状態で15時間25分55秒が経過する
  • SCP-3455-JP内部にヒトが存在する (以下、対象と呼称)
  • 「SCP-3455-JPの扉が閉じられている」と対象が知覚している

上述の条件を全て満たす場合、対象は 1.22×10-15sec1 だけ基底現実世界における時空から消失し、以下から構成される物理的・抽象的複合空間 へと遷移します。

  • 現実世界の時空における物理的3次元
  • 思惟的noetic開集合次元 — 対象がアクセス可能な、知覚・認識を媒介する写像空間
  • 存在論的ontological閉集合次元 — 対象にアクセス不可能な、非物質的実存(イデア)の位相空間

遷移先となるTTHSは物質的・実存的な観点で遷移前のSCP-3455-JPと完全に同型であり、時間次元を有しない抽象空間であるにもかかわらず、TTHS内の対象は認知的・身体的操作が可能です。2 TTHS内に再現された「SCP-3455-JPの扉」を開く行為により、対象はTTHSから現実世界の時空へと再遷移します。開扉されること以外、TTHS内での対象の操作は現実世界へ反映されることはないと推定されています。

SCP-3455-JP_outline.png

複数名を対象にしたTTHS遷移・再遷移の概要

TTHSへ遷移した対象が2名以上存在する場合、基底現実世界へと再遷移する人物は1名のみに限定されます。本現象は、複数の存在が同一の時空点へ挿入されることが許容されない3ためと推定されています。この場合、対象は基底現実世界に再遷移しない代わりに、位相的に近似する並行現実世界へと再遷移します。

SCP-3455-JPは、2006年の介護保険法改正4に伴う厚生労働省が主導した施設監査において、行政当局により提出された報告書に整合性の破綻が認められたことを契機として財団の注意を引きました。以下はその内容です。

  • 申請上ではSCP-3455-JPへの入居者が同時に27名存在している
  • 入居者全員が施設内に存在していない
  • 入居者全員の戸籍記録において、親族その他の身分関係情報が存在しない

加えて、これらは抗ミーム措置を施された財団職員に発見されるまで異常な事態として認識されてこなかったことが判明しており、何らかの自己隠蔽的性質を有する現象であることが確実視されています。当該の27名が現実世界へと再遷移したことを示す痕跡は確認されていません。当該の27名はTTHS内で消息を絶ったと推定されており、現実世界へと連れ戻すことは不可能と見做されています。


補遺3455-JP-1: インタビュー記録
以下は、ブランドン・カーターに対するインタビュー記録です。当該人物は北米東海岸を拠点とする富裕層高齢者向けデイケア事業者『クィンタ=アトリア・ケアサービス (Quinta-aTria Care Services)』の東アジア・メモリーケア事業展開部統括管理者であり、SCP-3455-JPが収容された時点において、当該施設の管理責任者を務めていました。

インタビュー日時: 2006/08/17
インタビュー担当: 神谷一郎博士
インタビュー対象: ブランドン・カーター (Brandon Carter)


SCP-3455-JP_QuintaAtria_logo.png

クィンタ=アトリア・ケアサービスの社章

[インタビュー開始時の挨拶・対象の身元確認・事業概要に関しての11分に渡る発言を省略。]

カーター: —であるからに「神の愛と奉仕」の理念のもと、未開拓のアジア圏に事業を展開すべきと我が社の経営陣は策定しました、社章に恥じぬ五つ星評価を受けたクィン—

神谷博士: はい、御社の理念と展望についてはもう十分ですよ。報告書でも確認済みですので。それで…… 『セレスティア目黒』について詳しくお訊きしたい。

カーター: 日本におけるメモリーケア事業が未開拓にあることを経営陣は分析しました。嘆かわしいことです。神は世を見下ろされ、またその1人子が如く世に恩寵を賜われた。5

神谷博士: そうですか。それで、(調査書類をマニラフォルダーから展開する音) この報告内容が異常なことはお気づきですか?

[数瞬の沈黙。]

カーター: いえ、どちらが—

神谷博士: 完全個室の1部屋へ、27人が同時に入居していることとなっています。たった16畳の部屋に。

[数瞬の沈黙。]

神谷博士: それに、あの部屋には現在誰も入居していませんね?

カーター: 彼らは…… あの部屋に、今この時にはおりませんが、霊魂的安寧にあるのでしょう。その恵みにより、忘却を通じて救われたのです。6

神谷博士: (「カーターが入居者の消失を認識している」旨を速記する音) 答えになってないように思われますけどね。差し支えなければ、その聖書的な迂遠な表現は控えていただけますか? 神学的コンテキストで遣り取りを希望するというのなら私以外に適任の者がおりますので。次回の聴取の際にお願いします。

カーター: (感嘆するような溜め息) やはり、分析班は正しかった。東アジアには救いの伝道に足る土壌がある、感動しています。彼らは忘却する肉体を捨て去ったのでしょう。忘却それ自体の孤独や恐怖から解き放たれ、彼らは救われたのです。

神谷博士: まあ…… よいでしょう。それで、その救いとは? あの部屋では何を行っていたのです?

カーター: あの部屋は認知症療法メモリーケアの、奉仕の実践場でした、癒しを待つプシュケへの。何が彼らの癒しになるとあなたには思われますか? (溜め息) 対話です。投薬も、祈りの言葉も、その本質ではない。その瞬間には、ただその手を握り、その人に耳を傾けるだけです。彼らに語られる追想が残りわずかであることは甚く哀しいものではありますが…… その繋がりこそが彼らをこちらに繋ぎ止めるのです。判断力を、理性を失いつつある彼らにそれを取り戻させることこそが救いと、そう信じていました。ですが、ある時に天啓を得ました。

[数瞬の沈黙。]

カーター: あの部屋で、日の出から一心に続けていた介錯が夜闇を纏う頃になると、時折、この地平の何処でもない所へ飛ばされたような神秘的な静寂に包まれます。初めの時こそ気の迷いと思いましたが、しかし、今は確信しています、あれは神の御手に導かれてのものなのでしょう。その時が来ると、私はすぐに部屋を後にするのです。ただ1つ、寝台に横たわる彼らが安らかな笑みを取り戻したことを確認してから立ち去るのです。ドアを開き、静寂を打ち破り、振り返れば、その時にはもういません。彼らが回帰したのが、黄泉か、天界か、はたまた形相界か、まさに "神のみぞ知る" という言葉が相応しい。彼らが救われたのであるならば私の奉仕も報われるものです。

神谷博士: 正直に言えば、判断しがたい。その "介錯" と称する行為というのは、ご老人たちを神隠しにしただけのことでは? 本人の意志も、判断能力ももはや確かとは言えない状態で。話題を変えます。入居者27名には部屋を同じにした以外に共通点があったのでしょうか? 宗教や哲学の文脈ではなく、実務的な見地でお答えいただければありがたい。

カーター: 彼らは最晩期末の認知症にあり、コミュニケーションも容易ではありません。忍耐強さは我々クィンタ=アトリアの美徳と自負しますが、それでもなお奉仕の力が及ばぬ無力さを痛感することも少なくない。そして、彼らの手を握るのは私たちだけでした。彼らは家族からも忘れられた存在でした。7 健忘を煩わったがために透明に扱われたのか、それとも、蔑ろにされたために彼らの記憶が色褪せていったのか……

[数瞬の沈黙。]

カーター: あの部屋に移したのは、私の裁量によるものです。彼らは皆、見捨てられた人たちでした。安静臥床を余儀なくされてから55週が経過し、その間、1人として面会に訪れる人は現れなかった。そして、彼らの忘却とは物質界を捨てるべく、真の在処に触れるべくしての巡礼なのだと思います。レーテーの水で自らを濯ぎ、現世の記憶を手放す遡上を助ける。私は渡し守のようなものかもしれません。

神谷博士: 哲学的な詭弁は止めてほしいと、そう申したんですけどね。それにしても、"渡し守" とは…… 随分と自身を大仰に比喩なさる。介護者の立場で "渡し守" を自称するなど、幾分と傲慢だとは思わないのですか?

カーター: であるからこそです。誰からも顧みられることなく、認知と思考とが崩れていく。時間とともに劣化していく肉体に囚われ、あるべき人としての息を継ぐことにも辛苦して喘ぎ漂うのであるならば先導することこそが彼らの尊厳に報いることではないでしょうか? そして、切り放たれた魂は普遍かつ不変なる領域へと再び帰り着くのでしょう。その魂は昏き洞窟を抜けて再びに真の光を仰ぐのです。

神谷博士: 随分と "先進的" ですね、あなたのような信心深い人が、安楽死に近い発想を容認するとは、とりわけに—

カーター: 彼らは死したのではありません。この地平での容形を捨て、忘却の涯にイデアの聖域で煙霧となって溶け込んでいるのでしょう。

[数瞬の沈黙。]

神谷博士: 次回があるのなら、うちの形而上学者なり生命倫理学者なりを交えてやったほうが良さそうですかね。

カーター: そのようです。是非そうしていただきたい。


後記: 財団の形而上学部門・神学部門の分析により、カーターの発言には聖書や古典からの引用が複数含まれていることが確認されたが、その用法はいずれも正典的文脈から逸脱していると判断された。


補遺3455-JP-2: 音声記録
ブランドン・カーターへのインタビュー結果を受けて、SCP-3455-JPにおけるTTHS遷移の検証実験が行われました。以下は実験直後の対象から採られた音声記録の書き起こしです。TTHS内での認知的・身体的操作は経時変化を前提とした物理的装置による記録が不可能であるため、想起できる情報の言語化が再遷移直後の対象へと命じられています。本記録は、TTHS内で認知的・身体的操作が一時的に言語化可能な構造を取りうるという仮説に基づいて収集されたものですが、その正確性は保証されていません。

音声記録03の直後、TTHS内の探査が再度実施されました。対象とされたD-43827が現実世界に再遷移することはありませんでした。この結果を受け、TTHSへの遷移実験は一時的に停止されています。


補遺3455-JP-3: インタビュー記録抜粋
対象がTTHSから再遷移しなかった事実を受けて、ブランドン・カーターに対するインタビューが追加的に実施されました。

インタビュー日時: 2006/09/17
インタビュー担当: 神谷一郎博士, 西田聡上級研究員
インタビュー対象: ブランドン・カーター


神谷博士: お久しぶりですね、いつぞや言ってたように形而上学に明るい人材を持ってきましたよ。おまけにあなたと同じキリスト教徒です、我ながら完璧ですね。

西田研究員: 初めまして、応用形而上学部門の西田聡です。よろしくお願いいたします。

カーター: ブラザー・サトル、感謝いたします。

[西田上級研究員とカーターが握手を交わす。神谷博士が鼻歌を歌っている。]

カーター: それで、(神谷博士の鼻歌が止む) 随分と機嫌がよさそうですね。

神谷博士: 遂に尻尾を掴みましたからね。以前に伺った "この地平の何処でもない所" です。

カーター: であるならば、サンダルをお脱ぎなさい。あなたの立つ場所は理想の領域なのですから。12 それで、踏み入れた方は如何ほどに?

神谷博士: 1人が神隠し状態です。

カーター: 救いは御座におられる我らの神とパン屑とにあります。13 また1人、神の御許へ向かわれたと理解してよいのでしょうか。そうであるのならば心より嬉しく思います。(笑い声) "神隠し"spirit away ですか、"魂が連れ攫われた" とは、なかなかに言いえて妙ですね?

神谷博士: "パン屑" はどうなるのでしょう。腐ることも赦されずにあの時点に固定されるのか、それとも、何者かに拾われて丸呑みとされるのか。形而上学チームの見立ては?

西田研究員: 理論上は前者が尤もらしい…… ですが、確定はできていません。いずれにせよ、こちらに戻ってくるのは絶望的という意見で満場一致でした。

神谷博士: つまりは、28人目になった、ということですね。過去に消失したご老人たちについても…… 絶望的でしょう。(溜め息) その27人について調査を進めている最中ですが、カーターさん、告解したいことは?

[数瞬の間。]

神谷博士: まぁ、ありがちな話です。身寄りもない、余生も短い、そんな高齢者が最期を介護してくれた人へ全財産を遺贈するなんてそう珍奇なことでもない。別に、弱り目に付け込んだ老人ホーム紛いの悪徳宗教団体だ、なんて安い糾弾をしたいわけじゃない。そんなのは私たちの仕事ではない。ただ、あの部屋に入居した全27人が全財産を "生前" 贈与していることになっておきながら誰も違和感を抱くことができていなかったことと、その寄進先がどこなのかを気にしている、ただそれだけです。彼らの状態が "生前" か死後なのか、一概には言えなさそうですがね。

カーター: 恵みにより、忘却により齎されたものです。それは彼ら自身の行いからではありません。それは神の賜物であり、我々の行いの結果ではありません。14

西田研究員: わたしの家は祈りの家と呼ばれるべきであるのに、あなたはそれを盗人の巣にしてしまった。15 というか、何故さ—

神谷博士: (わざとらしい感嘆の溜め息) 呼んだ甲斐がありましたねぇ。聖句には聖句で対抗してください。"キリスト教" 語ネイティブなみたいなのでね、こちらの言わんとしていることが伝わるでしょう。話を戻します。仕組みまではまだ解き明かせていませんが、赤裸々に言ってしまえば、あなたがたクィンタ=アトリアが入居者たちから受けた金銭の流れ先を追跡するのに難儀しそうだ。あるところでプツリと途絶えてしまうし、その違和感を抱くことが難しい。向こうに逝ってしまった人たちに関する情報、その情報それ自体が自らを隠蔽する性質を持っているせいなのか、とにかく、違和感を持つということに難儀する。数万とあるキリスト教系法人の出納帳を調べるにあたって、それ用のクスリで以て私たちも対抗していますがね…… クソみたいな仕事とクソみたいなクスリの相乗効果で脳ミソの細胞の寿命がじわじわ目減りしてくような感覚です。そんなわけで、今すぐに正直に言ってくれればこれ以上ヤク漬けにならないで済むのでありがたいんですけど。まぁ、喋ってもらえなくても時間さえあればいずれは—

カーター: 死は常にあなたの傍らにある。許されている間に、また意力のある内に善くありなさい。

神谷博士: あぁ、"哲学" 語のトリリンガルでしたか。

西田研究員: 宇宙に偏在する理性に従って生きよ、ですか。

カーター: 人は社会の一員である、であれば、役割を果たしなさい。

[数瞬の間。]

神谷博士: おい。私を置いてかないでくれないか—

西田研究員: ストア派とイデア論とキリスト教とは微妙に食い合わせが悪いように思えますけど。

カーター: 徳も理性も信仰も、それらはかつての私の拠り所でした。ですが、私はかつてそのすべてを持ち合わせながら、忘却に溶けゆく彼らを救済するには程遠いと至りました。彼らの言葉を忘れてはいません。仮初の微睡から覚めた彼らの孤独。傍らで手を握る者が赤の他人であることへの嘆き。血を分けた肉親すら訪ねてこない自らの人生の虚しさ。16そして、その肉親の名前すら思い出すことができない恐怖。

[数瞬の間。]

カーター: あなたがたは私のことを金儲けの亡者であるかのように言いなさる。それにより齎される悲哀で私の魂は引き裂かれるようです。私のこれまでの対話が否定されているようで。私は舟を漕ぎました。そして、彼らは残された正気で忘却という名の舟に乗ることを選んだ。そして、気が付けば、彼らがその人生で成し得た財貨の追求の結果がクィンタ=アトリアに奉じられている。そして—

[数瞬の間。]

カーター: 誰から贈与されたのかもはや判然としない金銭の額を確認し、こうもふと思うのです。 彼らは人生の中で行き場を失い、彼らの存在は忘却の流れに溶けていく。

[数瞬の間。]

カーター: クィンタ=アトリアの先進的ケアを受けられる方たちは必然的に金銭的余裕を持ち、であるからに社会的な肩書きがあった方も多い。そんな方々が、どうして皆して身寄りがないのでしょう? 27名のうち1人として、家族の写真も、誕生日の祝いも、送られてくる年賀状すらもないのでしょう? 配偶者も、ご子息も、ご息女も、27名全員が生涯孤独であることを私もあなたがたも確認している。もしかしたら、本当に存在しないのかもしれない。ですが—

神谷博士: (取調室のインターカムからの通話) D-43827の血縁関係について、早急に調べてくれ。

カーター: 私には想われるのです。彼らには家族がいて、彼らは迎えられることがなかった。あの静謐なる時間に溶けていった彼らは、その家族ごと消失し、その結果としてクィンタ=アトリアに遺産が寄越されることとなるのです。

西田研究員: どうして血縁者が消失するというのです?

カーター: 自らを訪ねて来ずに蔑ろにされた悲しみ、その悲しみに染まる目を覆うよう、神が御手を働かせるのでしょう。

神谷博士: なぜ、それが救いだと思えるのか。

カーター: "徳" も "理性" も "信仰" も彼らにとっての真の救いたりえませんでした。自我の連続性が断ち切れる彼らにとって、それらを抱き続けることは限りなく難しい。また "肉体的な死" もまた同様に本質的な解決とはなりません。であるからに私は第5の答えに至りました。あの部屋のあの時間より、彼らの魂はあれ以上に腐ることなく、真の実在へと触れることが彼らの救いとなるのです。彼らの内より生じた "忘却" を介して実在へ触れることこそが、彼らの無為な人生に残された唯一の救いなのでしょう。

神谷博士: やはり、些か傲慢だという考えは変わりませんね。そもそも、"何処でもない所" にいる彼らが不滅であるなどと、どうして言えるのでしょうかね。

カーター: イデアは決して斃れない、崇高なる星海と共に在りて。17

[数瞬の間。]

神谷博士: 今の文句は?

西田研究員: 自分の知る限りでは…… (4秒の沈思黙考) ないですね。哲学書からの引用でもないように思えます。というか…… 先程から気になっていたのですが、聖句を微妙に変えて用いるのは何故です。

カーター: 徳も理性も信仰も、そして死も超えた第5の救いを使い古された実践へと統合したのです。

インタビューに並行して実施された調査により、D-43827が家族を有していたことを示す公的記録は確認されませんでした。D-43827が自宅で計4名を殺害したことを主因に死刑判決を受けた旨が記録されていましたが、当該事件に関する警察・司法の文書から被害者4名の情報が消去されています。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。